沙漠緑化・熱帯雨林再生

2018年07月04日

おクジラさま・・・

前回記事に続き「晴漕雨読」の日々・・・
つーか、今週は雨と宴会が続いてるので「雨読のち暴飲暴食」ばかりですが・・・

おクジラさま~ふたつの正義の物語~(単行本)のご紹介であります。独立記念日だし・・・

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佐々木芽生著 集英社2017年8月30日発行。

映画監督・プロデューサーである著者が制作した同タイトルのドキュメンタリー映画の公開に合わせて、
出版されたものですが、わたくし映画作品の方はまだ観てません。



恒例により目次のみのご紹介

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まずは、著者がこの映画の製作を決意した経過が書かれてました。

著者が映画「ザ・コーブThe Cove」を見たとき、その制作者の姿勢に違和感を持っていたけど、
同作品がアカデミー賞を受賞したとき、その虚偽表現について発信したのは太地町の町長だけで、
あとの批判はナショナリズムを煽る捕鯨文化論やドキュメンタリー映画のあり方論ばかりだった・・・

あれはドキュメンタリーではないとか、隠し撮りしていたとか、そんなことは大した問題ではないのに、
それを理由に日本でこの映画を批判する人々の多くが最後まで見ていない。

なぜ無理な演出や事実誤認を製作者に正式に抗議する人がいなかったのか。
国際社会で公に抗議していればアカデミー賞を受賞することも、世界中に歪められたメッセージが
拡がることもなかったはず。

このままでは偏見や憎しみ、対立だけが深まるばかりなので、このテーマをきちんと掘り下げて、
海外に向けて発信するには、同じドキュメンタリーが最適・・・

と映画の制作を決意されたようです。


表紙カバーにあった著者紹介・・・

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これまで捕鯨問題に関して(英語圏では)反捕鯨を唱える環境保護団体からの情報しかなかったので、
両方の主張をバランスよく伝えることが重要と考えた著者は、できる限り両者の目の前で取材しようと
努力されたようですが、これがけっこう大変だったようです。



以下、本文にあった賛否両論など、わたくしのてきとーなメモ書きです。

・海洋資源や陸の資源をどうやって持続的に利用するか。
クジラについては科学的な問題も法的な問題も解決している。
持続的利用が可能な技術もすでに達成されている。

・アラスカのイヌイットが獲るホッキョククジラ(7800頭のうち5年間で280頭)の生息数は少なく、
日本が要求していたミンククジラ(25000頭のうち5年間で50頭)はさらに増えている。

・(商業捕鯨は)商業である以上は必ず暴走する、乱獲する、環境破壊する。

・ヨーロッパでは奴隷制度や闘牛やキツネ狩りという伝統もやめた。
切腹や鉄漿をやめた日本人は捕鯨という伝統もやめられるはず。

・子牛や子羊を食べるあなたに人道性はあるのか。

・動物の殺戮映像は捕鯨のみが流される。

・ほとんどの日本人はイルカを食べないし食べたいとも思っていない。
太地町は国益を損なうイルカ漁を即廃止すべき。

・日本政府の南極海での調査捕鯨へのこだわり
科学や資源の持続的利用とどこまで関係があるのか。

・商業捕鯨を再開するなら南極海の調査捕鯨をやめて沿岸捕鯨を目指した方が有益で、
資源の持続的利用という目的にも適っている。地域の伝統も守れる。
需要の少ない鯨肉のために巨額の補助金を投入して南極に出向く必要はないのではないか。

・クジラとイルカは全く同じ鯨類、大きさで一応区分してるが80種以上存在し、定義もあいまい、
その中には絶滅危惧種もあれば、すでに充分な個体数に達している種もある。

・アメリカに長く住む日本人である著者と、日本に長く住むアメリカ人であるジェイ・アラバスターのちがい

・旧約聖書が生まれた厳しい世界では「神の姿に似せて作られた人間は、すべての動物を自由に殺して
食べたり利用していい。」とのお墨付きが必要だった。
「感謝」という気持ちが生まれてくるほど豊かな自然に恵まれていた日本とは異なる世界観

・ユダヤ人とギリシャ人の思想を統一したのがトマス・アクィナスで人間中心の世界観がカトリックで定着。

・2015年4月、世界動物園水族館協会WAZAが日本動物園水族館協会JAZAに突きつけた通告

・広西チワン族自治区にある玉林市(ユリン市)の犬肉祭
著者はできれば犬は食べて欲しくないと感じてしまった。

・クジラやイルカを大量に食べる太地町の人たちは、なぜ水俣病にならず健康で長寿なのか。
金属水銀 
無機水銀(硫化水銀)顔料・塗料・朱肉など、短期間で排出される
有機水銀
セレンとの関係

・CASアメリカにある化学物質の登録機関
20世紀初めには12000種ほど
1999年のNHK「世紀を越えて」の取材時には2000倍の2000万種になってた。
2015年6月には1億種目が登録されていた。
環境破壊の加害者は、もう水俣病のように特定することはできない。
加害者は先進国で電化製品に囲まれ大量のモノや食料を持て余して捨てながら暮らしている、
我々そのもの・・・

・テディベア 駆除すべき猛獣が愛すべき友達になった例

・鯨は生き物ではなく産業革命やアメリカを支えた産業資源だった。
1960年には日本が世界一の捕鯨国に
1964年から1967年まで「わんぱくフリッパー」TV放映
1971年、グリーンピースがアムチトカの核実験を阻止
1972年 商業捕鯨モラトリアム クジラが環境保護運動のシンボルに

・アメリカ広告業界にある「クライシスPR」という専門分野

・歴史も価値観も違う世界中の国を巻き込んで、国際社会がある特定の生き物だけを守ろうとすれば、
それは政治問題に発展し対立が起きかねない。

・肉を食べなければ、それで動物が救われるわけではない。

・太地町には移民の歴史があるので、以前は外国人に対してとてもオープンな町だった。

・現在の太地町の「森浦湾・鯨の海構想」

・EU離脱に投票した人たちやドナルド・トランプに投票した人たち
もし太地町で取材していなければ、彼らに怒りを感じ、その無知を嘆いたかもしれない。
世界の変化(グローバリズム)に戸惑い、自分たちがこれまで必死に守ってきた仕事や生活、
アイデンティティが脅かされている人々は、太地の漁師たちの不安と怒りに重なったから。

・私が太地での衝突で学んだことは「正義の反対は悪ではなく別の正義」だということだった。


などなど・・・


わたくしも著者にならい賛否についての思いはあえて書きませんが、著者も書いておられたとおり、
最近は捕鯨問題について報道されることが少ないので、とてもいい機会でした。

まあ・・・
日本人はクジラやイルカを家畜化して(養殖して)それだけを食べます。
みなさんが家畜化されたウシやブタやトリやヒツジは今後一切食べません。
つーのなら、世界に発信してもインパクトがある・・・とは思いますが・・・はてさて・・・



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2018年06月07日

2018・内モンゴル紀行10・紫禁城大団円!!!

2018・内モンゴル紀行記事も、いよいよ今回が最終回であります。
(最初から順にご覧いただくにはN.GKSサイトのこちらのカテゴリへ、ほぼ同じ内容です。)

ツアー5日目の朝にホテルの自室から見た北京市街・・・

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この日も快晴でした。




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泊まったのは「船舶重工酒店」とゆーホテルで、



何か関係があるのかロビーには・・・

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中国初の本格空母「遼寧」の1/200模型がありました!!!

旧ソ連からウクライナの所有となってた未完成の艦体を「マカオの海上カジノにする」という名目で、
スクラップとして2000万ドルで購入、大連で長い年月をかけて艤装した、いわくつきの空母です。



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艦載機は殲-15ですね・・・これも遼寧に合わせて開発された初の艦上戦闘機。



ま、せっかくなので・・・

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遼寧・・・よりフロントのおねいさんとツーショット・・・



と、ツアー最後の朝食であります。

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さすが北京のホテル、とても全ては味見できないほどの種類がありましたが・・・



特にこちらの湯麺は白湯スープで旨かったなあ・・・

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って、前夜遅くに醤油とんこつラーメンを食べたような気もしますが・・・ま、気のせいでしょう。




と、朝食後は近くのコンビニで・・・

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お安いパイチュウを買ったりして荷物をパッキング・・・



この日は朝から世界遺産「故宮博物院」(紫禁城)へ・・・
(ただし高齢の澤井代表はT橋さんとホテルで待機、昼食会場で合流します。)

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故宮博物院・・・故宮とも紫禁城とも呼ばれます・・・

明の時代から清のラスト・エンペラー愛新覚羅溥儀までの中国歴代皇帝が住んでいた王宮で、
世界最大の木造建築群、ただし中にあった宝物の大部分は台湾・台北市にある「故宮博物院」
に展示されています・・・と、バスの車中で通訳ガイドのワンさんからの説明。

なので数多くの宝物を見るなら台北へ、建物を見るなら北京へ、とゆーことになりますが、
2009年には初の共同展も開催されてるようですね。
ま、どちらも「故宮博物院」でややこしいので、今回記事では紫禁城で統一します。

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お馴染みの天安門から・・・紫禁城の南端の門であります。

正面の毛沢東の巨大な肖像画は3年に一度、新しく書き換えられているそうです。
隊員の一人と話してたのですが、正面スローガンにある「人民」も「共和国」も「世界」も「団結」も、
すべて明治期の日本で欧米の概念を翻訳する際に造られた日本語が中国に逆輸入されたもので
本来の中国語は「中華」と「万歳」だけ、他にも頻繁に使われる和製中国語は多いとか・・・
まあ、今の日本のように何でもカタカナ(中国の場合は意味と発音で当て字)にするよりいいですね。

ここ天安門前広場では100万人規模の集会ができるそうで、毛沢東が中華人民共和国の成立を
宣言したのもここでしたね。

広場には、あちこちに下水管が埋めてあり、舗装を外せば臨時トイレになる仕組みで、以前、
大阪でもこの仕組みを災害対策用に全ての公園に作ろうという動きがありましたが費用が・・・

と、記念撮影してから紫禁城の内部へ・・・・・・

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「いー、あーる、さん、茄子(ちぇいずっ)!!!」と日本人の団体が何度もやってると、
周囲の中国人観光客から、どっと笑いが起こってウケてました。



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わたくしは通訳ガイドのワンさんにぴったりと寄り添って・・・
もちろん、しっかりと説明を聴くためですよ!!!



