在宅介護メモ~2019.10.13チーム・フラッシュ光・下見ツアー報告1

2019年10月28日

介護・看取りメモ10/14~10/26

(96歳になる、わたくしの母親の介護・看取りメモです。
9月21日より入院してましたが10月24日に穏やかに永眠しました。何かの参考になれば・・・)

10月13日の深夜から一週間、わたくしがボルネオ島に行ってたので、その間は家内が毎日病院に見舞い
に行ってくれてました。以下は家内のメモです。(個人名など一部修正しています。)

10月14日㈪ 15時~15時半 見舞い
前夜、脚に装着中の栄養チューブを自分で外し出血、血圧降下があったため両手を紐で固定されていた。
部屋に入ると、声はでないが、うなづいたりして、だれかと話しているような雰囲気だった。
次男の長男の動画を見せると、活発やなぁと言った。
脚のむくみの原因を看護師さんに尋ねると、さまざな要因が重なっていると思うが、栄養が足りずアルビミン値が
下がっていることも原因の1つではないかと言っておられた。

10月15日㈫ 15時~16時 見舞い 次男と
言語聴覚士さんが、とろみをつけた水を飲まそうとしたが、ほとんど飲めず、すぐに痰がでたので吸引していた
回診  
次男から、おばあちゃんは花が好きなので花1輪でも造花でもいいので渡すのはどうかと尋ねられた。
いいアイデアだと思ったが、後日看護師さんに聞いてみることにした。
次男の声と姿に反応していた。帰るとき、次男にありがとうと言ってくれるほど、意識がはっきりしていた。

10月16日㈬  16時~17時 見舞い
おばあちゃんプロマイドアルバムを作成したので持って行って見せた。見た途端に笑ってくれた。
16時半ごろ、今週初めて便が出たようで、処置してもらっていた。

10月17日㈭  13時~14時 見舞い
むくみを軽減するために家族が見舞う時間だけでも手の固定をはずし、手足の運動をさせてもいいか尋ねると、
とてもいいことだと言ってくれた。その際、声かけしながら動かすと良いとのこと。
特に今週から手をベッドに固定しているので、手のむくみもでてきたので動かすのは大切だそう。
毎日1度の手足を動かすリハビリもプログラムに入れていただくようお願いした。
花について質問すると、花粉の問題と水が古くなると菌が繁殖し感染するリスクがあるので、生花は不可であるとのこと。
写真はいくらでももってきて額をおいたり貼ったりしていい、本人の励みになるし会話のきっかけにもなるので、とのこと。

10月18日㈮  13時~14時 見舞い
理学療法士さんによるリハビリ20分ほど 手足の運動 関節をもちながら徐々に動かす
今日はおばあちゃん非常に元気で、「昨日はゆっくり寝れた」と受け答えもはっきりし、声も少し出たので、
会話がなりたった。腕も一人で肩まであげることができた。
痰は相変わらず少し出ていたので、鼻からチューブを入れ奥の痰を吸引後、スポンジでさらにきれいにしてくれた。
看護師さんや理学療法士さんなど、病院スタッフの皆さんが長男の赤ちゃん誕生予定日のことを知っていて、
それまでがんばりましょうと話してくださるのがありがたい。情報共有を通して手厚い看護を感じた。

10月19日㈯ 16時~17時 見舞い
病院から不足連絡のあったテープ式紙おむつM20枚入りを持参
元気なのがあだになり、またチューブを抜いたそうで、今日は両手に手袋をした上で紐で固定されていた。
ずっと目をはっきり開けて意識があったが、初めて感情的になって一瞬手を顔にあてて泣くシーンもあった。
明日(わたくしが)ボルネオから帰ってくるから会いに来てくれますよ、と伝えると、
明日では遅い、今から帰って家で寝ると言ってた。明後日誰かが来るからとも言ってた。
わたしが見舞中、固定紐をはずしてもらったが、その間にも指につばをつけて器用に布団カバーをたぐりよせ、
パジャマの下に手をつっこみチューブに手が届きそうになったので、あわててまた手を布団の外に出した。
チューブを抜くリスクについて納得した。
貧血があるので、チューブをはずしたときの出血が危険だそう。看護師さんが目の下をめくって確認すると、
健康的な赤ではなく白かった→貧血のとき、白いらしい

(10月20日の早朝にわたくしが帰国したので、ここからはわたくしのメモです。)

