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2022年10月22日

市民と行政の協働・・・

とーとつですが・・・

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市民と行政の協働~ごみ紛争から考える地域創造への視座~
濱 真理著 社会評論社 2022年8月25日初版第1刷発行・・・とゆー本のご紹介であります

行政の関係者だけでなく、ボランティアなど様々な市民活動をしておられる方々にも、
参考になると思いましたので紹介させていただきます




表紙下部にある惹句の拡大

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奥付にあった著者紹介

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例によって目次のみのご紹介

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参考文献や索引も含めると250頁を超える、著者の博士論文をベースにした専門書ですが、
国内外の様々な事例から市民と行政の対立と変容、格差と葛藤などを分かりやすく紹介、
その協働を促進するうえでの第三者(機関)の役割、対立を超えた地域社会創造への提案まで、
豊富な実務経験と多岐にわたる
文献資料だけでなく、各地での聞き取り調査も行い、長年の
研究成果をまとめられた、新たな公共政策論であります

とても全ては紹介できませんが、以下はわたくしが興味を持った部分の読後メモです
当サイト恒例の「思いつくままメモ」なので、わたくしの思い違いも多々あるはずですし、
正しくは本書のご熟読をお願いしますね


第Ⅰ編~市民と行政の対立と変容、協働~

序章より
・東京都小金井市の市長辞任の例
(略)
→近隣に廃棄物処理施設が建設されると聞いたら、あなたはどうするか・・・
→その反応に行政はどう対応するか・・・

・フィリピン・スモーキーマウンテンのスカベンジャーの例
(略)
→ごみ問題は貧富の格差の問題、行政と住民の力の格差の問題でもある

・ディケンズの小説に現れる「第三者」の例
→弱者を支援する第三者、NGO、第三者機関・・・

・コロナ禍でのマスク着用という公共政策の例
→日本では啓発活動という政策手法のみで、合意形成の手続きは(必要?)なかった
→欧米では(個人の自由の侵害で)議会討論を経た立法など合意形成の手続きが必要だろう
→日本での政策参加は、それに関わる市民や、その分野に得意な市民だけでいい?
→対立しない政策でも市民と行政が協働で形成する方が望ましい政策もあるはず・・・


第1章より
・大阪市住之江工場の事例

→完全対立のままの例
→紛争勃発から最高裁上告棄却まで、歴代3人の市長リーダーシップによるものではなく、
ずっと行政主導型の政策形成だった
→議会も(共産以外)全て与党で、行政が政治アクターと調整し政策を形成・推進していた
→これらが反対住民を「かたくな」にさせたが、住民側の学習による変容が進展した

東京都杉並清掃工場の事例
→和解成立と住民の運営参加の例
→都知事と住民の対話→混乱の激化→ごみ戦争→地裁からの和解勧告→和解条項の監視へ
→運営協議会設立→34年間の行政との協働での学習と運営→現場公務員との信頼関係の醸成
→短期間での現地建て替え合意へ


第2章より
・第1章の住民の学習による変容は特殊な現象ではなく一般的なもの

・武蔵野クリーンセンターの住民の学習と変容の例
→煙突から排出される水蒸気は冷えると白い煙に見える→再加熱して透明にしていた
→再加熱には石油を大量消費する→住民委員から
無駄な(毎年億単位の)税金支出との意見
→学習・議論して再加熱をやめることに決定
→有害な煙ではないことの地域住民への説明は住民委員が自ら実施した

・ジョン・ロールズの反省的均衡から
→学習による反省→変容→葛藤から均衡→合意形成→やがて市民文化をも変容させる

・個人の意思形成過程
→アダム・スミスの道徳感情論・国富論から→公平な観察者になると他者の利益に理解を示す
→行動経済学の「良き市民」から→学習を重ねると同感し向き合う方向に変容する

