2010年01月

2010年01月31日

ボルネオ植林紀行14 ジャカルタ3

前回記事のとおり、ジャカルタにある独立記念塔内のジオラマ撮影を楽しみにしていたわたくし、
入館直前にカメラのトラブルが再発し、暗い館内のジオラマ撮影に、レンズの小さい、
G'zケータイのおまけカメラというわけにもいきません。

すっかり困り果てて・・・しまう前にですね、

ま、ここはひとつ、わたくしの人生設計の基本方針である・・・


人さまの好意に甘える、とゆーことで・・・げひげひにっこり


と、ツアコンのU女史に、

「あっ、これも撮っておいてくださいね、感度あげて・・・」とかいってると、

「カメラをしばらく貸してあげますから、自分で撮ってくださいね。
わたしは、とゆーか他の隊員も、誰もこんなの撮りませんから・・・」

と、あきれてやさしくカメラを渡してくれて・・・
帰国後すぐに、他の画像も併せてメールで送って下さった、とゆー次第。すいません



ま、自分のカメラではないので、詳細設定はわからず、とりあえず夜景モードにしただけ、
(自分のカメラでもそうなんですがにっこり)、粗い画像になってますが、何枚かご紹介・・・








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ジオラマの手前と奥とでフィギュアのサイズを変えたりして、奥行き感を出してました。

だいたい年代順に撮ったはずですが、会議のシーンは第一回アジア・アフリカ会議だったはず。

自分のカメラなら、それぞれの解説も撮っておいて記事の参考にするのですが、
さすがに人さまのカメラでは、その余裕もありませんでした。ううっ

もちろん、これ以外にもジオラマはいっぱいありましたが、今回は撮影枚数自体が少ないので、
いずれきちんと撮って・・・(って、また行く気になってますね、わたくしにっこり)




で・・・

地下で独立戦争の歴史を学んだあとは、一台しかないエレベーターに長時間並んで、
塔の屋上からジャカルタ市内を一望、ケータイで画像も撮りましたが、古い街並みと
高層ビル群が入り混じる様子は、規模は大きいですが大阪と変わりませんでした。

その後ホテルにチェックインして、一時間ほどのフリータイムのあと夕食へ。
わたくしはシャワーを浴びつつ洗濯しつつ、寸暇を惜しんでバッテリーの充電・・・






んで、
ジャカルタでの第一夜の夕食は、なんと・・・
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市内中心部にある日本料理店であります。瓦葺の小屋根が懐かしい・・・











店内の座敷は掘り炬燵形式・・・
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大阪・北新地の某割烹にて・・・
といってもいいような画像ですが、まぎれもなくジャカルタ市内であります。











まずは、本格的に先附けとお造り盛り合わせ・・・なんですが・・・
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コーヒーカップの中味はスパゲティの甘味噌のせ、その味噌が・・・
これまでボルネオでずっと食べてきた・・・まさしく東南アジアの甘辛魚醤味・・・
ちなみにマグロにのっているツマは、食べてみると生のニラでした。
ううっ、お造りにニラとゆーのは・・・











天ぷらの盛り合わせ、海老はさすがに養殖の本場でプリプリ、天つゆも大根おろしも本物で、
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白身魚もナスもカボチャもおいしく揚がってました・・・が・・・












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なんかカボチャの色が、びみょーに異なるような気も・・・












で、さらにこちら・・・
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茹でたモヤシ中心の温野菜のうえに、例の甘辛味噌をどばっとかけて、そのうえに、
ムニエル風のサケにサンドイッチに入ってるタマゴマヨネーズを載せて炙ったもの・・・
が積んであります。
さあて、こうなると日本料理とゆーか、なんとゆーか・・・












こちら、揚げだし豆腐のあんかけ・・・
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と思いきや、あんは白菜キムチの激辛あんでした・・・





まあ、サケのムニエルもタマゴマヨネーズも白菜キムチも、日本中で食べられてますが、
それらのコラボとなると、やはり合う、合わないとゆーこともですね・・・にっこり






で、仕上げはご飯ではなく、たっぷりのにゅうめん。
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食べかけ画像ですが、こちらは麺も出汁も本物、とてもおいしかったです。




ま、日本でいえば、無国籍料理とか創作料理の類もありましたが、仕入れも大変なのでしょう。
それにジャカルタ在住の日本人は2万人以上といわれてますから、需要も多いのでしょうね。


ちなみにビールは35,000ルピア、日本の居酒屋よりは安いですが、この店のブランドの日本酒は
超甘口で、お銚子一本で60,000ルピア、こちらの物価にすっかり慣れたわたくし、
どちらも一本ずつで我慢しました。




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外に出るとこんな看板もあり、我々がホテルに戻る時刻には、日本のビジネスマンが、
数人連れでスーツ姿でやってきました。残業終わって飲みに来てるのね・・・にっこり












で、ホテルに戻ると・・・
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キモノ姿の従業員さんがロビーでお出迎え・・・ラブ


残念ながら、日本語も英語もほとんど通じませんでしたが、
最近の日本娘には見かけない、おしとやかな身のこなしでした・・・ドキドキ大




(まだ次号に続きます)







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2010年01月30日

ボルネオ植林紀行13 ジャカルタ2

ボルネオ植林紀行といいつつ・・・
ボルネオから離れ、ジャカルタでのスナップが続きますが、わたくし、
なにせジャカルタははじめてで、なかなか面白そうな街だったので、特に印象に残ったものを・・・









旧軍港の次はまたバスを下りて、オランダ・東インド会社の本社だった建物に向かいます。
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警察の黒い制服とイスラム系じょしこーせいの白い制服との対比がとても印象的でした・・・

ところで、オブジェのようにさりげに転がってる球体は、いったいなんなんだはてな





で、この通りの右側にちらっと見えてる建物なんですが・・・








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特に手前側、どう見ても廃屋に見えるんですが・・・
一階だけペンキを塗ってレストランを営業してました。困った











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アヤンゴレン(焼き鳥)にイカンゴレン(焼き魚)に、トーフゴレン(焼き豆腐かっ)、
そっ、その下は・・・ショーユ・スープ・・・なのかっ???