天安門を抜け、次の午門・・・桝形配置になっており、やはり守りの城ですね。

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この門から内部が紫禁城の有料区域で入場には予約が必要、セキュリティ・チェックもあります。
ワンさんによると予約は一日10万人まで(ネット情報では8万人まで)に制限されてるとのこと。
同じくネットによると2017年の入場者数は約800万人でパリのルーブル城に次いで世界第2位。
日本のお城で入場者数が一番多い大阪城天守閣で年間255万人ですから、入場制限してても
やはり物凄い数で、スケールが違いますね。この日も凄い人出でした。
さらに紫禁城でも大阪城でも無料区域まで来てる人は入場者の何倍にもなるはず・・・
天安門前広場や天守閣前(本丸)広場で写真だけ撮って帰る観光客は多いです。



ま、セキュリティ・チェックを受ける際にも・・・

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わたくしはワンさんにぴったり寄り添って・・・
もちろん、しっかりと説明を聴くためですよ!!!
って、しっかりと手を握ってるな・・・
もちろん、迷子にならないためですよっ!!!




午門の次の太和門・・・

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前を流れるのは金水河・・・




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この辺りはもう宮殿の造りで、日本の城では本丸御殿への門になります。


こちらは門の内側、太和殿からみた太和門・・・

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この階段は皇帝専用で、映画ラスト・エンペラーの冒頭シーンでも使われてましたね。
この広場を埋め尽くすエキストラを使ってたわけで、やはり大作です。



城の中しか自転車で走れないラスト・エンペラー・・・なのかっ???

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そう、城の中は清のままだったけど、外はすでに中華民国だったんですよね・・・



太和殿であります・・・

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太和殿、中和殿、保和殿の総称で紫禁城の中心建物・・・


ま、せっかくなので・・・

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ここでも記念写真・・・いー、あーる、さん、茄子(ちぇいずっ)!!!

ともかく凄い人出で同じような建物が続いてたので、ま、あとはてきとーに・・・

以下、さくさくっと・・・

こちら、防火用の水瓶・・・

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冬の凍結に備えて下部で火が焚けるようになってました。





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もうすぐ完成する北京で一番高いビル・・・成長は続いているようです。




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紫禁城の北にある景山も離宮として人工的に造られたものなんですね。
太和門の前を流れる金水河も、もちろん人工的に引き込んだもので、宮廷は山を背にして、
川に面するのが吉とされる風水の「背山面水」に基づいてるそうです。ふむふむ


太和殿の西にあり西太后など歴代の妃たちの居住地、西六宮へ・・・

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以外と簡素な感じでした。



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と、ようやく

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一番北の門「神武門」を抜けて外へ出ました。



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道を隔てて北は景山・・・



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北濠を東に歩きます。



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北東の隅櫓・・・やはりお城なんですね・・・「北京の55日」では籠城してたし・・・



ま、せっかくなので・・・

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記念写真を撮ってもらったり・・・



こちらでも記念写真を撮ってもらってました・・・

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結婚式用の撮影でしょうか・・・多くのカップルが一斉に・・・




こちら・・・

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登録すれば自由に使えるレンタサイクルの回収車。
1時間3元とお安く、スマホでロック解除するそうで、市内のあちこちで見かけました。


と、紫禁城の東北側からバスに乗り・・・

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前日の夕食サヨナラパーティー会場と同じ、老舗の北京料理店へ



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おいしい昼食であります。ばくばくばく・・・


これで昼食宴会も最後なので・・・

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燕京ビールの純生もごくごくごく・・・



ちなみに窓から見えた改築中の建物・・・

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足場に竹とか間伐材を使っているのか???



と、よく見たら・・・

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塗装が錆びた鉄パイプでした・・・



と、まったりと昼食後は・・・

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渋滞する中、北京空港を目指します。


空港では奇跡的にセキュリティ・チェックも無事通過・・・


少し時間があったので、最年少のH田誠一朗隊員と・・・

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空港内の紫禁城???で・・・


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限定のスタバ・ミッドナイト・モカとゆーのをまったりと味わい・・・


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北京空港のおねいさんたちともお別れ・・・



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搭乗ゲートが屋外に変更になったエア・チャイナ機に無事搭乗し・・・



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北京の街とも中国ともお別れしました。


ま、最後の画像は恒例により・・・

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機内食と燕京ビールで大団円!!!

関空到着は予定より30分ほど遅れましたが、離陸が1時間以上遅れてたので、よしとしましょう。

と、いろいろありましたが、ともかく全員無事で元気に帰国することができました。

旅行社のT橋さんはじめ通訳ガイドのみなさん、恩格貝生態示範区管理委員会のみなさん、
日本沙漠緑化実践協会のT城氏はじめ現地スタッフのみなさん、そして王明海氏・・・
みなさんのおかげでとても有意義なツアーになりました。ありがとうございました。
特に王明海氏と管理委員会の周書記には連日で宴席にお招きいただき、お礼の言葉もありません。
とても美味しく、とても楽しかったです。

恩格貝はじめ中国西北部だけでも、近年人類が沙漠化してしまった土地はまだまだ広大ですが、
植林した地域でも間伐禁止や大規模農業による地下水の汲み上げなど様々な課題があることが、
今回のツアーであらためて実感できました。

さらにオルドス市の石炭・不動産バブル崩壊による新市街の鬼城(ゴーストタウン)化の問題や、
レアメタルの国際取引所もでき発展を続ける包頭市でも、過剰汲み上げによる地下水位の低下や、
一部レアメタル抽出の際に生じる放射性廃液の処理問題(この処理に莫大な費用を要するので
埋蔵量はあるものの採算性から生産していない国も多い中、なぜか包頭では安価に生産してたそうで、
最近はその処理費用名目で値上げしたりもしてるようですが、ずっと井戸水を利用してた住民には
異常を訴える人も多いとか)など、そのまま放置すれば、やがて不毛の土地になってしまうような
大きな課題も、現地で見聞して初めて知りました。

いっぽうで、中央政府や地方政府が緑化政策を大規模に推進した結果、以前とは見違えるほどの
緑の大地になっていたことも事実でした。
逆に言えば、それが日本からの植林ボランティア活動が衰退してきた一因ともいえるでしょう。
ただしこれまで書いてきたとおり、緑化についてもまだまだ課題は多いので今後も注視していく
必要があるのは間違いありません。

日中平和友好条約が締結されて今年で(まだ)40年、それよりも長い間、両国は戦争状態だった
のですから、政府間では今後もぎくしゃくすることもあるでしょう。
それでも王明海氏と遠山先生のように、民間レベルでお互いを理解しあい、できることはあるはず。
機会があれば、またいつかご一緒しましょう!!!

最後になりましたが、Y崎隊長はじめ参加者のみなさんにも本当にお世話になりました。
今回様々なご寄付をいただいた方々と合わせて、あらためてお礼を申し上げます。


謝謝了!!!




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2018年06月06日

2018・内モンゴル紀行9・恩格貝から北京へ

前回記事からの続き・・・

紀行4日目、クブチ沙漠の恩格貝では3日目の朝であります。

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前日までとはうってかわって、朝から快晴でした。


せっかくなので古い宿舎まで一人で散策しました。

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こちらが正面玄関の「歓迎門」・・・

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そう・・・

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前回記事の「沙漠科学館」に展示されていたN.GKS(当時は緑の協力隊・関西澤井隊)
第1次隊の記録誌、あの表紙写真の場所であります。
前列中央、若き澤井代表の右隣に白い帽子の遠山先生の元気なお顔も見えます。

あれからすでに20年目になるんですねえ・・・わたくしも若かったなあ・・・うるうる
って、オリーブドラブの帽子とサングラスは変わってませんが・・・うぐぐぐ


宿舎の中庭も変わってませんでした。

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昔はこの中庭にモンゴル式のゲル(テント)があって・・・うるうる・・・



古い宿舎の筋向いに新しいトイレができてました。

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「衛生間」ですから、習近平トイレ改革以降かも知れません。


と、入ってみました。

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小用の間仕切りも個室のドアもドアロックも(ドアノブも)付いてて、ぴかぴかでした。
古い宿舎のよりはるかにいいでしょうし、ヘタすると今回の宿舎のよりいいかも知れません。

隊員の一人も言ってましたが、これなら自分の家のトイレは使わないんじゃないか・・・

と、トイレの後で恐縮ですが・・・朝食であります。

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この後、熱々の饅頭や揚げたての揚げパンなども出てきましたが、ま、シンプルなもの・・・
って、やはりチャーハンがおいしかったので、またおかわりしましたが・・・げふっ


と、まったりと朝食後は荷物をまとめてバスに乗り込み・・・

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現地スタッフ・通訳のナランさん、長期ボランティアのT城さんとは、ここでお別れ・・・



N.GKS澤井代表が、今回どうしても見ておきたかったという「実践倫理の森」へ・・・

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初期に植林された「実践倫理の森」は大きな湖(だった)「沙湖」にある遊園地の対岸にあります。



現在の遊園地の案内・・・

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いろいろ書かれてますが、今はモンゴル式ゲル(テント)での宿泊宴会がメインだとか・・・




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そんな感じですね・・・モンゴル民族音楽がずっと流れてました。


昔はモーターボートでの湖の遊覧や湖畔での乗馬などがメインで・・・

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対岸が「実践倫理の森」だったのですが、今は湖が干上がって対岸と繋がってました。




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この辺りは水が残ってますが、T橋さんによると前日までの雨がたまたま溜まっているだけで、
ふだんの水位はもっと低いとのこと。
対岸一面が「実践倫理の森」で、今では50万本の大森林になっているそうです。


こちらの・・・

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「沙漠大峡谷」も完全に干上がってました。
以前は湧水を満々と湛えた砂漠の中の湖でしたが地下水脈の水位が著しく低下したんですね。
植林で砂が固定されてから始まった地下水汲み上げによる大規模な農業開発が原因ではないか、
とのことでしたが、植林地への潅水とは異なり農業用水は土壌には一切戻りません。

対岸の「実践倫理の森」も今は間伐が一切禁止されてるので、林業専門の澤井代表から見ると、
「まったくひどい状態の森」で、がっかりしたそうです。


ちなみにここにも・・・

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ぴかぴかの「公共衛生間」があり、習近平トイレ改革はここまで徹底されてました。

と、バスに乗り、宿舎に近い幹線道路へ出ます・・・

その途中にあった建設中の・・・

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遠山正瑛・記念公園だそうで、年内には完成予定とか・・・
ここにも記念館ができるようで、日本沙漠緑化実践協会にも展示物の提供依頼があって、
探すのに苦労しておられるそうです。

で、宿舎に近い交差点で急にバスが停車、王明海氏が通訳のナランさんと乗り込んできました!!!
訊けば宿舎前で見送るつもりだったのが「実践倫理の森」見学で出発が早まったことを知らず、
わざわざ、この交差点で待っておられたとか・・・何とも有難いことで一同恐縮しました。

