2019年10月

2019年10月28日

介護・看取りメモ10/14~10/26

(96歳になる、わたくしの母親の介護・看取りメモです。
9月21日より入院してましたが10月24日に穏やかに永眠しました。何かの参考になれば・・・)

10月13日の深夜から一週間、わたくしがボルネオ島に行ってたので、その間は家内が毎日病院に見舞い
に行ってくれてました。以下は家内のメモです。(個人名など一部修正しています。)

10月14日㈪ 15時~15時半 見舞い
前夜、脚に装着中の栄養チューブを自分で外し出血、血圧降下があったため両手を紐で固定されていた。
部屋に入ると、声はでないが、うなづいたりして、だれかと話しているような雰囲気だった。
次男の長男の動画を見せると、活発やなぁと言った。
脚のむくみの原因を看護師さんに尋ねると、さまざな要因が重なっていると思うが、栄養が足りずアルビミン値が
下がっていることも原因の1つではないかと言っておられた。

10月15日㈫ 15時~16時 見舞い 次男と
言語聴覚士さんが、とろみをつけた水を飲まそうとしたが、ほとんど飲めず、すぐに痰がでたので吸引していた
回診  
次男から、おばあちゃんは花が好きなので花1輪でも造花でもいいので渡すのはどうかと尋ねられた。
いいアイデアだと思ったが、後日看護師さんに聞いてみることにした。
次男の声と姿に反応していた。帰るとき、次男にありがとうと言ってくれるほど、意識がはっきりしていた。

10月16日㈬  16時~17時 見舞い
おばあちゃんプロマイドアルバムを作成したので持って行って見せた。見た途端に笑ってくれた。
16時半ごろ、今週初めて便が出たようで、処置してもらっていた。

10月17日㈭  13時~14時 見舞い
むくみを軽減するために家族が見舞う時間だけでも手の固定をはずし、手足の運動をさせてもいいか尋ねると、
とてもいいことだと言ってくれた。その際、声かけしながら動かすと良いとのこと。
特に今週から手をベッドに固定しているので、手のむくみもでてきたので動かすのは大切だそう。
毎日1度の手足を動かすリハビリもプログラムに入れていただくようお願いした。
花について質問すると、花粉の問題と水が古くなると菌が繁殖し感染するリスクがあるので、生花は不可であるとのこと。
写真はいくらでももってきて額をおいたり貼ったりしていい、本人の励みになるし会話のきっかけにもなるので、とのこと。

10月18日㈮  13時~14時 見舞い
理学療法士さんによるリハビリ20分ほど 手足の運動 関節をもちながら徐々に動かす
今日はおばあちゃん非常に元気で、「昨日はゆっくり寝れた」と受け答えもはっきりし、声も少し出たので、
会話がなりたった。腕も一人で肩まであげることができた。
痰は相変わらず少し出ていたので、鼻からチューブを入れ奥の痰を吸引後、スポンジでさらにきれいにしてくれた。
看護師さんや理学療法士さんなど、病院スタッフの皆さんが長男の赤ちゃん誕生予定日のことを知っていて、
それまでがんばりましょうと話してくださるのがありがたい。情報共有を通して手厚い看護を感じた。

10月19日㈯ 16時~17時 見舞い
病院から不足連絡のあったテープ式紙おむつM20枚入りを持参
元気なのがあだになり、またチューブを抜いたそうで、今日は両手に手袋をした上で紐で固定されていた。
ずっと目をはっきり開けて意識があったが、初めて感情的になって一瞬手を顔にあてて泣くシーンもあった。
明日(わたくしが)ボルネオから帰ってくるから会いに来てくれますよ、と伝えると、
明日では遅い、今から帰って家で寝ると言ってた。明後日誰かが来るからとも言ってた。
わたしが見舞中、固定紐をはずしてもらったが、その間にも指につばをつけて器用に布団カバーをたぐりよせ、
パジャマの下に手をつっこみチューブに手が届きそうになったので、あわててまた手を布団の外に出した。
チューブを抜くリスクについて納得した。
貧血があるので、チューブをはずしたときの出血が危険だそう。看護師さんが目の下をめくって確認すると、
健康的な赤ではなく白かった→貧血のとき、白いらしい

