2026年01月27日
没落官僚
とーとつですが・・・

「没落官僚~国家公務員志願者がゼロになる日~」とゆー本のご紹介であります
ま、「子や孫に入ってほしい勤め先」で国家公務員は常に上位に入ってるようですが、
本書はキャリア官僚への志願者が激減しており、このままだと霞が関が崩壊する、しかも
90年代半ばまでなら国民生活に大きな影響はなかったが今は、といった怖いオハナシ・・・
裏表紙カバー裏にあった内容紹介

著者紹介

1990年に旧労働省にキャリア官僚として入省、不人気だった労働省でも基本は東大生の世界で、
奈良県出身と言うと大学名ではなく「東大寺学園?」と中学や高校名を聞かれたとか
ちなみにわたくし1999年の秋から1年間ほど、厚生労働省に統合(2001年1月)される前の
厚生省と労働省へ別々に、けっこうお仕事で通ってました
当時急増していた大都市ホームレスへの緊急支援策について、厚生省からは基本は失業対策だから
メインは労働省だよと、いっぽう労働省からは基本は福祉対策だからメインは厚生省だよと、
お互い謙遜して
言っておられましたが、(統合目前だったからか?)両省の役割分担などは
きちんと調整されてたようで、その対応はけっこう素早かったです
そう、「縦割り行政が悪い」とかよくいわれますが、横の調整さえきちんと出来ておれば、
一気にトップまで上がる縦割り行政のメリットを充分に活かせるのでありますね
閑話休題
奥付であります

石破政権が2024年の10月からですから、岸田政権の末頃の出版物になりますね
目次



(以下てきとーメモですが著作物からのメモなので公開に問題があれば非公開設定にします)
はじめにより
・霞が関の中央官庁は悲惨なブラック職場とされ、キャリア官僚の志願者は激減している
⇒これに抜本的な対策がされないのは人口減少や少子高齢化と同じ理由
⇒つまり短期的に目立った痛みがないからで、痛みを実感した時には手遅れになる
・霞が関の機能不全を導く要素
①現職官僚のモチベーションがガタ落ちになっている
⇒かつての敬意もなければ本省課長にもなれず仕事は激増し部下は増えず酷使されるだけ
②答弁資料など労働条件が過酷過ぎて政策立案など本来の知的業務に時間を割けない
(ただし能力が劣化しているのも事実で今の生え抜き官僚にDXを進める能力はない)
(巨大イベントも電通などの民間企業に委託するしかない⇒不祥事に)
③官邸主導(そのものは必要)の弊害
⇒首相の取り巻き官僚からのインフォーマル指示など
(政権に人事権を握られた官僚は委縮し、やがてやる気を失っていった)
④優秀な若手官僚が入ってこない
⇒志願者数が減少すると人材の質が低下するのは事実
・政治や官僚が機能不全になっても経済が自動成長していれば国民生活に影響はないが、今は
①官僚の単ミス②予算の空白③国会の空転で国民生活が混乱する
⇒やる気のない「ロボット官僚」と政治家・権力志向の「官邸官僚」だけになればリーク、
機密漏洩が蔓延し、国会は権力闘争の場に・・・
・官僚が激減して能力が地に落ちた場合、実務は国会議員が担わざるを得ない
⇒実際に民主党政権でやろうとして混乱を極めた
・国会議員にパワハラは適用されず今の官僚は恫喝すれば言いなりになると思っている
⇒彼らに官僚激減への危機意識はなく、官僚の主人である国民にもその自覚はない
・すべての始まりは90年代半ばから吹き荒れた行政改革の嵐だった・・・
第1章より
・81年の第二次臨時行政調査会⇒増税なき財政再建
⇒3公社(JR,NTT,JT)の経済規模を考えると成功だったと言える
⇒公務員数は総定員法もあり肥大化しないが特殊法人や公益法人は激増していた
・90年代中盤以降の「成熟社会」になると「行政の守備範囲」という考え方に
⇒自助努力、官から民、国から地方など
・NPMニューパブリックマネジメント
⇒民間原理を行政にも適用するアングロサクソン系国家の手法
⇒公務員を減らし、さらに公務の効率性を厳しく追及する
⇒市場メカニズム導入・業績と成果中心・顧客サービス中心・簡素化
・千葉県松戸市(マツモトキヨシ市長)の「すぐやる課」(69年)
⇒市民を顧客とみなして(お客様は神様として)何でも請け負う⇒その弊害も
・中央官庁の縮小、外郭団体の整理統合、民営化、規制緩和、許認可の廃止・・・
⇒規制緩和は経済規制だけでなく社会規制にも踏み込んだ
⇒医療、福祉、教育、公共施設も民間企業に⇒PFIが代表的
(まだ規制が強いとの批判もあるが郵政さえ民営化された日本は民営化大国だと思う)
・その後も公務員制度改革は続き、その典型が第二次安倍内閣の「内閣人事局」で人事を掌握した
⇒その歪みや忖度が話題になり、それまでずっと官僚の抵抗で行革が進まないと批判していた
マスコミがようやく官僚人事の自立性を言及するようになった(その豹変ぶりには呆れ返るが)
・96年の総選挙では行政改革が主な選挙の争点となっていた
⇒公務員の定数は法律で厳格に管理されており、国際比較でも少ないことは自明で、公務員の
給与が国民生活を圧迫することなどあり得ないのに、なぜ国民は行革に熱狂したのか?
