ひさしぶりの焼肉と冷麺!!!鹿電車・・・

2023年12月09日

人新世の「資本論」

ええ、外出自粛中なので遅ればせながら・・・


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斎藤幸平著『人新世の「資本論」』とゆー本を読み終えました



表紙カバー裏にあった惹句

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著者紹介と奥付

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そう、この種の本としてはベストセラーで僅か半年で九刷まで増刷されてますね

テレビ番組などでも紹介され興味があったので外出自粛直前に借りてた次第


例によって目次のみの紹介

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難しそうな単語が並んでますが文章は分かりやすく、著者が発掘したマルクス晩年の膨大な
研究ノートや手紙を読み解き、彼が最晩年に目指していた新しいコミュニズムを解き明かす、
つーのが新鮮で、さらにその思想で環境危機に立ち向かおうという内容も新鮮でした

主張の是非は別としても、わたくしがこれまでの様々な気候変動対策に何となく感じていた
モヤモヤを、ある意味スッキリさせてくれたのは確かです

ま、たとえスッキリしても前々回記事と同様に、それを行動に移さなければ無関心と同じで
あまり意味がないのかも知れませんが・・・

わたくしが次に現地の子どもたちと一緒に木を植える日はくるのだろうか・・・



以下、思いつくままのてきとーな読後メモです


はじめにより

・個人が温暖化対策として環境配慮商品を買うことに意味はあるか???
→それだけなら無意味であり、むしろ有害
→真に必要な行動をしなくなる「免罪符」としての消費行動は、資本の側が我々を欺く
グリーンウォッシュに、いとも簡単に取り込まれるから

・国連のSDGsで地球全体の環境を変えていくことができるか???
→政府や企業が行動指針をいくつかなぞっても気候変動は止められない
→目下の危機から目を背けさせる効果しかない
→資本主義社会の苦悩を和らげる「宗教」をマルクスは「大衆のアヘン」とした
→SDGsは現代版
「大衆のアヘン」である

・アヘンに逃げずに直視しなければならない現実とは、
→人間が地球環境を取り返しのつかないほど大きく変えてしまっているということ

・ノーベル化学賞受賞者パウル・クルッツェンが名付けた人新世(Anthropecene)
→地質学的に人間活動の痕跡が地球表面を覆い尽くした年代という意味
→人工物が地球を大きく変え、とりわけ増大しているのが温暖化を招く二酸化炭素
→産業革命・資本主義の始動から大きく増えており、直後にマルクスの資本論が出た
→マルクスの全く新しい面を発掘し展開して、気候危機の時代のより良い社会を・・・


第1章より

・2018年ノーベル経済学賞(ウィリアム・ノードハウス)の罪
→経済成長と新技術で気候変動に対処できるとした気候経済学
→彼のモデルではアジア・アフリカの途上国に壊滅的な被害が及ぶが、彼らの世界GDPに
占める割合は僅かで、農業にも深刻なダメージがあるが、農業は世界GDPの4%のみ
→この程度の被害を前提としたモデルが国際基準にも採用され、今は批判されている

・帝国的生活様式
→グローバル・ノースにおける大量生産・大量消費社会
→グローバル・サウスからの収奪で成り立っており、彼らにもこれを押しつけている
→犠牲が多いほど収益が上がる→資本主義の前提(ファストファッションの例)
→労働者も地球環境も搾取の対象(パーム油の例)
→その暴力性は遠くの地で発揮されるので不可視化され続けてきた
→それを「知らない」から「知りたくない」へ
→不公正に加担しているが、少しでも先延ばしにして秩序維持したいから
→マルクスはこの資本家の態度を「大洪水よ、我が亡き後に来たれ」と皮肉っている
→今は気候変動と環境難民が可視化して
帝国的生活様式秩序を転覆しようとしている
→転嫁困難が判明した危機感や不安から右派ポピュリズムへ→気候ファシズム

