2026年05月10日

GW乾杯メモ

10日ぶりの記事更新となりましたが・・・

GWの
10日間(とその前後も)あちこちで乾杯してたので備忘のためメモしておきます

まず4月28日には前回記事のとおり「お花畑キャンプ」で何度も乾杯してました

で、5月2日には家内の妹(酒豪)がひさしぶりに自宅に来てくれて・・・

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まずは赤のスパークリングワインで乾杯



たちまち3人で1本を空け、とりあえずビールに切り替えて・・・

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こちらもひさしぶりの家内手作り煮込みハンバーグなんぞで再び乾杯・・・




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やがて手作り茶碗蒸しなんぞが出るとビールから日本酒へ・・・



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日本酒からハイボール、そして再びビールへとゆーメビウスの輪になり・・・



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ついにこの夜はお土産の立町カヌレまで辿り着かず、5時間は乾杯を繰り返しましたとさ


で、翌3日の昼には近所に引っ越してきた妹の友人(酒豪)も招いて・・・

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ネパール料理「サウラハ」のテイクアウトで4人で乾杯

ばくばく食べてかぱかぱ呑んでから、わたくしは中座して実家に向かいましたが、
さらに3人は赤ワインなんぞで延々と盛り上がってたそうです


で、3時にはwingさんがわたくしの実家に到着、4時前には川端さんも到着して・・・

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ひさしぶりのライトOFF会つーか、おなじみまったりダベり会



つーことで6時過ぎには3人でふらふら歩いて麵屋・爽月へ

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カツオ出汁の効いた「だし巻き卵」なんぞで・・・




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まずは「店主おまかせ試飲セット」この夜は計6種類で乾杯




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わたくしはこちらの3種類でしたが、中でも左の「諸事情」つーのは・・・
諸事情により通常通りに作れなかったら案外美味しくできた銘柄、とのことでした



wingさんはこちらの3種類

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で、お気に入りになった左の濁り酒「THE MOON」をショットで追加したりして・・・

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ごぼう天は出汁の効いた餡も秀逸でした(背景は追加した「肉入りだし巻き卵」)




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おなじみ「とり天」と、ひさしぶりの「おでんコロッケ」で、こちらも出汁が秀逸です




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wingさん好みのハムカツ


と、もちろん〆は、

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ざる蕎麦でと・・・


と、夜食・朝食・飲み物・甘味をスーパーで買い出しして実家に戻りましたが・・・

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わたくしは甘味なんぞで軽くダベっただけで11時過ぎにはシュラフに潜り込みました
そう、さすがに「乾杯疲れ」が出てきたのでしょうか・・・げふっ
(ま、買ったはずの助六寿司とかが何故か深夜には消えてましたが)

で、翌朝8時半にはごつほざさんも来てくれ、まともなライトOFF会になって盛り上がり、
皆さん昼食に外出するのもめんどーになって、かつやのカツ丼をテイクアウト・・・

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誰か1名だけビール、2名はノンアル、
呑まない川端さんはコーヒーで乾杯

と「3ヶ月でマスターする古代文明」なんぞを観ながらダベり続け、夕方には解散しました


で、4日の昼前には長男家族が名古屋から帰阪、いつもの公園の児童遊園で合流し・・・

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いつもの「どこでも宴会セット」を拡げて・・・



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家内の手作り弁当で乾杯

孫たちは公園を駆けまわり、約3分間だけボール投げに付き合った大阪じいじは、
たちまち足腰だけでなく上半身にも激痛が・・・うぐぐぐ


と、思い切り遊びまわった後の自宅での夕食は・・・

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大阪じいじ手作りの「すき焼き」で乾杯


この夜も長男の嫁(酒豪)らと大いに吞んで食べたのですが、孫(次女のほう)がすっかり
肉好きになっているのに驚きました
今や食べ物で大好きなのは麺類と肉類だそうで、これが隔世遺伝つーやつなのか???

