2011年06月

2011年06月29日

2011モンゴル紀行・番外DMZ編


2011モンゴル紀行の最終回は、番外DMZ編!であります。

ウランバートルから朝7時にソウルのホテルに着き、三時間弱の仮眠だけで夜まで市内を観光したわたくし、
ほんとは一人で夜の街に出て、せめてコンビニでカップ麺とビールぐらいは買いたかったのですが、
さすがにこの夜は、自室で残り酒を飲んだだけで、日付が変わる前に寝てしまいました。

で、翌日のホテルでの朝食後は一路、烏頭山統一展望台へ・・・

そう、この日は午前中だけですが、いちおー「DMZツアー」の予定だったのであります。




DMZ・・・DeMilitarized Zone、いわゆる「非武装中立地帯」であります。




東西ドイツが統一された今、残っているのは韓半島の38度線だけで、最近の韓国映画でもいくつか取り上げられ、
ご承知の方も多いと思いますが、背景をざっと整理しておくと・・・


現在でも北朝鮮(朝鮮人民民主主義共和国)と韓国(大韓民国)との間には、正確には国境というものはなく、
1953年7月27日に休戦協定が発効したときの、陸上で両軍が対峙していた最前線をそのまま繋いだだけの、
軍事境界線(MDL・・・Military Demarcation Line)が事実上の国境となっているのであります。

ですから、一般に38度線とはいっても、西部では軍事境界線は北緯38度より南側ですし、東部では逆に北側になっています。

で、このMDLでの武力衝突を避けるため、そこから南北双方に原則幅2kmにわたって定められたのが非武装中立地帯DMZ、
韓国側ではさらにその南側の一部に、民間人統制線(CCL・・・Civilian Control Line)が定められているのであります。

今回訪問した烏頭山統一展望台は、北から流れてくる臨津江(イムジンガン)と、南から流れてくる漢江(ハンガン)が、
一つに合流してやがて黄海に注ぐ、まさにその合流点を眼下に望む位置にあるのですが、このあたりでは、
川の真ん中が軍事境界線MDLになっており、その南北の川幅そのものがDMZになっているのであります。





ま、ソウルもちょうどこの日から梅雨入り、とゆーことで、DMZツアーにはあいにくのお天気だったのですが・・・



ソウルから北に向けて、漢江沿いの「自由路」をひた走ると、やがて・・・

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あちこちに監視所が目立ち始めます。

ちなみにこの「自由路」、戦車の走行にも耐え、航空機が離着陸できるだけの直線距離と幅を確保しているはず・・・

















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監視所の窓に映る、銃を持った兵士のシルエットがお分かりでしょうか・・・

この鉄条網は民間人統制線(CCL)境界で、内部へは厳しくチェックされた地元の農民と漁民しか下りることができません。

このあたりの対岸はまだ韓国なんですが、夜陰に乗じて川から潜入される可能性があるため、CCLが設定されているとのこと。

ですから、このあたりの河原でキャンプ宴会したり、川下り宴会したりするのは・・・おそらく無理なんでしょうね・・・







で、漢江沿いから臨津江沿いへ曲がる手前で自由路からはずれ、つづら折れになった坂を烏頭山の頂上まで登りつめると・・・

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緑の山の中に、どどーんと立派な展望台が現れます。















晴れた日には対岸(北朝鮮側)の様子がくっきりと見える山頂の広場にはこんなものが・・・

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先祖のお墓が北にあり墓参ができない方々は、お盆などにはここで供養されるそうであります。















で、周囲にはそれらしいポストも・・・

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「わっ、わたくし、けっして川を渡ってきたわけでは・・・いっ、いや、濡れているのはただの汗でして・・・
そりゃあ、たしかに目立ちにくい服装はしてますが、これはまあ、好みとゆーやつで・・・へらへらへら・・・」

と、なんとかセキュリティチェックをすり抜け・・・って、今は誰でも自由に中に入れるのですが、少し前までは、
民間人統制線のないこの展望台でも、ほんとに軍による厳しい入山チェックがあったそうです。












で、中に入ったわたくしを、まず出迎えてくれたのは・・・

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おお、あのJSAの主人公たちが・・・














とーぜん、記念撮影はこちらの方と・・・でへへへ

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ちなみに、この展望台からイムジン川の上流を渡ってクルマで20分ほど走れば、軍事境界線上に唯一存在する、
あの共同警備区域JSA・・・Joint Security Areaの「板門店」なのですが、さすがにJSAへは事前の申し込みから、
「撃たれても文句は言いません。」という誓約書や、徹底した身体検査、さらには軍服に類似した服装の着用禁止!
などの厳しいルールや事前審査があり、今回は残念ながら行けませんでした。