・オランダの誤謬
→国際的な転嫁を無視して先進国が環境問題を解決したと思い込むこと

・人類が使用した化石燃料の半分は冷戦終結(1989)以降
→アメリカ型の新自由主義が世界を覆ったから

・マルクスによる環境危機の予言→資本による転嫁は最終的に破綻する
→技術的転嫁、空間的転嫁、時間的転嫁(略)


第2章より

・負荷を外部転嫁することで経済成長を続ける資本主義
→新自由主義からグリーン・ニューディール(気候ケインズ主義)へ

2009年ヨハン・ロックストロームのプラネタリー・バウンダリー(地球の限界)概念
→地球の限界に配慮した「気候ケインズ主義による緑の経済成長」へ
→SDGsにも大きな影響を与え、技術革新や効率化の目標値になったが、
→2019年に自己批判し、経済成長と環境負荷の相対的デカップリングは困難と判断した
→経済成長の罠と労働生産性の罠→資本主義の限界

・再生可能エネルギーとジェヴォンズのパラドックス
→テレビの省エネ化と廉価大型化、自動車の燃費向上と大型化・SUVの普及・・・
→効率化による収入の再投資→節約分が帳消しに・・・

・石油価格が高騰すれば再生可能エネルギーが相対的に廉価になる???
→新技術の開発が進み、さらに廉価になり、石油消費量は減る(気候ケインズ主義)???

・現実はオイルサンドやオイルシェールに移った→価格の高騰は金儲けの機会だから
→価格崩壊前に掘り尽くそうとするので採掘ベースも上がる→市場外の強い強制力が必要

・裕福な帝国的生活様式
→富裕層トップ10%が二酸化炭素の半分を排出している
→プライベートジェットやスポーツカーや大豪邸を多く持つ富裕層トップ0.1%なら?
→富裕層トップ10%の二酸化炭素排出量を平均的なヨーロッパ人のレベルに減らすだけで
排出量は2/3になる
→先進国は殆どがトップ20%に入っており、日本なら大勢がトップ10%に入っている
→当事者として
帝国的生活様式を変えなければ気候危機に立ち向かうことは不可能

・電気自動車の本当のコスト
→リチウム・コバルト採掘による環境破壊や劣悪な労働条件はコスト外
→その対極にいる大企業トップがSDGsを技術革新で推進すると吹聴している
→19世紀のペルー沖グアノ採掘と同じ生態学的帝国主義
→バッテリー大型化で製造工程で発生する二酸化炭素量も増大している

・電気自動車や再生可能エネルギーへ100%移行するという気候ケインズ主義
→自分たちの
帝国的生活様式を変えずに(自分たちは何もせずに)持続可能な未来を約束するもの
→まさに現実逃避

・大気中から二酸化炭素を除去するNET技術の代表例BECCS
→バイオマスBEで排出量ゼロにし大気中の二酸化炭素を地中や海中に貯留する技術CCS
→大量の農地や水が必要でマルクスが問題視した転嫁を大規模に行うだけの技術
→経済成長を前提とする限り、これをIPCCも取り入れざるを得ない

・エネルギー転換は必要だが今の生活様式維持を目指している限り、資本の論理による
経済成長の罠に陥る
→気候変動対策は経済成長の手段ではなく止めること自体が目的
→「絶滅への道は善意で敷き詰められている」

・非物質化もIoTもクラウド化も製造や稼働に膨大なエネルギーと資源が消費されている


第3章より

・脱成長が気候変動対策の本命だが南北問題解決には南の経済成長が必要???
→ケイト・ラワースの議論→ドーナツ経済の概念図
→環境的な上限と社会的な土台(下限)の間に全ての人が入るグローバルな経済システムの設計
→先進国はドーナツの上限を超えている(途上国は逆)
→先進国の経済成長をモデルに途上国への開発援助を行えば破滅の道を辿る
→経済成長と環境破壊に頼らなくても、僅かな再分配で食糧や電力は供給できる