ちなみに〆にはきしめんを投入しましたが、嫁は名古屋でもあまり食べないとのことで、
これも驚きでした
ま、
孫(次女のほう)は麺類なら何でもちゅるちゅるばくばくだそうですが・・・

で、彼らは8時過ぎには近所に予約していたゲストハウスに戻って早めの就寝
そう、翌5日は早朝からUSJユニバーサルスタジオジャパンだったのでありますね

わたくしたちも誘ってくれてたのですが、連休中で凄い人出だろうし、孫たちのお目当ては
マリオとかミニオンとかだろうし、つーことでこの日は彼らだけで行ってもらいましたが、
ゲストハウスに戻ったのは9時半を過ぎてたそうで、たっぷりと楽しんだようです

と、翌6日は6人全員が長男のクルマで・・・

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ザ・シンフォニーホールでのコンサート(午前の部)へ・・・
「0歳児からのオーケストラ」つーことでしたが大人も充分に楽しめました


つーことで、この日の昼食は・・・

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(長男が予約してくれてた)グラングリーン大阪B1にある、お好み焼き屋さんへ



まずは焼きそばで乾杯

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ま、運転する長男夫婦はノンアルでしたが




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孫(次女のほう)は肉と麺だけを選んでばくばく、大阪じいじは手当たり次第にばくばく




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〆の抹茶パフェなんぞもばくばくばく

長男家族とは店の前で分かれ、彼らはクルマで名古屋へ帰宅・・・
わたくしたち夫婦はJR環状線と南海本線でのんびり帰宅しました
そう、今はJR大阪駅に新線の「うめきた地下口」ができてるんですね 知りませんでした


で、昨日の5月9日には・・・

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夕方からチン電「北天下茶屋」電停前にあるイタリアン「タルタルーガ」の2階へ・・・


まずはスパークリングワインで、

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4人で乾杯

そう、こちらの記事後半のとおり、たまたま公園で出会ったトレック乗りの彼女(酒豪)と、
彼女の彼氏
(酒豪)とは、その後すっかり呑み友達になってて家内と4人、前回は肥田シェフの
ぽたじぇで、今回はこちらでの呑み会となった次第なのでありますね


で、

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美味しい前菜を食べ終える前に最初のスパークリングワインが空いてしまい、





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2本目の白(びみょーにオレンジ?)ワインで2度目の乾杯



さらに・・・

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ピザとペンネを食べ終える頃には白ワインも空いたので・・・


メインの肉料理にあわせて赤ワインを注文・・・

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3度目の乾杯であります


で、メインの肉料理は・・・

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食べる前に撮ればよかったものを・・・


と、〆はもちろん

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美味しいピザとパスタでした めでたしめでたし

と、気づけばこの日も5時から9時前まで4時間近く楽しい会話で過ごしてました

帰りはチン電(阪堺線)の本数が少なかったので南海・天下茶屋駅まで見送ってくれて、
無事に帰宅することができました ありがとね

お二人とも当ブログサイトの記事で折りたたみ小径車(ミニベロ)にも興味を持たれたようで、
いつかお気楽ポタリングにご一緒できるといいなあ
でも彼らは日帰りで軽く100kmは漕ぐそうですから、わたくしは迷惑なだけか・・・

さてさて、次回はいつどこの呑み会で乾杯できるかな・・・わくわく



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2026年05月01日

お花畑キャンプ!!!

とーとつですが・・・

4月28日~29日

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池畔に面した・・・




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お花畑で・・・




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キャンプ宴会してました!!!

そう、今回は池畔お花畑(農地)キャンプに誘っていただいた次第



その場で採りたてのスナップエンドウはマヨネーズで

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他の野菜も無農薬なので、そのまま食べたり鍋物に入れたり焼いたり・・・
まさに地産地消・・・つーか、その場で採って食べられる贅沢キャンプでした


ちなみに、

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焼き物はわたくしがネパール料理各種を持参しましたが・・・

鍋具材など食材や飲料の買い出しは徒歩5分のところにスーパーやホームセンターがあり、
畑の
真横には公園の清潔な水洗トイレ、池畔なので周囲の建物からも道路からも離れており、
大阪市内からもクルマで近く、お手軽キャンプ宴会には理想的な環境でした
もちろんフェンスに囲まれた個人の農地なので完全プライベートサイトになります



やがて・・・

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陽も傾いてくると・・・




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何度目かの乾杯



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今回はこんなビールも試してみました
ま、3本目だったので味はよくわかりませんでしたが・・・ひっく


やがて9時前には仕事やボランティア活動を終えた二人が到着して、

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この夜のメンバー5人が全員揃ったので、あらためて乾杯!!!