と、無事に王明海氏とも最後のお別れをして、

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一路包頭空港へ・・・


沿道から見た・・・

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王明海氏の「万里の長城」




こちら・・・

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後ろに観光用ゲル群が見えますが、手前の青い屋根は地下水を汲み上げるポンプ小屋。


ひょっとして、ここが・・・

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センタービボットによる大規模農場のひとつでしょうか・・・でも・・・
おそらく潅水装置だろうけど円形ではないし、王明海氏の管理地にもよく似たのがあったし・・・
よくわかりませんでした・・・




と、あれこれ考えながら、バスは黄河へ向けてひた走ります。

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バスの制限速度は90km/hだそうですが、昔は今回の植林現場へ歩いたような道でしたので、
途中でスタックしたりして、とんでもなく時間がかかってました。



今回はあれよあれよと黄河へ・・・

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あれよあれよと僅か数分で黄河を渡り切ってしまいました。
そう、昔は鉄のフロートを浮かべた有料の私設浮橋で、渡るにはドライバーが値段交渉から
はじめて、車体を軽くするために全員下りたりして、1時間以上はかかってたのですが・・・

と、あれよあれよと包頭空港へ・・・

ところが・・・

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空港前は工事中・・・ではなく、工事中断中・・・

そう、あの悪名高き包頭市の地下鉄工事であります。

クルマや電動スクーターが普及して道路網も整備され、あまり必要性もなかったのに大規模な
地下鉄工事に一斉着手、さすがに途中で中央政府からストップがかかったのはいいのですが、
市内のあちこちで道路を掘り返したままで工事が中断してるので、大渋滞を招いているとか・・・

一説によると中央政府へのウケ狙いというか、地方での実績を上げるためにエリート官僚たちが
全国で次々と不要な大規模開発をやってて、包頭市の地下鉄もそのひとつだったとか。

まあ、列島改造時代の日本でもいろいろあったんでしょうが、やはりスケールが違いますね。

と、包頭空港で無事に託送荷物を預け、ゆっくりとお弁当を食べる・・・はずだったのですが・・・
わたくしのスーツケースが、はじめてチェックにひっかかりました!!!

素敵な制服のおねいさんに呼ばれて、わたくしのスーツケースのX線画像を示され、
「この大きい刃物のようなものは何?」
「あっ、これはマルチツール・プライヤーです。ほれ、こうやって、ぱちぱちするやつね・・・」
と、ジェスチャーで示したら、
「じゃあ、ここで開けて見せなさい。」
つーことで、あわてて開錠、あんなものやこんなものを引っ掻き回してマルチツールを取り出し、
「これです、これです、ほれ、こうやってぱちぱち・・・」
素敵な制服のおねいさんも手に取って、ぱちぱちと確認・・・
「いいでしょう、しまってもう一度カウンターに持って来てね。」
「はいはい、あせあせ・・・」
と、一刻も早くお弁当が食べたいわたくし、引っ掻き回した中身をあわてて押し込んで施錠、
再びカウンターへ持って行き、今度は無事に通過しました。
ずっと通訳で付いてくれてたバヤンさんに、
「あははは、はじめての経験で少しあわてましたね。
落ち着いてチケットとパスポートを再確認してと・・・あれっ??? どこにもないっ!!!」
そう、ずっと手に持ってたのを、あわててスーツケースに一緒に入れてしまったようです。
あわてて素敵な制服のおねいさんにお願いしてベルトコンベアからスーツケースを回収、
再び開錠して中からチケットとパスポートを取り出し、再び施錠して、再びカウンターへ・・・

開錠して素敵な制服のおねいさんにコールマンのマルチツールを自慢するのは楽しかったですが、
チケットとパスポートが見つからなかった時はあせりましたねえ。
T橋さんやバヤンさんからも「いつも落ち着いてたのに、あの時はあわててましたね。」
といわれましたが、いつも酩酊状態でぐったりしてただけですよ、わたくし・・・

と、急いでお弁当を食べ包頭空港でバヤンさんとはお別れ、最後までお世話になりました!!!

今度こそ無事に北京行きの国内線に搭乗・・・

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包頭の街とも内モンゴルともお別れであります。



あれよあれよと北京空港に到着・・・

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北京での通訳・ガイドのワンさんの案内で北京市街へ・・・




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すっかり洗練された大都会になりましたねえ・・・



と、夕食までには、まだ時間があったので・・・

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東京では銀座通りにあたる北京の王府井(ワンフーチン)街へ



わたくしは表通りの高級なお店には縁がない興味がないので・・・

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昔の表通りだった裏通りへ・・・




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凄い人出でしたが、ま、横浜の中華街や神戸の南京町を大きくしたような感じでした・・・
って、こっちが本家でしたね・・・

特筆すべきなのはT橋さんに教えてもらった串焼き屋さんの・・・

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サソリの串焼き・・・

ええ、生きたままのサソリさんを串焼きにするんですね・・・

せっかくなので動画でもご紹介・・・



わたくしサンショウウオの串焼きは食べたことがありますが、似たような感じなんでしょうか、
ま、さすがに今回は食べませんでしたが・・・

で、裏通りのさらに枝道に入って・・・

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おねいさんが店先で加工している、よさげな銀細工のお店もあったのですが・・・




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隣の土産物屋さんの店先でオカリナの生演奏をやってたので、安物の高級なオカリナを
奥様へのお土産用に買ったりして表通りへ戻り、有名な台湾高級茶のお店に入って・・・
高級茶は買わずにお安い抹茶ソフトクリームを買って舐めながら集合場所まで戻りました。

まだ少し時間があったのでお菓子なんぞを買って、バスの来る場所まで移動・・・

こちら・・・

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高齢者専用のボランティア・タクシーだそうです。
「老年代歩車」高齢者が歩く代わりのクルマなんですね。高齢者福祉も進んでるようです。

と、バスに乗り夕食会場まで移動・・・

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なかなか素敵な色合いのボディカバーでした。


で、T橋さんが数十年来、愛用しているという老舗の北京料理店へ・・・

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北京料理店といいつつ麻婆豆腐なんかもあったりして、どれもおいしかったのですが、


この日の夕食はサヨナラパーティーつーことで、どどんと北京ダックなんぞも・・・

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って、食べる前に撮ればいいものを・・・

ここの北京ダックは皮だけでなく肉もぎっしり、包み皮も次々と蒸し立てを追加してくれるので、
腹いっぱい堪能することができました。


で、Y崎隊長の挨拶や、

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N.GKS澤井代表の挨拶、

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そして参加者全員からの一言挨拶がありました。

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ちなみにこちらのO屋夫妻、往路の北京空港の国内線乗り替えのセキュリティ・チェックで
バッグの中身を一部だけ係官に出されてて、それに気づかずケータイとカメラを取り忘れ、
空港の忘れ物センターに届けておいたところ、復路で無事に回収できたけど、よくあることなので、
みなさんも充分に気をつけましょう!!!とのことでした。

わたくしの「パスポートを託送荷物に」つーのもよくあるみたいですが、託送カウンターの目の前で
わざわざ入れてから預けるつーのは前代未聞でしょう。あははは



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「ゆらぎ」を研究されてるK山さん・・・



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セレブな海外旅行が趣味?のK西さん・・・



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98kさんのキャンプ仲間のN村さん・・・

と、すべては紹介できませんが、みなさん人生を有意義に楽しんでおられる方ばかり、少なくとも、
今回の植林ボランティア・ツアーに参加されたこと自体、何かの意義のあることだと思いました。


と、

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お店を出る頃には北京の街にも明かりが灯り、ホテルに着いたらすっかり暗くなってました・・・

で、酒類調達担当のH田隊員とロビーで相談、近くのコンビニでビールやつまみを買い出しして、
呑兵衛隊員に声をかけて自室で二次会をやろうと約束したのですが、自室で待ってても彼から
連絡はありませんでした。
後で訊けば、彼もこちらからの連絡を待ってて、結局そのまま寝てしまったとのことでした。
ま、これもよくあることなので、みなさんも気をつけましょうね!!!

と、包頭でも同室だったI倉隊員と2人で、ちびちびやってると宴会担当のY原隊員から連絡があり、
恩格貝でもらったパイチュウを持ってきた彼と3人で、結局かぱかぱやってしまいました。

ちなみに北京のホテルでは・・・

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映画チャンネルやNHKなどの海外放送はもちろん、中国全省の番組が見られるんですね。

内モンゴル自治区のニュース番組では前日までの大雨被害の報道をやってました。
冠水で道路や鉄道などの交通網が遮断されたりして、大変だったようです。
日本の雨量と較べると大した量でもなかったのですが、大阪でたまに雪が数cmでも積もると、
交通網が遮断されたりして大混乱するのと同じなんですね・・・

と、あれこれ考えながら、

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この夜は大事に持ち歩いてた醤油とんこつラーメンで〆ました。

やはり飲んだ後のラーメンは格別ですねえ・・・げふっ

(と、次回最終回に続きます。)



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2018年06月05日

2018・内モンゴル紀行8・講座と宴会

前回記事からの続きです。

沙漠科学館から宿舎に戻った一行は2階にある会議室へ・・・

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T橋さんの司会で沙漠講座のはじまりであります・・・



まずは現地長期ボランティアT城さんのお話・・・

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氏は現在、陝西師範大学・西北歴史環境興経済社会発展研究院の客員研究員で、
日本沙漠緑化実践協会の長期ボランティアとしては、恩格貝では30万本の植林エリアを
一人で管理されているそうです。NHKの番組「プロジェクトX」にも遠山先生と出演されてました。
日本のレトルトカレーの空き箱をメモ帳に利用されてるのが素敵でした。

職場の中国語研修で訪中、それがきっかけで沙漠緑化実践協会の長期ボランティアに来たけど、
最初は何をやっていいのか分からず悩んでいるときに、中国の「治沙造林学」と出会ったそうで、
その概要などをお話しして下さいました。
わたくしが恩格貝の今後についてお訊ねしたところ、
「GEN(緑の地球ネッワーク)をはじめ、どのNPOも単独では継続が難しくなっています。
お互いの組織が協力しあって、実践と研究の両輪で日本のNPOを復活させるべきです。」
とのことでした。
高齢化と専門家(何せ澤井代表だけですから)の後継が不安なN.GKSとしても耳の痛い話でした。


次はN.GKS澤井代表のお話・・・

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よく講演で使われる「>--<」と「<-->」の錯視絵(ただし実際は「<-->」のほうが少しだけ長い)
が描かれたレジュメで、直線が長いのはどちらか、と質問、見た目で素直に「>--<」と答えた人は、
とても人間性の豊かな人、同じと答えた人は、錯視の知識だけで判断してしまう知識偏重派、
正解の「<-->」と答えた人は、よほどひねくれた人か、見た目や知識で判断せず実測してから
答えを導き出す研究実践派、これからの日本人は、この研究実践派にならなければ・・・といった
導入部からでしたが、これはT城さんの今後のNPO活動のあるべき方向とも共通してましたね。