(10月20日の早朝にわたくしが帰国したので、ここからはわたくしのメモです。)

10月20日
午後から一人クルマで見舞いに行く。家内は京都の実家へ自分の母親の介護に。
呼吸が浅くなってたので確認してもらうと血中酸素濃度が85%だったので鼻チューブによる酸素吸入を開始。
「無事に帰ってきたよ!!!」と何度か伝えるも、これまでのような応答は殆どなかった。
まるでわたくしの帰国を待っていたかのように、急に弱ってきている様子。

10月21日
この日も午後から一人クルマで見舞いに行く。病院の主治医と話す。
「呼吸が浅くなってきており、早ければ今夜にでも、おそらくは数日中だろう。一週間は持たない。
以前は自宅に帰して訪問看護と近所のかかりつけ医で看取ってもらうのもひとつの選択肢と話していたが、
今の段階では本人への移動の負担も大きいし、自宅での夜間などの緊急対応も大変だろう。
最期まで看取るなら病室が個室なので付き添うことも可能で、それがいいと思うが、最後は家族の気持ち次第。」
とのことだった。
本人は早く自宅に帰りたいと言っていたし、わたくしも最期は自宅で、とも考えていたので判断に悩んだ。
主治医の了解を得て、その場で在宅介護が基本の介護施設長でもある看護師さんにも電話で相談。
「自宅に帰して、ああ帰ってきてよかった・・・と本人が認識できるのであれば、リスクを負う価値もあるが、
今の段階でどこまで認識できるか・・・やはり最後は家族の判断次第。」とのことだった。
最終的には、対応が遅れて本人が苦しむのを見るのが一番つらいと判断、病院で付き添って看取ることにした。
家内にも連絡し、この夜から病室での泊まり込みを開始。老衰なので看取るのはおそらく夜になるだろう。
付添申請(一週間が限度)をすると、さっそく掛布団と枕を用意してくれた。
個室には備え付けの簡易ベッド・バス・トイレ・シャワー・洗面・冷蔵庫・クローゼット・テレビ(ただし有料)があり、
隣の広い食事・談話スペースには温冷の給水給茶機・自販機・電子レンジもあって、一階にコンビニ、六階に食堂があり、
徒歩圏内には様々な飲食店や大きなスーパーもあるので生活には全く困らない。
この点では市内の病院はありがたい。ただし病院なので飲酒はできないが・・・

10月22日
呼吸がさらに浅くなってきているが苦しんでいる様子は全くない。酸素は1ℓ/hで足りている様子。
この日は昼過ぎにいったん帰宅、敷布団用の封筒シュラフなど「お泊りセット」と家内が作ってくれた弁当を持って
再びクルマで病院に戻る。病院の駐車場は高く、教えてもらった近くの安い駐車場が奇跡的に空いてたので入れる。
心電図など各センサーからのデータはワイヤレスでナースセンターのモニターにリアルタイムで行ってるので
特にすることもなく、雑誌を読んだり(ガラホでワンセグ)テレビをみたりして過ごし、夜にはウトウトするのだが、
夜間も2時間に一度の体位変換(褥瘡防止のため)をはじめ、様々なチェックに定期的に廻って来てくれるので、
病棟独特の様々な電子警告音やうめき声、ひっきりなしの救急車の到着とあわせて、なかなか眠れない。
もちろん、素敵な看護師さんが入れ替わり立ち替わり声掛けしてくれるので、どきどきして眠れないのもあるが・・・

