2026年03月13日
和泉葛城山キャンプ
パールハーバー番組の途中ですが、とーとつに・・・
和泉葛城山の山頂でキャンプしてたのでメモしておきます
ええ、大阪も寒の戻りでぐんと冷え込んだ今週の半ば・・・


真夏でも涼しい和泉葛城山の標高858mへ・・・ぶるぶるぶる

大阪と和歌山の県境でキャンプ場付近は和歌山県側になるんですね
で、この日は5人が麓のスーパーに集合して食材を購入


それぞれが好きなものを持ち寄って・・・


てきとーに宴会準備をして、てきとーにテントを張れば・・・

まずはビールで乾杯 ぶるぶるぶる
さすがに日の入りの名所だけあって・・・


夕日は見事でしたが日没とともに気温はぐんぐん下がり・・・


焼き物と鍋物、つーより火の周りから離れることができません ぶるぶるぶる
それでも元気な方は・・・



明るいライトを持って散策しておられたようですが・・・ぶるぶるぶる
まあ、出来上がってしまえば寒さの感覚も消えて・・・

わははは、しあわせじゃあ
とか言ってたようですが、さすがにこの夜は一足先にテントへ、夜中も何度かトイレに
起きたぐらいで、いつもの「深夜一人宴会」はできませんでした
で、ようやく東の空が明るくなってきて・・・

温度計はマイナス4度


クルマもポリタンクの水も凍り付いてました ぶるぶるぶる
ま、陽が昇り山際を越え直接当たるようになると、

気温も徐々に昇ってきましたが、

それでもかなり遅くまで氷点下でした・・・
昨夜の鍋の残りに凍り付いたペットボトル・コーヒーとパンを焚火で温め、まったりと
朝食を終える頃には、もう一人のメンバーも上がってきて・・・


皆さんでオオアカゲラの巣作り?なんぞを観察されてました
わたくしはカメラも望遠レンズも双眼鏡も持参してなかったので10時過ぎには下山しましたが、
野鳥好きの皆さんは観察を続けておられました
ま、帰宅の途中、ひさしぶりのミカクの醤油ラーメンで〆たので、

こちらもしあわせじゃったあ
つーことで・・・
それでは引き続きパールハーバー番組をお楽しみください
和泉葛城山の山頂でキャンプしてたのでメモしておきます
ええ、大阪も寒の戻りでぐんと冷え込んだ今週の半ば・・・


真夏でも涼しい和泉葛城山の標高858mへ・・・ぶるぶるぶる

大阪と和歌山の県境でキャンプ場付近は和歌山県側になるんですね
で、この日は5人が麓のスーパーに集合して食材を購入


それぞれが好きなものを持ち寄って・・・


てきとーに宴会準備をして、てきとーにテントを張れば・・・

まずはビールで乾杯 ぶるぶるぶる
さすがに日の入りの名所だけあって・・・


夕日は見事でしたが日没とともに気温はぐんぐん下がり・・・


焼き物と鍋物、つーより火の周りから離れることができません ぶるぶるぶる
それでも元気な方は・・・



明るいライトを持って散策しておられたようですが・・・ぶるぶるぶる
まあ、出来上がってしまえば寒さの感覚も消えて・・・

わははは、しあわせじゃあ
とか言ってたようですが、さすがにこの夜は一足先にテントへ、夜中も何度かトイレに
起きたぐらいで、いつもの「深夜一人宴会」はできませんでした
で、ようやく東の空が明るくなってきて・・・

温度計はマイナス4度


クルマもポリタンクの水も凍り付いてました ぶるぶるぶる
ま、陽が昇り山際を越え直接当たるようになると、

気温も徐々に昇ってきましたが、

それでもかなり遅くまで氷点下でした・・・
昨夜の鍋の残りに凍り付いたペットボトル・コーヒーとパンを焚火で温め、まったりと
朝食を終える頃には、もう一人のメンバーも上がってきて・・・


皆さんでオオアカゲラの巣作り?なんぞを観察されてました
わたくしはカメラも望遠レンズも双眼鏡も持参してなかったので10時過ぎには下山しましたが、
野鳥好きの皆さんは観察を続けておられました
ま、帰宅の途中、ひさしぶりのミカクの醤油ラーメンで〆たので、

