2012年08月31日
2012中国・植林ツアー報告その8
8月7日の深夜に嘉峪関市の中心部にあるホテルに着いたわたくし、翌8日は早朝から、すぐ近くにある嘉峪関へ・・・
嘉峪関(かよくかん)・・・
万里の長城では最西端の関(砦)になり、最東端の渤海に面する山海関が「天下第一関」と称されるのに対し、
こちらは「天下第一雄関」と称され、ともに、「ここで国は尽きる。」といわれた要衝なのであります。
ですから、山海関より東は「関東」と呼ばれる満州族などの別世界、旧軍の「関東軍」もこれに由来するとか。
つーことは、この嘉峪関から西は「関西」になり、ヨシモトとたこ焼きの世界、もとい、西方民族の別世界・・・
そう、長安の都を中心とする中華王国の、まさに尽きるとされていた西の端なのであります。
で、朝早くから急いで、しかしたっぷりと
朝食をとり、ホテルのロビーに集合・・・

ロビーのあちこちに池や緑が配されており、やはりここでは、水が豊かさの象徴であることが実感できます。
ちなみに・・・
泊ったホテルは「嘉峪関長城賓館」・・・ま、このあたり、どれもそのまんまのネーミングですが・・・
この街も1970年代から鉄鉱石の採掘で発展してきたそうで、最近まで遺跡には無関心だったようですが、
もとの国民党政府軍の軍用空港を転用した小さな空港があり、今はそこも観光用に拡張整備したようです。
で、バスから見た早朝の街の様子・・・
出勤途中でしょうか、この後も、あちこちで電動スクーターを見かけました。
このあたり、中心部への大型バイク乗り入れを禁止している都市が多いそうで、考えてみれば、
豊富な風力発電の電力とシンプルな構造で安価な電動スクーター、そのどちらもが相俟って、
安価でエコな通勤手段として普及させているのでしょうか・・・雨がないので理想的だし・・・冬は寒そうだけど・・・
バスで十数分、入城ゲートには開門前にもかかわらず、すでに行列ができてました。
やはり涼しくて混まないうちに・・・と、考えることはみなさん一緒ですね・・・![]()

待っている間に、ま、せっかくなので・・・
それにしても、この空の青さ・・・
カメラのGPSでは、ここの標高は1688m、日差しはほんとに強烈でした・・・
さすがにこの日は、わたくしも長袖にしています。ええ、こんなふうにはなりたくないので・・・![]()
で、今回も高齢者が多かったので、このカートに乗って中腹にある二番目の城門へ到着・・・


ええ、この城門には我々が一番乗りでした・・・むひひひ
狼煙台もあり、万里の長城の続きであることがよくわかると思います。
現在の嘉峪関は、明代にティムールの侵攻を阻止するために強化されたもの、約500年前の改築で、
豊臣秀吉の大阪城より、ちょうど100年ほど前の築城になりますね。今はあちこちで修復作業中でした・・・
素敵な帽子
の現地添乗員さんが指している下あたりが現在地、右の日本語解説にもありますが、
全部で三重の城壁に囲まれており、もともと古くから、ふたつの山の間に長城が築かれていたところに、
1372年から本格的な築城がはじまり、明代の改築により難攻不落の城になったもの。
古代都市国家アテネのキャンプ地方のように、山に挟まれた平地という、もっとも進攻されやすい地形で、
このあたりにもキャンプ地方と同じく、軍の精鋭部隊が常駐していたとか・・・
わたくし、お城や砦、要塞といった構築物は、当時の様々な工夫がされていて大好きなのであります。わくわく
通路沿いに植えられていた、乾燥に強い「砂ナツメ」の木・・・
実はナツメほどおいしくはないそうですが食用になり、昔も籠城用に植えられていたとか・・・

外側の城壁内を進んでいくと、次の城壁と「天下第一雄関」の額が見えてきました。
ちなみに城壁の内側に貼ってあったパネル・・・
夕陽を浴びる嘉峪関・・・
と・・・
冬の嘉峪関・・・
さらに、こんなおにいさんたちも・・・

で、城や砦には、必ず武人の神様である関帝を祀る「関帝廟」があるそうで、
もちろんここにも・・・
ええ、右の方が関帝であらせられます・・・
で、一番内側の城壁の内部へ・・・

当たり前ですが、内部に入ると城壁に登れます・・・ひいひい
階段左側のスロープは軍馬用だそうです。ひひーん
城壁の上からの様子・・・
城壁にあったランタン台、外に明かりが洩れないよう塞がれています。
左は大きさ比較用の某隊員・・・それにしてもよく飲んでたな・・・あっ、わたくしも一緒だったか・・・
内壁の中の様子・・・まさにキャンプ、軍隊の駐屯地ですね・・・
で、砦の南側には、はるかに・・・