10月23日
朝10時過ぎ、長男夫婦に第一子の女の子が生まれたと、うれしい連絡が入る。母子ともに元気。
すぐに母親に大声で知らせたのだが、頷いたり手を握り返したりの反応はなかった。
ただ涙を流していたので生まれたことは伝わっていたはず。
夕方に来室してくれた主治医に出産の報告をすると、とても喜んでくれ、
「耳は最後まで機能しているので涙を流していたのなら間違いなく聞こえています。」と言ってくれた。
この日のために中心静脈栄養で3週間も延命してくれたことにも、改めて感謝。
昼前にクルマでいったん帰宅、家内と自転車で再び病院に向かう。
途中、熟成肉の専門店で長男夫婦の出産を祝って乾杯。ただし二人で一杯だけにしたが・・・
家内は夕方遅くに帰宅。この日も眠れない夜を過ごす。

10月24日
血中酸素濃度が上下しているとのことでチューブからマスクに変え、4ℓ/hで様子を見ることに。
昼前に雨の中を自転車で外出、スーパーで夕食と朝食を買って帰りに有名チェーン店でラーメンと餃子の定食。
(一昨日もクルマで帰宅途中ここに立ち寄り、ラーメンと炒飯の定食だった。)午後は病室でウトウトして、
7時過ぎに食事・談話スペースでカレーと豚汁の夕食を食べ病室に戻ると、しばらくして当直の看護師さんが来て
「先ほど呼吸が一時的に止まってたので、病室でも医師が確認できるよう大型のモニターを設置しておきます。
もうあまり長くないかも知れません。ご家族はお一人だけですか?」とのことだったので急いで家内に電話する。
すぐにタクシーで病院に向かうとのこと。
その後は呼吸が止まったり、頑張れと声をかけると間隔をあけて不規則に動いたりしていたのだが、
「もう、ゆっくり休んでええよ、これまでありがとう、よう頑張った・・・」と言ってからは、それが聞こえたのか、
モニターの波形が横一線のままになり、その後はいくら呼びかけても、もう波形に変化はなかった。
しばらくは看護師さんがあちこちチェックしていたが、やがて「当直の医師を呼んできますね。」と病室を離れた。
若い当直医がやってきて改めて確認、「亡くなられました。死亡確認時刻は8時13分です。」と宣言された。
思い残したことは何もなかったので「ありがとうございました。」と笑顔で答えることができた。
その後は看護師さん数人が身体の清拭から着替えや化粧まで、時間をかけて丁寧にして下さった。
やがて家内も到着し、この間に葬儀社と息子たち、檀家寺の住職さんなどに連絡した。
10時過ぎには葬儀社が到着、家内と母親は寝台車で、わたくしは雨の中を自転車で、11時過ぎには帰宅した。
葬儀社のセットが終わった12時前に檀家寺の住職が駆けつけてくれ、枕経をして下さった。
本人に亡くなったことを知らせ冥途への準備をしてもらうのが枕経だそうで、できるだけ早い時期にするとのこと。
その後は深夜まで通夜と葬儀の打ち合わせをしていったん解散、わたくしと家内は実家で仮眠。

10月25日
通夜と葬儀の日程を、わたくしの長男と次男、母親の実家と唯一存命の母親の妹、家内の実家にだけ伝える。
父親の葬儀の際はわたくしも現役だったし近親の親戚も多くが存命、付き合いもあって普通の葬儀にしたが、
今回は存命の近親者だけで見送る家族葬にすることが母親の遺志でもあり、わたくしの思いでもあった。
長男と次男の帰阪可能時間に合わせて通夜式は夜8時からとしたが、名神高速の渋滞で結局8時半からとなった。
たまたま法事が重なって忙しい中、檀家寺の住職さんも昨夜に続いて来て下さってたが状況に応じて予定を
変更できるのも自分たちだけでやる家族葬の素晴らしいところであると思った。
「忌」の貼り紙もしなかったのだが近所の方が異変に気づいたようで、夕方には町会の方々も弔問に来て下さり、
別の要件で連絡していた当初の訪問看護ステーション施設長の看護師さん、最後まで相談させていただいてた
在宅介護施設長の看護師さんや担当ケアマネさんも弔問に来て下さったが、最終的に通夜式については、
母親の実家と母親の妹の家から計4名と家内の実家から1名、我々家族4名の合計9名だけで実家で行った。
母親の思い出や実家での思い出、わたくしの小さい頃の思い出、長男次男の小さい頃の思い出など、
本当に親しい者だけで、ゆっくりと母親の前で語り合うことができて、何よりの供養だったと思っている。

