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2018年06月04日

2018・内モンゴル紀行7・沙漠科学館

前回記事からの続きであります。

午前中に植林などを終えた恩格貝2日目の昼食後は、新しくできた「沙漠科学館」へ向かいます。

ちなみにこの日の午後は沙漠ではめずらしい・・・

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雨でした・・・

沙漠の雨は幸せを運んでくるものだし、植林など野外スケジュールは午前中で終わってたので、
まさに絶妙のタイミングでした。
恩格貝では年間300mm程度の降水量はあるものの人類が砂漠化してからは全く保水できず、
毎年、大洪水と極度の乾燥の繰り返しだったのであります。


宿舎からバスで15分ほど・・・

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こちらは帰りがけに撮った画像ですが、けっこう大きな施設でした。



正面ロビー

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以下、展示をさくさくっと・・・

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世界の乾燥荒漠地・・・といった意味でしょうか・・・

わたくし、これまでの記事でも「沙漠」と「砂漠」の文字を使ってますが、乾燥荒漠地の中でも、
雨の少ない荒漠地が沙漠、その中でも砂の沙漠を指すのが「砂漠」なのでありますね。

日本では沙漠といえば砂漠のイメージしかありませんが、他にも岩石沙漠の礫漠(中国語でゴビ)や
塩分などが多い土の沙漠の土漠などがあり、わたくしは雨の少ない荒漠地全体を指す場合に、
「沙漠」の文字を使うことがあります。ま、今回のツアーでは殆どが「砂漠」でしたが・・・

そう、前回記事で紹介した遠山先生の沙漠講座の中で、「沙漠にも水はある!!! 沙漠の沙の字は、
サンズイに少ないと書く!!! すなわち水の少ない荒れ地が沙漠!!!」と大声で教えられましたから・・・

最近では雨の全く降らない昔からの極沙漠も緑化しようという動きがあるようですが、地下水や
雪解け水などの使用量は莫大になり地下水脈や河川の流量を激減させ、土中の塩分濃度も
急上昇させますから、一口に沙漠緑化といっても持続可能な方法が重要で今後も注視が必要です。


恩格貝の土地利用規制計画図でしょうか・・・

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よく分かりませんが、「国際生態城建設区」つーのもありますね・・・
中国やヨーロッパでは城は都市と同じ意味ですから、国際生態(エコ)都市???


まあ・・・

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こんな感じのパネル展示が殆どでしたが・・・


一部には・・・

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ジオラマなんぞもありました。


もちろん太陽光や風力も・・・

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風力発電も内モンゴル自治区が圧倒的に多いんですね・・・メンテや送電が大変でしょうね・・・


と、みなさん、真剣にT橋さんの説明を聴いておられました。

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こちらはシルクロードをあらわした地図の一部ですが・・・

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この辺りはN.GKSのツアーで概ね廻りましたねえ・・・



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西夏王国跡とかも行きましたし・・・当時はけっこう自由に入れましたね・・・





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アラル海までは行ってませんが、現在では右端2004年の半分以下になってるそうです。
(減少が続いているのはカスピ海ではなくアラル海、訂正しました。)




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この人が張本人???



地下水の汲み上げセンタービボットによる大規模農業の航空写真・・・

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その中で・・・

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地下水が枯れて放棄され、砂漠化してしまった部分の画像・・・



いっぽう、窓から外を見れば・・・

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雨に濡れる恩格貝の緑が一面に広がってますが・・・

ここにも地下水の汲み上げセンタービボットによる大規模な農場が17基あるそうです。
何せ半径100m以上の農地の上から自動回転する巨大なアームで、汲み上げた地下水を24時間
撒き続けるのですから地下水脈が枯れるのも時間の問題、しかもトウモロコシなどの畑ですから、
樹木と違って保水も砂の固定もせず収穫すればおしまい、水は土壌には一切戻ってきません。

T橋さんによると、少し前は地下水脈のある場所なら5mか10mも掘ればポンプ小屋ができたけど、
今は80mから100m掘らないと汲み上げられないそうで、やはり大規模センタービボット農業の
影響が大きいのではないかとのことでした。


いっぽうこちら・・・

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清水建設の海水沙漠導入計画??? 知りませんでしたが、どうなったんでしょう???
確かに淡水ではなく海水ならいっぱいありますが・・・

ちなみにネットで知った知識ですが、地球の水の内訳は海水97%、淡水3%だそうです。
さらに、その3%の淡水の内訳は氷河・氷床77%、河川水・地下水23%で、
河川水・地下水のうち使えない水が97%、使える水は3%つーことですから、
我々が使える淡水は地球の水の僅か0.02%(100x3%x23%x3%≒0.02%)だそうです。        



恩格貝のビニールハウス栽培

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こちらも以前のN.GKSツアーで見学しましたね。


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クロレラ栽培も盛んなようですが、これらもすべて地下水の汲み上げでやってるんですね。


とまあ、様々なパネル展示がありましたが、何といっても特筆すべきは・・・

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こちらのコーナー・・・


そう、

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日本大使館の20周年で各国大使館に配布した記念誌で日中の懸け橋として紹介されてた中で
唯一の民間人だった二人・・・




