書斎

2020年02月14日

千の顔をもつ英雄


とーとつですが「千の顔をもつ英雄」上下巻であります。

DSCN5351

ジョゼフ・キャンベル著 平田武靖/浅輪幸夫監訳 人文書院 1984年初版発行、であります。

そう、ジョージ・ルーカスはじめ、様々なクリエーターに大きな影響を与えたといわれている本で、
最近では早川書房から新訳版も出てるようですが、わたくしが借りたのは旧訳版でした。




例によって目次だけ・・・

DSCN5353



DSCN5354


DSCN5355



DSCN5356



DSCN5357


DSCN5358

訳者あとがきによると、
「さまざまな英雄伝説でしめされたプシュケの運動を深層心理学とくにユング派心理学の立場を
援用しながらあきらかにしようとし、あわせて衰弱した現代文明の再生原理の提示を試みた野心的な労作」
だそうです。ええ、わたくしにはけっこう難解でした。



第一部は「英雄の冒険」・・・
世界各地の神話や伝承にある英雄伝説は、目次にあるとおりの順番で(もちろん一部が省略されたり
強調されたりはしてるものの)ストーリーが構成されているというもの。

ま、各章で実例として知らない神話や伝承が紹介されてましたが、例示としての部分的な紹介で、
ひとつの物語として楽しむこともできず、通しで読むのに疲れてしまったのですが・・・

第四章にまとめ部分があったので、その一部をわたくしなりにメモしておきます。

・英雄は小屋や城から抜け出し、
・冒険に旅立つ境界へ誘惑されるか拉致される。
・道中を固めている陰の存在に出会う。
・これを打ち負かすか宥めるかして、
・生きて闇の王国へ赴くか、殺されて死の世界へ降りていく。(境界を越える。)
・未知だけど奇妙になじみ深い(超越的な)力の支配する世界を旅する。
・様々なおびやかし(テスト)と援助(救いの手)がある。
・最低部に至ると、もっともきびしい試練を受け、その対価を克ちとる。
・勝利は母なる女神と英雄との結合(聖婚)であり、
・父なる創造主による承認(父親との一体化)であり、
・聖なる存在への移行(神格化)であるが、
・逆にその力が敵意を持ったままであれば、その力や恩恵を奪い取る。
・もし祝福されていたのなら、その力の特使となって帰還するが、
・逆ならば、追跡を受けながら変身したり障害を設けたりして逃走する。
・帰還の境界では超越的な力は背後に残る。
・こうして英雄は帰還または復活する。
・英雄が持ち帰った恩恵が、この世を復活させる。霊薬(エリクシール)

いかがでしょうか?

そう、さまざまな物語やロールプレイングゲームなどの基本がここにあるんですね。
これが旧約聖書やギルガメシュ、ギリシャ神話、古事記ほか様々な民族の神話に共通する英雄伝説
であるということが、古今東西の膨大な例から述べられています。

ちなみに第二部は神話や伝承における宇宙の誕生と消滅、英雄の立場などが詳述されてましたが、
門外漢にはイマイチでしたし、エピローグもわたくしにはあまり理解できませんでした。
ま、1948年の出版物という社会的な背景もあるんでしょうが・・・


前回紹介したスターウォーズ・シリーズにせよ、はたまた前々回紹介した風の谷のナウシカにせよ、
ついつい、わたくしが引き込まれる世界つーのは、作者が意図していたか否かにかかわらず、
このストーリーか、その一部を強調したものが多いです。

そう、この本は映画「スカイウォーカーの夜明け」公開記念のテレビ番組で紹介されてたもので、
その魅力を探ってみようと読んだ次第ですが、以前紹介した「古代の鉄と神々」も神話が中心ですから、
わたくし最近は神話の世界にハマって、不摂生な現実から逃避しようとしているのかも・・・




m98k at 21:00|PermalinkComments(2) mixiチェック

2020年02月04日

風の谷のナウシカ全7巻!!!

