1年ぶりのルーベSL4桜花下見ポタリング・・・

2020年03月28日

欲望の時代の哲学2020メモ

NHK番組「欲望の時代の哲学2020」~マルクス ガブリエルNY思索ドキュメント~を見ての個人メモです。
(マルクス ガブリエルは新実在論を提唱するドイツの哲学者。1980年生まれ)
わたくしはまだ著作を読んでないので、勘違いなどコメントでご指摘いただければありがたいです。

第一夜 欲望の奴隷からの脱出
・世界史とは自由という意識の進歩に他ならない。ヘーゲル(1770-1831)
・「歴史の終わり」1989年フランシス・フクヤマ(知らなかったのでウィキより抜粋)
「歴史の終わり」とは、国際社会において民主主義と自由経済が最終的に勝利し、
それからは社会制度の発展が終結し、社会の平和と自由と安定を無期限に維持するという仮説である。
・グローバル資本主義→自由意志は絶えず自らを攻撃する。
・自由と民主主義を価値の体系として考えた第一人者がドイツ観念論のカント(1724-1804)
自由意志とは自然法則以外の物事が任されている状態
意志will→なすべきことを思い描いて行動する能力→意志と意志が調整されている
自由意志とは意志の調整の最適化→道徳と同じ→他者を手段としてはならない→理性から自由意志は生まれる
・すべてのSNSは必然的に自由意志や自由、民主主義を損なう。
・人間の社会性は社会ネットワークの構造次第で損なわれる。
・今何をしているのか自己イメージを表現できるプラットホームを提供しているが、データとは自分自身を見せたい
と思う方法、プラットホームは中立ではない。自由を損なうことなく利用している。
・法の哲学(ヘーゲル)→正義とは互いの意志の調整を確立させること。
・正義のない西部開拓地では意志の調整なく撃たれた。同様に何でもできるのがオンライン。
これがカリフォルニアのシリコンバレーで生まれたのは偶然ではない。
西部開拓時代のスタイルが民主主義の社会形式に大きく入れ替わった。
まるで意見が合わない人とは付き合わない→民主主義は弱体化。対抗する自己イメージを生み出してしまう。
・SNSは自由を破壊することなく自由の心臓部を攻撃する。知らないうちに振る舞いを操られている。
・自由に描いているはずの欲望が、誰かの欲望を映しているだけだとしたら・・・
・テクノロジーが作った無限の欲望の鎖から解き放たれるためには・・・

第二夜 自由が善と悪を取り違えるとき
・ショーペンハウアーの「自由意志のパラドックス」
人は欲求を満たすことができるが、欲求そのものを欲することはできない。
例→バニラアイスよりチョコケーキが食べたい→食べる→自由意志の余地はない→決定論
じつは決定論とともに常に自由意志はある
充足理由律→あらゆる事象は理由なしには生じえない
自然条件=必要条件→必要条件が全て集まって充分条件になる
ショーペンハウアーの誤りは主体と客体を分けたこと。
・無力感もわたしたちの認識が生んでいるにすぎないとしたら・・・
・今のアメリカは極端なプロテスタントがつくった。
自分が真実と思ったものが真実、神父に言われなくても(教会に行かなくても)自分は神を信じている。
・プロデュースとはプロ(前に)デュース(持ってくる)、つまりショーのこと、アメリカはショービジネス社会
・ニューヨークでは誰もがフィクションと幻想が織りなす現実に触れている。文化が可視化されている。
・ドイツ語のガイスト(精神)は英語ではカルチャー(文化)
・アメリカの主なイデオロギーは科学的唯物論→自然科学的な知のみで体系化された哲学
いっぽうでハイレベルな大衆文化がある。→興味深い矛盾
→この国は常に二極化、科学的唯物論とキリスト教への信仰→科学的な進歩と空想的で非現実的なものが共存
→最近はその境界が曖昧に→科学と信仰→アメリカで面白いフィクションはSF
・シリコンバレーの住人の少なくとも半数は間違いなくスタートレックやスターウォーズでSF的世界観を持ち、
実際に空想を現実に変えている。
・すべてのファンタジーには良い面と悪い面がある。コントロールされているうちは良かったが、
50年前から制御不能になりはじめ、インターネットの加速によって悪化した。
極端な話、学校やショッピングセンターで銃を撃ちまくる現実がある。
・自由を与えすぎ自由を取り違えたとき、人は現実に目を背け幻想に閉じこもるのか。あなたは自由ですか。
・FacebookやGoogleはひたすらあなたを利用する。なぜなら、あなたは自由だから。
・資本主義の果てしない破壊的消費でさえ、わたしたちの自由を奪うことはない。
なぜなら、わたしたちの欲望は人工的なものだから。
・社会状況やマーケティングがわたしたちを無限の消費へと駆り立てる。
・グローバル資本主義より、もっといい自由意志の使い方がある。善と悪、良い自由と悪い自由
・シェリング「自由とは善と悪の能力である」(人間的自由の本質より)
自由であるということは自由に間違いを犯すということ。なので市民社会への攻撃に対して責任がある。
不公正な社会は自由度が減少する。
・なぜ人類の破壊に向けてお金を使っているのか、自由な人が悪い自由を植え付けたから。
・人間の協調する空間を増やすというのが善という概念
・地球の破壊が悪であるのは未来の人類が自由を失うから→世代間の不正義
・チョコケーキは人工的文化的に造られたもので脂肪と糖質の塊・・・(それでも食べる)