後の話はあちこち飛びましたが、クブチ沙漠が20000㎢で恩格貝の植林地が200㎢といっても
想像できないだろうが、あの鳥取砂丘が16㎢といえば、その大きさが想像できるだろうとゆーのも、
なるほどでした・・・

他にも木材・林業の専門家らしく羊害防止のための牧柵は有刺鉄線などではなく間伐材のポプラを
使えばいい、最近の恩格貝では間伐していないので、どのポプラもさらにヒョロヒョロになっていた、
今は間伐が最重要課題とのことで、これは日本沙漠緑化実践協会でも認識されてるようですが、
政府の緑化政策により樹木の伐採は(間伐も含め)一切禁止・・・
一見、不合理で馬鹿馬鹿しい禁止令のようですが、たとえ間伐であっても、いったん伐採を認めると、
あらゆる歯止めが効かなくなり、ともかく儲かる方向に突っ走る恐れも大きいのでしょう。
せめて沙漠緑化実践協会の森だけでも・・・といっても伐採するのは現地の人たちですし・・・
ここは政府も難しい判断なんでしょうね・・・



と、恒例の沙漠講座が終わり、自室で一息・・・

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トイレもきれいになってて、水もスムーズに流れましたが、やはりトイレットペーパーは流さないように、
とのことでした。確かに備え付けのペーパーはなかなかちぎれない「とても丈夫なもの」で繊維が長く、
錆びた鉄の排水管に引っかかるのは明らか、もともと流す前提ではないんですね。
日本から持ち込んだペーパーはすぐに水に溶けるので多分大丈夫だろうけど、万一詰まった場合は、
とんでもない悲劇になるので、やはり備え付けのごみ箱へ。

シャワーも各室に小型の電気給湯器が設置されてて、配管もシャワーノズルも新旧2種類があり、
新しいほうを使うようにとの指示がありました。いつでもシャワーが使えるのは有難いですね。
水温調節も快適でしたが、使い過ぎると次に温水が使用できるまで2時間かかるとのことでした。

昔と比べて設備はずいぶんよくなってましたが、ここはグーグルでは「ユースホステル」になってて、
やはり大都市のホテルとはレベルが異なります。

ええ・・・

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ドアロックどころか、ドアノブそのものがなかったし・・・

他にも窓の網戸が壊れててフロントに知らせましたが滞在中はそのままでした。
それでも昔よりはるかに快適、昔の北京の一般ホテルのレベルになったとゆー感じでしょうか。
まだ何とか、都会から沙漠緑化の最前線に来た気分も味わえました。

と、同室のO日向さんとまったりとお話・・・

植林の初期に沙漠緑化実践協会の長期ボランティアとして滞在されてて、その後はN.GKS隊にも
何度か参加され、今回澤井代表の誘いもあって、ひさしぶりに恩格貝に来られたとのこと。

協会の数次隊を指導してみんなで植林、その時たまたま3本の苗木が余って、作業が終わってから
宿舎の近くに一人で植えておいたら、後になってその植林地は全滅したけど、近くのポプラだけは
残ってたので、今回、早朝に歩いて確認に行ったところ、さらに大きく育ってたそうです。
「わたしにとっては奇跡の3本ポプラです。」と、嬉しそうに語ってくれました。

過去の植林地を確認に行って、自分のプレートを付けたポプラが無事に育っているのを発見して、
思わず涙を流している人を毎回必ず見ますが、(じつはわたくしもその一人なんですが・・・)
自分で植えた苗木が砂や洪水や乾燥に耐えて一生懸命に大きく育っているのを見るのは、
本当に涙が出るほど嬉しいものです。

と、自室でまったりした後は、とーぜん宴会・・・なんですが・・・なんとこの夜は・・・

恩格貝の行政責任者(管理委員長・周書記)が王明海氏から澤井代表の恩格貝訪問を知り、それなら全員を夕食に
招待したいとゆーことになり、そのお招きを受けての宴会となった次第。

恩格貝は最近ひとつの行政単位に昇格したそうで、そこの書記といえぱ、いわば官選市長ですから、
その招待を受けるというのは、とても光栄なことなのであります。

いつもの宴会場の奥にある特別室へ・・・

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最上座にあたる額縁の下が主催者の周書記、その右(向かって左)に主賓のN.GKS澤井代表、
主催者の左(向かって右)に陪賓のY崎隊長、主賓の右(向かって左)に陪賓の王明海氏と通訳・・・
と続く、中国式宴会の正式な席順になってました。

テーブルも料理もさらに高級になってて、パイチュウもさらに高級に・・・

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って、飲む前に撮ればいいものを・・・と、両者挨拶の後は書記の発声でまずは乾杯!!!


テーブルには高級煙草も並んでて、まずはゲストに煙草をすすめるのが昔ながらの伝統・・・
ま、わたくしも(断るのは失礼なので)ひさしぶりに一服、お礼に王明海氏に「グロー」をすすめると、

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「うえっ、まっ、まずい・・・」




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「最近の日本人はとんでもないものを吸ってますよ!!!」とか書記に報告してました。あははは


と、周書記は・・・

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何度も主賓・陪賓と乾杯した後はパイチュウを秘書に持たせて席を廻り・・・



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一人一人と何度も乾杯・・・


続いては「自分は心臓が悪く飲めないのですが・・・」とゆー、随行の外交部長も、

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ビールを持ったまま、やはり一人一人を廻って乾杯・・・

次は王明海氏が年代別に隊員を立たせて、次々と乾杯!!!
年代別が終わると、今度は性別、国別と次々と乾杯!!!

書記も外交部長も、発展する恩格貝へ赴任してきたばかりだそうですから、おそらくは中央政府か
地方政府のエリートなんでしょうが、まあ、よく乾杯すること・・・

中国のエリート社会では、毎晩の宴会で強いパイチュウで乾杯を続けて、生き残って出世するか、
身体を壊してリタイアするかの二者択一、最近の北京あたりでは健康のため、乾杯はパイチュウから
ワインに変わってきているようですが、内モンゴルではまだまだパイチュウが主流でした。
ただし高齢者や飲めない人には、きちんと配慮もされてて、さすがにエリート・・・

ちなみに北京などでは乾杯がパイチュウからワインに変わりつつあるため、ワインの需要が激増、
国産ワインの生産も激増し、内モンゴルでも最近は葡萄園が激増しているそうです。

遠山先生がこのクブチ沙漠・恩格貝に来る以前、トングリ沙漠で葡萄園の開発に何年も苦労されてて、
何度か黄河に飛び込もうと考えたこともある、と澤井代表に漏らしてたそうですが、今の葡萄園の
激増ぶりを見たら、なんとおっしゃるんでしょうね・・・
そーいや、先生の開発したトングリ沙漠の葡萄園も見学したことがありますが、今はさらに大規模に
なってるんでしょうか・・・と、へろへろになった頭で感慨に耽りながら・・・


料理もどれもが上品でとても美味しかったのですが、特筆すべきは、

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まずはこちらの恩格貝で飼育されてるダチョウのタマゴ・・・
これで1個の半分、しかもすでに白身は取り分けた後・・・
ダチョウは肉もタマゴも羽も皮も無駄なく売れるので、一時期は恩格貝でもブームでしたが、
今はどの程度が飼育されてるんでしょうね・・・
白身が半透明で独特の食感でしたが、ま、ふつーの茹で卵・・・が20個分ぐらいでした・・・


で、わたくしの一番お気に入りで、恩格貝では今回はじめて食べたのが・・・

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羊肉の蒸し焼きでした・・・
モンゴル(外モンゴル)のキャンプ場で食べた蒸し焼きよりは、やや羊肉の匂いが強かったですが、
塩以外の味付けもしてあり、あっさりした中華風というのでしょうか、岩塩だけのシンプルさとは
また違った味わいで、一人でけっこうな量を食べてしまいました。げふっ


その後は王明海氏から署名入り恩格貝書籍のプレゼント・・・

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隊員一人一人の宛名まで自筆されたものでした。

通訳ガイドのバヤンさんからは「北国の春」の絶唱、こちらからも謡曲や百人一首の朗詠などで
さらに次々と乾杯が続いてたのですが、この夜の書記は宴席が三つ入っていたそうです。

と、この夜も前夜以上にへろへろになったのですが、前夜同様の二次会も懲りずにやりました。

ええ、さすがにこの夜の二次会画像は撮れませんでしたが・・・ひっく

(次号に続きます。)



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2018年06月04日

2018・内モンゴル紀行7・沙漠科学館

前回記事からの続きであります。

午前中に植林などを終えた恩格貝2日目の昼食後は、新しくできた「沙漠科学館」へ向かいます。

ちなみにこの日の午後は沙漠ではめずらしい・・・

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雨でした・・・

沙漠の雨は幸せを運んでくるものだし、植林など野外スケジュールは午前中で終わってたので、
まさに絶妙のタイミングでした。
恩格貝では年間300mm程度の降水量はあるものの人類が砂漠化してからは全く保水できず、
毎年、大洪水と極度の乾燥の繰り返しだったのであります。


宿舎からバスで15分ほど・・・

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こちらは帰りがけに撮った画像ですが、けっこう大きな施設でした。



正面ロビー

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以下、展示をさくさくっと・・・

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世界の乾燥荒漠地・・・といった意味でしょうか・・・

わたくし、これまでの記事でも「沙漠」と「砂漠」の文字を使ってますが、乾燥荒漠地の中でも、
雨の少ない荒漠地が沙漠、その中でも砂の沙漠を指すのが「砂漠」なのでありますね。

日本では沙漠といえば砂漠のイメージしかありませんが、他にも岩石沙漠の礫漠(中国語でゴビ)や
塩分などが多い土の沙漠の土漠などがあり、わたくしは雨の少ない荒漠地全体を指す場合に、
「沙漠」の文字を使うことがあります。ま、今回のツアーでは殆どが「砂漠」でしたが・・・

そう、前回記事で紹介した遠山先生の沙漠講座の中で、「沙漠にも水はある!!! 沙漠の沙の字は、
サンズイに少ないと書く!!! すなわち水の少ない荒れ地が沙漠!!!」と大声で教えられましたから・・・

最近では雨の全く降らない昔からの極沙漠も緑化しようという動きがあるようですが、地下水や
雪解け水などの使用量は莫大になり地下水脈や河川の流量を激減させ、土中の塩分濃度も
急上昇させますから、一口に沙漠緑化といっても持続可能な方法が重要で今後も注視が必要です。


恩格貝の土地利用規制計画図でしょうか・・・

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よく分かりませんが、「国際生態城建設区」つーのもありますね・・・
中国やヨーロッパでは城は都市と同じ意味ですから、国際生態(エコ)都市???


