2023年06月07日

みなみの星

とーとつですが、夏らしく・・・

みなみの星であります

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わたくし、まだ骨折療養中で安スコッチの在庫が切れても買い足しにも行けず、
自宅を探し回ってて、ようやく見つけた一本・・・

さっそくストレートとオンザロックで試しましたが、酒粕が入ってるせいか甘味があって、
初めてでしたが、とても飲みやすい米焼酎でした かぱかぱかぱ ひっく




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ちなみに和歌山の世界一統は、博物学者・生物学者・民俗学者で日本の自然保護活動にも
大きな影響を与えた南方熊楠ゆかりの(父親が創業者で弟が継いだ)蔵元だったんですね・・・



m98k at 20:37|PermalinkComments(0) mixiチェック 糧食、飲料 

2023年06月02日

「遊ぶ」が勝ち

まだ台風2号による洪水警報・大雨注意報が発令中の大阪からですが、今回はお外で・・・

「遊ぶ」が勝ち・・・とゆー本のご紹介であります

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Playing is a smart way・・・


表紙カバー裏にあった著者紹介

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奥付

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新装版・前書きからの読後メモ・・・

→英語で陸上競技場はplaygroundだし「スポーツをする」は play○○○○で、スポーツの本質は遊ぶこと
→本を上梓したのが2013年で7年たった今は、さらに効率的に真面目にを求める圧力が強くなっている
→「ホモ・ルーデンス」は僕の愛読書だが、その中に日本人は遊び上手だったという記述がある
→近代化する中で薄れているが、遊ぶ心は眠っているはずなので今一度呼び戻そう
→本書がそのきっかけになってくれたら嬉しい・・・


この新装版発行から3年なので最初の上梓は今から10年前、著者は引き続き活躍されてるようですが、
コロナ禍では学校の運動会は中止になって五輪は開催されたり、キャンプがブームになったりしました
コロナ後の「遊び」の状況は、今後どのように変化していくのでしょう・・・

わたくしも「ホモ・ルーデンス」は愛読書つーか、若い頃に興味深く読んだ覚えがあります
著者も書いてましたが、文庫版でも分厚い哲学の専門書で確かにとっつきにくかったです

この本には著者なりの「ホモ・ルーデンス」の解釈もあり、さすがにプロ・アスリートの経験と発想だと
感心しましたが、本の内容をすっかり忘れてたので分かりやすい復習にもなりました

子どもの頃に身体を使った遊びをすることと自分で遊びを工夫することは、とても大事なことかも知れません

わたくしは生まれも育ちも大阪の下町ですが、まだ近所に遊べる空き地や廃墟が残ってる時代だったし、
母親の郷が泉州で、当時は田畑や山林もいっぱい残ってたので、けっこう屋外で遊んだほうだと思います
まあ、中学ぐらいまでずっと「秘密基地ごっこ」や「戦争ごっこ」がメインでしたが・・・
今ならサバイバルゲームをフィールド作り、道具作り、ルール作りまで全部自分たちでやってたようなもの

それで高校からは山歩きやキャンプ好きになり、社会人になってからはスキーや川下りなどが加わり、
やがてマルイの電動ガンが登場して一時期はサバイバルゲームに夢中でしたから、幅広い遊びとゆーより
子どもの頃からのアウトドア遊びがずっと続いてたことになりますね
なので球技には全く無縁・・・って、そーいやサバゲーは6mmBB弾を使う球技なのかっ???

