プロジェクターライト!!!マイ・ブーツシリーズその1

2007年12月02日

思い出のビートルと・・・

12月に入って早々ですが、今回は少ししんみりしたお話をさせていただきます。

やっと新しいクルマ(スバル・フォレスター)のルーフバー(キャリアベース)を購入したわたくし、
ようやく、古いカヤックキャリアをクルマに装着できるようになりました。


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THULE製の高級品であります。
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じつはこのカヤックキャリア、今は亡き親友の遺品なのであります。

もともと山歩きの仲間で、わたくしより10才ほど年下でしたが、
不思議と気が合い、二人で一緒にカヌースクールに通いだしてから、
あちこちの川を下りに、二人だけで行くようになりました。

わたくしがファルトボート(フォールディングカヤック)の二人艇一式を担ぎ、
彼がキャンプ道具や食料を二人分担いで、電車やバスを乗り継いだり、
クルマ二台で、それぞれの一人艇を積んで行ったりと、一時期は、
近畿地方、中国地方の川を中心に、毎週のように二人で下ってました。

もちろんキャンプ宴会や山歩きもたいてい一緒で、
わたくしが家族を連れてファミリーキャンプや川下りをするようになっても、
いつも一人で参加してくれ、よくサポートしてくれました。

その彼が、1991年の11月に、パラグライダーの事故で帰らぬ人となったのであります。

じつはその半年ほど前に、パラグライダースクールも彼と一緒に申し込んでいたのですが、
こちらの仕事が忙しくなり彼だけが参加、持ち前のまじめさで毎週のように通い続け、
事故当時には、中級者として大会にも出場するようになってました。

川下り途中で、わたくしがそのまま突っ込もうといっても、知らないところは、
かならずいったん岸に上陸して偵察し、安全なコースどりを指示してくれるような、
きわめて慎重な男でした。
事故の後、パラグライダースクールの校長にお話を聴いても、
「いつ来ても必ず入念に準備して、常に慎重な行動をしていた彼が、
どうして墜落するような操作をしたのか、今でもわかりません。
こいつは危ない、というやつは何となくわかるんですが、
彼はまったく逆のタイプでしたから・・・」ということでした。

事故以来、どこの川へ行っても、どこのキャンプサイトに行っても、
彼との思い出がいっぱいでつらくなり、わたくし2シーズンほど、
キャンプや川下りに行けなくなっておりました。

でもいつか、家族や仲間と川下りやキャンプに行って、
楽しく彼との思い出話をするのもいいじゃないか、と思えるようになり、
ふたたびアウトドアで遊ぶようになった次第です。

このカヤックキャリアもそうですが、他にも多くのアウトドアグッズを、
彼のお父上から「ぜひ、使ってやって下さい。」と形見分けしていただきました。

わたくし、15年間乗ってたニッサン・テラノには、直付けのルーフキャリアでしたので、
今回やっと、この遺品のカヤックキャリアをひっぱりだしてきて、
ついつい彼との思い出が蘇ってきてしまいました。



で、今回、彼との最後の写真をひっぱりだしてきて、デジカメで接写してみました。
1991年9月23日、奈良県のキャンプ場での写真です。

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フォトスタンドのプラカバーの上から、黄色いビニールテープを貼って撮ってみたのですが、
カバーがかなり反射してますね。

じつはこのキャンプの翌週に、新車のニッサン・テラノが届くことになっており、
ワーゲン・ビートルでのキャンプはこれが最後、ということで、
帰り際に、めったに残さない記念写真を撮ってもらったのですが、
彼ともこれが最後となり、ちょうどこの三ヵ月後に亡くなりました。


山と川と空と、
酒と焚き火とギターを愛する、
寡黙なナイスガイでした。 享年28歳。



あれから16年か・・・トシをとるはずですな・・・



このカヤックキャリアも、これからちゃんと使ってやっからなにっこり






P.S.
12月3日追記です。
ついつい感傷的になり、モノの紹介を忘れておりました。

このカヤックキャリア、一枚目画像のとおり、分厚いゴムのパッドが、
フネのボトム形状にぴったりとあって弾力もあるので、キールのない平底舟であれば、
カヌーであれカヤックであれ丸木舟!であれ、がっちりと固定することができます。
今の製品は前後が異なる形状になってるようで、特に後部のアタッチメントは、
フェルトかなんかで、後ろから滑らせて積み下ろしができるようになってるみたいです。

三枚目画像で、カートップしてるのがわたくしの愛艇、
プリヨンのインベーダーモデルで、ドイツ製であります。
ちなみに画像はありませんが、彼の愛艇が、パーセプションのリフレックスモデル、
こちらはアメリカ製で、バルセロナオリンピックの優勝艇であります。
インベーダーは丸っこくてボリュームたっぷり、かなりラフな扱いをしても、
流れに食われることはありませんでした。ビールもいっぱい積めたし・・・
一方、彼のリフレックスは鋭角的でスリム、動きも繊細でした。お腹がきつかったな、わたくしには・・・