10月20日
午後から一人クルマで見舞いに行く。家内は京都の実家へ自分の母親の介護に。
呼吸が浅くなってたので確認してもらうと血中酸素濃度が85%だったので鼻チューブによる酸素吸入を開始。
「無事に帰ってきたよ!!!」と何度か伝えるも、これまでのような応答は殆どなかった。
まるでわたくしの帰国を待っていたかのように、急に弱ってきている様子。

10月21日
この日も午後から一人クルマで見舞いに行く。病院の主治医と話す。
「呼吸が浅くなってきており、早ければ今夜にでも、おそらくは数日中だろう。一週間は持たない。
以前は自宅に帰して訪問看護と近所のかかりつけ医で看取ってもらうのもひとつの選択肢と話していたが、
今の段階では本人への移動の負担も大きいし、自宅での夜間などの緊急対応も大変だろう。
最期まで看取るなら病室が個室なので付き添うことも可能で、それがいいと思うが、最後は家族の気持ち次第。」
とのことだった。
本人は早く自宅に帰りたいと言っていたし、わたくしも最期は自宅で、とも考えていたので判断に悩んだ。
主治医の了解を得て、その場で在宅介護が基本の介護施設長でもある看護師さんにも電話で相談。
「自宅に帰して、ああ帰ってきてよかった・・・と本人が認識できるのであれば、リスクを負う価値もあるが、
今の段階でどこまで認識できるか・・・やはり最後は家族の判断次第。」とのことだった。
最終的には、対応が遅れて本人が苦しむのを見るのが一番つらいと判断、病院で付き添って看取ることにした。
家内にも連絡し、この夜から病室での泊まり込みを開始。老衰なので看取るのはおそらく夜になるだろう。
付添申請(一週間が限度)をすると、さっそく掛布団と枕を用意してくれた。
個室には備え付けの簡易ベッド・バス・トイレ・シャワー・洗面・冷蔵庫・クローゼット・テレビ(ただし有料)があり、
隣の広い食事・談話スペースには温冷の給水給茶機・自販機・電子レンジもあって、一階にコンビニ、六階に食堂があり、
徒歩圏内には様々な飲食店や大きなスーパーもあるので生活には全く困らない。
この点では市内の病院はありがたい。ただし病院なので飲酒はできないが・・・

10月22日
呼吸がさらに浅くなってきているが苦しんでいる様子は全くない。酸素は1ℓ/hで足りている様子。
この日は昼過ぎにいったん帰宅、敷布団用の封筒シュラフなど「お泊りセット」と家内が作ってくれた弁当を持って
再びクルマで病院に戻る。病院の駐車場は高く、教えてもらった近くの安い駐車場が奇跡的に空いてたので入れる。
心電図など各センサーからのデータはワイヤレスでナースセンターのモニターにリアルタイムで行ってるので
特にすることもなく、雑誌を読んだり(ガラホでワンセグ)テレビをみたりして過ごし、夜にはウトウトするのだが、
夜間も2時間に一度の体位変換(褥瘡防止のため)をはじめ、様々なチェックに定期的に廻って来てくれるので、
病棟独特の様々な電子警告音やうめき声、ひっきりなしの救急車の到着とあわせて、なかなか眠れない。
もちろん、素敵な看護師さんが入れ替わり立ち替わり声掛けしてくれるので、どきどきして眠れないのもあるが・・・

10月23日
朝10時過ぎ、長男夫婦に第一子の女の子が生まれたと、うれしい連絡が入る。母子ともに元気。
すぐに母親に大声で知らせたのだが、頷いたり手を握り返したりの反応はなかった。
ただ涙を流していたので生まれたことは伝わっていたはず。
夕方に来室してくれた主治医に出産の報告をすると、とても喜んでくれ、
「耳は最後まで機能しているので涙を流していたのなら間違いなく聞こえています。」と言ってくれた。
この日のために中心静脈栄養で3週間も延命してくれたことにも、改めて感謝。
昼前にクルマでいったん帰宅、家内と自転車で再び病院に向かう。
途中、熟成肉の専門店で長男夫婦の出産を祝って乾杯。ただし二人で一杯だけにしたが・・・
家内は夕方遅くに帰宅。この日も眠れない夜を過ごす。

