2026年02月04日

節分会とか

とーとつですが・・・昨日2月3日は節分会でした

今年の恵方は南南東だそうで節分にはこの方角に向かって巻き寿司を食べるとか・・・

で、なぜか我が家では、その前々日に・・・

IMG_20260201_113832




IMG_20260201_114002

切り分けたサラダ巻き(もどき)が大量に供されました



で、節分会の前夜には「節分宵山」を祝い・・・って、そんなのあるのかっ???

IMG_20260202_190104

近所のお好み焼き屋さんで、まずはサゴシのきずしでチューハイから・・・

ちなみに入った直後に欧米系のグループが来店、満席なのでと断わられてました
ネットの口コミとかで評判になってるのか、けっこう欧米系のグループも多いそうで、
「言葉の問題もあるし一人やからグループで来られると大変なんよ」とも・・・


この夜のメインはオススメ高級ランプ肉118gの鉄板焼きでしたが、

IMG_20260202_190523

完成画像を撮る前に食べてしまい、向こうで焼いてる遠景画像だけでしゅが
何せお好み焼き店の極厚鉄板で調理される鉄板焼きですから


で、手前の画像・・・

IMG_20260202_190635

「お得な白ワインがあるよ」とのことだったので、どどんとボトルで!!!



で、〆はもちろん・・・

IMG_20260202_193133



IMG_20260202_191914



IMG_20260202_195510

焼きそば(ミックス)とお好み焼き(牛すじ玉)でしたが、いずれも完成画像はありません
だから食べる前に撮ればよいものを・・・


と、この夜は同席のお客さんらとすっかり意気投合、さらにハイボールも追加したりして
夫婦二人とも完全に出来上がってました


それでも、しっかりとデザートまで・・・

IMG_20260202_190756

そう、お客さんの一人が持ってた「あびこ観音の厄除饅頭」をみんなで山分けして厄除け!!!
ま、その後のことは二人とも殆ど覚えてませんが・・・


で、翌3日の節分にはホームステイ関係で長年お世話になってたT井さんから「仕事で京都に
行くので前泊して、大阪でひさしぶりに会いたい」と連絡があったので・・・

今年はじめての「びすとろ ぽたじぇ」へ案内・・・

1770169239674

ええ、この日の看板には柊の葉っぱと新鮮な鰯の頭が刺してありました
これで疫病神は入れないはず・・・って、わたくしはどうなるのかっ???


と、今回はお手軽なランチセットだったけど、飲み物は・・・

IMG_20260203_124938




IMG_20260203_134853

3人だし、昼だけどオススメの白ワインをどどんとボトルで・・・


いつもながら、お手軽なランチセットでも内容は充実してました

IMG_20260203_125240




IMG_20260203_125832





IMG_20260203_131920




IMG_20260203_134722

ええ、T井さんも味とお値段に驚愕して、とても喜んでくれてました


食後は肥田シェフが1階まで見送りにきてくれたので・・・
(奥様撮影)

1770107721819




せっかくなのでT井さんと3人で記念撮影・・・(奥様撮影)

1770107753557

って、わたくし真昼間から、すっかり出来上がってますね

この後T井さんには我が家に来てもらい「かもめとコーヒー」のコーヒーを淹れて・・・

昔々に我が家にホームステイしてた子どもたちの話題で大いに盛り上がりましたが、
「ステイ後も家族ぐるみの付き合いが続くのが
ホームステイ交流の理想なんです」と、
国際交流事業の専門家に言っていただいたのは、じつに嬉しかったですね

ちなみにT井さんの活動についてはこちら、その母体となったJDRACについてはこちらを、
それぞれご覧いただき、興味を持たれた方はご連絡を・・・(と、PRも追記しておきます)

「そーいやT井さんは千葉の市川でしたね、友人オススメ酒の会社が確か松戸でしたよ」

IMG_20260204_134822

「おおっ、松戸といえばお隣ですよ」

「ま、製造所は山梨になってますが・・・まずは試飲を・・・」

「くんくん、ぺろぺろ、ごくごく・・・うーむ、確かにお値段を考えると魅力的ですね、
日本酒も決して嫌いな方ではないので、帰ったらさっそく探してみます」

と、こちらも喜んでいただけたようです

ま、この日はJRにトラブルがあり大阪・京都間で1時間以上も立ったまま待たされたそうですが、
我々は有難く・・・

IMG_20260204_122545_1770176256226

おみやげにいただいた「東京ばな奈・ぽんちゃめ」をば、ばくばくと・・・

やはり厄除けには美味しいものが一番ですね・・・どっとはらい




m98k at 17:30|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 糧食、飲料 | ブログ日誌

2026年02月01日

世界の食卓から社会が見える

とーとつですが・・・

P1089538

~世界の食卓から社会が見える~とゆー本の読書メモであります



著者紹介と奥付

P1089539




目次

P1089540




P1089541



この本に出てくる国・地域
(著作物の一部なので公開に問題があれば非公開設定にします)

P1089542


以下、てきとーな読後メモです
(やはり著作物からのメモなので公開に問題があれば非公開設定にします)

第1章 食と政治より

・ブルガリアのヨーグルトは伝統食だったが重要な食物ではなかった
⇒社会主義政権の国策により1980年代には消費量が世界一に
⇒1991年のソ連崩壊で小規模になり消費量も半減、10年間は食料そのものが乏しかった
⇒その後に食料事情は改善したが資本主義化やEU衛生基準で工業生産・粗悪品も増加した

・メキシカンタコスとTEX-MEX(アメリカン)タコス(略)
⇒トルティーヤもアメリカから輸入した飼料用遺伝子組み換えとうもろこしに
⇒1994年のNAFTA(北米自由貿易協定)加盟から⇒地元農家の困窮も

・埼玉県本庄市のベトナム寺(駆け込み寺)のお盆料理⇒技能実習生の実態
(略)

・スーダンの主食だったソルガム(こうりゃん)のアスィダ(練り粥)やキスラ(クレープ)
⇒余剰農産物協定によりアメリカから輸入した小麦製のパンに
⇒返済金による財政圧迫⇒社会混乱
⇒ロシア小麦とウクライナ小麦へ転換したが戦争で輸入困難に
⇒パン価格が4年で50倍に(コンビニの100円おにぎりが5000円になったようなもの)

第2章 食と宗教より

・ユダヤ教の食戒律コーシャ⇒同じ家族でも変わっていく
(略)

・食戒律が最も厳しいとされるジャイナ教の生命体の分類レベル
5⇒触覚・味覚・臭覚・視覚・聴覚を持つ生命体⇒動物、人間
4⇒
触覚・味覚・臭覚・視覚を持つ生命体⇒クモ、ハチ
3⇒触覚・味覚・臭覚を持つ生命体⇒アリ、ガ
2⇒触覚・味覚を持つ生命体⇒貝、細菌
1⇒触覚のみを持つ生命体⇒植物、水
⇒生きるためにレベル1(不動のもの)だけは食べざるを得ない
⇒植物でも地面の下のものなど他の生命を奪う可能性のあるものは避ける

・食べる/食べない、食べたい/食べたくないの線引きは変化する

第3章 食と地球環境より

・ボツワナのティラピア養殖
⇒内陸・高温・小資本・現地流通に向き高たんぱく低脂肪
⇒小骨が少なく身が骨から剝がれやすく、食べやすくておいしい
⇒アジア・アフリカでは未来の食を救うヒーローとも

・メキシコのアボガド
⇒海外需要で価格高騰・農地拡大
⇒森林伐採・水不足(トマトの100倍必要)・麻薬カルテルの資金源にも
⇒アボガド・大豆ミート・アーモンドミルクは環境にとって畜産よりましなのか?

