2018年06月

2018年06月02日

2018・内モンゴル紀行5・恩格貝点描

前回記事からの続きであります。

恩格貝2日目の朝・・・

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早朝から散策していた隊員たちが作業帰りのオート三輪に乗せてもらって戻ってきました。



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左は沙漠の緑化基地として全国的に有名になってから観光用に建てられた展望台。
ただし窓ガラスの内外にびっしりと細かい砂が付いてて眺望は良くないようです。
そりゃあ窓ガラスの外側をメンテするのは大変だし、飛砂ですりガラスになるでしょう。

右の風車は植林初期にドイツの援助で建てられた風力発電用で、こちらも完成してすぐに
砂で動かなくなったそうで、稼働後のメンテへの援助や指導は一切なかったようです。
まさに海外援助失敗例の典型ですね。

ちなみに6年前の恩格貝賓館は中国全土からの見学客でいっぱいでしたが、今回は我々だけ、
日本沙漠緑化実践協会の数次隊も参加者がめっきり減ったようで、やはり中国政府が本腰を入れて
緑化政策をやり出すと、そのやり方は別としても我々のボランティア活動は一段落という感じでしたし、
中国国内でも一時期はブームに沸いたものの、あちこちで緑化が進むと、ここまで来ないでしょう。

ここ恩格貝での植林と育林、農業開発と観光開発は、まさに試行錯誤の繰り返しで、政府や地方、
投資家たちの思惑もあり、遠山先生の遺志を継ぐためにも今後も注視しなければなりません。



・・・といったよーなことは、いったんおいといて・・・

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とりあえずは朝食であります。
この後、熱々の饅頭なども出ましたが都市部のホテルに較べるとシンプルなものであります。

ま、わたくしはチャーハンのおかわりを頼みましたが・・・げふっ

と、たっぷりのシンプルな朝食後は・・・

恩格貝宿舎前

まずは恩格貝賓館前で記念写真。
この日は全員N.GKSの「DO YOU KYOTO?」バージョンTシャツを着ています。
1997年の地球温暖化防止京都会議(COP3)に因んで京都から世界へ発信している合言葉で、
「京都してる?」というのは「環境にいいことしてる?」という意味、祇園祭の山鉾と大樹を組み合わせた
デザインは、N.GKS隊で何度も隊長をされてる切り絵作家T富さんのもの・・・


で、高齢の澤井代表以外は徒歩で・・・

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池畔にずらりと並べてあるのは電動?レンタサイクル・・・



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荷台がソーラーパネルになってるのですが、ボトムブラケット(BB)にモーターは付いてなかったし、
後輪のリムかタイヤをローラーで廻してるのか、ソーラーだけで充電できるとも思えませんが・・・
ひょっとしてテールランプがさりげに光るだけ・・・だったりして・・・


と、あれこれ考えながら・・・

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池の対岸にある石壁を目指します。


そう・・・

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1989年からの恩格貝での緑化功労者の名前が刻まれている石壁なのであります。


ええ・・・

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我がN.GKS澤井代表の名前もありました。
わたくしの名前も(壁の裏側に)刻まれてたはずですが確認に行く時間はありませんでした。



その後は・・・

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近くにある遠山正瑛記念館へ・・・




ま、せっかくなので・・・

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緑化功労者の二人・・・って、6年前にも同じことしてるな・・・まったく進歩がないな・・・



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記念館という名称ですが本人の遺志で分骨されてるので、ここが恩格貝での先生のお墓、
外の彫像も、この記念館も、すべて中国政府によって作られたものです。


中にあった古い写真・・・

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今の恩格貝賓館がちょうど完成した頃でしょうか・・・
遠山正瑛像が噴水の下にありますが、記事冒頭の画像とは樹木のボリュームが全く違いますね。

右上に見えるロ型の平屋建てが古い宿舎で、遠山先生もずっとここで暮らされてました。
わたくしも初期にはここに泊まってましたが、当時はトイレもシャワーも共同で、トイレは一本の溝に
簡単な間仕切りがあるだけ、しかも慣れない日本人がトイレットペーパーを一緒に流してしまうので、
よく詰まってました。シャワーもお湯が出るのは夕方の一瞬だけで、しかも温度調節は至難、
熱湯や冷水を浴びてました。食事も当時は羊肉と野菜を獣油で炒めた、全く同じ味付けのものが
野菜の種類を変えて数種類、おかずもご飯もお皿もコップも、すべてが砂まみれでした。
ま、わたくしはその当時でも何度もおかわりしてましたが・・・ばくばくばく