まあ・・・

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こんな感じのパネル展示が殆どでしたが・・・


一部には・・・

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ジオラマなんぞもありました。


もちろん太陽光や風力も・・・

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風力発電も内モンゴル自治区が圧倒的に多いんですね・・・メンテや送電が大変でしょうね・・・


と、みなさん、真剣にT橋さんの説明を聴いておられました。

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こちらはシルクロードをあらわした地図の一部ですが・・・

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この辺りはN.GKSのツアーで概ね廻りましたねえ・・・



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西夏王国跡とかも行きましたし・・・当時はけっこう自由に入れましたね・・・





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アラル海までは行ってませんが、現在では右端2004年の半分以下になってるそうです。
(減少が続いているのはカスピ海ではなくアラル海、訂正しました。)




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この人が張本人???



地下水の汲み上げセンタービボットによる大規模農業の航空写真・・・

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その中で・・・

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地下水が枯れて放棄され、砂漠化してしまった部分の画像・・・



いっぽう、窓から外を見れば・・・

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雨に濡れる恩格貝の緑が一面に広がってますが・・・

ここにも地下水の汲み上げセンタービボットによる大規模な農場が17基あるそうです。
何せ半径100m以上の農地の上から自動回転する巨大なアームで、汲み上げた地下水を24時間
撒き続けるのですから地下水脈が枯れるのも時間の問題、しかもトウモロコシなどの畑ですから、
樹木と違って保水も砂の固定もせず収穫すればおしまい、水は土壌には一切戻ってきません。

T橋さんによると、少し前は地下水脈のある場所なら5mか10mも掘ればポンプ小屋ができたけど、
今は80mから100m掘らないと汲み上げられないそうで、やはり大規模センタービボット農業の
影響が大きいのではないかとのことでした。


いっぽうこちら・・・

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清水建設の海水沙漠導入計画??? 知りませんでしたが、どうなったんでしょう???
確かに淡水ではなく海水ならいっぱいありますが・・・

ちなみにネットで知った知識ですが、地球の水の内訳は海水97%、淡水3%だそうです。
さらに、その3%の淡水の内訳は氷河・氷床77%、河川水・地下水23%で、
河川水・地下水のうち使えない水が97%、使える水は3%つーことですから、
我々が使える淡水は地球の水の僅か0.02%(100x3%x23%x3%≒0.02%)だそうです。        



恩格貝のビニールハウス栽培

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こちらも以前のN.GKSツアーで見学しましたね。


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クロレラ栽培も盛んなようですが、これらもすべて地下水の汲み上げでやってるんですね。


とまあ、様々なパネル展示がありましたが、何といっても特筆すべきは・・・

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こちらのコーナー・・・


そう、

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日本大使館の20周年で各国大使館に配布した記念誌で日中の懸け橋として紹介されてた中で
唯一の民間人だった二人・・・




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遠山正瑛先生と王明海氏のコーナーでした。




中でも特筆すべきなのは・・・

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ガラスケースに収められ展示されていた・・・




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N.GKS(当時は緑の協力隊・関西澤井隊)第1次隊の記録誌!!!  
いやあ、これは嬉しかったですね・・・わたくしも表紙写真に写ってるし・・・



愛用品や賞状トロフィーもいくつか展示されてました・・・

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2004年ノーベル平和賞の受賞直前に亡くなられたのは本当に残念ですが、同じ環境保護活動家として
先生の代わりにケニアのワンガリ・マータイさんが受賞されましたから、先生も草葉の陰で喜んで
おられたことでしょう。今は二人で仲良く植林議論をされてるかも知れません。

先生が率いた日本人によって植えられた恩格貝の森は現在500万本だそうですが、その活動に
賛同して中国人が植えた森は何千万本にもなり、さらに中国全土では今では何億本、何十億本にも
なって増え続けています。やはり偉大な先駆者だったんですね・・・





と、このコーナーの結束語であります。

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あとの展示は大胆に省略して・・・

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正面ロビーへの出口・・・


正面ロビーには・・・

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大きな横断幕に記名するコーナーがありました。これもいずれ展示品になるんでしょうね。

T橋さんによると、当初は「遠山正瑛博物館」になる予定だったけど紆余曲折を経て「沙漠科学館」
になったとかで遠山先生のコーナーもごく一部になり、殆どがパネル展示だけで、中身はまだまだ
科学館とか博物館とかいえるレベルではありませんでしたが、ま、こちらも今後に期待しましょう。

と、一行はふたたび宿舎に戻ります。

(次号に続きます。)



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2018年06月03日

2018・内モンゴル紀行6・砂漠植林

前回記事からの続きであります。

クブチ沙漠・恩格貝の砂漠植林の最前線に到着した一行は、

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荷物を一か所にまとめて・・・


まずは準備運動であります。

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旅行社のT橋さんがスマホに用意していた「ラジオ体操」は、なんと関西弁バージョン!!!
彼は日本沙漠緑化実践協会の役員でもあり東京在住ですから、関西在住者の多い今回のために、
こっそりと準備してたんでしょうが、確かにこれはウケましたねえ・・・


で、いよいよスコップと苗木を担いで・・・

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今回はヤナギ40本とポプラ40本の合計80本、高齢者が多いので一人4~5本の植林です。
昔は一人30本を二日連続、朝から夕方までやりましたが、今は体力が・・・げほげほ



と、T橋さんやナランさんの指導で植えていきます・・・

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スコップが隠れるまで穴を掘って苗木を入れスコップの柄で根の周りを固めているところ。
これをしっかりやらないと、強風で倒れてしまいます。

後ろに見えるポンプ小屋は今回の植林に合わせて前日に完成したばかりだそうです。
そう、ここが新たな植林地「日中友好の森」のちょうど入り口になるので設置したそうで、
今後はここから奥へ植林、ホースを延ばして潅水していく予定で、まさに最前線なんですね。

ちなみに左に見える四駆のピックアップはナランさんが高齢の澤井代表を乗せてきたもの。

大規模な農業用水の汲み上げは大きな問題ですが、苗木が活着するまでの潅水は不可欠で、
植林後もT城さんやナランさんたち現地スタッフの苦労は続きます。

以下、さくさくっと・・・

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遠山正瑛像スタイルで!!! この日もサボってましたが。


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今回、澤井代表に続き二番目に高齢のT田隊員。とても元気です。



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今回最年少で初参加のH田誠一朗隊員。とーぜん一番元気です。




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酒類調達担当のH田隊員。昨日の酒が残ってるのか、やや元気が・・・




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今回女性隊員では最年少!!!で初参加のN村隊員。不慣れなせいか、やや元気が・・・



と、みなさん(それなりに)頑張って・・・

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雨水が溜まるよう水鉢状に整え、自分の植えた中の1本に記念プレートを付け・・・
ちなみに苗木の枝や葉は蒸散を防ぐために、すべて落としてあります。





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新しくできたポンプ小屋から汲み上げた貴重な水で・・・




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ナランさんたちが最初の潅水をして・・・





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植林作業は終了・・・あとは、我々短期ボランティアは無事に育つことを祈るだけです。
そう、今まで見てきた恩格貝の森は、長期ボランティアや現地スタッフのみなさんが、
我々の植林後に一本一本、何度も手入れをして大事に育てられてきた森なんですね。


せっかくなので、全員で記念写真・・・

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ここから先は、人類が砂漠化してしまった土地がまだまだ続いてますが、あと十数年も経てば
見渡す限りの「日中友好の森」に変わっているはずです。
そうなればタクラマカン砂漠からの砂も定着し森と草原だった本来の自然が回復、うまく付き合えば、
地元の人たちも豊かになる・・・はずなんですが・・・とりあえず人類の英知も信じましょう!!!


と、今回の植林地を後にして・・・

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ふたたびバスを停めてある舗装路まで歩いて戻ります。



この後はバスで移動、別の砂漠最前線へ向かいました。

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手前はヒツジさんに食べられて枯れ、奥は無事活着してますが、T橋さんによると、奥の土地は
前の村長さんの管理地で誰も放牧しなかったので活着したとか・・・いやはや・・・


トカゲさん・・・

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やはりトカゲ迷彩は沙漠にぴったりですね・・・


みんなで砂丘の頂上を目指します・・・

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頂上であります。

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この辺りは五里鳴沙といわれるところで細かい砂ばかりなんですが、前日までの大雨で湿ってて、
この日は曇り空で風もなくカメラも無事でしたし、植林作業も砂漠散策も快適でした。


頂上からズームアップしてみると、ここにも人の暮らしがありました。

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昔ながらの羊飼いの小屋ですね・・・

泥レンガ造りで飼ってるヒツジさんの数はせいぜい十数頭、以前はこんな風景をよく見かけました。
もちろんクルマやBSアンテナはありませんでしたが。
彼らが草がない時期のヒツジさんを餓死させないために、植林した苗木の樹皮などを食べさせに
やって来ます。何よりも大事なヒツジさんですから彼らも必死ですし、苗木を守る側も必死です。
苗木が育ち森と大草原が戻れば、数世代前までの豊かな環境が甦るのですが・・・
背景にはすでに植林地が広がって、その中では牧草地も回復してますが、貧しい羊飼いたちが
自由に入ることは、おそらく許されないのでしょうね。



とか、頂上であれこれ考えながら・・・とりあえずは記念写真・・・
6/4画像の追加です。(T橋さん撮影・Y崎隊長複写分)

砂丘頂上でジャンプ




次は一人で・・・

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さらに次は「にせ夫婦」で・・・

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砂丘すべりで遊んだり・・・

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って、砂が湿ってて殆ど滑らなかったようですが・・・




と、短い時間でしたが、みなさん砂漠を楽しみ、いったん宿舎に戻ります・・・

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こちらは宿舎近くにある、大洪水でえぐられ大きなダム湖になったあたりです。
崖の上部に黒い線が見えますが草炭の層で、大昔から森と草原だった証・・・



と、宿舎まで戻り・・・

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遅めの昼食であります。
料理の種類も豊富で冷たいビールも飲めましたが、昔は宿舎から植林現場への道路事情が悪く、
昼食は温めたボンカレー(大塚食品提供)とご飯をオート三輪や耕運機で届けてもらってました・・・

特に今回はテーブル左上にある「つけ麺」が・・・

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画像はピンボケですが、とても旨かったです。ばくばくかぱかぱ・・・

と、遅めの昼食後はシャワーを浴びて植林の汗を流し、まったりと休憩・・・
午後からは恩格貝に新しくできた「沙漠科学館」へ向かいます。

(次回に続きます。)


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2018年06月02日

2018・内モンゴル紀行5・恩格貝点描

前回記事からの続きであります。

恩格貝2日目の朝・・・

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早朝から散策していた隊員たちが作業帰りのオート三輪に乗せてもらって戻ってきました。