以前も書きましたが、サバゲーつーのは究極の「ごっこ遊び」スポーツだと今も思ってます
球技としてはドッジボールに似てますが、はるかにリアルでフィールドも野山の自然地形がメイン、
仲間内ならルールやレギュレーションは自由に決められるけど、それを守ることが絶対条件になり、
あとは自分の役柄になり切って、自分の身体と頭と技術を極限まで使って何とか生き延びる、あるいは
チームとして敵に勝利する、その行為自体を目的として仲間と楽しむので、ハマると夢中になる・・・
これは他の球技にも共通するんでしょうが「ごっこ遊び」スポーツとしては、おそらく究極でしょう


閑話休題


例によって目次のみのご紹介

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ハードル選手らしい目次構成であります・・・


「助走路」の読後メモから・・・(以下、正しくは本書をお読みくださいね)

・ヨハン・ホイジンガ著「ホモ・ルーデンス」のまとめ(略)

・僕の競技人生のスタートは「走りたいから走る」喜びだった
→やがて「走ると女の子にモテる」「走れると進学できる」になり、
→「プロになればお金が儲かる」「勝てば名誉が手に入る」「有名人になる」の世界へ・・・
→とうとう「手に入れたものを失うのが怖い」世界が到来した
→その時すでに「結果を出せるから走る意味がある」というモデル自体が崩れかけていた
→それでも走った時、走る根本には喜びがあることが見えたから、走り続けることができた
→遊びは楽しい→スポーツでも人生でも「遊ぶが勝ち」・・・



「第1ハードル」からの読後メモ・・・

・高校3年で短距離では伸びず400mハードルに転向したが、心の葛藤は大学4年間続いていた
→人生には「仮置き」や「仮決め」があってもいいのではないか
→視点をずらすという、遊びの感覚で余白、ゆるみ、隙間を作ることが大事

・目の前の出来事は一時的な約束事で回っているに過ぎない
→それが全てじゃないと距離を取れば人生は概ね何とかなる

・「遊び」も「演じる」も「競技する」も英語ではPLAY→何かのために走ってはいけない
→外から期待されることに遊びの要素は入りにくい
→自分ではじめた能動的な作業なら遊びの感覚や楽しさを持ちやすい
→遊びには自発性が関係している→自由な行動
→「したい」と「しなくては」の差→義務化すれば楽しくない
→「ねばならない」の過去をいったん「なかったこと」にしてゼロからスタートする・・・

・スランプ脱出には「考えないこと」も重要
→遊びの世界に没頭した瞬間を思い出すこと→ZONEの状態

・当時の日本では選手が「オリンピックを楽しんできます」なんて言えない状態だった
→ところが選手村での海外選手は楽しんでいるように見えた
→結果的に彼らはいきいきと楽しく良い結果を出していた

・ハードルに転向して海外で東洋の無名選手として走る際は演じなくてもいいので楽だった
→また走るのが楽しくなった→日本の陸上界はまだまだ硬い空気だった

・「努力を実現するために人間に先天的に与えられている機能、それが遊び」(ホイジンガ)
→なので楽しさを殺しては絶対にダメ
→これを言葉に出して肯定できたのは、この本(ホモ・ルーデンス)に出合ってから


「第2ハードル」からの読後メモ・・・

・遊びのヘンな感じの身体感覚、トライ&エラーの楽しさ、夢中になるスイッチ・・・(略)

・枠組みの中で遊ぶのが楽しい人も、枠組みそのものを設計するのが楽しい人もいる
→「型にはめる」教え方をするなら「型を脱する」方法も一緒に教えることが絶対に必要

・日本のスポーツ選手の多くが多彩な身体経験をしていない→大学からは伸びない選手が多い
→アメリカでは多種多様なスポーツ経験からアスリートになり、ロシアでは基幹スポーツの体操から
枝葉が伸びていくので逆だが、どちらも自由度や広がりが貴重な体験になっている

・ハンマー投げとゴルフのインパクト、高跳びの踏み切りとサルサの感覚は同じだった
→子どもの頃に自転車に乗った感覚のように運動感覚は風化しない
→運動神経が開発される10歳ぐらいまでに様々に身体を動かす経験を蓄積すること
→それが子どもの遊び