で、古い宿舎では毎晩・・・

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遠山先生の沙漠講座があり、先生も我々も植林で疲れ夕食でたっぷり食べて飲んだ後でしたが、
それでも短期ボランティアのために熱心に話されてました。ま、わたくしはうとうとしてましたが・・・


で、記念館の隣の棟に、その古い宿舎での先生の部屋の内装が移されてました。

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今回はじめて見ましたが、粗末なベッドと机だけのじつに質素な部屋だったんですね。
晩年にマグサイサイ賞を受賞され、ノーベル平和賞の受賞直前に亡くなられた偉人の部屋とは
とても信じられませんが、90歳を過ぎても、ずっとここで暮らされてたんですね。

と、感慨に浸りつつ、記念館で澤井代表と合流、バスに乗りました。

道すがら・・・

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6年前にはなかった施設が・・・何をやるつもりなのか、よくわかりませんでしたが・・・



歩行者・自転車専用道まで整備されてました・・・

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ここは全滅した植林地の沿道に再植林してるようですが・・・


よく見ると・・・

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高く育っている部分、あまり育っていない部分、全滅して草地になっている部分があります。

高く育っている部分は洪水で栄養分の豊富な砂が運ばれてきたところ、ところがそんな場所は、
大洪水になると何万本もの苗木が一度に流されてしまうこともあり、過去にN.GKSで3000本
(自分たちで植えたのは300本で残りは現地スタッフに植えてもらいましたが)を植林した場所も、
低地で地下水が溜まりやすい場所だったので、きっと大きく育つだろうと期待していたら、
大洪水で全て流されてしまったこともありました。まさに試行錯誤です。

全滅している部分は、当初は放牧されたヒツジさんに苗木の柔らかい樹皮を食べられてたもので、
牧柵で入れないようにして3年も経つと樹皮が硬くなって食べられなくなるのですが、少し生態系が
回復してくると、今度はウサギさんが登場、硬い樹皮も食べるし牧柵も穴を掘って越えるので大増殖、
今ではウサギさんの被害が一番大きいそうです。さらに生態系が回復して、ウサギさんの天敵である
猛禽類などが戻ってくるとバランスの取れた森になるそうですが・・・


そこで・・・

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王明海氏が自らの管理地に設置した、5kmにも及ぶ「万里の長城」!!!
地下は20cmまであり、ヒツジさんはもちろん、さすがのウサギさんも侵入できないとか・・・




さっそく中に入って・・・

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N.GKSのTシャツを着て待っていただいてた王明海氏ご本人から、

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直接説明を受けます。

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中央にあるのはナツメの苗木で、地元の雇用も考えると今はナツメの植林が一番いいと考えている
とのことでしたが、N.GKSの澤井代表からは、現地の土壌からナツメの化石は出土しているのか、
ニレやマツやポプラなどはあったが化石にないものを植えるのはリスクが大きいと指摘がありました。

現地長期ボランティアのT城さんによると、今は古い土壌の上にタクラマカンの砂が堆積しており、
この砂でも育つよう品種改良されたナツメを植えているとのことでしたが、やはり試行錯誤なんですね。

そう、じつは今回、遠山先生と苦労を共にされてきた王明海氏に何かプレゼントしたいと打診したところ、
モノは要らないので、そのお金でN.GKSの森を作りましょう、とおっしゃっていただき、ここがまさに、
その予定地だったのであります。
ちなみに1000本のナツメ森にするのに必要なお金は昨夜の贈呈式で奈良の地酒とともに渡しました。


ま、せっかくなので、

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「N.GKSの森」予定地で王明海氏と記念撮影・・・


と、この後は恩格貝ボランティア植林地の最前線へ移動・・・

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手前の植林地はヒツジさんやウサギさんで全滅してましゅが・・・



バスを舗装路に停めてからは徒歩で・・・

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昔は包頭・恩格貝間の道も殆どがこんな状態だったのですが・・・


今回の植林地を目指します・・・

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そう、いよいよ今回の植林作業であります。

(と、次号に続きます。)



m98k at 17:15|PermalinkComments(0)mixiチェック 沙漠緑化・熱帯雨林再生 

2018年06月01日

2018・内モンゴル紀行4・恩格貝へ

前回記事からの続きであります。

チンギス・ハーン陵(とされるところ)を後にした一行は、途中まで包頭方面へ戻ります・・・

こちらは往路で撮影した画像ですが・・・

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復路も反対車線は超大型トラックで渋滞してました。

この日は日曜日で時間的にも逆方向になったからか、大きな渋滞には巻き込まれずに済みましたが、
旅行社のT橋さんによると、ひどい時は石炭60t積み大型トラック(80tぐらいに過積載してるそうで、
長距離なので罰金を払っても儲かるとか・・・)が包頭・オルドス間を埋め尽くすようです。