第三夜 闘争の資本主義を越えて
・NYのウォールストリート→もとは先住民を隔てる壁→2008年以降は実際の取引と隔てる壁になった。
・平等だと猜疑心がつのる。猜疑心がつのると闘争が起きる。(リヴァイアサン)
・社会とは個人に他ならない。(マーガレット・サッチャー)
・各人は全ての人々と結びつき、かつ自分にしか服従せず自由であり続ける必要がある。
社会契約はこれを解決する。(ルソーの社会契約論)
・どちらの考えも社会と個人が両立しない結果をもたらす。
・学術的シンクタンクの提言を実行すれば社会は破壊される。
・人間の生活形式(ライフ・フォーム)と生存形式(サバイバル・フォーム)を区別して考える。
経済学も資本主義も最適を求める生存のための戦いで進化生物学(ダーウィニズム)を当てはめようとする。
社会ダーウィニズムは社会を完全に物理学や統計で捉えようとするが本来の性質ではない。
理想的な社会では生存レベルを保証するシステムは複雑な国家の福祉システムによって管理されている。
この社会には無条件のベーシックインカムが必要だが全ての生存形式を保証しようとは考えられていない。
・重要なのは生活形式も含めた経済学→生存<生活
例→アメリカの多くの食文化はエネルギーと代謝計算に置き換わっているが食事は生存形式ではなく生活形式。
・意味の場の存在論
数字と体験はイコールではない。→数字<体験 
「心の痛み」と「愛している」は二つのニューロン・パターンという哲学や、お金とレストランでのおいしい食事が
イコールというのと同じ間違い。
・世界を技術的な目で見る人には全てが最適可能な資源に見える。(ハイデガー)
森は神聖な場所ではなく木材供給場であり、親は子どもを(人間を人材と呼ぶ)就職市場に向け最適化しようとする。
生産性のみに狩り立てられると、すべての人間が消費財になる悲劇が待っている。
・社会の複雑性を消すことはできず、生きる意味を求める人間の探求は幻想ではない。

第四夜 私とあなたの間にある倫理
・利便性とともに生まれる閉塞感、都市はもはや独自の進化を遂げる生命体のようだ。
・ヘーゲルの客観的精神
・知能(インテリジェンス)=限られた時間で問題を解く能力と定義すると・・・
脳にAIを組み込まなくても、現代人はスマートフォンを持つことで知能が高くなっている。
・脳を機械にアップロードすることを選びますか?
・デジタル脳で一生、仮想現実の世界で生きたいですか?
それは人々にとって生か死かの決断。そのとき哲学者は非常に重要になる。
意識のアップロードには経験に基づいた証拠がなく人間に試すには倫理的に極めて問題がある。
・デジタルなテクノロジーでは捉えきれないこの世界の複雑性、それこそが精神という名の豊かな可能性だとしたら
・もし人間の思考が感覚だったら?なぜ(目の前にある)これが本だと分かるのか?見渡しているから?
・ドイツ観念論の伝統→カントの観点「無関心な満足」人は道徳的に無関心になることはできない。
観念に先立つ体験、理性に先立つ道徳
・人々が小説を読み始めた頃、社会の暴力は減少した→他者の視点に立つことは常に道徳的行為そのもの
・私はあなただったかも知れない→これが倫理の基本的なポイント。私は反対側にいることもできる。