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鍋の具材が追加されネパール焼き物が焚火で温められると・・・



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wingさん差し入れのスパークリングワインをば・・・




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同じく差し入れてくれた各種キットカットでかぱかぱと・・・

他にも干物なんぞで焼酎やスコッチを炭酸で割ったりして、さらにかぱかぱかぱ・・・



池のほうに目をやると・・・

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対岸の集合住宅が池面に映えて、きれいきれい



ま、夜はけっこう寒くなりましたが・・・

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わたくしがテントに入ったのは1時半でした



で、翌朝は7時過ぎに起床

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朝から一人が来られ計6人になり池のカモさんなんぞを観察してましたが・・・




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朝食用のパンや鍋用のうどん玉、厚揚げなど寝る前に片付け忘れてた一部の食材は、
ハシボソカラスさんに略奪されてました
よく出没するというアライグマさんには注意してたのですが完全なミスでした



ええ、

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まだ名残惜しそうに眺めてますが・・・
近くに巣があって子育て中だったようです


で、ここの畑ではケリさんも子育てするそうで・・・

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怪しいオッサンなんぞが畑に入ると果敢にアタマを「蹴り」に来るそうです



ま、わたくしはタープの中から座ったまま撮影・・・

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マイクロフォーサーズ300mm(フルサイズ600mm)のレンズではこれが限界・・・

とか、諦めてたら野鳥好きのN家さんが、同じ
マイクロフォーサーズ・マウントの
でっかい
ズームレンズを貸してくれて・・・


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うーむ、やはり機材の違いは大きいですね

ちなみにN家さんやwingさんは飛翔するケリさんやハシボソさんのヒナなんぞも見事に
撮っておられましたが、ま、機材の違いとゆーことにしておきます

と、わたくしは自宅の片付けがあり昼前には解散しましたが、皆さんはタケノコ掘りとかに
行かれたのかな???

ともかく今回は最高のプライベート・キャンプサイトでした
N井隊長、誠にありがとうございました!!!



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2026年04月24日

ミューSP9グリップ換装!!!

ええ、4月からようやく再開した・・・

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ダホン・ミューSP9(今のモデルならエアスピードD9?)による堺浜ポタリングなんですが、
ひさしぶりに2時間も漕いでると、ハンドルを持つ位置を変えたくなってきました

ドロップハンドルなら、上ハンを持つかブレーキブラケットを持つかで手の
位置や角度を
変えることができるし
(わたくし98kが下ハンを持つことは98%ありません、きっぱりと)、

リコールされたシルヴァF8Fには、あまり乗らなくなったダホン・エスプレッソに装着してた
エルゴングリップGP2を換装してたので、再度これに換装しようかとも考えましたが、
換装記事にあるとおり、これはあくまでグリップシフト用のショートタイプ・・・
さすがに古くなったし、今回は思い切って新品のロングタイプを購入して換装した次第

と、前置きが長くなりましたが・・・

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この使い込んだダホン純正グリップを新品のエルゴングリップに換装・・・



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ただし付いてる右側バーエンド・ミラーの代替をどうするか・・・


とりあえず、

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エルゴングリップGP2のLサイズ(Evoは進化版???)であります
そう、わたくし手袋はLかXLサイズなもので・・・


つーことで日本語の説明書どおりに・・・

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装着するとブレーキブラケットとの間に僅かな隙間ができました
ダホンのオリジナルグリップのほうがやや長かったのかな?


