2010年01月

2010年01月26日

ボルネオ植林紀行9 ポンティアナへ

ボルネオ植林紀行その8からの続きであります。

クチン三日目の朝は5時起床。
いよいよ陸路で国境を越えて、インドネシアへ入ります。

マレーシア・ボルネオでは、コタキナバルからクチンへ空路で移動しましたが、
クチンからインドネシア・西カリマンタン州のポンティアナまでは、
熱帯雨林の現状を観察しながらの、長距離バスの旅なのであります。

以前にも書きましたが、マレーシアではボルネオ島とよばれる世界で四番目の大きな島は、
インドネシアではカリマンタン島と呼ばれています。

赤道直下の州都ポンティアナまで、直線では200kmほどですが、なにせ熱帯雨林の山越え谷越え、
走行距離はなんと500km以上、メインルートでも未舗装路や急坂もけっこうあり、
インドネシアに入ってからは規定により、ドライバー三人と整備士が同乗します。








で、とーとつですが・・・マレーシア最後の朝食・・・
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ソーセージはもちろんチキンソーセージで、豚肉は引き続き一切ありません・・・
って、食べる前に撮ればいいのに・・・特にミー(ビーフン)がおいしかったです。
ともかく毎日毎食、フルーツの種類は豊富でした。











クチン郊外の様子
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道路沿いの平地は焼き畑の田畑かその跡地、またはアブラヤシの畑・・・
土地が痩せてて連作が不可能なため、10年単位ぐらいで計画的に行う伝統的な焼き畑では、
8人家族で4エーカーほどあれば暮らしていけるそうで、環境への影響も少ないのですが、
開発目的の焼き畑や大規模なプランテーションになると、そのダメージは大きくなります。













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延々と続く、道路沿いのアブラヤシの植林地・・・













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急斜面には、熱帯雨林が残っているのですが・・・














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このコースで最大の難所だった峠・・・
横に旧道があり、それがあまりの急坂のため、多くのクルマが登れなかったそうです。
最近ようやく、こんな立派な道路ができて簡単に登れるように・・・
じつは見えている先はすごい急坂で、我々のバスも超低速で苦労してました。












で、いよいよ国境の検問所。
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とりあえず、マレーシアの出国審査であります。
こちら側は、きわめて簡単に通してくれました。













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マレーシアの国鳥と「スラマット・ジャラン」
スラマットは幸福な、ジャランは道、「良い旅を」とか「さようなら」の意味であります。
ちなみに出ていく人から残る人に対しては「スラマット・ティンガル」、ティンガルは住む、
「幸せに暮らしてね」みたいな感じで云うそうです。
どちらからでも使えるのが「ジュン・パラギ」、「また、会おうね」であります。
マレー語もインドネシア語もアルファベット表記なので、単語の意味さえわかれば便利です。



で・・・








・・・・・・・・・・・・・このあたりが非武装緩衝地帯・・・・・・・・・・・・・













で、こちらがインドネシア側・・・兵士がいるし、けっこう緊張しました・・・
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先にカメラを向けた隊員が手で追い払われ、それにもめげずにわたくしも、

インドネシア軍の迷彩パターンを撮影しようと、こっそりシャッターを・・・







また電源が入らないっ困った



インドネシアに入る直前、緩衝地帯で、またまたカメラのバッテリートラブル・・・

インドネシア軍の策略なのかっにっこり







いかにもボスといった感じの太っ腹がどかっ、と座ってて、若い係官がお伺いをたて、
その指示で何度も荷物検査とか書類審査をされ、撮影できる状況ではありませんでしが。

ただし・・・

厳しい入国審査を終えて、やっとインドネシア側の長距離バスの前まで来てから・・・

「あのう・・・トイレに行きたいのですが・・・」

「おおっ、あっちあっち・・・」

と、指さす先は、さっきまで緊張してた入国審査前の待合室・・・ショック

結局、車道をとことこ歩いて、また審査前のところまで戻ってトイレへ、
今度はおそるおそる、入国審査に並ばずに、そのまま車道を帰ってきたのですが・・・
気づけばみなさん、突破防止用のチェーンをまたいで、さりげに往来してました・・・

