2013年11月28日
2013秋・八重の紅葉?後篇
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前回記事からの続きであります。
会津では八重さんのスペンサーライフルのターゲットだった山縣有朋の別邸「第二無隣庵」での、
真っ昼間からの大宴会を終えた御一行、いつもどおり酩酊状態になってからの庭園鑑賞も終え、
今年は八重の桜ツアーじゃあ!!!と、新島襄の旧邸までふらふらと歩きました・・・
ま、飲み放題の制限時間いっぱいまで飲んでたため、内部見学の受付は終了してましたが・・・
その後は寺町御門から「京都御苑」へふらふらと入り、「京都御所」の東端をふらふらと北上します。
そう、このあたり、わたくしがこれまで、てきとーに「御所」と書いてきた場所なんですが・・・
まず、東は寺町通、西は烏丸通、南は丸太町通、北は今出川通までの、築地や石垣に囲まれた広い範囲、
ここは明治初頭まで宮家や公家の邸宅街だったところで、遷都などで荒廃したため大部分が緑地に整備され、
今は環境省が管理する公園となっており、こちらは正式には「京都御苑」という名称なのだそうです。
で、その中にあって、さらに築地に囲まれた狭い範囲、春と秋の一時期のみに公開されるところが、
歴代天皇の住まいだった「京都御所」で、こちらは宮内庁の管理なのであります。
まあ、京都の人も全体をてきとーに「御所」と呼んでるようですし、御苑が整備された明治10年から、
公園として開放される昭和24年までは、全体が二重の築地に囲まれた「御所」だったわけで、
別にどちらでもいいことなんでしょうが、ま、いちおー誤解のないように・・・
閑話休題
とーとつに「京都御苑」でロケ中だった、オダギリ・ジョーと綾瀬はるか・・・
なのかっ???
もとい、こちらこちら・・・
寺町通で開校してから一年後に移転してきたという、今出川キャンパスに入って行くと・・・
すぐ目立つところにありました・・・ここの掲示板、昔は休講の貼り紙とアジビラだらけだったんですが・・・
ちなみにドラマ前半のポスターでは、綾瀬はるかがスペンサーライフルを構えてましたねえ・・・
さらにちなみに、このポスターではキャッチコピーが「明日も咲いている。」になってますが、
前半のポスターでは、「この時代、咲いてみようじゃないの・・・」でしたね・・・
さらに閑話休題
今回はリタイア後に再入学して史学をやってる先輩とキャンパスで合流し、案内してもらいました。
この今出川キャンパス、もとは新島襄が山本覚馬から寄贈を受けた、旧薩摩藩邸跡地なのですが、
ドラマの中でも、京都府顧問となった山本覚馬が薩摩の西郷隆盛から、ここを託されるシーンがありましたね。
わたくし長年、このキャンパスすべてが旧薩摩藩邸跡だと思っていたのですが、先輩の解説によると、
お隣の相国寺からの借地部分や、京都府などから購入した部分も多いそうです。
「そやから今の相国寺さんは、きん、ぎん、どう、で支えられていると云われてるんや・・・
そう、金閣寺と銀閣寺からの観光収入と、同志社からの地代や・・・」と、先輩によるオチ・・・
そーいや、金閣寺も銀閣寺も臨済宗相国寺派に属してて、管長も相国寺の管長が兼務でしたね。
みんな感心して案内板を見てますが、奥に見える茶室「寒梅軒」の案内板であります・・・
キャンパス内に由緒ある茶室があったなんて、先輩に教えてもらうまで誰一人知りませんでした・・・
ええ、当時の学生食堂の位置や定食のお値段は、全員が正確に覚えてたのですが・・・
以下、八重さんの時代に建てられた重要文化財も多く残るキャンパス内をさくさくっと・・・
新築校舎の中に入ると、こちらが新しい・・・
学生食堂・・・そう、教室よりも重要な大学の根幹施設であります。ええ、きっぱりと
で、こちらもすっかり新しくなった・・・
学生ラウンジ、こちらも教室より重要で・・・わたくしが過ごした時間は教室より長かったはず・・・
先輩によると、我々の時代の汚い学生会館(学館)にあった、汚いラウンジの汚いテーブル天板が、
メモリアルとして、この新しいラウンジの一部にも使われているらしいのですが・・・