とーとつですが「風の谷のナウシカ」コミックス全7巻を今回はじめて読みました。


DSCN5223

DSCN5224



DSCN5225


DSCN5227

「風の谷のナウシカ NAUSICAĀ OF THE VALLEY OF THE WIND」全7巻 宮崎 駿 著
徳間書店 アニメージュ・コミックス・ワイド版 1983年8月25日 初版発行・・・であります。

ちなみに今回買った7巻セット(トルメキア戦役バージョン箱入り2003年10月31日発売 )の第1巻は
2020年1月5日発行で141刷になってました。初版からだと40年近く増刷中・・・凄いですね。

以下、ウィキより一部を抜粋・・・せっかくなので「青き衣」バージョン

風の谷のナウシカ』(かぜのたにのナウシカ)は、宮崎駿による日本の漫画作品。
アニメーション監督・演出家でもある宮崎が、徳間書店のアニメ情報誌『アニメージュ』誌上にて発表した
SF・ファンタジー作品。戦争による科学文明の崩壊後、異形の生態系に覆われた終末世界を舞台に、
人と自然の歩むべき道を求める少女ナウシカの姿を年代記の形で描く。1984年には宮崎自身の
監督による劇場版アニメ『風の谷のナウシカ』が公開された。2019年には歌舞伎化された。


『アニメージュ』1982年2月号にて連載を開始し、映画制作などのため4度の中断期間を挟み、
1994年3月号にて完結した。
1994年に第23回日本漫画家協会賞大賞、1995年、第26回星雲賞コミック部門を受賞。
単行本の発行部数は累計1,200万部。海外でも8か国語で翻訳・出版されている。
 
 

とのことであります。星雲賞も受賞されてたんですね。

わたくしアニメ作品は1984年の映画館ロードショーを皮切りに、テレビなどで数十回は観てますが、
原作コミックスについてはアニメ作品のイメージが壊れるのではないかと、これまで敬遠してました。

ところが去る1月25日に放映された、この全7巻を原作にした歌舞伎版製作の舞台裏TV番組を見て、
「これは原作に一度は目を通さずばなるまいてペジテ・・・」と、ついつい今回ポチった次第。

と、前置きがやや長くなりましたが、読後の感想を・・・といっても・・・

作品解説や著者の世界観についてはあちこちで紹介されてますし、特にアニメ作品については、
当サイトでも紹介した解説本などもあることだし、今さらなんですが、ま、わたくしが今回感じた、
アニメ作品(コミックス全7巻中ほぼ2巻までをアニメ化)との違いだけでもご紹介・・・
(以下、初心で読みたい方はスルーして下さいね。)

・ナウシカ以外の多くの登場人物(他の生命体も)の論理つーか考え方が、それぞれに正しい。
・混沌とした戦場で、その論理つーか考え方の違いによって、人や蟲がどんどん殺される。
・王蟲だってナウシカだって巨神兵だって(意図するしないにかかわらず)人をどんどん殺す。
・もちろん人は人をどんどん殺す。死体だってむごいことになってる。
・腐海も粘菌も蟲も人をどんどん殺す。人は人でそれらをどんどん殺す。
・で、その争いの根源は人類の(神々を含む)科学文明と、それによる環境破壊・・・だったんだけど、
・それらを再び清浄にしようとする(神々を含む)科学文明の存在をナウシカが知った時、
・彼女はそれをあえて破壊し、汚濁とともに生きることを選ぶ・・・

といった生々しさと論理の複雑さが、アニメ作品との一番大きな違いでしょうか・・・

すべての地球生命体にとって生存し何らかの子孫を残すことが正義であり、そのぶつかり合いが
弱肉強食であり争いであり、その本質から破滅に向かうのは必定、いっぽう清浄無垢で穏やかに
共存していく道もあるのではないか・・・でも汚濁のない世界で果たして生きる意味はあるのか・・・
といった奥深いテーマが未整理のまま眼前に提示されたような気もしました。

ま、ちまちまと木を植えてきたわたくしにとっては、ナウシカや他の登場人物(や他の生命体)の
セリフをとおして、人類文明と環境とのかかわりを改めて考えさせてくれる作品でもありましたし、
出てくる武器や飛行シーンや背景などもアニメとも漫画ともやや異なり、絵コンテ的で興味津々、
ぜひ続編を読みたいものです。

ちなみに、この全7巻に出てくる世界観や背景は、その後の宮崎アニメにもけっこう現れてますので、
宮崎アニメにとってもエポックメーキングな作品であったことは間違いないでしょうね。



m98k at 03:14|PermalinkComments(5) mixiチェック

2020年01月26日

「阪堺電車177号の追憶」と上町線の謎???