⇒バブル以降の長期不況、正規と非正規の格差社会への不満感情から
⇒公務員は決して裕福層ではないが身分保障特権やリスクが少ないことへのバッシングだった
⇒なによりも長期不況をもたらしたのが霞が関の官僚だと見なされたこと
(グローバル化に対応できなかったなど民間企業の競争力が衰えた原因が官僚だったと?)
(政府自身も官僚や官僚が作った戦後システムが原因と報告⇒経済の中心は民間企業なのに?)
・小泉政権の構造改革も同様で「霞が関(特に財務省)を変えれば日本が変わる」と主張した
⇒その改革後もこれだけ長期不況が続いてるのが事実
⇒それなのに未だに「財務省陰謀説」は根強い(「まだ規制緩和が足りない説」も同じ)
・「政策形成の主体を(財務)官僚から政治家に移せば斬新な政策になり日本経済は復活する説」
⇒それで首相官邸に権限を集中させたが経済成長は鈍化したままなのも明らか
⇒それなら「鈍化で生じている社会問題を見据えた行革」になぜ変えなかったのか?
⇒予測できなかったからではなく人口減少や格差などの社会問題に手をつけなかっただけ
⇒景気回復すれば社会問題は解決すると、実現しない経済成長を待ち続けたのが現実
(例として失業率が上がると自殺率や犯罪率や児童虐待率は上がり、自殺対策、犯罪対策、
虐待対策の仕事量は激増してるのにマンパワーは圧倒的に不足したまま)
・官邸主導と首相権限強化の形が整ったのが2001年とすると、すでに20年が経過している
⇒この間に少なくとも経済成長に影響を与えていないのであれば改善する必要がある
第2章より
・行革で各省の利権が消滅しつつあり政治家も官僚も組織のためには働かなくなった
⇒天下りも出世もなくなれば出身省庁に忠誠を尽くす必要もない
・政治主導システムと小選挙区制度で首相官邸に権力が集中するようになった
⇒かつての族議員も姿を消した
・その結果、官邸に近い者が力を持つようになった
(戦前は内務省と大蔵省、戦後は大蔵省がトップといった序列の意味がなくなった)
・権力志向で有力政治家に近づくなどの官邸官僚(スーパーキャリア官僚)の誕生
(いっぽう受験秀才で真面目だけが取り柄の普通官僚にとってはブラック霞が関に)
・かつての横並び昇進、平等処遇といったキャリア官僚制度は崩壊し官僚の個人化が進む
⇒首相や官房長官との近さ、政策分野の重要度などから重用される官僚と普通官僚の格差が拡大
・軍と警察は政治から切り離すべきだが、今は警察庁が官邸で重きをなしている
⇒「首相、官房長官といった政治家を官邸官僚が補佐する政官融合体」を警察庁が守護する体制
⇒そんな官邸主導体制が日本をどういう方向に導くのか・・・
第3章より
・各省の再就職斡旋禁止が制定されたのが2007年
⇒一部の真面目な官僚にとっては厳しい老後が待ち受けている
⇒ところがごく一部の官僚は以前よりはるかに恵まれた再就職を享受している
・キャリア官僚の局長・審議官ポスト数などは法令で縛られている
⇒定年まで居座られると若手にポストが空かない
⇒辞める側にも生活があり関連企業や団体への再就職=天下り慣行が昭和初期にはあった
(今の年金制度は戦前の恩給制度ほどではなく退職後も働くことが前提となっている)
・天下りには組織影響力の拡大意図もあった
⇒許認可権のある民間企業や不要な外郭団体など
・2007年以降、キャリア官僚の天下りは壊滅しつつあり生活基盤が不安定化している
⇒キャリアで本省課長になれないまま60歳で定年退職して再就職先がないという状況
⇒ポストを空けるため外郭団体等に出向させ退職直前に呼び戻す手法が現在も続いている
・民間企業や経済界との接触が多い経産省や財務省は再就職の勝ち組
⇒許認可や利権と絡んだ国土交通省、旧郵政省も・・・
・能力やコネクションを利用して再就職する者とそうでない者との二分化