さっ、さきほどの審査はなんやってん・・・ショック

ま、このあたりのマレーシア側のイバン族とインドネシア側のダヤック族は同じ民族、
出入国の記録さえ不要なら、わざわざ審査を受けることもないわけで、聞けば、
この検問所の近くで、クルマが通れる抜け道だけでも、30以上あるとか・・・にっこり

ま、我々は出国の際に入国スタンプが要るわけで、そんな人だけが手続きをするとゆー・・・
はじめての陸路での国境通過、なかなか貴重な体験でした。


と感動しつつ、ここからはまた、ケータイのおまけカメラによる画像であります。悲しい












んで、インドネシア側での、はじめての昼食を食べたレストラン・・・
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伝統的な高床式はマレーシアと同じですが、中央に入母屋破風のような突き出た屋根のあるのが、
インドネシア建築の特色だそうで、都会のビルにもこの様式が取り入れられてました。














で、典型的なインドネシア・カリマンタン島の昼食
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アヤン・ゴレン(焼き鳥)、イカン・ゴレン(焼き魚)、ナシ(ご飯)に調味用トウガラシみそ。

ちなみに中央上にあるグラスは果肉入りココナッツジュースで、氷も入っていました。
氷は生水を製氷している場合も多く、飲むのを控えるか、わたくしのように・・・
氷が溶けるまえに一気に飲み干すか、どちらかなのであります。にっこり













これ以外にも、スープなど何品かがコースで供されたのですが・・・
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このレストラン、この時は別棟で地元警察幹部の家族ぐるみの昼食会だったそうで、
いろんなタイプのパトカーが10台近く集まってました。

で、ウェイトレスのおねいさんたちはみんなそちらへ・・・困った
我々には、慣れないおじさんたちが、いそいそと給仕してくれました。にっこり












昼食後も、インドネシア・西カリマンタン州のジャングルをひたすら走ります。
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インドネシア側の典型的な風景。
焼き畑の名残りの黒焦げの木の幹が見えます。
マレーシアとインドネシアの所得格差は大きく、同じボルネオ島(カリマンタン島)でも、
インドネシア側に入ると、家の様相もかなり異なってきます。













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道の駅その1














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道の駅その2













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道の駅のトイレ・・・
奥地になると、建物はかなり質素になりますが、マレーシアでもインドネシアでも、
トイレ内部はどこも清潔に手入れされており、中国北西部の奥地とはえらいちがいでした。

こちらでは巨大な浴槽のような水槽が便器の横にあって、その水を柄杓ですくって流すとゆー、
いわば手動水洗式、ちょうど昭和の日本にあったような四角い浴槽の狭い浴室に、
さりげに便器があるような不思議な空間で、わたくし最初は浴室と思ってました。
ま、このあたりの民家に浴室などはなく、みんな川などで沐浴であります。

もちろんトイレットペーパーはなく、「左手での手動ウォシュレット」であります。にっこり





ボルネオ島西部の内陸部を、10時間以上かけて「斜め横断」した長距離バスは、
夕暮れ前になってようやく、赤道直下の街、ポンティアナに着きました。



(次号に続く)








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2010年01月25日

ボルネオ植林紀行8 クチン

ボルネオ植林紀行7の続きです。

ツアー三日目にして、子どもたちとの共同植林と昼食会を終え、
一行はサラワク州の州都、クチンに戻ります。













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クチンへの帰り道。
この道路、設計・測量までは旧日本軍が行ったそうで、途中に旧軍の飛行場跡にできた村もあり、
その名も、「飛行場村」とゆーそうです・・・まるで「府庁山」みたいなネーミング・・・困った












途中、リアンとゆー町で、市場に立ち寄り・・・
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ちょうど旬のドリアンを試食・・・
大きさにより一個、5ルンギから10ルンギ、やはり大きくて熟れているほうが美味しいそうです。
ちなみに1ルンギは約27円でした。
この時は、たまたまクチンに帰るサラワク州森林局の人たちと市場で再会し、
彼らからも、ここのドリアンをプレゼントしていただきました。