・自転車を漕ぐ時は景色に没頭している方が早く漕げたりする
→これは意識で身体を動かすより感覚で身体が動いてしまうほうがスムースになる一例

・遊びで役を演じている自分を楽しむ→ごっこ遊びや仮面劇
→仮面で自分が消えるということは「こうふるまうべき」という自分の役割も消えること
→他人の目を気にせず熱中できる→ZONEの超集中状態にも通じる
→スポーツ選手は外見や形によって意識・精神も変わることに注意すべき
→試合前に意識的に勝負顔を作る
→昔の宗教的な仮面や顔面ペイントと同じでトランス状態や別人格のきっかけになる

・役割そのものを遊ぶということは日本人が得意なジャンルかも
→落語のように演じ分けることも得意で、関係性が変わってもあまり気にしない
→そのタイミングを上手に読み切ることが求められる→「空気を読む」
→ツイッターなどで一人あたりのアカウント数が多いのも日本の特徴で、欧米などとは逆
→演技的、多重人格的な感性は遊び感覚で、これはこれで面白い
→ひとつの自分にしがみつかない軽やかさを、もっと自分の力に変えていけばいいのにと思う

・自分とは何か
→引退前の4年間、アメリカのパラリンピリアンと同じグラウンドにいた
→義足を自分の身体の一部とし、視覚障害の選手はリズムで距離を測っていた
→身体感覚を極めていくと、まだまだ使っていない感覚があることに気づく・・・


「第3ハードル」からの読後メモ・・・

・広島生まれで幼い頃に原爆について立場の違う意見があることを知らされ困惑する体験をした
→とりあえず選択せざるを得ない際でも、立場を変えて批評的に見る態度が大事
→コミュニケーションの重要性
→身体で感じたことを言語にするのは難しいがツイッターで発信し続けている
→自分との会話が好きなので外部化するいい機会になっている
→伝えようとする行為はコミュニケーション的な遊びに近い
→ツイッターやSNSにハマるのは予測がつかず変化に対応できることが嬉しく面白く楽しいから
→僕にとっては大いなる遊び

・獲れると決まっているメダルを獲りに行くなら仕事(作業)で、不確実な緊張があるから面白い遊び

・熱狂の中に身を置くことは楽しいがクールダウンも大事
→コミュニケーションを「いかにとらないか」もコミュニケーション力の一つかも

・日米の距離の取り方の違い
→アメリカでは議論を楽しむディベートが娯楽になっている
→日本では相手と共感したり同調しがちになる
→日本人は「私」という主語のないところで遊ぶのが上手
→これは強さにも弱さにもなる
→リーダーのいないチームスポーツや渋滞時などでは、みんなが空気を読んで対応するので有利
→言語を介さないコミュニケーション術を日本の特性として磨いて戦術化すべき

・知恵の輪は外し方を考えるから楽しく、遊びとして成立する
→説明書があったり、あきらめてしまえば遊びは不成立
→外しても意味はなく報酬もない→レースに勝つのと同じ→1番になることが面白いだけ

・認識の違う世界でのコミュニケーションは互いに橋を架けることから始めるしかない
→完璧ではなくとも何とか架かって、互いが理解できそうになる瞬間ほど面白いものはない
(特にこの言葉に感動しました。経験から出た素直で素晴らしい言葉だと思います)


「第4ハードル」からの読後メモ・・・

・知識と体感のバランスをとることは難しい
→スランプに陥る選手の傾向は体感の量が少ないこと
→「気持ちいい/よくない」の境目が判断できないのは知識の詰め込み過ぎ
→大切なのは「気持ちよかった時の感覚」が記憶できているかどうか
→海外では読書、散歩、練習、読書の繰り返しで、頭と身体のバランスが心地よく流れていた
→役立つかどうかも分からず好奇心を満たしワクワクしたくて本を読んだ
→僕にとって走ることと本を読むことは似ている

・タオイズム(道教)、禅宗の世界観→意識しないで身体が動く→そのための教養(略)

・応用領域は遊びの領域
→発想力を磨き新しい方法をクリエイトすること
→強さは反復や基本の先にあるもの

・スポーツの根本は遊び
→だからこそ自分から努力し鍛錬する自発性が不可欠
→遊びもスポーツも本来は自発的な行為で目的は行為そのもの
→この視点を日本のスポーツ界が取り入れれば、選手の育成方法も、コーチと選手の関係も、
暴力による体罰も、必ず変化していくだろう