・生命保険・損害保険への再就職が多いのは何故か
⇒金融と同じく業界の垣根がなく、役立つかどうかわからなくとも余裕があるからでは
・大学教員への再就職も多い
⇒文献を読みデータで仮説を実証し、論文(企画書)を書く仕事は官僚と親和性がある
・現在の事後規制・斡旋禁止で、個人の再就職・転職は自由というのがいいと思う
⇒厳しい天下り規制より職業として官僚の魅力を高める方がよい
⇒ただし人材流動化によるロビイスト、機密漏洩などへの法整備が必要
第4章より
・バブル崩壊以降の不況⇒社会保障も公共事業も削れない⇒役所を減らせ
⇒行政改革⇒政治主導で痛みを伴う改革⇒反対する官僚は抵抗勢力
⇒内閣人事局の創設で官邸主導体制(首相や官房長官の圧倒的優位)が確立された
⇒各大臣・各省官僚・各族議員の三角関係の上に官邸が来た(それまではほぼ同列だった)
・安倍政権では官邸・内閣官房・内閣府の官僚が各省大臣よりも存在感があった
⇒彼らは政権と一体化した政治家と見なすべきではないのかという議論も
・行政改革の目的は行政のスリム化だが官僚の力を削ぐことが隠れた目的
⇒人事権を握った影響は絶大だった
⇒首相や官房長官や官邸官僚の影に怯える忖度官僚が続出した
・内閣人事局の創設までは(名目の人事権は各大臣だが)実質は各省の官僚案が承認されていた
・上級公務員(事務次官・局長・部長・審議官)を育成管理するのが内閣人事局の目的
⇒上級公務員は各省の都合ではなく日本全体の利益を考える「日の丸官僚」であるべき
⇒それは首相官邸の意向を受ける官僚ということになる
⇒なぜなら各省の政策を選ぶのは国家全体を俯瞰する首相であり官邸だから(という理屈)
・内閣人事局は官僚人事の「政治的応答性」を「中立性専門性」より重視した制度だったが、
当時は文科省の幼稚園と厚労省の保育園など各省のセクショナリズムと官僚の特権が大問題
となっており、ごく自然な流れであった
・内閣人事局制度運用の特徴(2018年4月23日付け日本経済新聞から)
①順送り人事をしない
②政権の政策目標を実現するための布陣
③政権の姿勢をアピールするノンキャリアや技官や制服組の抜擢
④情報が洩れれば人事を差し替える
⑤女性の活躍など
⇒批判されているのは、そのプロセスが曖昧で不透明な点
⇒水面下で様々な注文がついて決まっており、任命権者である大臣より官邸が優位に
・上位政策に人事が絡むことは本来は正常
⇒例えば安全保障に関し官邸の方針に従わない幹部官僚はすぐに更迭すべきだが、
⇒下位政策(個別案件)に官邸主導の人事が絡むと行政は歪んでしまう
⇒歪みの原因は総理の取り巻き政治家や官僚
⇒その取り巻き集団が官邸主導体制になってから跳梁跋扈している
⇒官邸、内閣官房、内閣府の幹部官僚で一部は政治任用だが虎の威を借る資格任用が問題
⇒官邸官僚とは首相秘書官、官房副長官、3人の副長官補、内閣審議官、内閣参事官(課長級)など
・政治任用でも使えるのは元官僚だから資格任用の一般職国家公務員とは明確に区別すべき
⇒政治との調整は政治任用と事務次官から局長まで、審議官以下は政策立案に専念するべき
⇒有名無実化している政官接触記録制度を厳格運用すべき
①公正中立な内閣人事局制度
②政治任用の拡充
③政官の完全分離
・・・だけでは済まない
⇒英国のような「政治家と官僚が守るべき規範」と「国会の監視機能」が必要
第5章より
①官僚の労働環境の悪化⇒長時間労働
②仕事の中身と質の変化
⇒官邸主導システム以降は政策の企画立案が官邸に独占され、根回しや調整だけが各省に
③未知の仕事に官僚が対応できなくなっている⇒デジタル化など
⇒外郭団体が少なくなり民間企業に頼らざるを得ない構造も影響
・この①②③の相乗効果で官僚がやる気を失い各省が制御不能になり政府が機能不全に?