で、さっそく・・・
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ぱっくり割ってもらうと、皮を剥いたイチジクのような状態で、カマンベールチーズのような、
匂いと食感の果肉が、大きな種を囲むようにして8個ほど入っています。

完全に好みの分かれる果物で、一口食べただけで「おえっ」となる人、わたくしのように、
やみつきになってしまう人(ほぼ一個分食べたのは、わたくしだけでしたが・・・)

ともかく、他の果物とはまったく異なる味と食感、まさに果物の女王であります。
6年前にサバ州で食べたやつとは種類が異なるようで、今回の方がはるかにおいしかったです。

ちなみにバスに戻ると、ドライバーから「ドリアンは、種の持ち込みも困る。」と苦情が・・・

持ち込んだのではなく、路上に捨てた種を踏んでしまった隊員がいて、その匂いと判明しましたが、
ホテルでも一切持ち込みは厳禁、やはり独特の匂いは強烈で、ずっと残るそうであります。












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で、こちらがランブータン、ひと束1kgで1リンギ、なんと27円で数十個あります。



これ以外にも、様々な果物や、とんでもない動物や魚や鳥、見たこともない野菜や香辛料など、
混み合う市場の中にあふれてましたが、イスラム教徒も多い雑踏では、さすがに、
カメラを向けるのは遠慮しました。













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我々が食べたドリアンの屋台は市場のはずれにあり、その外には食堂が並びます。
ご覧のとおり、マレーシアでは中国語を併記している華僑系の店も多かったですが、
翌日からのインドネシアでは、華僑系の店でもほとんど中国語併記はなく、
やはり華僑系国民の地位の違いや貧富の差の問題があるようです。

ちなみにマレーシアでは、小学校からマレー語と英語と自分の民族語を学ぶそうで、
マハティールさんの時代は、理科と算数も英語で教えていたのですが、
英語が不得意なら理科と算数も不得意になるとゆーことで最近廃止され、
そのせいで英語力が落ちてきており問題になっている、とのことでした。

さらにちなみに、インドネシアでは小学校では自国語のみ、英語は中学校からだそうで、
こちらは日本と同じですね。どちらも英語が苦手なのも同じなのか・・・
実際、マレーシア・ボルネオでは英国統治の影響もあり、けっこう英語が通じ、
中国語併記か英語併記の店が多かったですが、インドネシアでは殆ど通じず、
英語併記も殆どありませんでした。










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クチンに戻ったのは夕方、ボルネオ関係の博物館群には閉館ぎりぎりで間に合ったのですが、
残念ながら、中は撮影禁止でした・・・

見えている建物は別の博物館で、入ったのは、反対側にあるサラワクの自然・民族博物館であります。

ボルネオは生物種の宝庫であるとともに、様々な種族の民族文化の宝庫でもあります。
閉館までの時間がほとんどなく、駆け足となったのがとても残念でした・・・










いったんホテルに戻ってシャワーを浴び、夕食に向かったのは・・・
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屋上ビアガーデンならぬ、屋上シーフードレストラン・・・



みなさんビールを注文してから、あるベテラン隊員が思い出したように・・・

「ドリアン食べてアルコール飲むと、大変なことになるらしいですよ・・・」

「あっ、そういえば聞いたことがある。死に至ることもあるって・・・」

「わたしは匂いを嗅いだだけで気分が悪くなって食べてません。よかったよかった」

「うーん、やはりここは控えておくか・・・」







「わははは、では、わたくしにすべてお任せを・・・」








じゃーん
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「わははは、しあわせじゃあびっくり


「しあわせじゃあ、って98kさん、あんた一番たくさんドリアン食べてたやないか・・・ショック

「ええ、わたくしがドリアンとビールの食べ合わせの実験台になります。きっぱりと・・・」

んぐんぐんぐ・・・がつがつむしゃむしゃ・・・んぐんぐ・・・

「あっ、そちらの料理も早く廻してくださいね・・・もぐもぐ・・・」

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わははは、しあわせじゃあ・・・




ちなみに、アイスクリーム屋さんもありました。
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ホテルの自室に戻ってからは、市場で買って冷蔵庫に冷やしておいたランブータンをば・・・
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わははは、やはりしあわせじゃあ・・・


(次号に無事続く・・・のかっ)






注意書きP.S.