で、ブレーキブラケットをを少し外側にずらせて・・・

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ついでに転倒して塗装が剥げてたベルもこちらに付け替えて・・・

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さてさて、装着できなくなった右バーエンド・ミラーの代替をどうするか・・・

わたくし右
バーエンド・ミラーはロードバイクには装着してますが滅多にない車道走行時用で
リコールされたシルヴァF8Fには装着してませんでした
でもwingさんからミラー付きでミューSP9を
譲っていただいて以来、すっかりミラー付きに
慣れてしまったとゆーか、今や振り向くのさえめんどーになってしまいミラーは必需品に、
かといってバーエンド以外にミラーを付けるとなると大げさになるし・・・


「腕時計式」のミラーつーのはどうなんでしょうね???
感想やオススメを教えていただけるとありがたいです



つーことで、ま、とりあえずは・・・


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新品のエルゴングリップGP2には換装完了であります!!!



(4/25追記です)

翌日、さっそく堺浜ポタへ・・・

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ええ、実に快適でした
同じ持ち方に慣れたつもりでしたが、持ち位置を変えるだけで腕や手首や指先の疲れ具合が
ずいぶんラクになりました


ちなみに土曜日だったので広場もけっこうな人出で・・・

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よさげなテントや・・・




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よさげなヨットも・・・




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2026年04月19日

5ヶ月ぶりの堺浜ポタ

先週から(なんと5ヶ月ぶりに!!!)堺浜ポタリングを再開してます


大和川の右岸から

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左岸へ

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堺浜周回への往路で休憩して、

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ま、堺浜周回5kmは1周から3周ぐらいで勘弁してやって・・・



突端の東屋でも休憩して・・・

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さらに復路でも休憩、

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そーいや昨年も春と秋、ほんの一時期だけの堺浜ポタリングやったな・・・

今年こそは梅雨も真夏も真冬も最低7周は毎日漕ぎ続け、脂肪を減らし筋肉を増やし・・・
とか毎年誓いつつも梅雨や真夏や真冬に限らず、毎日昼から・・・
ぷしゅ、ごきゅごきゅごきゅ、くはあ、になってるのはなぜなのか???


ま、せっかくなので大和川にいた・・・

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カモメさんたちもご紹介




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顔の黒いのは幼鳥?
⇒訂正⇒黒いのはユリカモメさんの夏羽だそうです



カモさんとサギさんも

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サギさんとカワウさん?も

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(4/20追記です)

たまたまアマサギさんとか?が撮れたので画像を追加しました

アマサギさん

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背景で浮上してるのは大和川のネッシー 全長10mの首長竜か???・・・げひげひ



海のカモさん⇒4/21訂正⇒オオバンさんだそうです

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川のカモさん

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カモフラのおっさん

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大阪府警のまいしまさん

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(4/21訂正ついでに当日分を追加)

大阪府警の機動隊さん???

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先週からずっと訓練中で、まことにご苦労様です



で、4/21のアマサギさん

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草むらでも餌を探してました



でもやはり・・・

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視界の効く樹上がいいのでしょうか・・・


で、

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飛ぶのをはじめて見ました・・・
(追記ここまで)


で、いつもの公園いつもの場所のソメイヨシノはもうすっかり葉桜に・・・

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で、今は・・・

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サトザクラのカンザンだそうです・・・


そして・・・

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ネモフィラも満開



つーことで、

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有料BBQスペースはまだまだ盛況でした

って、このコールマンのタープ(パーティーシェード)、遮光・遮熱タイプもあって別売りの
サイドウォールをセットすれば冬でも使えそうで、ずっと買い物リストに入ってるんだけど、
やはり組み立てはイベントタープより手間かなあ・・・うじうじうじ・・・




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2026年04月16日

「あの戦争」は何だったのか

引き続きの読書メモになりますが・・・

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辻田真佐憲著~「あの戦争」は何だったのか~であります

わたくしが「ホノルルの休日」から2月末に帰国して最初に読みはじめていた本で、たまたま
アメリカとイスラエルによる
イラン攻撃の開始時期と重なってて、まさに「あの戦争」
後の
世界の仕組みが崩れていく現状を予測しているかの
ような内容で驚いています


あらためての著者紹介

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著者の本は何冊か紹介してるので著者名などで「当サイトの記事検索」をご利用ください



奥付

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2025年7月の発行なので第2次トランプ政権発足後の世界情勢までは反映されてました



目次

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この著者の目次は内容を簡潔にまとめてあるので、目次だけでも概要がわかりますが、
今回も視点が比較的まともだと感じました