で、今はやはり博物館になっている東インド会社本社、戦時中は旧帝国陸軍の司令部でした。
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東インド会社の総督、ではなく、今村中将、でもなく、ただの怪しい観光客・・・










地下の牢獄・・・
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球体は囚人用の拘束具との説明でしたが、昔の砲弾のような気も・・・
それにしても、建物前に転がってたでかい球体はいったい・・・












で、最初の部屋にあった、古い民族楽器
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と、内部の撮影に入ったとたん、またまたカメラのトラブル・・・悲しい
この日は快調だったため、予備バッテリーをバスに置いたままでした・・・
ゆえに展示物の画像はありませんので、何があったかまったく思い出せません・・・困った
せっかくの撮影してもいい内部だったのにぃ・・・ぐすん悲しい









バスに戻ってバッテリーを交換、何とか作動してくれてるようで、
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昼食は都心部の中華料理店・・・







わたくし、料理が出るとついつい撮る前に食べてしまうので、こんどこそ・・・




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って、料理が出る前に撮っても仕方ないですね・・・にっこり












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アワビやフカヒレなど、やはりシーフードが中心でした。












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レストランの隣でやってた、路上の古看板売り・・・
って、まさかあちこちから剥がしてきたんじゃないでしょーねショック







食事のあとは、本日のメインともゆーべき独立記念塔へ・・・
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付近にいっぱい停まっていた警察車両を何枚か撮ったところで・・・

またまたまた、カメラのトラブルとなりました。ショック

そっ、そりゃあ、ないでしょう・・・ううっ悲しい

じつはわたくし、第二次大戦からベトナム戦争に至る東南アジアの戦史をけっこう読んでおり、
インドネシア独立戦争のジオラマがいっぱいあると聞いていた、独立記念塔見学を、
とても楽しみにしていたのに・・・悲しい


室内だし、ケータイのおまけカメラではうまく撮れないだろうし・・・

ううっ、困ったぞ・・・





(次号に続く)






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2010年01月29日

ボルネオ植林紀行12 ジャカルタ1

この連載記事も12回目にして、やっとジャカルタまでやってきました・・・にっこり



前回記事の最後の航空写真、もとい俯瞰図は、

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ジャカルタに降り立って最初に行った、海洋博物館の展示物でありました。













この海洋博物館、じつは1652年に建てられた、オランダ東インド会社の役員宅なのであります。

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凛々しいオランダ総督の彫像・・・なのかっびっくり












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いかにも、ハウステンボスみたいな建物であります。ちょっと傷んでるけど・・・にっこり












展示物もさることながら、やはり建物が素晴らしかったです。
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木材の専門家である隊長から、「木の性質を理解してきちんと建てられた木造建築は、
コンクリート建築なんかよりはるかに長持ちする。この建物も450年以上経っているが、鉄木の一種をうまく組み合わせて、当時木造船の技術に優れていたオランダの最高技術で建造されており、びくともしていない。」との解説がありました。













ちなみに展示品の中には、けっこう明るいライトなんかもありました・・・にっこり

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これなんか、けっこう遠射も効くんだろうなあ・・・にっこり










で、次はジャカルタで一番古い港へ・・・

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もともとはオランダ海軍の軍港、その後、旧帝国海軍の軍港となり、
今はカリマンタン島との物資輸送の機帆船の積み下ろし港であります。











で、この港で見た・・・

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客待ちする自転車タクシー・・・なかなか立派な客席シートであります。困った











以下、ジャカルタ市内のスナップが続きますが・・・
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ジャカルタ中央駅周辺













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東京の秋葉原、大阪の日本橋に相当する電気街だそうです。
若者の姿が多かったです。やはり、みんなオタなのかな・・・









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別の駅の周辺。鉄道敷きにも、人や家が溢れていました。








いかにも東南アジアらしい巨大都市ジャカルタ・・・
昭和30年代の大阪のような部分と、最先端都市の部分が同居してて、人や街に活気が溢れ、
なにやら怪しげなところもいっぱいありそうな・・・
わたくし、こんな雰囲気は大好きで、しばらくジャカルタとその周辺の記事を続けさせていただきます。




(次号に続く)









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2010年01月28日

ボルネオ植林紀行11 ジャカルタへ

ボルネオ植林紀行その10からの続きであります。




1月12日朝、西カリマンタン州ポンティアナでの朝食であります。にっこり
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こちらが、このあたりの伝統的な食事内容。
葉っぱでくるんで作った蒸し米と蒸し鳥と蒸し卵、それに卵焼きと焼き鳥・・・
鳥と卵と米を蒸すか焼く、とゆー、シンプルな組み合わせであります。














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もちろんホテルですから、他の料理やフルーツなどもいっぱい・・・

中国北西部と違って、地方都市でもおいしいコーヒーが飲めるのがありがたかったです。
そういえば、トラジャ・コーヒーはインドネシアの名産品でしたね。










市内中心部にあった、宿泊したホテルの玄関前、平日の朝の様子・・・
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観光名所といえば赤道記念碑だけの、観光客の少ない地方中核都市であります。












空港へ向かう時間帯は、ちょうど朝の通勤時間帯でした。
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圧倒的にバイク通勤が多かったです。












この通りは官庁街で・・・
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入母屋破風みたいなインドネシアの伝統的な建築様式を模したビルが並んでました。













ポンティアナ空港の売店で売ってた、ボルネオ島(カリマンタン島)の昆虫標本の一部
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左上の反射で隠れてるやつなんか、ニャん○さんへのお土産にぴったりかと・・・にっこり



ちなみにボルネオ島の昆虫は、毎年発見され特定される新種より、
未特定のまま絶滅していく種の方が、はるかに多いそうです。
以前も書きましたが、熱帯雨林には全生物種の50%から90%が生息するといわれており、
キニーネなど熱帯雨林で発見される有用な物質も数知れず、まだまだ未知な世界なのに・・・
生物の多様性は、人類が生き延びる上でも大切なことだと思うのですが・・・