10月26日
斎場の都合などで朝8時からの葬儀になったし、家族だけで見送りたいとの強い思いもあったので、
通夜に来てもらった近親者にも葬儀への出席は不要と伝えていた。
なので、この日の実家での葬儀は住職さんと家族4人と葬儀社の担当だけ・・・まさに家族葬である。
さらに住職さんの法事の都合で骨上げを終えた昼前から4時からの初七日法要までの時間が空いてしまい、
仕事の都合で3時には出なければならなかった次男と一緒にクルマで来ていた長男も、結局4時半からになった
初七日法要には参列できなかったが、その間に家族四人でゆっくり食事しつつ母親の思い出話をすることができ、
とてもいい供養になったので、はじめての経験だったが家族葬にして、本当によかったと思っている次第。
この間にお世話になった方々に、あらためて感謝したい。本当にありがとうございました。

これからも満中陰と墓への納骨をはじめ、名義変更など様々な手続きが当分は続きそうですが、
これまで半年間の在宅介護の精神的・肉体的なストレスを考えると、はるかに小さくなるはず・・・
これを機会に心機一転、まずは暴飲暴食を控え体調を整えたいと思っています。といいつつ、まずは一杯・・・




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2019年10月13日

在宅介護メモ~2019.10.13

(96歳になるわたくしの母親の介護メモです。9月21日より誤嚥性肺炎で入院しています。何かの参考になれば・・・)