どこに使われているのかまでは、よくわかりませんでした。どなたかご存知なら、ぜひコメントを・・・
ま、わたくしの落書きなんか、もちろん消されてるんでしょうが・・・
とか、ふらふら彷徨ってると・・・
今出川キャンパスの西端、烏丸通に出てしまいました。
正面が、わたくしが授業にも出ずラウンジでごろごろしていた学生会館(学館)のあったところ・・・
現在は高級イタリアン・レストランも入っている、眺めのいい校舎建物になってます。
こちらは準備に大わらわのEVE祭(学園祭)の実行委員・・・なのでしょう・・・
今年で学園祭も138回目になるんですねえ・・・
ちなみに開校日が11月29日で、その前夜祭として始まったのでEVE祭・・・だったはずです・・・
んで、いったんキャンパスを出て、うしろを振り返ると、大きな木に電飾が施してあり・・・
5時になれば点灯するとのことで、待つこと5分・・・
きっかり5時に点灯しました・・・
一部に工事中の部分もありましたが、建物の修復や新築もほぼ完了し、昨年より落ち着いた感じでした。
やはり「八重の桜」の影響でしょうか見学者も多く、より清潔でおしゃれで華やかになってて、我々の時代とは、
さらにギャップが大きくなってましたが、EVE祭の迫った夕方の慌ただしい雰囲気は昔と全く同じでした・・・
その後、御一行はキャンパスを出て、四条河原町の路地にある、学生時代からおなじみの居酒屋へ・・・
その昔、京大の学生だった小松左京氏が山崎正和氏、高橋和己氏らと毎夜激論を戦わせていたとゆー、
いつもの古めかしい居酒屋であります・・・
貸切にした2階に、一学年上の先輩たちも次々と集まり、いつもの阿鼻叫喚!!!二次会となったのですが、
先輩たちは琵琶湖のホテルで、さらに一学年先輩たちとの泊まりがけ三次会があるとかで早々に退散・・・
(ちなみにわたくしが二回生の時に四回生だった、憧れのおねいさまも参加していると聞き、一瞬、
そっちに行きたいっ!!!とも思ったのですが、ま、憧れは憧れのままでもいいかと・・・)
で、後には同級生のさらに一部だけが残り・・・
ゆったりしたところで、いったん空き瓶や取り皿なんぞを片付けて、あらためてビールやあてを追加・・・
そのまま三次会に突入したとゆー次第・・・
ま、このようにして、今年も京都の秋の夜は更けていったのであります・・・めでたし、めでたし、と・・・
開き直りのP.S.
八重の桜とか紅葉とかいいながら、八重さんゆかりの画像や紅葉の画像は殆どありませんでしたが、
いつもどおり、本人は飲んだくれて充分楽しんでるので、これはこれでいいのであります。
「この時代、咲いてみようじゃないの・・・」がははは
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この記事へのコメント
冗談はさておき(^^;
ホントに長生きして下さいね。
せめてあと20年くらいは現役キャンパーでいて頂かないと、私が、というか我々?が困ってしまうので(--ゞ
ちなみに京都、数える程しか行ったことはないのですが、なんだかんだで、えーと・・・ 風情? というか独特な、こう、沈殿というと言葉が悪くてアレなんですが、別に視覚的な事ではないながら、喩えば朝霧かなんかの中で街を見ているような、他では感じたことの無い土地が浮遊しているような空気感を感じた場所があったな。みたいな印象が強いですm(_ _)m
まあ、神河町あたりの「山の彼方」には青い鳥がいて、焼き鳥にして食べると不老長寿になるそうです・・・
>>京都
古都はみんなそうなんでしょうが、やはり独特の趣きとゆーか、不思議な感覚になることがありますね。
わたくしの場合、青春時代の一時期を過ごしたこともあって、京都には強いノスタルジーを感じてしまうのですが、
「朝霧かなんかの中で街を見ているような・・・」つーのは森見登美彦さんの作品を読んだ時もそうでしたが、
映像では、大林宣彦監督の尾道、柳川、小樽なんかがそうでしたし、宮崎駿監督の作品でも、そんな古い街並みの映像が多いですね。
京都の街には「何か浮遊感がある・・・」とゆーのも、まさにその感覚で、よくわかるような気がします。