2013年09月23日
2013ボルネオ紀行10スカウ交流編
(期間限定?「HISTORY VIEW」で、当サイトの過去記事を画像付きで一覧することができます。)
キナバタンガン川沿いの私有地で、今回ツアーでは二回目になる子どもたちとの植林を終えた御一行、
スカウ村からサンダカンまで通じるたった一本の道路沿いにある、比較的大きな民家にお邪魔しました。
地元名士のお宅だそうで、そこでの昼食会と交流会を兼ねた歓迎会にお招きいただいたのであります。
奥に見えるお隣さんに比べて、こちらは一回り大きいですが、造りはほぼ同じです。
ご覧のとおり、周囲はすべてアブラヤシのプランテーションです。
アブラヤシから採れるパーム油は、先進国と呼ばれる国のヘルシー志向の人たちにとっては安価で重宝な植物油、
それを一生懸命栽培して、少しでも豊かになろうとしている人たちの村でもありますが、ま、このお話は次回で・・・
吹き抜けの玄関テラスであります・・・
どんな小さな家でも必ず吹き抜けの玄関テラスはあり、どの家庭でも、みなさんテラスでくつろいでました。
で、玄関テラスから入った大広間・・・
この家では、さらにこの横に個室が続いているようでした。
で、次の間・・・
こちらは台所など、女性たちの間なんでしょうね・・・広さは大広間と同じぐらいあり、やはり別室に通じてました。
で、画像右端に見える裏口を出たところにあるトイレをお借りしました。ええ、まずはTandasなのであります・・・
マレーシアやインドネシアではごく一般的な、(左手ウォシュレット付き)手動水洗トイレであります。
こちらの水タンクはポリバケツですが、水道がなく汲み置きの場合、浴槽と全く同じ作りの巨大水槽があり、
そこへ最初に案内されたときは、間違って浴室に案内されたのかと思ってしまいました。
そう、浴室の半分が浴槽、もう半分が洗い場で、洗い場の中央に平らな便器があるのかと・・・
ちなみに一般家庭には浴室はなく川などで沐浴が普通、ホテルやロッジでもシャワーだけが多かったです。
このご家庭もそうですが、どこでも中は掃除が行き届いててトイレットペーパー不要、合理的でもあります。
それなりの立派なトイレでも、ドアはなく中はもの凄い状況で、流せない使用済みペーパーも山積みという、
中国の奥地とはえらいちがいで、やはりこれは貧富の差とかではなく習慣の違いなんでしょうか・・・
さて用も済ませて、まずは大広間でのティー・セレモニーであります。
奥が上座になり、白い帽子(イスラムの正装ペチ、日本ではスカルノ帽と呼ばれてましたね。)を被った方が、
この家の主で、上座には我が隊も、隊長・副隊長・学術顧問以下、長老重鎮が座ります・・・
ちなみにわたくしは、ただの宴会要員なので下座であります。あははは
客人を迎えるときはまずはお茶とお茶菓子、イスラム式の歓迎だそうですが、これは日本も同じですね。
で、次の間で控えていた子どもたちと一緒になって、待ちに待った昼食会であります。
同席した向かいの隊員、料理の名前をひとつひとつ子どもたちに訊いて、メモしてました。えらいなあ・・・
まあ、そんなこたぁ置いといて、こっちを撮って下さい・・・
そう、前回記事でわたくしと一緒に植林した二人が来てくれて、それぞれの隊員のところも同様でした。
で、みんなで一斉に・・・
ばくばくばくと・・・
年長の子は右手をうまく使っての手食ですが、ちっちゃな子はスプーンを使ってました。
他の隊員たちも見よう見まねで手食に挑戦してましたが、さらさらのインディカ米をおかずと一緒に、
うまくつまんで食べるのはなかなか至難の業・・・
同席した向かいの隊員も、最初はスプーンで食べてたのですが・・・
「どれどれ・・・」と、手食に挑戦・・・でも、どうしても途中でバラバラとこぼしてしまいます。
「ええい・・・ばくばく・・・」
って、手食の場合、皿を持ちあげるのマナーに反するような気も・・・
ちなみにわたくしは、同席した子どもたちよりも素早く食べるためにスプーンを使用・・・げひげひ
って、子どもたちの分も残さずに食べてしまっていいのか・・・まあ、ここは自分の食欲を優先しよう・・・
と、冷酷な判断をしようとしてたら、いくらでもお代わりを持ってきてくれました。ほっ
で、何度かおかわりを持ってきてもらい・・・
わははは、完食完食・・・げふっ
もちろん、食後のデザートは採れたてのフルーツ・・・
さらに手作りのお菓子もいただきましたが、トイレをお借りしたとき、台所で大勢の女性が立って、
忙しく調理されてましたので、子どもたちのお母さんも手伝っての、まさに心づくしの家庭料理・・・
敬虔なイスラム教徒の村だけあってビールこそ出ませんでしたが、この日の昼食は、今回のツアーで食べた、
どんなに豪華な料理よりもおいしかったです。てぃりまかしー!!!