10月24日
血中酸素濃度が上下しているとのことでチューブからマスクに変え、4ℓ/hで様子を見ることに。
昼前に雨の中を自転車で外出、スーパーで夕食と朝食を買って帰りに有名チェーン店でラーメンと餃子の定食。
(一昨日もクルマで帰宅途中ここに立ち寄り、ラーメンと炒飯の定食だった。)午後は病室でウトウトして、
7時過ぎに食事・談話スペースでカレーと豚汁の夕食を食べ病室に戻ると、しばらくして当直の看護師さんが来て
「先ほど呼吸が一時的に止まってたので、病室でも医師が確認できるよう大型のモニターを設置しておきます。
もうあまり長くないかも知れません。ご家族はお一人だけですか?」とのことだったので急いで家内に電話する。
すぐにタクシーで病院に向かうとのこと。
その後は呼吸が止まったり、頑張れと声をかけると間隔をあけて不規則に動いたりしていたのだが、
「もう、ゆっくり休んでええよ、これまでありがとう、よう頑張った・・・」と言ってからは、それが聞こえたのか、
モニターの波形が横一線のままになり、その後はいくら呼びかけても、もう波形に変化はなかった。
しばらくは看護師さんがあちこちチェックしていたが、やがて「当直の医師を呼んできますね。」と病室を離れた。
若い当直医がやってきて改めて確認、「亡くなられました。死亡確認時刻は8時13分です。」と宣言された。
思い残したことは何もなかったので「ありがとうございました。」と笑顔で答えることができた。
その後は看護師さん数人が身体の清拭から着替えや化粧まで、時間をかけて丁寧にして下さった。
やがて家内も到着し、この間に葬儀社と息子たち、檀家寺の住職さんなどに連絡した。
10時過ぎには葬儀社が到着、家内と母親は寝台車で、わたくしは雨の中を自転車で、11時過ぎには帰宅した。
葬儀社のセットが終わった12時前に檀家寺の住職が駆けつけてくれ、枕経をして下さった。
本人に亡くなったことを知らせ冥途への準備をしてもらうのが枕経だそうで、できるだけ早い時期にするとのこと。
その後は深夜まで通夜と葬儀の打ち合わせをしていったん解散、わたくしと家内は実家で仮眠。

10月25日
通夜と葬儀の日程を、わたくしの長男と次男、母親の実家と唯一存命の母親の妹、家内の実家にだけ伝える。
父親の葬儀の際はわたくしも現役だったし近親の親戚も多くが存命、付き合いもあって普通の葬儀にしたが、
今回は存命の近親者だけで見送る家族葬にすることが母親の遺志でもあり、わたくしの思いでもあった。
長男と次男の帰阪可能時間に合わせて通夜式は夜8時からとしたが、名神高速の渋滞で結局8時半からとなった。
たまたま法事が重なって忙しい中、檀家寺の住職さんも昨夜に続いて来て下さってたが状況に応じて予定を
変更できるのも自分たちだけでやる家族葬の素晴らしいところであると思った。
「忌」の貼り紙もしなかったのだが近所の方が異変に気づいたようで、夕方には町会の方々も弔問に来て下さり、
別の要件で連絡していた当初の訪問看護ステーション施設長の看護師さん、最後まで相談させていただいてた
在宅介護施設長の看護師さんや担当ケアマネさんも弔問に来て下さったが、最終的に通夜式については、
母親の実家と母親の妹の家から計4名と家内の実家から1名、我々家族4名の合計9名だけで実家で行った。
母親の思い出や実家での思い出、わたくしの小さい頃の思い出、長男次男の小さい頃の思い出など、
本当に親しい者だけで、ゆっくりと母親の前で語り合うことができて、何よりの供養だったと思っている。

10月26日
斎場の都合などで朝8時からの葬儀になったし、家族だけで見送りたいとの強い思いもあったので、
通夜に来てもらった近親者にも葬儀への出席は不要と伝えていた。
なので、この日の実家での葬儀は住職さんと家族4人と葬儀社の担当だけ・・・まさに家族葬である。
さらに住職さんの法事の都合で骨上げを終えた昼前から4時からの初七日法要までの時間が空いてしまい、
仕事の都合で3時には出なければならなかった次男と一緒にクルマで来ていた長男も、結局4時半からになった
初七日法要には参列できなかったが、その間に家族四人でゆっくり食事しつつ母親の思い出話をすることができ、
とてもいい供養になったので、はじめての経験だったが家族葬にして、本当によかったと思っている次第。
この間にお世話になった方々に、あらためて感謝したい。本当にありがとうございました。