⇒これが本書の提示する仮説
・これまでのキャリア官僚の人事慣行
(これが給料が安く長時間労働でもモチベーションが下がらなかった理由その1)
①同期横並びで本省課長クラスまではスピード昇進できる
②そこまでは後輩が先輩を追い抜くことはない
③それ以上もある程度は規則性のある予測可能な昇進レース
④降格などの不利益処分はない
⑤斡旋による天下りが保証される(本省課長以上)
⇒本省課長での勧奨退職と天下りがなくなり定年退職まで働くようになった
⇒ポストは増えないので管理職の年齢が上昇する⇒昇任までの年数が上昇する
⇒短期間スピード出世というエリートの証しが消えモチベーションも消える
・(公共心もあるが)自分主体で世の中に影響力を与える仕事をしたいのが官僚の本音
(これが給料が安く長時間労働でもモチベーションが下がらなかった理由その2)
⇒政策形成プロセスは①政策の企画立案②政策形成過程の調整③政策の執行の3段階だが、
③は出先や地方自治体なので、やりがいを感じる圧倒的比重は①政策の企画立案
⇒自分の考えた政策が法律や予算になり世の中に大きな影響を与えているという実感
⇒これで給料が安く長時間労働でパワハラ横行の霞が関で生きていこうと思えた(実体験から)
・政策決定についての各省割拠システム・小泉政権・第二次安倍政権の違い(略)
⇒第二次安倍政権の政策決定は官邸官僚
⇒それ以外の普通官僚は望みもしない政策の是非で人事評価された
・官邸主導体制の功罪
⇒トップダウンは政策決定スピードだけでなく各省の協力体制にも有利なのは事実
⇒ただし官邸案件だけが各省折衝の苦労もなく通ることへの不安もあった
⇒政策決定した官邸官僚は国会答弁に立つことなく吊るしあげられるのは各省の普通官僚だけ
⇒その前でふんぞり返る閣僚の多くは世襲議員で実力で勝ち取った地位ではない
⇒そんな哀れな姿を見て、それでも官僚になりたいと思う若者がいるだろうか?
・第二次安倍政権では自分たちが主体的に進めた政策でもないのに責任を追及され苦悩した
⇒ただし自分たちが消極的に加担したのも事実なので、さらに苦悩した
⇒各省の政策立案では(硬直的だったが)各省に責任感はあった
⇒官邸の政策立案では(変化とスピード感はあるが)責任は曖昧になる
・高市総務大臣(当時)と総務省の放送法に関する流出文書の問題
⇒本書では放送法解釈の変更そのものではなく首相補佐官が加わった政策形成に巻き込まれ、
与野党政争の狭間で立ち尽くさざるを得ない官僚の悲哀を問題にする
①これまで正義(秩序)とされてきたもの(放送法の解釈)を変更することの苦痛
⇒継続が正しいとは限らないが過去から続く解釈に一定の正義と合理性があるのも事実
⇒放送の中立については過去の情勢に影響を受けつつ困難の中で維持されてた経緯がある
⇒それを権力者の命令であっさり変えられてしまうと今までの先輩の仕事は何だったのかと
②政策形成プロセスの複雑さ
⇒官僚主導の政策であれば主体的に立案・根回しして総務大臣の了解を得れば終わりだった
⇒放送法解釈の変更は総務省への磯崎首相補佐官の指示で官僚が総務大臣にも納得してもらい、
最終的に国会で答弁を変更した
⇒放送法解釈の変更は総務大臣の権限だが本当に首相補佐官の背後に首相がいるのか不明
⇒菅官房長官や副長官、政務秘書官への説明がいるのかも不明
(首相補佐官から総務大臣らに話してもらえばいいのだが官僚は政治家に言えないので悩む)
(実際に流出文書でも局長が提案したが「それは俺と総理が決めることだ」と一蹴されている)
・本来の官邸主導システムであれば官邸が大方針を公にしたうえで政策を変えていくべき
⇒ところが総理本人でも公でもないところから大方針もない個別案件に近い政策変更を要求される
(各省割拠システムであれば業界や議員への根回し⇒研究会⇒審議会ではじめて解釈変更になる)
・霞が関では省内で「梯子を外される」ことはあるが官邸案件では国会に証人喚問される
⇒こんな状況がネット情報で流れる中、年収800万で長時間労働の官僚を選ぶ若者がいるか?
