2026年10月12日
南港(咲洲)風景メモ
10月3日、ひさしぶりに大阪南港(咲洲)の知人宅を訪問、とても天気がよかったので、
せっかくだし風景をメモしておきます
まずコスモスクエア駅を出て北側を望むと・・・


大阪万博が開催されてた夢洲の向こうに六甲山系が見えます
東側には・・・

港大橋の向こうに遊覧船サンタマリアが見えました
(手前のフェリーターミナルから以前は上海行きが出てたけど今は釜山行きのみだとか)
WTCビル(今は大阪府咲洲庁舎)の高層階から・・・
南側は堺浜から紀泉アルプスまで一望できます

右端、関西電力火力発電所・巨大煙突の先には・・・

関西空港の連絡橋がうっすらと見えました
手前には南港ポートタウンと、



ニュートラムの車両基地
北側には


もと「なにわの海の時空館」の向こうに万博跡地の全景が見えました

世界最大の木造建築に認定されてたリングの一部が残ってますね
手前には

もとワイン館(今は大学の一部)と運河プロムナード・・・
(運河では一時期モンベルがカヌー試乗とかやってたな・・・)
で、その向こうの味気ないビルは、

大阪入管ですね
で、西側には

明石海峡大橋がうっすらと
東側の天保山埠頭には


豪華クルーズ船が停泊してました
世界一周の途中で「たこ焼き寄港」するのか・・・知らんけど・・・

海遊館や大観覧車は知人宅からもちらっと見えてて、


夜景がきれいでした
帰りのコスモスクエア駅からも


なかなかのものでした
(せっかくなのでお昼ご飯もメモ)
今回お昼をご馳走になった・・・



WTCビル17階のレストラン「空海」であります
お昼のビュッフェ・スタイルでしたが・・・



ともかく品数が豊富で、とても全品目制覇はできませんでした どっとはらい
せっかくだし風景をメモしておきます
まずコスモスクエア駅を出て北側を望むと・・・


大阪万博が開催されてた夢洲の向こうに六甲山系が見えます
東側には・・・

港大橋の向こうに遊覧船サンタマリアが見えました
(手前のフェリーターミナルから以前は上海行きが出てたけど今は釜山行きのみだとか)
WTCビル(今は大阪府咲洲庁舎)の高層階から・・・
南側は堺浜から紀泉アルプスまで一望できます

右端、関西電力火力発電所・巨大煙突の先には・・・

関西空港の連絡橋がうっすらと見えました
手前には南港ポートタウンと、



ニュートラムの車両基地
北側には


もと「なにわの海の時空館」の向こうに万博跡地の全景が見えました

世界最大の木造建築に認定されてたリングの一部が残ってますね
手前には

もとワイン館(今は大学の一部)と運河プロムナード・・・
(運河では一時期モンベルがカヌー試乗とかやってたな・・・)
で、その向こうの味気ないビルは、

大阪入管ですね
で、西側には

明石海峡大橋がうっすらと
東側の天保山埠頭には


豪華クルーズ船が停泊してました
世界一周の途中で「たこ焼き寄港」するのか・・・知らんけど・・・

海遊館や大観覧車は知人宅からもちらっと見えてて、


夜景がきれいでした
帰りのコスモスクエア駅からも


なかなかのものでした
(せっかくなのでお昼ご飯もメモ)
今回お昼をご馳走になった・・・



WTCビル17階のレストラン「空海」であります
お昼のビュッフェ・スタイルでしたが・・・



ともかく品数が豊富で、とても全品目制覇はできませんでした どっとはらい
2026年10月07日
食べたい、会いたい、マレーシア
とーとつですが・・・
2年前のトークイベントで知った古川音さんが出された・・・

「食べたい、会いたい、マレーシア」
~多彩な人々がそれぞれ豊かに暮らす国~とゆー本であります
裏表紙カバー

表紙カバー裏

著者紹介と奥付

Special Thanksには、わたくしがボルネオ植林ツアーでお世話になった方々も
巻頭にあったマレーシア地図
(著作物なので公開に問題があれば削除します)