今回はご近所を走る阪堺電車を題材にした小説のご紹介・・・と、

阪堺電車の上町線に関する、わたくし懸案の謎???についてであります。

まずは・・・

DSCN5089

「阪堺電車177号の追憶」山本巧次著 早川書房 2017年9月発行・・・


裏表紙・・・

DSCN5090

ひょんなことから阪堺電車の上町線についてネットで調べてて、この小説を知ったのですが、
今回ようやく読むことができた次第。

ちなみに定期運用されている電車としては日本最古となった阪堺電気軌道のモ161型ですが、
実際に製造された車両は161号から176号までで、177号とゆー車両は存在しません。
(ただし、この小説が評判になり1日だけ177号に書き換えた同型車両がほんまに走ったようで、
阪堺はんも、なかなか粋なことをしはりますな・・・)


例によって目次のみ・・・

DSCN5091

小説作品なのでストーリーなんぞは紹介できませんが、昭和8年から平成29年まで、177号の
独白ではじまる各章が、その時代を反映した軽いミステリー仕立てになってて、各章の登場人物も
さりげに何人かが繋がっていたりと、とてもほっこりさせてくれる佳作・・・だったんですが・・・

何せ全編の舞台が阪堺電車の車中と沿線、しかも殆どが住吉交差から僅か数停留所の範囲内!!!
ええ、この辺りに長年住む者としては、沿線の情景描写がたまりませんでした。

車両や沿線はもちろん、時代も人物もストーリーも丁寧に描き込まれており、なじみのない方でも
充分に楽しめますが、身近な沿線住民からすれば、まさに珠玉の貴重な作品ですね。

わたくし作品では第三章つまり昭和34年ぐらいからしか実記憶がないのですが・・・

小学生の頃のテリトリーつーか遊びに行く範囲といえば、西は国道26号線まで、東は阿倍野筋
(当時は十三軒道路とか13号線とか呼んでましたね)まで、南はせいぜい細井川あたりまで、
北は塚西、姫松あたり(今で言う南港通り)まででしたから、まさにこの作品の舞台そのものですね。

たまに自転車で大和川まで行ったり長居公園まで行ったりするのは大冒険でしたし、上町線で
天王寺に出たり、南海で難波に出たりする際は、たいてい大人と一緒でした。

もちろん、その後の行動範囲は広がりましたが、天王寺に出る際は今でも上町線まで歩きますし、
自転車でふらふらしてても、必ず一度や二度は阪堺線・上町線の軌道を渡ったり並走したりします。
(ちなみに自転車で軌道を渡る際は直角に近い角度で渡らないと、必ずコケます。)
さらに息子たちが小さい頃は、せがまれてよく住吉交差まで行き交うチン電を見に行ってましたし、
数回の宿替えはありましたが、チン電はずっと身近な存在なのであります。

で、わたくしが小学生の頃の沿線風景は、大邸宅と商店と下町が混在してたものの、何となく
棲み分けてたような感じだったのが、中学生になる頃から大邸宅の跡地やそれまであった空き地に
一度に何十軒もの建売住宅ができたりして、古くからあった長屋以外にも小住宅や集合住宅が
一気に増えました。まさに高度成長期の真っ只中だったんですね。

当時の住吉大社はじめ神社やお寺の境内は荒れ放題、広大な邸宅の庭池跡も放置されたままで
探検したり秘密基地を作ったりの毎日、住吉公園や万代池公園で遊ぶよりずっと面白かったです。