さて、食後は子どもたちとの交流会であります。
みんなで日本の折り紙を折ったり、歌ったりして楽しく過ごし・・・
日本からのささやかなプレゼントを渡したり・・・
一人ずつ、植林証明書をいただいたりして・・・
子どもたちとお別れしました。
ありがとね、てぃりまかしー!!!
また会おうね、じゅんぱらぎっ!!!
って、同じことばっかり言ってますが、覚えたマレー語がこれぐらいなもんで・・・
次に御一行は、アブラヤシ・プランテーションの見学に向かいます。
(以下次号)
キナバタンガン川沿いの私有地で、今回ツアーでは二回目になる子どもたちとの植林を終えた御一行、
スカウ村からサンダカンまで通じるたった一本の道路沿いにある、比較的大きな民家にお邪魔しました。
地元名士のお宅だそうで、そこでの昼食会と交流会を兼ねた歓迎会にお招きいただいたのであります。
奥に見えるお隣さんに比べて、こちらは一回り大きいですが、造りはほぼ同じです。
ご覧のとおり、周囲はすべてアブラヤシのプランテーションです。
アブラヤシから採れるパーム油は、先進国と呼ばれる国のヘルシー志向の人たちにとっては安価で重宝な植物油、
それを一生懸命栽培して、少しでも豊かになろうとしている人たちの村でもありますが、ま、このお話は次回で・・・
吹き抜けの玄関テラスであります・・・
どんな小さな家でも必ず吹き抜けの玄関テラスはあり、どの家庭でも、みなさんテラスでくつろいでました。
で、玄関テラスから入った大広間・・・
この家では、さらにこの横に個室が続いているようでした。
で、次の間・・・
こちらは台所など、女性たちの間なんでしょうね・・・広さは大広間と同じぐらいあり、やはり別室に通じてました。
で、画像右端に見える裏口を出たところにあるトイレをお借りしました。ええ、まずはTandasなのであります・・・
マレーシアやインドネシアではごく一般的な、(左手ウォシュレット付き)手動水洗トイレであります。
こちらの水タンクはポリバケツですが、水道がなく汲み置きの場合、浴槽と全く同じ作りの巨大水槽があり、
そこへ最初に案内されたときは、間違って浴室に案内されたのかと思ってしまいました。
そう、浴室の半分が浴槽、もう半分が洗い場で、洗い場の中央に平らな便器があるのかと・・・
ちなみに一般家庭には浴室はなく川などで沐浴が普通、ホテルやロッジでもシャワーだけが多かったです。
このご家庭もそうですが、どこでも中は掃除が行き届いててトイレットペーパー不要、合理的でもあります。
それなりの立派なトイレでも、ドアはなく中はもの凄い状況で、流せない使用済みペーパーも山積みという、
中国の奥地とはえらいちがいで、やはりこれは貧富の差とかではなく習慣の違いなんでしょうか・・・
さて用も済ませて、まずは大広間でのティー・セレモニーであります。
奥が上座になり、白い帽子(イスラムの正装ペチ、日本ではスカルノ帽と呼ばれてましたね。)を被った方が、
この家の主で、上座には我が隊も、隊長・副隊長・学術顧問以下、長老重鎮が座ります・・・
ちなみにわたくしは、ただの宴会要員なので下座であります。あははは
客人を迎えるときはまずはお茶とお茶菓子、イスラム式の歓迎だそうですが、これは日本も同じですね。
で、次の間で控えていた子どもたちと一緒になって、待ちに待った昼食会であります。
同席した向かいの隊員、料理の名前をひとつひとつ子どもたちに訊いて、メモしてました。えらいなあ・・・
まあ、そんなこたぁ置いといて、こっちを撮って下さい・・・
そう、前回記事でわたくしと一緒に植林した二人が来てくれて、それぞれの隊員のところも同様でした。
で、みんなで一斉に・・・
ばくばくばくと・・・
年長の子は右手をうまく使っての手食ですが、ちっちゃな子はスプーンを使ってました。
他の隊員たちも見よう見まねで手食に挑戦してましたが、さらさらのインディカ米をおかずと一緒に、