で、話変わって、ポンティアナ空港の滑走路・・・
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いかにも南国のローカル空港、とゆー感じであります。











ジャカルタ行きの国内線、ガルーダ航空のボーイング737-300型機に搭乗します。
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で、機内での軽食は・・・
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例によってナシゴレンと鳥肉とフルーツ、おいしいのですが、朝食をたっぷり食べたので・・・げふっ落ち込み

とかいいつつ、もちろん全部食べましたが・・・にっこり













で、ポンティアナとジャカルタの中間あたりの海上上空で見た・・・
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竜の巣・・・あの中にラピュタが・・・ショックりゅしぃたぁぁぁドキドキ大






とかいってると、機体はゆっくり下降をはじめ・・・

人口一千数百万人といわれるメガロポリス、ジャカルタの街が見えてきたのであります。











じゃーん
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って、なんでモノクロやねん・・・帆船とか浮かんでるし・・・




(次号に続く)








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2010年01月27日

ボルネオ植林紀行10 ポンティアナ

この連載記事も10回目にして、ようやく赤道直下までやってきました・・・

って、なんか、ずっと食べてばっかりのような気もしますが・・・にっこり

今回もカメラは引き続きG'zケータイのおまけカメラ、それとツアコンU女史のIXYであります。


ツアー四日目、1月11日の早朝にマレーシア領サラワク州クチンを立ったわたくしたち、
陸路でインドネシア領西カリマンタン州ポンティアナに到着したのは、すでに夕刻でした。

ともかく暗くなるまでに、と行ったのが、カプアス川北岸にある赤道記念碑。

ちょうどバイクで来てた地元の高校生がいてたので、話しかけました。

「おじさんたちは日本から来たんだよ。君たちは?」

「あはは、もちろんポンティアナだよ。ジャパン、トキオ、・・・・」

と、わたくしの知らないJポップのアーティストの名前がずらずらと・・・

でもリアルの日本人ははじめてらしく、ほかの高校生も集まってきましたが、
日本の高校生と比べると、じつに無邪気とゆー印象であります。

平均収入からすれば年収にも相当する日本製のバイクに乗っているのですから、
かなり裕福な家庭の子どもたちなのでしょうが、みんなおおはしゃぎであります。



「わははは、おじさんと記念写真を撮ろうね。」

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わたくし、記念写真でピースサインをするとゆー、典型的なニッポン人を演じております。にっこり











とかいってるうちに、他の隊員も集まってきて、みんなで撮ろうとゆーことになり・・・
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んで、背景に写っているのが赤道記念碑であります。

オランダ統治時代に作られた記念碑を建物で覆ったものであります。













中に入ると・・・これがオリジナルの赤道記念碑
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今度はツアコンのU女史とツーショット・・・
彼女はやや南半球に、わたくしは北半球に立っていることになります。にっこり

東経109度20分00秒、北緯南緯とも0度00分00秒・・・ついに、ここまで来てしまいました。

ちなみに東経109度というと、中国北西部、内モンゴル自治区にあるクブチ沙漠の玄関口、
包頭市が、東経109度なんですね、これが。
クブチ沙漠の植林がこのツアーの発端なので、なにかの縁を感じてしまいました。












で、お約束の・・・
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世界を股にかける男びっくり

ま、こんなところに来れば、大抵の観光客はやるんでしょうね、これ・・・にっこり


エアコンの効いた長距離バスからそのまま出てしまったため、
旧西ドイツ軍のモールスキンシャツを着てますが、
赤道直下でも、川に近く夕方のせいか、蒸し暑さはありませんでした。














で、カプアス川にかかる唯一の橋を渡り・・・
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ちょうど夕刻で、水上生活の人たちは家族みんなで沐浴してました。











ホテルへの途中で立ち寄った市内中心部のウォーターフロント公園
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ものすごい人出で、露店の数も半端ではありませんでした。

やはり日本人の集団というのが珍しいのか、現地新聞記者の取材があり、
植林ボランティアツアーで、ポンティアナには観光で来ていると答えると、
ここに実験的に農産物を出品させているという農林局の方を紹介され・・・









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結局、その方にドリアン(?)をご馳走になりました。
こちらのは、また種類が異なるようで、クチン近郊リアンの市場で食べたほうが、
わたくしには、はるかにおいしかったですが、そういやあちらでも、
偶然一緒になったサラワク州森林局の方からも買ってもらったっけ・・・にっこり










で、翌日のジャカルタ行きガルーダ航空の機内に置いてあった、地元紙ポンティアナ・ポストの朝刊・・・
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なんと一面に載ってました・・・ショック

わたくしは、別の場所に居たため写ってませんが・・・










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どーせなら、こちらの雄姿も載せて欲しかったなあ・・・

ちなみに、わたくしの顔の右側にフェリーが見えてますが、ポンティアナの街は、
カプアス川の両岸に拡がった人口数十万の州都なんですが、前述のとおり橋は一ヶ所しかなく、
あちこちにこのようなフェリーや渡し船があるとか。

白いフェリーに夕日が映えて、きれいきれい・・・ってこれもU女史のIXYで撮ってもらった画像。













で、ウォーターフロント見学後、バスの中で、出張してきた両替屋の素敵なおねいさんから、
日本円をインドネシア・ルピアに両替しました。ツーショット撮りたかったなあ・・・

その後は、ホテルにチェックインしてバッテリーをコンセントにセットしてシャワーを浴び・・・
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夕食であります。にっこり

この街もイスラム教徒が多く、アルコールを出してくれる地元のインドネシア料理店、
とゆーことで、かなり市内中心部から離れたレストランまで足を伸ばしました。










んで、ようやくホテルに戻り、近くのスーパーで夜食用のカップ麺とビールを購入、
充電の終わったリコーCX-1で、自室でひさしぶりに撮った画像が・・・
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バリハイビールとミーのカップ麺であります。












ちなみに両替したのは日本円で5,000円のみ、それがインドネシア・ルピアでは、
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約460,000ルピア・・・











10,000ルピア以上のビールを買っても、3,000ルピア以上のカップ麺を買っても・・・
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まだまだ大金持ちじゃあびっくりお金




(次号に続く)





驚きのP.S.