これからも満中陰と墓への納骨をはじめ、名義変更など様々な手続きが当分は続きそうですが、
これまで半年間の在宅介護の精神的・肉体的なストレスを考えると、はるかに小さくなるはず・・・
これを機会に心機一転、まずは暴飲暴食を控え体調を整えたいと思っています。といいつつ、まずは一杯・・・




m98k at 03:09│Comments(8) mixiチェック ブログ日誌 

この記事へのコメント

1. Posted by Yasshi   2019年10月28日 18:34
いいな、いいな、本当に良かったな、最後まできちんとみとることできて。

ひ孫の誕生もお知らせできたし、あんたも「ありがとう」と伝えられたし、お医者はんも病院も介護の看護師さんもご近所さんも、みんなええ人に見守られて、お母さん幸せもんやで。

私は四人とも、ちゃんと立ち会えなかったし、ありがとうも伝えられんかったし、こんなん書けるほどのことは何もできなかったから、あんたはえらいな、凄いな、どついたろかコノヤロー、羨ましいぞ。

お疲れの出ませんようにな、奥さんもな。

ほんま、よかったな、けど、涙出るわ阿呆。
2. Posted by 98k   2019年10月29日 00:17
>Yasshiさん
ありがとうございます。
わたくしも父親の時は殆ど何もできなかったのですが、今回は本当に思い残すことはありませんでした。
家内も自分の親の介護で大変な中、よく尽くしてくれたと思っています。
ちなみに死亡診断書記載の死因は入院時の病名になるそうで「誤嚥性肺炎」になってましたが、
肺炎は抗生剤投与1週間ほどで治癒してたので、母親の死因はまぎれもない老衰。
健康に老いていき、やがて少しずつ食べなくなり動かなくなり、そして苦痛もなく枯れるように息を引き取る・・・
この時代に老衰で死ねるということは、ある意味とても幸せな事かも知れませんね。
(追記です。)
唯一の後悔といえば昨年、庭で転倒したり親しかった近所の茶飲み友達が急に亡くなったりした時期に、
デイサービスなどに定期的に通わせ、適度な運動と食事と会話を続けさせるべきだったかも・・・とも思ってます。
健康な高齢者には、これらと趣味を楽しむことがとても大事なことだと、半年間の在宅介護で、つくづく感じました。
でも、昨年の段階では「まだ、そんなところには行きたくない。」と言い続けてましたからねえ、うちの母親は・・・
3. Posted by ひまぱのぱ(p.himapa)   2019年10月29日 22:11
ご冥福をお祈りします。
4. Posted by 98k   2019年10月29日 23:57
>ひまぱのぱさん
ありがとうございます。
思い返せば「あの時、こうしてあげればよかったかも・・・」といったことも、もちろんありましたが、
少なくとも入院させてからの判断には、今のところ悔いはありません。
ちなみに本日、長男の第一子(女の子)に会うために、名古屋駅の駅前にある病院に行ってまして、先ほど帰宅したばかりです。
次男の嫁と次男の長男(10ヶ月)とも合流、近くの居酒屋で手羽先や味噌煮込み、きしめんに台湾焼きそばなど名古屋名物を満喫してきました。
5. Posted by donchan   2019年10月30日 17:32
暫く留守をしていたので、今日読ませていただきました。yasshiさんのコメントに加えることはありません。親というのは厄介なもので、死別して20数年経つのに、まだ生前にああしておけばと悔いの出ることもありますが、98kさんのご母堂はきっと喜んでおられますよ。これからは、元気でご両親の菩提を弔ってあげてください。
8. Posted by 98k   2019年10月30日 19:38
>donchanさん
ありがとうございます。
臨終から葬儀まで一度も涙を見せなかったわたくしですが、Yasshiさんのコメントで、何故か涙が溢れました。
今donchanさんのコメント読んで、何故かまた涙が溢れてきました。
まあ、わたくしも、これから「ああしておけばよかった・・・」とか次々と出てくるんでしょうね・・・
(ダブル投稿なんぞはてきとーに削除しておきます。)
9. Posted by バスウ   2019年11月01日 07:11
ご冥福をお祈りします。
お疲れ様でした。
私、妻の両親とも健在でして色々と考えされられました。
10. Posted by 98k   2019年11月01日 11:02
>バスウさん
ありがとうございます。
こちらも家内の両親は(介護を要するものの)健在で、いずれ(順番に逝けば)見送らねばなりません。
少子高齢化の時代なので4人の親を夫婦二人で、それなりに看取るということは、
夫婦にとって人生の後半、特にリタイアしてからの人生で大きなウエイトを占めるかも知れませんね。
ま、わたくしのこれまでのメモが何かの参考になれば幸いです。

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