・個人の意思決定と集団の意思決定
→タルコット・パーソンズのLIGAモデルから考える
→住民共有の情報→学習による共同幻想的な(潜在的な文化システム)の醸成=Latency
→具体的な地域の共通認識→疑似地域計画の形成=Integlation
→個々の住民レベルまで消化・内面化された明確な地域目標=Goal
→個々人が目標に適合的な行動を開始=Adaptation

・市民文化の変容
→市民文化には地域差が存在する(米英独伊墨の意識調査の例)
→市民の政策参加意識は変化してきている(ドイツの地方自治活動などの例)
→変化して定着した市民文化が集合的記憶になる(戦後日本の民主主義の例)
→日本の情報公開・行政手続など制度の変遷からは市民参加を重視する方向にある
→日本の市民文化は徐々に公共政策参加志向に変容していくと期待される

・共同行動するコミュニティ(第1章の例など)
・意思決定できるコミュニティ(他の多くの地域)
・機能しないコミュニティ(トレーラーハウス街やスラム街、ワンルーム街などの一部)

・地域コミュニティの変容
→すべての政策がすべてのステークホルダーにとってウィンウィンとはならない
→社会的弱者を含む
すべてのステークホルダーが納得する条件下で、
→便益とコストがフェアに配分されるのが理想的な政策の形成・履行の姿
→これが社会的ジレンマ現象の根本的解決になる
→反対運動が起こらずアンフェアが定着するより反対運動が起こるほうが望ましい

・町内会
→地域の反対意見とは誰の反対意見なのか、行政はどう判断するのか?
→個人?→町内会長?→町内の複数人の署名?→町内会の決議?
→町内では賛成意見が多くても有力な町内会長のよる町内会の決議が反対ならどうか?
→異質な者を統合するのが町内会の機能で、最大公約数的な価値に基づく合意が形成される
→それは往々にして実利を優先する価値観による価値
→ふだん行政の手先でも保守系議員の選挙基盤でも、大損すると感じたら鮮明に反対する


第3章より
・行政の変容
→社会に有用な公共政策とは、歩み寄りによる均衡点を持つ政策
(各ステークホルダーが合理的に行動・変容すれば均衡点への経路のある政策)
→行政も市民と同様に学習・変容できれば、
社会に有用な公共政策は実現できるはず
→住民の変容事例は確認できたが行政の変容事例は、まだエビデンスを得るほどは・・・
→ただし長期的・制度的には、海外の影響もあり変容しているのは確か
→行政は政治家の政策を実行するだけでなく政策を企画し実行する政治機能を有している

・行政の政治機能
→日本の国家官僚は、60年代までは使命感を持ち政策を立案・遂行する「国士型」
→70年代には団体活動や政党環境の変化からステークホルダーを調整する「調整型」
→80年代の中頃以降から政治家や社会の圧力が強まり必要最小限だけする「官吏型」
→地方政府職員も
政策を立案・遂行するのは同様だが、国の省庁による「官僚内閣制」が
近年の政治主導の制度改革で弱まるのとは異なり、もともと首長が政策決定することが可能
→ただし縦割りを廃した場合でも個々の政策案は担当部局の行政職員が立案することが多い
→議員は地元の不利益になる政策提案者にはなりたがらず、職員や首長が嫌われ役になる
→制度変更には専門性も必要なので行政は政治過程である政策形成に大きな位置を占める

・地方の首長と議会、行政の政治機能
首長・議員は政治問題化していない政策の初動対応には意見を述べてから職員に委ねる
→政治問題化しているときや関心が強いときは政策形成を主導することがある

・行政の意思形成過程
→地方行政の政策形成では枠組み(福祉・環境・教育など)ごとの、前例による価値基準や
実施手順、共通する行政姿勢や価値観といった慣行と、それと表裏一体である発想枠がある
→これが明文化されていない職員の「共通枠組み」で、いわば行政文化を形成している
→これがメタ政策形成レベルの判断規範になっている
→廃棄物処理施設を立地する場合、住民に押し付けるか、意見を聴く「カタチ」にするか、
真に協働して決定するかは、この判断規範に属し個別の政策形成で検討されることはない