で入館すると最初に、外国人は4階、韓国人は3階にある、全く同じ造りの円形展望ホールに上がり・・・

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対岸を眺めながら(って、この日は殆ど見えませんでしたが・・・)ビデオで歴史や現状についての説明を受けます。
















で、ホールの前方に置いてあるのが、この展望台周辺のジオラマ・・・

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ご覧のとおり、右上(北側)から流れてきた臨津江(イムジン河)と、左下(南側)から流れてきた漢江(ハンガン)がここで合流、
左上へ流れて黄海に注ぐのですが、赤と青のテープが示すとおり、川の中央が軍事境界線、で中央からの川幅自体が、
それぞれの非武装中立地帯DMZになっているのであります。

ちなみに画像左上のあたりから上(北)に曲がって黄海になるのですが、前述のように合意された軍事境界線は陸上のみ、
黄海上では南の主張する北方限界線(NLL・・・Northern Limit Line)と、北の主張する海上の軍事境界線が交錯しており、
こちらの河口の沖合に、昨年秋に大規模な砲撃事件のあった延坪島があるのであります。







で、画像手前の山頂にあるのが・・・

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今まさにわたくしがいる烏頭山統一展望台、この青い円形部分の最上階なのであります。

ちなみにここでの川幅はテープが示すように3200mですから、南北1600mずつのDMZ、とゆーことになります。
ジオラマをよくみると、南北両岸ともに、厳重な川岸のフェンスが再現されていますね。

さらにちなみに、ここから下流は干満の差も激しく、黄海が入りこんでますから、合意された陸上の軍事境界線は、
ちょうどこのテープのあたりが西の起点、ということだと思うんですが、わたくし詳しくは調べられませんでした。














で、実際の展望台からの様子・・・

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この日はなにせ梅雨入り、中央に僅かに黒く浮かび上がっているのが対岸(北朝鮮側)であります。






ま、画像がこれだけ、とゆーのもなんなので、わたくしあちこちに潜入して、決死の撮影をば・・・










で、軍事境界線まで行った時の様子・・・

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なぜかモノクロ撮影、兵士の制服や小銃も、どーゆーわけか旧式ですが・・・














凛々しいセーラー服の水兵さんもいました。うふっ

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で、JSA板門店の様子・・・

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って、こちらも制服や建物が古いですが・・・手前は野戦用テントだし・・・

















付近に展開していた、最新装備の米軍・・・

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ま、個人携行用の対戦車装備の形状は、大戦以来、あまり変わってませんね・・・
















潜入してきた小型潜航艇・・・

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で、決死の撮影を終えて、DMZ内の地雷原でお昼寝なんかしていると・・・

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なにやら頭上を探るものが・・・









とまあ、以上の画像は展望台に展示されていたパネルからなんですが、それ以外にも・・・








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北のファッションや、南北のミリタリーグッズなども展示されており、もっとゆっくりと見学したかったのですが、
この日の午後の便で帰国するため、時間がありませんでした・・・次回はぜひJSAにも・・・完全装備で・・・




で、この後、インチョン空港への途上でビビンパとビールの昼食を食べ、夕方には関西空港に帰り着き、
約一週間のモンゴル植林ツアーの全行程を無事に終えた、とゆー次第なのであります。




今回のモンゴル植林ツアーについては、東日本大震災の影響により、一時は延期や目的地変更も検討したのですが、
最終的には、震災支援へのお礼のメッセージを書いたTシャツを作製し子どもたちに着てもらい実施することにしましたが、
当初の予定どおりモンゴルの子どもたちと一緒に木を植えることができて、本当によかったと思っています。

また今回は、終戦後の2年間モンゴルで強制労働に従事させられ、故郷を見ることなく死んでいった将兵たちが眠っている、
ウランバートル近郊の日本人墓地や、東西冷戦の負の遺産ともいうべき、韓半島の非武装中立地帯DMZにも行きました。

DMZについては、南北1000人ずつの監視員のみに入域制限している上に地雷原もいっぱいで、殆ど人間が入らずに、
60年が経過したため、激戦地が今や韓国では貴重な自然の宝庫になっている、という皮肉な結果にもなっています。



人類の営みによる沙漠化や荒漠地化をくい止める本筋は、やはり環境を考えた持続性のある発展でしょう。

ただ、いったんその地域で紛争が起きればすべては「おじゃん」、ともかく紛争が起きないようにすることも重要です。

紛争がなく、環境への意識を持てば、人類がある程度豊かに暮らしていけるだけの恵みは地球が与えてくれるはず。

以前にも書きましたが、過去の紛争の原因は宗教や思想、民族の対立など、いろいろ云われてますが、
それぞれの当時の状況を見ると、その殆どの背景には、貧困や富の偏りの問題があります。