そう、渋滞区間が200km以上となり、包頭・オルドス間が全線クルマで繋がってしまうとのこと。
そうなると新旧の高速道路が何日間も全く動かなくなるので、できればこの区間は避けたかった
そうですが、ま、オルドス市はどうしても見たかったわけで・・・


で、こちら・・・

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6年前に乗った包頭から西安へ向かう新線でしょうか、その向こうにも鉄道橋が見えますね。


と、途中からクブチ沙漠を西へ走る高速に入り・・・

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鳴沙湾・服務区(SA)でトイレ休憩・・・




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見渡す限りの緑が広がってますが・・・



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あくまで「見渡す限り」で、稜線の向こうはクブチ沙漠であります。



もちろん、こちらの公共衛生間(公衆トイレ)も・・・

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巨大でぴかぴかでした・・・さすが習近平トイレ改革が徹底されてますね。
ちなみに6年前は新しいSAの公衆トイレも「公厠」と書かれてましたから、習近平トイレ改革以降に
設置されたものは「公共衛生間」に統一しているのかも知れませんね。



鳴沙湾・旅游区・・・

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前日までの大雨で砂の中の種子が一斉に芽吹き草が生えてますが、本来は「鳴き砂」で有名な砂丘。


偶然ですが、1998年にN.GKS澤井代表が恩格貝で植林した際に我が家の次男に送った絵葉書が、
たまたま出てきたので紹介しておきます。

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スタンプは1994.4.21になってますが、ここ鳴沙湾の絵葉書であります。




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1998.10.27に北京から送られてきた絵葉書で、発行はオルドス市になる前のイフ・ジョー盟の
郵票公司になってますね。オルドス市になったのは2002年ですから、とーぜんなんですが・・・

この翌年の1999年に澤井代表がN.GKS(当時は緑の協力隊・関西澤井隊)の第1次隊を率いて、
恩格貝で植林、その後モンゴルの草原やボルネオ島・アマゾンの熱帯雨林でも植林しましたが、
内モンゴルでも何度か植林ツアーを組織し、今回2018年の第23次隊まで続けてきた次第。
なのでクブチ沙漠の恩格貝はN.GKS活動の原点だったのであります。

クブチ沙漠は日本の四国ほどの面積で近代化によって人が砂漠化したところ、葉書にもありますが、
この時点では故・遠山正瑛翁が率いてきた日本人ボランティアが中心になって大阪市の市域ほどが
植林されていたのであります。

その後に2000年の西部大開発プロジェクトや2008年の北京オリンピックへ向けた中国政府主導の
緑化政策が進み、これまでの記事で見てきたように「見える範囲」はずいぶんと緑化されましたが、
グーグル画像で見ると一目瞭然、クブチ沙漠はまだまだ西へ広がったままなのであります。

と、いよいよ恩格貝が近づいてきました。

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この辺りは植林地に囲まれ砂が固定してるので、様々な投資家が様々な事業を展開しているとかで、
こちらは見渡す限りのビニールハウス、クロレラを栽培してヨーロッパに輸出しているそうです。



こちらは見渡す限りのソーラーパネル・・・

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地平線に森林が広がっているのがおわかりでしょうか・・・
そう、ここでも植林地が砂を固定してるのでソーラーパネルの設置が容易になったんですね。
ちなみにパネルの下は日陰になるので強い太陽熱に弱い作物も育つそうです。

6年前にはタクラマカン砂漠で見渡す限りの発電用風車群を見ましたがソーラーパネルは砂を被れば
発電できませんから、砂が固定しているのは投資家にとっては魅力的なんでしょうね・・・

ただ、ビニールハウスの水耕栽培にせよソーラーパネルの洗浄にせよ、大量に使う水はすべて
地下水の汲み上げですから、最近は恩格貝の湧き水の水位が著しく下がってきているそうで、
太陽光だけのクリーンなクロレラだ、クリーンなエネルギーだ、と手放しでは喜べません。
本来は水の循環利用とかも考えなければいけないのですが、恩格貝では大規模な農業も含め、
すべて投資家たちが事業としてやってますから効率優先、しかも失敗すればそのまま放置・・・
そう、課題は大きいのですが、一方で雇用が激増して現地が豊かになっていることも事実・・・