(以下てきとー読書メモですが著作物からなので公開に問題があれば非公開にします)


はじめにより

・「あの戦争」はなぜ起きたのか?と、よく問われるが、
⇒日本が米国の石油禁輸で追い詰められたから、というのが一般的な答えだろう
⇒では、なぜ石油が禁輸されたのか
⇒日本が仏領インドシナまで進駐したから
⇒では、なぜ進駐したのか、軍を引き上げればよかったのか
⇒そんな単純な問題ではなく・・・と芋づる式に関連事項がつながり時間がかかる

・そもそも、「あの戦争」とは何を指すのか?
⇒大東亜戦争?太平洋戦争?十五年戦争?アジア太平洋戦争?第二次世界大戦?

・いつ始まったのか(第1章)、どこで間違ったのか(第2章)などから「何だったか」の核心に迫る
⇒歴史は客観的なものではなく、つねに現在からの解釈なのだから
⇒PTSD概念がなかった頃の兵士の心的外傷を現在の立場から再発見するのと同じ

・ウクライナ、中東、新トランプ政権の米国、中国と台湾、グローバルサウスの躍進
⇒「あの戦争」後の国際秩序の枠組みは明らかに揺らいできている
⇒まさに2022年末に翌年の展望を問われたタモリが答えていたとおり「新しい戦前」に

・中国ではこれまで戦前の排日運動や蒋介石の対日攻勢に触れることは日本の侵略責任を
相対化することになる、戦争の原因はすべて日本の侵略であり中国人は受け身の被害者である、
という立場だったので、ずっと忌避されていた
⇒だが現在では、これらを中国側の主体的な動きと見る視点が受け入れられている
⇒新資料の発掘に加え中国が経済的・軍事的に台頭していることが影響している
⇒「これだけ積極的な中国人が当時だけ受け身だったとは考えられない」という感覚

・ヨーロッパでは第三世界の台頭で植民地支配の責任問題が問われ始めている
⇒近代日本の歩みやアジア主義の理想には欧米の植民地支配の被害者としての側面もある
⇒それで日本の軍事行動が全面的に正当化されるわけではないが、加害か被害か・正義か悪か、
の二者択一ではない、多角的に再検討する姿勢が求められている(第3章)

・かつて「大東亜」と呼んだ国々の歴史博物館や記念碑は冷戦後のものが多い
⇒それら現在の
「大東亜」では日本をどう見てるのか(第4章)、
⇒「あの戦争」はいつ終わるのか(第5章)という問いで、日本の「国民の物語」に向き合う
⇒日本では未だに近代を包括する物語が共有されておらず国立の近現代歴史博物館もない

・過去を糾弾するだけでも賞賛するだけでもなく、小さく否定し大きく肯定する
⇒(国民という枠組みなど幻想とは理解しつつも)国際秩序は国民国家単位で成り立っており、
戦争が国民国家の行為とされる以上、それを抜きに当時の歴史を語るのは現実的ではない

・本書は「あの戦争」を我々の物語として再受容し、表題の究極の問いに答える試み・・・


第1章より

・「日中戦争」は1937年7月7日の盧溝橋(支那事変)から?
・「太平洋戦争」は1941年12月8日の真珠湾から?(実際には1時間前の英領マレー半島上陸から?)
⇒政府が
1941年12月12日に対米英戦を「大東亜戦争」とした際に支那事変を含むとした
⇒ところが閣議決定による平時と戦時の区切りは12月8日午前1時30分(給与・刑法上)
⇒今も政府は「先の大戦の戦没者は約310万人(うち軍人・軍属は約230万人)」としているが、
これは
1937年7月
(支那事変)から起算した戦没者数
・平成天皇や左派の「15年戦争」は1931年9月18日の柳条湖(満州事変)から(加害者の視点)
・林房雄の「東亜百年戦争」は欧米列強の来航(1844~1848)への反撃から(被害者の視点)

・「アジア・太平洋戦争」と「アジア太平洋戦争」と「大東亜戦争」(略)