こちらもしあわせじゃったあ

つーことで・・・
それでは引き続きパールハーバー番組をお楽しみください
2026年03月12日
パールハーバー2戦艦アリゾナ
(前回記事からの続きです ホノルル連載をはじめからご覧になるにはこちらのカテゴリから)
始発のボートで戦艦アリゾナ記念館に到着しました








この海面下に戦艦アリゾナとその乗員約900名が眠っており、

今も艦内から油が少しずつ流出していて、これは「黒い涙」と呼ばれているとか・・・

白い部分が水面上の施設です
戦艦アリゾナの後方には・・・


1945年9月2日に連合国代表と日本代表が正式に降伏文書に交わした戦艦ミズーリが停泊、
これは戦争の始まりと終わりを象徴しているとか・・・
記念館の内部にはアリゾナで亡くなられた乗員全員の墓碑銘があり・・・


脱帽して黙禱させていただきました
ちょうど朝の国旗掲揚に遭遇



こちらにも黙礼・・・
記念館の滞在時間は15分と決まっており、次の来訪者と交代で離れました

湾内には様々な艦船が停泊してましたが・・・


こちらの大型艦・・・




いかにも現代の戦闘艦とゆー感じでミズーリなどの戦艦とは対照的ですね・・・
と、ビジターセンターに戻ってからも集合時間まで少し時間があったので、
屋外展示もさくさくっと・・・




そう、この後に予定していた第3波攻撃が情報不足により中止されたんですね



と、エントランスにあるアリゾナの錨まで戻ってきて、

後ろに見える橋を渡って、フォード島にある戦艦ミズーリ記念館を目指します
(次号に続きます)
始発のボートで戦艦アリゾナ記念館に到着しました








この海面下に戦艦アリゾナとその乗員約900名が眠っており、

今も艦内から油が少しずつ流出していて、これは「黒い涙」と呼ばれているとか・・・

白い部分が水面上の施設です
戦艦アリゾナの後方には・・・


1945年9月2日に連合国代表と日本代表が正式に降伏文書に交わした戦艦ミズーリが停泊、
これは戦争の始まりと終わりを象徴しているとか・・・
記念館の内部にはアリゾナで亡くなられた乗員全員の墓碑銘があり・・・


脱帽して黙禱させていただきました
ちょうど朝の国旗掲揚に遭遇



こちらにも黙礼・・・
記念館の滞在時間は15分と決まっており、次の来訪者と交代で離れました

湾内には様々な艦船が停泊してましたが・・・


こちらの大型艦・・・




いかにも現代の戦闘艦とゆー感じでミズーリなどの戦艦とは対照的ですね・・・
と、ビジターセンターに戻ってからも集合時間まで少し時間があったので、
屋外展示もさくさくっと・・・




そう、この後に予定していた第3波攻撃が情報不足により中止されたんですね



と、エントランスにあるアリゾナの錨まで戻ってきて、

後ろに見える橋を渡って、フォード島にある戦艦ミズーリ記念館を目指します
(次号に続きます)
2026年03月10日
パールハーバー1ビジターセンター
(前回記事からの続きです ホノルル連載をはじめからご覧になるにはこちらのカテゴリから)
ホノルル4日目の朝は、なんと4時半の起床でした
ホテルのビュッフェ朝食は6時からなので・・・