5000m級のキレン山脈の氷河が見えます。
中国では嘉峪関市がもっとも氷河に近い都市だそうで、このキレン山脈の向こうはチベット高原、
さらにその向こうは、エベレストをいただくヒマラヤ山脈であります。ここからは見えませんが・・・
東から続いてきた長城は、こちらでやや南西へ曲がりますが、山までずっと続いてました。
まさにここから西が、関の西すなわち「関西」で、ヨシモトとたこ焼きの世界、もとい、別世界だったのであります。
ま、今の長城は途中で鉄道に分断されてますが・・・
ちょっと昔は長城なんか平気で壊してたそうで、日本の古墳なんぞと同じですね・・・
城内にあるのは・・・弓用のターゲットでしょうか・・・不思議なリアルさがありました・・・
で、別の階段から城内に下りてくると・・・

おにいさんたちが武芸の訓練をしてました・・・
おっ、こんなところにも・・・
ま、せっかくなので・・・
ええ、中央の方が砦の守備隊長であらせられます・・・
ちなみに「武具屋」さんもありました・・・
しかし武具屋のおばさんも完全武装ですね・・・UV対策の完全武装・・・
こちらは、昔の街並みを復元した城下町とゆーか門前町とゆーか・・・
まあ、伊勢神宮前の「おかげ横丁」みたいなもんか・・・
可口可楽なんぞのビーチパラソルがちと不自然ですが・・・
と、早朝から嘉峪関を堪能した御一行、ふたたびバスで7時間かけて敦煌に戻ります。
植林ツアーでは、その地域の自然や風土を体感するために、長距離列車や長距離バスを利用することも多く、
これはこれで楽しみなのですが、さすがに敦煌との往復で800kmのバス、つーのはちと疲れました・・・![]()

でも、往路は夜で見えなかったキレン山脈の氷河が、翌日はずっと見えてました・・・
この山々を越えるとチベット高原、さらにその奥のヒマラヤ山脈を越えるとインドに入るのですが、
さすがにヒマラヤは越えられないので、玄奘三蔵たちもタクラマカン西端まで迂回したのであります。
ちなみにチベットのラサまで2007年に鉄道が開通したものの、このキレン山脈越えの高度は4000m以上、
北京からラサまで52時間かかる長距離列車には、乗客用に酸素ボンベが積まれているそうであります。
昨日同様、延々と続く風車群・・・それにしてももの凄い数であります・・・
ちなみに別の場所では、大規模な太陽光発電も行われているそうで、たしかに未来の先取りなんですが・・・
イニシャルコスト、ランニングコスト、送電ロスなどを考えると・・・まさに壮大な賭けですね・・・
で、昨日とは別のサービスエリアで給油とトイレ休憩・・・ディーゼル油不足は解消したようでした・・・
こちらはさらに新しいSAで、トイレもきれいでした・・・が、やはり個室のドアは上半分だけ・・・
こちらには超市(→超級市場→スーパーマーケット)も併設されており・・・
そーいや、こちらのレッド・ブル、日本ではあまり見かけないような・・・わたくしだけかな・・・
こちらは無色透明の冬虫夏草エキス・・・やはり長距離ドライバーには栄養ドリンクが不可欠なのね・・・
さらにバスは走り続け・・・
一定間隔で、狼煙台跡が見えます・・・
で、昨日と同じ中間地点の瓜州に到着、昨日と同じホテル「瓜州賓館」で・・・
昨日とは異なるメニューでの昼食であります・・・が、何かおかしいと思いません?
そう、ビールがないのであります。哀しくもきっぱりと・・・
じつは現地添乗員さんから、敦煌での見学時間をゆっくりとりたいので、以後はトイレ休憩なしで走りたい、
そのため、今ビールを飲んでトイレ休憩を申し出た人は罰金100元、それで夕食時にみんなにビールを奢る、
とゆー、なんとも残酷な提案がありましてですね、わたくしも不承不承ながら・・・うぐぐぐ・・・
で、ビール抜きの昼食後、バスはさらに走り続け・・・
同じような景色が続きますが、中央の黒いテントがおわかりでしょうか・・・
同様の光景を何度か見たので、現地添乗員さんに訊くと、あちこちでレアメタルを試掘調査しているとのこと・・・
それにしても・・・どこのタープもテントもフライシートも、すべて黒一色に統一されてました。
黒は熱吸収しやすいはずですが、やはり強烈な紫外線を防ぐためには黒なのか・・・
と、あれこれ黒いテントの理由を考えていると、バスはようやく、敦煌の莫高窟に着いたのであります・・・
(次号に続きます。)
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この記事へのコメント
敦煌いいな。
行きてぇな。
98kさん連れてってくれないかな。
ええ、ですから・・・
ご自宅から日本海側に出て真西に泳いでいけばウラジオストックです。
そこから中朝国境沿いに難民を装ってとぼとぼ歩けば大連に着きます。
大連から渤海を西に渡れば、そこが万里の長城で最東端の砦の山海関です。
あとは長城の上を西へ10000kmほど歩くだけで最西端の嘉峪関に着きます。
でも嘉峪関から西へ、敦煌までは・・・これはもう西域ですからねえ・・・ま、そのあたりからご一緒しましょう!!!

