2025年11月15日
風の帰る場所(正・続)
とーとつですが・・・

宮崎駿監督へのインタビュー集「風の帰る場所(正・続)」のご紹介であります
(正)~ナウシカから千尋まで~の目次

同、初出

同、奥付

(続)~映画監督・宮崎駿はいかに始まり、いかに幕を引いたのか~の目次


同、初出

同、奥付

メイン・インタビュアーの渋谷陽一氏は音楽評論家で今年の7月に亡くなられたのですが、
宮崎駿の作品をじつに細部まで読み込まれてて、質問の感性やご本人とのやりとりも秀逸、
懸命にはぐらかそうとしてるのを「これは僕の独断ですが」と突っ込んでいく姿勢も面白く、
それを肯定したり否定したりして二人がインタビューを楽しんでる雰囲気まで伝わってきて、
お互いの専門分野が異なるからこその信頼関係があったのかなとか想像しました
面白く一気読みしましたが、とても全てはメモできませんので・・・
大好きな「紅の豚」公開時(1992年7月)のインタビュー「豚が人間に戻るまで」のメモです
(てきとーメモですが著作物からのメモなので公開に問題があれば非公開設定にします)
Q「紅の翼」とか、お客の入りそうなタイトルはいろいろあるのに・・・
A原作の「飛行艇時代」だと訳がわからないし「ポルコ・ロッソ」だと赤豚野郎だけど、
これはイタリア語だとめちゃめちゃ淫乱な意味になるらしいし・・・
まあ「赤い豚」より「紅の豚」のほうが、もっともらしくて冗談っぽいからいいかと・・・
Q以前は「子供じゃない人間を主人公にすることはない」って・・・
Aひとつは「おもひでぽろぽろ」が自分たちがやってきた路線の最後だなという思い、
もうひとつは時代が変わった端境期の作品で、しかもモラトリアム作品だったから
国際線ビジネスマンだけでなく自分たちのリハビリにもなる、と思ったけど大変で・・・
Qそれはいつものパターンでは・・・
A80年代と90年代の大きな差は湾岸戦争以降の歴史の流れ
それを踏まえるのじゃなく、かわすというか・・・
今までの延長で作っては駄目だということだけはヒタヒタと感じてた
Q中年の豚の飛行機乗りが主人公というのは宮崎さんとダブると思うが・・・
Aそれを「やってみたいね」と話はするけど、やはりやっちゃいけないと思ってた
だからこの企画も冗談で、主人公が豚で空中戦なら日本航空も断るはずと・・・
Qそれを撮ってしまったのは宮崎さんの中の変化と思うが・・・
A絵コンテ段階では軽く考えてたが世界情勢の変化と「おもひでぽろぽろ」で極まった
要するに東京の中でゴタゴタ言わず百姓の嫁になれ、と演出家が叫んじゃった
それで等身大のキャラクターを作る功罪も含めて極まった感じがした
Q社会性とヒューマニズムの強い作品でメッセージ性が極まった???
A真面目に子供のためにとは思ってるがメッセージ性より俗っぽいところで作りたい
「おもひでぽろぽろ」で一通り全世代を網羅したということと、バブルがはじけ、管理社会、
スラム化、アトピー、アレルギー、エイズ、国境・・・
⇒80年代の簡単な民族主義や安直なニヒリズムの刹那主義にはうんざりだけど・・・
⇒もう少し本質的な映画を作らないと駄目な時期が来たと思う
⇒日本の子供はモノに溢れてるからモノより生き甲斐が大事、といった設定が傲慢に見える時期
⇒それは「魔女の宅急便」を作る時期じゃない
⇒作りたいものは「だいたい幸運の80年代」で終わり「苦闘の90年代」はどこに進むか
⇒話はしてるが、とりあえずはまあ「豚」で・・・(笑)
⇒これは苦闘の90年代に取り組む前の覚悟の問題みたいなモラトリアム作品
Qこれを作ったのだから、あとは行くぞという決意作品では
Aむしろ政治的な問題に関する決意
⇒湾岸戦争からPKO国会、ユーゴスラビアの民族紛争・・・
⇒ソ連の崩壊は圧制への古典的パターンなのでビクともしないが、その後にまた民族主義が、
また第一次大戦の前に戻るのか、というのが一番しんどかった
⇒ユーゴの紛争が映画を作る時に重なり最初から俯瞰が全然できないままの変な作り方
⇒豚は全部は語っていない、ルールを語る主人公は出したくなかった
⇒「死んだ奴らはいい奴らだ」も匂いだけ