・この「メ
タ政策形成レベルの共通枠組み」を簡単に「しがらみ」と呼べば・・・
→行政への反対抵抗運動の多くは、この「しがらみ」の変更を求める行動
→住民は学習(情報の論理的・客観的・科学的処理)により短期間で変容する
→住民は「しがらみ」に縛られないので「事実がそうならこうあるべき」という思考も生まれる
→住民交渉窓口職員が「しがらみ」の矛盾に気づいても行政組織として変えることは容易ではない
→行政組織は学習では変容しないが、職員個人は学習により変容することがある
→その職員は新たな行政規範(あるいは良心)と「しがらみ」の間で悩むことになる
→行政組織は「しがらみ」を変えることによって変容する
→これに大きく作用するのは市民応答での長期的調整と社会の常識・規範・価値観の変化
→「しがらみ」のうち慣行や単なる発想枠は外部からの作用で一転してしまうことがある
→政策形成や政治的言動を左右する発想枠は固着的でコアな行政組織文化で、時間を要する

・官僚制の
合理性と批判(略)
(ポピュリスト首相・首長の合理的でない政策の強要に、抵抗する官僚と追従に走る官僚)

・ロバート・パットナムの実証的な分析(
北イタリアと南イタリアの違いから→略)
→統治機構のパフォーマンスと市民文化との関係→ゲームの理論

・廃棄物政策の例
・前世紀末の廃棄物処理問題の原因は分断型社会(植田和弘)
→戦後しばらくの生ごみから、プラ・大型家電なども→高度成長期・バブル期など急増期も
→ステークホルダーは行政だけでなく製造者・販売者・消費者も重要なアクターなのだが、
→これらが分断され、市町村のみが汲々としていた
分断型社会だった
→焼却・埋め立てでは追いつかずリサイクルへ→消費者による分別が必要になった(協働)
→根本的解決には製造者・販売者が主軸のリユース・リデュースも必要になった(協働)
→やがて市町村が共同して
製造者・販売者・消費者への対処や国への規制を要請
→国も動き減量リサイクル優先の国家施策に転換が図られ、分断型社会は改善方向へ

・市民と協働する行政
廃棄物政策の例はステークホルダー全てが関わって生じている
→単に市民の意見を尊重するだけで事足りる問題ではなかった
→このような事象には政策立案・履行にステークホルダー各々が情報を共有し意思形成に
参加して取り組むほうが効果的
→行政には、潜在するステークホルダーも巻き込み、協働して解決のための政策を進める
積極性が求められる
→これが「受け身の市民参加」を超えたレベルの「協働を目指す行政」
(パットナムの分析例では北イタリアの行政)

・市民の類型と行政の類型の関係
→意思決定・行動できない市民には、押し付け型行政(意見を聴くのは無駄だから)
→意思決定できる市民には、住民意思優先型行政(対応しないと履行できないか低下するから)
→行動する市民には、協働型行政
→これらは市民に応答して行政が変容することを示している
→市民との協働が最も効果的な政策推進をもたらすという共通認識が行政組織に共有されると
行政は協働による政策推進を積極的に選ぶようになり、
協働型行政が定着する
→市民の類型に応答した行政のコスト(略)

・行政を変容させる他の環境、引き金など・・・
→大災害を経験すると新防災計画の策定や設備投資へ
→学校でのいじめ、廃棄物の増量、かつての公害問題なども引き金になるが・・・
→社会問題に即した行政の変容は(政策ニーズへの対応としては遅いが)制度変更はされる
→ただし職員の「しがらみ」に変容がなければカタチだけで実が伴わない場合もある

・地方自治体の制度変更は国に先行することが多い
→その要因として(特に都道府県・政令市・大都市に多い)相互参照(情報交換)がある
→先行したモデルケースの成功情報が拡散され、実施されていく

・変容のトリガー候補は職員・首長・議員(上部構造)だが、緊急事態や外部の大きな要請など、
客観的に確認しうる政策ニーズ(下部構造)が存在しているときにアクションを起こせば動く
→予兆を最初に察知できるのは行政職員の場合が多いが「しがらみ」の変容につながるか・・・