ドリアンとアルコールの食べ合わせ、あちこちで書かれているようですね。
わたくしの場合、ある程度時間が経過してたからなのか、それとも体質的なものなのか、
ともかく、まったく異常はありませんでした。部屋でもワイルドターキー飲んだし・・・
ドリアンを食べた他の隊員も何人かはビールを飲んでましたが同様でした。
ま、あくまで自己責任で、とゆーことなんでしょーね・・・にっこり

ちなみにランブータン、ご覧のとおりライチのような味と食感でしたが、
大好きなライチほどの風味はなく、半分ほどは、翌日に持ち越してしまいました・・・げふっ











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2010年01月24日

ボルネオ植林紀行7 サバル植林

紀行記事の7回目、ツアー三日目にして、いよいよ現地の子どもたちとの共同植林であります。

わたくしの参加している植林ボランティアグループでは、ここ数年、
現地の子どもたちとの共同植林を、植林ツアーのメインにしています。

今回も現地のイバン族を中心とする小学校高学年の児童が約100名参加してくれました。
コーディネートしてくれた方々は本当に大変だったと思います(わたくしは宴会要員ですにっこり)が、
みなさん、精力的に動いてくれたようで、今回も大成功でした。

植林は数十年以上先にならないと結果のでない作業ですから、彼らが大人になったとき、
自分たちが子どものときに植えた苗木が見事な森になっているわけで、そのことがきっと、
「木を育てる心」を引き継いでいくことにつながると考えているからであります。

ま、子どもたちのため、とゆー大義名分があれば、植林に関心のない親たちや教師たちも、
たいてい理解してくれますし、その中からわずかでも木を育てることに関心を持ってくれたら、
という思いもあってのことなんですが・・・にっこり


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クチン郊外サバルのサラワク州森林局の保護区であります。
日曜日なのに、朝8時から集まってくれてた子どもたちが並んで迎えてくれます。













そこへ・・・
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ニッポンのヒーローが登場びっくり拍手拍手拍手拍手拍手




って、道がぬかるんで揺れが激しく、他の隊員は途中から徒歩で植林場所に向かったのですが、
わたくしだけ、荷台に立って手を振ってたら、子どもたちはボスキャラと思ったようです。
ほんとは隊員の中でも、ただの宴会要員なのですが・・・にっこり















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スコールに備えてタープも設営してくれてました。
森林局の方々や先生方などで、一週間前から準備してくれたとのこと・・・












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こちらが今回植林場所の中心地。
マレーシア・日本両国国旗と記念看板が立ててあります。
この両側の谷に、20列、各列50本、合計1000本の苗木を植林します。












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ここで全員が集合、植樹方法のレクチャーを受けます。
といっても、下草も払い、穴も掘り、苗木も並べてくれてるので、我々は子どもたちと一緒に、
肥料をパラパラと撒いて、ポリ袋から取り出した苗木を埋めて、また肥料をパラパラ、
最後にジョウロの水をかけるだけ・・・こりゃ楽そうだわ・・・













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こんな立派な看板を用意してくれてました。












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各列の入り口には、担当する隊員の個人プレートも立ててくれてました。
だれだっ、落書きしたのは・・・にっこり















で、本日の、わたくしの手下・・・
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やはり用意したオリジナルTシャツは大きすぎたかな・・・でも、しっかり植えるんだぞ・・・













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「そう、そうやって苗木のポリ袋を外してから埋めて・・・」