第4章 食の創造性より

・フィンランドの教育
(略)
⇒自分独自のパンケーキ生地を作り焼くリビア(8歳)とそれを見守る母親
(略)
(ただし2012年あたりから教育格差問題も生じている)

・ベトナム・フエ・トーラウ寺に集まる人たちに供する精進料理(肉食もどき料理)
⇒菜食ルーツのインドに「肉食もどき料理」がなく東アジアだけなのは何故か
①インドから南伝の上座部仏教(ミャンマー・タイ・スリランカ)では托鉢で僧の(肉食を含む)
食料が得られたが、北伝の大乗仏教では国家宗教として僧院に富が集中し菜食や高級精進料理に
(中国・ベトナム・台湾・朝鮮・日本)
②インドの牧畜乳製品が稲作文化の東アジアでは稲と組み合わせやすい大豆製品に
③インドでは生涯ずっと菜食だが東アジアでは肉食が身近にあり行き来している
⇒菜食に慣れていない人に仏教に興味をもってもらうためにも発達した
⇒地球環境のための代替肉も最初の一歩として「僧からの優しさの贈り物」と同様に・・・

第5章 食料生産より

・キューバのオーガニック農業
⇒60年前のアメリカによる化学肥料・農薬・トラクター・燃料などの禁輸制裁から
⇒すべてを輸入に頼る日本が自立した農業を行うための「島国農業の先輩」でもある

・中国・上海の野菜事情から
⇒化学肥料・農薬の使用量・残留量の多さ⇒毒菜問題
⇒ともかく家庭でよく洗う(飲食店では洗わないとか)
⇒土壌劣化・水位低下などが生じており持続可能な農業ではない
⇒ただし中央集権国家なのでオーガニック農業への転換も早く耕地面積は世界一

・キューバ式は安心安全で持続可能だけど量が足りず(自給率30%)食事内容も選べない
⇒中国式は安全でも持続可能でもないけど飢える心配がなく食事の選択肢も多い
⇒どちらの社会で生きたいか、農業の未来はどこにあるか・・・

・ボツワナのモパネワーム(パニ)
⇒貴重な蛋白源で食糧危機を救うといわれているが・・・
⇒ボツワナは牛肉の輸出国であり国内消費量も中国やベトナムより多い
⇒隣国ジンバブエでは食べるためにモパネワームを捕る人は少ない
⇒故郷長野の山菜狩りと同じ季節の楽しみや気軽な現金収入の側面もあるのではと思った

・卵大国(世界1~2位)の日本は飼料が殆ど輸入で高いはずなのに世界比較では安い理由
⇒バタリーゲージ飼育で工業生産化しているから
⇒EUでは2012年から禁止されているが日本では平地飼い放し飼いする土地や人手が・・・

第6章 伝統食と課題より

・モルドバのワイン
⇒飲酒量は世界一でアルコール関連死は全死因の26%、社会的問題も多い
⇒記録されない自家製ワインが生産量の3~7割とされる
⇒ところが自家製ワインを規制すれば文化的にも経済的にも大きなダメージが生ずる

・中華文化圏の月餅
⇒中秋節に送り合うもので食品企業だけでなく各企業が売り出し法人需要が多い
⇒冷凍できればいいが食べきれず大量に廃棄される
⇒簡易パッケージ化などの規制も出るが伝統側からの反発もある
⇒「慣れたもの」への執着が時代遅れにならないように・・・

・イスラム圏のラマダンの時期
⇒じつはお菓子の需要や食の話題が一番盛り上がる時期

第7章 食と気候より

・ウズベキスタンの野菜に較べ日本の野菜が水っぽいと言われたのは何故か
⇒雨量、土壌、栽培方法などのせいではなく品種改良のせいだった
⇒その目的は「おいしくて扱いやすい」野菜を作ること
⇒NHK「今日の料理」でも野菜の下茹で・煮る時間とも半世紀間ずっと減り続けている
⇒消費者が求めるのは「手間をかけず」おいしく食べられる「味が薄い野菜」
(ウズベキスタンでは野菜も肉も火が通るのに時間がかかるので作れるのは一品だけ)

・素材の味を楽しむために「素材の味を薄くする品種改良」を求めたのが現代の日本料理とも
⇒スーパーの小松菜は茹でると鮮やかな緑になり噛んだ瞬間に甘くて口中で柔らかくなる
⇒低肥料無農薬の小松菜は茹でると茹で汁が苦く緑に染まりくすんだ黄緑になり、噛むと
苦みや酸味もあり、これを活かす調理には手間と工夫が必要
⇒食べやすくなって野菜嫌いも台所仕事の負担も減り「素材を活かした日本料理」が何品も並ぶ
⇒一方、ここ数十年で本来の野菜の味や栄養素も、それを活かした日本料理も家庭から消えた
⇒自分は何を食べて生きたいのか・・・

・コロンビアのスープ
⇒3種類のジャガイモを使うがスープに溶けるもの溶けないものなど全く別の食材として扱い
トウモロコシなど他の食材も種類が豊富だった
⇒ケッペンの気候区分でもコロンビアは全てが育ち単位面積当たりの生物多様性は世界一
⇒コロンブス大航海時代以降に持ち込まれたヨーロッパ産品も多い
⇒料理は地理と歴史でできている

・世界中の家庭の朝食がパンとシリアルになってきている
⇒エネルギー源の炭水化物が摂れて調理の手間がなく保存が効くから

⇒アンドリュー・ドルビー著「図説朝食の歴史」によれば、
・朝食の誕生は約9000年前の新石器時代で保存食料の登場による
・旧石器時代の調査をしたレヴィ・ストロースの記録に朝食という言葉はないそうだが、
これは朝すぐに食事ができることなどあり得なかったということと解釈できる
・新石器時代に農業がはじまり余剰農産物を貯蔵するようになって朝食の概念ができた

・パンやシリアル以外でも貯蔵に向く食物の組み合わせが世界の家庭でも多かった
⇒ハム、チーズ、卵、漬物、ジャムなどの果実保存食、冷ご飯、前日の残り物・・・

・栄養的に朝食に必要なのは脳のエネルギー源となる炭水化物、体温を上げるタンパク質、
それらを吸収するためのビタミンとミネラルと夜に失われた水分
⇒パンにハムやチーズとコーヒーや、シリアルにミルクの朝食は野菜保存食や果物ジャムとも
合わせやすく数分で用意できて合理的で完璧なので(悔しいけど)これが必然か・・・

第8章 食と民族より

・パレスチナのオリーブの塩漬け

(パレスチナ人家庭の実態とオリーブの木⇒略)

・ヨルダンのシリア菓子

(ヨルダンのシリア難民家庭の実態と料理⇒略)

おわりにより

・「おいしい/おいしくない」だけでない料理の味わい方を知ってほしいと思った
⇒アボガドやオリーブなどの食材や料理⇒その先を見つめてほしい

・あなたの明日からの食が「おいしい」を超えて世界への扉となることを・・・

・・・

各章タイトルにあった政治・宗教・地球環境・創造性・食料生産・伝統・気候・民族は、
確かにその地域の食と密接に関連しますし、それが世界の食を知る楽しみのひとつだと、
わたくしも思ってますので、なかなか興味深く読めました

この本では取り上げてないボルネオ島の食も、各先住民の伝統食材と調理法による食から、
マレー系や中華系やインド系の人たちの持ち込んだ様々な食材や調理法による食まで、
移民や植民や開発の歴史など様々な背景を知ることで、少しは食の現状が見えました

