2019年11月03日

チーム・フラッシュ光・下見ツアー報告2

ボルネオ下見ツアー報告の2回目であります。

1日半遅れでボルネオ島のクチン空港に着いた御一行、さらに次の便になった託送荷物を待つ間に、
市街地まで昼食宴会に往復したりして、空港からバコ国立公園に向かったのは10月14日の午後でした。

まずはクルマでクチン近郊の船着場まで移動・・・

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N嶋さんがオーバーナイトつーことで手続きをしてる間に・・・





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wingさんがクチンの子クチン(ぬこ)に弄ばれてました。



で、河口に近い船着場から・・・

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荷物がいっぱいなので二艇に分かれて乗船、いったん海へ出てバコ国立公園を目指します。
写ってるフネに乗ってるのはN嶋さん、S田さん、wingさん、98kさんの4名。

ちなみに陸路だと、ジャングルの山道を歩くしかなく8時間以上はかかるそうです。



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あちこちに奇岩が見えてきて・・・




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20分ほどで、小さな川の河口付近にあるバコ国立公園の船着場に到着・・・
訪問者は欧米系のツーリストやバックパッカーが殆どでした。




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ちっちゃなイリエワニに手を噛まれてる宴会担当のY原さん・・・


と・・・

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酒類調達担当課長(前回の係長から昇任!!!)のH田さん・・・

イリエワニは汽水域にも生息し最大で8m以上にもなり、このあたりでは最も危険な生物、
特に夜間は絶対に水際に近づいてはいけません。


到着後は各自荷物を持って・・・

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国立公園直営のロッジを目指します。


で、ロッジのテラスに荷物を置いて一息ついてると・・・

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さっそくヒゲのイノシシさんがお出迎え・・・

N嶋さんによると、この辺りはイスラム教徒が多く、イノシシを食べないので人を怖がらないが、
食べる習慣のある地域では、滅多に人前には出てこないとのことでした。なるほど・・・


で、酒類調達担当H田さんが公園事務所併設の食堂で調達してきてくれた冷たいビールで、
恒例の「ぷしゅ、くはあ・・・わははは、しあわせじゃあ・・・」なんぞをしつつ・・・

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夜の照射トレッキングに備えて、まったりとライトや虫よけなんぞを準備・・・

そう、液体は託送荷物だったしリチウムイオン電池は手荷物だったしライト本体は別だったし・・・
ま、手荷物では運べない量のライトをスーツケースに入れててチェックされてた方もおられましたが・・・

ちなみに、ここのビールのお値段はクチンのコンビニの倍ぐらい、そりゃあボートと人力で運ぶので、
日本の山小屋なんぞと同様に割高になってるんでしょうね。



で、テラスでまったりしてから下見ツアーの下見つーか、暗くなる直前にも散策に出かけました。

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まっ、待ってくれい・・・ひいひい




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まずは船着場周辺の散策路を歩きます。



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デッキの下には・・・




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ハゼさんの仲間でしょうか・・・みなさん最後の日光浴をされてるようです。



典型的なマングローブ・・・

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枝の形に応じて拡がる無数の黒いものは落ちた種の新芽なんですね・・・




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いかにもワニさんが潜んでいそうな茂み・・・なんですが・・・




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どんどん潮が引いてきました・・・



せっかくなので安全な砂浜を歩きます。

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親子でしょうか、イノシシさんも砂浜に出てきてて・・・

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カニさんを探して食べてるんでしょうね・・・


とか、ふらふら砂浜を歩いてたら・・・

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あっとゆー間に太陽が沈みはじめました・・・
N嶋さんによると赤道付近では、太陽はスッと昇ってストンと沈む感じとのこと。わかるなぁ・・・


暗くなる前にN嶋さんに記念写真を撮ってもらいました。

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わたくし今回は右脚の痛みがずっと続いてて、全行程ストックを手放せませんでした。
立ち座りと上り下りで激痛が走るようになり、後半は痛み止めも服用してました・・・ううっ

