2025年11月10日
日本文化の核心
とーとつですが・・・

日本文化の核心~「ジャパン・スタイル」を読み解く~であります
著者紹介

奥付

例によって目次のみの紹介




目次の項目と小見出しからもわかるとおり、これらの視点になるほどと納得しました
こんな観点から日本文化、ジャパン・スタイルを考える、という本ははじめてでしたし、
日本文化に限らず、この著者の観点から各国の文化を学ぶのも面白そうだとも思いました
以下とても全てはメモできなかったので、「はじめに」だけの概要メモです
(著作物からの個人メモなので公開に問題があれば非公開設定にします)
はじめにより
・1970年代の終わりころ、渋谷の壁の穴で「たらこスパゲティ」をはじめて食べて感動し、
これで日本は何とかなる、と確信した
⇒そのうち各地の小さなラーメン屋が独特のラーメンを作り、コム・デ・ギャルソンやイッセイらが
世界にないモードを提供し、井上陽水・忌野清志郎・桑田佳祐らの独特の曲と日本語のポップスや、
大友克洋の「AKIRA」連載も頼もしく、日本は何とかなると感じた
(著者が横須賀功光や十文字美信に国宝級の美術品を撮ってもらい講談社「アート・ジャパネスク」
全18巻を編集制作していた頃)
・その10年後、日本は低迷し民営化とグローバル資本主義が金科玉条になり、お笑い芸人が
テレビを占めて選挙にも立候補し、何でも「かわいい」の時代に・・・
⇒司馬遼太郎は文芸春秋「この国のかたち」連載で「日本はダメになるかも」と呟いていた
・さらに10年後、ベルリンの壁がなくなった反面、湾岸戦争が新たな大矛盾をもたらし、
日本はバブルが崩壊したまま「かわいい」文化を蔓延させ、そこにインターネットが登場
⇒これで日本は再び文化力を発揮すると期待したがアメリカン・テクノロジーの追随ばかり
・たらこスパゲティや独特ラーメン、アニメ、日本語ラップなどが語ろうとしていたものを、
小泉・竹中劇場の新自由主義やグローバル資本主義に席巻されるマネー主義が軽々と蹂躙した
・Jポップや日本アニメや日本現代アートに何がひそんでいるのか
⇒それをあきらかにするための日本文化や哲学は殆ど解説されなかった
・本書は日本文化の真骨頂・正体・核心・ディープな特色がどこにあったのかについて、
新しい切り口で解説してみようと試みたもの(目次参照)
・断言するが日本文化は一見わかりにくい文脈や表現に真骨頂がある
⇒定家の和歌、道元の禅(中略)芭蕉の俳諧、鴎外の小説(後略)などに何かを感じるなら、
わかりやすくしようと思わず、彼らの放ったコンセプトそのままに日本文化を会得すべき
・プラトンのイデア、カントの理性批判(中略)コルトレーンのジャズ、ウォーホルのポップ
アート(後略)などは何によって「わかった」と言えたのか
⇒それらがわかるのなら日本の哲学や美もわかるはず
・手がかりは「ジャパン・フィルター」(目次参照)
・日本文化の正体は必ず「変化するもの」にある
⇒神や仏、和歌や国学、常磐津や歌舞伎、日本画や昭和歌謡、セーラー服やアニメではなく、
それが「変化するところ」に日本文化の正体があらわれる
⇒それはたいてい「おもかげ」や「うつろい」を通じてで、これがジャパン・スタイル
・いったんは日本神話や昭和歌謡や劇画に浸って「変化の境目」に詳しくなることが必要
⇒白村江の戦いや承久の乱や日清戦争は「変化の境目」を雄弁に語っている
⇒スペイン継承戦争がわからなければバロックが見えてこないのと同じこと
・ところが日本文化はいつのまにか「わび・さび・フジヤマ・巨人の星・スーパーマリオ」に
寄りかかってしまった
⇒それなら村田珠光・九鬼周造・柳宗悦・岡潔は必読で、せめて山本兼一「利休にたずねよ」、
岩上尚史「芸者論」、中村昇「落語哲学」はちゃんと読んだほうがいい
・日本は一途で多様な文化をつくってきたが、何が一途なのか、どこが多様なのかを見極める
必要があるのに、日本人はディープな日本に降りないで日本を語れると思いすぎた
・安易な日本論ほど日本をミスリードしていく
⇒本書がその歯止めの一助になればと思っている・・・
・・・
本文各講では特に「日本文化を理解するために最低限は知っておくべき」と紹介されていた
本などの概要になるほどと納得しましたが、とてもメモする気力はなく一文だけ・・・
「きらきらとぎらぎら、さらさらとざらざら、こんこんとごんごん、くらくらとぐらぐら、
これらのちがいがわかるのは日本人だけ」で「おもかげ」と「うつろい」の文化・・・
以下略