なので、どこでも現地で説明を聞きつつ現地の食を味わうのを楽しみにしてたのですが、
さすがに著者のようにホームステイして食材や調理まで詳しく知る機会は滅多に・・・

当記事では問題提起部分のメモが多いですが、著者が実際に世界各地でホームステイして
買い出し、調理、食事を共にした際の驚きや困惑や感動の部分もとても新鮮で魅力的でした
興味のある方は、ぜひご一読を・・・



m98k at 14:01|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 書斎 | 糧食、飲料

2026年01月27日

没落官僚

とーとつですが・・・

PC039297

「没落官僚~国家公務員志願者がゼロになる日~」とゆー本のご紹介であります

ま、「子や孫に入ってほしい勤め先」
で国家公務員は常に上位に入ってるようですが、
本書はキャリア官僚への志願者が激減しており、このままだと霞が関が崩壊する、しかも
90年代半ばまでなら国民生活に大きな影響はなかったが今は、といった怖いオハナシ・・・



裏表紙カバー裏にあった内容紹介

PC039303



著者紹介

PC039299

1990年に旧労働省にキャリア官僚として入省、不人気だった労働省でも基本は東大生の世界で、
奈良県出身と言うと大学名ではなく「東大寺学園?」と中学や高校名を聞かれたとか

ちなみにわたくし1999年の秋から1年間ほど、
厚生労働省に統合(2001年1月)される前の
厚生省と労働省へ別々に、けっこうお仕事で通ってました

当時急増していた大都市ホームレスへの緊急支援策について、厚生省からは基本は失業対策だから
メインは労働省だよと、いっぽう労働省からは基本は福祉対策だからメインは厚生省だよと、
お互い謙遜して言っておられましたが、(統合目前だったからか?)両省の役割分担などは
きちんと調整されてたようで、その対応はけっこう素早かったです

そう、「縦割り行政が悪い」とかよくいわれますが、横の調整さえきちんと出来ておれば、
一気にトップまで上がる縦割り行政のメリットを充分に活かせるのでありますね


閑話休題


奥付であります

PC039307

石破政権が2024年の10月からですから、岸田政権の末頃の出版物になりますね



目次

PC039304





PC039305





PC039306

(以下てきとーメモですが著作物からのメモなので公開に問題があれば非公開設定にします)


はじめにより

・霞が関の中央官庁は悲惨なブラック職場とされ、キャリア官僚の志願者は激減している
⇒これに抜本的な対策がされないのは人口減少や少子高齢化と同じ理由
⇒つまり短期的に目立った痛みがないからで、痛みを実感した時には手遅れになる

・霞が関の機能不全を導く要素
①現職官僚のモチベーションがガタ落ちになっている
⇒かつての敬意もなければ本省課長にもなれず仕事は激増し部下は増えず酷使されるだけ
②答弁資料など労働条件が過酷過ぎて政策立案など本来の知的業務に時間を割けない
(ただし能力が劣化しているのも事実で今の生え抜き官僚にDXを進める能力はない)
(巨大イベントも電通などの民間企業に委託するしかない⇒不祥事に)
③官邸主導(そのものは必要)の弊害
⇒首相の取り巻き官僚からのインフォーマル指示など
(政権に
人事権を握られた官僚は委縮し、やがてやる気を失っていった)
④優秀な若手官僚が入ってこない
⇒志願者数が減少すると人材の質が低下するのは事実

・政治や官僚が機能不全になっても経済が自動成長していれば国民生活に影響はないが、今は
①官僚の単ミス②予算の空白③国会の空転で国民生活が混乱する
⇒やる気のない「ロボット官僚」と政治家・権力志向の「官邸官僚」だけになればリーク、
機密漏洩が蔓延し、国会は権力闘争の場に・・・

・官僚が激減して能力が地に落ちた場合、実務は国会議員が担わざるを得ない
⇒実際に民主党政権でやろうとして混乱を極めた

・国会議員にパワハラは適用されず今の官僚は恫喝すれば言いなりになると思っている
⇒彼らに官僚激減への危機意識はなく、官僚の主人である国民にもその自覚はない

・すべての始まりは90年代半ばから吹き荒れた行政改革の嵐だった・・・



第1章より

・81年の第二次臨時行政調査会⇒増税なき財政再建
⇒3公社(JR,NTT,JT)の経済規模を考えると成功だったと言える
⇒公務員数は総定員法もあり肥大化しないが特殊法人や公益法人は激増していた

・90年代中盤以降の「成熟社会」になると「行政の守備範囲」という考え方に
⇒自助努力、官から民、国から地方など

・NPMニューパブリックマネジメント
⇒民間原理を行政にも適用するアングロサクソン系国家の手法
⇒公務員を減らし、さらに公務の効率性を厳しく追及する
⇒市場メカニズム導入・業績と成果中心・顧客サービス中心・簡素化

・千葉県松戸市(マツモトキヨシ市長)の「すぐやる課」(69年)
⇒市民を顧客とみなして(お客様は神様として)何でも請け負う⇒その弊害も

・中央官庁の縮小、外郭団体の整理統合、民営化、規制緩和、許認可の廃止・・・
⇒規制緩和は経済規制だけでなく社会規制にも踏み込んだ
⇒医療、福祉、教育、公共施設も民間企業に⇒PFIが代表的
(まだ規制が強いとの批判もあるが郵政さえ民営化された日本は民営化大国だと思う)

・その後も公務員制度改革は続き、その典型が第二次安倍内閣の「内閣人事局」で人事を掌握した
⇒その歪みや忖度が話題になり、それまでずっと官僚の抵抗で行革が進まないと批判していた
マスコミがようやく官僚人事の自立性を言及するようになった(その豹変ぶりには呆れ返るが)

・96年の総選挙では行政改革が主な選挙の争点となっていた
⇒公務員の定数は法律で厳格に管理されており、国際比較でも少ないことは自明で、公務員の
給与が国民生活を圧迫することなどあり得ないのに、なぜ国民は行革に熱狂したのか?
⇒バブル以降の長期不況、正規と非正規の格差社会への不満感情から
⇒公務員は決して裕福層ではないが身分保障特権やリスクが少ないことへのバッシングだった
⇒なによりも長期不況をもたらしたのが霞が関の官僚だと見なされたこと
(グローバル化に対応できなかったなど民間企業の競争力が衰えた原因が官僚だったと?)
(政府自身も官僚や官僚が作った戦後システムが原因と報告⇒経済の中心は民間企業なのに?)

・小泉政権の構造改革も同様で「霞が関(特に財務省)を変えれば日本が変わる」と主張した
⇒その改革後もこれだけ長期不況が続いてるのが事実
⇒それなのに未だに「財務省陰謀説」は根強い(「まだ規制緩和が足りない説」も同じ)

・「政策形成の主体を(財務)官僚から政治家に移せば斬新な政策になり日本経済は復活する説」
⇒それで首相官邸に権限を集中させたが経済成長は鈍化したままなのも明らか
⇒それなら「鈍化で生じている社会問題を見据えた行革」になぜ変えなかったのか?
⇒予測できなかったからではなく人口減少や格差などの社会問題に手をつけなかっただけ
⇒景気回復すれば社会問題は解決すると、実現しない
経済成長を待ち続けたのが現実
(例として失業率が上がると自殺率や犯罪率や児童虐待率は上がり、自殺対策、犯罪対策、
虐待対策の仕事量は激増してるのにマンパワーは圧倒的に不足したまま)

・官邸主導と首相権限強化の形が整ったのが2001年とすると、すでに20年が経過している
⇒この間に少なくとも経済成長に影響を与えていないのであれば改善する必要がある