少し落ち着いたらロードバイク漕ぎを再開、体幹(インナーマッスル)を鍛えて体脂肪も減らして・・・
と決意しつつ暴飲暴食が続いた場合は、おとなしく整形外科で診てもらうことにします。



で、いったんロッジに戻って公園事務所併設の食堂へ・・・

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付近では親子でしょうか、テングザルさんがグルーミング中・・・


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それにしても白くて長い尻尾ですね・・・
ま、わたくしの安物コンデジ、この明るさではオートフォーカスが殆ど効きませんでしたが。




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さすがH田さんの一眼レフでは暗くてもフォーカスが合ってますね。ううっ





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wingさんのミラーレスもきれいに撮れてるなあ・・・ううっ



ちなみにこちらがトリミングしてもらった・・・

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おねいさんとのツーショット画像!!!

ま、他にテングザルさんの股間アップも送っていただきましたが、そっちは無視して・・・


ビュッフェ方式の食堂のテラスで夕食であります。

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ミネラルウォーターは食事に付いてましたが、とーぜんビールは別料金。
ただし料理はおかわり自由なので、この後も何度かおかわりしました。ばくばくばく


夕食後は、いよいよ「夜のジャングル照射ツアー!!!」(の下見)に出発であります!!!

ただ前日からほぼ一睡もせず飲み続けていたわたくし、夕食後には意識が朦朧となっており、
さらに脚の痛みもあって途中で断念してベンチで休憩してた・・・あたりまでは覚えてるのですが・・・

ま、下見ツアーの記録としては、人様の撮った画像一枚だけで誤魔化しておきます・・・

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いかがです、いかにも照射ツアーらしい画像でしょ!!!

この木道の下は満潮時には汽水域になってワニさんの生息地なんですが、この時刻はちょうど干潮、
残念ながらワニさんを見つけることはできませんでした。

ちなみに、みなさんが照らしておられるのは同仕様のwingさん製MODライトで、今回ツアーのために、
様々な試行を半年以上繰り返して全員分を揃えて下さいました。ありがとね!!!

と、(わたくしだけへろへろでしたが)全員無事ロッジに戻り、冷たいシャワーを浴びたりしてから就寝。
ちなみに、ロッジは4ベッドの部屋を2部屋、隣同士で借りてくれてました。

「うーむ、部屋の照明を点けたままだと眩しいし、消すと真っ暗でトイレにも行けないし・・・」
とか、ぶつぶつ言ってると、wingさんがいそいそと起き出し、自分のスーツケースを掻き廻して・・・

「こんなセットもあります・・・むひひひ

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そう、瞳の暗順応を阻害せず明度調整もできる自作の赤色ライトにライトホルダーをセットして、
わたくしのストックの上部に装着・・・

「明るさはこんなものかな・・・もう少し暗い方がいいかな・・・いきいきいき・・・」

とまあ、全員が就寝した後、いつまで遊んでたのかは神のみぞ知るべし・・・どっとはらい


で、とーとつに・・・

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翌15日の朝食であります。ま、この後デザートやフルーツなんぞをおかわりしましたが・・・




周辺の木々ではテングザルさんも朝食中・・・

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朝の光だと安物コンデジでもそれなりに撮れますね、なにせ30倍ズームだし・・・



せっかくなので周辺のスナップも何枚か・・・

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食堂テラスの正面で、その向こうは一段下りてすぐに砂浜・・・




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「スラマッ・ジャラン」は去り行く人への「さようなら」で、「良い旅を」とかいった意味だそうで、
逆に残る人への「さようなら」は「スラマッ・ティンガル」、「良い暮らしを」といった意味だそうです。


さらにこちら・・・

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動植物の持ち出しなどは5000リンギの罰金と1年の収監とか、公園内で何が起きようが自己責任、
サラワク州政府は一切知らないよ、とか書かれてますが、下の「野生動物の攻撃に注意」の看板・・・