⇒そういう意味では団塊の世代以前の映画で個人的な映画
⇒若い人がどう受け取るかはわからない
Q子供向けではないのに商業映画として成立したが・・・
A子供のために作るという枠を踏み外したくないのであまりやることじゃないと思った
⇒課題設定も伏線もなく疑問があれば主人公に全部聞いて作った
⇒子供を主人公にしたらこうはいかない
Q最終的なカタルシスも宮崎作品にしては希薄
A豚は今も生きている、だからカタルシスをつけたら嘘になると思ってる
⇒まあ観た人からは「その後どうなった」とかいろいろ言われるが意見が違ってて面白い
⇒カタルシスをつけたくないことも含めてスリリングで商業的にも賭け・・・
Q環境問題を生み出す管理社会と戦う図式が「紅の豚」以前の作品にはあったが・・・
Aそれは変わらないが、環境問題は子供も知ってる当り前になったので映画にしない
⇒作るなら「木がどれほど素晴らしいか」で、これは変わっていない
⇒だけど環境問題とか東京の女の子に元気をとか、という気はサラサラない
⇒管理社会は今も敵としてあるが、この1~2年の政治変動や歴史の流れで混沌が見えた
⇒これは大きなボディブローで、この映画でリハビリというか開き直ったというか・・・
Q商業映画だが自分の問題意識を整理するための映画???
A作ってるうちにその問題が出てきたから七転八倒した
⇒さくらんぼの実る頃=空想社会主義であろうが理想がピュアに出たのがパリ・コミューン
⇒その歌が好きな赤い豚を出すということはそうに決まっている
⇒「もっと強くならないと」という当たり前の結論を噛みしめてるだけ
⇒これは豚は簡単には変節しないぞという映画
⇒中年の団塊の世代に「自動的な変節はやめよう」という線をはっきりと・・・
Qこの1~2年は「もういいかあ」という非常に危険な時期だったのでは
A個人的な理由と時期が一致した
⇒作りたかったナウシカ、ラピュタ、トトロ、カリオストロの4本で当面終わったと思った
⇒その四角形で休みたいと思って魔女の宅急便を若いスタッフにやらせよう・・・
⇒と思ってたら自分でする羽目になったが、これで五角形ではない
⇒まだ作り残したことはあるけど、あとは自分の力量やエネルギーの問題
Qそれで作ったのがカタルシスのない紅の豚なのだから・・・
A自分でもよくわからない映画でいろんなところに入り込み過ぎてる
⇒しかもそれが周りの人にもわからないところにも入り込んでる
⇒たぶん同世代は薄々わかってくれるだろうということだけ
Qこれまでの宮崎駿とは全く違うものが出てきたのだから・・・
A40歳の直前ちょっと青年っぽい中年でカリオストロを作り、今は10年経ってド中年だから、
そういう想いがどこかにあったのかも・・・
Qこれまでも図式的な管理社会批判だけでなく、生きていくエネルギーを表現したいからこそ
素晴らしい作品だったけど、それは意識的な部分と無意識的な部分だったと思う
⇒今回は全部意識的になるはず、紅の豚を作った以上
⇒自分のための映画、自分を整理するため、別の世界へ行くため、と言えばいい
Aそのとおりだけど、そこまで言っちゃいけない
Q紅の豚で宮崎さんのひとつのサイクル(五角形?)が完成した???
A魔女の宅急便もおもひでぽろぽろもやり残したことを埋めていく作業をしてなかった
⇒その2本がヒットしたことがもっとつらかった(高畑勲も荒れてた)
⇒いい映画を作ろうと覚悟したが一番変則的になった
Qこれを作った以上、ここでやめるわけにはいかない
Aすごい贅沢をさせてもらったけど、しんどい贅沢だった
⇒カタルシスのつけようがない、つけちゃいけない映画・・・
(以下略)
ちなみに他にも各年代・各作品の公開時インタビューにも・・・
「じじいの趣味として「紅の豚2 」を作りたい」とか、
「タイトルはポルコ・ロッソ最後の出撃」とか、
「舞台はスペイン内乱なんですよ」とか、けっこう答えてるので幻の作品「紅の豚2」とゆー
都市伝説があるんですね・・・
確かに最後(風立ちぬ)の最後(君たちはどう生きるか)の、さらに最後の長編作品として、
「ポルコ・ロッソ最後の出撃」は観てみたいなあ