うまくつまんで食べるのはなかなか至難の業・・・
同席した向かいの隊員も、最初はスプーンで食べてたのですが・・・
「どれどれ・・・」と、手食に挑戦・・・でも、どうしても途中でバラバラとこぼしてしまいます。
「ええい・・・ばくばく・・・」
って、手食の場合、皿を持ちあげるのマナーに反するような気も・・・
ちなみにわたくしは、同席した子どもたちよりも素早く食べるためにスプーンを使用・・・げひげひ
って、子どもたちの分も残さずに食べてしまっていいのか・・・まあ、ここは自分の食欲を優先しよう・・・
と、冷酷な判断をしようとしてたら、いくらでもお代わりを持ってきてくれました。ほっ
で、何度かおかわりを持ってきてもらい・・・
わははは、完食完食・・・げふっ
もちろん、食後のデザートは採れたてのフルーツ・・・
さらに手作りのお菓子もいただきましたが、トイレをお借りしたとき、台所で大勢の女性が立って、
忙しく調理されてましたので、子どもたちのお母さんも手伝っての、まさに心づくしの家庭料理・・・
敬虔なイスラム教徒の村だけあってビールこそ出ませんでしたが、この日の昼食は、今回のツアーで食べた、
どんなに豪華な料理よりもおいしかったです。てぃりまかしー!!!
さて、食後は子どもたちとの交流会であります。
みんなで日本の折り紙を折ったり、歌ったりして楽しく過ごし・・・
日本からのささやかなプレゼントを渡したり・・・
一人ずつ、植林証明書をいただいたりして・・・
子どもたちとお別れしました。
ありがとね、てぃりまかしー!!!
また会おうね、じゅんぱらぎっ!!!
って、同じことばっかり言ってますが、覚えたマレー語がこれぐらいなもんで・・・
次に御一行は、アブラヤシ・プランテーションの見学に向かいます。
(以下次号)
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この記事へのコメント
1. Posted by 川端 2013年09月25日 07:15
今回の御シリーズ記事拝見しながらなんとなく思っていたのですが、建物の建築基準的なナニがことごとく大らかですよね。
ボルネオって災害の少ない、少なくとも地震の少ない土地柄なんでしょうか?
ボルネオって災害の少ない、少なくとも地震の少ない土地柄なんでしょうか?
2. Posted by 98k 2013年09月25日 20:06
>川端さん
たしかに大らかな建物が多いですねえ・・・
ちとウィキってみると、ユーラシアプレートの一部であるスンダプレートの西端はスマトラ島で、その沖合ではプレート同士がぶつかって、
巨大地震が多いけど、ボルネオ島はプレートの内陸部にあるので地震は殆どないとか・・・
また、台風の発生するフィリピンより南側(下)にあるので、「風下の大地」と呼ばれ、台風もありません。
台風も津波もないので、水上集落も発達してますが、なんとも大らかな建てかたでした。
一億数千万年前から変わらない「世界最古の熱帯雨林」でしたから、何もかも安定してたんでしょうね。
ただ、ここ最近は、長雨が続いたり、逆に晴天が続いたりの異常気象が増えているそうですが・・・
たしかに大らかな建物が多いですねえ・・・
ちとウィキってみると、ユーラシアプレートの一部であるスンダプレートの西端はスマトラ島で、その沖合ではプレート同士がぶつかって、
巨大地震が多いけど、ボルネオ島はプレートの内陸部にあるので地震は殆どないとか・・・
また、台風の発生するフィリピンより南側(下)にあるので、「風下の大地」と呼ばれ、台風もありません。
台風も津波もないので、水上集落も発達してますが、なんとも大らかな建てかたでした。
一億数千万年前から変わらない「世界最古の熱帯雨林」でしたから、何もかも安定してたんでしょうね。
ただ、ここ最近は、長雨が続いたり、逆に晴天が続いたりの異常気象が増えているそうですが・・・