わたくしインドネシアは今回がはじめてで、やはり驚いたのが貨幣価値であります。
はじめてのスーパーでの買い物、20,000ルピア出して、何千何百ルピアものお釣りをもらうと、
思わず数えなおしたりしてしまいました。
日本円では百数十円の買い物で、何十何円かのお釣りなんですが・・・
マレーシアでは表示価格を頭の中で30倍に換算してたのですが、インドネシアでは1/100に換算、
このアタマの切り替えがなかなかうまくいきませんでした。

まあ、マレーシアよりさらに物価が安いのはありがたいのですが、安いといっても、
スーパーで缶ビール一本が一万数千円・・・もといルピア、というのは結構高いお値段であります。

聞けば、やはりイスラムの国で、アルコール類はかなり高めになっているとのこと、
そういえば缶コークなんかは三千円、もとい三千ルピア弱で、カップ麺は日本よりかなり安くて、
二千から三千ルピア、どれも香辛料たっぷりですが、なかなかおいしかったです。


愚痴P.S.
赤道記念碑でやりたかったことが、もうひとつありました。
じつはわたくしのG'zケータイにはGPS機能があり、現在位置の緯度経度を正確に表示します。
で、このケータイの表示が、緯度0度00分00秒になっているところを、ぜひとも画像に収めたかったのですが・・・
それを撮るカメラが使えなかったのであります。ううっ悲しい
現在、リコーテクノの修理センターで徹底的に診てもらってますので、
今度こそ大丈夫だと思いたいのですが・・・

ったくもう・・・ぶつぶつ・・・












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2010年01月26日

ボルネオ植林紀行9 ポンティアナへ

ボルネオ植林紀行その8からの続きであります。

クチン三日目の朝は5時起床。
いよいよ陸路で国境を越えて、インドネシアへ入ります。

マレーシア・ボルネオでは、コタキナバルからクチンへ空路で移動しましたが、
クチンからインドネシア・西カリマンタン州のポンティアナまでは、
熱帯雨林の現状を観察しながらの、長距離バスの旅なのであります。

以前にも書きましたが、マレーシアではボルネオ島とよばれる世界で四番目の大きな島は、
インドネシアではカリマンタン島と呼ばれています。

赤道直下の州都ポンティアナまで、直線では200kmほどですが、なにせ熱帯雨林の山越え谷越え、
走行距離はなんと500km以上、メインルートでも未舗装路や急坂もけっこうあり、
インドネシアに入ってからは規定により、ドライバー三人と整備士が同乗します。








で、とーとつですが・・・マレーシア最後の朝食・・・
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ソーセージはもちろんチキンソーセージで、豚肉は引き続き一切ありません・・・
って、食べる前に撮ればいいのに・・・特にミー(ビーフン)がおいしかったです。
ともかく毎日毎食、フルーツの種類は豊富でした。











クチン郊外の様子
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道路沿いの平地は焼き畑の田畑かその跡地、またはアブラヤシの畑・・・
土地が痩せてて連作が不可能なため、10年単位ぐらいで計画的に行う伝統的な焼き畑では、
8人家族で4エーカーほどあれば暮らしていけるそうで、環境への影響も少ないのですが、
開発目的の焼き畑や大規模なプランテーションになると、そのダメージは大きくなります。













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延々と続く、道路沿いのアブラヤシの植林地・・・













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急斜面には、熱帯雨林が残っているのですが・・・














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このコースで最大の難所だった峠・・・
横に旧道があり、それがあまりの急坂のため、多くのクルマが登れなかったそうです。
最近ようやく、こんな立派な道路ができて簡単に登れるように・・・
じつは見えている先はすごい急坂で、我々のバスも超低速で苦労してました。












で、いよいよ国境の検問所。
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とりあえず、マレーシアの出国審査であります。
こちら側は、きわめて簡単に通してくれました。













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マレーシアの国鳥と「スラマット・ジャラン」
スラマットは幸福な、ジャランは道、「良い旅を」とか「さようなら」の意味であります。
ちなみに出ていく人から残る人に対しては「スラマット・ティンガル」、ティンガルは住む、
「幸せに暮らしてね」みたいな感じで云うそうです。
どちらからでも使えるのが「ジュン・パラギ」、「また、会おうね」であります。
マレー語もインドネシア語もアルファベット表記なので、単語の意味さえわかれば便利です。



で・・・








・・・・・・・・・・・・・このあたりが非武装緩衝地帯・・・・・・・・・・・・・













で、こちらがインドネシア側・・・兵士がいるし、けっこう緊張しました・・・
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先にカメラを向けた隊員が手で追い払われ、それにもめげずにわたくしも、

インドネシア軍の迷彩パターンを撮影しようと、こっそりシャッターを・・・







また電源が入らないっ困った



インドネシアに入る直前、緩衝地帯で、またまたカメラのバッテリートラブル・・・

インドネシア軍の策略なのかっにっこり







いかにもボスといった感じの太っ腹がどかっ、と座ってて、若い係官がお伺いをたて、
その指示で何度も荷物検査とか書類審査をされ、撮影できる状況ではありませんでしが。

ただし・・・

厳しい入国審査を終えて、やっとインドネシア側の長距離バスの前まで来てから・・・

「あのう・・・トイレに行きたいのですが・・・」

「おおっ、あっちあっち・・・」

と、指さす先は、さっきまで緊張してた入国審査前の待合室・・・ショック

結局、車道をとことこ歩いて、また審査前のところまで戻ってトイレへ、
今度はおそるおそる、入国審査に並ばずに、そのまま車道を帰ってきたのですが・・・
気づけばみなさん、突破防止用のチェーンをまたいで、さりげに往来してました・・・