・あるレベルを超えると経済成長と生活向上の相関が見られなくなる
→アメリカとヨーロッパの社会福祉の比較、アメリカと日本の平均寿命の比較など

・経済成長しても一部が独占し再分配されないなら大勢の人が不幸になる
→逆に経済成長しなくても、うまく分配できれば社会は今以上に繫栄する可能性がある
→公正な資源配分が資本主義システムのもとで恒常的に達成できるか
→外部化と転嫁に依拠した資本主義ではグローバルな公正さを実現できない

・今のところは世界の所得トップ10~20%に入る多くの日本人の生活は安泰
→グローバルな環境危機によりトップ1%の超富裕層しか今の生活はできなくなる
→自分自身が生き残るためにも公正で持続可能な社会を志向する必要がある

・四つの未来の選択肢
(横線を平等さ、縦線を権力の強さにした十字グラフ)

①右上(権力が強く不平等)が「気候ファシズム」で、資本主義と経済成長の行き着く先
(一部の超富裕層を除き多くが環境難民になる)

②右下(権力が弱く不平等)が「野蛮状態」で、環境難民の反乱により体制崩壊した状態
(万人の万人に対する闘争というホッブズの自然状態に逆戻りした未来)

③左上(権力が強く平等)が「気候毛沢東主義」で、トップダウン型で貧富格差を緩和
(自由市場や自由民主主義を捨てた独裁国家が効率の良い平等主義的な対策を進める)

④左下(権力が弱く平等)をXとする
→専制国家に依存せず人々が自発的に気候変動に取り組む公正で持続可能な未来社会

・Xのヒントは脱成長
→無限の経済成長を追い求める資本主義システムが環境危機の原因
→対策の目安はポスト資本主義で先進国の生活レベルを1970年代後半の水準に落とすこと
(資本主義のままだと唯一の延命策だった新自由主義になり同じ道を辿るから)

・経済成長を前提とした現在の制度設計で成長が止まれば、もちろん悲惨な事態になるが、
いくら経済成長を目指し続けても、労働分配率は低下し格差は拡大し続けている

・日本の脱成長vs経済成長の対立は、経済的に恵まれた団塊世代と困窮する氷河期世代との
対立に矮小化され、脱成長は緊縮政策と結びつけられた(本来は人類の生存を巡る対立)
→脱成長論へのアンチテーゼとして反緊縮が紹介され氷河期世代に支持されているが、
日本の議論で欠けているのは気候変動問題でありグリーン・ニューディール
→本来は気候変動対策としてのインフラ改革であり生産方法の改革
→日本での反緊縮は金融緩和・財政出動で経済成長を追求するものに・・・

・デジタル・ネイティブのZ世代は世界の仲間と繋がったグローバル市民
→新自由主義が規制緩和や民営化を推し進めた結果、格差や環境破壊が深刻化していく様を
体感しながら育った
→このまま資本主義を続けても明るい展望はなく大人たちの振る舞いの尻拭いをするだけ
→このZ世代とミレニアル世代が左派ポピュリズムを最も熱心に支えている
→なので反緊縮の経済成長での雇用と再分配には同調しなかった
→欧米では脱成長が新世代の理論として台頭してきている
(日本での脱成長は団塊の世代、失われた30年と結びつけられ旧世代の理論として定着)

・ジジェクのスティグリッツ批判(略)

・資本主義を維持したままの脱成長であれば、日本の
失われた30年のような状態
→成長できないのは最悪で賃金を下げたりリストラ・非正規雇用化で経費削減する
→国内では階級分断が拡張し、グローバル・サウスからの掠奪も激しさを増す

・日本の長期停滞や景気後退と、定常状態や脱成長とを混同してはならない
→脱成長資本主義は実現不可能な空想主義
→資本主義のままで低成長ゼロ成長になれば生態学的帝国主義や気候ファシズムの激化に

・新世代の脱成長論はカールマルクスのコミュニズムだ!!!
→マルクス主義は階級闘争で環境問題は扱えない?
→実際にソ連でも経済成長に拘り環境破壊してたではないか?
→マルクス主義と脱成長は水と油ではないか?
→それが違うのだ!!! 眠っているマルクスを人新世に呼び起こそう!!!