沙漠化、荒漠地化が進んでいる地域の多くは貧困や富の偏りの問題を抱えており、今後は紛争の火種にもなるでしょう。

その前に、沙漠化、荒漠地化をくい止め、本来の豊かさを取り戻すためには、やはり国際的な協力と意識の変革が不可欠・・・

現地の子どもたちと一緒に木を植えるという、わたくしたちの活動にも意義はある、と確信している次第なのであります。



なんか、えらそうなことを書きましたが、ま、お気楽にできる範囲で、今後もぼちぼちと続けていきたいと思っています。
来年はボルネオの熱帯雨林で、現地の子どもたちと一緒に木を植える予定ですので、機会があればご一緒しましょう。



(2011モンゴル紀行はおしまい、次回からいつもの記事に戻ります。ご愛読ありがとうございました。)


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2011年06月27日

2011モンゴル紀行・番外ソウル編

えーっ、モンゴルでの日程は前回植林記事でおしまい、今回は番外ソウル編つーことで・・・








結局チンギス・ハーン空港を予定より二時間半遅れで、午前2時20分に離陸した大韓航空機内では、

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ビールをお願いすると、こんなのがでてきました。

いやあ、モンゴル・韓国間の便で、知らないフィジーのビールが飲めるなんて、ラッキーだなあ・・・
って、親善協会のレセプションからバス、空港のカフェから待合室・・・ずっと飲んだり、うたた寝したりの生活だなあ・・・

と、飲んだり、うたた寝していると、すぐに朝食の機内食がでてきて、3時間のフライトでソウル近郊インチョン空港に着陸・・・
韓国は日本と同じでモンゴルより1時間遅れになりますから、ソウル市内のホテルに着いたのは、すでに朝の7時を過ぎてました。







で、とりあえずシャワーを浴びて仮眠、昼前にホテルを出て、さすがに食欲のないみなさんのために用意されたのは・・・


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韓一会館名物の、栄養満点で消化の良い牛スープ・・・

って、おいしいキムチや塩辛なんぞが食べ放題なもんで、韓国ビールやご飯も、ついついおかわりしてしまったわたくし・・・


ソウルでも、この日の午後と翌日の午前が観光という、変則的なスケジュールだったんですが、食事はすべて韓国料理、
どのお店でもキムチなどは食べ放題だったのが、わたくしにはうれしい限りでありました。うふっ

で、この日は、新羅免税店でのお買い物から青瓦台(大統領官邸)付近を通って景福宮見学、その後は現大統領が、
現代建設の社長からソウル市長になった際、公約どおり復活させ大統領への足がかりとなった清渓川(チョンゲチョン)を歩き、
明洞(ミョンドン)から南大門市場(ナンデモンシジャン)、焼肉店での夕食後は東大門市場(トンデモンシジャン)へと、
まさに「ソウルお買い物ツアー」の王道のようなコースを廻りました。

わたくしソウルでは、南大門市場にあるサープラスショップが並ぶ路地が今回のお目当て、様々なライト類やミリタリーグッズ、
強力なレーザーポインターなんかもあったのですが、さすがに写真を撮るような雰囲気ではありませんでした・・・

現地添乗員さんにおおまかな場所を訊いて、一人で探して行ったのですが、心配になって見に来てくれた添乗員さんに、
ミリタリーグッズやライト類の解説を延々としてたら、あっとゆー間に集合時間になり、殆ど買い物はできませんでした。あは


でまあ、今回は、ソウル市内で印象に残った画像なんぞを、てきとーにさくさくっとご紹介・・・





景福宮で、宮廷官吏に迎えられるのは・・・

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チャングムの誓い!!!


・・・って、韓国宮廷ドラマ好きには聖地なんでしょうねえ・・・ここ
















明洞(ミョンドン)にて・・・

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うーむ、この回は見逃したなあ・・・トリビアの泉・・・















復活した清渓川のせせらぎと遊歩道・・・

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ちなみに、この橋はとても古い石橋、せせらぎ復活前は、高速道路の下の道路のさらに下の下水道に埋もれていたそうで、
隊員には造園、土木、建築の関係者もいましたので、熱心に解説を聴きながら歩いてました。

















こちらは南大門市場の表通り・・・

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ここではミリタリーショップの並んだ路地だけでなく、他の路地にも入りたかったのですが・・・
添乗員さんへの商品説明に時間をとられましてですね・・・でへへへ
















で、夕食は待ちに待った焼き肉店、その名も「えーやんか」・・・って、なんで大阪弁やねんっ!