宮崎駿監督へのインタビュー集「風の帰る場所(正・続)」のご紹介であります
(正)~ナウシカから千尋まで~の目次

同、初出

同、奥付

(続)~映画監督・宮崎駿はいかに始まり、いかに幕を引いたのか~の目次


同、初出

同、奥付

メイン・インタビュアーの渋谷陽一氏は音楽評論家で今年の7月に亡くなられたのですが、
宮崎駿の作品をじつに細部まで読み込まれてて、質問の感性やご本人とのやりとりも秀逸、
懸命にはぐらかそうとしてるのを「これは僕の独断ですが」と突っ込んでいく姿勢も面白く、
それを肯定したり否定したりして二人がインタビューを楽しんでる雰囲気まで伝わってきて、
お互いの専門分野が異なるからこその信頼関係があったのかなとか想像しました
面白く一気読みしましたが、とても全てはメモできませんので・・・
大好きな「紅の豚」公開時(1992年7月)のインタビュー「豚が人間に戻るまで」のメモです
(てきとーメモですが著作物からのメモなので公開に問題があれば非公開設定にします)
Q「紅の翼」とか、お客の入りそうなタイトルはいろいろあるのに・・・
A原作の「飛行艇時代」だと訳がわからないし「ポルコ・ロッソ」だと赤豚野郎だけど、
これはイタリア語だとめちゃめちゃ淫乱な意味になるらしいし・・・
まあ「赤い豚」より「紅の豚」のほうが、もっともらしくて冗談っぽいからいいかと・・・
Q以前は「子供じゃない人間を主人公にすることはない」って・・・
Aひとつは「おもひでぽろぽろ」が自分たちがやってきた路線の最後だなという思い、
もうひとつは時代が変わった端境期の作品で、しかもモラトリアム作品だったから
国際線ビジネスマンだけでなく自分たちのリハビリにもなる、と思ったけど大変で・・・
Qそれはいつものパターンでは・・・
A80年代と90年代の大きな差は湾岸戦争以降の歴史の流れ
それを踏まえるのじゃなく、かわすというか・・・
今までの延長で作っては駄目だということだけはヒタヒタと感じてた
Q中年の豚の飛行機乗りが主人公というのは宮崎さんとダブると思うが・・・
Aそれを「やってみたいね」と話はするけど、やはりやっちゃいけないと思ってた
だからこの企画も冗談で、主人公が豚で空中戦なら日本航空も断るはずと・・・
Qそれを撮ってしまったのは宮崎さんの中の変化と思うが・・・
A絵コンテ段階では軽く考えてたが世界情勢の変化と「おもひでぽろぽろ」で極まった
要するに東京の中でゴタゴタ言わず百姓の嫁になれ、と演出家が叫んじゃった
それで等身大のキャラクターを作る功罪も含めて極まった感じがした
Q社会性とヒューマニズムの強い作品でメッセージ性が極まった???
A真面目に子供のためにとは思ってるがメッセージ性より俗っぽいところで作りたい
「おもひでぽろぽろ」で一通り全世代を網羅したということと、バブルがはじけ、管理社会、
スラム化、アトピー、アレルギー、エイズ、国境・・・
⇒80年代の簡単な民族主義や安直なニヒリズムの刹那主義にはうんざりだけど・・・
⇒もう少し本質的な映画を作らないと駄目な時期が来たと思う
⇒日本の子供はモノに溢れてるからモノより生き甲斐が大事、といった設定が傲慢に見える時期
⇒それは「魔女の宅急便」を作る時期じゃない
⇒作りたいものは「だいたい幸運の80年代」で終わり「苦闘の90年代」はどこに進むか
⇒話はしてるが、とりあえずはまあ「豚」で・・・(笑)
⇒これは苦闘の90年代に取り組む前の覚悟の問題みたいなモラトリアム作品
Qこれを作ったのだから、あとは行くぞという決意作品では
Aむしろ政治的な問題に関する決意
⇒湾岸戦争からPKO国会、ユーゴスラビアの民族紛争・・・
⇒ソ連の崩壊は圧制への古典的パターンなのでビクともしないが、その後にまた民族主義が、
また第一次大戦の前に戻るのか、というのが一番しんどかった
⇒ユーゴの紛争が映画を作る時に重なり最初から俯瞰が全然できないままの変な作り方
⇒豚は全部は語っていない、ルールを語る主人公は出したくなかった
⇒「死んだ奴らはいい奴らだ」も匂いだけ