⇒どろどろ世界での権力者を目指さない限り民間企業に行くだろうし、不安定でも夢のある
起業家を選ぶだろう
⇒このことを良識ある政治家は、よくよく考えたほうがいい
・官邸主導システムにはネガティブな側面があるが各省割拠システムはそれ以上に時代に合わない
⇒官邸主導でもうまくいかないのは官僚の能力自体が劣化している、もしくは経済社会や
時代に追い付いていないからではないか
⇒人材不足・デジタルなどへの対応能力不足
⇒コンサルと広告代理店への委託料は総額の21%で独立行政法人と肩を並べる(2020)
⇒霞が関とコンサル・広告代理店の学歴も逆転しており、やがて官僚志望者はゼロに近づく
⇒その時に国会議員が自分でどこまで事務や調整ができるか、見てみたいものだ
第6章より
・霞が関の長時間労働
⇒規制緩和・小さな政府でも業務量は増え続けており総定員法で人員は増えないから当然
・働き方改革の厚労省自体、長時間労働が前提でブラックの筆頭だと思っている
⇒コロナ禍では2階大講堂の対策本部は24時間体制で体調を崩す職員が続出した
⇒緊急入院する妊娠中の女子職員もいたが、それで子育て支援策が作れるのか?
・2020年に民間企業と同様のパワハラ禁止規定が人事院規則に設けられた
⇒ところが大臣や国会議員などの政治家には適用されない
(官僚より選挙で苦労している政治家のほうが人間的にまともと思ってるがひどいのもいた
)
・厚労省若手改革チームの緊急提言(略)
⇒霞が関から続々と若者と女性が去っていく現状
⇒人手不足はより深刻になり、やがて無定限・無定量の文化も死に絶える
⇒報道は官僚のミスだけでなく、なぜミスが生じているのかを詳細に報じてほしい
終章より
・90年代半ばから本格化した行政改革で官僚は見事に没落した
⇒東大生の多くは外資系コンサルに流れ、早慶上智MARCH関関同立が大躍進する
⇒霞が関=最高学歴という図式は完全に消える
⇒日本では大学受験時の偏差値が優秀さを計る絶対的な基準になっているので、
⇒公務員試験は難関のままでもキャリア官僚はエリートではなくなる
・政治家と官僚は合わせ鏡で官僚が没落した分だけ権力を手中にしたのが政治家
⇒この30年で政治主導システムに改革したが、それは成功したのか?