また紀州街道・熊野街道・住吉街道などの沿道には、重厚な家並みも所々に残ってたのですが、
やはりバブル前後からでしょうか、特に表通りはすっかり様変わりしてしまいました。

ま、今は神社やお寺もきれいに整備され(秘密基地は作れなくなったけど)、街並みや道路も
明るくなって(探検する場所がなくなったけど)、住吉大社や粉浜商店街の外国人観光客も増え、
休日には史跡めぐりや撮り鉄のみなさんを数多く見かけますし、これはこれでよかったかと・・・
ただし住民は(わたくしも含め)高齢者が目立つようになりましたが・・・げほげほ

と、身近な存在のチン電と沿線の生活を、この作品であらためて振り返ることができました。



で、この阪堺電車に関する、わたくしの疑問つーのが・・・

上町線が高野線を跨いだのはいつなのか???であります!!!

ま、それが分かったからどーだ、つーこともないのですが・・・

とりあえずウィキの記述を時間軸で整理してみると・・・(カッコ内は現駅名・現停留所名)

・南海・高野線が(汐見橋)から(堺東)まで開業したのが1900年9月3日
・同線の住吉駅が(住吉東)駅に改名したのが同年9月11日
・上町線が天王寺南詰から上住吉(神ノ木)まで馬車鉄道で開業したのが1900年11月29日
・上住吉(神ノ木)から下住吉(住吉)まで馬車鉄道で延伸開業したのが1902年12月27日

つーことなんですが・・・

まず、高野線の開業から僅か3ヶ月後に馬車鉄道がその上を跨いだ!!!とは考えられないので、
・当時終点だった上住吉(神ノ木)停留所は高野線東側の地上にあったのではないか???
で、その2年後に上住吉(神ノ木)から下住吉(住吉)までの区間を延伸開業してるので・・・
・この間に高野線を跨ぐ工事をして上住吉(神ノ木)停留所も高架上西側(現在地)に移設した???
と推測したのですが、上住吉(神ノ木)停留所を延伸後に高野線東側から西側(現在地)に移設した
といったハナシは、ネット上では見当たりませんでした。

仮に最初から上町線が高野線を跨いでて終点の上住吉(神ノ木)停留所も現在地だったとしても、
・電車でも難所になってる急なスロープを果たして馬車で上下できたのだろうか???
はたまた、
・下住吉(住吉)まで上町台地を下る急なスロープも馬車で上下できたのだろうか???
とゆー疑問が残ります。

ちなみにウィキでは、
・上町線の改軌・電化・複線化工事が完成したのは1910年で開業は10月1日
となってますので、遅くともこの時点では上町線が高野線を跨いでいたのは間違いないでしょうし、
電化・複線化されて対面式のホームを持った神ノ木停留所が高架の西側に存在していたことも、
間違いないのでしょうが、この間、つまり1900年の馬車鉄道開業から1910年の電化複線化まで
10年の間で、いつ路面電車が鉄道を跨ぐようになったのか、神ノ木停留所は当初どこにあったのか・・・

そう、わたくし・・・

Q1 上町線が最初に高野線を跨いだのはいつだったのか???馬車時代か電車時代か???
Q2 当初の終点、上住吉(神ノ木)停留所はどこにあったのか???地上か高架上か???

とゆー疑問が数年来ずっと頭の中に残っています。(だからどーだとゆーこともないけど・・・)

何せ路面電車が鉄道を跨ぐとゆー世界でも珍しい光景で、撮り鉄の方々も多く来られてますので、
どなたか教えていただければと・・・



m98k at 00:53|PermalinkComments(6) mixiチェック

2020年01月11日

古代の鉄と神々・・・

とーとつですが古代の鉄と神々・・・であります。


DSCN5083

「古代の鉄と神々」真弓恒忠著 2018年7月10日 筑摩書房・ちくま学芸文庫刊

・・・なんですが、学生社より初版が出たのは1985年、増補改訂版が出たのは1997年で、
増補改訂版から21年後の一昨年に復刊された・・・つーことになります。

以前「高師小僧」についてネットであちこち眺めてた際に、本書についての記述もあったのですが、
「残念ながら絶版で入手は困難・・・」とかあって、読むのはあきらめていたところ、昨年になって
復刊されたことを知り、さらに今年になって、ようやく借りることができたとゆー次第。

