世界の食に学ぶ・・・給食の歴史

2021年11月04日

ナチスのキッチン

前回記事に続き、食についてのお勉強・・・つーことで・・・

今回は「ナチスのキッチン」であります・・・

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「決定版」ナチスのキッチン~「食べること」の環境史~


著者・発行者・発行所・発行年月日は以下のとおり・・・

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そう、以前紹介した「縁食論」「戦争と農業」の著者による大作であります。



例によって目次のみのご紹介・・・

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様々な分野から反響のあった本だそうで、料理や建築にはまったく素人のわたくしにも
けっこう面白く読めました。

近~現代ドイツの食と台所の歴史なんてはじめて知りましたし、戦後の世界各地の
キッチン設計にも大きな影響を与えてたんですね。
料理や台所に限らず思想史に興味のある方も、ぜひご一読を・・・



なにせ大作ですのでわたくしの読書メモから、てきとーに思いつくままの抜粋です。

序章より
・台所→釣った魚を炙る川べりの焚火から高級システムキッチンまで・・・

・動物や植物のほとんどは、火、水、菌、石、刃物によって物理的かつ化学的な変化を
与えられることで、はじめてヒトの口に運ばれる

・栄養を吸収するためには消化器官だけでは不十分で・・・台所はいわば外部器官・・・
→体内に栄養を取り込むシステムの延長に位置する、人間の身体の派出所・・・

・ナチ時代(1933~1945)は「合理化」だけでは理解しにくい時代
→モダニズム建築を否定しつつアメリカのテイラー主義(労働改善)を受容し合理化する二律背反
→この問題を台所から迫るのが本書の目的

①ヒルデガルド・マルギス→消費者運動の先駆け
②エルナ・マイヤー→国民経済学が専門のカリスマ主婦
③マルガレーテ・リホツキー→オ-ストリアはじめての女性建築家で小型キッチンの生みの親

・欧米の近世の台所の主役は火(煮る)で、日本の台所は水(捌いて盛る)が主役だった
→台所は自然に成立したもので地方により家により異なるもの
→キッチンは意図的に設計されたシステムとその模倣商品で画一的なもの、と便宜上区分

・竈とオーブンと(電子)レンジ→日本とドイツの感覚の違い(温めないとか)
・女性の解放と家事労働→セントラル・キッチン構想
・テイラー主義に基づく台所設計や家具配置がドイツ現代史の特徴
・台所は人間による自然加工の終着駅でありエネルギーの末端であり企業の大きな販路
・台所の神様、竈の神様は日本にも古代ローマにもギリシャにも古代ゲルマンにも存在する
・台所は外の生態系とそこから囲われた「住まい」との通路・・・

1章では火を住まいに囲うための建築技法
2章では食べやすいよう加工するための調理テクノロジー
3章では、それを科学の側面からバックアップする家政学
4章では調理術の蓄積としてのレシピ、
と、台所の近現代史をたどり・・・
5章では、その帰結としてのナチ期の食政策を台所から分析する


第1章
・調理場を兼ねた暖炉(竈)=光と熱の源=家の中心だった
→19世紀後半~20世紀初頭の鋳鉄製の竈で小型化→暖炉はなくなるか別になる
→同時期に普及する電気やガスで台所はさらに小型化→小型キッチンの設計へ
→20世紀初頭以降の上下水道の普及により蛇口とシンクが大きな存在に

・労働者の住宅不足→フランクフルト市の住宅計画に調理専用の「キッチン」が誕生
→このとき専用キッチンと居間キッチンの是非の論争があった
→「主婦は居間の近くで他の家事も」→主婦労働の軽減からは専用キッチンか
(まだ電気冷蔵庫はなかったので別に食料庫は必要だった)

・アメリカの共同キッチンの試み→「共産主義キッチン」としてドイツに移植
→1908年から各地でセントラルキッチンハウス→第一次世界大戦で挫折
・農学者の横井時敬が徳川秋声に書かせた「小説 模範町村」(1907)の模範村
→家族制度重視の横井が農村の魅力を獲得する方策として家事の協同化を提唱していた

・なぜセントラルキッチンは挫折したのか
→戦争による食料不足で戦時食堂=集団給食所が各地にできたから

・リホツキーのフランクフルト・キッチン(1927)のモデルは狭い食堂車の厨房
・エルナ・マイヤーのシュトゥットガルト・ミニキッチン
(テイラー主義に基づく身体制御型のリホツキーに対し家庭を管理する事務所でL型)
・ダイニングとの仕切りを減らしたミュンヒェン・キッチン
→空気の流れを妨げる程度の仕切りを付ける
→子どもの監視ができ衛生上も改善されガラス窓のコストもかからない

・バウハウスとブルーノ・タウト(テイラー主義を美学にまで高めた)の影響

・シュルツ・ナウムブルクの「郷土保護様式」→暖炉と居心地の良い広い台所
→ナチ党の居間キッチンへ→現実には戦争により機能主義を極限まで高めたものになった
→東ドイツの労働キッチンも同様→台所を労働者約1名の小工場化・・・