第2章より

・行革で各省の利権が消滅しつつあり政治家も官僚も組織のためには働かなくなった
⇒天下りも出世もなくなれば出身省庁に忠誠を尽くす必要もない

・政治主導システムと小選挙区制度で首相官邸に権力が集中するようになった
⇒かつての族議員も姿を消した

・その結果、官邸に近い者が力を持つようになった
(戦前は内務省と大蔵省、戦後は大蔵省がトップといった序列の意味がなくなった)

・権力志向で有力政治家に近づくなどの官邸官僚(スーパーキャリア官僚)の誕生
(いっぽう受験秀才で真面目だけが取り柄の普通官僚にとってはブラック霞が関に)

・かつての横並び昇進、平等処遇といったキャリア官僚制度は崩壊し官僚の個人化が進む
⇒首相や官房長官との近さ、政策分野の重要度などから重用される官僚と普通官僚の格差が拡大

・軍と警察は政治から切り離すべきだが、今は警察庁が官邸で重きをなしている
⇒「首相、官房長官といった政治家を官邸官僚が補佐する政官融合体」を警察庁が守護する体制
⇒そんな官邸主導体制が日本をどういう方向に導くのか・・・


第3章より

・各省の再就職斡旋禁止が制定されたのが2007年
⇒一部の真面目な官僚にとっては厳しい老後が待ち受けている
⇒ところがごく一部の官僚は以前よりはるかに恵まれた再就職を享受している

・キャリア官僚の局長・審議官ポスト数などは法令で縛られている
⇒定年まで居座られると若手にポストが空かない
⇒辞める側にも生活があり関連企業や団体への再就職=天下り慣行が昭和初期にはあった
(今の年金制度は戦前の恩給制度ほどではなく退職後も働くことが前提となっている)

・天下りには組織影響力の拡大意図もあった
⇒許認可権のある民間企業や不要な外郭団体など

・2007年以降、キャリア官僚の天下りは壊滅しつつあり生活基盤が不安定化している
⇒キャリアで本省課長になれないまま60歳で定年退職して再就職先がないという状況
⇒ポストを空けるため外郭団体等に出向させ退職直前に呼び戻す手法が現在も続いている

・民間企業や経済界との接触が多い経産省や財務省は再就職の勝ち組
⇒許認可や利権と絡んだ国土交通省、旧郵政省も・・・

・能力やコネクションを利用して再就職する者とそうでない者との二分化

・生命保険・損害保険への再就職が多いのは何故か
⇒金融と同じく業界の垣根がなく、役立つかどうかわからなくとも余裕があるからでは

・大学教員への再就職も多い
⇒文献を読みデータで仮説を実証し、論文(企画書)を書く仕事は官僚と親和性がある

・現在の事後規制・斡旋禁止で、個人の再就職・転職は自由というのがいいと思う
⇒厳しい天下り規制より職業として官僚の魅力を高める方がよい
⇒ただし人材流動化によるロビイスト、機密漏洩などへの法整備が必要


第4章より

・バブル崩壊以降の不況⇒社会保障も公共事業も削れない⇒役所を減らせ
⇒行政改革⇒政治主導で痛みを伴う改革⇒反対する官僚は抵抗勢力
⇒内閣人事局の創設で官邸主導体制(首相や官房長官の圧倒的優位)が確立された
⇒各大臣・各省官僚・各族議員の三角関係の上に官邸が来た(それまではほぼ同列だった)

・安倍政権では官邸・内閣官房・内閣府の官僚が各省大臣よりも存在感があった
⇒彼らは政権と一体化した政治家と見なすべきではないのかという議論も

・行政改革の目的は行政のスリム化だが官僚の力を削ぐことが隠れた目的
⇒人事権を握った影響は絶大だった
首相や官房長官や官邸官僚の影に怯える忖度官僚が続出した

内閣人事局の創設までは(名目の人事権は各大臣だが)実質は各省の官僚案が承認されていた

・上級公務員(事務次官・局長・部長・審議官)を育成管理するのが内閣人事局の目的
上級公務員は各省の都合ではなく日本全体の利益を考える「日の丸官僚」であるべき
⇒それは首相官邸の意向を受ける官僚ということになる
⇒なぜなら各省の政策を選ぶのは国家全体を俯瞰する
首相であり官邸だから(という理屈)

内閣人事局は官僚人事の「政治的応答性」を「中立性専門性」より重視した制度だったが、
当時は文科省の幼稚園と厚労省の保育園など各省のセクショナリズムと官僚の特権が大問題
となっており、ごく自然な流れであった

内閣人事局制度運用の特徴(2018年4月23日付け日本経済新聞から)
①順送り人事をしない
②政権の政策目標を実現するための布陣
③政権の姿勢をアピールするノンキャリアや技官や制服組の抜擢
④情報が洩れれば人事を差し替える
⑤女性の活躍など
⇒批判されているのは、そのプロセスが曖昧で不透明な点
⇒水面下で様々な注文がついて決まっており、任命権者である大臣より官邸が優位に

・上位政策に人事が絡むことは本来は正常
⇒例えば安全保障に関し官邸の方針に従わない幹部官僚はすぐに更迭すべきだが、
⇒下位政策(個別案件)に官邸主導の人事が絡むと行政は歪んでしまう
⇒歪みの原因は総理の取り巻き政治家や官僚
⇒その取り巻き集団が官邸主導体制になってから跳梁跋扈している
⇒官邸、内閣官房、内閣府の幹部官僚で一部は政治任用だが虎の威を借る資格任用が問題
⇒官邸官僚とは首相秘書官、官房副長官、3人の副長官補、内閣審議官、内閣参事官(課長級)など

・政治任用でも使えるのは元官僚だから資格任用の一般職国家公務員とは明確に区別すべき
⇒政治との調整は政治任用と事務次官から局長まで、審議官以下は政策立案に専念するべき
⇒有名無実化している政官接触記録制度を厳格運用すべき

①公正中立な内閣人事局制度
②政治任用の拡充
③政官の完全分離
・・・だけでは済まない
⇒英国のような「政治家と官僚が守るべき規範」と「国会の監視機能」が必要


第5章より

①官僚の労働環境の悪化⇒長時間労働
②仕事の中身と質の変化
⇒官邸主導システム以降は政策の企画立案が官邸に独占され、根回しや調整だけが各省に
③未知の仕事に官僚が対応できなくなっている⇒デジタル化など
⇒外郭団体が少なくなり民間企業に頼らざるを得ない構造も影響

・この①②③の相乗効果で官僚がやる気を失い各省が制御不能になり政府が機能不全に?
⇒これが本書の提示する仮説

・これまでのキャリア官僚の人事慣行
(これが給料が安く長時間労働でもモチベーションが下がらなかった理由その1)
①同期横並びで本省課長クラスまではスピード昇進できる
②そこまでは後輩が先輩を追い抜くことはない
③それ
以上もある程度は規則性のある予測可能な昇進レース
④降格などの不利益処分はない
⑤斡旋による天下りが保証される
(本省課長以上)
⇒本省課長での勧奨退職と天下りがなくなり定年退職まで働くようになった
⇒ポストは増えないので管理職の年齢が上昇する⇒昇任までの年数が上昇する
⇒短期間スピード出世というエリートの証しが消えモチベーションも消える

・(公共心もあるが)自分主体で世の中に影響力を与える仕事をしたいのが官僚の本音
(これが
給料が安く長時間労働でもモチベーションが下がらなかった理由その2)
⇒政策形成プロセスは①政策の企画立案②政策形成過程の調整③政策の執行の3段階だが、
③は出先や地方自治体なので、やりがいを感じる圧倒的比重は①
政策の企画立案
⇒自分の考えた政策が法律や予算になり世の中に大きな影響を与えているという実感
⇒これで
給料が安く長時間労働でパワハラ横行の霞が関で生きていこうと思えた(実体験から)

・政策決定についての各省割拠システム・小泉政権・第二次安倍政権の違い(略)
⇒第二次安倍政権の政策決定は官邸官僚
⇒それ以外の普通官僚は望みもしない政策の是非で人事評価された


・官邸主導体制の功罪
⇒トップダウンは政策決定スピードだけでなく各省の協力体制にも有利なのは事実
⇒ただし官邸案件だけが各省折衝の苦労もなく通ることへの不安もあった
⇒政策決定した官邸官僚は国会答弁に立つことなく吊るしあげられるのは各省の普通官僚だけ
⇒その前でふんぞり返る閣僚の多くは世襲議員で実力で勝ち取った地位ではない
⇒そんな哀れな姿を見て、それでも官僚になりたいと思う若者がいるだろうか?