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「その肥料をパラパラ、お水をサーッとかける・・・」












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「最後は目印にポリ袋を棒に突き刺しておく、なかなか手際がいいじゃないか・・・」




んで、最初の数本で要領がわかると、あとは4人競争で次から次へと・・・

「あわわわ、ちょっ、ちょっと待ちなさい、これこれ、肥料をこぼすんじゃない・・・」

とかいってるうちに、彼らははるか先までいってしまい、途中から戻ってきました。

「ありゃ、まだ半分も植えてないのに・・・」

と、先を見ると、目印のポリ袋がずらっと奥まで見えます。

そう、奥のきついところは、関係者の手で、すでに植林済みだったのであります。

「まあ、子どもたちと日本の高齢者で50本はきついものなあ、わたくしは元気だけど・・・」

と、余力を残したまま、仕方なく入口へ戻ってきました・・・






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って、完全に疲れきった顔やないかっショック












で、植林後は、子どもたちとともにバスで森林局の事務所まで移動して・・・
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まず、我々からの文房具などの贈呈式・・・

ひとつひとつ内容が紹介される度に、大きな歓声が挙がってたのがとても印象的でした。
えんぴつや折り紙、わたくしの息子たちの集めたキーホルダーなど、
決して大したものではなかったのですが、目を輝かせ、純真に喜んでくれてました。
同世代の日本の小学生なら、歓声どころか見向きもしないだろうな・・・
彼らの瞳のきれいな輝きは、今回のツアーで一番印象に残っています。













んで、
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子どもたちからは、歌のプレゼント。
これぞ「元気いっぱいの歌声」とゆー感じ、とても爽やかな気持ちになりました。











最後は待ちに待った昼食会・・・
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何も入ってないナシゴレン(ナシは米、ゴレンは焼く、つまり焼き飯)と、
小さな鳥肉と野菜が一切れずつ、とゆー、いたってシンプルなお弁当でしたが、
時刻はすでに午後1時をとっくに過ぎ、朝8時から集合していた子どもたちはお腹がぺこぺこ、
とゆーことで、「先に子どもたちに配らせていただきます。」となりました。

わたくしだって、今朝の朝食は早かったぞ・・・ううっ・・・ぐるるる・・・

「あっ、サングラスのおじさんが一人、子どもたちに紛れ込んでるっ!」

ぼかっ、ぐしゃ、べきっ・・・

と、なごやかな昼食会も無事終わり、お別れとなりました。にっこり




(以下次号)







感謝のP.S.
今回記事の画像のうち、わたくしが四駆に載っている雄姿の分は、隊員のY.K.さんが撮って、
わざわざプリントして送っていただいたものを接写したものです。
Y.K.さん、ほんとかっこいい写真、ありがとうございました。すいません







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2010年01月23日

ボルネオ植林紀行6 セメンガ

前回記事からの続きであります。

ツアー二日目、サバ州での日程を終えたわたくしたちは、サラワク州のクチンに空路で移動しました。




さて、そこでみなさんに質問です。

この日の夕食はコタキナバルで食べたのか、それともクチンで食べたのかはてな



わたくし、まったく記憶がございません。きっぱりと寝る

まあ、空路ではわずか1時間20分ほど、19:45の便のはずで、機内で爆睡してましたので、
たぶんコタキナバルでの夕食時にビールをかぱかぱ飲んだはずなのですが・・・
どこで何を食べたのか、まったく思いだせないとゆー・・・悲しい
これもすべて、画像が撮れなくなったせいにしておこうっと・・・


閑話休題


さて、コタキナバルはマレーシア・ボルネオにふたつある州のうち、サバ州の州都ですが、
クチンはもうひとつの州、サラワク州の州都であります。
その中間あたりに、ミリというWW?の市街戦もあった街があり、
そこがキナバル山と並ぶ、世界遺産ムル山への玄関口であります。
ムルの洞窟群には、世界最大の鍾乳洞、ディア・ケイブもあり、わたくしそちらにも
足を伸ばしたかったのですが、今回は上空を通過しただけであります。