⇒そういう意味では団塊の世代以前の映画で個人的な映画
⇒若い人がどう受け取るかはわからない
Q子供向けではないのに商業映画として成立したが・・・
A子供のために作るという枠を踏み外したくないのであまりやることじゃないと思った
⇒課題設定も伏線もなく疑問があれば主人公に全部聞いて作った
⇒子供を主人公にしたらこうはいかない
Q最終的なカタルシスも宮崎作品にしては希薄
A豚は今も生きている、だからカタルシスをつけたら嘘になると思ってる
⇒まあ観た人からは「その後どうなった」とかいろいろ言われるが意見が違ってて面白い
⇒カタルシスをつけたくないことも含めてスリリングで商業的にも賭け・・・
Q環境問題を生み出す管理社会と戦う図式が「紅の豚」以前の作品にはあったが・・・
Aそれは変わらないが、環境問題は子供も知ってる当り前になったので映画にしない
⇒作るなら「木がどれほど素晴らしいか」で、これは変わっていない
⇒だけど環境問題とか東京の女の子に元気をとか、という気はサラサラない
⇒管理社会は今も敵としてあるが、この1~2年の政治変動や歴史の流れで混沌が見えた
⇒これは大きなボディブローで、この映画でリハビリというか開き直ったというか・・・
Q商業映画だが自分の問題意識を整理するための映画???
A作ってるうちにその問題が出てきたから七転八倒した
⇒さくらんぼの実る頃=空想社会主義であろうが理想がピュアに出たのがパリ・コミューン
⇒その歌が好きな赤い豚を出すということはそうに決まっている
⇒「もっと強くならないと」という当たり前の結論を噛みしめてるだけ
⇒これは豚は簡単には変節しないぞという映画
⇒中年の団塊の世代に「自動的な変節はやめよう」という線をはっきりと・・・
Qこの1~2年は「もういいかあ」という非常に危険な時期だったのでは
A個人的な理由と時期が一致した
⇒作りたかったナウシカ、ラピュタ、トトロ、カリオストロの4本で当面終わったと思った
⇒その四角形で休みたいと思って魔女の宅急便を若いスタッフにやらせよう・・・
⇒と思ってたら自分でする羽目になったが、これで五角形ではない
⇒まだ作り残したことはあるけど、あとは自分の力量やエネルギーの問題
Qそれで作ったのがカタルシスのない紅の豚なのだから・・・
A自分でもよくわからない映画でいろんなところに入り込み過ぎてる
⇒しかもそれが周りの人にもわからないところにも入り込んでる
⇒たぶん同世代は薄々わかってくれるだろうということだけ
Qこれまでの宮崎駿とは全く違うものが出てきたのだから・・・
A40歳の直前ちょっと青年っぽい中年でカリオストロを作り、今は10年経ってド中年だから、
そういう想いがどこかにあったのかも・・・
Qこれまでも図式的な管理社会批判だけでなく、生きていくエネルギーを表現したいからこそ
素晴らしい作品だったけど、それは意識的な部分と無意識的な部分だったと思う
⇒今回は全部意識的になるはず、紅の豚を作った以上
⇒自分のための映画、自分を整理するため、別の世界へ行くため、と言えばいい
Aそのとおりだけど、そこまで言っちゃいけない
Q紅の豚で宮崎さんのひとつのサイクル(五角形?)が完成した???
A魔女の宅急便もおもひでぽろぽろもやり残したことを埋めていく作業をしてなかった
⇒その2本がヒットしたことがもっとつらかった(高畑勲も荒れてた)
⇒いい映画を作ろうと覚悟したが一番変則的になった
Qこれを作った以上、ここでやめるわけにはいかない
Aすごい贅沢をさせてもらったけど、しんどい贅沢だった
⇒カタルシスのつけようがない、つけちゃいけない映画・・・
(以下略)
ちなみに他にも各年代・各作品の公開時インタビューにも・・・
「じじいの趣味として「紅の豚2 」を作りたい」とか、
「タイトルはポルコ・ロッソ最後の出撃」とか、
「舞台はスペイン内乱なんですよ」とか、けっこう答えてるので幻の作品「紅の豚2」とゆー
都市伝説があるんですね・・・
確かに最後(風立ちぬ)の最後(君たちはどう生きるか)の、さらに最後の長編作品として、
「ポルコ・ロッソ最後の出撃」は観てみたいなあ