第二次安倍政権では自分たちが主体的に進めた政策でもないのに責任を追及され苦悩した
⇒ただし自分たちが消極的に加担したのも事実なので、さらに苦悩した
⇒各省の政策立案では(硬直的だったが)各省に責任感はあった
⇒官邸の政策立案では(変化とスピード感はあるが)責任は曖昧になる

・高市総務大臣(当時)と総務省の放送法に関する流出文書の問題
⇒本書では放送法解釈の変更そのものではなく首相補佐官が加わった政策形成に巻き込まれ、
与野党政争の狭間で立ち尽くさざるを得ない官僚の悲哀を問題にする

①これまで正義(秩序)とされてきたもの(放送法の解釈)を変更することの苦痛
⇒継続が正しいとは限らないが過去から続く解釈に一定の正義と合理性があるのも事実
⇒放送の中立については過去の情勢に影響を受けつつ困難の中で維持されてた経緯がある
⇒それを権力者の命令であっさり変えられてしまうと今までの先輩の仕事は何だったのかと

②政策形成プロセスの複雑さ
⇒官僚主導の政策であれば主体的に立案・根回しして総務大臣の了解を得れば終わりだった
放送法解釈の変更は総務省への磯崎首相補佐官の指示で官僚が総務大臣にも納得してもらい、
最終的に
国会で答弁を変更した
放送法解釈の変更は総務大臣の権限だが本当に首相補佐官の背後に首相がいるのか不明
⇒菅官房長官や副長官、政務秘書官への説明がいるのかも不明
(
首相補佐官から総務大臣らに話してもらえばいいのだが官僚は政治家に言えないので悩む)
(実際に流出文書でも局長が提案したが「それは俺と総理が決めることだ」と一蹴されている)

・本来の官邸主導システムであれば官邸が大方針を公にしたうえで政策を変えていくべき
⇒ところが総理本人でも公でもないところから大方針もない個別案件に近い政策変更を要求される
(各省割拠システムであれば業界や議員への根回し⇒研究会⇒審議会ではじめて解釈変更になる)

・霞が関では省内で「梯子を外される」ことはあるが官邸案件では国会に証人喚問される
⇒こんな状況がネット情報で流れる中、年収800万で長時間労働の官僚を選ぶ若者がいるか?
⇒どろどろ世界での権力者を目指さない限り民間企業に行くだろうし、不安定でも夢のある
起業家を選ぶだろう
⇒このことを良識ある政治家は、よくよく考えたほうがいい

官邸主導システムにはネガティブな側面があるが各省割拠システムはそれ以上に時代に合わない
⇒官邸主導でもうまくいかないのは官僚の能力自体が劣化している、もしくは経済社会や
時代に追い付いていないからではないか
⇒人材不足・デジタルなどへの対応能力不足
⇒コンサルと広告代理店への委託料は総額の21%で独立行政法人と肩を並べる(2020)
⇒霞が関と
コンサル・広告代理店の学歴も逆転しており、やがて官僚志望者はゼロに近づく
⇒その時に国会議員が自分でどこまで事務や調整ができるか、見てみたいものだ


第6章より

・霞が関の長時間労働
⇒規制緩和・小さな政府でも業務量は増え続けており総定員法で人員は増えないから当然

・働き方改革の厚労省自体、長時間労働が前提でブラックの筆頭だと思っている
⇒コロナ禍では2階大講堂の対策本部は24時間体制で体調を崩す職員が続出した
⇒緊急入院する妊娠中の女子職員もいたが、それで子育て支援策が作れるのか?

・2020年に民間企業と同様のパワハラ禁止規定が人事院規則に設けられた
⇒ところが大臣や国会議員などの政治家には適用されない
(官僚より選挙で苦労している政治家のほうが人間的にまともと思ってるがひどいのもいた)

・厚労省若手改革チームの緊急提言(略)
⇒霞が関から続々と若者と女性が去っていく現状
⇒人手不足はより深刻になり、やがて無定限・無定量の文化も死に絶える
⇒報道は官僚のミスだけでなく、なぜミスが生じているのかを詳細に報じてほしい


終章より

・90年代半ばから本格化した行政改革で官僚は見事に没落した
⇒東大生の多くは外資系コンサルに流れ、早慶上智MARCH関関同立が大躍進する
⇒霞が関=最高学歴という図式は完全に消える
⇒日本では大学受験時の偏差値が優秀さを計る絶対的な基準になっているので、
⇒公務員試験は難関のままでもキャリア官僚はエリートではなくなる

・政治家と官僚は合わせ鏡で官僚が没落した分だけ権力を手中にしたのが政治家
⇒この30年で政治主導システムに改革したが、それは成功したのか?

・官僚は試験で選ばれ政治家は選挙で選ばれる
⇒民意を反映した政治家が政策の方向性を決定すべきというのが、この30年間のロジック

・目立ったのは国会議員の偉さより民意や世論の絶対化であり、それを体現するポピュリズム
⇒世論を煽り世論に迎合するポピュリストが政治の前面に出るようになった
⇒インターネットの勢いもあり4年に1度の選挙で選ばれる政治家に権力を集中させた結果、
政治家を抑えることができる対抗勢力はいなくなった

・いっぽう国民は政治家が最も信用できない人間で民意を体現した存在だとは思っていない
⇒政治家は信用できず直接民主主義も実現できないので「くじ引き民主主義」論が出る
⇒日本では欧米とは逆にボイコットやデモへの参加率は低下している

・政治主導体制に変えた根拠のひとつは政権交代だったはず
⇒二大政党の権力交代があるので官邸に権力を集中しても腐敗はないという前提
⇒その前提が崩れるどころか半永久的に実現しないのだから政治主導も見直すべき
⇒世間ウケのいいバラマキばかりの政治家に権限を集中させる必要はない
⇒財務省感覚ではなく日常生活感覚でみても、そろそろ限界ではないか

・政治主導を見直すといっても、文句を言わない国民や世論には期待できない
⇒吠えない犬となったマスコミにも期待はできない
⇒ならば政治家を縛る規範や制度を作るしかない
⇒内閣人事局制度と同様の権力抑止システムを作れば物事は動く

・政治家を縛る制度と合わせて政治家を評価する制度も必要
⇒民主党政権と一緒に追い払われた「マニフェスト」の復活

・官僚が復権することはないが特定政策分野に興味がある学生や官邸官僚を目指す学生は残る
⇒それでも東大生が減り官僚の権威は失墜する
(東大生が優秀とかのロジカルな理由ではなく権威の図式が壊れるだけ)
⇒やがて
早慶上智MARCH関関同立も激減していくだろう

・90年代半ばから公務員制度を改革してきたが結果をみると明治以来の芸術作品を破壊した
にすぎなかったのかもしれない
公務員制度の研究者として、制度を作り替える怖さを実感している・・・