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例によって、メインの焼き肉が出たとたん、食べるのに夢中になり・・・






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完食してからの画像しかありませんが・・・











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ま、追加注文した冷麺は、なんとか食べてる途中で撮影する余裕ができました・・・あは



で、夕食後は東大門市場へ、わたくしは東大門デザインプラザの地下にあるアウトドアショップの集まったフロアに行ったのですが、
欧米一流ブランドのブースがずらりと並んでおり、お値段も日本で定価で買うよりちとお安い、とゆー感じでした。
ま、一流ブランドにはあまり興味のないわたくしは、ざっと見ただけでコーヒーショップで時間を潰して、バスでホテルへ向かいました。



(次回最終回、番外DMZ編に続きます。)







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2011年06月24日

2011モンゴル紀行その7植林編

今回は、いよいよモンゴルでの子どもたちとの植林記事であります。

今回の植林ツアーについては、東日本大震災の影響で関東からの参加者のキャンセルも相次ぎ、三月末の時点では、
いったん延期したうえで、目的地を東北の被災林などに変更してはどうか、との意見も内部にはありました。

でも、モンゴル政府がいち早く救援の手を差し伸べてくれたり、全ての公務員が一日分の給料を寄付してくれたり、
企業ぐるみの支援から、手作りの羊毛製品をはるばる馬に乗ってウランバートルの支援窓口まで届けてくれた遊牧民まで、
まさに国を挙げての支援をモンゴルからいただいたので、それらへのお礼のメッセージを書いたTシャツを作製のうえ、
ハポンはこのとおり元気です、みなさん、ご支援をありがとう! と、お礼の意味も込めて実施することにしたのであります。



わたくし、木に関しては全くの素人なんですが、今回の参加にあたっては、北海道大学大学院環境科学院のHPや、
環境省のHPなどで、少しはモンゴルの植生などについて調べてみました。

わたくしなりの理解で誤解もあると思いますが、日本の4倍以上のモンゴルの国土のうち、森林面積は8%ほど、
その大部分はシベリアの凍土森林地帯に近い北部にあり、南のゴビなど沙漠地帯を除けば、残りは大部分が草原であります。

で、この草原の維持には、うまく環境や季節に適合した伝統的な遊牧と、森林の存在が大きく関わっているようであります。

伝統的なモンゴルの遊牧では、ウマ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ラクダのいわゆる「五畜」のうち、地域に応じた組み合わせと頭数で、
それぞれ数種類が広範囲に放牧され、そのことによって多種多様な草(日本の草原では1㎡あたり10種、モンゴルでは30種以上)
を育んできたようで、放牧が過度であっても、逆に少なすぎても、草の種類が減少することが判明しているそうです。
そして国土の8%を占める森林が、草原の水源涵養や、草原を流れる河川の流量調節に大きな役割を果たしている、と・・・

そう、じつに1000年以上、過酷な環境でうまく遊牧して、生活と環境のバランスを維持してきた、ということであります。
このあたり、定住農耕で多様な生態系を維持してきた日本の里山とは対照的ですが、どちらも持続性では共通していますね。

それが近年になって、森林や草原の面積が減り、沙漠化が進んでいるのが明らかになってきたのであります。
そして、もともと寒冷で乾燥した過酷な環境ですから、いったんサイクルが壊れると、再生するのはきわめて困難なのであります。
今回の現地添乗員さんの実感でも、年を追うごとに草が短くなってきています、とのことでした。

原因については、地球規模での温暖化は別としても、森林の伐採や鉱山開発、人口の増加やクルマの草原への進入、
また、草の根元まで食べてしまうカシミヤ山羊の過放牧(ちなみに増産したカシミヤの主要輸出国は日本であります。)など、
様々な要因が輻輳しているようにわたくしは思いましたが、このあたりは議論も分かれているようです。

もともとあったモンゴル大草原での遊牧は、ボルネオ熱帯雨林の焼き畑や日本の里山同様、持続可能な生活手段であったはず・・・

それを考えると、遊牧民の定住化や工業化による都市部への集中がいいのか、効率優先でカシミヤなどを増産することは、
環境破壊、沙漠化につながるのではないか、また一方で、国民全体の生活水準の向上もまだまだ必要ですから、
ここはやはり、発展と環境保護とのバランスを見据えた規制と誘導が最重要、と思っていたのですが・・・

昨年、モンゴル科学アカデミー地理研究所所長のドルジゴトフ博士が、ウランバートルの日本センターでの講演後の質疑で、
荒廃した自然をどうすれば再生できるか、との質問に対し、「木が(モンゴルで)本格的に育つには100年から150年かかります。
保護するのは責任者だけの問題ではなく、自然に対する意識を、小さい時から育てていく必要があります。」
と答えておられたという、北大のHPにあった記事が、わたくしには特に印象に残りました。