・第一次世界大戦の陸軍中堅幕僚への衝撃
⇒これからの戦争は総力戦になり資源確保が不可欠になる
⇒関東軍の暴走(日本に独裁者はおらず様々な勢力が加担)
⇒戦後のパリ講和会議での民族自決・ナショナリズム⇒日本の中国権益への不安感も
⇒強硬論で蒋介石の主要都市を攻略占領した
⇒それでも足りない資源が石油やゴムなど⇒南進へ

・東南アジアでは緩衝地帯のタイ以外はフランス・オランダ・米国・英国の植民地だった
⇒1939年9月に第二次世界大戦がはじまった
⇒この機に乗じ南進して資源を確保、蒋介石支援ルートを遮断して日中戦争も解決
⇒参戦していない米国には大きく依存しており対立は避けたかった(が楽観的だった)

・1941年7月に仏領インドシナ南部に進駐(南進の足場確保)
⇒南部の中心サイゴンはバンコク・シンガポール・蘭領インドシナなどへの戦略的な要衝
⇒連合国への直接的な脅威と受け止められた⇒石油の全面禁輸へ

・1941年11月の事実上の最後通牒であるハル・ノート⇒全面撤兵などを要求
⇒第一次世界大戦からの総力戦体制の整備が否定されるに等しい
⇒避けるべきはずの米国との戦争に
⇒司令塔が不在で場当たり的な対外政策だった

・「あの戦争」筆者の考え
⇒形式的なはじまりは1941年12月8日だが、実質的なはじまりは1937年7月7日
(その前には継続的で大規模な軍事衝突がなかったから)
⇒戦争名称としては日中戦争、対米英開戦以降は日中戦争を含め大東亜戦争と呼称する
(大東亜は歴史上の名称として使われており戦争だけ太平洋に置き換える空気支配こそが問題)
⇒原因は黒船来航まで遡ることに賛同する(内在的な論理として理解する)
⇒愚かだった、狂気だった、だけでは有益な教訓は引き出せない
⇒物語の否定ではなく物語の絶え間ない選択が必要



第2章より


・どこが間違っていたかを
様々な「IF」から検証(略)
(どれもなるほどと納得できたので目次の小項目から推測して下さいね)
⇒結論的には小林秀雄の「歴史の必然性」になるが、
(歴史とは無数の要因が絡み合って展開するもので過去を変えることはできないが、)
⇒戦争への道を振り返り様々な可能性を考えることで、未来を変えるための努力はできる


第3章より

・当時の理想は単なるプロパガンダだったのか?
⇒日米開戦で「アジアの解放」という聖戦の意義がはっきりしたと多数の
知識人が歓喜した
(それまでの日中戦争でいくら聖戦と言われても中国のナショナリズムに対抗して日本の権益を
守ろうとする、弱い者いじめの主張に過ぎず、すっきりしなかった)
⇒脱亜入欧とアジア主義の相克
⇒欧米からの人種的・文化的な差別と朝鮮や台湾での欧米式植民地支配
⇒大東亜新秩序建設のため邪悪な存在(欧米)に立ち向かう正義の開戦
⇒プロパガンダで強調されたにしても、この構図が大多数に支えられていたのではないか

・1905年の日露戦争の勝利
⇒アジアの弱小国が白人帝国に勝利した事実は欧米の植民地支配に苦しむ人々に影響した

・1919年パリ講和会議における国際連盟規約への日本の「人種差別撤廃」内容追加要求
⇒正邪だけでなく米国の日系移民排斥など国益上の動機もあったが強い共感を呼んだ
(結果的には白豪主義のオーストラリア首相ヒューズを中心に英米が反対して否決された)
(日本も支配地域で他民族を差別的に扱っていた事実もあり評価はその間ですべき)
(アフリカ系米国人に当時の日本への共感や期待があったのも事実だが批判もあった)

・1932年3月の満洲国建国では「王道楽土」や「五族協和」だった
⇒1937年7月の日中戦争勃発では「横暴な中国を懲らしめる」になったが、長期化が決定的に
なった同年11月には近衛文麿首相により「東亜新秩序建設」が新しい戦争目的に
⇒いわば付け焼刃的にアジア主義が台頭した
⇒この流れで登場したのが日本書紀で神武天皇の言葉とされる「八紘一(為)宇」(略)