裏表紙に要約がありました。

DSCN5084

そう、昨年春、龍田古道を歩いた際にも気になってたのですが、やっと読むことができました。



例によって目次だけご紹介・・・

DSCN5085



DSCN5086

神話や祭祀の中から古代製鉄の痕跡を見出していく・・・というだけでも面白いですし、


なにせ著者は・・・

DSCN5088

まさに専門の研究者で門外漢の書いた仮説なんぞとは異なる説得力がありました。

もちろん科学的な説明もあり、たとえば・・・
鉄の溶融点は1525℃、それに対し銅は1100℃なので弥生時代は溶融点の低い青銅器の時代・・・
とされてたのを、銅は溶融しなければ製品にはならないが、鉄は700~800℃で可鍛鉄さえ得れば、
後は熱してたたいてを繰り返せば鍛造できるので「ふいご付きタタラ」がなくても製鉄は可能だし、
700℃~800℃なら弥生土器の焼成温度と同じとかいわれると、なるほどと納得しました。

なので弥生時代から日本では鉄器を作っていたけど、青銅器や土器と異なり鉄器は錆びるので
現物が残っていないだけで、古代製鉄の痕跡は各地の神話や祭祀などに残っている・・・
と、実地も含めて検証されておられるので、じつに興味深かったです。

で、ここからがわたくしの独自説・・・

著者は日本の鉄器は弥生時代に稲作とともに普及したとされてますが、はるか稲作以前から
5000年も8000年も続いてきた縄文時代つーのは、何せ農耕なんかしないヒマな時代ですから
(農耕革命で人類は毎日働かなければならなくなった、と「サピエンス全史」でもいってましたね。)
集落周辺に茂ってる葦を鈴なりの高師小僧なんぞと一緒に、ヒマな奴が河原でガンガン燃やして、
(キャンプ宴会とかしてたら)たまたま燃え滓にぐちゃぐちゃの不思議な塊が残ってて、ヒマなので
たたいて伸ばして遊んでたら、サヌカイトや黒曜石より丈夫で鋭利な刃物ができちゃった!!!
つーことぐらいは(ヒマな縄文時代だからこそ)、充分に考えられるハナシ・・・何せ豊葦原の国だし・・・
で、縄文時代でも黒曜石などの交易は全国規模だったので、この技術も全国に普及してたけど、
争いも農耕もなかったので、みなさん細々と楽しくやってたのが稲作以降は大規模になった・・・
そう、ヒッタイトなんかより古い鉄器の起源は、じつは縄文時代の日本刀だったのだ!!!

わはは、まいったか!!! ま、こちらはあくまで門外漢の仮説でしゅが・・・



つーことで追記・・・

「縄文人でもできる、日本刀の作り方」であります。

①湿地や沼地だったところで高師小僧や鬼板なんぞを集めてくる。
(今は天然記念物とかに指定されている地域もあるので注意)

②風通しのいい河原で石と土で露天タタラを作りガンガン焚火をして中にぶち込む。
(今は焚火や直火禁止の河川敷もあるので注意)

③さらに上からも薪を足してガンガン温度を上げる。(風向きに注意)

④ぐちゃぐちゃの醜い塊ができたら河原の石でガンガンたたいて伸ばす。

⑤石組みの焚火にぶち込んで熱してはたたいて、これを何度も繰り返す。

⑥それなりの形になったら河原の石でガシガシ刃を研いで、縄文日本刀の完成じゃあ!!!