サラワク州についても複雑な歴史がありますが、とりあえず、クチンはマレー語で猫、
市内中央のロータリーには巨大な猫の群像がありました。

これもすべて、画像が撮れなかったせいにしておこう・・・にっこり

で、市内中心部のホテルに到着、例によって・・・

ひたすら自室で充電であります。ううっ

ほんとは夜の街を散策したかったのに深夜になってしまい、さすがに外に出る気にもなれず・・・困った

で、やむなく自室の窓から撮った深夜のテスト画像・・・
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ホテルはサラワク川の畔、リバーフロントのライトアップやモスクのライトアップがきれいきれい・・・

って、喜んでる場合かっ・・・ったくもう・・・


で、翌朝・・・
この日は現地の子どもたちとの共同植林、とゆー今回ツアーのメインイベントがあるので、
バッテリーに不安があるわたくし、あえて朝食画像は撮らず、
(そのため、何を食べたか覚えてませんが・・・)













時間調整のため、ひとまずクチン近郊のオランウータン保護区へ・・・
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セメンガの自然保護区であります。
ここは、森の中に各地で保護されたオランウータンを放ち、それが自然繁殖して、
現在は22頭が確認されているところ、朝の九時に餌付けがあるので、それに合わせての見学。













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森に入る前にレクチャーがあります。
餌付けはしているとはいうものの、ほぼ野生のため、一切音をたてないこと、
ペットボトルやキラキラ、ブラブラするものは興味を持って奪いに来るので厳禁、
といったことだったと思います。(なにせマレー訛りの英語でしたので・・・にっこり)













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短いトレイルコースでしたが、典型的な熱帯雨林の様子であります。
6年前に行った、サバ州のダナンバレー保護区では巨木があり、宿泊棟のすぐ近くで、
オランウータンくんがベッドメイキングしてましたが、ここに巨木はありませんでした。










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奥にみえる三段になった台が餌付け場所。みんなが静かに見守ります。

ボルネオの熱帯雨林では100種類以上のイチジクが時期をずらせて実をつけるので、
いろんな生き物がふだんはイチジクを食べているのですが、この時期は野生のドリアンや
マンゴーなどが、ちょうど実をつける時期、ウータンくんもおいしい果物を食べてるようで、
この日はとうとう餌付け場所には現れませんでした。













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そうなると、あちこちで記念撮影やウータンくんのモノマネなど、急に騒がしくなりました。にっこり





ここから、まだまだトレイルの続きもあり、ゆっくりしたかったのですが、
そろそろ子どもたちとの共同植林のため、サラワク州森林局の管理地へ移動であります。



(以下次号に続く)


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2010年01月22日

ボルネオ植林紀行5 キナル植林

ボルネオ植林紀行の続きであります。

ツアー二日目の午前中に、アブラヤシのプランテーションや工場の見学を終えたわたくしたち、
ベリンギスビーチリゾートでの昼食後は、一路キナルのサバ州森林開発公社(SAFODA)保護林へ・・・

とーぜんその間に、カメラのバッテリーを充電できるようなコンセントも時間もなく、
今回も引き続きケータイのおまけカメラによる画像であります。すいません














コタキナバル近郊、キナルのSAFODA管理地・・・
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6年前に訪れたときには、こんな看板はなく、JICAから派遣されたシニアボランティアのIさんが、
「ゆくゆくは、ここをエコ・フォレストにしたいですねえ。
で、みなさんのような方々をいつでもお迎えできるようにして・・・」
と夢を語っておられましたが、着実に一歩一歩、前進しているようであります。拍手













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SAFODAの事務所兼作業所兼育苗地・・・
6年前は、この手前を少し歩いて、植林(記念植樹)に行ったのですが・・・















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今回の植林地はかなり上の方なので、悪路を四駆の荷台に乗って移動であります。
しっかし、ツアー二日目にして、すでにかなり太っているような気もするな・・・困った















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雨季とはいえ、たまたま路面が乾いていたので無事に中腹まで行けましたが、
少し雨が降ると、道全体が泥沼化してしまいます。