・・・


ホントにそうなのとの部分もありましたが、なるほどと納得する部分が多かったです
前述のとおり岸田政権の終わりごろに書かれた本で、その後の国政は目まぐるしく動いてますね
さてさて今度の衆院選後に、この状況が改善されるのか、はたまた・・・



m98k at 13:57|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 書斎 | わからないもの

2026年01月21日

法事の飲食メモ

とーとつですが・・・

1月18日に京都で法事があり、またまた大いに食べて飲んでたので、せめて画像が残ってる
モノだけでも、脳の外部記憶としてメモしておきます


まずはご住職が実家の仏壇に来られる前にと、早めの昼食宴会・・・

IMG_20260118_114638

高級な握り寿司と茶碗蒸しと沖縄もずくで軽くビール(をかぱかぱお替わりして)



それだけでは収まらず、ついつい・・・

IMG_20260118_121103_1768705971154



IMG_20260118_121114

奈良・今西酒造の三諸杉(みむろすぎ)しぼりたて無濾過生原酒も空けて・・・


ま、さすがに法事予定時刻の少し前には・・・

IMG_20260118_155407


IMG_20260120_231200

いただきもの(お供え物のお下がり)の軽羹(かるかん)と、ボルネオ熱帯雨林再生プロジェクトが
サバル森林保護区で6年かけて商品化までこぎつけた
(お供え物お下がりの)リベリカ・コーヒーで、
酔いを醒ましてから無事に法要を終えました

わたくしが最後にサバルを訪れたのは2023年10月で、当時はまだ商品化されてませんでしたが、
昨年のエコプロで展示販売されてたのを、もとN.GKS隊員が購入し送ってくれてた次第

ボルネオ熱帯雨林再生にも尽力してきた故人の供養になったので大感謝です


と、法事が一段落すれば早めの夕食宴会・・・

IMG_20260118_113835

次男手作りの関東煮(おでん)をメインに・・・
(三日間かけて仕込んでくれてたそうです)


妹が手作りしたポテトサラダや家内が年始用にお取り寄せしてた高級ハムなんぞで・・・

IMG_20260118_163306

まずはビールで献杯、ひたすらばくばくごくごくして・・・



ようやく一息ついたあとは・・・

1768886568440




IMG_20260118_184859



IMG_20260118_184914

こちらは福島・大七酒造の古酒ですね・・・をば、




1768886573233

かぱかぱと何度目かの献杯で、たちまち空けてしまい・・・



次はなんと、

IMG_20260118_182223



IMG_20260118_182243

昭和52年(1977年)6月・小名浜(でボトリング)と記された梅酒をば・・・
そう、故人が毎年漬け込んでた梅酒の中から密封してあるのになぜか減っている瓶を選択し、




1768886563604

ま、この後には缶チューハイや缶ハイボールなども次々と空けてすっかり出来上がり、
呉春などの一升瓶に辿り着く前に日付が変わり就寝、次回へ持ち越しとなりましたが・・・

一般の鍋物と異なり関東煮(おでん)つーのは延々と食べ続けることができるので、特に冬場の
長丁場の宴会には最適かも知れませんね、今回のは具材が17種類だったそうだし

ま、わたくしのキャンプ宴会では「七変化鍋」が定番で、その一環として「おでんもどき」も
存在するのですが、そこにキムチやカレーを足して最後は・・・以下略

と、今回も身内だけごく少人数の法事でしたが、昔の思い出なんぞを飲みつつ食べつつ延々と
実家で楽しく語り合えたことが、何よりも故人への供養になったと思ってます



m98k at 17:21|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 糧食、飲料 | ブログ日誌

2026年01月16日

宮崎駿の「罪」と「祈り」メモ後半

ええ、前回記事からの続きであります


PC239503



PC239507

宮崎駿の「罪」と「祈り」
~アニミズムで読み解くジブリ作品史~
・・・の読書メモの後半であります

後半もてきとーメモですが前半同様、勝手に作品番号を付けてます
さらに宮崎駿本人の言葉には「」を付けたつもりです
(以下も著作物からのメモなので公開に問題があれば非公開設定にします)


第三章より

⑬千と千尋の神隠し2001~現代の子供たちが危機の時代を生きていくために~

・宮崎作品の折り返し点は漫画版ナウシカの完結1994と、もののけ姫1997だった
⇒科学や資本主義や戦争や過ちも含んだ人類史も自然と考える高次のアニミズムへ
⇒次の本作はアニミズム=自然=母の系列が中心の抜けと自由自在さがある快楽的な作品

・主人公の千尋は現代的で功利的な両親に育てられた陰鬱で活力のない人物として現れる
⇒古くからの信仰を蔑ろにした跡のある森を破壊した新興住宅地に向かっている

「善も悪も存在する世界(世の中)に投げ込まれ修行し友愛と献身を学び生還する少女」
⇒薄汚れた現実に接触するリハビリをして生命の活力を取り戻すこと

・地球全体の環境問題を考えるのではなく身近なところで手を動かす方がいい
⇒宮崎自身が川の掃除やごみ拾いを日常的にするようになっていた
⇒汚れた世界の肯定へのリハビリ、潔癖症克服のための訓練のような映画
⇒社会では善悪や敵味方だけでなく清潔と汚濁も曖昧で、それを呑み込む歩き方を教える映画

「環境問題を含め、すべてのコントロールに失敗したのが20世紀の結論」
⇒それが見えてきた時代に何を子どもに語るのか
⇒「何よりも丈夫にして知的好奇心を持ち続けるようにすること」
⇒「具体的にはこの世界と噛み合うようにすること、そのための子ども時代」

・巨樹を見に行く1994で、
⇒一本の樹を中心にした映画を作りたいと書いていた
⇒千と千尋の油屋、ハウルの城はこの樹を翻案したものではないか
⇒対立するもの、異なるものが共存している
⇒共存させるプラットフォームとしての樹=油屋=ハウルの城

・前半の油屋(スタジオジブリ?)での性風俗やアニメーション産業を思わせる
乱痴気騒ぎはカオナシ(観客)への千尋の行動によって転調する
⇒特別な英雄ではない千尋のひたむきな愛⇒千尋とハクの愛も
⇒愛による救済という主題が極点に達するのが次作ハウルの動く城

・電車シーンの解釈
⇒欲望の象徴になったカオナシ(観客)を千尋が澄み切った森へ連れていくという解釈
⇒紅の豚で無数の飛行機が向かう先と同じ死後の世界へ行って癒され戻ってくる
という解釈


⑭めいとこねこバス2002(短編)~ジブリ作品におけるネコの系譜~
(略)

・魔女の宅急便のジジ、トトロのネコバス、耳をすませばのムーン、猫の恩返しの猫たち、
アリエッティのニーヤ、アーヤと魔女のトーマス・・・(略)
⇒ファンタジーや魔法の世界へ導く通路として共通している
(略)


⑮ハウルの動く城2004~父の系列と母の系列の統合~

・千と千尋の反対の極に振れて「父の罪」に近づいた作品
⇒強調されるのが愛による救済という主題

・モノトーンとカラフルなどが移り変わる不安定さ
⇒ソフィー(愛)とハウル(戦争)の間で揺れ動く宮崎の振れ幅(原作にはなかった要素)

・ソフィーは死(草原の小さい家)による安息以外の救済方法を探ろうとする
⇒それが愛による救済
⇒獣ハウルも荒地の魔女もサリマンのスパイ犬も助け、案山子カブも受け入れる
⇒ソフィーの血縁家族に対比される非血縁家族に
⇒城=樹の受容性が登場人物ソフィーに移行していく