日本文化の核心~「ジャパン・スタイル」を読み解く~であります
著者紹介

奥付

例によって目次のみの紹介




目次の項目と小見出しからもわかるとおり、これらの視点になるほどと納得しました
こんな観点から日本文化、ジャパン・スタイルを考える、という本ははじめてでしたし、
日本文化に限らず、この著者の観点から各国の文化を学ぶのも面白そうだとも思いました
以下とても全てはメモできなかったので、「はじめに」だけの概要メモです
(著作物からの個人メモなので公開に問題があれば非公開設定にします)
はじめにより
・1970年代の終わりころ、渋谷の壁の穴で「たらこスパゲティ」をはじめて食べて感動し、
これで日本は何とかなる、と確信した
⇒そのうち各地の小さなラーメン屋が独特のラーメンを作り、コム・デ・ギャルソンやイッセイらが
世界にないモードを提供し、井上陽水・忌野清志郎・桑田佳祐らの独特の曲と日本語のポップスや、
大友克洋の「AKIRA」連載も頼もしく、日本は何とかなると感じた
(著者が横須賀功光や十文字美信に国宝級の美術品を撮ってもらい講談社「アート・ジャパネスク」
全18巻を編集制作していた頃)
・その10年後、日本は低迷し民営化とグローバル資本主義が金科玉条になり、お笑い芸人が
テレビを占めて選挙にも立候補し、何でも「かわいい」の時代に・・・
⇒司馬遼太郎は文芸春秋「この国のかたち」連載で「日本はダメになるかも」と呟いていた
・さらに10年後、ベルリンの壁がなくなった反面、湾岸戦争が新たな大矛盾をもたらし、
日本はバブルが崩壊したまま「かわいい」文化を蔓延させ、そこにインターネットが登場
⇒これで日本は再び文化力を発揮すると期待したがアメリカン・テクノロジーの追随ばかり
・たらこスパゲティや独特ラーメン、アニメ、日本語ラップなどが語ろうとしていたものを、
小泉・竹中劇場の新自由主義やグローバル資本主義に席巻されるマネー主義が軽々と蹂躙した
・Jポップや日本アニメや日本現代アートに何がひそんでいるのか
⇒それをあきらかにするための日本文化や哲学は殆ど解説されなかった
・本書は日本文化の真骨頂・正体・核心・ディープな特色がどこにあったのかについて、
新しい切り口で解説してみようと試みたもの(目次参照)
・断言するが日本文化は一見わかりにくい文脈や表現に真骨頂がある
⇒定家の和歌、道元の禅(中略)芭蕉の俳諧、鴎外の小説(後略)などに何かを感じるなら、
わかりやすくしようと思わず、彼らの放ったコンセプトそのままに日本文化を会得すべき
・プラトンのイデア、カントの理性批判(中略)コルトレーンのジャズ、ウォーホルのポップ
アート(後略)などは何によって「わかった」と言えたのか
⇒それらがわかるのなら日本の哲学や美もわかるはず
・手がかりは「ジャパン・フィルター」(目次参照)
・日本文化の正体は必ず「変化するもの」にある
⇒神や仏、和歌や国学、常磐津や歌舞伎、日本画や昭和歌謡、セーラー服やアニメではなく、
それが「変化するところ」に日本文化の正体があらわれる
⇒それはたいてい「おもかげ」や「うつろい」を通じてで、これがジャパン・スタイル
・いったんは日本神話や昭和歌謡や劇画に浸って「変化の境目」に詳しくなることが必要
⇒白村江の戦いや承久の乱や日清戦争は「変化の境目」を雄弁に語っている
⇒スペイン継承戦争がわからなければバロックが見えてこないのと同じこと
・ところが日本文化はいつのまにか「わび・さび・フジヤマ・巨人の星・スーパーマリオ」に
寄りかかってしまった
⇒それなら村田珠光・九鬼周造・柳宗悦・岡潔は必読で、せめて山本兼一「利休にたずねよ」、
岩上尚史「芸者論」、中村昇「落語哲学」はちゃんと読んだほうがいい
・日本は一途で多様な文化をつくってきたが、何が一途なのか、どこが多様なのかを見極める
必要があるのに、日本人はディープな日本に降りないで日本を語れると思いすぎた
・安易な日本論ほど日本をミスリードしていく
⇒本書がその歯止めの一助になればと思っている・・・
・・・
本文各講では特に「日本文化を理解するために最低限は知っておくべき」と紹介されていた
本などの概要になるほどと納得しましたが、とてもメモする気力はなく一文だけ・・・
「きらきらとぎらぎら、さらさらとざらざら、こんこんとごんごん、くらくらとぐらぐら、
これらのちがいがわかるのは日本人だけ」で「おもかげ」と「うつろい」の文化・・・
以下略