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左は沙漠の緑化基地として全国的に有名になってから観光用に建てられた展望台。
ただし窓ガラスの内外にびっしりと細かい砂が付いてて眺望は良くないようです。
そりゃあ窓ガラスの外側をメンテするのは大変だし、飛砂ですりガラスになるでしょう。

右の風車は植林初期にドイツの援助で建てられた風力発電用で、こちらも完成してすぐに
砂で動かなくなったそうで、稼働後のメンテへの援助や指導は一切なかったようです。
まさに海外援助失敗例の典型ですね。

ちなみに6年前の恩格貝賓館は中国全土からの見学客でいっぱいでしたが、今回は我々だけ、
日本沙漠緑化実践協会の数次隊も参加者がめっきり減ったようで、やはり中国政府が本腰を入れて
緑化政策をやり出すと、そのやり方は別としても我々のボランティア活動は一段落という感じでしたし、
中国国内でも一時期はブームに沸いたものの、あちこちで緑化が進むと、ここまで来ないでしょう。

ここ恩格貝での植林と育林、農業開発と観光開発は、まさに試行錯誤の繰り返しで、政府や地方、
投資家たちの思惑もあり、遠山先生の遺志を継ぐためにも今後も注視しなければなりません。



・・・といったよーなことは、いったんおいといて・・・

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とりあえずは朝食であります。
この後、熱々の饅頭なども出ましたが都市部のホテルに較べるとシンプルなものであります。

ま、わたくしはチャーハンのおかわりを頼みましたが・・・げふっ

と、たっぷりのシンプルな朝食後は・・・

恩格貝宿舎前

まずは恩格貝賓館前で記念写真。
この日は全員N.GKSの「DO YOU KYOTO?」バージョンTシャツを着ています。
1997年の地球温暖化防止京都会議(COP3)に因んで京都から世界へ発信している合言葉で、
「京都してる?」というのは「環境にいいことしてる?」という意味、祇園祭の山鉾と大樹を組み合わせた
デザインは、N.GKS隊で何度も隊長をされてる切り絵作家T富さんのもの・・・


で、高齢の澤井代表以外は徒歩で・・・

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池畔にずらりと並べてあるのは電動?レンタサイクル・・・



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荷台がソーラーパネルになってるのですが、ボトムブラケット(BB)にモーターは付いてなかったし、
後輪のリムかタイヤをローラーで廻してるのか、ソーラーだけで充電できるとも思えませんが・・・
ひょっとしてテールランプがさりげに光るだけ・・・だったりして・・・


と、あれこれ考えながら・・・

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池の対岸にある石壁を目指します。


そう・・・

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1989年からの恩格貝での緑化功労者の名前が刻まれている石壁なのであります。


ええ・・・

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我がN.GKS澤井代表の名前もありました。
わたくしの名前も(壁の裏側に)刻まれてたはずですが確認に行く時間はありませんでした。



その後は・・・

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近くにある遠山正瑛記念館へ・・・




ま、せっかくなので・・・

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緑化功労者の二人・・・って、6年前にも同じことしてるな・・・まったく進歩がないな・・・



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記念館という名称ですが本人の遺志で分骨されてるので、ここが恩格貝での先生のお墓、
外の彫像も、この記念館も、すべて中国政府によって作られたものです。


中にあった古い写真・・・

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今の恩格貝賓館がちょうど完成した頃でしょうか・・・
遠山正瑛像が噴水の下にありますが、記事冒頭の画像とは樹木のボリュームが全く違いますね。

右上に見えるロ型の平屋建てが古い宿舎で、遠山先生もずっとここで暮らされてました。
わたくしも初期にはここに泊まってましたが、当時はトイレもシャワーも共同で、トイレは一本の溝に
簡単な間仕切りがあるだけ、しかも慣れない日本人がトイレットペーパーを一緒に流してしまうので、
よく詰まってました。シャワーもお湯が出るのは夕方の一瞬だけで、しかも温度調節は至難、
熱湯や冷水を浴びてました。食事も当時は羊肉と野菜を獣油で炒めた、全く同じ味付けのものが
野菜の種類を変えて数種類、おかずもご飯もお皿もコップも、すべてが砂まみれでした。
ま、わたくしはその当時でも何度もおかわりしてましたが・・・ばくばくばく


で、古い宿舎では毎晩・・・

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遠山先生の沙漠講座があり、先生も我々も植林で疲れ夕食でたっぷり食べて飲んだ後でしたが、
それでも短期ボランティアのために熱心に話されてました。ま、わたくしはうとうとしてましたが・・・


で、記念館の隣の棟に、その古い宿舎での先生の部屋の内装が移されてました。

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今回はじめて見ましたが、粗末なベッドと机だけのじつに質素な部屋だったんですね。
晩年にマグサイサイ賞を受賞され、ノーベル平和賞の受賞直前に亡くなられた偉人の部屋とは
とても信じられませんが、90歳を過ぎても、ずっとここで暮らされてたんですね。

と、感慨に浸りつつ、記念館で澤井代表と合流、バスに乗りました。

道すがら・・・

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6年前にはなかった施設が・・・何をやるつもりなのか、よくわかりませんでしたが・・・



歩行者・自転車専用道まで整備されてました・・・

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ここは全滅した植林地の沿道に再植林してるようですが・・・


よく見ると・・・

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高く育っている部分、あまり育っていない部分、全滅して草地になっている部分があります。

高く育っている部分は洪水で栄養分の豊富な砂が運ばれてきたところ、ところがそんな場所は、
大洪水になると何万本もの苗木が一度に流されてしまうこともあり、過去にN.GKSで3000本
(自分たちで植えたのは300本で残りは現地スタッフに植えてもらいましたが)を植林した場所も、
低地で地下水が溜まりやすい場所だったので、きっと大きく育つだろうと期待していたら、
大洪水で全て流されてしまったこともありました。まさに試行錯誤です。

全滅している部分は、当初は放牧されたヒツジさんに苗木の柔らかい樹皮を食べられてたもので、
牧柵で入れないようにして3年も経つと樹皮が硬くなって食べられなくなるのですが、少し生態系が
回復してくると、今度はウサギさんが登場、硬い樹皮も食べるし牧柵も穴を掘って越えるので大増殖、
今ではウサギさんの被害が一番大きいそうです。さらに生態系が回復して、ウサギさんの天敵である
猛禽類などが戻ってくるとバランスの取れた森になるそうですが・・・


そこで・・・

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王明海氏が自らの管理地に設置した、5kmにも及ぶ「万里の長城」!!!
地下は20cmまであり、ヒツジさんはもちろん、さすがのウサギさんも侵入できないとか・・・




さっそく中に入って・・・

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N.GKSのTシャツを着て待っていただいてた王明海氏ご本人から、

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直接説明を受けます。

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中央にあるのはナツメの苗木で、地元の雇用も考えると今はナツメの植林が一番いいと考えている
とのことでしたが、N.GKSの澤井代表からは、現地の土壌からナツメの化石は出土しているのか、
ニレやマツやポプラなどはあったが化石にないものを植えるのはリスクが大きいと指摘がありました。

現地長期ボランティアのT城さんによると、今は古い土壌の上にタクラマカンの砂が堆積しており、
この砂でも育つよう品種改良されたナツメを植えているとのことでしたが、やはり試行錯誤なんですね。

そう、じつは今回、遠山先生と苦労を共にされてきた王明海氏に何かプレゼントしたいと打診したところ、
モノは要らないので、そのお金でN.GKSの森を作りましょう、とおっしゃっていただき、ここがまさに、
その予定地だったのであります。
ちなみに1000本のナツメ森にするのに必要なお金は昨夜の贈呈式で奈良の地酒とともに渡しました。


ま、せっかくなので、

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「N.GKSの森」予定地で王明海氏と記念撮影・・・


と、この後は恩格貝ボランティア植林地の最前線へ移動・・・

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手前の植林地はヒツジさんやウサギさんで全滅してましゅが・・・



バスを舗装路に停めてからは徒歩で・・・

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昔は包頭・恩格貝間の道も殆どがこんな状態だったのですが・・・


今回の植林地を目指します・・・

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そう、いよいよ今回の植林作業であります。

(と、次号に続きます。)



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2018年06月01日

2018・内モンゴル紀行4・恩格貝へ

前回記事からの続きであります。

チンギス・ハーン陵(とされるところ)を後にした一行は、途中まで包頭方面へ戻ります・・・

こちらは往路で撮影した画像ですが・・・

DSCN8558

復路も反対車線は超大型トラックで渋滞してました。

この日は日曜日で時間的にも逆方向になったからか、大きな渋滞には巻き込まれずに済みましたが、
旅行社のT橋さんによると、ひどい時は石炭60t積み大型トラック(80tぐらいに過積載してるそうで、
長距離なので罰金を払っても儲かるとか・・・)が包頭・オルドス間を埋め尽くすようです。

そう、渋滞区間が200km以上となり、包頭・オルドス間が全線クルマで繋がってしまうとのこと。
そうなると新旧の高速道路が何日間も全く動かなくなるので、できればこの区間は避けたかった
そうですが、ま、オルドス市はどうしても見たかったわけで・・・


で、こちら・・・

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6年前に乗った包頭から西安へ向かう新線でしょうか、その向こうにも鉄道橋が見えますね。


と、途中からクブチ沙漠を西へ走る高速に入り・・・

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鳴沙湾・服務区(SA)でトイレ休憩・・・




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見渡す限りの緑が広がってますが・・・



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あくまで「見渡す限り」で、稜線の向こうはクブチ沙漠であります。



もちろん、こちらの公共衛生間(公衆トイレ)も・・・

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巨大でぴかぴかでした・・・さすが習近平トイレ改革が徹底されてますね。
ちなみに6年前は新しいSAの公衆トイレも「公厠」と書かれてましたから、習近平トイレ改革以降に
設置されたものは「公共衛生間」に統一しているのかも知れませんね。



鳴沙湾・旅游区・・・

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前日までの大雨で砂の中の種子が一斉に芽吹き草が生えてますが、本来は「鳴き砂」で有名な砂丘。


偶然ですが、1998年にN.GKS澤井代表が恩格貝で植林した際に我が家の次男に送った絵葉書が、
たまたま出てきたので紹介しておきます。

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スタンプは1994.4.21になってますが、ここ鳴沙湾の絵葉書であります。




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1998.10.27に北京から送られてきた絵葉書で、発行はオルドス市になる前のイフ・ジョー盟の
郵票公司になってますね。オルドス市になったのは2002年ですから、とーぜんなんですが・・・