・愛と信頼、過去に遡ってまで闇を共有する覚悟による癒しが奇蹟を起こす
⇒筆者の初見では戦争などの重さにこの結末は受け入れにくかった
⇒だが母の系列と父の系列のジレンマの統合として観た場合に心に深く響いた
⇒父と母に分裂していた葛藤の後に母=樹が全てを呑み込み解決するという結末
⇒愛や優しさが愚考の連鎖を止め得るのではないかという期待と夢を信じようという
覚悟に辿り着く物語であるように感じられた


⑯崖の上のポニョ2008~祝福と肯定の実現~

・老いと波とあの世の話で父の影を振り切り母の方向に突き進んだ極み
⇒筆者は本作が宮崎駿の動画面での最高到達点、最高傑作のひとつと考えている

・鞆の浦も水俣湾の残響も描かれた海は宮崎のアニミズムが最も発揮された場面
⇒樹=油屋=ハウルの城に該当するのが海
⇒生も死も包み込むグランマンマーレ(観音様・神渡りとも)はアニミズム的存在
⇒(中年になったハウルのような)魔法使いフジモトは科学との折衷で生きている

・本作のテーマは祝福と肯定
⇒「5歳はまだ神に属している最後の年で、笑えば世界は祝福される」
⇒赤ん坊や幼児たちの元気や笑顔にカミ=アニミズムを見る
⇒「友人の娘がチョコチョコ歩いてきたら生まれてきたことを肯定せざるを得ない」
⇒「エライときに生まれてきた」と真顔で言うか「生まれてきてよかった」と言えるか
⇒「どんな状態になっても世界を肯定したいという気持ちがあるから映画を作る」

・唯一水没しない宗介の家では生と死の二項対立や境界も曖昧になっている
⇒水没した世界では様々な生物が溢れ老婆たちが走れるようになっている
⇒トンネルを抜けた先で水の中に入るのはあの世の表現
⇒水中の老人ホームの庭は漫画版ナウシカの「墓所の庭」と同じ空間

・本作の異界や悟りの境地は千尋が電車で辿り着いたような静的なものとは異なる
⇒もっと動的で災害から立ち直る人間の生命力、子どもの活力を信頼することからくる悟り
⇒最後は水の中=死後の世界から帰還し陸に戻るが、船やヘリコプターや飛行機が多くある
⇒これら科学の象徴も否定的ではなく人を助けるものとして肯定的に描かれている

・戦争や災害で大勢が死ぬことさえも肯定し祝福している?
⇒5歳の男の子が命が危険な海で遊んでいる
⇒無邪気で無垢な自然の象徴ポニョは津波で街を沈めてしまう
⇒災害まで含む自然を肯定しようと徹底的に開き直っているのが本作の凄み
⇒筆者は実際に東日本大震災後の物凄い生命力も感じたので、それを描いて励まして信じたい
という宮崎の気持ちは疑わないが、2024年の能登地震で壊滅した家が1年以上も放置されている
状況を見ているとジレンマに引き裂かれる思いがする

・人間なのに人間を辞めようとするフジモトと積極的に人間になろうとするポニョ
⇒フジモトは潔癖症でポニョは水道水も平気で食品添加物入りのハムも大好物
⇒フジモトが科学で作った「生命の水」をポニョが解き放ち大災害が起こる
⇒漫画版ナウシカ後半やもののけ姫で描いた科学で汚染された世界を肯定しようとする思想を
悲壮な覚悟もなく実現してしまっているのがポニョで、人間になろうとする点ではサンの逆

・5歳の宗介は崖の上に住んでいる真面目で律儀な男の子
⇒下の湾にいるポニョが会いに来ようとして津波が起こる
⇒宗介の父が乗ってる船の電飾、リサの車、無線やモールス信号による愛情⇒科学
⇒グランマンマーレの金色の光、ポニョの暴走⇒自然
⇒どちらも良いものとして描かれている

・ポニョはグランマンマーレ(海・自然)とフジモト(人間・科学)の子供
⇒しかも生命の水(化学物質?)が大きく影響している半魚人
⇒それで街を水没させ壊滅させた罪は問われないのだから父の罪のトラウマもない
⇒すべてを母であり海の化身であるグランマンマーレが包み込む至福⇒祝福と肯定

・本作公開から3年後2011年の東日本大震災の津波と原発事故による複合災害との葛藤
⇒すべてをアニミズム的に受容することは可能なのか
⇒それは汚染や深刻な物事を宗教や神話で容認し事態を悪化させることに繋がらないか
⇒アニメーションやファンタジーによるイメージの誤魔化しなのではないか
⇒「どう生きるか」を次世代に教えようとした宮崎にとって今まで描いてきたことは
⇒「自然災害は大きな悲劇だが必ず立ち直れる、だが原発事故は・・・」
⇒この葛藤が次作の風立ちぬに・・・


第4章より

⑰風立ちぬ2013~反復される墜落~

・飛行機を作る夢を叶え零戦の設計者となり戦争に加担し国を亡ぼすという陰惨な内容
⇒未知の領域に挑戦し続ける創造性を肯定した陽画ポニョに対する陰画が本作
⇒色彩やモチーフの設計からもそれが窺い知れる
⇒墜落と機関車のイメージが何度も反復され黄色い光の両義性も封印されている

・これらが東日本大震災による変化であることは明白
「今はファンタジーが嘘になるところにいる、ファンタジーは作れない」
⇒ポニョにおける躁的な楽観と肯定から鬱的な悲観と否定に一挙に振れたのが本作
東日本大震災を思わせる関東大震災が描かれ画面は躍動せず静的で童心的アニメーションや
アニミズム的活力のあるキャラクターは控えめでハウルの路線に戻った

・活劇ではなく青年男性を主人公に、その職業と性愛を描くという新たなチャレンジ
これまでの作品(ある人物の冒険に寄り添って物語がある)とは違う文法で構成されている
⇒なので理解されにくい

・ポニョとの間には現実からの手痛いしっぺ返しを受けた苦く大きな認識の変更がある
⇒渋谷陽一インタビューでもポニョについては自信満々だったが本作は不安で自信がなく
終始懐疑的だったのが印象的

「二郎の人物造形は世界にあまり関心を持ってない日本人、つまり自分の親父です」
⇒関東大震災に遭遇し生き延び、かつ第二次世界大戦をやり過ごした人間
⇒戦争に向かう昭和前期を良い時代だったといい、国のためより女房が大切という
親父

・東日本大震災を経験した日本で当時の日本を生きた父たちをモチーフに宮崎アニミズムを
もう一度点検する内容であり、そこには宮崎が大学時代に嫌悪し反発し罪の意識を抱いた父を
理解し罪を受容しようとする心理的な動機があるだろう
⇒敬愛する堀田善衛の透明なニヒリズムと予定調和的な生き方やマルクス主義の放棄
⇒享楽的な父をモデルに生きることを楽しむことを学ぼうとした⇒父の罪との和解の試み

「正しいことはあるけど正しい人はいない」
⇒正しいときとそうでないときが次々と変わるのが人間
⇒ハウルやポニョでは主人公がぐねぐねと姿を変えることで表そうとしていたが、
本作では意味・倫理でぐねぐねと二重に引き裂かれ移り変わる人格が描かれる

・本作の関東大震災の絵コンテを描き終えた際に東日本大震災が起きた
⇒紅の豚と同じように内容を変化させざるを得なかった

「軍閥時代末期の愚かさと原発利益集団の愚かさはそっくりです」
⇒宮崎は2006年に吉野源三郎「君たちはどう生きるか」についての文章を書いており、
映画化したい構想の一部は「風立ちぬ」で実現している⇒なので両者は対の作品