青丸で示された地域の人々の暮らしぶりや食べ物がメインです
目次



紀行文からも写真からも感動が伝わってきて、思いも解説もなるほどと納得したのですが、
ともかく美味しそうな記事と写真が満載で、クチンのサラワク・ラクサやコロミーなんぞは、
味を知ってるだけに、記事をメモってるだけでヨダレが・・・
つーことで今回は本章のメモはあきらめ、著者による「はじめに」と「おわりに」からの
てきとーメモのみです
(それでも著作物からなので公開に問題があれば非公開設定にします)
はじめにより
・2005年から家族の仕事の関係でクアラルンプールで暮らすことになった
⇒それから4年間、現地の日系出版社で働くうちマレーシアの食に惹かれていった
・マレーシアは民族も宗教も言語も食も多様な多民族国家
⇒みんなが違って当たり前の社会だったので、生きるのがずいぶん楽になった
・本書では多様性のあるマレーシア社会が育んだ多様でおいしい食卓に焦点をあてる
⇒私の故郷の熊本では馬刺しをよく食べ、東京ではあまり見かけないが、
⇒その違いを不思議に思ったり、理解しなければと身構えたりすることはないだろう
⇒知らないからと不安になることもなく「へえ、そうだったのか」でいい
⇒私がマレーシアで感じた多様性とは、そのような日常的で身近なもの
⇒もしあなたが周りの目を気にして生きづらさを感じているなら、この多様性が
心を少し軽くしてくれるヒントになるかもしれない・・・
(全4章の内容についてはぜひ本書をお読みくださいね
)
おわりにより
・2023年に40日間のマレーシアごはんの旅をした
⇒20年近く関わってきたマレーシアとつながっていく感覚があった
⇒旅を終え、マレーシアの姿を伝える様々なエピソードを本にしたいと実感した
・クラウドファンディングというカタチに惹かれて出版を決めた
⇒苦労もあったが応援や協力もたくさんいただいた
⇒出版社と著者だけでなく、みなさんと一緒に世に出せたことをうれしく誇らしく思う
・マレーシアで長く暮らす日本人の友人が話してくれた言葉
⇒「マレーシアの人は他人に寛容です。でも、同じぐらい自分にも寛容なんです。」
・つまり、自分に甘いってことよねと、その時は二人で笑ったが、
⇒人にはやさしく自分には厳しく、ではなく、自分にも同じぐらいやさしくする、
⇒私もそんなふうに生きようと思う
⇒みなさまも、よかったらご一緒に・・・
・・・・・
うーむ、わかるなあ・・・
ま、わたくしは人には厳しく自分にはやさしくで・・・
で、こちらクラウドファンディング参加特典として本書に付いていた、

非売品の「食べ歩きミニガイド」であります
そう、

クアラルンプール近郊で20軒、その他で10軒のお店の紹介がメインなんですが・・・
こちらが中にあった「マレーシアの名物料理20」
(こちらも著作物なので公開に問題があれば非公開設定にします)

わたくしが20年間にわたる植林ボランティアツアーで訪問したのは、同じマレーシアでも、
ボルネオ島(東マレーシア)ばかりで、マレー半島(西マレーシア)を訪れたのは一度だけですが、
この20種類の中で食べていない(あるいは記憶にない)のは、13,18,19のみでした・・・
あとはどれも美味しくいただいたことを覚えてますし、これら以外でも様々な海鮮料理や
イバンやビダユの伝統料理(サゴヤシゾウムシの幼虫
は未食ですが、著者はサバ州で生食、
その際の記事もありました
)や、ボルネオ独自の味になった街中の中華料理やインド料理や
マレー料理なども、どれも美味しかったです
そう、これが多民族・多文化の国ならではの食の楽しみ方なんですね
わたくしはイスラムでもヒンドゥーでもないので、ポークもビーフもばくばくいけるし
って、これは日本国内でも同じだったか・・・
2年前のトークイベントで知った古川音さんが出された・・・

「食べたい、会いたい、マレーシア」
~多彩な人々がそれぞれ豊かに暮らす国~とゆー本であります
裏表紙カバー

表紙カバー裏

著者紹介と奥付

Special Thanksには、わたくしがボルネオ植林ツアーでお世話になった方々も
巻頭にあったマレーシア地図
(著作物なので公開に問題があれば削除します)

青丸で示された地域の人々の暮らしぶりや食べ物がメインです
目次



紀行文からも写真からも感動が伝わってきて、思いも解説もなるほどと納得したのですが、
ともかく美味しそうな記事と写真が満載で、クチンのサラワク・ラクサやコロミーなんぞは、
味を知ってるだけに、記事をメモってるだけでヨダレが・・・

