2014年10月18日
有田鉄道線!!!
ま、時系列的には前回記事の続きなんですが・・・
熊野キャンプの帰り、wingさんと熊野・古道ヶ丘で昼食後、台風の影響は翌日の午後以降と判断、
しかも翌日は二人ともお休みなので、あちこちのお店に立ち寄って、みかんで有名な有田まで戻ってきました。
で、有田インターの手前で「鉄道公園」とゆー道路表示がちらっと見えて、わたくしおぼろげな記憶から、
「そうそう、ここには古い鉄道線があったはずだけど、いつも素通りで一度も見たことがなかったな・・・」
と思い出し、Uターンして立ち寄ってもらうことにしました。
「鉄道公園」の駐車場にクルマを停め、中に入ってみると・・・
確かに単線狭軌の線路が続いてて、小さな踏切もありました・・・
向うに見えるあたりが、たしか終着駅の「金屋口」だったはず、昔は町中の狭い幹線道路に
「⇦金屋口駅前」の道路表示があったのを覚えています・・・
と、有田川の堤防沿いを歩いて駅に近づいてみると・・・
小さいながらも車両基地があり、新旧車両が並んでました・・・
さらに近づいてみると・・・
駅舎の割には大きな荷捌き場を持った・・・
「金屋口」駅がそのまま残ってました。
(wingさん提供画像)
「有田鉄道」について・・・ええ、帰ってから、ちと調べてみました。
大正時代に名産のみかんを、当時の積み出し港であった湯浅港まで運ぶために開設された鉄道で、
その後、紀勢本線(当時は紀勢西線)が藤並駅まで開通すると、そこからも鉄道輸送になって、
ここから全国へ「みかん列車」が運行されるようになって、有田みかんが全国ブランドになったそうです。
時は移り、有田みかんも次々とトラック輸送にとって代わられ乗客のみの路線になり、それも2001年には、
一日2往復のみとなって「日本で最も運行本数の少ない私鉄路線」としてマニアには有名になったとか・・・
で、2002年12月末に廃止になり、その後、2010年に金屋口構内に今の鉄道公園ができたようです。
わたくし、前世紀のかなり前から、この辺りをキャンプや川下りなどの行き帰りによく通ってましたから、
その当時はまだまだ現役で走ってたんですねえ・・・
駅構内から堤防沿いを駐車場のほうへ戻ります。
もちろん堤防の反対側は・・・
有田川であります。
で、線路はこの先で・・・
とーとつにぶった切られ・・・
鉄橋も撤去ぅされてました。
で、その反対側には・・・
D51蒸気機関車「みかん号」が展示されてて・・・
さらにその先は・・・
廃線敷を利用した「ポッポみち」になっていて・・・
いかにも鉄道敷らしいカーブの遊歩道が続いてました。
ポッポみちは、ここからJR藤並駅まで5.2km続いてましたが、wingさんと相談の結果、
「暗いトンネル」はなさそうだったので・・・
今回の散策はここまでで終了、いずれのんびりポタリングすることにして、帰宅しました。