「この本が書かれるまでの昭和の12年間の近代史を見ると、弾圧があり少年を民族主義で
煽り立て、軍閥政治が異様な速さで破局に向かって突き進んでいる時代でした」
⇒その時代をどう生きたかを探り、どう生きるかを提示する

「君たちはどう生きるか」と「風立ちぬ」は「次の戦争と災害」に向けた「児童文学」的な
教育的意義を持つ映画だと理解する
⇒だが本作は軽井沢での恋愛物語⇒なぜ戦争や政治への強い批判がないのか
⇒ただ生きること、時代の事実を受容しようとする視線
⇒アニミズム的な創造性が零戦を設計し戦争に加担する事態に繋がってしまう事実

・トトロ以降の自己受容、ポニョでの罪悪感の払拭は本作で反対側の極である自己否定に
⇒オタクの庵野秀明を堀越二郎の声優にしたことにも批判と自嘲の匂いを感じる
夢を追うことは素晴らしいけど、好きなことばっかりやってると・・・

・描くはずだった零戦による重慶爆撃を宮崎はなぜ描けなかったのか
⇒零戦の最初の任務のひとつがスペイン・ゲルニカ爆撃に続く最初期の都市無差別爆撃となる
重慶爆撃だった(その後に世界中で都市への無差別爆撃が行われるようになった)
⇒爆撃で人々が無残に殺された後で二郎が何を言っても共感を得るのは難しい(鈴木敏夫)
⇒加害を描けなかった葛藤には宮崎のトラウマだけでなく日本の観客の感性の問題も・・・

・堀辰雄の小説をあえてタイトルにした理由
⇒小説に似ているのは結核の恋人と軽井沢で過ごし戦時中に外界を遮断して暮らすことぐらい
⇒堀辰雄(の愛読者=星菫派=戦時中を軽井沢で過ごした者たち)への批判を意識したのでは
⇒現実から目を逸らし理想世界に耽溺して逃避するのは現代のオタク文化と共通する
⇒それを批判しているのか肯定しているのか・・・そんな複雑な時代を描いている
(宮崎は堀辰雄が戦時中に政治に無関心ではなかったことを重視し評価している)
⇒美と政治の二項対立も崩れており現実は何重にも汚染されているというビジョンでは

・堀田善衛「方丈記私記」のアニメ化について(略)

・「異界」の先の「あの世」へ⇒最後の一連のシークエンス
⇒二郎の声優をやった庵野秀明が菜穂子のセリフを「来て」から「生きて」に変えさせた
⇒「失敗も罪も引き受けて生き続けることこそが、あなたの到達した思想ではないか」と
⇒それはまさに宮崎が育成した次世代からの、彼への返歌であった・・・


第5章より

⑱君たちはどう生きるか2023~破局へ向かっていく時代への警報~

・冒頭で主人公は母のところに行こうとする衝動と母との別れで目が覚める
⇒この構造が作品全体で繰り返され、これが本作の主題であることを示す

・宮崎駿は過酷な「戦争と災害の時代」が訪れると確信し、そのようなファシズムの時代を
どう生きるかを子どもたちに教えるために「風立ちぬ」以降の映画を作っている

・本作の塔は千尋の油屋、ハウルの城、ポニョの海に続く樹の象徴で前作にはなかったもの

・主人公は弱虫で噓つきで卑怯者の少年
⇒戦争の現実にも向き合えず、母の死と父の再婚も受容できず、内にこもっていく
⇒宮崎の自己投影であると同時に現代の少年を意識した人物造形
⇒この
人物造形から、この時代を「どう生きるか」を伝えることが本作の狙いと推測する

・少年は母から送られた小説
「君たちはどう生きるか」を読んで何かが変わる
⇒母を失った少年は地下ファンタジー世界を冒険し母と会い戻ってくる
⇒死=母=海=アニミズム=アニメというシンボル連合が提示される
⇒そこに一時的に退避もするが剣でアオサギに立ち向かう⇒機能せず父が代わりに
⇒戦う代わりに現実に戻って友達を作ると宣言する

・本作も戦争中なのに悲惨な戦争を描かない⇒語り落としている
⇒真に重い残酷さや残虐さを描かないのが宮崎作品の限界であり子どもたちへ使命感からの必然

・本作で提示しようとしているファンタジーは死生観
⇒千と千尋以降は子どもと老人を両立させた異界・死生観の表現だった

・お墓のシーンのモチーフとなったアルノルト・ベックリンの「死の島」(略)

・アニメ化を検討していた漱石の「草枕」の世界は俗世を離れた境地
⇒本作はその境地を否定し矛盾と葛藤と軋轢と対立の中で生きる覚悟を示すもの
⇒それは前半の絵画部分ではなく後半のアニメーション部分であり動画

・生と死の輪廻転生、あの世を美しく描くことの功罪
(略)

・宮崎作品における救済のあり方の変化
⇒1993年のNHKスペシャル「チベット死者の書」を何度も繰り返し観たと言っている
(時期的にはもののけ姫、漫画版ナウシカに影響を与えたと推測される)
⇒自分に影響を与えたあらゆる死者たちと繋がっており輪廻転生することが救済となる死生観
⇒次世代に希望を託す血族を超えた儒教的仏教的な生命観

・大叔父から眞人が継承しなかったこと
⇒新海誠、庵野秀明、細田守が宮崎駿から継承しなかったこと

・非を認め、卑怯な嘘を止め、争うのではなく友達を作り、人の心を穏やかにすることで
調和を取り戻す可能性が、本作の結論で提示される
⇒現実に立ち向かう勇気によってこそ、その可能性が開かれる
⇒現実に向き合い続けて心が闇に染まればアニメーションやファンタジーの世界で心を自由に
遊ばせて浄化させて解放させて癒してから、また立ち向かったら良いということだろう

・映画やアニメーションを通じて次世代へのメッセージを伝えようとする思いやりが、
世代を超えた感謝や継承というアニミズムや素朴な神道の考え方に観客を開く
⇒その気づきによって世界への愛着を回復して引き受ける覚悟につながる構造

・生命の肯定、創造性の活性化を促すことが宮崎駿アニメーションの果たしてきた機能なのだ


あとがきより

・アニメーションやエンターテインメントで楽しく次世代を教育しようという宮崎駿の善意と
それが伝わらない絶望や達観に本書が注目したのは、自分の子育てと教務の経験から

・「だんだん忘れるさ、それでもいいんだ」(アオサギの言葉)
⇒子どもや学生にしてきたことはいずれ忘れ去られるだろう
⇒だが宮崎作品の情景のように無意識の底に断片的にでも残るかも・・・
⇒それでいいのかもしれない・・・

・・・・・

宮崎駿作品についてはこれまで何度も紹介してますが解説本は2冊、それぞれ異なった観点で
本書もアニミズムの発展史という全く異なる観点から読み解こうとするものでしたが、
現時点での全作品を
アニミズムの発展とブレ幅から説明してるのが新鮮でした

前半記事の冒頭にも書いたように、いくつもの楽しみ方の「階層」があるのが宮崎作品で、
さらに何層にも隠された寓意や象徴や想いをどう読み解くかという解釈の楽しみもあります
なので、それぞれの解説本によって解釈が異なるのも当然、大好きな「紅の豚」についても、
この本のアニミズムからの解釈は新鮮でしたが、わたくしとは全く異なる解釈でした

そう、このような新たな驚きが何度も味わえるのが、まさに
宮崎駿の作品なんですね
興味を持たれた方は本書をご熟読くださいね


最後に巻末にあった「主要参考文献」もメモしておきます

PC239505


PC239506

読んだ本や当サイトで紹介した本もけっこうありますが知らない本もいっぱい・・・
この中から未読を探すのも楽しみです



m98k at 19:46|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 書斎 | カメラ・映像・音楽