つーことで今回は本章のメモはあきらめ、著者による「はじめに」と「おわりに」からの
てきとーメモのみです

(それでも著作物からなので公開に問題があれば非公開設定にします)
はじめにより
・2005年から家族の仕事の関係でクアラルンプールで暮らすことになった
⇒それから4年間、現地の日系出版社で働くうちマレーシアの食に惹かれていった
・マレーシアは民族も宗教も言語も食も多様な多民族国家
⇒みんなが違って当たり前の社会だったので、生きるのがずいぶん楽になった
・本書では多様性のあるマレーシア社会が育んだ多様でおいしい食卓に焦点をあてる
⇒私の故郷の熊本では馬刺しをよく食べ、東京ではあまり見かけないが、
⇒その違いを不思議に思ったり、理解しなければと身構えたりすることはないだろう
⇒知らないからと不安になることもなく「へえ、そうだったのか」でいい
⇒私がマレーシアで感じた多様性とは、そのような日常的で身近なもの
⇒もしあなたが周りの目を気にして生きづらさを感じているなら、この多様性が
心を少し軽くしてくれるヒントになるかもしれない・・・
(全4章の内容についてはぜひ本書をお読みくださいね
)おわりにより
・2023年に40日間のマレーシアごはんの旅をした
⇒20年近く関わってきたマレーシアとつながっていく感覚があった
⇒旅を終え、マレーシアの姿を伝える様々なエピソードを本にしたいと実感した
・クラウドファンディングというカタチに惹かれて出版を決めた
⇒苦労もあったが応援や協力もたくさんいただいた
⇒出版社と著者だけでなく、みなさんと一緒に世に出せたことをうれしく誇らしく思う
・マレーシアで長く暮らす日本人の友人が話してくれた言葉
⇒「マレーシアの人は他人に寛容です。でも、同じぐらい自分にも寛容なんです。」
・つまり、自分に甘いってことよねと、その時は二人で笑ったが、
⇒人にはやさしく自分には厳しく、ではなく、自分にも同じぐらいやさしくする、
⇒私もそんなふうに生きようと思う
⇒みなさまも、よかったらご一緒に・・・
・・・・・
うーむ、わかるなあ・・・
ま、わたくしは人には厳しく自分にはやさしくで・・・

で、こちらクラウドファンディング参加特典として本書に付いていた、

非売品の「食べ歩きミニガイド」であります
そう、

クアラルンプール近郊で20軒、その他で10軒のお店の紹介がメインなんですが・・・
こちらが中にあった「マレーシアの名物料理20」

(こちらも著作物なので公開に問題があれば非公開設定にします)

わたくしが20年間にわたる植林ボランティアツアーで訪問したのは、同じマレーシアでも、
ボルネオ島(東マレーシア)ばかりで、マレー半島(西マレーシア)を訪れたのは一度だけですが、
この20種類の中で食べていない(あるいは記憶にない)のは、13,18,19のみでした・・・
あとはどれも美味しくいただいたことを覚えてますし、これら以外でも様々な海鮮料理や
イバンやビダユの伝統料理(サゴヤシゾウムシの幼虫
は未食ですが、著者はサバ州で生食、その際の記事もありました
)や、ボルネオ独自の味になった街中の中華料理やインド料理やマレー料理なども、どれも美味しかったです
そう、これが多民族・多文化の国ならではの食の楽しみ方なんですね

わたくしはイスラムでもヒンドゥーでもないので、ポークもビーフもばくばくいけるし

って、これは日本国内でも同じだったか・・・

2026年09月30日
老人と孫・・・
先週は敬老の日を含むシルバーウイーク、つーことで老人と海、もとい老人と孫・・・
そう、先週じつにひさしぶりに離れて住むわたくしの孫たちと一緒に過ごせたので、
脳の外部記憶としてメモしておきます
次男のセッティングにより滋賀の宿泊施設に家族が集合したのは9月22日の夕方でした
で、まずは・・・