と、可鍛鉄を得るだけでも一昼夜はかかりそうなので、どなたか一緒にやりましょう!!!
(わたくしは働かずに傍らで飲んだくれてますが・・・)



m98k at 01:11|PermalinkComments(2) mixiチェック

2019年07月30日

小松左京著「大阪タイムマシン紀行」とか・・・

またまた、ひさしぶりの記事更新となりました。

例によって近況報告から・・・

先週、三ヶ月ぶりに歯科へ定期洗浄に行ったら血圧が高すぎて受けられず、母親の処方箋相談のついでに
近所のかかりつけ医に診てもらったところ、おそらくは睡眠不足と運動不足と不摂生による高血圧症の再発です
と言われ、三年ぶりに血圧降下剤を処方されました。

それまで10年以上、血圧降下剤を服用してたのですが、ロードバイクを購入してから10kgほどの減量に成功、
血圧やその他の数値も全て正常値になり、「まさに理想的な血圧降下剤の止め方です。」と褒められてたのですが・・・

すでに二ヶ月以上、少し仮眠してはひたすら飲んで食べるとゆーキャンプ宴会のような泊まり込み介護を続けてて
この間ロードバイクにもまったく乗ってなかったので、まあ、自業自得といえば自業自得・・・
それにしても数年かけて、いちおー健康体になったのが、僅かこの二ヶ月で、もとの木阿弥になろうとは・・・

で、母親はほぼ寝たきり状態が続き、最近は一部記憶の混乱も増えましたが、それでも可能な限りは
介護保険制度を活用しながら、わたくしが在宅で介護しようと考えています。

でも、わたくしが倒れると元も子もないとケアマネさんにも言われてるので、とりあえずはミニベロ(小径車)だけでも
実家に持って行って1時間でも暇を見つけて近所を走り、深夜の食餌量や飲酒量も少しは制限して・・・
とは思っているのですが、ともかく物理的・精神的に熟睡できないというのが辛いですね。
泊まり込みの介護職や看護職の方々のご苦労を、僅かですが実感してきました。



と、眠れぬ夜のひととき(こちらは勤務中でもないので)、スーパー玉出で夕方の半額セールになると
1パック約50円になる焼きそば・お好み焼き・たこ焼きと、安物ボロニアソーセージをばくばく食べつつ、
ブラックニッカのクリアをサンガリア強炭酸レモンで割ったハイボールをかぱかぱ飲みながら・・・

ここ数日、あらためて読み返しているのがこちらであります・・・

DSCN2697


DSCN2699

小松左京著・大阪タイムマシン紀行・PHP研究所1982年12月24日・第1版第1刷とゆー新書版であります。

新聞連載の単行本化で、こちらはわたくし初版と同時に購入してたはず・・・



DSCN2703




例によって目次のみ・・・

DSCN2700



DSCN2701



DSCN2702

「街道をゆく」シリーズの大阪・小松左京版とでもいうのでしょうか、当時の最新の研究成果などを踏まえた、
歴史紀行です。

前書きにありましたが、大阪人に歴史を訊いても「高津宮の仁徳はん」の次は「大坂城の太閤はん」になり、
この間1000年も歴史が跳んでしまっている、とゆー認識は今でもあまり変わらないでしょう。

河内湾の頃からの膨大な資料を(当時はもちろん手作業で)集め、当時としては斬新な観点からの歴史紀行、
今では定説・常識となっているものでも、当時としては現場の最新情報だったものもあって、
これは「日本沈没」に描かれた当時の「プレートテクトニクス理論」などと同じ状況ですね。

あらゆる分野の最新情報を分析して読者に分かりやすい文章にするのは、まさに氏の真骨頂、
ただし大阪・関西に愛着を持っておられた氏だけに、思い入れも深く、内容も多岐にわたってて、
過去だけでなく大阪の未来像に関する記述も豊富でした。
ま、さすがに「百舌鳥・古市古墳群が世界遺産に!!!」つーのはありませんでしたが・・・

7月のNHK番組「100分de名著」で、氏は阪神淡路大震災の徹底した取材で精神的に小説が書けなくなり、
東日本大震災の精力的な取材でさらに体調を崩して、ついに帰らぬ人となったと紹介されてましたが、
膨大な情報を自分の足で集め作品にするという点では、まさに司馬遼太郎氏と双璧ですね。




m98k at 16:55|PermalinkComments(4) mixiチェック