・俳句と欧米スポーツの共通点
→俳句には季語や五七五などのルールがある
→最初はルールに縛られ当然うまく作れない
→知識を増やし観察した風景を言葉に置き換える練習を続けながら磨きをかけていく
→仲間同士で評価し合うので緊張感もあり、比べられ優劣をつけるという競技性もある
→だが、俳句の基本は楽しさということは自然に共有されて浸透している
→だから、うまく作れた時もそうでない時も、その場は楽しさに満ちているのだろう
→スポーツもそうあってほしい

・クラブチームなら目的をはっきり掲げることができる
→人格形成、人と繋がること、日本の頂点に立つなど、様々な目的があってもいい
→それぞれがスポーツを自分の目的に沿って選択できる環境を整えることが基本
→句会のようにスポーツをもっと楽しむための会が各地域に作られる必要がある
→みんなが遊びとして俳句を楽しむ中で俳句文化が育ち磨かれたのではないか

・ツイッター上では辛辣なのにリアルではおとなしくなり、表面上の言葉しか出てこない
→本音を言おうとしない、議論が得意ではない
→その文化も素晴らしいが、世界が舞台では自分の意思を表示する必要に迫られる
→挙手でもツイッターでもいいので、まずは自分の考えをまとめて公にする訓練が大事

・学習の究極の形態は遊び
→遊びながら学ぶ、学びながら遊ぶ
→教養と遊びを融合させるような場になればと「為末大学」を続けている


「第5ハードル」からの読後メモ・・・

・仕事と遊びの違い
→欧州グランプリでは入賞賞金だけで生計を立てているプロもいた
→1位なら150万、2位なら100万といったシンプルなゲーム
→自分は大阪ガスの会社員選手だったので給料もカリキュラムも生活も安定していて確実だった
→ホイジンガによる遊びの要素は緊張、不確実、不安定性
→プロ選手は会社員に比べ格段に遊び的だったので賞金やスポンサー収入だけのプロになった

・アスリート外交、スポーツ交流の役割は大きい
→反日の雰囲気だった中国でも卓球・福原愛さんの人気は絶大で日本人への親近感が維持されていた
→もともと貴族の種目である近代五種やカヌー、フェンシングなどは外交上大きな力を発揮する

・引退後のセカンドキャリア
→サンク・コスト→なかったものとして考える→念を継がない
→競技の結果とは、ただ遊ぶ者自身の問題である(ホイジンガ)
→遊びが成功した、うまくいったという観念的事実である(ホイジンガ)
→遊びの成功は遊ぶ者に暫く持続する満足をもたらす(ホイジンガ)
→スポーツ選手にとって成功体験が大きいと、その体験が忘れられなくなり次の一歩の障害になる

・火焔型縄文土器からルイ・ヴィトンのバッグまで、ムダは遊びであり文化でもある
→生きることと遊びは分かちがたく結びついている

・ネイティブアメリカンの通過儀礼の例(略)
→僕にとっては遊びの時間が身体的体験を積み重ねていく通過儀礼だった
→無意識の中で獲得していく体感的な学びを子どもたちに何としても伝えたい
→今後も増える廃校を利用したキャンプや山歩きなど、身体的経験のできるプログラムを考えている


「ゴール」からの読後メモ・・・

・ジャマイカの19歳以下を対象とした陸上大会はテレビ視聴率が80%を超える
→彼らはひたすら早く走ることを楽しんでいる→ジャマイカが短距離王国になるはず
→「ホモ・ルーデンス」の世界は競技を始めた頃に僕が感じていた世界そのものだった