さっ、さきほどの審査はなんやってん・・・ショック

ま、このあたりのマレーシア側のイバン族とインドネシア側のダヤック族は同じ民族、
出入国の記録さえ不要なら、わざわざ審査を受けることもないわけで、聞けば、
この検問所の近くで、クルマが通れる抜け道だけでも、30以上あるとか・・・にっこり

ま、我々は出国の際に入国スタンプが要るわけで、そんな人だけが手続きをするとゆー・・・
はじめての陸路での国境通過、なかなか貴重な体験でした。


と感動しつつ、ここからはまた、ケータイのおまけカメラによる画像であります。悲しい












んで、インドネシア側での、はじめての昼食を食べたレストラン・・・
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伝統的な高床式はマレーシアと同じですが、中央に入母屋破風のような突き出た屋根のあるのが、
インドネシア建築の特色だそうで、都会のビルにもこの様式が取り入れられてました。














で、典型的なインドネシア・カリマンタン島の昼食
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アヤン・ゴレン(焼き鳥)、イカン・ゴレン(焼き魚)、ナシ(ご飯)に調味用トウガラシみそ。

ちなみに中央上にあるグラスは果肉入りココナッツジュースで、氷も入っていました。
氷は生水を製氷している場合も多く、飲むのを控えるか、わたくしのように・・・
氷が溶けるまえに一気に飲み干すか、どちらかなのであります。にっこり













これ以外にも、スープなど何品かがコースで供されたのですが・・・
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このレストラン、この時は別棟で地元警察幹部の家族ぐるみの昼食会だったそうで、
いろんなタイプのパトカーが10台近く集まってました。

で、ウェイトレスのおねいさんたちはみんなそちらへ・・・困った
我々には、慣れないおじさんたちが、いそいそと給仕してくれました。にっこり












昼食後も、インドネシア・西カリマンタン州のジャングルをひたすら走ります。
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インドネシア側の典型的な風景。
焼き畑の名残りの黒焦げの木の幹が見えます。
マレーシアとインドネシアの所得格差は大きく、同じボルネオ島(カリマンタン島)でも、
インドネシア側に入ると、家の様相もかなり異なってきます。













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道の駅その1














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道の駅その2













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道の駅のトイレ・・・
奥地になると、建物はかなり質素になりますが、マレーシアでもインドネシアでも、
トイレ内部はどこも清潔に手入れされており、中国北西部の奥地とはえらいちがいでした。

こちらでは巨大な浴槽のような水槽が便器の横にあって、その水を柄杓ですくって流すとゆー、
いわば手動水洗式、ちょうど昭和の日本にあったような四角い浴槽の狭い浴室に、
さりげに便器があるような不思議な空間で、わたくし最初は浴室と思ってました。
ま、このあたりの民家に浴室などはなく、みんな川などで沐浴であります。

もちろんトイレットペーパーはなく、「左手での手動ウォシュレット」であります。にっこり





ボルネオ島西部の内陸部を、10時間以上かけて「斜め横断」した長距離バスは、
夕暮れ前になってようやく、赤道直下の街、ポンティアナに着きました。



(次号に続く)








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2010年01月25日

ボルネオ植林紀行8 クチン

ボルネオ植林紀行7の続きです。

ツアー三日目にして、子どもたちとの共同植林と昼食会を終え、
一行はサラワク州の州都、クチンに戻ります。













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クチンへの帰り道。
この道路、設計・測量までは旧日本軍が行ったそうで、途中に旧軍の飛行場跡にできた村もあり、
その名も、「飛行場村」とゆーそうです・・・まるで「府庁山」みたいなネーミング・・・困った












途中、リアンとゆー町で、市場に立ち寄り・・・
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ちょうど旬のドリアンを試食・・・
大きさにより一個、5ルンギから10ルンギ、やはり大きくて熟れているほうが美味しいそうです。
ちなみに1ルンギは約27円でした。
この時は、たまたまクチンに帰るサラワク州森林局の人たちと市場で再会し、
彼らからも、ここのドリアンをプレゼントしていただきました。













で、さっそく・・・
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ぱっくり割ってもらうと、皮を剥いたイチジクのような状態で、カマンベールチーズのような、
匂いと食感の果肉が、大きな種を囲むようにして8個ほど入っています。

完全に好みの分かれる果物で、一口食べただけで「おえっ」となる人、わたくしのように、
やみつきになってしまう人(ほぼ一個分食べたのは、わたくしだけでしたが・・・)

ともかく、他の果物とはまったく異なる味と食感、まさに果物の女王であります。
6年前にサバ州で食べたやつとは種類が異なるようで、今回の方がはるかにおいしかったです。

ちなみにバスに戻ると、ドライバーから「ドリアンは、種の持ち込みも困る。」と苦情が・・・

持ち込んだのではなく、路上に捨てた種を踏んでしまった隊員がいて、その匂いと判明しましたが、
ホテルでも一切持ち込みは厳禁、やはり独特の匂いは強烈で、ずっと残るそうであります。












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で、こちらがランブータン、ひと束1kgで1リンギ、なんと27円で数十個あります。



これ以外にも、様々な果物や、とんでもない動物や魚や鳥、見たこともない野菜や香辛料など、
混み合う市場の中にあふれてましたが、イスラム教徒も多い雑踏では、さすがに、
カメラを向けるのは遠慮しました。













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我々が食べたドリアンの屋台は市場のはずれにあり、その外には食堂が並びます。
ご覧のとおり、マレーシアでは中国語を併記している華僑系の店も多かったですが、
翌日からのインドネシアでは、華僑系の店でもほとんど中国語併記はなく、
やはり華僑系国民の地位の違いや貧富の差の問題があるようです。

ちなみにマレーシアでは、小学校からマレー語と英語と自分の民族語を学ぶそうで、
マハティールさんの時代は、理科と算数も英語で教えていたのですが、
英語が不得意なら理科と算数も不得意になるとゆーことで最近廃止され、
そのせいで英語力が落ちてきており問題になっている、とのことでした。

さらにちなみに、インドネシアでは小学校では自国語のみ、英語は中学校からだそうで、
こちらは日本と同じですね。どちらも英語が苦手なのも同じなのか・・・
実際、マレーシア・ボルネオでは英国統治の影響もあり、けっこう英語が通じ、
中国語併記か英語併記の店が多かったですが、インドネシアでは殆ど通じず、
英語併記も殆どありませんでした。










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クチンに戻ったのは夕方、ボルネオ関係の博物館群には閉館ぎりぎりで間に合ったのですが、
残念ながら、中は撮影禁止でした・・・

見えている建物は別の博物館で、入ったのは、反対側にあるサラワクの自然・民族博物館であります。

ボルネオは生物種の宝庫であるとともに、様々な種族の民族文化の宝庫でもあります。
閉館までの時間がほとんどなく、駆け足となったのがとても残念でした・・・










いったんホテルに戻ってシャワーを浴び、夕食に向かったのは・・・
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屋上ビアガーデンならぬ、屋上シーフードレストラン・・・



みなさんビールを注文してから、あるベテラン隊員が思い出したように・・・

「ドリアン食べてアルコール飲むと、大変なことになるらしいですよ・・・」

「あっ、そういえば聞いたことがある。死に至ることもあるって・・・」

「わたしは匂いを嗅いだだけで気分が悪くなって食べてません。よかったよかった」

「うーん、やはりここは控えておくか・・・」







「わははは、では、わたくしにすべてお任せを・・・」








じゃーん
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「わははは、しあわせじゃあびっくり


「しあわせじゃあ、って98kさん、あんた一番たくさんドリアン食べてたやないか・・・ショック

「ええ、わたくしがドリアンとビールの食べ合わせの実験台になります。きっぱりと・・・」

んぐんぐんぐ・・・がつがつむしゃむしゃ・・・んぐんぐ・・・

「あっ、そちらの料理も早く廻してくださいね・・・もぐもぐ・・・」

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わははは、しあわせじゃあ・・・




ちなみに、アイスクリーム屋さんもありました。
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ホテルの自室に戻ってからは、市場で買って冷蔵庫に冷やしておいたランブータンをば・・・
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わははは、やはりしあわせじゃあ・・・


(次号に無事続く・・・のかっ)






注意書きP.S.

ドリアンとアルコールの食べ合わせ、あちこちで書かれているようですね。
わたくしの場合、ある程度時間が経過してたからなのか、それとも体質的なものなのか、
ともかく、まったく異常はありませんでした。部屋でもワイルドターキー飲んだし・・・
ドリアンを食べた他の隊員も何人かはビールを飲んでましたが同様でした。
ま、あくまで自己責任で、とゆーことなんでしょーね・・・にっこり

ちなみにランブータン、ご覧のとおりライチのような味と食感でしたが、
大好きなライチほどの風味はなく、半分ほどは、翌日に持ち越してしまいました・・・げふっ











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2010年01月24日

ボルネオ植林紀行7 サバル植林

紀行記事の7回目、ツアー三日目にして、いよいよ現地の子どもたちとの共同植林であります。

わたくしの参加している植林ボランティアグループでは、ここ数年、
現地の子どもたちとの共同植林を、植林ツアーのメインにしています。

今回も現地のイバン族を中心とする小学校高学年の児童が約100名参加してくれました。
コーディネートしてくれた方々は本当に大変だったと思います(わたくしは宴会要員ですにっこり)が、
みなさん、精力的に動いてくれたようで、今回も大成功でした。

植林は数十年以上先にならないと結果のでない作業ですから、彼らが大人になったとき、
自分たちが子どものときに植えた苗木が見事な森になっているわけで、そのことがきっと、
「木を育てる心」を引き継いでいくことにつながると考えているからであります。

ま、子どもたちのため、とゆー大義名分があれば、植林に関心のない親たちや教師たちも、
たいてい理解してくれますし、その中からわずかでも木を育てることに関心を持ってくれたら、
という思いもあってのことなんですが・・・にっこり


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クチン郊外サバルのサラワク州森林局の保護区であります。
日曜日なのに、朝8時から集まってくれてた子どもたちが並んで迎えてくれます。













そこへ・・・
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ニッポンのヒーローが登場びっくり拍手拍手拍手拍手拍手




って、道がぬかるんで揺れが激しく、他の隊員は途中から徒歩で植林場所に向かったのですが、
わたくしだけ、荷台に立って手を振ってたら、子どもたちはボスキャラと思ったようです。
ほんとは隊員の中でも、ただの宴会要員なのですが・・・にっこり















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スコールに備えてタープも設営してくれてました。
森林局の方々や先生方などで、一週間前から準備してくれたとのこと・・・












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こちらが今回植林場所の中心地。
マレーシア・日本両国国旗と記念看板が立ててあります。
この両側の谷に、20列、各列50本、合計1000本の苗木を植林します。












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ここで全員が集合、植樹方法のレクチャーを受けます。
といっても、下草も払い、穴も掘り、苗木も並べてくれてるので、我々は子どもたちと一緒に、
肥料をパラパラと撒いて、ポリ袋から取り出した苗木を埋めて、また肥料をパラパラ、
最後にジョウロの水をかけるだけ・・・こりゃ楽そうだわ・・・













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こんな立派な看板を用意してくれてました。












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各列の入り口には、担当する隊員の個人プレートも立ててくれてました。
だれだっ、落書きしたのは・・・にっこり















で、本日の、わたくしの手下・・・
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やはり用意したオリジナルTシャツは大きすぎたかな・・・でも、しっかり植えるんだぞ・・・













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「そう、そうやって苗木のポリ袋を外してから埋めて・・・」













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「その肥料をパラパラ、お水をサーッとかける・・・」












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「最後は目印にポリ袋を棒に突き刺しておく、なかなか手際がいいじゃないか・・・」