~世界の子どもたちに「木を植え育てる心」をはぐくむ~

という、わがボランティア隊の目的のひとつを、あらためて認識した次第であります。




さて・・・

今回の植林は、日本モンゴル親善協会が環境保護・緑化プロジェクトとして実施している、空港道路沿いの緑化イベントに参加、
現地の子どもたちと一緒に、モンゴルではもっとも多く見られるカラマツなどの苗木を植えよう、というものであります。

子どもの頃に日本人と一緒に植えた苗木が大人になった頃には大きく成長し、やがて豊かな環境をもたらしてくれる・・・

このことを実際に体験できるのは現地でも子どもたちだけですし、彼らが大人になってそのことを実感した時、
かならずその子どもたちにも、「木を植え育てる心」を引き継いでくれることでしょう。


今回は植林に合わせて、いろんなセレモニーやイベントもあるので、早めに会場に到着して準備であります。







こちらが設営中の来賓用テント・・・

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うしろに見える校舎が、今回の主役である生徒たちの通う、小中高一緒になった学校であります。

で、隊員はすでに全員、東日本大震災支援へのお礼のメッセージを書いた緑色のTシャツを着用していますが・・・

今回はこれを270枚持ってきて、地元の子どもたちにプレゼントして着てもらい、一緒に木を植えようとゆーことなのであります。

















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学校の先生にもすでに着てもらいましたが、こちらが、準備中のイベント舞台、柵の中が今回の植林地であります。
このあたりを中心に、約6kmの空港道路沿いを、親善協会の手で徐々に植林しているのであります。


で、わたくしの今回のお仕事は、「Tシャツ配布係り」とゆーことで、集合した子どもたちに、サイズごとに並んでもらい、
順序良く全員にTシャツを着てもらおうとゆーお役目・・・





で、集まってきたのは・・・

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って、おいおい・・・話がちがうじゃないか・・・


















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ううっ、この上からTシャツを着せるのは至難の技・・・それに、こっちのほうがずっとかわゆいし・・・
















ま、仕方がないので・・・

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わははは、しあわせじゃあ・・・





って、こんなことしてる場合じゃなかった・・・






と、あわてて学校の先生に、教室に残っている生徒を呼んできてもらい・・・

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まあ、植林要員には、無事にTシャツを配布することができました。
(民族衣装の子どもたちには、イベントのあとで校長先生から渡していただきました。)











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って、時間待ちにTシャツ着て、モンゴル相撲の練習をするんじゃありません!!
















とかいってるうちに、いよいよセレモニーがはじまり・・・



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わざわざ来ていただいた、駐モンゴル日本大使の挨拶が始まる頃には、かなり雨と風が強くなってきたのですが・・・















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我が隊の澤井代表の挨拶や、親善協会、協力いただいた行政機関代表の挨拶などが続き・・・


















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その後、子どもたちの踊りや・・・
















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馬頭琴の独奏などが次々と・・・

降りしきる雨の中でも、背後の警察関係者をはじめ、傘をさす人はほとんどいませんでした。
モンゴルでは、たまに降る雨は恵みをもたらす宝物、来客とともに雨が降れば、幸せを運んで来たと歓待されるそうです。

ちなみにこちらの警察のみなさんも、今回一緒に植林に参加していただきました。
















ありゃ、あちらの一団は・・・陸軍迷彩とは少しちがう制服・・・

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訊けば空港税関のみなさんだそうで、やはり今回の植林に参加されるとか・・・

















で、さっそく・・・

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わははは、しあわせじゃあ・・・





とかやってるうちに、延々と続いたセレモニーも終わり、いよいよ子どもたちと植林であります。










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植林用の穴は、あらかじめ陸軍が掘って用意してくれていたとのことであります。 

で、ご覧のとおり、この頃になると雨も上がり、陽が差してきました。
















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子どもたちや、多くの人たちの協力で、たちまち500本の植林が完了・・・

















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「木を植える作業はどうだった?」

「とても楽しかったよ!」

といった簡単な会話も、残念ながら現地添乗員さんの通訳によるもの・・・ま、一部英語は通じましたが・・・

でも、みんな素直で無邪気で明るくて、ほんとに素晴らしい子どもたちでした。











で、隊員各自が持ち寄った日本のお菓子や文房具も、まとめて校長先生に渡したのですが、

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みんなきちんと並んで、順番に正門前で受け取り、教室に戻って行きました。



いやあ、ともかく無事に終えることができて、よかった、よかった・・・






ま、出発時にバスがスタック!とゆーアクシデントもありましたが、こちらが廻り道して確認してきた5年前の植林地・・・

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ほとんど剪定はしていないようですが、大部分は無事に根付いてくれてました。
それにしても、ボルネオはもちろん内蒙古に較べても、やはり成長は遅いようですね・・・