ま、この話は今後の記事で少し詳しく書きたいと思っています。



二泊三日の宿舎となる恩格貝賓館への道・・・

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植林ツアー初期には街路灯や樹木はもちろん舗装もなく、沙漠のど真ん中の悪路でしたが、
来る度に見違えるほど、きれいになってますね・・・


恩格貝賓館であります。

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宿舎の反対側には一面の緑が広がっています・・・

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・・・が、画像をクリックして拡大して見ると、その先にはクブチ沙漠が広がっています。



で、まずは宿舎の玄関で、モンゴル族伝統の歓迎を受けます。

せっかくなので、今回は(H田さん撮影)動画でご紹介・・・



注いでもらった強い蒸留酒・白酒(パイチュウ)を右手の薬指で、その地の天と地と人々、そして自分に捧げ、
一気に飲み干すもので、歓迎の唄が続いている間は、何杯飲んでもいいはず・・・

昔は大きな牛の角をくり抜いた杯で老若男女を問わず飲めない人でも飲まされたものですが、
さすがに最近は「無理しなくていいです。」とゆーことになったようです。

と、歓迎の儀式を受け、自室で一息ついた後は・・・



とーぜん大宴会であります・・・

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今回はN.GKSの澤井代表が高齢を押して、ひさしぶりに名誉隊長として参加してたので、
古くからの長期ボランティアT城氏や現地スタッフ、日本沙漠緑化実践協会の現地責任者
であるO常務理事なども来てくれました。

そして・・・

27年前に一人だけ遠山先生の趣旨に賛同して、住民にも政府にも全く理解されていなかった
植林事業に二人三脚で取り組んできた地元の実業家、王明海氏が到着。

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澤井代表とは、じつにひさしぶりの対面であります。



彼はこの恩格貝賓館のオーナーでもありハウス栽培なども広く経営する地元の名士・・・

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並んだ料理もいつもより何となく豪華な感じ・・・




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最初からずらっと並んでた高級白酒(パイチュウ)や・・・



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ビールなんぞも含め、すべて王明海氏が用意して下さってたもの・・・




ちなみに宴席でのパイチュウは・・・

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こんな徳利に移し替えて飲むんですね・・・なくなると、すぐに注ぎに来てくれてました。



と・・・

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Y崎隊長の発声で、まずは日本式にビールで乾杯!!!


続いて・・・

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N.GKS澤井代表から王明海氏の娘さんへの百人一首おかきのプレゼントや、
ご本人への日本酒(奈良の地酒)などなどのプレゼントとか・・・
中央は現地スタッフ・通訳で今回お世話になったモンゴル族のナランさん。




Y崎隊長から協会の現地責任者O常務理事へ「岸和田だんじり祭り」タオルの贈呈とか・・・

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そう、昨年3月のボルネオ植林ツアーに参加されたS井さんから、今回も大量のタオルを預かってて、
協会や隊員にプレゼントしたのであります。
高品質で名高い大阪・泉州製のタオルですから丈夫で長持ち、植林作業にもぴったりです!!!


まあ、その後は典型的な中国式とゆーかモンゴル式とゆーかの宴会となり、

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すべてのテーブルで延々と乾杯が繰り返され、このテーブルは女性も多くビール中心でしたが、
あとのテーブルでは次々とパイチュウで乾杯、まあ、現地のみなさんのよく乾杯すること・・・
ま、わたくしも宴会担当副隊長としての責任上、最後までお付き合いしましたが・・・げひげひ


と、すっかりへろへろになり、宴会場を出る頃には・・・

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周辺はすっかり暗くなってました。

停電の多かった昔に比べて随分明るくなったとはいっても、やはり沙漠のど真ん中ですから、
晴れてたら満天の星が見えるのですが、この日はあいにくの曇り空でした・・・


で、自室に戻ってすぐに就寝・・・するはずもなく・・・

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王明海氏が澤井代表のために用意してくれてた貴賓室の応接間で二次会!!!

宴会場からもらってきたパイチュウにフロントで買った缶ビール、酒類調達担当のH田さんが持参した
黒霧島に赤霧島、シーバスリーガル・ペットに入った角に、ジョニ黒・ペットに入った赤なんぞを、
持参した乾き物なんぞでかぱかぱ、夜遅くまでの大騒ぎとなりました。


ええ・・・

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奥の部屋では澤井代表が一足先に寝てたのですが・・・

と、恩格貝での第一夜も、へろへろと更けてゆくのでありました・・・ひっく

(次号に続きます。)



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