孫たちも大阪じいじも大好きな焚火から、
孫たちも大阪じいじも大好きな・・・




炭火焼BBQに移行して・・・

大阪じいじの大好きなビールと、大阪ばあばの大好きなチューハイで、

ひたすら、ごくごく、ばくばくと・・・
お泊りだとドライバーも飲めるのが嬉しいですね

持参したブドウ各種や本場からのいただきもの薩摩揚げ各種も好評でした
で、食事がひと段落すると・・・
5歳の誕生日を迎えて主役ティアラを付けてもらった孫のお誕生会・・・

って、ケーキがふたつありますが・・・
ひとつはバースデーケーキで、

もうひとつは大阪じいじの大好きなチョコケーキ・・・
そう、

こちらは敬老ケーキだったのでありますね
ま、孫から奪ったが残してくれたバースデーケーキもしっかり食べましたが
で、孫たちとのプレゼント交換などの儀式を終え、ケーキも食べ終えると、

追いかけっこに続き・・・
夏の名残りの花火大会であります

恒例により最後は線香花火で・・・


ゆく夏を見送りました・・・
と、夜遅くまで遊びまわった子どもたちはパパたちと大きなお風呂に入ってすぐに就寝、
大人たちもこの夜は早めの就寝となりました
で、翌日の朝食後は遊びながらのんびり歩いてフィールドアスレチックへ・・・

幼稚園児の2人もはじめは・・・


小学生になったお兄ちゃんお姉ちゃんの後からフルコースにチャレンジしてましたが
コース最初の「見張り台」で断念、幼児コース兼用の「お城ジャングル」へ・・・



わたくしはもちろんハードなフルコースを!!!、パパたちにまかせて幼児コースへ
しかも・・・




この丘にさえ登らず麓のベンチから望遠レンズで撮るだけでした・・・
さらに、



平坦で小さな幼児コースでもベンチに座ったままでしたが・・・
と、子どもたちは目いっぱい遊んで(じいじはベンチで目いっぱい休憩して)昼前には戻り、
お昼の準備ができるまで、折り紙をしたり絵本を読んだり・・・

で、お昼には次男特製の甘口カレーを・・・

子どもたちは何回もおかわりしてました 大阪じいじは大盛り2回だけでしたが・・・
と、たらふく食べて1時過ぎには現地解散、往路では交通集中による渋滞もありましたが
復路はほぼ渋滞もなく、2時半過ぎに帰宅しました
で、孫たちからの敬老お祝いカードと大阪じいじには・・・


碧州とゆー長期熟成カナディアン・スコッチ・アイラのブレンデッドウイスキーを
大阪ばあばには・・・


フレグランスオイルとリードスティックを・・・
素敵な敬老の日プレゼントをありがとね!!!
ま、大阪じいじから孫たち4人には、お祝いとかとは別に大好きなジブリグッズを・・・

プレゼントしたのですが撮り忘れてて、残ってたタグ画像のみ・・・どっとはらい
そう、先週じつにひさしぶりに離れて住むわたくしの孫たちと一緒に過ごせたので、
脳の外部記憶としてメモしておきます
次男のセッティングにより滋賀の宿泊施設に家族が集合したのは9月22日の夕方でした
で、まずは・・・


孫たちも大阪じいじも大好きな焚火から、

孫たちも大阪じいじも大好きな・・・





炭火焼BBQに移行して・・・


大阪じいじの大好きなビールと、大阪ばあばの大好きなチューハイで、


ひたすら、ごくごく、ばくばくと・・・

お泊りだとドライバーも飲めるのが嬉しいですね

持参したブドウ各種や本場からのいただきもの薩摩揚げ各種も好評でした
で、食事がひと段落すると・・・
5歳の誕生日を迎えて主役ティアラを付けてもらった孫のお誕生会・・・

って、ケーキがふたつありますが・・・
ひとつはバースデーケーキで、

もうひとつは大阪じいじの大好きなチョコケーキ・・・

そう、

こちらは敬老ケーキだったのでありますね

ま、孫

で、孫たちとのプレゼント交換などの儀式を終え、ケーキも食べ終えると、

追いかけっこに続き・・・
夏の名残りの花火大会であります

恒例により最後は線香花火で・・・


ゆく夏を見送りました・・・
と、夜遅くまで遊びまわった子どもたちはパパたちと大きなお風呂に入ってすぐに就寝、
大人たちもこの夜は早めの就寝となりました
で、翌日の朝食後は遊びながらのんびり歩いてフィールドアスレチックへ・・・