10月1日
意識が朦朧としているようで視線も定まらず、受け答えも殆どできない状態だった。
10月2日
この日はわりと安定しており、受け答えも視線もはっきりしていた。日によって容態が大きく異なる。
看護師さんに尋ねると、昨日、以前から預けていたエンシュア抹茶味とトロミナールを試してみたが、
意識がはっきりしてなかったので、おそらく飲めていないとのこと。引き続き試すようお願いする。
10月3日
病院の主治医の話を聞き相談、中心静脈栄養を措置してもらう。
肺炎は治まったものの嚥下機能が低下しており口から栄養を摂ることはやはり困難、
飲食すれば間違いなく誤嚥性肺炎を再発し再び苦しむことになる、今が一番穏やかとのこと。
ただし現在の点滴だけだと徐々に衰弱し一週間程度の余命とのこと。
そこで21日に長男夫婦が出産予定であること、その写真だけでも見せたいし、本人もそれまでは頑張ると
言っていたことを伝えると、中心静脈栄養(足の付け根の太い静脈からの栄養点滴)という方法がある、
措置は5分ほどで済み、数週間から1ヶ月程度は苦しむことなく延命の可能性があるとのこと。
さらに数ヶ月単位の延命措置としては胃瘻手術があり、手術後は食べることもできるとのことだったが、
そこまではお願いしなかった。措置は10分ほどで済んだ。
とりあえず長男夫婦の出産予定日を目標にして、その後いつまで入院させるかは家族の判断だが、
中心静脈点滴を外して退院すれば、以後は通常の点滴だけで、おそらく一週間ほどで看取ることになるだろう。
退院後は介護施設へという方法もあるが、住み慣れた家があり、そこで家族が一緒に泊まれる状況なら、
訪問看護を利用して、住み慣れた家で看取る方法もある。
肺炎は治まっており退院後は苦しむこともないので、住み慣れた家で看取るのもいいのではないかとのこと。
たまたま帰宅後に近所の主治医からも電話をいただき、今の状況では中心静脈栄養は最良の方法だと思う、
退院後は介護施設がいいと思うが実家で訪問看護を利用して看取るのも選択肢としてはある。
ただし往診に行ったら酸素吸入程度はさせてもらうとのこと。
10月4日
わたくしの誕生日であることを伝えると、声が殆ど出ないので手を伸ばしてしっかりと握手してくれた。
顔色も少しよくなり、受け答えもしっかりしていた。中心静脈栄養で少しでも元気になってくれれば・・・
10月5日
この日はわたくしが小学校の同窓会で昼から飲んだくれ、家内が一人自転車で見舞いに行ってくれた。
夕方、見舞いのためだけに長男が30分ほど帰阪してくれ家内と合流。またすぐに名古屋に帰ったとのこと。
意識もはっきりせず何度か看護師さんが痰の吸引をしていたとのことで少し心配・・・
10月6日
けっこう落ち着いていた。昨日長男が来てくれたことも承知しており、「びっくりした」と言っていた。
10月7日
家内と自転車で見舞いに行く。看護師さんがエンシュアにトロミをつけて試してたが、トロミがつかず飲めなかった様子。
施設ではうまく飲めてたので持参しているトロミスティックと抹茶味で試すよう再度お願いする。
この日はさらに安定してて、わたくしの髪を撫でてた。わたくしが午前中に散髪したことに気づいたようだ。
さらに「トシには勝てん」とか、聞き取りにくかったがけっこう話して冗談には笑っていた。
10月8日
一人クルマで見舞いに行く。トロミスティックとエンシュア抹茶味の追加を持参して預ける。
担当さんがいなかったので別の方にトロミの付け方について改めて説明したが要領を得ずじまい。
この日は呼びかけても反応は殆どなかった。明日また来ると言ったら微かに頷いていた。
10月9日
家内と自転車で。昨日とほぼ同様の反応だったが、家内には微笑みかけていた。
10月10日
家内と自転車で。家内が次男の長男の新しい動画を見せるも少し見ただけで再び目を閉じていた。
病室に9月分の請求書が置いてあったので入退院窓口で支払う。
10月11日
家内とクルマで。この日はよく話して笑い、明日は台風で来れないと伝えると「それは大変やなあ」気遣ってくれた。
帰りに施設に寄り施設長、担当ケアマネと相談。
中心静脈栄養でうまくいっているなら普通の点滴に変える必要はない、当分は続けるべきで退院後も施設でも
訪問介護でも措置できるとのこと。
中心静脈栄養で支障が出てくれば、その後に普通の点滴に変えて看取ればいいとのこと。
10月12日
台風19号のため見舞いには行かず。
10月13日
一人でクルマで。一昨日よりさらに元気で「お昼は食べたんか?」とかよく話し顔色もよかった。

とゆー次第で、とーとつですがわたくし今夜から1週間、ボルネオ島の熱帯雨林の状況を見てきます。
本来なら土曜日の朝に出発予定だったのですが、台風の影響で丸一日半も出発が遅れてしまいました。
ま、おかげで本日も見舞いに行けて元気そうな顔を見ることができたのですが・・・
明日以降一週間は家内が見舞いに行ってくれる予定です。






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2019年10月04日

大型類人猿の森と森林火災・・・

とーとつですが、まずは大型類人猿の森・・・であります・・・



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英語ではGreat Apes Forest・・・

そう、類人猿はApe、それ以外のおサルさんがMonkeyなんですね。


ええ・・・

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愛知県犬山市で働く次男夫婦から、わたくしの誕生日プレゼントとして配達日指定で本日届いた、
モンベル・ウィックロンTシャツであります。忙しい中、わざわざありがとね!!!