日本から持参した「かもめコーヒー」のドリップパックと昨夜嫁が持参してくれたサラダや
ケーキ・スナック類で軽く朝食・・・手作りスパム握りは昨夜食べたのでありません
5時50分に近くのホテル前に数名が集合して大型バンに乗車、他の予約客とで合計8名ほどが、
ガイド兼ドライバーで日系4世のフカダさんからお話をうかがいます
そう、この日は日本語ガイド付きパールハーバーツアーを夫婦で予約してたのでありますね
「本日は全員がスムースに集合できて時間に少し余裕があるので真珠湾攻撃にゆかりのある
日本領事館を廻ってからパールハーバーに行きます」
なんとなく日本側からは真珠湾、アメリカ側からはパールハーバーと使い分けてたような
気もしましたが、この時のオハナシは・・・
・当時の領事館駐在武官(海軍少尉)が情報収集活動での出入りをアメリカ側に気づかれないよう
正面からではなく横を流れる川から密かに行っていた
(と明るい懐中電灯
でその辺りをスポット照射してくれました
)
・12月7日には空母が訓練航海で不在という最新情報も報告していたが大使館経由で伝達が遅れ
攻撃前には海軍軍令部まで伝わっていなかった
・第1派攻撃ではじめて空母の不在を知った南雲中将は、これを奇襲情報を事前に掴んでいた
アメリカ側の罠と判断し、沖合で待ち構える空母から反撃される前にと、予定していた
第3派攻撃を行わずに急きょ引き上げた
・もし予定どおり第3派攻撃が行われドックなどの港湾施設が徹底的に破壊されていたら、
太平洋艦隊は6~7年は使い物にならなかったといわれている
・その前提なら早期に石油禁輸の緩和など有利な和平交渉ができていたかもしれない
といった、わたくしの知らなかった興味深い内容でした
他にも・・・
・今もハワイでは軍人が多く人口140万人の23%を占め観光に次ぐ第2の産業が軍事で第3が農業
・最近東西を結ぶ鉄道ができたけど西側の殆どは軍用地なので軍人以外は乗らない
などなど、他の車中のオハナシも興味深かったです
当カテゴリの第1回記事にも書きましたが、当日2月24日もパールハーバーへの出入りが
いつになく激しくなっており近々に軍の大きな動きがあるかも、ともおっしゃってました
2月28日のイラン攻撃開始でさらに臨戦態勢になってるでしょうし、基地への出入り制限も
さらに厳しくなってるかもですね
で、パールハーバー・ナショナル・メモリアルであります

訳せば「真珠湾国立記念施設」でしょうか、このビジターセンターは国立公園局の管理施設で、
メモリアル施設には画像にある戦艦アリゾナ・戦艦オクラホマ・戦艦ユタの追悼施設のほかにも、
戦艦ミズーリや潜水艦ボーフィンの記念館、当時フォード島にあった海軍航空隊(ヒッカムは
陸軍航空隊)のハンガー(格納庫)を利用した航空博物館など多くの施設があり、わたくし一度は
訪れてみたかったのであります
ちなみにパールハーバー自体は今も重要な軍事施設ですから、入るには厳しい検問もあり、
手荷物は透明バッグに入れるとかパスポート必携とかの制限もありました
上の画像の撮影時刻が朝の6時37分になってますが、早朝なのは戦艦アリゾナ記念館には
一隻のボートでしか渡れず、遅い時間に行くと数時間待ちになり渡れないこともあるので
朝一番に並ぶためだそうです
で、7時にメインゲートが開門、受付で多国語対応の音声ガイド端末(有料)を借りると、
今だけ特典!!!として・・・


こんな限定オリジナル・エコバッグがもらえます!!! これは確かに稀少かもです
と、ようやく明るくなってきたエントランスからは・・・

最初に訪れる追悼施設の戦艦アリゾナ記念館

後方にはその次に訪れる戦艦ミズーリ記念館

他にも見学可能な潜水艦ボーフィンとその付属博物館はじめ、



アリゾナの錨やピーコートでダッフルバッグ(海軍ではシーバッグ)を持ったローン・セイラーなど、

様々な屋外展示もあり、説明板に音声ガイド端末をかざすと日本語で説明してくれます
アリゾナ記念館へのボート始発が8時なので・・・



まずはミュージアムショップを皮切りに・・・
・・・したため、センターのメイン展示は駆け足になりましたが・・・
以下さくさくっと・・・


戦艦の時代から

空母の時代へ






スケールモデルも(誰かさんの作品より???)よくできてました



もちろんスケールモデルやパネル展示だけでなく・・・






実物展示も数多くありましたが・・・

赤色表示されてるAttack Gallery付近だけでこれだけあり、とても全ては回れませんでした
(ミュージアムショップ
でついつい時間を費やしたし・・・)
つーことで、8時には図右端の桟橋からボートでアリゾナ記念館に向かいました
そう、