んで、最初の数本で要領がわかると、あとは4人競争で次から次へと・・・

「あわわわ、ちょっ、ちょっと待ちなさい、これこれ、肥料をこぼすんじゃない・・・」

とかいってるうちに、彼らははるか先までいってしまい、途中から戻ってきました。

「ありゃ、まだ半分も植えてないのに・・・」

と、先を見ると、目印のポリ袋がずらっと奥まで見えます。

そう、奥のきついところは、関係者の手で、すでに植林済みだったのであります。

「まあ、子どもたちと日本の高齢者で50本はきついものなあ、わたくしは元気だけど・・・」

と、余力を残したまま、仕方なく入口へ戻ってきました・・・






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って、完全に疲れきった顔やないかっショック












で、植林後は、子どもたちとともにバスで森林局の事務所まで移動して・・・
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まず、我々からの文房具などの贈呈式・・・

ひとつひとつ内容が紹介される度に、大きな歓声が挙がってたのがとても印象的でした。
えんぴつや折り紙、わたくしの息子たちの集めたキーホルダーなど、
決して大したものではなかったのですが、目を輝かせ、純真に喜んでくれてました。
同世代の日本の小学生なら、歓声どころか見向きもしないだろうな・・・
彼らの瞳のきれいな輝きは、今回のツアーで一番印象に残っています。













んで、
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子どもたちからは、歌のプレゼント。
これぞ「元気いっぱいの歌声」とゆー感じ、とても爽やかな気持ちになりました。











最後は待ちに待った昼食会・・・
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何も入ってないナシゴレン(ナシは米、ゴレンは焼く、つまり焼き飯)と、
小さな鳥肉と野菜が一切れずつ、とゆー、いたってシンプルなお弁当でしたが、
時刻はすでに午後1時をとっくに過ぎ、朝8時から集合していた子どもたちはお腹がぺこぺこ、
とゆーことで、「先に子どもたちに配らせていただきます。」となりました。

わたくしだって、今朝の朝食は早かったぞ・・・ううっ・・・ぐるるる・・・

「あっ、サングラスのおじさんが一人、子どもたちに紛れ込んでるっ!」

ぼかっ、ぐしゃ、べきっ・・・

と、なごやかな昼食会も無事終わり、お別れとなりました。にっこり




(以下次号)







感謝のP.S.
今回記事の画像のうち、わたくしが四駆に載っている雄姿の分は、隊員のY.K.さんが撮って、
わざわざプリントして送っていただいたものを接写したものです。
Y.K.さん、ほんとかっこいい写真、ありがとうございました。すいません







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2010年01月23日

ボルネオ植林紀行6 セメンガ

前回記事からの続きであります。

ツアー二日目、サバ州での日程を終えたわたくしたちは、サラワク州のクチンに空路で移動しました。




さて、そこでみなさんに質問です。

この日の夕食はコタキナバルで食べたのか、それともクチンで食べたのかはてな



わたくし、まったく記憶がございません。きっぱりと寝る

まあ、空路ではわずか1時間20分ほど、19:45の便のはずで、機内で爆睡してましたので、
たぶんコタキナバルでの夕食時にビールをかぱかぱ飲んだはずなのですが・・・
どこで何を食べたのか、まったく思いだせないとゆー・・・悲しい
これもすべて、画像が撮れなくなったせいにしておこうっと・・・


閑話休題


さて、コタキナバルはマレーシア・ボルネオにふたつある州のうち、サバ州の州都ですが、
クチンはもうひとつの州、サラワク州の州都であります。
その中間あたりに、ミリというWW?の市街戦もあった街があり、
そこがキナバル山と並ぶ、世界遺産ムル山への玄関口であります。
ムルの洞窟群には、世界最大の鍾乳洞、ディア・ケイブもあり、わたくしそちらにも
足を伸ばしたかったのですが、今回は上空を通過しただけであります。

サラワク州についても複雑な歴史がありますが、とりあえず、クチンはマレー語で猫、
市内中央のロータリーには巨大な猫の群像がありました。

これもすべて、画像が撮れなかったせいにしておこう・・・にっこり

で、市内中心部のホテルに到着、例によって・・・

ひたすら自室で充電であります。ううっ

ほんとは夜の街を散策したかったのに深夜になってしまい、さすがに外に出る気にもなれず・・・困った

で、やむなく自室の窓から撮った深夜のテスト画像・・・
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ホテルはサラワク川の畔、リバーフロントのライトアップやモスクのライトアップがきれいきれい・・・

って、喜んでる場合かっ・・・ったくもう・・・


で、翌朝・・・
この日は現地の子どもたちとの共同植林、とゆー今回ツアーのメインイベントがあるので、
バッテリーに不安があるわたくし、あえて朝食画像は撮らず、
(そのため、何を食べたか覚えてませんが・・・)













時間調整のため、ひとまずクチン近郊のオランウータン保護区へ・・・
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セメンガの自然保護区であります。
ここは、森の中に各地で保護されたオランウータンを放ち、それが自然繁殖して、
現在は22頭が確認されているところ、朝の九時に餌付けがあるので、それに合わせての見学。













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森に入る前にレクチャーがあります。
餌付けはしているとはいうものの、ほぼ野生のため、一切音をたてないこと、
ペットボトルやキラキラ、ブラブラするものは興味を持って奪いに来るので厳禁、
といったことだったと思います。(なにせマレー訛りの英語でしたので・・・にっこり)













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短いトレイルコースでしたが、典型的な熱帯雨林の様子であります。
6年前に行った、サバ州のダナンバレー保護区では巨木があり、宿泊棟のすぐ近くで、
オランウータンくんがベッドメイキングしてましたが、ここに巨木はありませんでした。










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奥にみえる三段になった台が餌付け場所。みんなが静かに見守ります。