・遊びは真面目と共存しうる→何かに熱中すること
→遊びは遊び自体が目的で自主的であり義務感に弱い
→これまでの社会は人が淡々と作業をこなすことで産業が成り立ってきた
→今後はテクノロジーの発展で人の作業的部分は減っていく
(21世紀後半にはプロ・アスリートとプロ・アドベンチャーツアラー以外に肉体的労働で対価を得る人は、
ほとんどいなくなると、こちらの本にありましたね)
→作業に遊び感は組み込みにくいがイノベーションやクリエイティビリティが大事な時代になる
→これらには遊び感が大きく影響してくる
→人間にしかできないことが求められるとしたら、遊びの五感的な直感と楽しい気持ちがヒント

・人間とは遊びたいもので、遊ぶことにより人間らしくなると思っている

・・・

いやあ、プロ・アスリートの世界なんて全く別世界と思ってましたが、大いに共感しました




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2023年05月26日

地霊を訪ねる

とーとつですが・・・

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地霊を訪ねる~もうひとつの日本近代史~とゆー本のご紹介



著者略歴と奥付

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目次であります

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そう・・・



鉱山や鉱山跡を中心に辿った旅のエッセイであります・・・

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「まえがき」よりの読後メモ・・・
・同じ技術で同じ製品を生産する同じ規模の企業組織であっても、そのために必要な人材を探し、
技能を高める方式は、日本と欧米、東南アジアとでは少なからぬ違いがある
→その差異と類似性をどう説明すればよいのか・・・
→日本社会を具体的に知るために歩いて旅をする、私流のブラタモリ、街道をゆく・・・
→近代日本の工業化の担い手のひとつ鉱業操業地跡への旅
→地霊(社会風土あるいは習俗)によって「もうひとつの日本の近代」を探ってみたい・・・
と、15年かけて40を超える鉱山跡地を訪れて綴ったのが本書

ちなみに鉱山跡地は地下遺構がメインの廃墟ですから、わたくしの大好きな場所ですし、
鉱山鉄道跡はサイクリング・ロードとして整備されてるところも多く、鉄道敷とゆーのは
そもそも勾配やカーブが緩いので、まったりポタリングにぴったりでこちらも大好きです

以下、最初の「伊那谷から中山道に出る」よりの読後メモ
(福田恒存の言葉の紹介)
・日常的でないものにぶつかったとき即座に応用がきくということ、それが教養というものです
・あることを知ったということは、それを知る前に感じていた未知の世界より、
もっと大きな未知の世界を、眼前にひきすえたということであります
・さらにそれは、そのもっと大きな世界を知らなければならぬという責任を引き受けたことを意味します

・・・

で、各項の紀行内容は、メモするには濃かったので、この際どどんと省略して・・・

「あとがき」よりの読後メモのみ・・・
・どの棚に置けばよいのか、書店が困るような分類の難しい本になった
・旅という体験を通して「足から」しか学べないことは少なくない
・本を読め、人に会え、そして旅をしろ(池島信平の言葉)
・何を読んだか、どこを旅したかを話し合うことで、どのような人格の人物なのかを知ることができる



じっくりと読ませていただきましたが、まさに著者版の「街道をゆく」や「ブラタモリ」で、
経済学者としての深い知識知見だけでなく、幅広い教養と美的感覚と味覚に裏打ちされた、
格調高く味わい深い文章で楽しめました

特に柵原鉱山、生野銀山、紀和鉱山など西日本の鉱山跡については、ライトOFF会キャンプや
ポタリングなどで訪れたことがあるので、それらの歴史や文化、たたら製鉄に関する考察などは
とても興味深く読みました

ええ、当時は前知識なんか殆どなく、みんなでわいわいと坑道に入っては、
「わははは、こんな明るいライト軍団が入ったのは、歴史上初めてのはずじゃあ!!!」
とか、大はしゃぎしてただけですから・・・