・市民のあり様に直接影響されての行政の変容
・これとは別に社会の常識・規範・価値観に合わせた行政の変容がある
→この
社会の常識・規範・価値観の変容は市民文化から

・協働のパートナーは対等でなければならない
→自治度の高いコミュニティ(行動する市民)は行政と対等に渡り合える可能性があるが、
その他のコミュニティには難しい→行政との力量の差異があるから
→この格差への対処を第Ⅱ編で・・・



第Ⅱ編~市民に関わる格差と葛藤~

第4章より
・行政は統治権力の執行機関であり、地域住民とは圧倒的な力の差異がある
→民主制の統治システムでは国民が主権者で上位のはずだが現実は逆・・・
→どうすれば対等に議論・交渉できるのか、政策や計画の合意が形成されるのか
→情報格差の解消と行政裁量の統制から・・・

・政府組織に知識・情報が集中する社会は問題(ハイエク)

・弁護士など行政情報提供業の担い手が市民対行政関係調整業になることが理想(足立忠夫)
→情報の非対称性の解消には当初からの住民参加だが、その場合でも基礎的な常識は必要
→なので足立の説く第三者の存在は重要

・ハイエクの情報・知識論から(略)
・地方自治に住民が参画して初めて情報は市民にとって意味を持つ(ドイツ・武蔵野の例→略)

・権力としての行政の統制
(行政法・財政学・福祉国家論など、めんどーなハナシなので略)


第5章より
・ごみ処理施設に関わった住民への聴き取りでは当初からの市民参加に全員が疑問を呈した
→利害が絡む地元の話し合いは難しく、不利益分配の行司役は行えないから・・・
→参加すれば、自分たちでは決められない、では済まないから・・・
→しかし行政が決めるしかないと考えている訳ではなく、押し付けへの反発が運動の原点
→自分たちが決定すると確信しているが、行政が用意した合意形成の場への参加には懐疑的

・武蔵野クリーンセンターの市民参加による合意形成の事例
→複数候補地の住民参加による委員会で理性的な熟議により用地が選定された
→建設後も運営協議会が常設され住民が施設の運営に参加した
→20年後の建て替えでも市民参加の委員会で準備を進め短期間で稼働した
→これは典型的な成功例で、参加実態への異議を呈する研究も見当たらない
(成功の要因)
→市民が情報蓄積により、ごみ問題の重要性・緊急性を認識していた
→市長が早くから市民参加を推進した
→市民参加による政策課題の解決という市民文化が定着していた
→市役所職員が市民をパートナーとする市役所文化が定着していた

・猪名川上流広域ごみ処理施設組合「国崎クリーンセンター」の紛争と合意形成の事例
→反対運動が二つに集約され、一方は訴訟(最高裁上告不受理)、もう一方は会議参加から
施設運営を継続して監視していく立場を選択した
→行政側は当初は押し付け、その後は一貫して住民参加推進の姿勢で竣工後も継続している
→多くの地域住民が旧施設のダイオキシン排出報道で新施設の必要性を認識していた
→行政の方向転換に加え、住民が情報を蓄え認識を深めていたことで参加による合意形成に

・長野県中信地区の産業廃棄物処理施設の合意形成の事例
→複数候補地の住民参加による市民委員会方式で建設用地選定方法を確定したのが特徴
→当時の田中康夫知事が全面バックアップしていた
→その後、アセスメント→用地決定→建設のスケジュールだったが知事の指示で中断した
(廃棄物発生を抑制し処理施設を作らない趣旨の条例を検討していて議論が拡大したから)
→それでもアセスメントへ→候補地2か所選定となったが住民説明会で反発された
→処理施設整備の議論へ、新たに廃棄物減量の議論が展開され合意形成できなかった