第五夜 哲学が国境を越えるとき
・近代国家ニッポンとは(張旭東)
翻訳の超大国→ひとつの言語に三つのシステム(漢字カタカナひらがな)がある。
→島国で完結しているが本質的にオープンで日本語の輪郭はあいまい。
→他者を本質的に保持するモデルで中国語とは真逆→来るものは拒まず、実は受け入れず?
・文化の多元性→普遍性→自分の言語を再改革する努力
・グローバル時代の社会における人間性とは?人類の理念とは?(斎藤幸平の質問)
道徳的な争いは続いているが道徳的な進歩の時代でもある。
精神は自然を呼び起こす→自然を人間化するのがヒューマニストの次のステップ
定言命法(無条件に「~せよ」と命じる絶対的命法)は人間の領域を越えて広がっている。
自然が(分かれた人類の)ある種の普遍性を獲得する基礎となる。
動物と非動物の線引きは解決されていない問題→境界線が分かれば倫理に取り組むことができる。
・今は相対主義・冷笑主義・ニヒリズムの時代でスカイウォーカーよりダースベイダーを選ぶ準備ができている。
それが現代のイデオロギーだが、それが何を意味するのかは彼らはまったく認識していない。
ダースベイダーがマスクを外せばただのうんざりするモンスターであるとわかること。
例えば気候危機は科学的な事実では解決できない。それはどうでもいいことでおしまい。
・一言で言えば、私たちには倫理的資本主義が必要→ドイツ企業の大きな倫理プログラム
→道徳的価値が経済的価値を生み出すのは真実。
いかに利己的に見えようと人間本性には他人の運命に関心を持ち他人の幸福をかけがえのないものにする力がある。(アダム・スミス)
・人間は責任を逃れるために自らの道徳を手放したくなる。
・日本人の会話やコミュニケーションには見えないファイアウォール(社会的規範)があり同質的になっている。
西洋的な人権の概念を持ち込めば、それを破壊するかも知れないので、この種の概念を持ち込む人を好まない。
このファイアウォールは無意識だが明文化されている。建前と本音→仮に日本版ネットワークと呼ぶ。
これには柔軟性もあり大戦中は中国への軍事的優位になったがアメリカの個人主義に敗れた。
戦後、表面はアメリカ化し消費者行動はアメリカ的だが、心の枠組みは全くアメリカ化されず安定している。
東京が今でも世界で最も大きな社会システムであるのは、このネットワークの一部であるサイバー独裁の要素があるから。
創造性もあるがみんな一緒、均質性と順応性を生み出しもすれば、うつ病や自殺も生み出す。
この社会でのゲームは非常に暴力的で逃げられないところまで追いつめられる。
日本版の読心術を抑圧に使わなければ、このシステムのバーチャルなものが普遍主義の新しい形になるはず。
(普遍性を目指すガラパゴス(日本)は、これからどこまで跳べるのだろう。)
・哲学は思考のための一つのツールで、その思考の先にそれぞれの自由が生まれる。
・運命は必然ではなく自由を意味する。自由になったとき初めて運命を見出せる。



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この記事へのコメント

1. Posted by Yasshi   2020年03月29日 06:45
Jちゃん、凄い人だったんだなぁ、と再認識。
いや、からかってるんじゃなくて、ほんとここまできちんと書けるって、私には到底無理。
学生時代でもダメだったな。だから、純粋に感心してる。もうお爺ちゃんなのに。