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2023年05月19日

稲畑汀子俳句集成

(期間限定のお知らせ)
フラッシュ光・2023ボルネオツアーの案内記事は
こちらです
航空便の予約状況が逼迫してるので興味のある方は早めの連絡をお願いします


と・・・

いよいよ本格的に「晴漕雨読」(晴れたら自転車を漕ぎ雨なら読書)の日々が・・・
と思っていた矢先の落車骨折で思わぬ自宅療養となり「晴読雨読」の日々が続いています


つーことで今回は心静かに俳句なんぞを・・・

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中にあった栞

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そう、稲畑汀子俳句集成であります



著者紹介と奥付

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2022年2月に亡くなった俳人・稲畑汀子の句集で同年5月の初版発行・・・
高価な本ですが7ヶ月後には三刷が発行されてるんですね

著者あとがきが2021年9月15日付、刊行委員会の後記が2022年1月8日付となっており、
後記の追記に「先生に(完成本を)お見せできなかったことが残念でなりません」とありますが、
著者のあとがきには(この本は)「私の生きてきた証です」「自然体で生涯を振り返るという
チャンスをいただきました」とあって、さらに自選句集の集大成ですから、
まさに「集成句集」



恒例により目次のみのご紹介・・・

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わたくしが俳句を論ずるなど、もちろんできないので「句集解題」(
岩岡中正)にあった、
各句集の特徴と、その代表的な作品の中から一部をご紹介・・・

第一句集
①写生と、あるがまま
今日何も彼もなにもかも春らしく
②軽やかな叙法
この辺の景色となってゆく芒

第二句集
①境涯の深まり
とりとめし命に秋の立つ日かな
②存問の広がり
物の芽のどこもかしこも踏みさうで
③花鳥諷詠の心
落椿とはとつぜんに華やげる

第三句集
①海外吟と信仰
三日月の沙漠と聞けば訪ねたし
春雷も心に印す神のもの
②句境の深まり
咲き満ちて花に遅速のなかりけり

第四句集 障子明り
①平明と俳味
口許に目許に春の風邪心地
鳴沙山片陰作りつつありぬ
存問と挨拶
春愁と問へば旅疲れと応ふ
③洗練された美意識
桐箱にかるたの月日をさめおり
一枚の障子明りに伎芸天

第五句集 さゆらぎ
①平明、即興、
存問
三椏の花三三が九三三が九
②滑稽
早々と庭師来てゐる朝寝かな
③21世紀の哲学としての花鳥諷詠詩→生命の写生
山の音とも霧走る音かとも
さゆらぎは開く力よ月見草

句集「花」
存問の旅
②花への
存問
一山の花の散り込む谷と聞く
さゆらぎてさゆらぎて花心かな
③連衆、土地、自然への
存問
みよし野のこたびは花の宿りかな
連れ立つも迷うも花の吉野山
怖くない人数で行く夜の朧

句集「月」
①若々しい詩情の月
月の波消え月の波生まれつつ
月見えぬ側のデッキに月の波
②旅の月
能登の旅日本海の月にそひ
夜々の月名を得て旅路果てにけり
③境涯の月
これよりは月の茶屋守る生活(くらし)かな
丹波路の一人欠けたる月の友
④美しい月
月の燭置きて今宵の浮御堂
⑤月の含意の拡大
置いて来し月が行手に現はるる
梅雨の月狐の仕業かも知れず
⑥祈りの月
寒月の照らすは地震に崩るる町
月満ちてゆく大空に祈りあれ

未刊句集「風の庭」
①旅の日々
初空であり旅空でありにけり
万緑の塊として山を見る
海の日に集ひて地球ボランティア
寄鍋と聞けば出席することに
五月晴明智贔屓の城下町
②日常への
存問
新鮮といひて菜虫の穴だらけ
水音を纏ひ遅日の庭に立つ
腹立ててならぬ転んでならぬ秋

・・・つーことで・・・

わたくしも現在の境涯をば一句・・・

転んでしまいアウトドアなしの春 98k




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2023年05月12日

フラッシュ光・2023ボルネオツアーの公式?案内

(本記事は期間限定のお知らせです)

とーとつですが・・・

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フラッシュ光・2023ボルネオツアーの公式?案内であります