そう・・・

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水際のワニさんだけでなく、地表にはカニクイザルさんなんかもいっぱいいて・・・




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ちょっとした隙に食べ物なんぞを失敬していくんですね。


と、朝食後はみなさん周辺を散策したり野生動物の写真を撮ったりして・・・
ま、わたくしはロッジのテラスでまったりとおしゃべりしてましたが・・・


あっとゆー間に・・・

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昼食であります・・・って、食べる前に撮ればいいものを・・・またおかわりしましたが・・・


ちなみにこちらの「雪花啤酒」とゆービール・・・

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8年前に北京ではカモ柄もあって持ち帰りたかったのを思い出しました。

と、昼食後もロッジのテラスでまったり、1時半には荷物をまとめてまったりと出発準備・・・

途中、わたくしとS田さんは公園事務所の公衆トイレに行きました。(以下S田さんの貴重な画像)

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なかなかきれいなトイレ・・・なんですが・・・




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この表示・・・我々は無意識に青いマークの左側に入ったのですが・・・・



よく見ると・・・

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左側は女性用でした・・・



で、右側が男性用・・・

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外周は男性用が青で女性用が赤になってますが、シルエットの色は逆でした・・・
うーむ、シルエットの色だけで判断した我々も悪いのは確か・・・なんですが・・・



とか、あれこれ理由を考えつつ荷物を持って、潮の引いた砂浜へ・・・

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干潮時は船着場が使えないので、沖合にあるボート目指して砂浜をびちゃびちゃと歩きます。
ちなみにわたくしの重いスーツケースはN嶋さんらに交代で持っていただきました。ぺこぺこ

今回は現地7泊の予定が現地5泊に短縮されたのに着替えなどはそのまま、さらに脚への不安から
ストックも軽量タイプと2セット用意、痛み止めなど薬品から宴会セットやライトまで多めに入れてたし、
次回からはもう少し軽量化も考えないといけませんね、いつまでも若くないんだかんね・・・ううっ



で、往路同様・・・

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復路も2艇のボートに分乗してクチン近郊の船着場へ戻ります。
ちなみに写ってるフネに乗ってるのはY原さん、wingさん、I里さんの3名。
やはり4人乗りより3人乗りの方が速かったですね。

と、御一行はこの後、クチンで買い出しをしてからクバ国立公園へ向かうことになります。

(次号に続きます。)




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2019年11月01日

チーム・フラッシュ光・下見ツアー報告1

つーことで・・・ま、この間、いろいろとありましたが・・・

先月中旬「チーム・フラッシュ光」の下見ツアーでボルネオ島に行ってきました!!!

???

じつは一昨年の植林ボランティアツアーの際、ボルネオ島での植林は(わたくしの所属する団体としては)、
おそらくこれが最後・・・つーことで、これまで現地でお世話になった方々に、ささやかなプレゼントを
差し上げたのですが、現地旅行社のN嶋さんにはwingさん特製フラッシュライトを差し上げてました。

N嶋さんはテレビ局の取材班をはじめ動植物の研究者や写真家なども数多くアテンドされておられるので、
みなさんにwingライトを見せびらかしてたら「その制作者と連絡が取れないか」との要望があったようで、
わたくし経由でwingさんに連絡、「趣味なので時間がかかりますし自己責任でよければ・・・」と快諾され、
それぞれの要望に応じたライトを作ってプレゼントされてたようです。

で、みなさんに感謝されたN嶋さんから「こちらで夜のジャングルや洞窟を照射して一緒に遊びませんか、
仕事抜きで案内しますよ、ついでに98kさんもよかったら・・・」と誘っていただいたのがきっかけ・・・

さすがに仕事抜き、では申し訳ないのでN嶋さんと相談、それなら全国の懐中電灯マニアを集めた、
「チーム・フラッシュ光(N嶋さん命名!)」とかで夜のジャングルと洞窟を照射するパック・ツアーを企画、
いずれ看板ツアーにして儲けようではないか!!! 今回はその下見ツアーつーことで・・・となった次第。