第4章より

・なぜ、いまさらマルクスなのか
→マルクス主義といえばソ連や中国の共産党の独裁で生産手段の国有化のイメージ
→時代遅れで危険なものと感じる読者も多いだろう
→日本ではソ連崩壊から左派であってもマルクスを擁護し使おうとする人は極めて少ない
→世界では資本主義の矛盾の深まりでマルクスの思想が再び大きな注目を浴びている
→新資料で人新世の新しいマルクス像を提示する

・マルクス再解釈のカギのひとつが「コモン」の概念
→社会的に共有され管理されるべき富を指す
→アメリカ型新自由主義とソ連型国有化に対峙する第三の道
→水や電力、住居、医療、教育などを公共財として民主主義的に自分たちで管理することを目指す
→専門家ではなく市民が共同管理に参加し、これを拡張することで資本主義を超克する
→マルクスにとってのコミュニズムとは一党独裁や国営化の体制ではなく、生産者たちが
コモンとして生産手段を共同管理・運営する社会
→さらにマルクスは地球をもコモンとして管理する社会をコミュニズムとして構想していた
→知識、自然環境、人権、社会といった資本主義で解体されたコモンを再建する試み
→マルクスはコモンが再建された社会をアソシエーションと呼んでいた
→自発的な相互扶助(アソシエーション)がコモンを実現する
→社会保障サービスなどは20世紀の福祉国家で制度化されたにすぎない
→1980年代以降の新自由主義の緊縮政策で労働組合や公共医療などのアソシエーションが
解体・弱体化され、コモンは市場に吞み込まれていった
(高度経済成長や南北格差が前提の福祉国家に逆戻りするだけでは気候危機に有効ではない)

・MEGAと呼ばれる新しいマルクス・エンゲルス全集が現在刊行中
(これまで入ってなかった晩年や最晩年の膨大な研究ノートと書簡を網羅した全集)
→これで可能になるのが新しい資本論の解釈
→これまでのマルクス像(略)
→晩期マルクスの大転換が理解されずスターリン主義や環境危機に(略)

・初期「共産党宣言」の楽観的進歩史観(史的唯物論)の特徴
(略)

・20年後の「資本論」に取り込んだ「人間と自然の物質代謝の循環的な相互作用」
→人間の特徴的な活動である労働が
人間と自然の物質代謝を制御・媒介する
→資本は価値増殖を最優先にするから人も自然も徹底的に利用する
→資本はより短期間で価値を獲得しようとするから
人間と自然の物質代謝を攪乱する
→資本の無限運動で物質代謝は変容させられるが最終的に自然のサイクルと相容れない
→なので資本主義は自然の
物質代謝に修復不可能な亀裂を生み出すと警告している

・晩年マルクスのエコロジー思想
→資本論第一巻刊行以降、1883年に亡くなるまでの15年間、自然科学研究を続けていた
→過剰な森林伐採、化石燃料の乱費、種の絶滅のテーマを資本主義の矛盾として扱っていた
→晩年のノートでは、生産力の上昇が自然支配を可能にして資本主義を乗り越えるという
楽観論とは大きく異なっている
→資本は
修復不可能な亀裂を世界規模で深め、最終的には資本主義も存続できなくなると

・マルクスは転嫁の過程を資本論第一巻刊行以降、具体的に検討しようとしていた
→資本主義で生産力を向上しても社会主義にはならないと転換していた
→晩年には持続可能な経済成長を求める「エコ社会主義」のビジョン
→ところが最晩年には、この
「エコ社会主義」をも超えていた

・生産力至上主義とヨーロッパ中心主義を捨てた晩年のマルクスは進歩史観から決別する
→むしろ非西欧を中心とした共同体の積極的評価へと転換している
→史的唯物論がすべてやり直しになる過程(略)