・官僚は試験で選ばれ政治家は選挙で選ばれる
⇒民意を反映した政治家が政策の方向性を決定すべきというのが、この30年間のロジック
・目立ったのは国会議員の偉さより民意や世論の絶対化であり、それを体現するポピュリズム
⇒世論を煽り世論に迎合するポピュリストが政治の前面に出るようになった
⇒インターネットの勢いもあり4年に1度の選挙で選ばれる政治家に権力を集中させた結果、
政治家を抑えることができる対抗勢力はいなくなった
・いっぽう国民は政治家が最も信用できない人間で民意を体現した存在だとは思っていない
⇒政治家は信用できず直接民主主義も実現できないので「くじ引き民主主義」論が出る
⇒日本では欧米とは逆にボイコットやデモへの参加率は低下している
・政治主導体制に変えた根拠のひとつは政権交代だったはず
⇒二大政党の権力交代があるので官邸に権力を集中しても腐敗はないという前提
⇒その前提が崩れるどころか半永久的に実現しないのだから政治主導も見直すべき
⇒世間ウケのいいバラマキばかりの政治家に権限を集中させる必要はない
⇒財務省感覚ではなく日常生活感覚でみても、そろそろ限界ではないか
・政治主導を見直すといっても、文句を言わない国民や世論には期待できない
⇒吠えない犬となったマスコミにも期待はできない
⇒ならば政治家を縛る規範や制度を作るしかない
⇒内閣人事局制度と同様の権力抑止システムを作れば物事は動く
・政治家を縛る制度と合わせて政治家を評価する制度も必要
⇒民主党政権と一緒に追い払われた「マニフェスト」の復活
・官僚が復権することはないが特定政策分野に興味がある学生や官邸官僚を目指す学生は残る
⇒それでも東大生が減り官僚の権威は失墜する
(東大生が優秀とかのロジカルな理由ではなく権威の図式が壊れるだけ)
⇒やがて早慶上智MARCH関関同立も激減していくだろう
・90年代半ばから公務員制度を改革してきたが結果をみると明治以来の芸術作品を破壊した
にすぎなかったのかもしれない
⇒公務員制度の研究者として、制度を作り替える怖さを実感している・・・
・・・
ホントにそうなのとの部分もありましたが、なるほどと納得する部分が多かったです
前述のとおり岸田政権の終わりごろに書かれた本で、その後の国政は目まぐるしく動いてますね
さてさて今度の衆院選後に、この状況が改善されるのか、はたまた・・・

「没落官僚~国家公務員志願者がゼロになる日~」とゆー本のご紹介であります
ま、「子や孫に入ってほしい勤め先」で国家公務員は常に上位に入ってるようですが、
本書はキャリア官僚への志願者が激減しており、このままだと霞が関が崩壊する、しかも
90年代半ばまでなら国民生活に大きな影響はなかったが今は、といった怖いオハナシ・・・
裏表紙カバー裏にあった内容紹介

著者紹介

1990年に旧労働省にキャリア官僚として入省、不人気だった労働省でも基本は東大生の世界で、
奈良県出身と言うと大学名ではなく「東大寺学園?」と中学や高校名を聞かれたとか

ちなみにわたくし1999年の秋から1年間ほど、厚生労働省に統合(2001年1月)される前の
厚生省と労働省へ別々に、けっこうお仕事で通ってました
当時急増していた大都市ホームレスへの緊急支援策について、厚生省からは基本は失業対策だから
メインは労働省だよと、いっぽう労働省からは基本は福祉対策だからメインは厚生省だよと、
お互い謙遜して
言っておられましたが、(統合目前だったからか?)両省の役割分担などはきちんと調整されてたようで、その対応はけっこう素早かったです
そう、「縦割り行政が悪い」とかよくいわれますが、横の調整さえきちんと出来ておれば、
一気にトップまで上がる縦割り行政のメリットを充分に活かせるのでありますね
閑話休題
奥付であります

石破政権が2024年の10月からですから、岸田政権の末頃の出版物になりますね
目次



(以下てきとーメモですが著作物からのメモなので公開に問題があれば非公開設定にします)
はじめにより
・霞が関の中央官庁は悲惨なブラック職場とされ、キャリア官僚の志願者は激減している
⇒これに抜本的な対策がされないのは人口減少や少子高齢化と同じ理由
⇒つまり短期的に目立った痛みがないからで、痛みを実感した時には手遅れになる
・霞が関の機能不全を導く要素
①現職官僚のモチベーションがガタ落ちになっている
⇒かつての敬意もなければ本省課長にもなれず仕事は激増し部下は増えず酷使されるだけ