この記事へのコメント
1. Posted by バスウ 2025年11月17日 11:08
ご無沙汰しております。
航空と名のつく学校に通ってましたので『紅の豚』は大好きでポルコの瀬戸物のオルゴール、フィギュアやサボイアS-21前後期がリビングに鎮座してます🤗
>たぶん同世代は薄々わかってくれるだろうということだけ
年代とともに分かる様(気がする)になってきました😅
ポルコって何か男の不器用さというか一心さに惹かれるんですよね。
ご存知かも知れませんが岡田斗司夫さんのYouTubeチャンネルでジブリ作品を論評しており、深い洞察に驚きました。
動画の切抜きが多数ありますので未観でしたらオススメします🙋🏼♂️
航空と名のつく学校に通ってましたので『紅の豚』は大好きでポルコの瀬戸物のオルゴール、フィギュアやサボイアS-21前後期がリビングに鎮座してます🤗
>たぶん同世代は薄々わかってくれるだろうということだけ
年代とともに分かる様(気がする)になってきました😅
ポルコって何か男の不器用さというか一心さに惹かれるんですよね。
ご存知かも知れませんが岡田斗司夫さんのYouTubeチャンネルでジブリ作品を論評しており、深い洞察に驚きました。
動画の切抜きが多数ありますので未観でしたらオススメします🙋🏼♂️
2. Posted by 98k 2025年11月17日 12:43
>バスウさん
コメントありがとうございます
おおっ、やはりイタリア・カプローニ社やミツビシやナカジマに就職しようと勉強されてたんですね!!!
彼の言う同世代つーのは1960年安保闘争の際に学生ぐらいの世代でしょうが、世代を越えて共感できる作品ですね
作品のいろんな背景が「わかる奴にはわかる」名作だと思います
岡田斗司夫チャンネルはジブリ作品を中心に(無料版を)よく楽しんでます
以前も書いたかもですが、彼は高校生からの筋金入りの「ヲタク」で、学生服のまま喋りまくってるのをSF大会などで何度か見かけました
微に入り際に渡り思い入れたっぷりに解説するのが面白いのですが、それはこのインタビュー集も同じ、
インタビュアーの渋谷陽一氏の鋭さと思い入れに感心しました
あらためて氏のご冥福をお祈りしておきます
コメントありがとうございます
おおっ、やはりイタリア・カプローニ社やミツビシやナカジマに就職しようと勉強されてたんですね!!!

彼の言う同世代つーのは1960年安保闘争の際に学生ぐらいの世代でしょうが、世代を越えて共感できる作品ですね
作品のいろんな背景が「わかる奴にはわかる」名作だと思います
岡田斗司夫チャンネルはジブリ作品を中心に(無料版を)よく楽しんでます
以前も書いたかもですが、彼は高校生からの筋金入りの「ヲタク」で、学生服のまま喋りまくってるのをSF大会などで何度か見かけました
微に入り際に渡り思い入れたっぷりに解説するのが面白いのですが、それはこのインタビュー集も同じ、
インタビュアーの渋谷陽一氏の鋭さと思い入れに感心しました
あらためて氏のご冥福をお祈りしておきます