・マルクスが進歩史観を捨て、新しい歴史観を打ち立てるために絶対的に必要だったのが
エコロジー研究と非西欧・前資本主義社会の共同体研究だった(略)

・ゲルマン民族マルク協同体における共有地管理の平等主義
→新しいコミュニズムの基礎となる持続可能性と社会的平等は密接に関係している

・「資本主義との闘争状態にある労働者大衆と科学と・・・」の科学とはエコロジー

・共同体は経済成長をしない循環型の定常型経済
→未開や無知からではなく、生産力を上げられる場合にも権力関係が発生し支配従属関係へと
転化することを防ごうとしていたから

・初期のマルクスが定常型経済であることを理由に切り捨てていたインドの共同体
→この定常性こそが植民地支配への抵抗力になり資本を打ち破りコミュニズムの歴史を作ると
最晩年には主張している
→この認識を可能にしたのが晩年のエコロジー研究で共同体研究とつながっている

・14年の研究の結果、定常型経済に依拠した持続可能性と平等が資本主義への抵抗になり、
将来社会の基礎になると、マルクスは結論づけた
→マルクスが最晩年に目指したコミュニズムとは、平等で持続可能な脱成長型経済なのだ
→盟友エンゲルスさえ理解できなかった西欧資本主義を乗り越える脱成長コミュニズム
→この思想が見落とされていたことが現在のマルクス主義の停滞と環境危機を招いている

・資本主義が人類の生存そのものを脅かす今こそ、
脱成長コミュニズムが追及されねばならず、
最晩年に書かれたザスリーチ宛の手紙は、人新世を生き延びるためのマルクスの遺言である


第5章より

・加速主義批判
→バスターニの「完全にオートメーション化された豪奢なコミュニズム」
→ムーアの法則による技術革新で稀少性や貨幣の価値がなくなる潤沢な経済に?
→それを推進する政府に投票すればいいだけ?
→これこそ「各人がその必要に応じて受け取る」マルクスのコミュニズムの実現?
→資本は政治では超克できず全て資本主義に取り込まれる→資本による包摂から専制へ
→晩期マルクスが決別した生産力至上主義の典型でエコ近代主義の開き直り

・イギリス・フランスの気候市民議会
(略)

・ゴルツの開放的技術と閉鎖的技術
(略)

・最も裕福な資本家26人が貧困層38億人(世界人口の約半分)の総資産と同額の富を独占


第6章より

・豊かさをもたらすのは資本主義か
→99%の人にとって欠乏をもたらしているのが資本主義
→ニューヨークやロンドンの不動産の例など
(略)

・マルクスの本源的蓄積(エンクロージャー)論
→資本がコモンの潤沢さを解体し人工的希少性を増大させていく過程
→なぜ無償の共有地や水力が都市や石炭へと排除されたのか
→潤沢なものを排除した希少性による独占が資本主義には欠かせないから

・ローダデールのパラドックス
(略)

・マルクスの「価値と使用価値の対立」
→貧しさに耐える緊縮システムは人工的希少性に依拠した資本主義のシステム
→生産してないから貧しいのではなく、資本主義が希少性を本質とするから貧しいのだ
→新自由主義の緊縮政策が終わっても資本主義が続く限り本源的蓄積は継続する
→希少性を維持増大することで資本は利益を上げ、99%にとっては欠乏が永続化する
→負債→長時間労働→過剰生産→環境破壊→商品依存→負債・・・

・資本の希少性とコモンの潤沢さ→水や電力の民営化ではなく市民営化
・ワーカーズコープなど生産手段の共同所有・管理→私有でも国営でもない社会的所有

・コモンの潤沢さが回復されるほど商品化領域が減りGDPは減少する→これが脱成長
→現物給付の領域が増え貨幣に依存しない領域が増えることは貧しさを意味しない
→相互扶助の余裕が生まれ消費的ではない活動への余地が生まれる
→消費する化石燃料エネルギーは減るが、社会的文化的エネルギーは増大していく