この翌年の1999年に澤井代表がN.GKS(当時は緑の協力隊・関西澤井隊)の第1次隊を率いて、
恩格貝で植林、その後モンゴルの草原やボルネオ島・アマゾンの熱帯雨林でも植林しましたが、
内モンゴルでも何度か植林ツアーを組織し、今回2018年の第23次隊まで続けてきた次第。
なのでクブチ沙漠の恩格貝はN.GKS活動の原点だったのであります。

クブチ沙漠は日本の四国ほどの面積で近代化によって人が砂漠化したところ、葉書にもありますが、
この時点では故・遠山正瑛翁が率いてきた日本人ボランティアが中心になって大阪市の市域ほどが
植林されていたのであります。

その後に2000年の西部大開発プロジェクトや2008年の北京オリンピックへ向けた中国政府主導の
緑化政策が進み、これまでの記事で見てきたように「見える範囲」はずいぶんと緑化されましたが、
グーグル画像で見ると一目瞭然、クブチ沙漠はまだまだ西へ広がったままなのであります。

と、いよいよ恩格貝が近づいてきました。

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この辺りは植林地に囲まれ砂が固定してるので、様々な投資家が様々な事業を展開しているとかで、
こちらは見渡す限りのビニールハウス、クロレラを栽培してヨーロッパに輸出しているそうです。



こちらは見渡す限りのソーラーパネル・・・

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地平線に森林が広がっているのがおわかりでしょうか・・・
そう、ここでも植林地が砂を固定してるのでソーラーパネルの設置が容易になったんですね。
ちなみにパネルの下は日陰になるので強い太陽熱に弱い作物も育つそうです。

6年前にはタクラマカン砂漠で見渡す限りの発電用風車群を見ましたがソーラーパネルは砂を被れば
発電できませんから、砂が固定しているのは投資家にとっては魅力的なんでしょうね・・・

ただ、ビニールハウスの水耕栽培にせよソーラーパネルの洗浄にせよ、大量に使う水はすべて
地下水の汲み上げですから、最近は恩格貝の湧き水の水位が著しく下がってきているそうで、
太陽光だけのクリーンなクロレラだ、クリーンなエネルギーだ、と手放しでは喜べません。
本来は水の循環利用とかも考えなければいけないのですが、恩格貝では大規模な農業も含め、
すべて投資家たちが事業としてやってますから効率優先、しかも失敗すればそのまま放置・・・
そう、課題は大きいのですが、一方で雇用が激増して現地が豊かになっていることも事実・・・

ま、この話は今後の記事で少し詳しく書きたいと思っています。



二泊三日の宿舎となる恩格貝賓館への道・・・

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植林ツアー初期には街路灯や樹木はもちろん舗装もなく、沙漠のど真ん中の悪路でしたが、
来る度に見違えるほど、きれいになってますね・・・


恩格貝賓館であります。

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宿舎の反対側には一面の緑が広がっています・・・

DSCN8806

・・・が、画像をクリックして拡大して見ると、その先にはクブチ沙漠が広がっています。



で、まずは宿舎の玄関で、モンゴル族伝統の歓迎を受けます。

せっかくなので、今回は(H田さん撮影)動画でご紹介・・・



注いでもらった強い蒸留酒・白酒(パイチュウ)を右手の薬指で、その地の天と地と人々、そして自分に捧げ、
一気に飲み干すもので、歓迎の唄が続いている間は、何杯飲んでもいいはず・・・

昔は大きな牛の角をくり抜いた杯で老若男女を問わず飲めない人でも飲まされたものですが、
さすがに最近は「無理しなくていいです。」とゆーことになったようです。

と、歓迎の儀式を受け、自室で一息ついた後は・・・



とーぜん大宴会であります・・・

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今回はN.GKSの澤井代表が高齢を押して、ひさしぶりに名誉隊長として参加してたので、
古くからの長期ボランティアT城氏や現地スタッフ、日本沙漠緑化実践協会の現地責任者
であるO常務理事なども来てくれました。

そして・・・

27年前に一人だけ遠山先生の趣旨に賛同して、住民にも政府にも全く理解されていなかった
植林事業に二人三脚で取り組んできた地元の実業家、王明海氏が到着。

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澤井代表とは、じつにひさしぶりの対面であります。



彼はこの恩格貝賓館のオーナーでもありハウス栽培なども広く経営する地元の名士・・・

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並んだ料理もいつもより何となく豪華な感じ・・・




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最初からずらっと並んでた高級白酒(パイチュウ)や・・・



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ビールなんぞも含め、すべて王明海氏が用意して下さってたもの・・・




ちなみに宴席でのパイチュウは・・・

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こんな徳利に移し替えて飲むんですね・・・なくなると、すぐに注ぎに来てくれてました。



と・・・

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Y崎隊長の発声で、まずは日本式にビールで乾杯!!!


続いて・・・

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N.GKS澤井代表から王明海氏の娘さんへの百人一首おかきのプレゼントや、
ご本人への日本酒(奈良の地酒)などなどのプレゼントとか・・・
中央は現地スタッフ・通訳で今回お世話になったモンゴル族のナランさん。




Y崎隊長から協会の現地責任者O常務理事へ「岸和田だんじり祭り」タオルの贈呈とか・・・

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そう、昨年3月のボルネオ植林ツアーに参加されたS井さんから、今回も大量のタオルを預かってて、
協会や隊員にプレゼントしたのであります。
高品質で名高い大阪・泉州製のタオルですから丈夫で長持ち、植林作業にもぴったりです!!!


まあ、その後は典型的な中国式とゆーかモンゴル式とゆーかの宴会となり、

DSCN8791

すべてのテーブルで延々と乾杯が繰り返され、このテーブルは女性も多くビール中心でしたが、
あとのテーブルでは次々とパイチュウで乾杯、まあ、現地のみなさんのよく乾杯すること・・・
ま、わたくしも宴会担当副隊長としての責任上、最後までお付き合いしましたが・・・げひげひ


と、すっかりへろへろになり、宴会場を出る頃には・・・

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周辺はすっかり暗くなってました。

停電の多かった昔に比べて随分明るくなったとはいっても、やはり沙漠のど真ん中ですから、
晴れてたら満天の星が見えるのですが、この日はあいにくの曇り空でした・・・


で、自室に戻ってすぐに就寝・・・するはずもなく・・・

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王明海氏が澤井代表のために用意してくれてた貴賓室の応接間で二次会!!!

宴会場からもらってきたパイチュウにフロントで買った缶ビール、酒類調達担当のH田さんが持参した
黒霧島に赤霧島、シーバスリーガル・ペットに入った角に、ジョニ黒・ペットに入った赤なんぞを、
持参した乾き物なんぞでかぱかぱ、夜遅くまでの大騒ぎとなりました。


ええ・・・

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奥の部屋では澤井代表が一足先に寝てたのですが・・・

と、恩格貝での第一夜も、へろへろと更けてゆくのでありました・・・ひっく

(次号に続きます。)



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2018年05月30日

2018・内モンゴル紀行3・成吉思汗陵???

前回記事からの続きであります。

オルドス市を中心部から南下してチンギス・ハーン陵(成吉思汗陵)???へ向かいます。

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あちこちの炭鉱(跡?)を過ぎ・・・



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こちらの砂丘は「植林のし忘れ」つーより、砂漠遊園地として残してあるようですね。
なにせ高速道路から「見える範囲」ですからねえ・・・



オルドス周辺では鬼城化した新設SAも多く、数少ない営業中のSAでトイレ休憩・・・
中国ではSAは服務区、サービスは服務、エリアは区ですから、わかりやすいですね。

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成陵(成吉思汗陵)服務区の公共衛生間(公衆トイレ)へ急ぎます。
鬼城化したSAは閉まってるし、昔のように高速道路の走行車線にバスを停めて道端で用を足すと
今は厳しく罰せられるそうですから、この日のトイレ休憩はここが初めてでした。


さすが「習近平トイレ改革」は徹底されてて・・・

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ここ以降も公衆トイレはどこでもぴかぴか、清掃も行き届いてました。
しかも個室はドアが上から下まであって、きちんとロックできるようになってました。
6年前に嘉峪関付近で入った新設SAのトイレは清潔でしたが、男子小用の間仕切りなどはなく、
個室のドアは中ほど1/3程度でロックはなかったので、まさに全国的な大改革ですね・・・



と、ふたたびバスに乗り込み走ります・・・

DSCN8633

この辺りは植林地に囲まれて牧草地が回復し、牛さんが放牧されてました。
ただし稜線の向こう側は砂漠化したまま・・・なんでしょうね・・・
なにせ高速道路から「見える範囲」ですからねえ・・・


と、ようやく・・・

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成陵(成吉思汗陵)インターの出口へ・・・ゲートがいかにもですね・・・




いよいよチンギス・ハーン陵へ・・・行く前に・・・

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まずは「草原情大酒店・餐飲部」で昼食であります。店名がいかにもですね・・・


で・・・

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とりあえずは乾杯・・・




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ドイツ系でしょうか、このビールも旨かったな・・・かぱかぱ・・・



まあ、あとはみなさん・・・

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ひたすら、ばくばく、ごくごく、もぐもぐ、んぐんぐ・・・

ここのビールは旅行社T橋さんの奢りだったので、ご覧のとおり空き瓶がずらっと並びました。
T橋さん、ご馳走様でした!!!