・観察した社会学者は予定地の住民が納得して賛同した経緯になっていないと指摘している
→市民参加の委員会形式では多様な実情をノイズとして均質化してしまい正義の強者が現れる
→行政は市民参加を振りかざし現れたが、行政との格差を実感していた住民にとっては、
行政自身が「正義の強者」だったのである

・なぜ住民たちは行政が主宰する市民参加の場に躊躇するのか
→意識的あるいは無意識に行政との格差を感じていたからではないか
(その要因)
→行政は情報量において圧倒的に優位
→市民参加の委員会でも情報は行政から提供される
→勉強してもわからないことは対峙する行政に教えられ、選択肢まで暗示される

・これでは議論しても到底勝ち目はないと感じる
→偏らない科学的な情報を提供し、自発的な学習を支え、結論が客観的に見えてくるよう
議論の進行を流れに委ねていなければ、住民は参加を危ういと直感する
(成功例は市民と行政の情報量の格差、問題認識や理解の差異、方向性の差異が小さかった)

・行政とのケンカなら、やり方は住民が選べるが、行政の仕組みに嵌れば自由はほぼない
→「正しい手続き」に異は唱えられず、分別ある大人の話し合いで決まってしまう
→このような市民参加なら嫌がるのは当然

・行政には世論を形成する力もありメディアへの影響力も大きい
→弱い立場の住民が市民からも悪者にされ、地域エゴだという世論に苦しめられる

・行政にとっての合意形成の意味
→今は押し付けでなく市民参加により合意形成を図るべきという手続的規範
→合意形成で政策の実現可能性が一気に高まるという意味で望ましい価値を帯び規範的
(決めるから参加せよといわれた住民にとっての意味とは全く異なる)

・合意形成のステップ

→住民にとっての合意形成の場への参加は、合意形成に合意したことを意味する

・地方行政に求められるもの
→ステークホルダー間の経常的に良好な関係
(情報公開、公平な対応、透明性、誠実さなどによる)
→信頼関係が構築されていない場合に溝を埋めるのが第三者

・廃棄物の増量トレンドは収まり、処理施設は新設よりリプレイスの時代に
→めいわく施設は建設後も「喉元過ぎれば」がなく住民との関係が続くのでむしろメリット
→焼却施設は30年前後は稼働するので住民との対等な関係、情報共有、意見反映が続けば、
信頼関係が築かれて施設更新も円滑に進むだろう・・・

第6章より
・カナダ・アルバータ州の総合廃棄物処理施設と地域格差の例
→アルバータ州スワンヒルズでは施設立地の住民投票で79%が賛成し立地が確定した
→市民参加による合意形成が喧伝されたが、研究者から以下のような批判があった
①予定地の外縁隣接住民はトレーラーハウスに住み非定住で生活に精一杯、建設反対運動を
展開できるようなコミュニティではなかった
②ステークホルダーのうち反対するであろう①の住民には投票権が付与されなかった

・ステークホルダーの認識・確定
→行政が認定の範囲を歪めてしまうという問題
→悪意なら行政内部の「しがらみ」を変えねばならない
→裁量の濫用の問題でもある→コントロールの役割は第三者・・・
→ステークホルダーであっても自ら認識できない、社会に関心を向ける余裕がない、
共同して行動を展開できる自治力がない、といったことで自己申告しないで把握洩れに
→合意形成の合意の前に
ステークホルダーの認識・確定を行政手順に組み込んでおくこと

・ケイパビリティに欠ける住民と地域
→ハーシュマンの組織と構成員の関係論考では構成員・関係者は組織の変化や衰退に対して
離脱か発言か忠誠か、いずれかの行動をとると論じている
→これは個人が自立して行動する架空社会のハナシ
→現実にはその選択をするケイパビリティに欠ける住民が存在する→忍従しかない
→新自由主義で福祉国家論には翳りが見えたが貧困や格差はますます拡大している
→社会的弱者を支える政策が公的部門から消えることはないだろう
→住民と地域のケイパビリティを引き上げて助け合うコミュニティを築くこと
→引き上げるアクターは行政かNPOか営利団体か・・・