幼稚園児の2人もはじめは・・・


小学生になったお兄ちゃんお姉ちゃんの後からフルコースにチャレンジしてましたが
コース最初の「見張り台」で断念、幼児コース兼用の「お城ジャングル」へ・・・



わたくしはもちろんハードなフルコースを!!!、パパたちにまかせて幼児コースへ

しかも・・・




この丘にさえ登らず麓のベンチから望遠レンズで撮るだけでした・・・

さらに、



平坦で小さな幼児コースでもベンチに座ったままでしたが・・・

と、子どもたちは目いっぱい遊んで(じいじはベンチで目いっぱい休憩して)昼前には戻り、
お昼の準備ができるまで、折り紙をしたり絵本を読んだり・・・

で、お昼には次男特製の甘口カレーを・・・

子どもたちは何回もおかわりしてました 大阪じいじは大盛り2回だけでしたが・・・
と、たらふく食べて1時過ぎには現地解散、往路では交通集中による渋滞もありましたが
復路はほぼ渋滞もなく、2時半過ぎに帰宅しました
で、孫たちからの敬老お祝いカードと大阪じいじには・・・


碧州とゆー長期熟成カナディアン・スコッチ・アイラのブレンデッドウイスキーを

大阪ばあばには・・・


フレグランスオイルとリードスティックを・・・
素敵な敬老の日プレゼントをありがとね!!!
ま、大阪じいじから孫たち4人には、お祝いとかとは別に大好きなジブリグッズを・・・

プレゼントしたのですが撮り忘れてて、残ってたタグ画像のみ・・・どっとはらい

2026年09月26日
住吉大社・観月祭2026
昨日9月25日、じつにひさしぶりに住吉大社の観月祭に行ってきました
ますます脳内記憶が怪しくなってるので外部記憶としてメモしておきます
リンク先にあるとおり毎年、中秋の夜に行われるイベントで、18時から本殿内での儀式、
太鼓橋(反橋)での儀式は19時ぐらいからなんですが、18時の15分前に太鼓橋前に着いたら、
すでに臨時の観覧席は満席、何とか最後部の石燈籠に腰かけることができました

やがて篝火が焚かれ・・・


それらしい雰囲気になってきましたが・・・
この夜は厚い雲に覆われてて月はずっと見えませんでした
ま、わたくしは・・・

ずっと月より団子が気になってましたが・・・
まずは・・・

献詠された短歌と俳句を神職が古式の作法にのっとって披講(ひこう)
最後尾は選者で佳作を朗々と披講された歌人

選ばれた短歌13首、俳句13句が披講されるのですが、
ちょうどスピーカーの真ん前に腰かけてたので、それはもう・・・
で、次は住吉踊り保存会の童女たちによる「住吉踊り」


幕末に江戸で大流行した「かっぽれ」の原型で、跳ねるような不思議な踊り方です
(さらに不思議な追記)
で、この踊り方が某マニネラ王国にも伝わり、やがてパタリロ・ド・マリネール8世により、
「クックロビン音頭」に採用され、今や世界中で踊られるよーに・・・って、知らんけど
と、最後は四天王寺楽所雅亮会による舞楽でした



古式の舞楽会にならい「振鉾」に始まり「長慶子」で終わる構成、だそうです
ま、それぞれに解説がありましたが・・・








素人にはよくわかりませんでした
確か昔は巫女さんによる神楽舞があったような記憶が・・・
それにしても・・・
神職の皆さんは木沓だったし、舞楽の皆さんも履かれてるのは昔の履物だろうし、


太鼓橋の上りはともかく、足元の見えない下りは特に大変だったでしょう
で、最終演目の頃には雨も降りだしてきて、向かいにある住𠮷公園へ急ぎました


こちらのコンサートも最後のグループの最後の曲「上を向いて歩こう」でしたが、
アンコール曲「銀河鉄道999」も聴けました
と、雨に追われるように自宅に戻り一息ついて、まずはぷしゅ・んぐんぐんぐ・くはあ
そう、中秋のお月見なんて月が見えなくとも団子や月餅や酒さえあれば・・・
そーいや太鼓橋の上にあった月見団子はどうなったんだろう???
ますます脳内記憶が怪しくなってるので外部記憶としてメモしておきます
リンク先にあるとおり毎年、中秋の夜に行われるイベントで、18時から本殿内での儀式、
太鼓橋(反橋)での儀式は19時ぐらいからなんですが、18時の15分前に太鼓橋前に着いたら、
すでに臨時の観覧席は満席、何とか最後部の石燈籠に腰かけることができました