そう、わたくしもこの企画で利ザヤを稼いで、いずれは大金持ちじゃあ!!! がははは
ま、全国の懐中電灯マニア!!!といっても、その実態はまったく不明でしゅが・・・

で、2人より4人、4人より6人のほうが移動などに要する実費はお安くなるとのことでしたので、
以前から「ボルネオに遊びに行く時は誘ってね。」と言われてた植林ボランティア仲間にも連絡、
それなら、せっかくなので過去の植林地の現況も見に行こう・・・つーことになり・・・

10月13日の午後から三々五々、関西空港に集まった6人のメンバーであります。

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本来なら12日午前中に出発予定だったのですが、台風19号の影響で1日半以上も遅れてしまい、
代替便の変更もあって結局14日午前2時の出発となり、その間に自宅や空港で泥酔する者が続出・・・



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酔ってスーツケースから転がり落ちたH田さんと、助けてくれた見ず知らずのご家族・・・

って、命の恩人にカメラを渡して撮ってもらってたのが最初の画像なのでありますね。ったく・・・
ま、他にも約2名(Y原さん・98kさん)が、やはり酔っぱらってコケてましたが・・・

ちなみに今回記事では全員の了解を得て顔モザイクを入れてませんし、他メンバーの撮った画像も、
いちいち撮影者の名前を入れずに、てきとーに使わせていただいてます。

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「おおっ、エアバスA380じゃないか!!! こんなのに乗れるなんてラッキーだなあ・・・わくわく
と、いそいそとカメラに収めるwingさん・・・

「何がそんなにラッキーなんですか?」
「なんてったって世界最大・最新鋭のエアバスですよ。それに、ぶつぶつぶつ・・・」

と、延々と続く説明は無視して1日半遅れのマレーシア航空A380に乗機、まずは恒例の・・・

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バティック姿のキャビンアテンダントおねいさん画像・・・


さすがにお顔は撮れませんので・・・

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座席のモニターに向かって、スラマッ・ダタン!!!



(1日半遅れで)ほぼ定刻に離陸、巡航高度まで上がると、さっそく・・・

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恒例チキンorシーフードのハラル軽食とノンハラルのビールやワインで・・・




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ずっと観たかった「翔んで埼玉」をはじめ「ハン・ソロ」なんぞを次々と・・・
ただ、自宅や空港での待機時間も飲み続けてたので、何度か寝落ちしてしまいましたが・・・

ちなみに「翔んで埼玉」は、茨城・福島で暮らしていた奥様と一緒に映画館で観たかった作品で、
期待どおり面白かったです。
スターウォーズ・シリーズについては、わたくしにとっては「Ⅳ~Ⅵ」と「Ⅰ~Ⅲ」で終わってたので、
ま、いちおー参考に・・・つーことで鑑賞しましたが、やはり大画面で観るべきでしょうね。


と、あっとゆー間に朝食が出て巨大なハブ空港、クアラルンプール空港に到着であります。

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入国審査と国内便への乗り換えに1時間余りしかないとゆーのに、のんびりと記念撮影・・・


「クアラ空港は何度も利用してるので無問題でしょう。まずはイミグレーションへ・・・」

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と、入国審査に並んだのですが「国内線への乗り継ぎ審査はここじゃないよ、あっちへ・・・」
と言われて、またまた広い空港内を急いで移動、何とかギリギリで間に合いました。ふう
そーいや毎回クアラへ出る「入国審査」ではなく「国内線乗り継ぎ」での入国審査を受けてたんですね。
帰国してからやっと思い出しました。ま、これで次回からは間違いなく・・・行けるのだろうか・・・



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ゲートに着いてすぐに搭乗手続きがはじまったボルネオ島クチン行きのボーイング737・・・


機内では・・・

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やはりチキンorシーフードのハラル軽食は出ましたが国内便なのでアルコール類は一切ありません。
ちなみにクアラ⇔クチン間は2時間弱、それに応じた映画を観ようと探してたら時間切れに・・・