・行政の住民学習支援ケアサービスの実例(アメリカ)から
→埋め立て処分場の汚染が発覚し、環境保護庁EPAは環境対策の実施に周辺コミュニティの
市民参加による政策形成方式を導入、地域住民で構成する組織を設立して金銭支援
→住民たちには汚染の知識がないのでEPAが情報提供し住民が専門家を雇う費用を全額支出
→EPAは知恵と金は出すが口は出さない
→専門の第三者が参加して意見形成環境を醸成した
→政策形成には望ましい結果をもたらし、住民のケイパビリティも育ち高まった
→やがてその居住区が自治能力の高い地域に変貌することも期待できる

・市民・地域間に格差が定着し再生産される理由
(社会学・
教育社会学・都市社会地理学のハナシなので→略)

市民・地域間の格差に対する対処への思想
→アマルティア・センの思想(略)
→ジョン・ロールズの正義論
(略)

・政策の失敗への対応(福島原発事故の教訓から一般的対処策を考察)
→事故と被害について
(略)

・教訓からの予防ルール
①巨大な悪影響がある政策、実施することにより大変な危険・危機を招く政策、あるいは
正義にもとる政策は実施すべきでない。してはいけない政策は実施しない
②実施しても便益がほとんどない無意味な政策は実施されるべきではない
③政策を実施するにあたっては政策の効果や影響および政策遂行の進め方の適切さを充分に
事前評価しなければならない

・教訓からの地域復興ルール
①政策失敗の被害対応にあたる行政などの復興推進主体は「人間の復興」を目的として
復興を進めて行かなければならない
復興推進主体は(復興対象が生活してきた)「地域そのものの復興」を念頭に置いて
取り組みを進めて行かなければならない
③復興政策はその対象である地域の人々の参画のもとに進められる必要がある

・廃棄物処理施設立地・建設政策の失敗への対処策
(略)


第Ⅲ編~協働を促進する第三者の役割と課題~

第7章より
・第三者の機能としての公平な主体による交渉や介入(メディエーション)の事例
「社会的弱者への支援介入」例
→アイルランドの地域組織による弱者支援
→米国のアドヴォカシー・プランニングによる住民の都市計画参画
「大学によるもの」例
→ワシントンの地域交通問題の解決
→米国たばこ農業振興と健康増進の対立解決
「国際NGOによるもの」例
→ガーナの鳥獣保護区の事例
(保護担当政府職員と部族民のトラブル多発に現地での支援活動で両者から信頼を得ていた
NGOが介入して解決)

・紛争を伴わない公共的取り組みに第三者が関わる事例
→ソーシャル・イノベーションにおけるチェンジ・エージェント
→芸術(映画など)・文化(著作物など)における仲介エージェント

・現代の米国における(公共)メディエーション定着の例
→公共政策でメディエーションを実施する機関がすでに存在している
→民間会社、非営利団体、連邦政府組織、州政府機関、大学と、これらの提携もある

・他国の例(カナダ、英国西欧など、中国)→略

・NGOの例(前述のガーナやボリヴィアの森林開発)

・日本におけるメディエーションのための社会的基盤創設の展望
→アメリカでは市場で提供されているが、品質や供給不足が懸念される
→ユーザーには選択肢が多い方が望ましいので供給者の量と質の確保が条件になる
→日本ではADR(裁判外紛争解決手続)制度があるが行政との仲介は荷が重いのでは
→対行政での顕在需要がないのでアメリカのような自然発生は期待しがたい
→法律や地方の条例による義務化、免許制度なども考えられるが、まずは実証実験から
→資金、質、中立・公正・公平性の確保が必要(
略)

・第三者機関が機能を発揮するための条件
(略)
・市民・住民の変容を促す第三者の役割
(略)
・行政の裁量行為・処分の適正化に果たす
第三者の役割(略)

第8章より
・アダム・スミスの公平な観察者としての第三者
・ボイラー事故から石谷清幹が着目した第三者の役割

・公務員(と町内会・PTA・ボランティア活動などにミッションを感じる市民)への提言
→自分の心中の「公平な観察者」の声に耳を貸して第三者意識を抱きながら公共的活動に
取り組んでほしい、ということに尽きる・・・