次からどう声掛けさせてもらったらいいやら。私、頭いい人に弱いんですよ。
ボーっと生きている見本みたいな人生送ってるし。

いや、久々に感動した。凄い。
2. Posted by 98k   2020年03月29日 07:46
>Yasshiさん
早々よりのコメントありがとうございます。
これ(タイピングが遅いので再生を一時停止しながら)テロップ書き写したものが大部分なんでしゅが・・・
なので言葉の意味などはよく分かってませんが、大昔の卒論テーマが「精神文明論」だったし興味深く見てた次第です。
そちらこそ、ほぼ50年前に開催された日本SF大会の記録フィルムの解説文を一夜で作るという驚異的な記憶力や、
アイドルの追っかけで毎週のように全国を飛び回るとゆー行動力!!!
決してわたくしにはマネのできないことでございますよ。げほげほ
3. Posted by donchan   2020年03月29日 14:59
古来、疫病がはやった時には、郊外に集まってバカ話をしたり、良からぬことをするのが常ですが、閑居して不善をなすことなく、
前のコメントにあったとおり、古希間近になってこの記事は凄い。さすがに98Kさん、ぼっーと生きてませんね。
当方は、春の陽気もあってうつらうつらと時を過ごしていましたが、刺激的な記事を目にして一念発起、前に「真理ちゃん」なるおじさんから
薦められていて埃をかぶったままにしておいた、ガブリエル氏(以下ガブちゃん)の著作を引っ張り出して大急ぎで読んでみました。
とは言え、当方、卒業は哲学科ながら、学生時代には哲学の授業は、心地よいお昼寝時間だったので、今回も幾度となく意識を失いつつ、
何とか目だけは通したという次第。
98Kさんの記事も多岐にわたっており、内容について何かを言えるほどの知識は持ち合わせていませんが、引っかかったのが、
1)新実存主義を名乗っているガブちゃんが、何故文明批判をするのか、
2)ドイツ語の精神=Geistが、何故文化=cultureとなるのかでした。
(字数超過、続きは第二便で)
4. Posted by donchan   2020年03月29日 15:00
1)は結局不明ですが、新実存主義とは、認識あるいは哲学をある種の心理主義的分析、脳科学的分析にとどめる立場への批判であるようです。
98Kさんの世界で言えば、彼は「サイクリングは自転車ではない」と言っています。
前者は「モノ」であり、サイクリングという世界は、モノの分析ではわからないと。
そのうえで、自然の対象である「宇宙」と意味の集積である「世界」とを分けて考えるべきだということのようです。
とすれば、2)の問題の解答は見えてきます。
彼は、「精神は行為を説明する文脈で援用される説明構造である。」と言ってますので、英語のCultureとは近似してきませんか?
久しぶりに難しい本を眺めたら疲れが来て、このストレスが新型肺炎感染に悪影響しないか心配なのでこの程度で。
最後にひとつ、ガブちゃん、名前からラテン系の国の人かと思ったらドイツの人なのですね。
どうもドイツ人はアメリカ文化に対する批判が強すぎるようで、ある哲学者などはジャズなどの大衆音楽をぼろくそにけなしています。
クラシックもジャズもわからない演歌ファンとしては、そこまで言わなくても、と思ってしますのですが………。
5. Posted by 98k   2020年03月29日 21:08
>donchanさん
詳細な解説コメントをありがとうございます。(一部改行させていただきました。)
>>郊外に集まってバカ話・・・
本日、俳句好きの友人とご近所の桜の名所を自転車で巡って「ぎょうざの満州」で飲みつつ延々とバカ話、
夕方に自転車を押してへろへろになって帰宅、今まで爆睡してました。ひっく(^_^;
我々も自転車で通過しただけで自粛に寒さも重なったのか、さすがにどこでも花見宴会はやってませんでしたね。
>>卒業は哲学科・・・
ありゃま、わたくし人間科学部という学部までは存じ上げてましたが哲学科だったんですね!!!
わたくしは法哲学の授業でラートブルフの著作を読まされた程度ですが、どゆーわけか文明論は今でも大好きで
今回の番組も興味津々でした。
>>ガブちゃんの新実存主義・・・
なるほどねえ、番組では全体像が掴めなかったけど、いただいたコメントで、なんとなくわかったような気になりました。
多国語を理解するガブちゃん、番組中で通訳兼解説の斎藤幸平氏に「ガイストは日本語で何だっけ?」と訊いた際に、
氏が「精神」と答えてました。
精神と物質、文明と文化、どちらも明治時代の名訳だとは思いますが、確かに日本語での定義はあいまいですね。
ガブちゃんの立場としては、それぞれどんな定義になるんでしょうね・・・
>>ドイツ人のアメリカ文化批判・・・
ガブちゃんはアメリカの各大学でも教えてるようで、これがけっこう面白かったですね。チョコケーキとか
6. Posted by donchan   2020年03月29日 23:18
お疲れ様でした。
書き忘れたのですが、ガブちゃんの文明批判。すぐに、ドイツでは、フランス革命を政治の舞台ではできず、
哲学でやってしまった、と言う誰かの言葉が浮かんできてしまったのは、皮肉が過ぎますねぇ。
それと、どうでもいいですが、当方、卒業は文学部となっております。
その当時、人間科学部なる代物はありませんでした。念のため。寝ます。
7. Posted by 98k   2020年03月29日 23:27
>donchanさん
ドイツではフランスの革命を政治ではなく哲学でやったと・・・面白いですねえ・・・
で、当時の某学部が某氏に代表される「非人間」を輩出したので「人間科学部」ができたんですね・・・
あれ、誰かさんと勘違いしてたかな・・・

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