・自然的限界は、どのような社会を望むかによって設定される決断を伴う政治的産物
どのような社会を望むかは将来世代の声も反映しながら民主的に決定されるべき
→限界設定を専門家や政治家に任せれば、彼らの利害関心世界観が反映される
→ノードハウスが経済成長を気候変動より優先した結果がパリ協定の数値目標になっている

・マルクスの「必然の国と自由の国」
→自己抑制を自発的に行う自制により必然の国を縮小していくことが自由の国の拡大につながる
→人々が自己抑制しないことが資本蓄積と経済成長の条件になっている
→逆に自己抑制を自発的に選択すれば資本主義に抗う革命的な行為になる
→無限の経済成長を断念し万人の繁栄と持続可能性に重きを置く脱成長コミュニズムへ


第7章より

・コロナ禍も気候変動も人新世の矛盾の顕在化という意味では資本主義の産物
→どちらも以前から警告されていたが「人命か経済か」で、行き過ぎた対策は景気を悪くすると
根本的問題への取り組みは先延ばしにされている

・危機が深まれば国家による強い介入規制が専門家から要請され個人も自由の制約を受け入れる

・コロナ戦略を第3章「
四つの未来の選択肢」でいえば、
→アメリカ・トランプ大統領やブラジル・ボルソナロ大統領は右上①気候ファシズムにあたる
→資本主義の経済活動を
最優先し、反対する大臣や専門家を更迭して突き進んだ
→高額な医療費の支払いやリモートワークで自己防衛できる人だけが救われればいいとか、
アマゾン開発に反対する先住民への感染拡大を好機として伐採規制を撤廃しようとか・・・

→いっぽうで中国や欧州諸国は③気候毛沢東主義にあたる
→移動の自由、集会の自由などが国家によって大幅に制限された
→香港では民主化運動の抑圧に利用され、ハンガリーでは政権がフェイクとみなす情報を
流した者を禁固に処する法案が可決された

・新自由主義は社会の関係を商品化し、相互扶助の関係も貨幣・商品関係に置き換えてきた
→相互扶助や思いやりは根こそぎにされてるので不安な人々は国家に頼るしかない
→気候変動についても①になるのか③になるのか、どちらも国家とテクノクラートの支配
→さらに危機が深まると国家さえ機能しなくなり、右下②野蛮状態へと落ちてゆく

・マスクも消毒液も海外アウトソーシングで手に入らず、先進国の巨大製薬会社は儲かる薬に
特化していて、抗生物質や抗ウィルス薬の研究開発から撤退していた
→商品としての価値を重視し使用価値(有用性)を蔑ろにする資本主義では常に起きること
→食糧も高く売れる商品が重視される資本主義と決別し使用価値を重視する社会に移行すべき

・トマ・ピケティの「資本とイデオロギー」2019年刊行(略)

・従来の脱成長派は消費次元での自発的抑制(節電節水・中古・菜食・物シェアなど)が中心
→ところが所有・分配・価値観の変化だけでは資本主義に立ち向かえない
→労働の場(生産・再生産次元)における変革こそが大転換になる
→自動車産業衰退で破綻したデトロイト市のワーカーズコープなどによる都市有機農業の例
→コペンハーゲン市の都市果樹園の例→入会地・コモンズの復権への一歩
→生産次元に蒔かれた種は、消費次元では生まなかった希望という果実を実らせる

・晩年マルクスの脱成長コミュニズムは大きく以下の5点にまとめられる

①使用価値経済への転換
→使用価値に重きを置いた経済に転換して大量生産・大量消費から脱却する

②労働時間の短縮
→労働時間を短縮して生活の質を向上させる(GDPからQOLへ)

③画一的な分業の廃止
画一的な労働をもたらす分業を廃止して労働の創造性を回復させる

④生産過程の民主化
→生産プロセスの民主化を進め経済を減速させる→社会的所有(アソシエーション)