・1942年1月21日の東条英機首相の衆議院本会議演説
⇒大東亜共栄圏の建設とは日本を中心に道義的秩序の形成を目指すもの⇒八紘一宇

・1943年11月の大東亜会議における共同宣言
⇒日本・中華民国・タイ・満州国・フィリピン・ビルマ・自由インド仮政府(陪席)による
(ベトナム・カンボジア・ラオス・マレーシア・インドネシアに該当する地域は直接支配していた)
⇒共存共栄、独立親和、文化高揚、経済繁栄、人種差別撤廃による世界貢献の五原則
⇒戦局の悪化で形式的にせよ占領地に独立や自主性を与える方針になったもの
⇒大東亜政略指導大綱では逆にアジア諸民族を日本に従属させる構造になっている

・過酷な植民地支配や占領統治の事実を率直に認めたうえで、世界に先駆け人種差別撤廃を
国際連盟に提案しアジアで共同宣言した日本として、外国人差別・人種差別に反対すべき
⇒このアジア主義こそ新たな「国民の物語」ではないか・・・


第4章より

・東条英機の外遊ルート1943
南京・上海・新京(長春)・奉天(潘陽)・マニラ・サイゴン(ホーチミン)・バンコク・シンガポール・
パレンバン・ジャカルタ・クチン・ラブアン・(日本領だった)京城(ソウル)・台北・高雄
⇒そのすべてを巡って東条の大東亜外交がどう評価されているかを確認した(内容は略)

・シンガポール⇒ディスカバリーセンターとフォード旧工場で

・ジャカルタ⇒国家記念塔モナス地下の51のジオラマ

・パレンバン⇒製油所内よりも戦争賠償のアンペラ橋で

・クチン⇒ボルネオ守備隊の司令官官邸となった旧王宮アスタナと対岸の司令部となった
裁判所と増設されたジャパニーズ・ビルディングとマレーシア最大のボルネオ文化博物館

・ラブアン島⇒ヴィクトリアのラブアン歴史博物館とその前庭にある司令官・前田大将記念碑と
マレーシア最大の戦争記念墓地で英豪兵3908名が眠るラブアン第二次世界大戦墓地で

・バンコク⇒ドンムアン空港北にあるナショナルメモリアル併設の軍事博物館とアユタヤ⇒
日本人村公園にある歴史研究センター別館で

・新京(長春)⇒満州国皇帝溥儀の宮殿跡である偽満皇宮博物院で

・奉天(潘陽)⇒柳条湖事件(満州事変)の現場近くにある9.18歴史博物館で

・南京⇒2017年にリニューアルされた大虐殺記念館と、もと国民政府外交部(外務省)庁舎⇒
支那派遣軍総司令部⇒現在は江蘇省人民常務委員会庁舎で

・マニラ⇒マニラ市街戦では10万人以上の市民、フィリピン全体では100万人以上が犠牲に
⇒なのでモニュメントや歴史解説は数多い⇒「許そう、だが忘れない」⇒和解の道へ

⇒2024年11月、宮崎駿監督がアジアのノーベル賞といわれるフィリピンのマグサイサイ賞を
受賞した際、2016年の天皇皇后のマニラ訪問時の哀悼に触れ「多くの民間人を殺害したことを
日本人は忘れてはならないのです、その事実はいつまでも残ります」と発言した

⇒この発言は戦争をめぐる記憶のあり方として、ひとつの模範的なかたちといえる
⇒被害を受けた側が
「許そう、だが忘れない」という物語を紡いでいるときに、加害側が
「忘れた」と応じてしまえば和解の前提が成り立たない
⇒「知らなかった」ではなく「忘れない」と応じて共有し、その後に知ればよい

(フィリピン、ベトナム、台湾などについては前著「ルポ国威発揚」を参照)
⇒若い国家では「国民の物語」を構築しやすいが日本ではどうか


第5章より

・「あの戦争」はいつ歴史の出来事として「終わった」といえるのか
⇒国立歴史民俗博物館は2010年に現代をテーマとする第6展示室を新設したが「あの戦争」に
関する展示は驚くほどあっさりしている⇒まだ社会的合意が形成されていないから
⇒国立昭和館も展示の中心は戦時下の国民生活で多角的な視点がない
⇒同様だから