ボルネオの熱帯雨林では100種類以上のイチジクが時期をずらせて実をつけるので、
いろんな生き物がふだんはイチジクを食べているのですが、この時期は野生のドリアンや
マンゴーなどが、ちょうど実をつける時期、ウータンくんもおいしい果物を食べてるようで、
この日はとうとう餌付け場所には現れませんでした。













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そうなると、あちこちで記念撮影やウータンくんのモノマネなど、急に騒がしくなりました。にっこり





ここから、まだまだトレイルの続きもあり、ゆっくりしたかったのですが、
そろそろ子どもたちとの共同植林のため、サラワク州森林局の管理地へ移動であります。



(以下次号に続く)


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2010年01月22日

ボルネオ植林紀行5 キナル植林

ボルネオ植林紀行の続きであります。

ツアー二日目の午前中に、アブラヤシのプランテーションや工場の見学を終えたわたくしたち、
ベリンギスビーチリゾートでの昼食後は、一路キナルのサバ州森林開発公社(SAFODA)保護林へ・・・

とーぜんその間に、カメラのバッテリーを充電できるようなコンセントも時間もなく、
今回も引き続きケータイのおまけカメラによる画像であります。すいません














コタキナバル近郊、キナルのSAFODA管理地・・・
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6年前に訪れたときには、こんな看板はなく、JICAから派遣されたシニアボランティアのIさんが、
「ゆくゆくは、ここをエコ・フォレストにしたいですねえ。
で、みなさんのような方々をいつでもお迎えできるようにして・・・」
と夢を語っておられましたが、着実に一歩一歩、前進しているようであります。拍手













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SAFODAの事務所兼作業所兼育苗地・・・
6年前は、この手前を少し歩いて、植林(記念植樹)に行ったのですが・・・















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今回の植林地はかなり上の方なので、悪路を四駆の荷台に乗って移動であります。
しっかし、ツアー二日目にして、すでにかなり太っているような気もするな・・・困った















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雨季とはいえ、たまたま路面が乾いていたので無事に中腹まで行けましたが、
少し雨が降ると、道全体が泥沼化してしまいます。













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荷台にご一緒させていただいた、SAFODAの職員さん・・・
まあ、わたくしも似たような体型だから、安心安心・・・ラブ













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植林予定地付近に到着であります。
ここから右側の急傾斜地を登って行きます。ひいひい














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下草を刈り払い、植林しやすいように配慮いただいており・・・













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黒いポリ袋に包まれた苗木も、目印に突き立てた棒の根元に置いてくれているのですが・・・
(右の赤いのが、植樹用のスコップであります。2003年のときは、SAFODAも勝手がわからず、
おもちゃみたいなシャベルを用意されてて、ぐにゃりと曲がってしまった記憶があります。)














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なにせ急傾斜地で高齢者も多いため、我々にとってはきつい作業となりました。
ま、現地の作業員は余裕の笑顔でありますが・・・にっこり

気温は30℃前後、森の中の湿度はほぼ100%、汗が蒸散しないので快適な作業ではありません。

結局、作業員にも手伝ってもらって総勢20名ほどで100本のカポールの苗木を植林、
その後は、以前に植えた二ケ所の植林地の様子を見に行きました。
(隊としてボルネオは4回目ですが、ここキナルに来るのは3回目、わたくしは2回目であります。)












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こちらは2005年8月の植林地。このときはフタバガキ科を150本、アカテツ科ニアトゥを280本、
ここに植林したそうです。大変だったろうな・・・行けなくてよかったかな・・・げひげひ













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こちらがわたくしが行った2003年12月の植林地、
このときは、カポールやニアトゥなどをとり混ぜて合計100本の植林でした。
すでに看板はなくなっており、わたくしのプレートも探しましたが見つかりませんでした。

ま、木そのものは、一部補植もしてくれてますが、なんとか育ってくれているようで、
ひと安心したとゆー次第であります。

これらがもう50年もすれば、50mを超える巨木に成長・・・しているはずであります。
そう、たとえば屋久杉とかなら、巨木に成長するのに何千年もかかりますが、
熱帯のカポールは80年で80mに成長します。それが一本もないとゆーことは、
この80年間、伐採ばかりで植林してなかった、とゆーことであります。

上の画像にある道路状況のとおり、熱帯雨林の表面の腐葉土層は極めて薄く、
一度生態系が壊れて赤土層になってしまうと、まず森を回復させるのは不可能、
あとは粘土質の赤土が泥沼となって、どんどん川や海に流れ込むだけであります。

このあたりも、もともと鬱蒼とした熱帯雨林だったはずで、カポールなどの巨木が伐採され、
生態系もかなり変わってしまったところ、そこに人にも役立つ樹種を中心に、
もともとあった植物を植えて、ゆくゆくは人と共存できるような森にしよう、
あわせてエコツーリズムの人たちも楽しめるようにして観光収入も、とゆーのが、
SAFODAの基本的な考え方で、決して人の生活を無視していないところがミソであります。
まあ、「もっと手っ取り早く収益をあげろ」という州政府の圧力も強いようですが、
そこはなんとか、緑も増え収入も増えるように苦労されているようであります。


中国北西部、内モンゴル自治区包頭付近のクブチ沙漠でもそうだったんですが、
自分たちの植えた木が無事に育っているのを確認するのはじつにうれしいものです。
また、自分で直接植えなくても、苗木代や作業代を提供して、現地の人に植えてもらった木が、
りっぱな森になってるのを確認するのも、これはこれで喜びがあります。
昨年の二月にアマゾン河口付近で子どもたちと隊で植えた3000本も無事に育っているようで、
そちらのほうも、いつかは確認に行きたいものであります。




これでサバ州での予定はすべて終了、次の目的地である、サラワク州のクチンへ、
空路で向かうことになります。

ちなみにコタキナバル空港の喫煙室では、京都から一人で熱帯雨林を見に来た、
という青年に火を借りました。こちらに来てから日本人とはじめて話したそうです。

って・・・禁煙の固い誓いはどうなったのかっ!!!




(次号に続く)







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