やがて篝火が焚かれ・・・


それらしい雰囲気になってきましたが・・・
この夜は厚い雲に覆われてて月はずっと見えませんでした
ま、わたくしは・・・

ずっと月より団子が気になってましたが・・・
まずは・・・

献詠された短歌と俳句を神職が古式の作法にのっとって披講(ひこう)
最後尾は選者で佳作を朗々と披講された歌人

選ばれた短歌13首、俳句13句が披講されるのですが、
ちょうどスピーカーの真ん前に腰かけてたので、それはもう・・・
で、次は住吉踊り保存会の童女たちによる「住吉踊り」


幕末に江戸で大流行した「かっぽれ」の原型で、跳ねるような不思議な踊り方です
(さらに不思議な追記)
で、この踊り方が某マニネラ王国にも伝わり、やがてパタリロ・ド・マリネール8世により、
「クックロビン音頭」に採用され、今や世界中で踊られるよーに・・・って、知らんけど

と、最後は四天王寺楽所雅亮会による舞楽でした



古式の舞楽会にならい「振鉾」に始まり「長慶子」で終わる構成、だそうです
ま、それぞれに解説がありましたが・・・








素人にはよくわかりませんでした

確か昔は巫女さんによる神楽舞があったような記憶が・・・

それにしても・・・
神職の皆さんは木沓だったし、舞楽の皆さんも履かれてるのは昔の履物だろうし、


太鼓橋の上りはともかく、足元の見えない下りは特に大変だったでしょう
で、最終演目の頃には雨も降りだしてきて、向かいにある住𠮷公園へ急ぎました


こちらのコンサートも最後のグループの最後の曲「上を向いて歩こう」でしたが、
アンコール曲「銀河鉄道999」も聴けました
と、雨に追われるように自宅に戻り一息ついて、まずはぷしゅ・んぐんぐんぐ・くはあ

そう、中秋のお月見なんて月が見えなくとも団子や月餅や酒さえあれば・・・

そーいや太鼓橋の上にあった月見団子はどうなったんだろう???
2026年09月20日
ネパールまつり大阪
とーとつですが、昨日と本日の二日間・・・

「ネパールまつり大阪」が開催されてて、昨日うちの奥様らが参加してたので、
さくさくっとご紹介・・・(わたくしは自宅で呑んだくれお留守番でした
)
会場は大阪市生野区にある「いくのパーク」、昔の御幸森小学校ですね









ネパール人も日本人も大勢でネパール料理もあって大いに賑わっていたそうです
こちらはネパールの神秘の響き、シンギングボウル・・・


ええ、日本人の先生がネパール人の生徒に教えてました
今回イベントは本日20時までですが、今後の支援方法などについてはイベントを主催された
特定非営利活動法人クシうれし協会までお問い合わせください
ネパールの土石流については、やはり以前から指摘されていた地球温暖化による氷河融解が
原因だったことが明らかになってきており、温室効果ガスの排出量が我々よりも極めて少ない
ネパールの人たちに大きな犠牲が出ています
直接の支援でも、彼らのために我々が身近にできることでも・・・
日本から届け!!!ネパールへ

「ネパールまつり大阪」が開催されてて、昨日うちの奥様らが参加してたので、
さくさくっとご紹介・・・(わたくしは自宅で
)会場は大阪市生野区にある「いくのパーク」、昔の御幸森小学校ですね









ネパール人も日本人も大勢でネパール料理もあって大いに賑わっていたそうです
こちらはネパールの神秘の響き、シンギングボウル・・・


ええ、日本人の先生がネパール人の生徒に教えてました

今回イベントは本日20時までですが、今後の支援方法などについてはイベントを主催された
特定非営利活動法人クシうれし協会までお問い合わせください
ネパールの土石流については、やはり以前から指摘されていた地球温暖化による氷河融解が
原因だったことが明らかになってきており、温室効果ガスの排出量が我々よりも極めて少ない
ネパールの人たちに大きな犠牲が出ています
直接の支援でも、彼らのために我々が身近にできることでも・・・
日本から届け!!!ネパールへ