⑤エッシェンシャル・ワークの重視
使用価値経済へ転換して労働集約型エッシェンシャル・ワークを重視する
(使用価値を生み出さないブルシットジョブほど高給で人が集まり、
社会の再生産に必須な
使用価値の高いものを生み出すエッセンシャルワークほど低賃金で人手不足
になっている
→役に立つ、やりがいのある仕事をしているという理由で低賃金・長時間労働に)

・これまでのマルクス主義者の解釈には経済成長を減速させるという文脈はなかった
脱成長コミュニズムにより物質代謝の亀裂を修復するべき

・グローバル資本主義で疲弊した都市では新しい経済を求める動きが世界で起きている
脱成長コミュニズムを掲げているわけでも目指しているわけでもないが、その運動

・エクアドル憲法のブエン・ビビール(良く生きる)、ブータン憲法のGNH・・・
→(晩年のマルクスが願っていた)これまでのヨーロッパ中心主義を改めグローバル・サウス
から学ぼうとする、新しい運動も出てきている→21世紀の環境革命に


第8章より

・晩期マルクスの主張は都市の生活や技術を捨てて農耕共同体に戻るというものではない
→都市や技術発展の合理性を完全に否定する必要はないが、都市には問題点も多い
→現在の都市は相互扶助が解体され大量のエネルギーと資源を浪費している
→ただし合理的でエコロジカルな都市改革の動きが地方自治体に芽生えつつある

・スペイン・バルセロナ市とともに闘う各国の自治体
→フェアレス・シティ→国家の新自由主義的な政策に反旗を翻す革新的な地方自治体
→国家もグローバル企業も恐れずに住民のために行動することを目指す都市
→アムステルダム、パリ、グルノーブルなど世界77都市の政党や市民団体が参加している

・バルセロナ市の気候非常事態宣言の例
→声掛けだけでなく数値目標、分析、行動計画を備えたマニフェスト
→自治体職員の作文でもシンクタンクの提案書でもなく市民の力の結集(内容は略)
→ここに至るまでに10年に及ぶ市民の取り組みが存在している
(内容は略)

・フェアレス・シティには相互扶助だけでなく都市間の協力関係があり、新自由主義の時代に
民営化されてしまった水道事業などの公共サービスを再び公営化するノウハウなども共有される
→国際的に開かれた自治体主義→ミュニシパリズム

・国家に依存しない参加型民主主義や共同管理の例
→メキシコ・チアパス州サパティスタの抵抗運動は北米自由貿易協定から
(内容は略)
→国際農民組織ヴィア・カンペシーナは中南米を中心に2億人以上(内容は略)
→資本主義の外部(今はグローバル・サウス)における残虐性への反資本主義運動
→まさに晩年のマルクスがインドやロシアの運動から摂取した
脱成長コミュニズム

・気候正義と食料主権の例
→南アフリカ食糧主権運動→石炭石油化企業の操業停止運動も→運動の国際化へ

・従来マルクス主義の成長論理による将来社会は資本家と搾取がないだけで今と変わらない
→実際にソ連の場合は官僚による国営企業管理の「国家資本主義」になってしまった

・新自由主義の緊縮政策(社会保障費の削減、非正規雇用の増大による賃金低下、民営化による
公共サービスの解体などの推進)には、左派が抵抗しようとしているが・・・
→財政出動で多くを生産し蓄積し経済成長すれば潤沢になるのなら今までどおりの思考
→反緊縮だけでは自然からの収奪は止まらない
→経済を回すだけでは人新世の危機は乗り越えられない
→気候危機の時代には政策の転換より一歩進んだ社会システムの転換を志す必要がある

・緑の経済成長グリーンニューディールも夢の技術ジオエンジニアリングもMMT経済政策も、
大転換を要求する裏で、その危機を生み出している資本主義の根本原因を維持しようとしている
→これが究極の矛盾