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さりげにApesさんたちが配されています。





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愛知県犬山市にある日本モンキーセンターで販売されている商品で、売り上げに応じて、
モンベルクラブ・ファンドからセンターに寄付される仕組みなんですね。





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モンベルのエコ・プログラム、なかなかのものであります。

ところで・・・

アマゾンの熱帯雨林火災が話題になってますが、ボルネオ島(インドネシアではカリマンタン島)の
熱帯雨林火災も大変なことになっているようです。

本日届いたウータン・森と生活を考える会からの連絡によると、2015年の火災では東京都12個分、
260万ヘクタール以上の熱帯雨林が消失、今年の火災でもすでに大阪府の1.7倍、32万8000ヘクタール
以上が消失しているとのこと。
一昨日あたりからようやく雨が降り出したそうですが、乾燥してしまった泥炭層は簡単には消えません。

これらはほぼ100%人為的な原因による火災だそうで、アブラヤシ農園や植林プランテーション開発の
ための違法な火入れや、排水路設置による泥炭湿地の乾燥化などで、乾季のピークとなる9月には
特に近年大規模になっているのだとか・・・

やはり本来の植生を活かしたアグロフォレストリーやフェアトレード、エコツーリズムが重要ですね。
ちなみに上記リンク記事では現地消火活動への支援も募集されておられます。

当サイトの「沙漠緑化・熱帯雨林再生」カテゴリや、「ボルネオ」タグも、ぜひご覧ください。
ま、大部分が宴会記事なんでしゅが・・・



(10月5日追記です)

翌日、長男夫婦からも誕生日プレゼントがありました。
わたくしの母親を見舞うため、名古屋から一瞬だけ帰ってきた長男が持参してくれたもの・・・

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高級なアウトドア用ソックスであります。ありがとね!!!


ま・・・

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ついでに奥様用サイズも一足入ってましたが・・・



m98k at 21:37|PermalinkComments(6) mixiチェック その他アウトドア | 沙漠緑化・熱帯雨林再生

2019年10月02日

在宅介護メモ~2019.09

(96歳になるわたくしの母親の在宅介護メモの一部です。何かの参考になれば・・・)

8月末まではトイレや食事などでベッドから離れ、毎日少しは歩いていたのが9月に入り、ほぼ寝たきりに・・・

9月13日~
「看護小規模多機能型居宅介護」サービスのお世話になることになった。
この「看護」付きというのは大阪市内にはまだ一ヶ所しかないそうで、その施設がたまたま近くにあって、
たまたま空きがあることを、それまでの担当ケアマネさんから教えていただいたのがきっかけ。
担当外なのに他の施設やサービスもあちこち探してくれて、介護認定の変更申請とあわせて紹介していただいた。
ケアマネさんの組織や訪問看護ステーションも変更になるのに、訪問看護の看護師さんもケアマネさんも、
今の我が家の状況には、こちらのほうが最適でしょうと、あえて勧めてくれたのがありがたい。

引き継いだ組織のケアマネさんが、さっそくいろんなプランを作ってくれ、それぞれの本人と家族にとってのメリット
とデメリットなどを分かりやすく説明いただき、素朴な疑問にも丁寧に答えてくれた。

で、まずは月曜日・火曜日・金曜日が日帰り介護、土曜日・日曜日・水曜日・木曜日が宿泊介護にしてもらった。
つまり土曜日の朝に実家を送り出して月曜日の夕方に帰宅、その夜はわたくしが実家で母親を介護して、
火曜日の朝に再び送り出し、夜には帰宅してわたくしが介護、水曜日の朝にまた送り出して金曜日の夜に帰宅、
その夜はわたくしが介護して、再び土曜日の朝に実家を送り出す・・・というパターン。

施設の看護師さんの夜間体制もあるので、一週間はこのパターンで試したが、夜間の痰の吸引が頻繁になり、
月曜日火曜日と連続して徹夜での介護が続くと、わたくしの腰痛や疲労が激増してしまい、本人の移動回数を
減らすためにも、翌週から当面は月曜日も宿泊介護にしてもらうことに。

一般のデイサービスやショートステイと違って、同じ施設で同じスタッフが介護してくれ、空き部屋があるなど
条件さえ合えば、通所から引き続きの宿泊や日程変更なども予約不要で容易にできるのがありがたい。