で、いったんウランバートル市内に戻り、別のホテルでシャワーだけ借りてから、親善協会主催のレセプションに出席・・・

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もとのチェコ領事館が入っていたという格式あるビルが会場で、ふたたび駈けつけていただいた日本大使や、
各界著名人のご挨拶、この日が80歳の誕生日だった澤井代表のケーキカットなどがあったのですが、
植林時と同じ格好のわたくしは、ひたすら、ばくばく、もぐもぐ、んぐんぐと鯨飲馬食・・・

日本風のかき揚げや牛肉のしぐれ煮、モンゴルでは初めての黒ビールや高級スコッチが旨かったです・・・








で、夕暮れ迫る(といっても、もう10時前ですが・・・)空港道路をひた走り、一路チンギス・ハーン空港へ・・・

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(先ほど紹介した5年前の植林地を、再度通過した時の画像であります。)





で、ようやく暗くなったチンギス・ハーン空港に到着、ここからは23:50にテイクオフ、三時間のフライトと一時間の時差によって、
翌3:50にはソウル・インチョン空港にランディング・・・

のはずだった、大韓航空機の到着が三時間近く遅れ・・・









まあ、仕方がないので・・・

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モンゴル最後の夜を、空港内のコーヒーショップ(カフェ)で楽しんだ、とゆー次第であります。

わははは、しあわせじゃったあ・・・



(モンゴル国内は今回でおしまい、次回「番外ソウル編」に続きます。)



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2011年06月22日

2011モンゴル紀行その6

さて、モンゴルの歌や踊りを堪能した3日目の夕食は、ウランバートル市内の韓国系のバイキングレストラン・・・

5年前にはじめて来た時には、市内一日観光を抜け出して、陸軍の射撃場でAKMなどを撃ちまくってたので、
その日の昼食会場だったこのレストランには行けず、今回楽しみにしていたのですが・・・

まあ、おいしい白菜キムチとわかめスープとご飯があったぐらいで、あとはふつーの洋食バイキングでした・・・

で、10時前にはホテルに戻り、外国では珍しいホテル内の「サウナ付き大浴場」で入浴しました。





この日のホテルの部屋割、空き部屋の都合からでしょうか、わたくしはなんと・・・

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3室続きの部屋に一人、とゆー、なんともぶるじょわな状況に・・・

手前が書斎、真ん中がリビング、奥がツインのベッドルーム・・・

めったにこんな部屋を独占できることはないので、キャンプ宴会で残ったカティサークとミックスナッツをだしてきて、
あっちの部屋で一杯、こっちの部屋でまた一杯と、ご機嫌でやってたのですが、ちょうど11時ごろに・・・








とーとつに全館停電!!





非常用照明もなく、いきなり真っ暗になり、手探りで窓のカーテンをあけると、向かいのアパートも全館停電のようで、
ウランバートルでも停電は珍しいのでしょうか、何人かの住民が、強力ライト型の懐中電灯を片手に、
不安そうに外に出てきてましたが、道路を隔てた反対側のアパートは点灯しており、極めて一部地域の停電のようでした。








「仕方がないなあ・・・へっへっへ」



と・・・なんとなく、うれしくなったりして・・・






まずは貴重品とともにいつも手元に置いている、wingさんからいただいた高輝度LED換装済キーホルダーライトを点灯、
ほんとはこれだけでも、身の回りを整理して脱出などに備えるには充分なのですが・・・

FENIXのMC-10を首からかけ、Higuさんからいただいた電球色CREE換装済LD-10特製ディフューザーキャップ付き!
を、居間のテーブルにどんと立てて、引き続き一人宴会を楽しむことにしました。

「わははは、風情があるなあ・・・これ一つで居間は充分明るいし・・・おっと、冷蔵庫のビールもぬるくならないうちに・・・」

とかやってると、廊下を隔てた向かいの部屋から大声の会話が聞こえ、しばらくしてドアを開く音が・・・

で、こちらもドアを開けてみると、モンゴルのご夫婦のようで、ちゃんと服をきて出て行こうとされてたようです。

「サイバンノー・・・あっ、あーゆー、おっけい???」と、あとのモンゴル語が続かなかったのですが・・・

階段方向をディフューザーレンズを跳ね上げてハイにしたMC-10で照らしてあげると、おおっ、と一瞬驚いて笑顔になり、
たぶん「バイルラー(ありがとう)」といわれたと思うのですが、よく聞き取れませんでした。

で、ふたたび居間に戻り、「ま、これ以上は飲まずに寝た方がいいな・・・」と、いつでも外に出られるように荷物をまとめ、
枕もとにライトをならべて、ようやく横になったところで・・・一斉に灯りが点きました・・・・