この記念館の下に戦艦アリゾナと乗員のうち約900名が今も眠っているのであります
(次号に続きます)
ホノルル4日目の朝は、なんと4時半の起床でした
ホテルのビュッフェ朝食は6時からなので・・・



日本から持参した「かもめコーヒー」のドリップパックと昨夜嫁が持参してくれたサラダや
ケーキ・スナック類で軽く朝食・・・手作りスパム握りは昨夜食べたのでありません

5時50分に近くのホテル前に数名が集合して大型バンに乗車、他の予約客とで合計8名ほどが、
ガイド兼ドライバーで日系4世のフカダさんからお話をうかがいます
そう、この日は日本語ガイド付きパールハーバーツアーを夫婦で予約してたのでありますね
「本日は全員がスムースに集合できて時間に少し余裕があるので真珠湾攻撃にゆかりのある
日本領事館を廻ってからパールハーバーに行きます」
なんとなく日本側からは真珠湾、アメリカ側からはパールハーバーと使い分けてたような
気もしましたが、この時のオハナシは・・・
・当時の領事館駐在武官(海軍少尉)が情報収集活動での出入りをアメリカ側に気づかれないよう
正面からではなく横を流れる川から密かに行っていた
(と明るい懐中電灯
でその辺りをスポット照射してくれました
)・12月7日には空母が訓練航海で不在という最新情報も報告していたが大使館経由で伝達が遅れ
攻撃前には海軍軍令部まで伝わっていなかった
・第1派攻撃ではじめて空母の不在を知った南雲中将は、これを奇襲情報を事前に掴んでいた
アメリカ側の罠と判断し、沖合で待ち構える空母から反撃される前にと、予定していた
第3派攻撃を行わずに急きょ引き上げた
・もし予定どおり第3派攻撃が行われドックなどの港湾施設が徹底的に破壊されていたら、
太平洋艦隊は6~7年は使い物にならなかったといわれている
・その前提なら早期に石油禁輸の緩和など有利な和平交渉ができていたかもしれない
といった、わたくしの知らなかった興味深い内容でした
他にも・・・
・今もハワイでは軍人が多く人口140万人の23%を占め観光に次ぐ第2の産業が軍事で第3が農業
・最近東西を結ぶ鉄道ができたけど西側の殆どは軍用地なので軍人以外は乗らない
などなど、他の車中のオハナシも興味深かったです
当カテゴリの第1回記事にも書きましたが、当日2月24日もパールハーバーへの出入りが
いつになく激しくなっており近々に軍の大きな動きがあるかも、ともおっしゃってました
2月28日のイラン攻撃開始でさらに臨戦態勢になってるでしょうし、基地への出入り制限も
さらに厳しくなってるかもですね
で、パールハーバー・ナショナル・メモリアルであります

訳せば「真珠湾国立記念施設」でしょうか、このビジターセンターは国立公園局の管理施設で、
メモリアル施設には画像にある戦艦アリゾナ・戦艦オクラホマ・戦艦ユタの追悼施設のほかにも、
戦艦ミズーリや潜水艦ボーフィンの記念館、当時フォード島にあった海軍航空隊(ヒッカムは
陸軍航空隊)のハンガー(格納庫)を利用した航空博物館など多くの施設があり、わたくし一度は
訪れてみたかったのであります

ちなみにパールハーバー自体は今も重要な軍事施設ですから、入るには厳しい検問もあり、
手荷物は透明バッグに入れるとかパスポート必携とかの制限もありました
上の画像の撮影時刻が朝の6時37分になってますが、早朝なのは戦艦アリゾナ記念館には
一隻のボートでしか渡れず、遅い時間に行くと数時間待ちになり渡れないこともあるので
朝一番に並ぶためだそうです
で、7時にメインゲートが開門、受付で多国語対応の音声ガイド端末(有料)を借りると、
今だけ特典!!!として・・・