9月からは痰が絡むことが多くなり、訪問看護では間に合わない場合もあるので、緊急時に備えて吸引機を
実家に置いてもらっているが、看護師さんや介護士さんが常駐する施設に居てくれるとやはり安心。

5月から8月までは週3回の訪問介護と週1回の訪問看護のお世話になってたが、一週間168時間のうち
計3時間程度の介護・看護支援だったのが、これからは週132時間程度の介護・看護支援となり、わたくしか家内が
実家で直接介護する時間は週2回で計36時間程度になるので、正直ほっとしている。
ただし、9月になってからは痰の除去や食事・排泄など、実際に介護する時間が多くなっており、週に2回で、
それぞれ18時間程度であっても、心身ともに結構きつくなってきており、あらためて看護や介護に携わる方々の
日頃のご苦労を察しているところ。

本当はずっと実家で過ごさせたかったが、さすがに在宅だけでの泊まり込み介護が四か月も続くと、
わたくしも家内も特に9月に入ってからは夜も眠れず、すっかりヘトヘトになっていた。
京都にある家内の実家でも、特に母親が介護を要するので、月に何度かは泊まり込みで介護に行っており、
いっぽうこちらは、いつ痰が絡んで緊急事態になるか分からない、食事もトイレも自力では困難になってきている、
という状況になり、今回の判断となった次第。
それでも在宅介護を基本にして、気力と体力の続く限りは実家でも見守っていこうと思っていた。

今回の施設の所長でもある看護師さんが、
「老衰で食べなくなり動かなくなり、やがて安らかに眠る、というのは長く健康に生きた人だけに与えられた特権です。
その特権を奪い本人を苦しませるような措置はいかがなものかと思っています。」
とおっしゃってたが、わたくしも全く同意見。
痰が絡んで苦しんでたら吸引、呼吸が苦しくなったら酸素吸入、可能な範囲での点滴などはお願いします、
でも老衰である限り、入院させて人工的に栄養注入したり人工呼吸器を付けるような延命措置はしないで下さいと、
この時点で申し上げておいた。

本人も以前からそれを望んでいたが、わたくしとしては、せめて10月中旬に生まれる予定のわたくしの長男の
子どもの顔を見せたいと思っている。ま、意識があり認識できることが前提となるが・・・
で、大阪に連れて来れるのはおそらく年明け以降、せめてそれまでは頑張れ!!!と励ましているところ・・・