この間、一時間もないくらいでしたが・・・テレビも再びついたし、仕方がないので・・・一人宴会を再開したとゆー次第・・・




で、翌朝はとーぜん二日酔い、ウランバートルでも高度は1300m以上ありますから、けっこう廻るのであります・・・

といいつつ、朝食バイキングはしっかりと食べ、この日の午前中は日本人墓地に参拝であります。


ウランバール近郊で立ち入り可能な日本人墓地は2箇所あるそうですが、そのうちのダンバダルジャー墓地に向かいます。

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ちょうど朝の通勤・通学時間で、市内中心部に向かう反対車線では、あちこちでバス待ち客が見られましたが、
特にバス停の表示のないところもあったのですが、これは一体、何を待っているのか・・・

ちなみにウランバートルでは、正規のタクシーより白タクのほうがはるかに多いそうです。














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で、こちらがダンバダルジャー墓地、三角の明かり取りのある建物は博物館であります。












博物館内の様子・・・

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博物館を過ぎ、この広場をさらに登ったところが慰霊碑であります。

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みんなで線香を捧げ、合掌します。
ほぼ全員が数珠を持参、様々な宗派の読経の声が一斉に聞こえてきたのはさすがでした。


モンゴルでは約2万人の日本人将兵が戦後、ソ連軍によって強制労働に従事させられ、うち約2000名が、
再び生きて日本に帰ることなく、モンゴルの土になったといわれています。

日本の方向を指し示すプレートを見ていると、わたくし、不覚にも涙がこみ上げてきました。










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諸士よ、祖国日本は、

見事に復興しました。

モンゴルに安らかに眠って下さい。

昭和41年8月20日の日付が入った、このような碑文もありました・・・














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ゲートの横には、花りんごが咲いていました。

ちなみに、日本モンゴル親善協会では、ここに桜を植林する計画があるそうで、今回のイベントに合わせて、
桜ご専門の樹木医さんも日本から来られてました。








さて、この日の午後がいよいよ子どもたちとの植林イベントの本番、空港道路の植林地へ向かうのですが、
ウランバートル市内に戻ってレストランで昼食をとる余裕はなく、テレルジから流れる川の河原で日本食のお弁当であります。

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で、反対側(上流側)を見ると・・・







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おおっ、やってる、やってる!

わたくし、モンゴルで川下りとゆーかダッキーとゆーかカヤックとゆーか、そもそもフネ自体を見たのはこれがはじめて・・・




いそいでお弁当をかき込んで、様子を見に行ったのですが・・・






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訊けばインターナショナルスクールで集まった世界の若者たち、日本人もいて(阪神タイガースキャップの青年ではなく反対側)
テレルジから4日間かけてウランバートルまで下ってきたそうで、どこまで行くのか、と訊いたら、あと3日間で行けるとこまで、
とのことでした。この川はバイカル湖に注ぐのですが、無事に河口まで下れたのでしょうか・・・







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彼らも昼食を終え、出発であります。いいなあ・・・ダッキーもわたくしのより、いいのに乗ってるし・・・














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「ボン・ボヤージュ! 良い川下りを! 良いキャンプを!  HAVE A NICE TRIP!!!」と、あらん限りの声で見送りました。







さて、昼食後には空港道路まで行って、いよいよ子どもたちとの植林イベントであります。





(次号に続きます。)



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2011年06月19日

2011モンゴル紀行その5


モンゴル植林ツアー報告の5回目であります。

モンゴル二日目の夜に国際的なキャンプ宴会を楽しんだわたくし、翌朝にはキャンプ場とも素敵なスタッフともお別れであります。

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でへへへ・・・




わわっ、割り込むんじゃないっ・・・・・・















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ううっ、最後はツーショットにしようと思ってたのにぃ・・・












とまあ・・・

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朝の放牧で羊さんが移動しはじめたキャンプ場をあとに、バスはウランバートルに戻って、市内見学なのであります。

今回の植林ツアー、日本モンゴル親善協会のイベントにあわせての植林で、出発便や到着便の都合もあり、
かなり変則的なスケジュールとなっており、この日の午後と翌日の午前が施設見学などになったのであります。

ほんとはウランバートルで丸一日の観光日程か自由時間が欲しかったのですが・・・
そう、前回は丸一日がウランバートル観光で、わたくしは息子と抜けだし、モンゴル陸軍射撃プログラムに行ったのであります。

ですからウランバートル市内見学は今回がはじめてで、見学先としては、我が隊の定番コースである自然史博物館をはじめ、
お寺や宮殿などを見学したのですが、恐竜のコレクションで有名な自然史博物館の内部は撮影禁止でしたし、
他の施設も、ちょうど夏休みに入って、モンゴル人は全館無料!ウィークになっており、どこも内部はモンゴルの人でいっぱい、
まあ、街の様子と外観だけでも、さくさくっと紹介させていただきます・・・