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2年半ぶりのボルネオ島サラワク州クチン上空であります・・・

で、クチン空港には14日午前11時過ぎに到着。(本来なら12日夕刻に到着予定だったのですが・・・)
入州審査も無事終了(ボルネオ島のサバ州とサラワク州は現在マレーシア連邦に属してますが、
ブルネイと同じ王国だったので独立性が強く、今でもマレー半島との出入りには審査があります。)

さっそくN嶋さんの出迎えを受けたのですが、案の定、託送荷物が出てきませんでした。
乗客の乗り換えもギリギリでしたから、託送荷物の積み替えは間に合わなかったのでしょうね。

次のクアラからの便まで2時間ほどあるとのことで、いったんクチン市街に向かい・・・

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24時間営業の「美食街」にて・・・




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懐かしいタイガービールで・・・



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まずは乾杯であります。


って、

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誰だ、自分で「ビール目線」を入れてる奴は!!!



と、現地はじめての昼食は・・・

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クチン名物「コロ・ミー(油麺)」と・・・





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サラワク名物「サラワク・ラクサ・ミー」・・・

コロ・ミーは一人一杯ずつ、ラクサ・ミーは三人で一杯ずつにしました。

食後、まったりとおしゃべりしてから再び空港に戻り・・・

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って、こんなコンビニ、前回あったっけ・・・空港も市街地もますます発展してるようです。

遅れてきた託送スーツケースを受け取り、各自エックス線による荷物検査へ・・・
みなさん次々とクリアする中、wingさんのスーツケースだけ開けるよう指示がありました。
そりゃあ怪しい筒状のモノがいっぱい映ってたら、チェックされますよねえ・・・
「えっと、これはフラッシュライト、サラワクではハンド・トーチですね、で、これもこれもこれも・・・」
と、次々ケースから出して見せてると「もういい、分かった」とゆー感じでお許しが出ました。あはは

結局、今回は8泊9日(帰りの1泊は機中泊)の予定が、台風の影響で7泊7日(往復の2泊が機中泊)
になったので、1日目のクチン1泊、2日目のバコ国立公園トレッキングとバコ1泊がキャンセルになり、
(予定では3日目だった)この日の午後から、ようやくバコ国立公園に向かうことになりました。

(次回に続きます。)


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2019年10月28日

介護・看取りメモ10/14~10/26

(96歳になる、わたくしの母親の介護・看取りメモです。
9月21日より入院してましたが10月24日に穏やかに永眠しました。何かの参考になれば・・・)

10月13日の深夜から一週間、わたくしがボルネオ島に行ってたので、その間は家内が毎日病院に見舞い
に行ってくれてました。以下は家内のメモです。(個人名など一部修正しています。)

10月14日㈪ 15時~15時半 見舞い
前夜、脚に装着中の栄養チューブを自分で外し出血、血圧降下があったため両手を紐で固定されていた。
部屋に入ると、声はでないが、うなづいたりして、だれかと話しているような雰囲気だった。
次男の長男の動画を見せると、活発やなぁと言った。
脚のむくみの原因を看護師さんに尋ねると、さまざな要因が重なっていると思うが、栄養が足りずアルビミン値が
下がっていることも原因の1つではないかと言っておられた。

10月15日㈫ 15時~16時 見舞い 次男と
言語聴覚士さんが、とろみをつけた水を飲まそうとしたが、ほとんど飲めず、すぐに痰がでたので吸引していた
回診  
次男から、おばあちゃんは花が好きなので花1輪でも造花でもいいので渡すのはどうかと尋ねられた。
いいアイデアだと思ったが、後日看護師さんに聞いてみることにした。
次男の声と姿に反応していた。帰るとき、次男にありがとうと言ってくれるほど、意識がはっきりしていた。

10月16日㈬  16時~17時 見舞い
おばあちゃんプロマイドアルバムを作成したので持って行って見せた。見た途端に笑ってくれた。
16時半ごろ、今週初めて便が出たようで、処置してもらっていた。