・明確な歴史観を提示しているのは靖国神社の遊就館
⇒靖国史観は日本の行動を正当化・美化したものと思われやすいが「受け身史観」
⇒すべては自国を守るためのやむを得ない消極的な行動であったという史観
⇒明治期から第一次世界大戦までは説得力があるが、それ以降は単なる被害者ではない
⇒支援者の主流の保守派といっても親米から反米まであり歴史観も多様で一枚岩ではない
⇒民間の博物館なので自由だが日本の戦争博物館とされており、指摘による見直しもある

・靖国史観とは異なるのが東京大空襲・戦災資料センターの工夫
⇒日本も含む世界的な空襲の歴史を踏まえたうえでの東京・広島・長崎で被害者史観ではない

・国立アメリカ歴史博物館
⇒日本に関する説明には無理があるが・・・
(「悪者」の主語が
ヒトラー・ムッソリーニに較べ(司令塔不在で)東条から二転三転している)
⇒日系人12万人強制収容の負の歴史も原爆投下の両論もある⇒全肯定に傾かない展示
(ただしトランプ政権によるD多様性E公平性I包括性の見直しで変わる可能性もある)

・「あの戦争」は記憶の風化で終わるか、新たな戦争などで上書きされて終わるか
⇒どちらも希望のない終わり方
⇒だが
「あの戦争」は政治的・経済的・軍事的に日本の黄金時代だった昭和の一大イベント
⇒さらに明治以降の近代国家建国史の総決算で歴史から消え去るとは想像しがたい

・近代日本の歩みを欧米列強に抗った正義の歴史として全面的に肯定する必要もなければ、
逆にアジアを侵略した暗黒の歴史として一方的に断罪する必要もない
⇒国立博物館では基本的に自国の歩みを肯定し過ちや課題も正直に記して65点ぐらいで

・さらに肯定する立場なら、日本が列強の一員として主要な役割を果たしてきたこと、
その主体であり他者に影響を与える存在であったこと、その影響には肯定的な面も否定的な面も
存在したこと、その全体を引き受けるのが主体性であることを理解したうえで、日本は近代の
主人公の一人という自覚を持ってやればよい
(大東亜の理想に普遍性があるなら、それがどこで破綻し、どのような問題を生んだかを示し、
理想と現実の乖離を描くことで、理想の真価が際立つ)

・国立の歴史博物館は政府の立場になり中立には限界がある
⇒民間の博物館では右も左もあってよい
⇒この二重構造が歴史のあるべき姿と考えて私人としてこの本を記した

「あの戦争」は日本の近現代史の流れの中で位置づけて、はじめて全体像が立ち上がる
⇒その視点に立つことで過剰な肯定にも否定にもならず落ち着くのではないか・・・


おわりにより

・小林秀雄の「歴史は因果の鎖ではなく愛惜の念により、はじめて意味を持つ」
⇒歴史に関心を抱くのは一個の主体が存在し、その主体に動機があるから
⇒かつての動機は多くに共有された戦争体験で、誰もが昭和史に関心を抱いた
⇒では、その共有体験が失われた今は歴史に無関心になったか
⇒エンタメやフィクションの物語で血の通った個々の人生に結びついてくる

・情念のない教科書形式の歴史ほど退屈な世界はない
⇒歴史は解釈であり現在の興味関心や価値観によってつねにかたちを変える
⇒本書もトランプ政権の再登場などで目次や内容がたびたび見直された・・・


・・・・・・


つーことで・・・
日本がこれまでの国際秩序が揺れ動く今の世界情勢の中で、どの方向に向かうべきかを考える
にあたっては、「あの戦争」を見返す必要があることだけは間違いないでしょう


最後に巻末にあった主要参考文献もメモしておきます
そう、わたくしに残された時間でこれだけ読めば・・・って、もう無理かな・・・

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m98k at 23:03|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 書斎 | ミリタリーグッズ