・政府ができるのは問題の先送り対策ぐらいで、この時間稼ぎが地球環境には致命傷になる
→国連のSDGsも同じで、中途半端な解決策で人々が安心してしまうと致命傷になる
→石油メジャー、大銀行、GAFAなどデジタルインフラの社会的所有こそが必要なのだ

・私的所有や国有とは異なる生産手段の水平的な共同管理コモンがコミュニズムの基盤
→これは国家を拒絶することを意味しない→アナーキズムでは気候変動に対処できない
→インフラ整備や産業転換の必要性を考えれば解決手段の国家を拒否することは愚かでさえある
→ただし国家に頼り過ぎると気候毛沢東主義に陥る危険がある

・国家の力を前提にしながらコモンの領域を広げていく
→民主主義を議会の外へ、生産の次元へと拡張していく
→協同組合、社会的所有、市民営化・・・
→議会制民主主義そのものも大きく変容しなくてはならない
→地方自治体レベルではミュニシパリズム、国家レベルでは市民議会がモデルになる

・資本主義の超克(経済)、民主主義の刷新(政治)、社会の脱炭素化(環境)の三位一体の大転換
→このプロジェクトの基礎となるのが信頼と相互扶助
→それがなければ非民主的トップダウン型の解決策しか出てこない
→ところが他者への
信頼や相互扶助は今は新自由主義で徹底的に解体されている
→なので顔の見えるコミュニティーや地方自治体をベースに回復するしかない

・希望はローカルレベルの運動が、いまや世界中の仲間と繋がっているということ
→「希望をグローバル化するために、たたかいをグローバル化しよう」
(ヴィア・カンペシーナのメッセージ)
→国際的連帯による経験は価値観を変え想像力が広がって今までにない行動ができる

・コミュニティーや社会運動が大きく動けば政治家も大きな変化を恐れなくなる
(バルセロナの市政やフランスの市民議会などの例)
→社会運動と政治の相互作用は促進されボトムアップの社会運動とトップダウンの政党政治は
お互いの力を最大限に発揮できるようになる
→ここまでくれば無限の経済成長と決別した持続可能で公正な社会が実現する
→もちろん着地点は相互扶助と自治に基づいた脱成長コミュニズムである


おわりにより

・マルクスで脱成長なんて正気か・・・との批判を覚悟の上で執筆を始めた
→左派の常識ではマルクスは脱成長など唱えていないということになっている
→右派はソ連の失敗を繰り返すのかと嘲笑するだろう
→さらに脱成長という言葉への反感はリベラルのあいだに非常に根強い
→それでも最新マルクス研究の成果を踏まえ、これが最善の道と確信した

・冷戦終結直後にフランシス・フクヤマは「歴史の終わり」を唱え、ポストモダンは
「大きな物語の失効」を宣言した
→だが、その後の30年で明らかになったように、資本主義を等閑視した冷笑主義の先に
待っているのは「文明の終わり」である
→だからこそ連帯して脱成長コミュニズムを打ち立てなければならない

・3.5%の人が非暴力な方法で本気で立ち上がると社会が大きく変わるという研究がある
→フィリピンのピープルパワー革命やグルジアのバラ革命など
→ニューヨークのウォール街占拠もバルセロナの座り込みも最初は少人数だった
→グレタ・トゥーンベリの学校ストライキなど「たったひとり」だった
→課題が大きいことを何もしないことの言い訳にしてはいけない

・わたしたちが無関心だったせいで、1%の富裕層・エリート層が好き勝手に、自分たちの
価値観に合わせて社会の仕組みや利害を作り上げてしまったが、はっきりNOを突き付けるとき
→3.5%の動きが大きなうねりになれば、資本の力は制限され、民主主義は刷新され、
脱炭素社会も実現されるに違いない・・・


以上、わたくしが分かる範囲での疑問を交えない読書メモですが勘違いもあるので、
興味を持たれた方は本書をお読みくださいね



m98k at 16:35│Comments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 書斎 | 沙漠緑化・熱帯雨林再生

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ひさしぶりの焼肉と冷麺!!!鹿電車・・・