10月17日㈭  13時~14時 見舞い
むくみを軽減するために家族が見舞う時間だけでも手の固定をはずし、手足の運動をさせてもいいか尋ねると、
とてもいいことだと言ってくれた。その際、声かけしながら動かすと良いとのこと。
特に今週から手をベッドに固定しているので、手のむくみもでてきたので動かすのは大切だそう。
毎日1度の手足を動かすリハビリもプログラムに入れていただくようお願いした。
花について質問すると、花粉の問題と水が古くなると菌が繁殖し感染するリスクがあるので、生花は不可であるとのこと。
写真はいくらでももってきて額をおいたり貼ったりしていい、本人の励みになるし会話のきっかけにもなるので、とのこと。

10月18日㈮  13時~14時 見舞い
理学療法士さんによるリハビリ20分ほど 手足の運動 関節をもちながら徐々に動かす
今日はおばあちゃん非常に元気で、「昨日はゆっくり寝れた」と受け答えもはっきりし、声も少し出たので、
会話がなりたった。腕も一人で肩まであげることができた。
痰は相変わらず少し出ていたので、鼻からチューブを入れ奥の痰を吸引後、スポンジでさらにきれいにしてくれた。
看護師さんや理学療法士さんなど、病院スタッフの皆さんが長男の赤ちゃん誕生予定日のことを知っていて、
それまでがんばりましょうと話してくださるのがありがたい。情報共有を通して手厚い看護を感じた。

10月19日㈯ 16時~17時 見舞い
病院から不足連絡のあったテープ式紙おむつM20枚入りを持参
元気なのがあだになり、またチューブを抜いたそうで、今日は両手に手袋をした上で紐で固定されていた。
ずっと目をはっきり開けて意識があったが、初めて感情的になって一瞬手を顔にあてて泣くシーンもあった。
明日(わたくしが)ボルネオから帰ってくるから会いに来てくれますよ、と伝えると、
明日では遅い、今から帰って家で寝ると言ってた。明後日誰かが来るからとも言ってた。
わたしが見舞中、固定紐をはずしてもらったが、その間にも指につばをつけて器用に布団カバーをたぐりよせ、
パジャマの下に手をつっこみチューブに手が届きそうになったので、あわててまた手を布団の外に出した。
チューブを抜くリスクについて納得した。
貧血があるので、チューブをはずしたときの出血が危険だそう。看護師さんが目の下をめくって確認すると、
健康的な赤ではなく白かった→貧血のとき、白いらしい

(10月20日の早朝にわたくしが帰国したので、ここからはわたくしのメモです。)

10月20日
午後から一人クルマで見舞いに行く。家内は京都の実家へ自分の母親の介護に。
呼吸が浅くなってたので確認してもらうと血中酸素濃度が85%だったので鼻チューブによる酸素吸入を開始。
「無事に帰ってきたよ!!!」と何度か伝えるも、これまでのような応答は殆どなかった。
まるでわたくしの帰国を待っていたかのように、急に弱ってきている様子。

10月21日
この日も午後から一人クルマで見舞いに行く。病院の主治医と話す。
「呼吸が浅くなってきており、早ければ今夜にでも、おそらくは数日中だろう。一週間は持たない。
以前は自宅に帰して訪問看護と近所のかかりつけ医で看取ってもらうのもひとつの選択肢と話していたが、
今の段階では本人への移動の負担も大きいし、自宅での夜間などの緊急対応も大変だろう。
最期まで看取るなら病室が個室なので付き添うことも可能で、それがいいと思うが、最後は家族の気持ち次第。」
とのことだった。
本人は早く自宅に帰りたいと言っていたし、わたくしも最期は自宅で、とも考えていたので判断に悩んだ。
主治医の了解を得て、その場で在宅介護が基本の介護施設長でもある看護師さんにも電話で相談。
「自宅に帰して、ああ帰ってきてよかった・・・と本人が認識できるのであれば、リスクを負う価値もあるが、
今の段階でどこまで認識できるか・・・やはり最後は家族の判断次第。」とのことだった。
最終的には、対応が遅れて本人が苦しむのを見るのが一番つらいと判断、病院で付き添って看取ることにした。
家内にも連絡し、この夜から病室での泊まり込みを開始。老衰なので看取るのはおそらく夜になるだろう。
付添申請(一週間が限度)をすると、さっそく掛布団と枕を用意してくれた。
個室には備え付けの簡易ベッド・バス・トイレ・シャワー・洗面・冷蔵庫・クローゼット・テレビ(ただし有料)があり、
隣の広い食事・談話スペースには温冷の給水給茶機・自販機・電子レンジもあって、一階にコンビニ、六階に食堂があり、
徒歩圏内には様々な飲食店や大きなスーパーもあるので生活には全く困らない。
この点では市内の病院はありがたい。ただし病院なので飲酒はできないが・・・

10月22日
呼吸がさらに浅くなってきているが苦しんでいる様子は全くない。酸素は1ℓ/hで足りている様子。
この日は昼過ぎにいったん帰宅、敷布団用の封筒シュラフなど「お泊りセット」と家内が作ってくれた弁当を持って
再びクルマで病院に戻る。病院の駐車場は高く、教えてもらった近くの安い駐車場が奇跡的に空いてたので入れる。
心電図など各センサーからのデータはワイヤレスでナースセンターのモニターにリアルタイムで行ってるので
特にすることもなく、雑誌を読んだり(ガラホでワンセグ)テレビをみたりして過ごし、夜にはウトウトするのだが、
夜間も2時間に一度の体位変換(褥瘡防止のため)をはじめ、様々なチェックに定期的に廻って来てくれるので、
病棟独特の様々な電子警告音やうめき声、ひっきりなしの救急車の到着とあわせて、なかなか眠れない。
もちろん、素敵な看護師さんが入れ替わり立ち替わり声掛けしてくれるので、どきどきして眠れないのもあるが・・・

10月23日
朝10時過ぎ、長男夫婦に第一子の女の子が生まれたと、うれしい連絡が入る。母子ともに元気。
すぐに母親に大声で知らせたのだが、頷いたり手を握り返したりの反応はなかった。
ただ涙を流していたので生まれたことは伝わっていたはず。
夕方に来室してくれた主治医に出産の報告をすると、とても喜んでくれ、
「耳は最後まで機能しているので涙を流していたのなら間違いなく聞こえています。」と言ってくれた。
この日のために中心静脈栄養で3週間も延命してくれたことにも、改めて感謝。
昼前にクルマでいったん帰宅、家内と自転車で再び病院に向かう。
途中、熟成肉の専門店で長男夫婦の出産を祝って乾杯。ただし二人で一杯だけにしたが・・・
家内は夕方遅くに帰宅。この日も眠れない夜を過ごす。