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荷台にご一緒させていただいた、SAFODAの職員さん・・・
まあ、わたくしも似たような体型だから、安心安心・・・ラブ













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植林予定地付近に到着であります。
ここから右側の急傾斜地を登って行きます。ひいひい














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下草を刈り払い、植林しやすいように配慮いただいており・・・













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黒いポリ袋に包まれた苗木も、目印に突き立てた棒の根元に置いてくれているのですが・・・
(右の赤いのが、植樹用のスコップであります。2003年のときは、SAFODAも勝手がわからず、
おもちゃみたいなシャベルを用意されてて、ぐにゃりと曲がってしまった記憶があります。)














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なにせ急傾斜地で高齢者も多いため、我々にとってはきつい作業となりました。
ま、現地の作業員は余裕の笑顔でありますが・・・にっこり

気温は30℃前後、森の中の湿度はほぼ100%、汗が蒸散しないので快適な作業ではありません。

結局、作業員にも手伝ってもらって総勢20名ほどで100本のカポールの苗木を植林、
その後は、以前に植えた二ケ所の植林地の様子を見に行きました。
(隊としてボルネオは4回目ですが、ここキナルに来るのは3回目、わたくしは2回目であります。)












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こちらは2005年8月の植林地。このときはフタバガキ科を150本、アカテツ科ニアトゥを280本、
ここに植林したそうです。大変だったろうな・・・行けなくてよかったかな・・・げひげひ













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こちらがわたくしが行った2003年12月の植林地、
このときは、カポールやニアトゥなどをとり混ぜて合計100本の植林でした。
すでに看板はなくなっており、わたくしのプレートも探しましたが見つかりませんでした。

ま、木そのものは、一部補植もしてくれてますが、なんとか育ってくれているようで、
ひと安心したとゆー次第であります。

これらがもう50年もすれば、50mを超える巨木に成長・・・しているはずであります。
そう、たとえば屋久杉とかなら、巨木に成長するのに何千年もかかりますが、
熱帯のカポールは80年で80mに成長します。それが一本もないとゆーことは、
この80年間、伐採ばかりで植林してなかった、とゆーことであります。

上の画像にある道路状況のとおり、熱帯雨林の表面の腐葉土層は極めて薄く、
一度生態系が壊れて赤土層になってしまうと、まず森を回復させるのは不可能、
あとは粘土質の赤土が泥沼となって、どんどん川や海に流れ込むだけであります。

このあたりも、もともと鬱蒼とした熱帯雨林だったはずで、カポールなどの巨木が伐採され、
生態系もかなり変わってしまったところ、そこに人にも役立つ樹種を中心に、
もともとあった植物を植えて、ゆくゆくは人と共存できるような森にしよう、
あわせてエコツーリズムの人たちも楽しめるようにして観光収入も、とゆーのが、
SAFODAの基本的な考え方で、決して人の生活を無視していないところがミソであります。
まあ、「もっと手っ取り早く収益をあげろ」という州政府の圧力も強いようですが、
そこはなんとか、緑も増え収入も増えるように苦労されているようであります。


中国北西部、内モンゴル自治区包頭付近のクブチ沙漠でもそうだったんですが、
自分たちの植えた木が無事に育っているのを確認するのはじつにうれしいものです。
また、自分で直接植えなくても、苗木代や作業代を提供して、現地の人に植えてもらった木が、
りっぱな森になってるのを確認するのも、これはこれで喜びがあります。
昨年の二月にアマゾン河口付近で子どもたちと隊で植えた3000本も無事に育っているようで、
そちらのほうも、いつかは確認に行きたいものであります。




これでサバ州での予定はすべて終了、次の目的地である、サラワク州のクチンへ、
空路で向かうことになります。

ちなみにコタキナバル空港の喫煙室では、京都から一人で熱帯雨林を見に来た、
という青年に火を借りました。こちらに来てから日本人とはじめて話したそうです。

って・・・禁煙の固い誓いはどうなったのかっ!!!




(次号に続く)







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