こんな限定オリジナル・エコバッグがもらえます!!! これは確かに稀少かもです

と、ようやく明るくなってきたエントランスからは・・・

最初に訪れる追悼施設の戦艦アリゾナ記念館

後方にはその次に訪れる戦艦ミズーリ記念館

他にも見学可能な潜水艦ボーフィンとその付属博物館はじめ、



アリゾナの錨やピーコートでダッフルバッグ(海軍ではシーバッグ)を持ったローン・セイラーなど、

様々な屋外展示もあり、説明板に音声ガイド端末をかざすと日本語で説明してくれます
アリゾナ記念館へのボート始発が8時なので・・・



まずはミュージアムショップを皮切りに・・・

・・・したため、センターのメイン展示は駆け足になりましたが・・・

以下さくさくっと・・・


戦艦の時代から

空母の時代へ






スケールモデルも(誰かさんの作品より???)よくできてました




もちろんスケールモデルやパネル展示だけでなく・・・






実物展示も数多くありましたが・・・

赤色表示されてるAttack Gallery付近だけでこれだけあり、とても全ては回れませんでした
(ミュージアムショップ
でついつい時間を費やしたし・・・)つーことで、8時には図右端の桟橋からボートでアリゾナ記念館に向かいました
そう、



この記念館の下に戦艦アリゾナと乗員のうち約900名が今も眠っているのであります
(次号に続きます)
2026年03月09日
憧れのハンバーガーと・・・
(前回記事からの続きです ホノルル連載をはじめからご覧になるにはこちらのカテゴリから)
潜水艦での海底探索とワイキキビーチでのお砂遊びを楽しんだ後、
「子どもたちのお腹が空いてるようなら、ちょうどお昼だし、ここで食べる?」
「子どもたちは大丈夫ですが、お義父さんが孤独のグルメの井之頭五郎になってます」
「それにしても・・・腹が減った・・・(茫然)」
つーことで・・・

ビレッジ内のビーチに面したテラス席へ・・・
で、

まずはビールであります
(ハワイ州ではビーチや公園での飲酒は禁止ですが、ここは店のテラス席なのでOK)
で、わたくしは長年の憧れだった本場アメリカの・・・

ビーフパテ150gハンバーガーを
ちなみに家内はチキンサンドを

って、こっちの方がポテトが多いな・・・
孫たちと嫁は豆腐焼きそば?とハンバーガーを3人でシェア

で、こちらが2杯目による乾杯!!!

そう、1杯目は画像を撮る暇もなく空けてしまってたのでありますね
で、長年の憧れだった本場のハンバーガーでしたが・・・
確かにボリュームはあったものの、パテもバンズも冷たい生野菜で?すっかり冷めてたし、
お味も同価格なら日本の専門店のほうが・・・つー感じでしたね
でも、このロケーションで楽しく食べて飲めたのは素晴らしい体験でした
と、食後は記念撮影とか・・・

ビレッジ内のショップでお買い物とか・・・



ま、わたくしは噴水に腰かけてぐったりまったりしてました

それにしても、ここは相当の歴史があるんですね





と、ようやく広大なビレッジともお別れして


ザ・バスに乗ってホテルとコンドミニアムのあるワイキキ・エリア東端まで戻ります


ザ・バスは大型荷物もガバも持ち込み不可なのね・・・




で、いったん自室でのんびりしてから・・・

ホテルのプールへ・・・




ここにはパットゴルフのミニコースもあって



孫たちは大いに楽しんでました
で、身体が冷えてきたら

温かいジャグジーへ
ちなみにわたくしも滞在中に時間があれば、このジャグジーに浸かってました
プールもジャグジーも塩辛く表示もSPAになってましたから、まさに温泉湯治ですね
で、孫たちと別れたのち、嫁が新しいマウイ6缶パックと手作りした熱々のスパム握り、
ポテトサラダやスナックやケーキなどをわざわざ届けてくれました
明朝はホテルの朝食ビュッフェ開始前に出かけるのでありがたい限り・・・
とはいいつつ、手作りしてくれたスパム握りだけは熱々のうちに・・・
つーことで夫婦の意見が一致したことを記念して・・・

マウイで乾杯!!!

わははは、しあわせじゃあ!!!
(次回に続きます)
潜水艦での海底探索とワイキキビーチでのお砂遊びを楽しんだ後、
「子どもたちのお腹が空いてるようなら、ちょうどお昼だし、ここで食べる?」
「子どもたちは大丈夫ですが、お義父さんが孤独のグルメの井之頭五郎になってます」
「それにしても・・・腹が減った・・・(茫然)」
つーことで・・・

ビレッジ内のビーチに面したテラス席へ・・・

で、

まずはビールであります

(ハワイ州ではビーチや公園での飲酒は禁止ですが、ここは店のテラス席なのでOK)
で、わたくしは長年の憧れだった本場アメリカの・・・

ビーフパテ150gハンバーガーを

ちなみに家内はチキンサンドを

って、こっちの方がポテトが多いな・・・

孫たちと嫁は豆腐焼きそば?とハンバーガーを3人でシェア

で、こちらが2杯目による乾杯!!!


そう、1杯目は画像を撮る暇もなく空けてしまってたのでありますね

で、長年の憧れだった本場のハンバーガーでしたが・・・
確かにボリュームはあったものの、パテもバンズも冷たい生野菜で?すっかり冷めてたし、
お味も同価格なら日本の専門店のほうが・・・つー感じでしたね

でも、このロケーションで楽しく食べて飲めたのは素晴らしい体験でした

と、食後は記念撮影とか・・・

ビレッジ内のショップでお買い物とか・・・



ま、わたくしは噴水に腰かけて

それにしても、ここは相当の歴史があるんですね





と、ようやく広大なビレッジともお別れして


ザ・バスに乗ってホテルとコンドミニアムのあるワイキキ・エリア東端まで戻ります


ザ・バスは大型荷物もガバも持ち込み不可なのね・・・





で、いったん自室でのんびりしてから・・・

ホテルのプールへ・・・




ここにはパットゴルフのミニコースもあって



孫たちは大いに楽しんでました
で、身体が冷えてきたら

温かいジャグジーへ
ちなみにわたくしも滞在中に時間があれば、このジャグジーに浸かってました
プールもジャグジーも塩辛く表示もSPAになってましたから、まさに温泉湯治ですね

で、孫たちと別れたのち、嫁が新しいマウイ6缶パックと手作りした熱々のスパム握り、
ポテトサラダやスナックやケーキなどをわざわざ届けてくれました
明朝はホテルの朝食ビュッフェ開始前に出かけるのでありがたい限り・・・
とはいいつつ、手作りしてくれたスパム握りだけは熱々のうちに・・・
つーことで夫婦の意見が一致したことを記念して・・・

マウイで乾杯!!!

わははは、しあわせじゃあ!!!
(次回に続きます)
2026年03月07日
ホワイト・サブマリン!!!
(前回記事からの続きです ホノルル連載をはじめからご覧になるにはこちらのカテゴリから)
ホノルルでの3日目は潜水艦アトランティス号での海底探索から!!!
と、その前に、まずは朝食であります

この日はカリカリ焼きたてのベーコンがありました

食後のデザートは軽く済ませて・・・フルーツは別腹で・・・

孫たちと合流して予約していた大型タクシーに乗車

ワイキキ・エリア西端にあるヒルトン・ハワイアン・ビレッジを目指します
我々のホテルやコンドミニアムはエリアのほぼ東端ですが約2km15分ほどで到着

広いビレッジ内を延々と歩いて・・・




受付で予約確認を済ませて桟橋へ・・・


まさにワイキキビーチですね
ま、せっかくなので・・・

記念写真も・・・
東側にはダイアモンドヘッドが・・・


こちらもまさにワイキキビーチ・・・
桟橋の連絡船に向かいます

桟橋ではお茶目な船長さん?が・・・

「こっちにお魚さんがいるよ」と孫たちを案内してくれました

出航を待つ間も至れり尽くせりのサービスで、さすが世界に冠たる観光地ですね
と、沖合に出ると、



潜水艦アトランティス号が見えてきました

そう、イエロー・サブマリンではなくホワイト・サブマリンでした!!!
We all live in a White submarine,White submarine, White submarine,潜水艦



グラスボート程度の半潜水式を想像してたのですが、この後、水深30mの海底まで潜航して
海底付近を45分ほど周遊してました
第一次大戦時のドイツUボートの潜水限界が30~50m(第二次大戦時には100~150m)でしたから、
少なくとも第一次大戦時と同程度までは潜れる「本物の潜水艦」だったのでありますね
艦内はこんな感じで、

操縦席はこんな感じ

いかにも潜水艦らしい機器がずらりと並んでました
ハッチが閉まりメインタンクに海水を注入して空気を排出し、いよいよ潜航・・・

ごぼごぼごぼ わくわくわく
海底付近に到達しました

とーぜん海面からの光は少なくなってます
以下さくさくっと・・・



こちらは人工漁礁ですね



こちらは双発機の残骸???

ピンボケだけどサメさんです



漁礁として沈めたフネもあるとか・・・
と、メインタンクに圧縮空気を注入して海水を排出する「メインタンクブロー!!!」浮上です

徐々にゴムボートの船底が見えてきました
司令塔のハッチが開かれ退艦です

艦長さんも浮上すれば、すっかりお茶目でした

再び連絡船に乗ってビーチに戻ります







ビーチの桟橋まで戻ってきました

孫たちはけっこう長時間、ビーチでお砂遊びをしてましたが・・・

わたくしは木陰でぐったりまったりしてました
で、この後は楽しみにしていた本場のハンバーガーを・・・
(次回に続きます)
ホノルルでの3日目は潜水艦アトランティス号での海底探索から!!!

と、その前に、まずは朝食であります

この日はカリカリ焼きたてのベーコンがありました

食後のデザートは軽く済ませて・・・フルーツは別腹で・・・

孫たちと合流して予約していた大型タクシーに乗車

ワイキキ・エリア西端にあるヒルトン・ハワイアン・ビレッジを目指します
我々のホテルやコンドミニアムはエリアのほぼ東端ですが約2km15分ほどで到着

広いビレッジ内を延々と歩いて・・・




受付で予約確認を済ませて桟橋へ・・・


まさにワイキキビーチですね

ま、せっかくなので・・・

記念写真も・・・
東側にはダイアモンドヘッドが・・・


こちらもまさにワイキキビーチ・・・

桟橋の連絡船に向かいます

桟橋ではお茶目な船長さん?が・・・

「こっちにお魚さんがいるよ」と孫たちを案内してくれました

出航を待つ間も至れり尽くせりのサービスで、さすが世界に冠たる観光地ですね
と、沖合に出ると、



潜水艦アトランティス号が見えてきました

そう、イエロー・サブマリンではなくホワイト・サブマリンでした!!!



グラスボート程度の半潜水式を想像してたのですが、この後、水深30mの海底まで潜航して
海底付近を45分ほど周遊してました
第一次大戦時のドイツUボートの潜水限界が30~50m(第二次大戦時には100~150m)でしたから、
少なくとも第一次大戦時と同程度までは潜れる「本物の潜水艦」だったのでありますね

艦内はこんな感じで、

操縦席はこんな感じ

いかにも潜水艦らしい機器がずらりと並んでました
ハッチが閉まりメインタンクに海水を注入して空気を排出し、いよいよ潜航・・・


ごぼごぼごぼ わくわくわく

海底付近に到達しました

とーぜん海面からの光は少なくなってます
以下さくさくっと・・・



こちらは人工漁礁ですね



こちらは双発機の残骸???

ピンボケだけどサメさんです



漁礁として沈めたフネもあるとか・・・
と、メインタンクに圧縮空気を注入して海水を排出する「メインタンクブロー!!!」浮上です

徐々にゴムボートの船底が見えてきました
司令塔のハッチが開かれ退艦です

艦長さんも浮上すれば、すっかりお茶目でした

再び連絡船に乗ってビーチに戻ります







ビーチの桟橋まで戻ってきました

孫たちはけっこう長時間、ビーチでお砂遊びをしてましたが・・・

わたくしは木陰で
で、この後は楽しみにしていた本場のハンバーガーを・・・

(次回に続きます)