新しくなった国会議事堂とスフバートル広場

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5年前に来た時は建設中だったんですが、やっと完成したようです。
中央はもちろんチンギス・ハーン、で、手前が影の千人隊長といわれる・・・
ちなみに、広場はまだ整備中でした・・・












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広場に面したウランバートル市役所と、背後は建設中の新庁舎・・・


市庁舎以外にも、オペラハウスなど広場周辺の重厚な建物は、殆どが戦後ソ連に抑留された日本兵によって建てられたもので、
建て替えの際に、あちこちから日本語の書かれた部材が出てきて、調べてみると当時の技術では最大限の工夫が、
随所になされていたことが判明したそうで、そのことが最近報道されて、モンゴルで感動を呼んでいるとのことでした。

わたくしの親の世代になりますが、我々が想像できないような過酷な状況の中でも、ベストを尽くされてたんですねえ・・・

















で、こちらがモンゴル・チベット仏教の総本山、ガンダン寺

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内部に10以上ある、僧堂や寺院の周囲にはマニ車がずらりと・・・
















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お坊さまも読経代わりにですね・・・(違)

















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こちらが高さ26.5mの観音様が祀られている観音堂・・・共産政権に破壊され、1996年に再建されたものだそうです。

















ガンダン寺を出て、市内を走っていると、こんな看板が・・・

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うーむ、ペイントボールゲームもあるのか・・・日本では禁止されてるのになあ・・・ま、実銃ではゲームはできないからな・・・













で、遅めの昼食はロシア料理店へ・・・

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タイガービールをモンゴルのロシア料理店で飲めるとは・・・

って、キャビアがずいぶん少ないですが・・・じつは・・・

モンゴル土産とゆーと、食品ではまず岩塩、それに5年前はロシア産のキャビアがとても安かったんですが、
今回もたまたま同じ食品スーパーへ連れて行ってもらったところ、同じキャビアが、なんと5倍以上のお値段に・・・
岩塩もけっこうお高くなっており、小さな袋に小分けして売られていました・・・高騰した理由はわかりませんが・・・








で、この後にボルシチがでて、そのあとのメインディッシュはロシア風ハンバーグ・・・

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みなさん、肉の臭いがきつい、とかで残しておられましたが、もちろんわたくしは完食・・・

















で、午後からはザイサンの丘にある、ザイサン・トルゴイ(戦勝記念碑)へ

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300段ほどの階段を登ります。ひいひい・・・あともう少し・・・
















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やっと登頂であります。




















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ふむふむ、みんなでナチスをやっつけて・・・


















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ソ連軍とモンゴル人は、ずっと仲良く暮らしてたんですね・・・















で、丘の上からは、ウランバートル市内が一望できます。

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ご覧のとおり、町はずれには定住型の白いゲルも点在しますが・・・





















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市内中心部のほうは、まさに100万都市の様相であります。








ちなみに、丘の麓にはこんなのも飾ってありました・・・

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そりゃまあ、なにせ対独戦勝利の立役者ですからねえ・・・
















ちなみに民主化後、粛清の象徴だったスターリン像は破壊されたそうですが、レーニン像は残してあるそうです。

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で、こちらがボクトハーン宮殿の正門、内部は現在博物館になってますが、こちらも、ものすごい人出でした。


















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中庭ではドキュメンタリー映画でしょうか、仏教儀式の撮影が行われていました。

















で、夕方の6時からは、国立劇場で国立民族歌舞団の公演を見学・・・

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じつはこの画像、7時半に公演が終わってから撮影したものですが、まだまだ明るかったです。













で、今回は特別サービスで撮影OK、とゆーことで・・・

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いろんな踊りあり・・・
















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歌あり、演奏あり・・・














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寸劇あり・・・















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アクロバットまでありましたが・・・















なんといっても・・・

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左の方のホーミー(喉歌というのか、二重発声歌唱というのか・・・)がわたくしには秀逸でした。

高音部の口笛のようなきれいなメロディーと低音部の伴奏が、見事にお一人の口から出てきます。

なんでも、人と接することが少ない遊牧民がさみしさを紛らわすために、自然の音を真似したのが起源だとか・・・

モンゴル人男性の中でも、ホーミーができるのは1000人に1人といわれており、しかも父親もできる場合が殆どだそうで、
さらに女性でできる方となると、モンゴル全土でも現在たった1人しかおられないとか・・・


全体的に充実したプログラムでしたが、踊りの振り付けなどは、まだまだ社会主義時代のイメージが残っており、
その意味でも懐かしい感じがしましたねえ・・・劇場内部も薄暗くていかめしく、いかにも、とゆー感じでしたし・・・





(モンゴル紀行、次回に続きます。)








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