10月24日
血中酸素濃度が上下しているとのことでチューブからマスクに変え、4ℓ/hで様子を見ることに。
昼前に雨の中を自転車で外出、スーパーで夕食と朝食を買って帰りに有名チェーン店でラーメンと餃子の定食。
(一昨日もクルマで帰宅途中ここに立ち寄り、ラーメンと炒飯の定食だった。)午後は病室でウトウトして、
7時過ぎに食事・談話スペースでカレーと豚汁の夕食を食べ病室に戻ると、しばらくして当直の看護師さんが来て
「先ほど呼吸が一時的に止まってたので、病室でも医師が確認できるよう大型のモニターを設置しておきます。
もうあまり長くないかも知れません。ご家族はお一人だけですか?」とのことだったので急いで家内に電話する。
すぐにタクシーで病院に向かうとのこと。
その後は呼吸が止まったり、頑張れと声をかけると間隔をあけて不規則に動いたりしていたのだが、
「もう、ゆっくり休んでええよ、これまでありがとう、よう頑張った・・・」と言ってからは、それが聞こえたのか、
モニターの波形が横一線のままになり、その後はいくら呼びかけても、もう波形に変化はなかった。
しばらくは看護師さんがあちこちチェックしていたが、やがて「当直の医師を呼んできますね。」と病室を離れた。
若い当直医がやってきて改めて確認、「亡くなられました。死亡確認時刻は8時13分です。」と宣言された。
思い残したことは何もなかったので「ありがとうございました。」と笑顔で答えることができた。
その後は看護師さん数人が身体の清拭から着替えや化粧まで、時間をかけて丁寧にして下さった。
やがて家内も到着し、この間に葬儀社と息子たち、檀家寺の住職さんなどに連絡した。
10時過ぎには葬儀社が到着、家内と母親は寝台車で、わたくしは雨の中を自転車で、11時過ぎには帰宅した。
葬儀社のセットが終わった12時前に檀家寺の住職が駆けつけてくれ、枕経をして下さった。
本人に亡くなったことを知らせ冥途への準備をしてもらうのが枕経だそうで、できるだけ早い時期にするとのこと。
その後は深夜まで通夜と葬儀の打ち合わせをしていったん解散、わたくしと家内は実家で仮眠。

10月25日
通夜と葬儀の日程を、わたくしの長男と次男、母親の実家と唯一存命の母親の妹、家内の実家にだけ伝える。
父親の葬儀の際はわたくしも現役だったし近親の親戚も多くが存命、付き合いもあって普通の葬儀にしたが、
今回は存命の近親者だけで見送る家族葬にすることが母親の遺志でもあり、わたくしの思いでもあった。
長男と次男の帰阪可能時間に合わせて通夜式は夜8時からとしたが、名神高速の渋滞で結局8時半からとなった。
たまたま法事が重なって忙しい中、檀家寺の住職さんも昨夜に続いて来て下さってたが状況に応じて予定を
変更できるのも自分たちだけでやる家族葬の素晴らしいところであると思った。
「忌」の貼り紙もしなかったのだが近所の方が異変に気づいたようで、夕方には町会の方々も弔問に来て下さり、
別の要件で連絡していた当初の訪問看護ステーション施設長の看護師さん、最後まで相談させていただいてた
在宅介護施設長の看護師さんや担当ケアマネさんも弔問に来て下さったが、最終的に通夜式については、
母親の実家と母親の妹の家から計4名と家内の実家から1名、我々家族4名の合計9名だけで実家で行った。
母親の思い出や実家での思い出、わたくしの小さい頃の思い出、長男次男の小さい頃の思い出など、
本当に親しい者だけで、ゆっくりと母親の前で語り合うことができて、何よりの供養だったと思っている。

10月26日
斎場の都合などで朝8時からの葬儀になったし、家族だけで見送りたいとの強い思いもあったので、
通夜に来てもらった近親者にも葬儀への出席は不要と伝えていた。
なので、この日の実家での葬儀は住職さんと家族4人と葬儀社の担当だけ・・・まさに家族葬である。
さらに住職さんの法事の都合で骨上げを終えた昼前から4時からの初七日法要までの時間が空いてしまい、
仕事の都合で3時には出なければならなかった次男と一緒にクルマで来ていた長男も、結局4時半からになった
初七日法要には参列できなかったが、その間に家族四人でゆっくり食事しつつ母親の思い出話をすることができ、
とてもいい供養になったので、はじめての経験だったが家族葬にして、本当によかったと思っている次第。
この間にお世話になった方々に、あらためて感謝したい。本当にありがとうございました。

これからも満中陰と墓への納骨をはじめ、名義変更など様々な手続きが当分は続きそうですが、
これまで半年間の在宅介護の精神的・肉体的なストレスを考えると、はるかに小さくなるはず・・・
これを機会に心機一転、まずは暴飲暴食を控え体調を整えたいと思っています。といいつつ、まずは一杯・・・




m98k at 03:09|PermalinkComments(8) mixiチェック ブログ日誌 
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