9月21日
朝に施設到着後、血中酸素濃度が低下してて肺に雑音もあり、本人も息が苦しいとのことで酸素吸入している、
との連絡があり施設へ。施設長と相談して主治医に往診してもらったところ、レントゲンやCTなどの検査をしないと
原因が特定できない、肺炎なら菌に応じた抗生剤で治癒する可能性もあるので、休日でも検査可能な病院
を紹介するとのこと。昼過ぎに施設から病院へ、検査の結果、右肺の(おそらくは誤嚥性の)肺炎との診断、
緊急入院して点滴治療開始。1週間から10日程度は入院して通常呼吸ができるまでの回復を目指すとのこと。
休日にもかかわらず施設まで往診して下さり、わざわざ病院にも駆けつけてくれた近所の主治医に感謝。
食事を摂る限りは再発する可能性が高いのが心配、かといって点滴だけで生き続けるのもどうか・・・
9月22日
まだ集中治療室にいたが、朝に様子を見に行ってみると比較的落ち着いていた。
ただしナースコールを押す力もなかったので、頻繁な声掛けをお願いする。
9月23日
落ち着いたので一般病棟に移したと病院から連絡あり。行ってみると酸素吸入はなく点滴中で、少しつらそう。
9月24日
入院申込書を病院に提出、区役所にて医療限度額適用証の交付を受ける。ずっと点滴中でかなりつらそう。
病院の主治医からは、抗生剤投与を続けているが肺炎が広がっている可能性もある、点滴だけなのでかなり
衰弱してきており、嚥下専門の医師とも協力するが口から栄養が摂れない状態が続けば余命は数週間程度、
もし口から栄養を摂れるようになっても誤嚥性肺炎が再発する可能性が高いとのこと。
治療計画による入院期間は2~3週間。チューブを入れたり胃瘻などの人工的措置はしない前提。
この日は午前中に近所の主治医とも相談。
肺炎治療が一区切りした段階で退院、あとは施設で看取ることも可能と施設長より電話連絡あり。
9月25日~30日
引き続き、面会時間(12:00~20:00)内に30分程度の見舞いに行っている。
日によっては落ち着いていることもあり、「喉が渇いた、お腹が減った、早く帰りたい」といったりすることも・・・
ちなみに病院は実家から片道3.5kmほどで、毎日家内とクルマで往復している。
それまでクルマには全く乗ってなかったのが偶然、入院直前に定期点検に持って行こうとした際にエンジンがかからず、
ひさしぶりにJAFに来てもらい、その後スバルで点検と合わせバッテリー交換してもらってたので助かった。
25日には施設長と担当ケアマネさんが様子を見に来てくれ、前日とほぼ同様の話をする。
栄養が摂れてないので、徐々に衰弱していく様子を見るのがつらい。早く嚥下できるようになればいいが・・・
病院の主治医と今後についての話ができるようお願いしているところ。



(9月までの経過メモ)
今年の2月に96歳となったのを機会に、自転車に乗ることをやめた母親でしたが、慣れない手押し車では
あまり出かけなくなり、たまに一緒に連れて行くことはあっても、基本はわたくしが買い物をするようになりました。
遡って思い出すと、昨年の3月に自宅の庭に出ようとして転倒、数少ない趣味で一番の運動にもなっていた庭いじりも、
その後は殆どしなくなり、室内で過ごすことが多くなってたようで、徐々に体力も落ちてたようです。
さらに昨年の5月には、毎日のように遊びに来てくれてた近所の昔からのボランティア仲間の一番の仲良しが
母親よりずっと若いのに急に亡くなられ、話し相手もいなくなって、一気に気力と体力が落ちていったようです。
やはり健康な高齢者には毎日の適度な運動と食事、続けられる趣味と楽しい会話が不可欠なんですね。

今年になっても一緒に食べる際は少しは食べてたのですが、それ以外の食事量は極めて少なかったようで、
手押し車から車椅子に変えて花見や買い物などにも何度か連れて行ってたのですが、その後も衰弱は続き、
5月12日の夜には急にベッドから起き上がれなくなり電話もかけられず、翌日にわたくしが訪問するまで
ずっと動けなかったようで、慌てて近所の主治医に往診してもらったところ、高齢者はステロイドホルモンの分泌が
減る夜間に心肺機能が低下することが多いので特に夜間は注意すること、いわゆる老衰なので無理のない範囲で、
栄養と水分を摂って身体を動かすことが大事と言われ、それ以降、泊まり込みでの介護が始まりました。

当初は歩行器でトイレに行く際に介助する、食事を作って台所へ連れて行って一緒に食べる程度でしたが、
9月に入り自分では寝返りも難しい状態になり、もちろん食事やトイレも自分ではできなくなり、さらに夜間に
痰が絡んで吸引が必要な状態になることも増えてきてました。

それまでは介護認定変更や介護ベッドなど用具のレンタル、訪問介護や訪問看護の手配をケアマネさんにしてもらい、
容態がおかしくなった際には近所の主治医に往診に来てもらって、ほぼ寝たきりになってから四か月、これまで
ずっと在宅だけで介護してきましたが、9月に入ってからは食事やトイレから痰の吸引まで全日的な介護が必要
になってきたため、上記サービスを選択した次第です。
今回もし無事に退院したとしても、このサービスで本人も家族も少しでも楽になればいいと思っています。



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