で、ようやく人心地がついて、店を出て一息・・・

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オート三輪も植林ツアーの初期に較べ、ぴかぴかの新車が増えましたねえ・・・


と、今度こそチンギス・ハーン陵へ向かいます・・・

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このあたりの青い屋根は全てチンギス・ハーン陵で働く人たちの住宅街だそうです。

前回紹介したウィキペディア記事にもありましたが、ここは15世紀に移住してきたモンゴル族
オルドス部の人たちがチンギス・ハーンを祀っている場所で、通訳ガイドのバヤンさんのお母さんも、
チンギス・ハーンの第三夫人を祀る仕事を先祖から受け継いで今は37代目だそうです。

お墓は別としても、この辺りにチンギス・ハーンの宮廷あるいは休息所があったことは事実でしょうし、
ずっとここでチンギス・ハーンを祀り続けている人たちがいることは紛れもない事実でした。



と、ようやくチンギス・ハーン陵(とされるところ)に到着、まずは記念撮影であります。

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はるか奥に見えるのがお墓(とされるところ)で、ここから歩きます。




反対側には・・・

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さらに長い参道が伸びています。



そう、

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画像をクリックして拡大いただくと分かりますが、我々は赤い線で囲まれた旅游区の施設の
9割以上をショートカットして左上の駐車場まで来たのですが、それでもかなり歩くことになります。


以下、さくさくっと・・・

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12年前に訪れた時と同じ騎馬像の前で・・・



そう・・・こちらが12年前の画像であります。

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施設はさらに充実してるようですが、本人の体型はあまり変わりませんね・・・


でも、あの時はモンゴル族のおねいさんのガイド付きだったものなあ・・・

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彼女もモンゴル族オルドス部の出身だったんでしょうね・・・今頃どうしてるのかな・・・



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12年前には、確かこんなのはなかったはずです・・・



正面左側にある祭壇・・・

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正面にある霊廟(お墓とされるところ)・・・

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12年前にも書きましたが、いずれも基壇部は中国伝統の陰陽説による円形と方形の組み合わせ、
上部構造はモンゴル伝統のゲルや祭壇になっています。
まさに民族融和の象徴として建てられたんですね・・・




せっかくなので・・・

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霊廟前でも記念写真。

ちなみに今回のツアーでは、集合写真はH田隊員の一眼レフで、旅行社T橋さんにシャッターを
押してもらってたのですが、T橋さんが記念写真の際の中国式の掛け声を教えてくれました。

「1,2,3,茄子!!!(いー、あー、さん、ちぇいずっ!!!)、ダメダメもっと大きな声でもう一度、はいっ!!!」

そう、「チーズ!!!」は英語なので中国語ではよく似た発音の「茄子!!!」でやってるんですね。
その後、観光地でこれを大声でやると、周りの中国人観光客から大受けしました。


で、

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ここから中は撮影禁止でしたが、12年前にあった近代的(ソビエト的)な怪しい展示は一掃され、
遺物中心になってました。

通訳ガイドのバヤンさんによると内部に灯されている灯明は、混乱期には遠くの省まで運ばれて、
ずっとオルドス部の人たちが守り続け、これまで一度も消えたことはないそうです。


で、戻る道すがら・・・

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旅行社T橋さんの指し示す、このあたりの松が・・・

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1991年に故・遠山正瑛翁が自ら隊員を募集し隊長を務めた「日本沙漠緑化実践協会」の第1次隊が
植樹したもので、第1次隊は悪天候で恩格貝へ入れず、やむなくここで記念植樹されたとか・・・
今では協会からの派遣隊だけでも250回を超えているようです。

T橋さんによると、昨年まであった記念プレートが見つからず、工事のため一時的に保管されているか、
新しく作り直されているのではないか、とのことでした。


ま、せっかくなので12年前の画像をご紹介・・・

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少なくとも松は大きく無事に育ってるようですね・・・よかったよかった・・・



まあ、近くにできてた新しいプレートにも・・・

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故・遠山正瑛翁の座右の銘が書かれてたので、当面はよしとしましょう・・・とのことでした。


で、駐車場まで戻り、12年前よりはるかに立派になってた売店へ・・・

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モンゴル服はすでに奥様用のがあるしなあ・・・



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中国の国内線では、武器類は託送荷物に入れててもひっかかるし・・・

白酒(パイチュウ)入りのよさげなスキットルがあったのですが、実用には軽いペットボトルが一番だし・・・
とゆー次第で、今回みなさんへのお土産は一切ありません・・・げひげひ

と、チンギス・ハーン陵(とされるところ)を後にした一行は、いよいよクブチ沙漠の植林拠点となっている、
恩格貝を目指します。

(次号に続きます。)





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2018年05月28日

2018・内モンゴル紀行2・オルドス

前回記事からの続きであります。

内モンゴル二日目の朝、包頭市内のホテルを出た一行は高速道路をひたすら南下し、
オルドス市を目指すことになります。

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包頭市のシンボル、鹿のモニュメントともお別れし・・・




バスは黄河を渡ります。

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ご覧のとおり、今は近くに何本もの橋が架かってますが、植林ツアーの初期には近くに橋はなく、
鉄の箱舟を並べて鉄板を乗せた「浮橋」を渡るので車体を軽くするためバスから降りて鉄板上を歩いたり、
道路でも未舗装部分で何度も砂に埋もれてスタックし、みんなで押したりしてましたが、現在では、
片側4車線の高速道路が平行して何本も走っています。

さらに当時は郊外へ出ると、貧しい家は日干しの泥レンガ作り、ふつーの家は焼きレンガ作り、
金持ちの家になると壁はタイル張りが定番でしたが、今では・・・

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どの家も真っ白な壁と赤い屋根で統一され、とてもきれいになってました。

ただ、すべて同じ色で、しかも新しいので不思議に思ってると、旅行社のT橋さんから説明があり、
新しい市長が郊外をクルマで走ってみると、あまりに家屋がみすぼらしかったので、全ての壁を白く、
屋根を赤く塗るよう指示して補助したからで、中味は昔のままとのことでした。

他にも、大規模な緑化でオルドスまでの200kmを見渡す限り植林したけど、あくまで政府要人が
高速道路を走る際に見える範囲だけで、そこに枯れた木があれば急いで緑のペンキを塗ってたとか、
いかにも現代中国らしいエピソードを話してくれてました。

そう、

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あの稜線の向こうは砂漠のままなんですよね・・・
グーグルの衛星写真を見ると、すぐにわかるのですが・・・

まあ、砂を固定して道路を守るため、まず道路周辺から植林していくのは確かに基本なんですが、
政府要人に「見える範囲」とゆーのが、やはり現代中国らしいです。



と、料金所をいくつか通過・・・

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料金所では何回か抜き打ちで交通警察が車内に入ってきて、シートベルト着用をチェックしてました。
厳しいですが着用率を高めるには有効ですね・・・


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イタリアのアウトストラーダではTELEPASSでしたが、中国は日本と同じETCなんですね・・・
ただ後払いではなく先払いで、このETCが全国に普及する前に、すでにスマホを使う最新のITCが
あちこちで導入されているようです。

中国の高速道路は植林ツアー初期には粗末なものでしたが、今や総延長13万kmで、しかも
毎年6000km以上を延伸しているそうで、日本の高速道路の総延長が9000kmですから凄い勢いです。

こちらも現代中国らしいですねえ・・・



と、あちこちに炭鉱(跡?)が見えてくると・・・

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いよいよオルドス市の中心部に近づいてきたようです。

(以下ウィキペディアより一部抜粋)

オルドス市は内モンゴル自治区西南部に位置する地級市。
黄河が北に大きく屈曲した地点にあたるオルドス高原に位置する。
2002年2月26日、伊克昭(イフ・ジョー)盟から市となった。

オルドス市の市域は(近代化以前は)遊牧の好適地であるとともに、モンゴル高原から華北、
華北からモンゴル高原に通じる交通上の要衝であり、古くは匈奴と秦・漢が争奪した地帯である。
匈奴の呼韓邪単于は、後漢に従いこの地に王庭をおいた。
15世紀にモンゴル族のオルドス部が移住してきたため、これにちなんで地名の上でもオルドスと
呼ばれるようになった。
オルドスはモンゴル語・テュルク語で「宮廷」を意味する「オルド」が語源であり、この集団は
モンゴル帝国の始祖チンギス・ハーンの生前の宮廷をチンギスの霊廟として奉祀しており、
現在も成吉思汗陵が存在している。
(ただし実際の墓ではない。もともと移動式のゲルでチンギス・ハーンを祀っていたのを変更して、
周恩来とウランフの後押しで1956年にできた建物であり、遺骸は棺になく弓矢や鞍などが祀られてる。
しかし、棺を担いだオルドスの扎薩克で中国最後のモンゴル王公である奇忠義は人骨の一部が
納められていたとも証言している。)


貧困都市であったが、1990年代から石炭生産に力を入れたことで中国有数の産炭地となり、
石炭バブルによって空前の好景気に沸いた。2000年の西部大開発プロジェクトを受けて開発が進み、
人口も約30万人から200万近くに急増した。
1人当たり域内総生産(GDP)が2007年に北京や上海を抜き、2010年には香港やマカオと並ぶ
中国トップクラスとなり、バブル崩壊まで「中国一豊かな都市」と呼ばれた。

2003年から建設が始まった康巴什新区(カンバシ新区)のような巨大なニュータウンでは、
開発と不動産投資が急速に進みすぎ、人の住まない住宅が増えて鬼城(ゴーストタウン)化も
問題視されるようになっている。
『浙商網・浙江経済報道』の2013年の
報道によると、石炭価格の大幅な値下がりにより
市内に35ある炭鉱の半数以上が停止しており、市の成長率は内モンゴル最下位にまで落ち込んだ
と報じられており、1,000億元以上の負債を抱え、不動産市場が崩壊しているオルドス市は危機に
瀕しており、中国の地方政府として初の破産に直面していると報じる中国メディアもあった。

・・・

ちなみに旅行社のT橋さんによると、現在の人口は40万人とのことです。

そう、不動産バブルが崩壊して石炭価格も下落、新築や建築中のまま放置された高層マンションや
高層ビルが立ち並ぶ「最新廃墟都市」で、廃墟好きとしては一度は見ておきたかったのであります。

以下、さくさくっと・・・

まだ郊外ですが・・・

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建築途中で放置されてるのがお分かりでしょうか・・・




せっかくなので、動画でもご紹介・・・







この一画も見渡す限り建築中で・・・

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どの棟も放置されたままです。



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こちらは完成してますが、住んでるのは数世帯だそうです。まさに鬼城・・・




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こちらも全ての窓ガラスがないので完成直前のまま・・・



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人が住んでる気配は殆どありませんでしたが、街路樹や道路は管理されてました・・・



こちらは商店や事務所・・・

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やはり無人・・・



こちらは・・・


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官公庁でしょうか・・・

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日曜日のせいもあるでしょうが、ほぼ無人でした・・・



オルドス市のシンボルは「馬」・・・

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中心部なのでクルマは走ってましたが包頭の比ではなく、住んでる人は少なそうです。




こちらは低層の高級コンドミニアム・・・

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やはり殆どが無人でした。



ま、日曜日でしたから・・・

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人工湖のほとりや・・・


こちらの、

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「オルドス婚礼文化園」とゆー公園施設には人も集まってましたが、やはり包頭の比ではなく、
都市規模のわりには圧倒的に少数でした・・・





こちらは日本でいう「国民体育大会」のために建てられた新しいスタジアム・・・

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オリンピックの開会式でもできそうですが、以後の利用はないそうです。



ともかく・・・

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日本でもバブル崩壊後に放置された建物やリゾートはありますが、規模が違いました。

この後は、120万人規模で完成しマンションなども完売したけど今は2万人しか住んでいないとゆー
最新の「カンバシ新区」に入って詳細を見る予定だったのですが、ドライバーが道を間違えたようで、
ついに時間切れとなり、たどり着くことはできませんでした。

いやあ、それにしても・・・

と、複雑な思いを抱きながら一行はさらに南下、いよいよ上記ウィキペディアの説明にもあった、
チンギス・ハーン陵(成吉思汗陵)とされるところ???に向かいます。

(以下、次号に続きます。)



m98k at 00:28|PermalinkComments(2) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック