2024年05月
2024年05月13日
大地の五億年(前篇)
とーとつですが・・・
![P3105588](https://livedoor.blogimg.jp/m98k/imgs/d/6/d66b8567-s.jpg)
wingさんからお借りしている「大地の五億年(藤井一至著)」の読書メモ前篇であります
裏表紙カバーにあった惹句
![P3105589](https://livedoor.blogimg.jp/m98k/imgs/3/0/3038e32e-s.jpg)
表紙カバー裏にあった惹句
![P3105590](https://livedoor.blogimg.jp/m98k/imgs/8/9/89aec966-s.jpg)
裏表紙カバー裏にあった著者紹介
![P3105594](https://livedoor.blogimg.jp/m98k/imgs/8/e/8e7f325a-s.jpg)
奥付
![P3105595](https://livedoor.blogimg.jp/m98k/imgs/3/2/32ac5d99-s.jpg)
僅か1年半で第九刷まで増刷されてて、この分野では驚異的でしょうね
例によって目次のみ
![P3105591](https://livedoor.blogimg.jp/m98k/imgs/a/1/a16725e9-s.jpg)
![P3105592](https://livedoor.blogimg.jp/m98k/imgs/b/5/b5dac834-s.jpg)
素人にも分かりやすい年表が冒頭にあったので1枚だけメモ
![P3105593](https://livedoor.blogimg.jp/m98k/imgs/c/3/c352384f-s.jpg)
(著作物なので公開に問題があるようなら非公開にします)
まえがきによれば・・・
・5億年前の植物の上陸により緑と土に覆われた大地が誕生した
→5億年の土と生命の物語は主役の入れ替わりが激しく共有の台本はない
・遅れて登場してきたお騒がせ生物(ヒト)が物語の存続を危うくしているが、
土と生き物は相互に影響しあいながら5億年を通して変動してきた
→そんな歴史を一冊に凝縮した
→土に埋もれた生き物の生活記録を掘り起こす試み
・生き物はヒトも含め、もとはみな栄養分を土から獲得している
→だから見方を180度変えた自然史・人類史でもある
・・・とゆー本なのであります
著者の面白いエピソードもいっぱいで科学解説としても魅力ある文章で楽しめました
ともかく内容が豊富で、当初は要点をメモしだしたのですが、殆ど書き写しになったので、
学術的な部分は読み飛ばし、ボルネオ島と日本に関する部分をメインにメモしましたが、
それでも長くなったので前編と後編の2回に分け、脳の外部記憶として記事にしました
(わたくしの思い違いも多いので興味を持たれた方は本書のご熟読を・・・)
プロローグより
・生き物が土を生んだ
→土壌とは岩石の風化によって生まれた砂や粘土に動植物の遺体が混ざったもの
・地球誕生から46億年、土壌誕生から5億年・・・つまり・・・
→「46歳の地球おばさんが5年前から家庭菜園をはじめ、1年前から菜園で働いてた恐竜兄さんが
半年前に失踪、10日前に生まれたばかりの小人が大規模な温室栽培をはじめた」
→ようなもので、この10日前に生まれた小人が人類![](https://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_face_csweat.gif)
・ミミズが粘土と落ち葉を一緒に食べてフンをする→柔らかい土壌ができる(ダーウィン)
→足元に広がる土のほとんどはミミズのフンだったのだ![](https://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_face_csweat.gif)
・土をめぐる戦い(地上に存在した生物の99.9%は絶滅した)
→土壌の厚さは平均すると1mにすぎない→この皮膚が地上の生命を養ってきた
→ヒトも水と空気以外は土壌から供給されている
・土の多様性(略)
・メソポタミア文明の崩壊、持続的どころか壊滅寸前だった江戸時代の里山・・・
→温暖化、砂漠化、酸性雨、熱帯雨林の減少・・・すべて土に関わる話題
・難波津に 咲くやこの花 冬ごもり 今は春べと 咲くやこの花
→7世紀前半の観音寺遺跡(徳島県)から木簡が出土しており万葉集よりずっと古い
→平和と繁栄を祈るメッセージも地下に埋もれている・・・
第1章より
・最初に岩石沙漠を開拓したのは地衣類→5億年前
→今も陸地の8%を覆う、菌類と藻類が共生したユニークな生き物
→光合成の糖分→有機酸で岩を溶かす→リン・カルシウム・カリウムを得るが大部分は残存し、
砂や粘土に→それが地衣類やコケの遺骸(有機物)と混ざったものが地球最初の土だった
・最初に大地に根を下ろしたシダ植物
→4億年前の二酸化炭素濃度は現在の10倍以上で温暖湿潤な環境
→蒸し暑い水辺の湿地帯に初めて本格的な土壌が生まれた
→現在のボルネオ島には当時と似た環境がある→水辺のシダ植物の下は泥炭土
(水中には酸素が少なく微生物分解が進まず堆積する→深くなれば高温・高圧に→石炭)
・赤毛のアン(カナダ・セントエドワード島の赤い土)と大陸移動(同じ色の土が世界に分散)
→4億年前のシダの森(熱帯林)が全く別の場所(極北カナダ)に行った例
→シダの森は地上でも地下でも大量の二酸化炭素を固定した
→そのため地球が寒冷化(乾燥化)し酸素濃度も上昇した
→昆虫の巨大化、シダ植物の縮小衰退へ
→シダ植物は初期の土から本格的な森と土を形成、大陸移動とともに気候変動をもたらした
・裸子植物と根の進化
→3億年前にシダ植物は衰え、乾燥に強い種子を持つ裸子植物が主役に
→生き延びるための「通気のできる根(水稲やマングローブの例)」と「リグニン(木質)の生成」
→リグニンは幹などの強度を高め、より高くなりより光を吸収して成長、害虫にも強くなった
→土の微生物には食べにくくなったので有機物がどんどん土に溜まっていった
(私の机の書類のように処理が追いつかず未処理業務(泥炭)が蓄積していったのだ)![](https://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_face_csweat.gif)
→微生物の対応が遅れたので泥炭→石炭が蓄積した→なので地質年代では「石炭紀」
・キノコの進化と石炭紀の終焉
→分解が進むと二酸化炭素や窒素・リン・カルシウムなどの栄養素が循環するが、
→分解が遅いと循環が停止し生態系も停止する(消化不良)
→キノコの進化が生態系の救世主になった
→キノコの主体は菌糸で有機物を食べる分解者だが、当初はリグニン分解能力はなかった
→2.5億年前にリグニンを分解する仕組みを獲得して種数がどんどん増えた
→有機物の分解が促進され石炭紀は終焉を迎えた
・キノコと樹木の進化で地球の物質バランスが保たれるようになったのだ
・恐竜たちの食卓
→映画ジュラシックパークでは琥珀の中の蚊の血液DNAから恐竜の復元に成功したが、
→本書ではもっと泥臭い土や化石からの恐竜時代の環境復元を試みる
→2億年前の大地は温暖湿潤、土壌の分布は広がっていた
→大型シダ植物から針葉樹が主役となった
→草食恐竜は亜熱帯!!!針葉樹の柔らかい!!!葉を食べていた(まだ草も草原もなかった)
・土を酸性に変える植物(略)
→恐竜の生活も体重も酸性土壌ポトゾルなどが支えていた
→針葉樹アロウカリアの高木化と草食恐竜プロキオサウルスの巨大化の例
→冷戦期のソ連とアメリカの軍拡競争と同じとされている
→特殊能力に特化すれば環境変化へのリスクがあるのは自然界も人間界も同じ
→6600万年前の恐竜絶滅でアロウカリアも北半球から消えた
・ボルネオ最高峰キナバル山の熱帯山地林のダクリカルプス(2億年前のアロウカリアの親戚)
→その下の土は熱帯には珍しい北欧と同じポトゾル
→ダクリカルプスも北欧のマツもリグニンやタンニン(酸性物質)が多く栄養分が少ない
→分解されにくく酸性腐葉土が堆積する
→茶色い酸性物質が染み出しポトゾルをつくる→色彩豊かなジュラシック・ソイルに
・岩を食べるキノコ
→北半球で繁栄するマツと衰退したアロウカリアの違い(略)
→キノコ(外性菌根菌)との共生はどちらにもあるがアロウカリアの根は限定的
・2億年前の酸性土壌で針葉樹は恐竜と繁栄し落ち葉や根で土を積極的に変化させた
→キノコ(外性菌根菌)との共生でマツの仲間は現在も北方林で繫栄している
→なぜ北方林と南半球の一部に追いやられたか→被子植物の台頭による
・砂上の熱帯雨林
・フタバガキの大遠征
→1.5億年前にジュラ紀から白亜紀に移ると被子植物が出現した
→熱帯地域は裸子植物(針葉樹)から花と果実を持つ被子植物に
→東南アジアの熱帯雨林で大発展したのがフタバガキ(沙羅双樹・合板のラワン材)
→ゴンドワナ大陸が起源のフタバガキは9000万年前に分離したインド亜大陸からアジアへ
(インド亜大陸のユーラシア大陸との衝突は4500万年前)
→3000万年前には東南アジアに到達し熱帯雨林の優占種となった
→なぜ高木化して大繁栄したのかは東南アジアの酸性土壌がカギ
・熱帯の土は貧栄養で森林を伐採したら不毛の大地になるといわれている
→熱帯雨林の土の林床は薄く肥沃な表層土も薄い
→その下には養分の乏しい土が深く続いている
→問題は酸性とリンの欠乏(焼畑は酸性の中和)
→貧栄養でも植物の成長量は日本の森林の3倍で大量の樹木と落ち葉が存在する
・熱帯雨林の貧しい土に森林が成立する理由
→東南アジアのフタバガキはマツ科やブナ科と同様にキノコ(外生菌根菌)と共生している
→ボルネオ熱帯雨林の60m観測タワーで自分が高所恐怖症であることを思い出したけど
、
数年後にそのタワーは風で倒れた![](https://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_face_csweat.gif)
→60mのフタバガキは地上に露出した板根で倒れないけど板根は物理的な支え
→栄養の吸収は落ち葉の下に伸び広がり外生菌根菌と共生した細い根ルートマットから(略)
→林冠部で光合成した糖分を根に共生した外生菌根菌に供給している
→外生菌根菌は熱帯土壌で欠乏しやすく酸化物に閉じ込められたリンを溶かして供給している
・熱帯雨林の高い生産性は、土を介したこのネットワークに支えられている
→森林をいったん伐採すると回復が難しいのは土に栄養分が少ないことに加え、
このネットワークを寸断してしまうため
・平家物語の冒頭に「沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす」とあるが、もともとは
お釈迦様が亡くなった時にフタバガキの花が一斉に枯れたという話に由来している
→伐採に脆弱な熱帯雨林を無計画に伐採すれば、花の色のように衰えるのは人間・・・
・フタバガキが4年に一度だけ一斉に開花結実する謎
①エルニーニョ後は安定説②ハチとの日程調整説③オランウータンなどが食べ切れない説
④が真打登場で土が原因説なのだ![](https://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_face_csweat.gif)
→真打といっても毎年開花結実するだけの養分供給ができないという情けない話で![](https://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_face_csweat.gif)
→熱帯雨林の土壌に少ない窒素やリンを貯蔵して種子を作るのに4年かかるという説
→私の調査でもリンを貯めるのには数年かかる計算になるが毎年というのは温帯の常識であり、
熱帯のフタバガキには彼らなりの体内時計があるのだろう・・・
・フタバガキの種子の2枚の羽根
→風によって遠くまで子孫を送り込むためと考えられてきたが、森の中では殆どが真下に
落ちることがわかってきた
→成木の近くなら外生菌根菌の菌糸を通じて稚樹に養分を渡せるから→樹木の子育て!!!
→種子が成木になる確率を高めの1%とした場合、100年で世代交代する調和のとれた仕組み
・氷の世界の森と土(略)
(極北イヌビックでの調査エピソードがめっちゃ面白かったです)
・奇跡の島国・日本
→日本は森の国だが同じ中緯度帯には砂漠や乾燥地が多い→やはり奇跡の島
→日本列島は4つのプレートがせめぎ合う地域に位置する→3000m級の山々が誕生
→2000万年前にユーラシア大陸から分離、日本海が生まれた
→氷河期が終わり海水面が上昇、日本海に対馬海流が流入した
→この暖流と山々の存在が、日本列島を水に恵まれた森の楽園に変えた
→そしてこのことが、日本の土が酸性になることを運命付けた
・降り積もる火山灰
→アイドルのデビュー曲のタイトルが「火山灰(柏木由紀)」になる国は日本ぐらい![](https://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_face_csweat.gif)
→日本中に降り積もり1万年前の縄文時代の地表面は今より1mぐらい下だった
→塵も積もれば土になるのだ![](https://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_face_csweat.gif)
→29000年前の姶良火山の大噴火→関東まで積もった火山灰の下から石器が見つかった
→氷河期だった3万年前の旧石器時代に日本人はマンモスを追いかけていたのだ
→氷河期が終わった縄文時代7300年前の鬼界カルデラの大噴火
→やはり関東まで積もり火砕流は屋久島の全域を飲み込んだ→縄文杉も壊滅していた
→北海道でも過去1万年に火山活動と植生回復が7回繰り返されている
→この活発な火山活動が世界的にもユニークな「黒ぼく土」をつくりあげた
・酸性でも平気なブナとスギ
→火山灰から生まれた黒ぼく土は酸性になりにくいが、いったん酸性になれば中和が難しい
→さらに火山灰から生成する粘土がリンを吸着するので作物栽培には向かない
(同じ黒い土でもカナダやウクライナの黒土はカルシウムを多く含み世界の穀倉に)
→ブナやスギなどの樹木はリン鉱物を溶かせるので問題ない
→黄砂には炭酸カルシウムなどアルカリ成分を含むが中和成分が少なくすぐ酸性に変わる
→この黄砂からできる日本海側の土は酸性になりやすい(室堂の雪の壁には黄砂を含む黒い筋)
→火山灰が多い太平洋側のブナ林はミズナラなどライバルとの競争で窮屈そう
→雪が多く土が酸性になりやすい日本海側やアメリカ五大湖東側では美しいブナの純林
・土の養分の低さや酸性で作物栽培に苦労した人間は樹木の機能を肥料として利用した
→焼畑や里山の落ち葉や草を田畑に入れる刈敷など
→多様な自然環境、火山灰、雨(雪)、人間活動で世界的にもユニークな土と生態系に・・・
第2章より
・土は生命の源
→生命の根源はエネルギー源と自己複製能力で、支える元素は炭素・窒素・リン
→炭素は空気が供給源だが窒素とリンは土壌が重要な供給源
→多くの土壌で雨に流される
→生き物は獲得するための進化の道を歩んできた
・ウツボカズラの戦略
→酸性土壌や栄養分の少ない土壌で昆虫を捕獲消化吸収することで養分を補う戦略
→ウツボカズラからすれば昆虫はタンパク質(窒素)とリンのかたまり
→食虫植物の捕食器は生産コストが高いので栄養分の少ない土壌での生存戦略
→昆虫や共生細菌に分解してもらう種類もある
・人体は水分を除く50~70%がタンパク質で昆虫より高濃度の窒素やリンを含む
→獲得するための戦略が「農業」と「料理」
・微生物と酵素、腸内細菌(略)
・熱帯雨林の掃除屋シロアリ(略)
→熱帯雨林はシロアリとゴキブリの楽園(略)
→シロアリは2000種以上いるが害虫は10%ほど、
→ゴキブリは4500種以上いるが家庭の害虫は12種のみ
・草食恐竜の胃から発酵によって放出されたメタンガスは1日2700ℓとされる
→2億年前の地球を温暖化させるのには充分な量
・リグニンと茶色い水
→カナダ北部や北欧の川は湖や湿地が多い平坦な地形を流れる
→酸素が少なく微生物分解が遅いので泥炭土が蓄積している
→泥炭土のタンニンなどの溶存有機物を溶かしこんでるので茶色
→日本に多い火山灰土壌は吸着力の強い粘土が多く溶存有機物を数分で99%吸収する
→地形も急峻でたゆむことも少ないので透明
・熱帯雨林の茶色い水
→熱帯雨林では微生物分解が活発なので(中南米での観察結果から)透明とされていた
→ところが東南アジアの熱帯雨林では茶色だった→報告論文が認められず違いを立証した![](https://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_face_csweat.gif)
→東南アジア熱帯雨林の黄色い土は中南米熱帯雨林の赤い土よりイオン濃度で10倍酸性だった
→北欧マツ林の腐葉土と同様に酸性に適応したキノコで溶存有機物がつくられるのだ
(熱帯雨林では微生物分解が活発で落葉層は薄いが、絶えず供給されるのでつくられる)
→土の酸性が東南アジアの熱帯雨林の茶色い水の真相
・アマゾンの黒い川と白い川(泥炭土と粘土など)→(略)
(土の養分→川や海へ→魚や食べたトリやクマなどの死骸やフン→土の養分に循環)
・オランウータン、土を食べる(略)
→ボルネオ島にはドリアンの固有種が多く存在する
→一説ではドリアンの多様化が始まった時期とオランウータンの出現時期は同じとされる
→美食家に果実を提供して種子を拡散させる戦略が成功したのだ
→被子植物と種子散布者との協力が熱帯雨林の多様性を支えている
→動物は汗などでナトリウムを失うが植物に含まれるナトリウムは少ない
→海から離れて暮らす動物は塩を獲得する知恵を持っている・・・
以下、次の記事(後編)に続きます
![P3105588](https://livedoor.blogimg.jp/m98k/imgs/d/6/d66b8567-s.jpg)
wingさんからお借りしている「大地の五億年(藤井一至著)」の読書メモ前篇であります
裏表紙カバーにあった惹句
![P3105589](https://livedoor.blogimg.jp/m98k/imgs/3/0/3038e32e-s.jpg)
表紙カバー裏にあった惹句
![P3105590](https://livedoor.blogimg.jp/m98k/imgs/8/9/89aec966-s.jpg)
裏表紙カバー裏にあった著者紹介
![P3105594](https://livedoor.blogimg.jp/m98k/imgs/8/e/8e7f325a-s.jpg)
奥付
![P3105595](https://livedoor.blogimg.jp/m98k/imgs/3/2/32ac5d99-s.jpg)
僅か1年半で第九刷まで増刷されてて、この分野では驚異的でしょうね
例によって目次のみ
![P3105591](https://livedoor.blogimg.jp/m98k/imgs/a/1/a16725e9-s.jpg)
![P3105592](https://livedoor.blogimg.jp/m98k/imgs/b/5/b5dac834-s.jpg)
素人にも分かりやすい年表が冒頭にあったので1枚だけメモ
![P3105593](https://livedoor.blogimg.jp/m98k/imgs/c/3/c352384f-s.jpg)
(著作物なので公開に問題があるようなら非公開にします)
まえがきによれば・・・
・5億年前の植物の上陸により緑と土に覆われた大地が誕生した
→5億年の土と生命の物語は主役の入れ替わりが激しく共有の台本はない
・遅れて登場してきたお騒がせ生物(ヒト)が物語の存続を危うくしているが、
土と生き物は相互に影響しあいながら5億年を通して変動してきた
→そんな歴史を一冊に凝縮した
→土に埋もれた生き物の生活記録を掘り起こす試み
・生き物はヒトも含め、もとはみな栄養分を土から獲得している
→だから見方を180度変えた自然史・人類史でもある
・・・とゆー本なのであります
著者の面白いエピソードもいっぱいで科学解説としても魅力ある文章で楽しめました
ともかく内容が豊富で、当初は要点をメモしだしたのですが、殆ど書き写しになったので、
学術的な部分は読み飛ばし、ボルネオ島と日本に関する部分をメインにメモしましたが、
それでも長くなったので前編と後編の2回に分け、脳の外部記憶として記事にしました
(わたくしの思い違いも多いので興味を持たれた方は本書のご熟読を・・・)
プロローグより
・生き物が土を生んだ
→土壌とは岩石の風化によって生まれた砂や粘土に動植物の遺体が混ざったもの
・地球誕生から46億年、土壌誕生から5億年・・・つまり・・・
→「46歳の地球おばさんが5年前から家庭菜園をはじめ、1年前から菜園で働いてた恐竜兄さんが
半年前に失踪、10日前に生まれたばかりの小人が大規模な温室栽培をはじめた」
→ようなもので、この10日前に生まれた小人が人類
![](https://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_face_csweat.gif)
・ミミズが粘土と落ち葉を一緒に食べてフンをする→柔らかい土壌ができる(ダーウィン)
→足元に広がる土のほとんどはミミズのフンだったのだ
![](https://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_face_csweat.gif)
・土をめぐる戦い(地上に存在した生物の99.9%は絶滅した)
→土壌の厚さは平均すると1mにすぎない→この皮膚が地上の生命を養ってきた
→ヒトも水と空気以外は土壌から供給されている
・土の多様性(略)
・メソポタミア文明の崩壊、持続的どころか壊滅寸前だった江戸時代の里山・・・
→温暖化、砂漠化、酸性雨、熱帯雨林の減少・・・すべて土に関わる話題
・難波津に 咲くやこの花 冬ごもり 今は春べと 咲くやこの花
→7世紀前半の観音寺遺跡(徳島県)から木簡が出土しており万葉集よりずっと古い
→平和と繁栄を祈るメッセージも地下に埋もれている・・・
第1章より
・最初に岩石沙漠を開拓したのは地衣類→5億年前
→今も陸地の8%を覆う、菌類と藻類が共生したユニークな生き物
→光合成の糖分→有機酸で岩を溶かす→リン・カルシウム・カリウムを得るが大部分は残存し、
砂や粘土に→それが地衣類やコケの遺骸(有機物)と混ざったものが地球最初の土だった
・最初に大地に根を下ろしたシダ植物
→4億年前の二酸化炭素濃度は現在の10倍以上で温暖湿潤な環境
→蒸し暑い水辺の湿地帯に初めて本格的な土壌が生まれた
→現在のボルネオ島には当時と似た環境がある→水辺のシダ植物の下は泥炭土
(水中には酸素が少なく微生物分解が進まず堆積する→深くなれば高温・高圧に→石炭)
・赤毛のアン(カナダ・セントエドワード島の赤い土)と大陸移動(同じ色の土が世界に分散)
→4億年前のシダの森(熱帯林)が全く別の場所(極北カナダ)に行った例
→シダの森は地上でも地下でも大量の二酸化炭素を固定した
→そのため地球が寒冷化(乾燥化)し酸素濃度も上昇した
→昆虫の巨大化、シダ植物の縮小衰退へ
→シダ植物は初期の土から本格的な森と土を形成、大陸移動とともに気候変動をもたらした
・裸子植物と根の進化
→3億年前にシダ植物は衰え、乾燥に強い種子を持つ裸子植物が主役に
→生き延びるための「通気のできる根(水稲やマングローブの例)」と「リグニン(木質)の生成」
→リグニンは幹などの強度を高め、より高くなりより光を吸収して成長、害虫にも強くなった
→土の微生物には食べにくくなったので有機物がどんどん土に溜まっていった
(私の机の書類のように処理が追いつかず未処理業務(泥炭)が蓄積していったのだ)
![](https://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_face_csweat.gif)
→微生物の対応が遅れたので泥炭→石炭が蓄積した→なので地質年代では「石炭紀」
・キノコの進化と石炭紀の終焉
→分解が進むと二酸化炭素や窒素・リン・カルシウムなどの栄養素が循環するが、
→分解が遅いと循環が停止し生態系も停止する(消化不良)
→キノコの進化が生態系の救世主になった
→キノコの主体は菌糸で有機物を食べる分解者だが、当初はリグニン分解能力はなかった
→2.5億年前にリグニンを分解する仕組みを獲得して種数がどんどん増えた
→有機物の分解が促進され石炭紀は終焉を迎えた
・キノコと樹木の進化で地球の物質バランスが保たれるようになったのだ
・恐竜たちの食卓
→映画ジュラシックパークでは琥珀の中の蚊の血液DNAから恐竜の復元に成功したが、
→本書ではもっと泥臭い土や化石からの恐竜時代の環境復元を試みる
→2億年前の大地は温暖湿潤、土壌の分布は広がっていた
→大型シダ植物から針葉樹が主役となった
→草食恐竜は亜熱帯!!!針葉樹の柔らかい!!!葉を食べていた(まだ草も草原もなかった)
・土を酸性に変える植物(略)
→恐竜の生活も体重も酸性土壌ポトゾルなどが支えていた
→針葉樹アロウカリアの高木化と草食恐竜プロキオサウルスの巨大化の例
→冷戦期のソ連とアメリカの軍拡競争と同じとされている
→特殊能力に特化すれば環境変化へのリスクがあるのは自然界も人間界も同じ
→6600万年前の恐竜絶滅でアロウカリアも北半球から消えた
・ボルネオ最高峰キナバル山の熱帯山地林のダクリカルプス(2億年前のアロウカリアの親戚)
→その下の土は熱帯には珍しい北欧と同じポトゾル
→ダクリカルプスも北欧のマツもリグニンやタンニン(酸性物質)が多く栄養分が少ない
→分解されにくく酸性腐葉土が堆積する
→茶色い酸性物質が染み出しポトゾルをつくる→色彩豊かなジュラシック・ソイルに
・岩を食べるキノコ
→北半球で繁栄するマツと衰退したアロウカリアの違い(略)
→キノコ(外性菌根菌)との共生はどちらにもあるがアロウカリアの根は限定的
・2億年前の酸性土壌で針葉樹は恐竜と繁栄し落ち葉や根で土を積極的に変化させた
→キノコ(外性菌根菌)との共生でマツの仲間は現在も北方林で繫栄している
→なぜ北方林と南半球の一部に追いやられたか→被子植物の台頭による
・砂上の熱帯雨林
・フタバガキの大遠征
→1.5億年前にジュラ紀から白亜紀に移ると被子植物が出現した
→熱帯地域は裸子植物(針葉樹)から花と果実を持つ被子植物に
→東南アジアの熱帯雨林で大発展したのがフタバガキ(沙羅双樹・合板のラワン材)
→ゴンドワナ大陸が起源のフタバガキは9000万年前に分離したインド亜大陸からアジアへ
(インド亜大陸のユーラシア大陸との衝突は4500万年前)
→3000万年前には東南アジアに到達し熱帯雨林の優占種となった
→なぜ高木化して大繁栄したのかは東南アジアの酸性土壌がカギ
・熱帯の土は貧栄養で森林を伐採したら不毛の大地になるといわれている
→熱帯雨林の土の林床は薄く肥沃な表層土も薄い
→その下には養分の乏しい土が深く続いている
→問題は酸性とリンの欠乏(焼畑は酸性の中和)
→貧栄養でも植物の成長量は日本の森林の3倍で大量の樹木と落ち葉が存在する
・熱帯雨林の貧しい土に森林が成立する理由
→東南アジアのフタバガキはマツ科やブナ科と同様にキノコ(外生菌根菌)と共生している
→ボルネオ熱帯雨林の60m観測タワーで自分が高所恐怖症であることを思い出したけど
![](https://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_face_csweat.gif)
数年後にそのタワーは風で倒れた
![](https://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_face_csweat.gif)
→60mのフタバガキは地上に露出した板根で倒れないけど板根は物理的な支え
→栄養の吸収は落ち葉の下に伸び広がり外生菌根菌と共生した細い根ルートマットから(略)
→林冠部で光合成した糖分を根に共生した外生菌根菌に供給している
→外生菌根菌は熱帯土壌で欠乏しやすく酸化物に閉じ込められたリンを溶かして供給している
・熱帯雨林の高い生産性は、土を介したこのネットワークに支えられている
→森林をいったん伐採すると回復が難しいのは土に栄養分が少ないことに加え、
このネットワークを寸断してしまうため
・平家物語の冒頭に「沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす」とあるが、もともとは
お釈迦様が亡くなった時にフタバガキの花が一斉に枯れたという話に由来している
→伐採に脆弱な熱帯雨林を無計画に伐採すれば、花の色のように衰えるのは人間・・・
・フタバガキが4年に一度だけ一斉に開花結実する謎
①エルニーニョ後は安定説②ハチとの日程調整説③オランウータンなどが食べ切れない説
④が真打登場で土が原因説なのだ
![](https://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_face_csweat.gif)
→真打といっても毎年開花結実するだけの養分供給ができないという情けない話で
![](https://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_face_csweat.gif)
→熱帯雨林の土壌に少ない窒素やリンを貯蔵して種子を作るのに4年かかるという説
→私の調査でもリンを貯めるのには数年かかる計算になるが毎年というのは温帯の常識であり、
熱帯のフタバガキには彼らなりの体内時計があるのだろう・・・
・フタバガキの種子の2枚の羽根
→風によって遠くまで子孫を送り込むためと考えられてきたが、森の中では殆どが真下に
落ちることがわかってきた
→成木の近くなら外生菌根菌の菌糸を通じて稚樹に養分を渡せるから→樹木の子育て!!!
→種子が成木になる確率を高めの1%とした場合、100年で世代交代する調和のとれた仕組み
・氷の世界の森と土(略)
(極北イヌビックでの調査エピソードがめっちゃ面白かったです)
・奇跡の島国・日本
→日本は森の国だが同じ中緯度帯には砂漠や乾燥地が多い→やはり奇跡の島
→日本列島は4つのプレートがせめぎ合う地域に位置する→3000m級の山々が誕生
→2000万年前にユーラシア大陸から分離、日本海が生まれた
→氷河期が終わり海水面が上昇、日本海に対馬海流が流入した
→この暖流と山々の存在が、日本列島を水に恵まれた森の楽園に変えた
→そしてこのことが、日本の土が酸性になることを運命付けた
・降り積もる火山灰
→アイドルのデビュー曲のタイトルが「火山灰(柏木由紀)」になる国は日本ぐらい
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→日本中に降り積もり1万年前の縄文時代の地表面は今より1mぐらい下だった
→塵も積もれば土になるのだ
![](https://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_face_csweat.gif)
→29000年前の姶良火山の大噴火→関東まで積もった火山灰の下から石器が見つかった
→氷河期だった3万年前の旧石器時代に日本人はマンモスを追いかけていたのだ
→氷河期が終わった縄文時代7300年前の鬼界カルデラの大噴火
→やはり関東まで積もり火砕流は屋久島の全域を飲み込んだ→縄文杉も壊滅していた
→北海道でも過去1万年に火山活動と植生回復が7回繰り返されている
→この活発な火山活動が世界的にもユニークな「黒ぼく土」をつくりあげた
・酸性でも平気なブナとスギ
→火山灰から生まれた黒ぼく土は酸性になりにくいが、いったん酸性になれば中和が難しい
→さらに火山灰から生成する粘土がリンを吸着するので作物栽培には向かない
(同じ黒い土でもカナダやウクライナの黒土はカルシウムを多く含み世界の穀倉に)
→ブナやスギなどの樹木はリン鉱物を溶かせるので問題ない
→黄砂には炭酸カルシウムなどアルカリ成分を含むが中和成分が少なくすぐ酸性に変わる
→この黄砂からできる日本海側の土は酸性になりやすい(室堂の雪の壁には黄砂を含む黒い筋)
→火山灰が多い太平洋側のブナ林はミズナラなどライバルとの競争で窮屈そう
→雪が多く土が酸性になりやすい日本海側やアメリカ五大湖東側では美しいブナの純林
・土の養分の低さや酸性で作物栽培に苦労した人間は樹木の機能を肥料として利用した
→焼畑や里山の落ち葉や草を田畑に入れる刈敷など
→多様な自然環境、火山灰、雨(雪)、人間活動で世界的にもユニークな土と生態系に・・・
第2章より
・土は生命の源
→生命の根源はエネルギー源と自己複製能力で、支える元素は炭素・窒素・リン
→炭素は空気が供給源だが窒素とリンは土壌が重要な供給源
→多くの土壌で雨に流される
→生き物は獲得するための進化の道を歩んできた
・ウツボカズラの戦略
→酸性土壌や栄養分の少ない土壌で昆虫を捕獲消化吸収することで養分を補う戦略
→ウツボカズラからすれば昆虫はタンパク質(窒素)とリンのかたまり
→食虫植物の捕食器は生産コストが高いので栄養分の少ない土壌での生存戦略
→昆虫や共生細菌に分解してもらう種類もある
・人体は水分を除く50~70%がタンパク質で昆虫より高濃度の窒素やリンを含む
→獲得するための戦略が「農業」と「料理」
・微生物と酵素、腸内細菌(略)
・熱帯雨林の掃除屋シロアリ(略)
→熱帯雨林はシロアリとゴキブリの楽園(略)
→シロアリは2000種以上いるが害虫は10%ほど、
→ゴキブリは4500種以上いるが家庭の害虫は12種のみ
・草食恐竜の胃から発酵によって放出されたメタンガスは1日2700ℓとされる
→2億年前の地球を温暖化させるのには充分な量
・リグニンと茶色い水
→カナダ北部や北欧の川は湖や湿地が多い平坦な地形を流れる
→酸素が少なく微生物分解が遅いので泥炭土が蓄積している
→泥炭土のタンニンなどの溶存有機物を溶かしこんでるので茶色
→日本に多い火山灰土壌は吸着力の強い粘土が多く溶存有機物を数分で99%吸収する
→地形も急峻でたゆむことも少ないので透明
・熱帯雨林の茶色い水
→熱帯雨林では微生物分解が活発なので(中南米での観察結果から)透明とされていた
→ところが東南アジアの熱帯雨林では茶色だった→報告論文が認められず違いを立証した
![](https://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_face_csweat.gif)
→東南アジア熱帯雨林の黄色い土は中南米熱帯雨林の赤い土よりイオン濃度で10倍酸性だった
→北欧マツ林の腐葉土と同様に酸性に適応したキノコで溶存有機物がつくられるのだ
(熱帯雨林では微生物分解が活発で落葉層は薄いが、絶えず供給されるのでつくられる)
→土の酸性が東南アジアの熱帯雨林の茶色い水の真相
・アマゾンの黒い川と白い川(泥炭土と粘土など)→(略)
(土の養分→川や海へ→魚や食べたトリやクマなどの死骸やフン→土の養分に循環)
・オランウータン、土を食べる(略)
→ボルネオ島にはドリアンの固有種が多く存在する
→一説ではドリアンの多様化が始まった時期とオランウータンの出現時期は同じとされる
→美食家に果実を提供して種子を拡散させる戦略が成功したのだ
→被子植物と種子散布者との協力が熱帯雨林の多様性を支えている
→動物は汗などでナトリウムを失うが植物に含まれるナトリウムは少ない
→海から離れて暮らす動物は塩を獲得する知恵を持っている・・・
以下、次の記事(後編)に続きます
2024年05月09日
ダンロップDM2003!!!
とーとつですが靴を買いました
長年愛用しているTNFのローカットモデルや、ミッドカットモデルが、さすがに経年劣化してて、
加水分解などが心配、つーか実際にソールが剥がれ緊急修理してもらったのですが![](https://common.blogimg.jp/emoji/22505.gif)
いっぽう、もう長距離を歩くこともないかとワークマンで買った赤チャリさんとお揃いのは、
普段履きにはいいけど自転車のペダルを踏むには、ちとソールが柔らかすぎたし・・・
つーことで・・・
「タイムセール終了まであと15分」時点で見つけたダンロップ・リファインドつーのを、
![P4245911](https://livedoor.blogimg.jp/m98k/imgs/b/6/b688ea67-s.jpg)
ついついポチっとな・・・![](https://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_face_hearteye.gif)
さすがに5E28cmサイズとゆーのは、3E27.5~2E28cmサイズが多い甲高幅広のわたくしでも、
かなり大きめで、中厚手のソックスを履いてレースをきちんと締めてちょうどぐらいでした
ええ、ダンロップ・リファインドとゆーブランドの靴は今回がはじめてでしたので・・・
そう、本来はじめてのブランドやラストの靴は、必ず履いてみてからサイズを選ぶべきで、
わたくしも実店で3E27~28cmあたりを基本に実際に試し履きをして自分のサイズを確認、
以後はそのブランド(ラスト)の通販も同サイズで注文してたのですが・・・
ともかく今回は「タイムセール終了まであと15分」時点だったもので・・・![](https://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_face_csweat.gif)
ま、
![P4245915](https://livedoor.blogimg.jp/m98k/imgs/7/b/7b1204ce-s.jpg)
TNFの1/3程度のお値段で軽量設計、いちおー6時間6cm防水みたいだし・・・
![P4245912](https://livedoor.blogimg.jp/m98k/imgs/0/d/0dfbc982-s.jpg)
ゆったりサイズなので一日中ずっと履いて(ずっと飲んで)てもラクだし・・・
![P4245913](https://livedoor.blogimg.jp/m98k/imgs/8/8/88645baf-s.jpg)
ソールもそれなりの硬さで自転車のフラットペダルを踏む程度なら充分でしょう
もちろんゴアテックス・ブーティなどの優れた防水透湿性などは期待できないでしょうが、
わたくし雨天でのハードな使い方なんか、今後はしないだろうし・・・![](https://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_face_nothing.gif)
長年愛用しているTNFのローカットモデルや、ミッドカットモデルが、さすがに経年劣化してて、
加水分解などが心配、つーか実際にソールが剥がれ緊急修理してもらったのですが
![](https://common.blogimg.jp/emoji/22505.gif)
いっぽう、もう長距離を歩くこともないかとワークマンで買った赤チャリさんとお揃いのは、
普段履きにはいいけど自転車のペダルを踏むには、ちとソールが柔らかすぎたし・・・
つーことで・・・
「タイムセール終了まであと15分」時点で見つけたダンロップ・リファインドつーのを、
![P4245911](https://livedoor.blogimg.jp/m98k/imgs/b/6/b688ea67-s.jpg)
ついついポチっとな・・・
![](https://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_face_hearteye.gif)
さすがに5E28cmサイズとゆーのは、3E27.5~2E28cmサイズが多い甲高幅広のわたくしでも、
かなり大きめで、中厚手のソックスを履いてレースをきちんと締めてちょうどぐらいでした
ええ、ダンロップ・リファインドとゆーブランドの靴は今回がはじめてでしたので・・・
そう、本来はじめてのブランドやラストの靴は、必ず履いてみてからサイズを選ぶべきで、
わたくしも実店で3E27~28cmあたりを基本に実際に試し履きをして自分のサイズを確認、
以後はそのブランド(ラスト)の通販も同サイズで注文してたのですが・・・
ともかく今回は「タイムセール終了まであと15分」時点だったもので・・・
![](https://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_face_csweat.gif)
ま、
![P4245915](https://livedoor.blogimg.jp/m98k/imgs/7/b/7b1204ce-s.jpg)
TNFの1/3程度のお値段で軽量設計、いちおー6時間6cm防水みたいだし・・・
![P4245912](https://livedoor.blogimg.jp/m98k/imgs/0/d/0dfbc982-s.jpg)
ゆったりサイズなので一日中ずっと履いて(ずっと飲んで)てもラクだし・・・
![P4245913](https://livedoor.blogimg.jp/m98k/imgs/8/8/88645baf-s.jpg)
ソールもそれなりの硬さで自転車のフラットペダルを踏む程度なら充分でしょう
もちろんゴアテックス・ブーティなどの優れた防水透湿性などは期待できないでしょうが、
わたくし雨天でのハードな使い方なんか、今後はしないだろうし・・・
![](https://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_face_nothing.gif)
2024年05月05日
1億年の森の思考法
とーとつですが・・・
![P4255943](https://livedoor.blogimg.jp/m98k/imgs/1/0/102e75d6-s.jpg)
一億年の森の思考法~人類学を真剣に受け取る~とゆー本のご紹介であります
ボルネオ島に1億年も続く熱帯雨林(ご指摘があり記事の末尾に追記しました)に暮らしてきた、
焼畑農耕民カリスと狩猟民プナンの思考法を見つめ直して・・・
![P4255944](https://livedoor.blogimg.jp/m98k/imgs/d/4/d491eb21-s.jpg)
それを真剣に受け取って、その総体である人類学も真剣に受け取って、人間の生を学ぶ・・・
著者略歴と奥付であります
![P4255948](https://livedoor.blogimg.jp/m98k/imgs/5/0/509868e7-s.jpg)
例によって目次のみ
![P4255945](https://livedoor.blogimg.jp/m98k/imgs/8/1/81ed5b8b-s.jpg)
![P4255946](https://livedoor.blogimg.jp/m98k/imgs/2/7/27f41f89-s.jpg)
Ⅰ部ではボルネオ島中央、インドネシア領西カリマンタン州を流れる大河カプアス川の上流
カリス川の周辺に暮らす焼畑農耕民カリスの人たちが・・・
Ⅱ部ではボルネオ島ブルネイ王国の南、マレーシア連邦サラワク州北東部のいくつかの川の
上流に暮らす狩猟民プナンの人たちが・・・
それぞれ精霊・神・自然をどのように受け取ってきたのか、我々と同時代を生きる人々は、
世界とどのように向き合い、自己の本性をどのように見定めようとしているのか探っていきたい、
と序章にありました
プナンの人たちについての著者のエッセイは読みましたが、こちらの著書は大学などの
学術専門誌に掲載された論文や研究報告などに加筆修正されたもの・・・
それでも著者独特の感性が滲み出ててエッセイ同様に興味深く読めましたし、プナンの定住村や
カプアス川の河口ポンティアナには観光で訪れたことがあるので懐かしい限りでした
donchanさんに薦めていただいた本ですが大阪市立図書館の蔵書にはなく、過日の牡蠣宴会で
彼から貸してもらい、返却期限を気にすることなく
読んでた次第です
(ちなみにwingさんから借りている「大地の五億年」はさらに返却期限を気にすることなく
、
つーか知らなかったことが殆どで、メモがほぼ全文になりそうなので中断中です
)
以下、上記エッセイは読んでるので新たに知ったことの一部を脳の外部記憶としてメモ・・・
(著作物からのメモなので問題があれば非公開にします)
Ⅰ部 焼畑民カリスより
第1章 邪術廻戦、カリス異変
(冒頭の見開き著者マンガでカリスの邪術と慣習法会議が紹介されてて)
・カリスの邪術は近隣のイスラム=マレー人から伝えられたものとされ古来からではない
・辺境の知であるカリスの邪術や慣習法会議が、近代(国家)の知に抵抗するのではなく、
近代(国家)の知がますますパワーアップして辺境の知を領有してきている例
→憎しみや恨みから生まれる呪いこそ人間の純粋な部分なのに、近代(国家)の論理によって
それらは辺境で解決すべきとされた例
→この意味で邪術は極めて近代的な出来事でもある
第2章 シャーマニズム、生の全体性を取り戻す
(冒頭の見開き著者マンガで乾季の死と病への対策が紹介されてて)
・カリスの焼畑農耕サイクルは例年5~6月に始まる
→予定地に「お告げの鳥」がやって来るのを待ち樹木を伐採、乾燥する8月頃に火入れをする
・乾季は恵みをもたらすが川の水が干上がり細菌性の疫病が頻発する病と死の季節でもある
→川べりに木像の戦士を並べ病気をもたらす精霊と戦ってもらう儀式を行なう
→槍や刀や盾や近代兵器である戦闘機まで竹で模型を作って持たせる
→米の粉で人や飼っている犬猫、家財の銅鑼まで小さな「身代わり」をつくる
→最終ステージでは全ての「身代わり」を筏にのせて川に流す
→木像やアバターに邪心のある他者とのコミュニケーションを担わせるもの
・1994年は30年ぶりの長い乾季で1ヶ月で10人ほどが川の生水を飲んで死んだが、
→それを儀式の成功・不成功と結びつけることはなかった
→乾季は生きるための恵みと死、喜びと悲しみをもたらすもの
・カリスのシャーマニズムについて
→当時は村を結ぶ道路もなく近代医療を受けるのも難しい状況だった
→病気は精霊に打ち負かされるか人間に打ち負かされるかのどちらか
→前者は遊離した霊魂が精霊に捕らわれたことに起因し、後者は第1章の邪術などに起因する
→前者にはシャーマンを呼んで儀礼をおこなう→精神医学と人間の全体性(略)
→沢庵禅師のいう自然や人間の「気」を調整するのがシャーマニズムといえる
第3章 死者を送り、かたきを呪詛する
(冒頭の見開き著者マンガで死者を送る儀式が紹介されてて)
・有性生殖をおこなう動物の生と死、とりわけ身近な存在の死
→ゾウとチンパンジーの例(略)
→人の死にはさらに奥行きと広がりがあり人類学的な課題になる
→死体処理には多種多様な手続きが存在する(略)
・カリス社会の葬儀(略)
→儀式では若い男女の交流・接触もあり、死は生をもたらす機会でもある
(接触機会の少ない若い男女は葬儀を期待している)
・死が若すぎるか突然の場合、遺族は呪詛を唱え命を奪った超自然的存在に復讐しようとする
(その存在が同じ災いで死ぬか、動物に生まれ変わって人間に殺されるか・・・)
→復讐が遂げられたとすることで弔いに一区切りがつけられたように思える
→死者儀礼のみで不安や衝撃を中和し飼い馴らすことはできない
・近代社会とカリス社会の死の判定
→カリス社会では共同体メンバーの儀礼で確認された時点で死のプロセスが完了する
→近代医療では死は個人のみに起きるもの
→死亡は死を構成するプロセスの出発点であったことをコロナ禍でも確認すべきでは
第4章 旅する銀細工師、生の流動性
(冒頭の見開き著者マンガでサラワク・イバンの銀飾りの経緯が紹介されてて)
・カリスを含むムマローと呼ばれる人たちは19世紀以降、サラワク州イバンの村を渡り歩き、
イバンの儀礼に欠かせない銀細工の工芸品を作って売っていた
→イバン男性の通過儀礼としてのプジャライ(旅)の目的は結婚相手や新たな焼畑適地を探し、
林産物を採集して耐久消費財と交換することなど
→かつての首狩り習慣もプジャライ(旅)の一部→今では出稼ぎとほぼ同義語に
・イバンのプジャライがムマローではランバ(旅)になるが、首狩りは行わなかった
→ランバに出稼ぎの意味はなく、出稼ぎの意味を持つのはマナモエ→ただし持ち帰らない
・サラワク土産として売られているイバンの銀飾りはイバンから仕入れたものだが、
華人またはムマローが過去に作ったもの
→19世紀初頭の大首狩り以降、ムマローのランバは西を避けサラワクを旅するようになった
→距離はあるが高度もなく捕食獣がいない熱帯雨林では川を使えば可能
→旅の途中で銀や真鍮を加工してイバンに供給するようになった
→イバン女性と結婚しロングハウスに住む者やムマローが集中する村もできた
→サラワクでは銀などが豊富な状況で町の華人から細工を学びイバンの需要もあり発展した
(華人は町だけだったがムマローは農村も渡り歩いてイバンに供給した)
・イバンが銀細工を求めなくなった時期は1963年のサラワク独立と一致する
→農村開発の急激な社会変化で儀礼が乱調し一時的に求めなくなったのではないか
→いったん銀細工から離れたムマローは再開することなく華人も一部の土産物用だけになった
→現在では国境近くのマレー人がつくったアルミニウム製がマーケットや行商で売られている
・ムマローの旅は貧困からではなくインゴルドが説くメッシュワーク
→20世紀後半以降インドネシア領内では木材伐採や工場などマナモエ(出稼ぎ)的要素が濃い
→サラワク方面への旅は親族を訪ねる目的でパスポートを取得して賃金労働で生活費を稼ぎ、
戻る場合もあれば住み続ける場合もある→現地の流れに身を委ねるメッシュワーク
Ⅱ部 狩猟民プナンより
第5章 ブルーノ・マンサー、共感と憤り
(冒頭の見開き著者マンガでブルーノ・マンサーの活躍が紹介されてて)
・1984年から1990年までスイス人ブルーノ・マンサーは東プナンのもとで言語や習慣を
学びながら暮らしていた
→1980年代からプナンの生活の場だった熱帯雨林に木材伐採企業が入るようになり、政府の
許可を得ているといわれ困ったプナンに頼まれ、林道封鎖などの抵抗運動や欧米メディアに
向けた発信をして逮捕投獄されたが脱獄してスイスに戻り、1990年に財団を立ち上げて、
遠くからプナンへの支援活動を続けた
→2000年にサラワク州に密入国し、魔の山パトゥ・ラウィに登ると言い残して消息を絶った
・サラワク近代史の概観
①イギリス人冒険家ジェイムス・ブルックと子孫三代による統治の時代(1841~1941)
②日本軍統治時代(1941~1945)
③イギリス統治時代(1945~1963)
④マレーシア連邦時代(1963~現在)
・1958年の土地法でサラワクの土地の権利が定められた(それ以前に住んでいた土地の権利)
→土地所有観念のないプナンは森林に対する権利を制限されることになった
→1974年の改正法を含め州政府は森林を州有地として森林伐採企業に配分する特権を得た
(ブルック統治後期からイギリス統治にかけプナン保護から近代化・定住化に移行していた)
→開発の本格化は木材輸出や税を州財源にできる条件でマレーシア連邦に加盟した1963年以降
(1950年代にはプナンの7~8割が森の中で暮らしていたが1960年代には森で狩猟採集しながらも
ほとんどが川沿いに定住するようになった)
・マレー半島では1960年から1970年代半ばまでの間に熱帯雨林の半分が伐採された
→過伐への警告・削減が実施されるとボルネオ島サラワク州サバ州での伐採が増加した
→サラワク州の丸太生産量は1963年の170万㎥から1985年には1120万㎥へ
→この間に全森林面積の30%にあたる282万haを失ったと推定される
→木材は石油の次に州の主要財源であり1980年代にはプナンが暮らす森林も対象地となった
・1987年3月からのブルーノらの林道封鎖は他地域にも派生した(略)
→マレーシアのNGOは文化的・生物学的多様性の保全、国内の不平等に抗する活動を組織した
→サラワク州政府は林道封鎖したプナンを次々と逮捕、首席大臣はブルーノを国家の敵とした
→ブルーノは国外逃亡しスイス議事堂、リオ・サミット、東京の丸紅本社などでも活動した
・1987年イギリス在住10歳の動物好き少年から「金儲けのために熱帯雨林を伐採し続ければ
動物が死んでしまう」との抗議の手紙に対する、当時のマハティール首相の返答
→木材産業は何十万人もの貧しいマレーシア人を助けているのです
→君が熱帯の動物のことを勉強したいから彼らは貧しいままでいなければならないのですか
→貧しい人たちの空腹を満たすことより君の勉強の方が大事なのですか
・この強いメッセージに少年も欧米の市民団体も適切に応答することができなかった
→この環境保全に対する反論を踏まえ、先進国の政府や市民団体は発展途上国が自律的に
開発することを妨げないよう環境問題に取り組むべきとの立場を鮮明に打ち出した
→プナンもマレーシアのNGOに歩み寄りながらも「必ずしも反開発ではない」との立場に
→州政府はNGOと連携するプナンを非難していたが1990年に救済委員会を組織した
(ブルーノによる国際的な発信などが州政府の方向転換を促したともいえる)
→90年代には次第に木材伐採を制限するようになった
・1996年プナンを支援すると約束したサラワク政府の不履行にプナンは林道封鎖を再開した
→適正な森林伐採と住居・医療・教育の充実を求める戦略的な林道封鎖
→地元や世界のNGOが重要な役割を担っている(略)
→当初の伐採を阻止し森の生活を守る手段から、政府や企業に向けた生活向上のための手段に
・ブルーノの愛や共感と憤りや怒り(略)
→ブルーノが暮らしたのは東プナンで「戦う先住民」になったが、私が暮らした西プナンは
政府や木材伐採企業と一度も戦ったことがない→実際に学校に行かない先住民
→ブルーノはプナンへの愛や共感が強く憤りや怒りになったのだろうが、森の破壊を止めよう
と叫ぶことと、森の暮らしを賞賛しその価値を説くこととは決定的に違う
→次章以下で西プナンとの暮らしを綴る
第6章 ものを循環させ、何も持たないことの美学
(冒頭の見開き著者マンガでシェアするプナンと独占欲に忠実な日本が紹介されてて)
・プナンの贈与交換の仕組み→マレーグマとテナガザルに尻尾がない物語(略)
→彼らに最も重要な社会規範である「ケチはダメ」というメッセージの物語
→もらったものが何であれ惜しまず誰かに分け与えることが期待される
→自分のものにしたいという本音はあるが社会習慣に従っている
→幼児期から躾けられ後天的にシェアする心が養われている
→その場にいるすべての人に自然の恵みに頼って生き延びるチャンスを広げるため
→いま分け与えておくと、あとで何もない時に分け与えてもらえると決めておけば、
支え合って生き延びることができる
・プナン語には貸す、借りる、ありがとうの言葉がない
(寛大な気持ちや態度を賞賛する言葉はある→ジアン・クネップ→よい心がけ)
・狩猟参画メンバーの獲物の平等な分配には執拗なまでにこだわる
→仕事量や地位に応じて分配することもない
→個の差異を否定し共有される対象は精神や感情まで含んでいる
(男が女を共有したり女が男を共有したりするようなことはない)
→幼少期の個人所有欲を打ち消す躾けが基礎にあるのではないか
・日本人は子どもたちの所有欲を認める
→親や他者が無理やり所有欲を捻じ曲げないという意味でこちらのほうが自然
→プナンは子どもの所有欲を認めず、芽生えた時点で摘み取ってしまう
・日本では知識や能力も個人所有される
→それが自立への活路になるので所有欲を否定せず認める考え方の拡張といえる
→プナンでは知識や能力は集団でシェアされるもの→なので教育という概念はない
・知識や能力が個人の排他的な独占物として後天的に教育により授けられる日本社会
→プナン社会の狩猟や漁撈の知識や能力は親子や集団で共有されつつ習得される
・日本社会は不適切な人間を振り落とし選り抜かれる競合と選抜の原理
→競争原理で知識や能力が優秀な人材が生み出されるのは事実→個人所有
→努力した優秀な人材は見合った報酬を手に入れ財産を築く→個人所有
・個人所有と共有主義の良し悪しは一概にいえないが、プナンのやり方は競争原理なしに
成立しているので全ての人にとって優しく組み立てられているように見える
・プナン社会では与えられたものをすぐさま他人に分け与える人物が最も尊敬される
→そういう人物には何も残らないので誰よりもみすぼらしい
→彼は周囲から尊敬されビッグマンと呼ばれ共同体のリーダーとなる
(彼に所有欲が出ると人々は他のリーダーに集まる)
(著者も村のプナンにねだられ自分の腕時計をあげたが、しばらくして全く知らない別の村の
プナンが自分の腕時計をしていて驚いた→おそらく次々とあげていったものと思われる)
・アメリカ先住民の白人行政官への贈り物の例(略)
→贈与の霊はお返しをしたり別の人に渡したりして動かしてこそ、人も世界も豊かになるのに、
ずっと行政官の部屋に飾られたままだったのであきれた
→資本を一部に集中して事業に投下することで経済活動が行われる資本主義
→資本主義の課題の先に見出された地域で循環する地域通貨にも贈与の霊が宿っている
→ものを滞らせることなく循環させることと個人所有の否定は物事の表と裏
・狩猟民プナンは木材運搬道路を横切るマメジカやリスを見つけると急加速して轢きおかずにする
(四輪駆動車は賠償金などを頭金にしたローンだが殆どが学校に行かず読み書きできないので
多くが他の先住民名義で購入し運転も無免許)
・州議会議員選挙では最も多くお金をくれた候補者に投票する
→受け取ったビッグマンは議員が去るとすぐ平等に分配、村人はその日のうちに使ってしまう
→一番気前よくお金を分け与えた候補者の精神を一番高く評価する
→政治信条などは関係なく「ケチはダメ」の社会道徳を実行する候補者が信頼される
→日本ではあってはならないことだが、プナンでは日常的にまかり通っている
→世界はまだまだ不思議に満ちている
第7章 森の存在論、タワイとングルイン
(冒頭の見開き著者マンガでタワイとングルインの使い分けが紹介されてて)
・プナンの周囲の森は幸福や災いをもたらし日々の糧を与えてくれる格別な存在
→プナンはモロンという習慣に拠りながら森の中で暮らしてきた
→モロンとは生きるための資源を探し当て涵養し、将来の利用のために保全する仕組み
→サゴヤシや果実類、野生動物、生活資材としての樹木などを持続可能なかたちで保全し、
狩猟採集してきた
→川沿いに定住・半定住するようになっても頻繁に森に入る
・ハンターは森を歩いてヒゲイノシシの足跡を探す
→見つからない場合はシカやヤマアラシなどの足跡に狙いを変えるか、トリやサル類に
→足跡は重要でプナン語では、かつての恋人、理由、痕跡あるいは形跡も意味する
・哀切の情動であるタワイと慎み深い表現のングルイン
(プナン語についてはエッセイに一部説明があったのでメモは省略)
・人間と動物は森を動き回ることによって痕跡や足跡を残す
→そのことによって情動を搔き立てる存在として捉えようとしているのではないか
→人間も動物も主体であり、その上にある樹木や植物など森の自然もまた主体的存在
→人間や動物がよりかかって資源として利用しても瞬く間に繁茂して滅びることがないもの
→人間と人間以外を区別しないプナン
第8章 赤ん坊の肛門を舐め、アホ犬はペットになる
(冒頭の見開き著者マンガでエクアドルの先住民ルナの犬の躾けが紹介されてて)
・有力説では犬の家畜化は14000年ほど前とされる
→犬とのパートナーシップが他の動物の家畜化を準備したとの仮説もある
→これに対しオオカミとの関係は5~10万年前とされ5万年前の文化ビッグバンより古い
→他の動物との間には見られない長い時間をかけた共進化
・犬とのパートナーシップの築き方は世界的に均質ではない
→文化人類学では神話の中で人間の伴侶となり狩猟の道具となる一方で食肉にも・・・
・エクアドルの先住民ルナの犬の躾け(略)
→相互理解を前提としない躾け方
・プナンにとって犬は動物とも家畜とも別のカテゴリ
→身体と魂の結合を固めるのが名前で、この三つの要素が揃っているのは犬と人間だけ
(まだ名前がなく身体と魂だけの赤ん坊より犬は人間に近い)
・犬は外部からもたらされたが犬猟はプナンだけに特徴的
・よい犬とアホ犬(略)
第9章 生ある未来に向け、パースペクティヴを往還せよ
(冒頭の見開き著者マンガでナナフシの系統が捕食者の視点に立っていることが紹介されてて)
・プナンの鳴きまねは男の子の遊びから始まり狩猟の実践に役立つ
→プナンの狩猟や漁撈の実践ポクウォは「誑かし(たぶらかし)猟」とも訳される
→獲物側のパースペクティヴに立って行っているともいえる
・異種間のパースペクティヴの交換
→人間中心主義の特権を揺さぶるパースペクティヴィズム
・アメリカ先住民は動物や精霊も自らを人間とみなしていると考える
→人間である動物や精霊のパースペクティヴからは人間は獲物とみなされる
・エクアドルのルナのパースペクティヴィズムは実用に関わっている
→トウモロコシ畑のインコ除け猛禽類の案山子、ナマズを獲る手の色・・・(略)
→ウーリーモンキーの先読みとその先を読む人間・・・(略)
・オオアリクイの長い鼻、ナナフシの擬態・・・(略)
・人間は他の似た事柄を用い理解・経験するメタファー思考を高度に発達させてきた
→模倣を操作することでレトリックを成り立たせている
・生物学者・日高敏隆と能楽師・観世寿夫との対談から(略)
→ベイツ型擬態ミミクリーと隠蔽型擬態ミメシス
→正反対のようだがどちらも観客の立場に立っている
→観客を意識するかしないか、テレビ出演と能の舞台の違い(略)
・攻撃型(ペッカム型)擬態のハナカマキリなども・・・
→捕食に関わる虫の行動こそが人間によるパースペクティヴィズムの原点
・捕食される側、する側のパースペクティヴに立って自らがどのように見えるかを考える、
パースペクティヴィズムは人間の文化的行動だけではなかった
→生物行動の延長線上の生物=文化的な行動のひとつ
→人間と人間以外の生物は明らかに連続している
・あらゆる生物が先へ進み引き返す往還運動を繰り返している
→プナンの観察データから拡張し、パースペクティヴィズムが人間と非人間との関係に
限られたものではないことを論じた
→人間の思考や行動のみで人間を考えるのではなく、人間を超えた地点から捉えるという
新たな展望が、文化人類学だけでなく人文諸学に広がりつつある・・・
さすがに学術論文つーか専門の研究報告がベースなので、わたくしには難解だった部分は
読み飛ばして省略してますが、世界観や社会規範つーのも人とそれ以外との関わりつーのも
暮らす環境で大きく異なってるんですね
1億年以上も変化がなく・・・
(以下、サラワク現地からのご指摘による追記です)
「1億年前ならサラワクもサバもまだ海の中、スンダランドはサバンナでヤシやイチジクの
仲間しか存在せず、今のような深い森はなかったはず」とのご指摘がありました
なので、フタバガキ科に代表される現在の熱帯雨林をいうなら「1500万年以上も変化がなく」
とかにすべきですね ご指摘ありがとうございました
まあwikiには「1億年ほど現在の位置から動いておらず、温暖な気候を保つ事が出来たため、
この島の熱帯雨林は世界最古の熱帯雨林と考えられている」とありますから、植生の変化は
あったものの「世界最古の熱帯雨林」とゆーのは間違いないでしょう・・・
生きるのに必要なモノ全てが季節や繁殖時期とは関係なく手に入るボルネオ島の熱帯雨林を
移動しながら暮らしてきた狩猟民に、農耕民や牧畜民とは全く異なる世界観や社会規範が
形成されてきたのは理解できますし、それが外部との接触を通じてどう変化してきたのか、
今後どの部分がどのようなかたちで引き継がれていくのか、また我々の世界観や社会規範に、
彼らについての研究がどのような変化をもたらすのか・・・
今後も人類学への興味は尽きません
![P4255943](https://livedoor.blogimg.jp/m98k/imgs/1/0/102e75d6-s.jpg)
一億年の森の思考法~人類学を真剣に受け取る~とゆー本のご紹介であります
ボルネオ島に1億年も続く熱帯雨林(ご指摘があり記事の末尾に追記しました)に暮らしてきた、
焼畑農耕民カリスと狩猟民プナンの思考法を見つめ直して・・・
![P4255944](https://livedoor.blogimg.jp/m98k/imgs/d/4/d491eb21-s.jpg)
それを真剣に受け取って、その総体である人類学も真剣に受け取って、人間の生を学ぶ・・・
著者略歴と奥付であります
![P4255948](https://livedoor.blogimg.jp/m98k/imgs/5/0/509868e7-s.jpg)
例によって目次のみ
![P4255945](https://livedoor.blogimg.jp/m98k/imgs/8/1/81ed5b8b-s.jpg)
![P4255946](https://livedoor.blogimg.jp/m98k/imgs/2/7/27f41f89-s.jpg)
Ⅰ部ではボルネオ島中央、インドネシア領西カリマンタン州を流れる大河カプアス川の上流
カリス川の周辺に暮らす焼畑農耕民カリスの人たちが・・・
Ⅱ部ではボルネオ島ブルネイ王国の南、マレーシア連邦サラワク州北東部のいくつかの川の
上流に暮らす狩猟民プナンの人たちが・・・
それぞれ精霊・神・自然をどのように受け取ってきたのか、我々と同時代を生きる人々は、
世界とどのように向き合い、自己の本性をどのように見定めようとしているのか探っていきたい、
と序章にありました
プナンの人たちについての著者のエッセイは読みましたが、こちらの著書は大学などの
学術専門誌に掲載された論文や研究報告などに加筆修正されたもの・・・
それでも著者独特の感性が滲み出ててエッセイ同様に興味深く読めましたし、プナンの定住村や
カプアス川の河口ポンティアナには観光で訪れたことがあるので懐かしい限りでした
donchanさんに薦めていただいた本ですが大阪市立図書館の蔵書にはなく、過日の牡蠣宴会で
彼から貸してもらい、返却期限を気にすることなく
![](https://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_face_foppish.gif)
(ちなみにwingさんから借りている「大地の五億年」はさらに返却期限を気にすることなく
![](https://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_face_foppish.gif)
つーか知らなかったことが殆どで、メモがほぼ全文になりそうなので中断中です
![](https://parts.blog.livedoor.jp/img/emoji/1/ic_face_csweat.gif)
以下、上記エッセイは読んでるので新たに知ったことの一部を脳の外部記憶としてメモ・・・
(著作物からのメモなので問題があれば非公開にします)
Ⅰ部 焼畑民カリスより
第1章 邪術廻戦、カリス異変
(冒頭の見開き著者マンガでカリスの邪術と慣習法会議が紹介されてて)
・カリスの邪術は近隣のイスラム=マレー人から伝えられたものとされ古来からではない
・辺境の知であるカリスの邪術や慣習法会議が、近代(国家)の知に抵抗するのではなく、
近代(国家)の知がますますパワーアップして辺境の知を領有してきている例
→憎しみや恨みから生まれる呪いこそ人間の純粋な部分なのに、近代(国家)の論理によって
それらは辺境で解決すべきとされた例
→この意味で邪術は極めて近代的な出来事でもある
第2章 シャーマニズム、生の全体性を取り戻す
(冒頭の見開き著者マンガで乾季の死と病への対策が紹介されてて)
・カリスの焼畑農耕サイクルは例年5~6月に始まる
→予定地に「お告げの鳥」がやって来るのを待ち樹木を伐採、乾燥する8月頃に火入れをする
・乾季は恵みをもたらすが川の水が干上がり細菌性の疫病が頻発する病と死の季節でもある
→川べりに木像の戦士を並べ病気をもたらす精霊と戦ってもらう儀式を行なう
→槍や刀や盾や近代兵器である戦闘機まで竹で模型を作って持たせる
→米の粉で人や飼っている犬猫、家財の銅鑼まで小さな「身代わり」をつくる
→最終ステージでは全ての「身代わり」を筏にのせて川に流す
→木像やアバターに邪心のある他者とのコミュニケーションを担わせるもの
・1994年は30年ぶりの長い乾季で1ヶ月で10人ほどが川の生水を飲んで死んだが、
→それを儀式の成功・不成功と結びつけることはなかった
→乾季は生きるための恵みと死、喜びと悲しみをもたらすもの
・カリスのシャーマニズムについて
→当時は村を結ぶ道路もなく近代医療を受けるのも難しい状況だった
→病気は精霊に打ち負かされるか人間に打ち負かされるかのどちらか
→前者は遊離した霊魂が精霊に捕らわれたことに起因し、後者は第1章の邪術などに起因する
→前者にはシャーマンを呼んで儀礼をおこなう→精神医学と人間の全体性(略)
→沢庵禅師のいう自然や人間の「気」を調整するのがシャーマニズムといえる
第3章 死者を送り、かたきを呪詛する
(冒頭の見開き著者マンガで死者を送る儀式が紹介されてて)
・有性生殖をおこなう動物の生と死、とりわけ身近な存在の死
→ゾウとチンパンジーの例(略)
→人の死にはさらに奥行きと広がりがあり人類学的な課題になる
→死体処理には多種多様な手続きが存在する(略)
・カリス社会の葬儀(略)
→儀式では若い男女の交流・接触もあり、死は生をもたらす機会でもある
(接触機会の少ない若い男女は葬儀を期待している)
・死が若すぎるか突然の場合、遺族は呪詛を唱え命を奪った超自然的存在に復讐しようとする
(その存在が同じ災いで死ぬか、動物に生まれ変わって人間に殺されるか・・・)
→復讐が遂げられたとすることで弔いに一区切りがつけられたように思える
→死者儀礼のみで不安や衝撃を中和し飼い馴らすことはできない
・近代社会とカリス社会の死の判定
→カリス社会では共同体メンバーの儀礼で確認された時点で死のプロセスが完了する
→近代医療では死は個人のみに起きるもの
→死亡は死を構成するプロセスの出発点であったことをコロナ禍でも確認すべきでは
第4章 旅する銀細工師、生の流動性
(冒頭の見開き著者マンガでサラワク・イバンの銀飾りの経緯が紹介されてて)
・カリスを含むムマローと呼ばれる人たちは19世紀以降、サラワク州イバンの村を渡り歩き、
イバンの儀礼に欠かせない銀細工の工芸品を作って売っていた
→イバン男性の通過儀礼としてのプジャライ(旅)の目的は結婚相手や新たな焼畑適地を探し、
林産物を採集して耐久消費財と交換することなど
→かつての首狩り習慣もプジャライ(旅)の一部→今では出稼ぎとほぼ同義語に
・イバンのプジャライがムマローではランバ(旅)になるが、首狩りは行わなかった
→ランバに出稼ぎの意味はなく、出稼ぎの意味を持つのはマナモエ→ただし持ち帰らない
・サラワク土産として売られているイバンの銀飾りはイバンから仕入れたものだが、
華人またはムマローが過去に作ったもの
→19世紀初頭の大首狩り以降、ムマローのランバは西を避けサラワクを旅するようになった
→距離はあるが高度もなく捕食獣がいない熱帯雨林では川を使えば可能
→旅の途中で銀や真鍮を加工してイバンに供給するようになった
→イバン女性と結婚しロングハウスに住む者やムマローが集中する村もできた
→サラワクでは銀などが豊富な状況で町の華人から細工を学びイバンの需要もあり発展した
(華人は町だけだったがムマローは農村も渡り歩いてイバンに供給した)
・イバンが銀細工を求めなくなった時期は1963年のサラワク独立と一致する
→農村開発の急激な社会変化で儀礼が乱調し一時的に求めなくなったのではないか
→いったん銀細工から離れたムマローは再開することなく華人も一部の土産物用だけになった
→現在では国境近くのマレー人がつくったアルミニウム製がマーケットや行商で売られている
・ムマローの旅は貧困からではなくインゴルドが説くメッシュワーク
→20世紀後半以降インドネシア領内では木材伐採や工場などマナモエ(出稼ぎ)的要素が濃い
→サラワク方面への旅は親族を訪ねる目的でパスポートを取得して賃金労働で生活費を稼ぎ、
戻る場合もあれば住み続ける場合もある→現地の流れに身を委ねるメッシュワーク
Ⅱ部 狩猟民プナンより
第5章 ブルーノ・マンサー、共感と憤り
(冒頭の見開き著者マンガでブルーノ・マンサーの活躍が紹介されてて)
・1984年から1990年までスイス人ブルーノ・マンサーは東プナンのもとで言語や習慣を
学びながら暮らしていた
→1980年代からプナンの生活の場だった熱帯雨林に木材伐採企業が入るようになり、政府の
許可を得ているといわれ困ったプナンに頼まれ、林道封鎖などの抵抗運動や欧米メディアに
向けた発信をして逮捕投獄されたが脱獄してスイスに戻り、1990年に財団を立ち上げて、
遠くからプナンへの支援活動を続けた
→2000年にサラワク州に密入国し、魔の山パトゥ・ラウィに登ると言い残して消息を絶った
・サラワク近代史の概観
①イギリス人冒険家ジェイムス・ブルックと子孫三代による統治の時代(1841~1941)
②日本軍統治時代(1941~1945)
③イギリス統治時代(1945~1963)
④マレーシア連邦時代(1963~現在)
・1958年の土地法でサラワクの土地の権利が定められた(それ以前に住んでいた土地の権利)
→土地所有観念のないプナンは森林に対する権利を制限されることになった
→1974年の改正法を含め州政府は森林を州有地として森林伐採企業に配分する特権を得た
(ブルック統治後期からイギリス統治にかけプナン保護から近代化・定住化に移行していた)
→開発の本格化は木材輸出や税を州財源にできる条件でマレーシア連邦に加盟した1963年以降
(1950年代にはプナンの7~8割が森の中で暮らしていたが1960年代には森で狩猟採集しながらも
ほとんどが川沿いに定住するようになった)
・マレー半島では1960年から1970年代半ばまでの間に熱帯雨林の半分が伐採された
→過伐への警告・削減が実施されるとボルネオ島サラワク州サバ州での伐採が増加した
→サラワク州の丸太生産量は1963年の170万㎥から1985年には1120万㎥へ
→この間に全森林面積の30%にあたる282万haを失ったと推定される
→木材は石油の次に州の主要財源であり1980年代にはプナンが暮らす森林も対象地となった
・1987年3月からのブルーノらの林道封鎖は他地域にも派生した(略)
→マレーシアのNGOは文化的・生物学的多様性の保全、国内の不平等に抗する活動を組織した
→サラワク州政府は林道封鎖したプナンを次々と逮捕、首席大臣はブルーノを国家の敵とした
→ブルーノは国外逃亡しスイス議事堂、リオ・サミット、東京の丸紅本社などでも活動した
・1987年イギリス在住10歳の動物好き少年から「金儲けのために熱帯雨林を伐採し続ければ
動物が死んでしまう」との抗議の手紙に対する、当時のマハティール首相の返答
→木材産業は何十万人もの貧しいマレーシア人を助けているのです
→君が熱帯の動物のことを勉強したいから彼らは貧しいままでいなければならないのですか
→貧しい人たちの空腹を満たすことより君の勉強の方が大事なのですか
・この強いメッセージに少年も欧米の市民団体も適切に応答することができなかった
→この環境保全に対する反論を踏まえ、先進国の政府や市民団体は発展途上国が自律的に
開発することを妨げないよう環境問題に取り組むべきとの立場を鮮明に打ち出した
→プナンもマレーシアのNGOに歩み寄りながらも「必ずしも反開発ではない」との立場に
→州政府はNGOと連携するプナンを非難していたが1990年に救済委員会を組織した
(ブルーノによる国際的な発信などが州政府の方向転換を促したともいえる)
→90年代には次第に木材伐採を制限するようになった
・1996年プナンを支援すると約束したサラワク政府の不履行にプナンは林道封鎖を再開した
→適正な森林伐採と住居・医療・教育の充実を求める戦略的な林道封鎖
→地元や世界のNGOが重要な役割を担っている(略)
→当初の伐採を阻止し森の生活を守る手段から、政府や企業に向けた生活向上のための手段に
・ブルーノの愛や共感と憤りや怒り(略)
→ブルーノが暮らしたのは東プナンで「戦う先住民」になったが、私が暮らした西プナンは
政府や木材伐採企業と一度も戦ったことがない→実際に学校に行かない先住民
→ブルーノはプナンへの愛や共感が強く憤りや怒りになったのだろうが、森の破壊を止めよう
と叫ぶことと、森の暮らしを賞賛しその価値を説くこととは決定的に違う
→次章以下で西プナンとの暮らしを綴る
第6章 ものを循環させ、何も持たないことの美学
(冒頭の見開き著者マンガでシェアするプナンと独占欲に忠実な日本が紹介されてて)
・プナンの贈与交換の仕組み→マレーグマとテナガザルに尻尾がない物語(略)
→彼らに最も重要な社会規範である「ケチはダメ」というメッセージの物語
→もらったものが何であれ惜しまず誰かに分け与えることが期待される
→自分のものにしたいという本音はあるが社会習慣に従っている
→幼児期から躾けられ後天的にシェアする心が養われている
→その場にいるすべての人に自然の恵みに頼って生き延びるチャンスを広げるため
→いま分け与えておくと、あとで何もない時に分け与えてもらえると決めておけば、
支え合って生き延びることができる
・プナン語には貸す、借りる、ありがとうの言葉がない
(寛大な気持ちや態度を賞賛する言葉はある→ジアン・クネップ→よい心がけ)
・狩猟参画メンバーの獲物の平等な分配には執拗なまでにこだわる
→仕事量や地位に応じて分配することもない
→個の差異を否定し共有される対象は精神や感情まで含んでいる
(男が女を共有したり女が男を共有したりするようなことはない)
→幼少期の個人所有欲を打ち消す躾けが基礎にあるのではないか
・日本人は子どもたちの所有欲を認める
→親や他者が無理やり所有欲を捻じ曲げないという意味でこちらのほうが自然
→プナンは子どもの所有欲を認めず、芽生えた時点で摘み取ってしまう
・日本では知識や能力も個人所有される
→それが自立への活路になるので所有欲を否定せず認める考え方の拡張といえる
→プナンでは知識や能力は集団でシェアされるもの→なので教育という概念はない
・知識や能力が個人の排他的な独占物として後天的に教育により授けられる日本社会
→プナン社会の狩猟や漁撈の知識や能力は親子や集団で共有されつつ習得される
・日本社会は不適切な人間を振り落とし選り抜かれる競合と選抜の原理
→競争原理で知識や能力が優秀な人材が生み出されるのは事実→個人所有
→努力した優秀な人材は見合った報酬を手に入れ財産を築く→個人所有
・個人所有と共有主義の良し悪しは一概にいえないが、プナンのやり方は競争原理なしに
成立しているので全ての人にとって優しく組み立てられているように見える
・プナン社会では与えられたものをすぐさま他人に分け与える人物が最も尊敬される
→そういう人物には何も残らないので誰よりもみすぼらしい
→彼は周囲から尊敬されビッグマンと呼ばれ共同体のリーダーとなる
(彼に所有欲が出ると人々は他のリーダーに集まる)
(著者も村のプナンにねだられ自分の腕時計をあげたが、しばらくして全く知らない別の村の
プナンが自分の腕時計をしていて驚いた→おそらく次々とあげていったものと思われる)
・アメリカ先住民の白人行政官への贈り物の例(略)
→贈与の霊はお返しをしたり別の人に渡したりして動かしてこそ、人も世界も豊かになるのに、
ずっと行政官の部屋に飾られたままだったのであきれた
→資本を一部に集中して事業に投下することで経済活動が行われる資本主義
→資本主義の課題の先に見出された地域で循環する地域通貨にも贈与の霊が宿っている
→ものを滞らせることなく循環させることと個人所有の否定は物事の表と裏
・狩猟民プナンは木材運搬道路を横切るマメジカやリスを見つけると急加速して轢きおかずにする
(四輪駆動車は賠償金などを頭金にしたローンだが殆どが学校に行かず読み書きできないので
多くが他の先住民名義で購入し運転も無免許)
・州議会議員選挙では最も多くお金をくれた候補者に投票する
→受け取ったビッグマンは議員が去るとすぐ平等に分配、村人はその日のうちに使ってしまう
→一番気前よくお金を分け与えた候補者の精神を一番高く評価する
→政治信条などは関係なく「ケチはダメ」の社会道徳を実行する候補者が信頼される
→日本ではあってはならないことだが、プナンでは日常的にまかり通っている
→世界はまだまだ不思議に満ちている
第7章 森の存在論、タワイとングルイン
(冒頭の見開き著者マンガでタワイとングルインの使い分けが紹介されてて)
・プナンの周囲の森は幸福や災いをもたらし日々の糧を与えてくれる格別な存在
→プナンはモロンという習慣に拠りながら森の中で暮らしてきた
→モロンとは生きるための資源を探し当て涵養し、将来の利用のために保全する仕組み
→サゴヤシや果実類、野生動物、生活資材としての樹木などを持続可能なかたちで保全し、
狩猟採集してきた
→川沿いに定住・半定住するようになっても頻繁に森に入る
・ハンターは森を歩いてヒゲイノシシの足跡を探す
→見つからない場合はシカやヤマアラシなどの足跡に狙いを変えるか、トリやサル類に
→足跡は重要でプナン語では、かつての恋人、理由、痕跡あるいは形跡も意味する
・哀切の情動であるタワイと慎み深い表現のングルイン
(プナン語についてはエッセイに一部説明があったのでメモは省略)
・人間と動物は森を動き回ることによって痕跡や足跡を残す
→そのことによって情動を搔き立てる存在として捉えようとしているのではないか
→人間も動物も主体であり、その上にある樹木や植物など森の自然もまた主体的存在
→人間や動物がよりかかって資源として利用しても瞬く間に繁茂して滅びることがないもの
→人間と人間以外を区別しないプナン
第8章 赤ん坊の肛門を舐め、アホ犬はペットになる
(冒頭の見開き著者マンガでエクアドルの先住民ルナの犬の躾けが紹介されてて)
・有力説では犬の家畜化は14000年ほど前とされる
→犬とのパートナーシップが他の動物の家畜化を準備したとの仮説もある
→これに対しオオカミとの関係は5~10万年前とされ5万年前の文化ビッグバンより古い
→他の動物との間には見られない長い時間をかけた共進化
・犬とのパートナーシップの築き方は世界的に均質ではない
→文化人類学では神話の中で人間の伴侶となり狩猟の道具となる一方で食肉にも・・・
・エクアドルの先住民ルナの犬の躾け(略)
→相互理解を前提としない躾け方
・プナンにとって犬は動物とも家畜とも別のカテゴリ
→身体と魂の結合を固めるのが名前で、この三つの要素が揃っているのは犬と人間だけ
(まだ名前がなく身体と魂だけの赤ん坊より犬は人間に近い)
・犬は外部からもたらされたが犬猟はプナンだけに特徴的
・よい犬とアホ犬(略)
第9章 生ある未来に向け、パースペクティヴを往還せよ
(冒頭の見開き著者マンガでナナフシの系統が捕食者の視点に立っていることが紹介されてて)
・プナンの鳴きまねは男の子の遊びから始まり狩猟の実践に役立つ
→プナンの狩猟や漁撈の実践ポクウォは「誑かし(たぶらかし)猟」とも訳される
→獲物側のパースペクティヴに立って行っているともいえる
・異種間のパースペクティヴの交換
→人間中心主義の特権を揺さぶるパースペクティヴィズム
・アメリカ先住民は動物や精霊も自らを人間とみなしていると考える
→人間である動物や精霊のパースペクティヴからは人間は獲物とみなされる
・エクアドルのルナのパースペクティヴィズムは実用に関わっている
→トウモロコシ畑のインコ除け猛禽類の案山子、ナマズを獲る手の色・・・(略)
→ウーリーモンキーの先読みとその先を読む人間・・・(略)
・オオアリクイの長い鼻、ナナフシの擬態・・・(略)
・人間は他の似た事柄を用い理解・経験するメタファー思考を高度に発達させてきた
→模倣を操作することでレトリックを成り立たせている
・生物学者・日高敏隆と能楽師・観世寿夫との対談から(略)
→ベイツ型擬態ミミクリーと隠蔽型擬態ミメシス
→正反対のようだがどちらも観客の立場に立っている
→観客を意識するかしないか、テレビ出演と能の舞台の違い(略)
・攻撃型(ペッカム型)擬態のハナカマキリなども・・・
→捕食に関わる虫の行動こそが人間によるパースペクティヴィズムの原点
・捕食される側、する側のパースペクティヴに立って自らがどのように見えるかを考える、
パースペクティヴィズムは人間の文化的行動だけではなかった
→生物行動の延長線上の生物=文化的な行動のひとつ
→人間と人間以外の生物は明らかに連続している
・あらゆる生物が先へ進み引き返す往還運動を繰り返している
→プナンの観察データから拡張し、パースペクティヴィズムが人間と非人間との関係に
限られたものではないことを論じた
→人間の思考や行動のみで人間を考えるのではなく、人間を超えた地点から捉えるという
新たな展望が、文化人類学だけでなく人文諸学に広がりつつある・・・
さすがに学術論文つーか専門の研究報告がベースなので、わたくしには難解だった部分は
読み飛ばして省略してますが、世界観や社会規範つーのも人とそれ以外との関わりつーのも
暮らす環境で大きく異なってるんですね
1億年以上も変化がなく・・・
(以下、サラワク現地からのご指摘による追記です)
「1億年前ならサラワクもサバもまだ海の中、スンダランドはサバンナでヤシやイチジクの
仲間しか存在せず、今のような深い森はなかったはず」とのご指摘がありました
なので、フタバガキ科に代表される現在の熱帯雨林をいうなら「1500万年以上も変化がなく」
とかにすべきですね ご指摘ありがとうございました
まあwikiには「1億年ほど現在の位置から動いておらず、温暖な気候を保つ事が出来たため、
この島の熱帯雨林は世界最古の熱帯雨林と考えられている」とありますから、植生の変化は
あったものの「世界最古の熱帯雨林」とゆーのは間違いないでしょう・・・
生きるのに必要なモノ全てが季節や繁殖時期とは関係なく手に入るボルネオ島の熱帯雨林を
移動しながら暮らしてきた狩猟民に、農耕民や牧畜民とは全く異なる世界観や社会規範が
形成されてきたのは理解できますし、それが外部との接触を通じてどう変化してきたのか、
今後どの部分がどのようなかたちで引き継がれていくのか、また我々の世界観や社会規範に、
彼らについての研究がどのような変化をもたらすのか・・・
今後も人類学への興味は尽きません