第2章
・電化・マニュアル化・健康志向・市場化・(マルギスの反ナチと)ハイバウディのナチ化

第3章
・家政学の誕生と家事マニュアル→家政年報(1928~1944)
→都市と農村・各職業の収入差・疲労・栄養学・料理教室・モータリゼーション・家事労働時間
→家政学のナチ化と「家政年報」の中断、戦時体制化、節約
→それまでのテクノロジー賛美の基調から文化、民族性、反資本主義のナチズムへ

・家政学は
①科学的手法で女性への抑圧的側面を見いだしたが台所は有機体であると権力関係を温存した
②台所を透明化した→ガラス化、数値化→国家や企業がコントロールしやすい空間へ
③台所を機械化した→人間それ自体も機械化したのではないか
④台所を戦場化した→節約→透明化や機械化の延長線上
(アメリカでは家政学による数値化・清潔志向・栄養学で同じ味になった、とも・・・)

第4章
・台所はモダニズム建築・テイラー主義・家政学・企業による用具の市場で小工場と化した
→ドイツの食文化は本来複雑

・料理本の変化・そのロングセラーの変遷・産業界と縁の深い料理本の紹介(略)
(アイントップの庶民性とそれを利用するナチスの巧妙さ)
(マギーやクノールのブイヨンは第一次世界大戦の戦闘糧食や療養食から平時の家庭へ)

・高度経済成長以降、先進国の食は豊かになったといわれ、確かにパン用穀物の消費
が減り
肉類、牛乳、乳製品の消費が上昇しているが、
18世紀中頃から現在までのレシピの歴史からは
食が豊かになるどころか健康を崇める道具となり、均質化しているという現実もある。

第5章
・ナチ婦人団の重要な任務は食糧自給達成のための台所のコントロール
→牛肉豚肉から羊肉魚肉へ、バナナから国産リンゴへ、などなど・・・

・ヒトラーユーゲントの手引書
→正しい食生活が健康な国民と兵士を作る→健康至上主義と軍国主義の合流

・食の現場を管理し食糧の安定を図るための「家事の軍備拡張」というスローガン

・ラジオによる台所の統制
→魚肉推奨、肉食批判、粗食によるビタミン補給など・・・
・母親学校、農村女子職業学校、労働奉仕団などの家政教育プログラムや家事トレーニング

・マイスター主婦制度・再教育施設
・ポーランドのドイツ化のため移住させられたドイツ人主婦たち
→アーリア人種の女性の中でのヒエラルキー形成

・無駄なくせ運動→「台所の敵である無駄との闘争はドイツ民族が作った収穫物への感謝」
→ナチ国家として電気冷蔵庫の開発に着手したがドイツに普及するのは1970年代から

・残飯回収→食料生産援助事業→豚の餌を分別しない主婦は犯罪者
(この事業で食の生産者と消費者の関係を行政が表面化したことも事実)
・栄養学の試みと強制収容所での人体実験
→国民も囚人も食を自分で選ぶ自由を権力へ委ねた

・台所空間で主婦が「滅私奉公」状態に
→栄養学もテイラー主義も家政学も、その暴走に歯止めをかける術を持ち合わせていなかった

終章
・調理術は五感に快楽をもたらす美学的な課題
→レシピは文字と数字でそれを再現するがレシピだけで表現できるものではない

・栄養学のビタミン信仰への、料理の香りで消化酵素を分泌する生理現象からの批判
・台所の労働空間への純化とナチスの健康崇拝
・竈信仰から機械への絶大な信頼(信仰)へ→要塞のようなシステムキッチン
・千年王国のためにナチスはあらゆる分野での先駆者を必要とした
→台所の先駆的な試みはユダヤ人のものでも共産主義者のものでもナチスのものに・・・

・ドイツ合理主義の遺産は世界各地に拡散するが環境破壊にブレーキはかけられなかった

・現在の食文化の原型は(東西ドイツともに)1960~70年代
→外食産業の発達、冷蔵・冷凍技術の進歩、経済成長と消費社会

・資本主義とナチズムと科学の協同作業からなるテクノロジー社会の構築
→大量生産のシステムキッチン

・清潔や健康のための食事ではなく、単なる栄養摂取の味気なさではなく、食べたいから作る
→これが未来の台所の基本方針→ナチ時代に根源的に批判されたもの
→今の食べものは食品産業と栄養学と家政学によって「選ばされている」もの

・ナチスは食を通じて人がつながるという根本的機能を国民意識の形成に存分に役立てた
→その機能を台所の入口にも食卓にも出口にも徹底させた
→これがナチスのキッチンの特徴だが、あくまでプライベート・キッチンで主婦は孤立したまま

・そもそも家族とは不安定な集団で胃袋を通じてしか絆を維持できない(マリー・ハーン)
→核家族化した市民家族集団は、成員が一人欠けると柱がぐらつき、二人欠けると、
そのほとんどが崩壊する「仮設」の居場所にすぎない
→その不安定な集団と不安定な集団の、胃袋を通じた連帯の場を台所は担えるはず
→ただしこれまでのような台所の小工場化では、この道は見えてこない
→食の荒廃を主婦に押し付ける家族主義では、この社会は支えきれない
→家族愛だけでは台所仕事の深遠さを汲み取ることができない

云々・・・

当時のレシピ紹介も興味津々、この本を参考に料理人が実際に再現された料理もあるようで、
ともかく読みごたえがありました。




m98k at 21:04│Comments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 書斎 | 糧食、飲料

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