こちらの記事末尾でも日程は紹介しましたが、現時点での2023ツアー概要とご案内です
航空便の予約状況が逼迫してますので参加希望者は早めの連絡をお願いします


①スケジュール(現地での予定は出発までに変更があれば順次更新しています)
(関西空港発着の場合
7泊9日うち平日は4日間で、日本のサラリーマンには優しい選択ですよ)

10月27日(金)
23:25関西空港発(往復ともシンガポール航空を利用予定)

10月28日(土)
04:40チャンギ空港着06:40発 08:10クチン空港着 
ホテルへチェックイン休憩、屋台で昼食後、全面改装されたボルネオ文化博物館へ
夕食は海鮮料理の屋台街
<クチンのホテル泊>

10月29日(日)
ホテルにて朝食後チェックアウト、クチン空港へ
10:55クチン空港発12:35ムル空港着、ムル国立公園へ。約3.4㎞の木道をハイキング
ディア・ケイブとラング・ケイブの見学+コウモリの群れの見学
公園内食堂にて夕食後、ナイト・ウォーク
<グヌン・ムル国立公園の宿泊所泊>

10月30日(月)
公園内食堂にて朝食後にボートで移動、プナン族の村訪問、
ウィンド・ケイブとクリアーウォータ―ケイブの見学、ピクニックランチの昼食
ボートで戻る途中、元気のある方は約3kmのハイキング
公園内食堂にて夕食後、ナイト・ウォーク
<グヌン・ムル国立公園の宿泊所泊>

10月31日(水)
公園内食堂にて朝食、出発まで自由行動(近隣の熱帯雨林を散策)
チェックアウト後、ムル空港へ。昼食はムル空港近くの食堂にて。
13:30ムル空港発15:10クチン空港着、いったんホテルへ
夕食はスチームボート
<クチンのホテル泊>

11月1日(木)
ホテルにて朝食後、ボルネオのジュラシックパークと呼ばれるベンゴー地区へ
(車両とボートで移動。
インドネシアとの国境を跨ぐクレーター状の山脈に囲まれた湖)
滝の傍でビダユ族スタイルのお弁当の昼食。
その後、さらに奥のアナ・ライス村でホームステイ。
サラワク川源流には温泉もあります。夕食は伝統料理。
<ビダユ族のロングハウス泊>

11月2日(金・祝)
ロングハウスにて朝食後、人々の生活や畑などを見学し早めに出発。
屋台で昼食後、
Fairy & Wind Cave へ
ラフレシアが咲いていればグヌン・ガディン国立公園へ
夕方クチン郊外の週末のみに開催されるシニアワンのナイト・バザールへ
ウツボカズラ飯など含めクチン中のいろんな食べ物が並びます。ホテルにチェックイン。
<クチンのホテル泊>

11月3日(土)
ホテルにて朝食後、ホテルをチェックアウト
09:30クチン空港発 11:00チャンギ空港着14:05発 21:10関西空港着、解散


②概算費用など
(出発までに変更があれば順次更新しています)
・関空⇔クチン往復、現地での移動、宿泊、食事等を含み5月12日時点で27万ぐらい
・現地クチンでの集合解散も可能、その場合は半額ぐらいになります
・別途、個人の酒代・土産物代・旅行保険代等が必要(安全な飲み水は用意します)
・クチンでのホテル4泊は基本2人1室ですが、割増料金により1人1室も可能
・ムル国立公園の宿泊所2泊は男女別各4人部屋、ビダユ族の村ホームステイ1泊は全員で
大部屋に近い状態になります

③参加人数・参加方法・申込期限など
・現在確定している参加者は4名で今回は8名前後のツアーにしたいと考えています
・予約申込時期により航空運賃は変わります(満席で予約できない場合もあります)
・参加を希望される方はコメント欄やDMなどで早めの連絡をお願いします
(こちらから申込方法など詳細をお知らせします)

つーことで・・・

秋にはボルネオの洞窟や熱帯雨林でライト照射を楽しみましょう!!!



m98k at 12:12|PermalinkComments(0) mixiチェック フラッシュライト・ランタン | その他アウトドア