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遠山正瑛先生と王明海氏のコーナーでした。




中でも特筆すべきなのは・・・

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ガラスケースに収められ展示されていた・・・




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N.GKS(当時は緑の協力隊・関西澤井隊)第1次隊の記録誌!!!  
いやあ、これは嬉しかったですね・・・わたくしも表紙写真に写ってるし・・・



愛用品や賞状トロフィーもいくつか展示されてました・・・

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2004年ノーベル平和賞の受賞直前に亡くなられたのは本当に残念ですが、同じ環境保護活動家として
先生の代わりにケニアのワンガリ・マータイさんが受賞されましたから、先生も草葉の陰で喜んで
おられたことでしょう。今は二人で仲良く植林議論をされてるかも知れません。

先生が率いた日本人によって植えられた恩格貝の森は現在500万本だそうですが、その活動に
賛同して中国人が植えた森は何千万本にもなり、さらに中国全土では今では何億本、何十億本にも
なって増え続けています。やはり偉大な先駆者だったんですね・・・





と、このコーナーの結束語であります。

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あとの展示は大胆に省略して・・・

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正面ロビーへの出口・・・


正面ロビーには・・・

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大きな横断幕に記名するコーナーがありました。これもいずれ展示品になるんでしょうね。

T橋さんによると、当初は「遠山正瑛博物館」になる予定だったけど紆余曲折を経て「沙漠科学館」
になったとかで遠山先生のコーナーもごく一部になり、殆どがパネル展示だけで、中身はまだまだ
科学館とか博物館とかいえるレベルではありませんでしたが、ま、こちらも今後に期待しましょう。

と、一行はふたたび宿舎に戻ります。

(次号に続きます。)



m98k at 12:04│Comments(4) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 沙漠緑化・熱帯雨林再生 

この記事へのコメント

1. Posted by donchan   2018年06月04日 15:21
二回まとめて拝見しましたが、結構真面目に作業し、自然の行く末も憂いているのですね。改めて感心した次第です。
昔、「水と安全はタダ」などと言われたどこかの国では考えられない世界の水状況ですね(尤も、国防費は増加しペットボトルのミネラルなんとかが売れているから、近年では水と安全のコストも上がってきましたが)。それにしても、敦煌、ハミ(クチ偏に合のところ、確かハミと読んだ?)、トルファン、玉門関等々、昔の世界史の受験勉強や漢文の授業を思い出します。内モンゴルも変化が激しいようですが、どうなるのですかねぇ。
98Kさん、ごく近々お会いできることを楽しみにしてます。
2. Posted by 98k   2018年06月04日 15:50
>donchanさん
ご愛読ありがとうございます。先ほど前回記事6・砂漠植林に若々しい画像を追加しました!!!
「水と安全はタダ」
昨年、はじめて四国の吉野川で開催された世界ラフティング選手権の番組を見ましたが、
多くの国の選手が「川の水が透明だ!!!」と驚いてました。日本ではそんなに清流の部類でもないのですが・・・
今回記事の清水建設のところにも書きましたが、世界の河川水・地下水の97%は農業・工業・生活などに使えない水なんですよね。
四大文明が大河の流域に栄え、人類の営みによって砂漠化して滅んでいったのも、なるほどですねえ。
で、記事本文にある地図でいえば、西安、蘭州、銀川、嘉峪関、敦煌と、その周辺の沙漠植林地や観光地は訪れました。
シルクロード(今はアイアンロード・オイルロードですが)の歴史もじつに面白いですね。西夏王国とか・・・
西安(当時の長安)から敦煌まででもラクダでは40日かかりますし、運べる荷物量も少なかったので、海の航路が拓かれてからは、
いろんな国やオアシス都市が、あっとゆー間に衰退していったので、かえってロマンがあるんでしょうね。
3. Posted by donchan   2018年06月04日 16:03
日本の水と言えば、そのおかげで美味い日本酒も飲めるわけで感謝感謝ですね。梅雨で鬱陶しいなどと口が裂けても言ってはいけないのです。人類の活動が自然を破壊したと言えば、縄文から弥生への移行も自然には負荷を与えたのでしょうね。地球のキャパが大きから何とかなったのでしょうが。
西域と言えば、井上靖や陳舜臣などという人が書いてました。どうしてもエキゾチックな美女が出てくるイメージですね。
4. Posted by 98k   2018年06月04日 22:03
>donchanさん
早めの夕食後に寝てました。
おっしゃるとおり、縄文から弥生への移行といえば「木から草(稲)」への移行ですね。
よくカン違いされるのですが、一年生の草(穀物や野菜を含む)花を植えるのは正確には緑化ではありません。
土壌の保水などをする樹木を植えるのが緑化なので、クリなどを植えてた縄文人が緑化してて弥生人はその環境の破壊者・・・
稲作可能な土地は環境破壊し尽して、その結果、ほぼ全国を「里山の自然」に変えてしまいました。
ま、そのおかげで旨い日本酒が飲めるようになったわけですが・・・
なので日本の原風景は里山ではなく広葉樹林帯なんでしょうが、内モンゴル・恩格貝でも数世代前までの原風景は沙漠ではなく森と草原でした。
その点、西域のタクラマカンなどは、もともと沙漠ですが、エキゾチックな美女が生息してるのは、あくまでオアシスだけですよ!!!

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