で、これを積んでるのがわたくしの愛車、フォルクスワーゲンビートル、1200LE、1976年式で、
ドイツ、ヴォルフスブルグの工場で生産された最終モデルのビートルであります。
つまり、何年乗ってても永久に最新型という、ありがたいクルマでしたが、
やっとお金が貯まった時にはすでに製造中止になっており、
あちこち探しまわって、新車から2年落ちぐらいで買ったはずです。
1600ccにボアアップしたポルシェ博士考案の空冷式水平対向エンジンをリアに搭載、
はじめて乗ったときは、後ろからハーレーがついてきてるんじゃないかっ、
と、思わず振り返ってしまったことを、懐かしく思い出しました。
まあ、最終モデルはキャブ仕様からインジェクション仕様になってたので、
古いビートルファンからは、あまり人気がなかったようでしたが・・・

ちなみに、このプリヨン・インベーダーの中にも、キャンプ道具がぎっちり詰まっております。
そう、わたくしこれを、ルーフボックスとして使ってたわけで、
それでも子どもが大きくなって、荷物が積みきれずにテラノに買い換えた次第であります。
それから15年で、ふたたび水平対向エンジンのクルマに乗り換えたわたくし、
ふたたび全国の川へ・・・ううっ、行きたいなあ・・・ぐしゅん



at 19:30│Comments(4)TrackBack(0)mixiチェック 川下り、キャンプ宴会 | その他アウトドア

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この記事へのコメント

1. Posted by 川端   2007年12月03日 10:11
あっけない。
と言おうか、事故だと急にいなくなるんですよね。何の予告も警告もありゃしない。
実感なんか湧いてくるのは後からで、残されたほうは、その人が居ないことに気づくたび、自分はなぜあの時ああしておかなかったのか?みたいな後悔を強いられながら日々を潰さねばならない。
ただ悲しい、寂しいですよね。
でも、そのうち気づくんですよね。自分もいつか死ぬ。それは、もしかしたら次の瞬間であるのかも知れない。
時間が過ぎると、いくら悲しくて寂しくても、その記憶は、やがてどうしようもなく薄れてく。
好むと好まざるとに関わらず、仕舞いには忘れてしまうのかも知れない。あるいは、忘れたほうが良いのかも知れない。
しかし、
その人がその時そこに居たことを、一緒にいて楽しかった時間の存在を、一時的にでも、例え一瞬でも自分に証明できるのは自分しかいないわけで、
だったら覚えていられる限り、忘れられるのなら悲しかったことは忘れて、出来る限り楽しかった思い出だけを引き摺って、更に楽しく生きて見せよう。
だから、
楽しいことを続けていられる限り、忘れない。
とても都合の良い考え方であるのかも知れませんが、亡くした友人というのは、そういうものであるような気が、私はしますm(_ _)m
2. Posted by TOMO   2007年12月03日 12:56
実は私、昨夜知人のお通夜に行ってまいりました。
「子どもつながり」の方なので、直接の友人と言う
訳ではないのですが、仕事の内容が似通っていることも
あって、「話の合う知人」と言う感じの方でした。
ご入院の1週間ほど前にもお話をさせていただいたのですが、
その後緊急入院、あっけないほど短期間でなくなりました。
悪性の腫瘍だったとか。
合掌・・・・。
人の死って、唐突にやってきますよね。心の準備とか、
できるわけがない。それが肉親や友人だった場合、
悲しみが薄らぐにつれて、自分が生きながらえている
ことの居心地の悪さも沸いてくる気がします。
でも、後を追うわけにも行かないし(いずれは「行く」
んですけどね)、言い古されたことですけど、その人の
分まで、楽しんで一生懸命生きて、それに尽きるんだと
思います。
3. Posted by ひまぱのぱ(p.himapa)   2007年12月03日 21:06
しんみりとしたお話とのことでしたが、最後まで読ませていただきました。
私の子供が入院している時、他の子供さんの死を何人か経験していますが、一方で、もう助からないだろうといわれていた子供さんが、元気になったのも経験しています。
命のはかなさと力強さをの不思議を感じています。カヤックキャリア、しっかりと使ってあげてください。
4. Posted by 98k   2007年12月03日 22:55
川端さん
ありがとうございます。
今はおっしゃるとおりで、にこにこと楽しむことにしています。
事故当日の深夜のニュースで、ちらっと彼の名前を聞いた気がして、
翌日の早朝、彼のお父上から「今、遺体を引き取ってきました。」と、
第一報をもらったときには、家内にすがって号泣してしまいました。
自分の親が死んだときでも、声をあげて泣くことはなかったんですが。
若い親友の事故死というのは・・・ほんとつらかったです。
TOMOさん
わたくしも、同じマンションの「子どもつながり」の知人を、
突然の自転車事故で見送ったことがあります。
うちと同い年のお子さん二人と、奥様をみるのがつらかったです。
お互いトシですが、せいいっぱい、残された人生を楽しみましょう。
らいふいず、びゅうてぃふる、やっ{びっくり}
ひまぱのぱさん
拙文を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
懸命に生きてきた、ちっちゃな子どもの死、これはもっとつらいですね。
わたくしは経験がありませんが、奥さんが小児病棟でよく公演するので、
同様の話を聞くことがありますが・・・
わたくしには・・・とても耐えられそうにないです。
形見の品は、これからも使わせてもらうつもりで、いつか息子たちに・・・
このサイトは、基本的にモノの紹介サイトですので、
今からちょっとした解説を、本文に追加しますね。{にっこり}

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