・主体的な生き方から地域協働社会の構築へ
→メディエーションはステークホルダーが主体的に考え行動して、あるいはメディエーターが
そのようにステークホルダーを変容させて、はじめて成功裡に終わる
→それぞれが主体性を確立したとき、協働による地域社会構築の歩みが着実に始まる

・リサイクル・循環・想像力・第三者・・・
→近年の廃棄物政策は、自然の物質循環にできるだけ沿って取り扱う、という考え方
→自然循環を守る取り組みが人々の生活を持続可能にする(森里海連環学)
→原発は自然循環に沿った技術とはみなしがたく、社会の循環、関係の輪に納まっていない

終章より
・各アクターの変容と特徴
→市民は学習で短期に変容し、その方向の大きな要素は情報
→行政は市民の変容が社会に定着することで変容するが短期ではない
→行政を有効に機能させるのは第三者も含む市民の力

・第三者の登場と新たな役割
→市民に信頼される公平な第三者(機関)が一般的になれば、行政にとってもメリットが大きい

・市民と行政が一定の変容を遂げ第三者が活躍する将来の社会(略)

・序章での問いかけ(
近隣に廃棄物処理施設が建設されると聞いたら、あなたはどうするか)
→その答えの選択肢の中に、公平な第三者機関があったとすれば・・・

・市民との協働を行政の「しがらみ」の中に取り入れた地方政府は現に存在するので、
その中から第三者機関の創出を主導したり、地域で生まれた第三者機関を利用したりする
行政機関が現れる可能性はある
・公共の衆議の場を24年間も提供し続けている市民もいるので、市民主体で第三者機関が
芽生える可能性もある

・なのでモデルケースとして第三者機関が設立されることは非現実的な想定ではない
→モデルケースは地方政府
の相互参照(情報交換)で全国に広がり、やがて国も動く
→それで新たな社会のステージが開ける・・・(これは強い願望を込めて・・・)


・・・


いやあ、実例や
古今東西の文献が網羅されてて、じつに濃い内容でした
惹句にもあったとおり、特に第三者(機関)の役割という観点は目からウロコでした

わたくしも著者とは別の「枠組み」で公共政策を実施していた際に、市民との対立や市民同士の
対立を経験し、当時の都市問題の研究者や比較的冷静だった支援ボランティアの方などと
議論していて、なるほどそういう考え方もあるのかと納得したことは何度かあり、その一部は
政策にも反映できましたが、やはりその件に関係する「行政のしがらみ」や「市民文化」を
変容させるまでには至りませんでした。
あの場に、お互いが信頼できる公平な第三者機関があれば、どうなっていたか・・・

すでに何度か書いてますが、わたくし文明史にも興味があり最近はこんな本を読んだりしてて、
国家・農耕・文字・
市民・奴隷(今なら旧植民地の労働者や非正規?)の誕生と、それらと同時に
生まれた専業の行政官との関係については、(やはり同時に生まれた)専業の神官(学者)との
関係とは異なり、イマイチよくわからなかったのですが・・・

行政の権力行使と市民との対立は都市国家の成立から現在まで続いており、個人の確立と
自由意志を前提とした国家(権力)→(社会契約説の理想社会?)などあり得ないと思ってたのが、
本著に何度も出てくる「市民の学習と変容による行政の変容」や、それに重要な役割を果たす
「公平な第三者機関」とゆーキーワードから、少しはその存在が見えてきました

国家や都市に束縛されない野蛮人(今ならグローバル企業のエリートとか?)と行政の関係も、
揺れ動く世界経済の仕組みのなかで、今後どう展開していくのか・・・
さらに新自由主義以降の行政の福祉政策や、ポピュリズムと行政の関係などなど・・・
まだまだ興味は尽きませんが、ともかく読み終えたので、まずは一杯・・・ぷしゅ



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