②答弁資料など労働条件が過酷過ぎて政策立案など本来の知的業務に時間を割けない
(ただし能力が劣化しているのも事実で今の生え抜き官僚にDXを進める能力はない)
(巨大イベントも電通などの民間企業に委託するしかない⇒不祥事に)
③官邸主導(そのものは必要)の弊害
⇒首相の取り巻き官僚からのインフォーマル指示など
(政権に人事権を握られた官僚は委縮し、やがてやる気を失っていった)
④優秀な若手官僚が入ってこない
⇒志願者数が減少すると人材の質が低下するのは事実
・政治や官僚が機能不全になっても経済が自動成長していれば国民生活に影響はないが、今は
①官僚の単ミス②予算の空白③国会の空転で国民生活が混乱する
⇒やる気のない「ロボット官僚」と政治家・権力志向の「官邸官僚」だけになればリーク、
機密漏洩が蔓延し、国会は権力闘争の場に・・・
・官僚が激減して能力が地に落ちた場合、実務は国会議員が担わざるを得ない
⇒実際に民主党政権でやろうとして混乱を極めた
・国会議員にパワハラは適用されず今の官僚は恫喝すれば言いなりになると思っている
⇒彼らに官僚激減への危機意識はなく、官僚の主人である国民にもその自覚はない
・すべての始まりは90年代半ばから吹き荒れた行政改革の嵐だった・・・
第1章より
・81年の第二次臨時行政調査会⇒増税なき財政再建
⇒3公社(JR,NTT,JT)の経済規模を考えると成功だったと言える
⇒公務員数は総定員法もあり肥大化しないが特殊法人や公益法人は激増していた
・90年代中盤以降の「成熟社会」になると「行政の守備範囲」という考え方に
⇒自助努力、官から民、国から地方など
・NPMニューパブリックマネジメント
⇒民間原理を行政にも適用するアングロサクソン系国家の手法
⇒公務員を減らし、さらに公務の効率性を厳しく追及する
⇒市場メカニズム導入・業績と成果中心・顧客サービス中心・簡素化
・千葉県松戸市(マツモトキヨシ市長)の「すぐやる課」(69年)
⇒市民を顧客とみなして(お客様は神様として)何でも請け負う⇒その弊害も
・中央官庁の縮小、外郭団体の整理統合、民営化、規制緩和、許認可の廃止・・・
⇒規制緩和は経済規制だけでなく社会規制にも踏み込んだ
⇒医療、福祉、教育、公共施設も民間企業に⇒PFIが代表的
(まだ規制が強いとの批判もあるが郵政さえ民営化された日本は民営化大国だと思う)
・その後も公務員制度改革は続き、その典型が第二次安倍内閣の「内閣人事局」で人事を掌握した
⇒その歪みや忖度が話題になり、それまでずっと官僚の抵抗で行革が進まないと批判していた
マスコミがようやく官僚人事の自立性を言及するようになった(その豹変ぶりには呆れ返るが)
・96年の総選挙では行政改革が主な選挙の争点となっていた
⇒公務員の定数は法律で厳格に管理されており、国際比較でも少ないことは自明で、公務員の
給与が国民生活を圧迫することなどあり得ないのに、なぜ国民は行革に熱狂したのか?
⇒バブル以降の長期不況、正規と非正規の格差社会への不満感情から
⇒公務員は決して裕福層ではないが身分保障特権やリスクが少ないことへのバッシングだった
⇒なによりも長期不況をもたらしたのが霞が関の官僚だと見なされたこと
(グローバル化に対応できなかったなど民間企業の競争力が衰えた原因が官僚だったと?)
(政府自身も官僚や官僚が作った戦後システムが原因と報告⇒経済の中心は民間企業なのに?)
・小泉政権の構造改革も同様で「霞が関(特に財務省)を変えれば日本が変わる」と主張した
⇒その改革後もこれだけ長期不況が続いてるのが事実
⇒それなのに未だに「財務省陰謀説」は根強い(「まだ規制緩和が足りない説」も同じ)
・「政策形成の主体を(財務)官僚から政治家に移せば斬新な政策になり日本経済は復活する説」
⇒それで首相官邸に権限を集中させたが経済成長は鈍化したままなのも明らか
⇒それなら「鈍化で生じている社会問題を見据えた行革」になぜ変えなかったのか?
⇒予測できなかったからではなく人口減少や格差などの社会問題に手をつけなかっただけ
⇒景気回復すれば社会問題は解決すると、実現しない経済成長を待ち続けたのが現実
(例として失業率が上がると自殺率や犯罪率や児童虐待率は上がり、自殺対策、犯罪対策、
虐待対策の仕事量は激増してるのにマンパワーは圧倒的に不足したまま)
・官邸主導と首相権限強化の形が整ったのが2001年とすると、すでに20年が経過している
⇒この間に少なくとも経済成長に影響を与えていないのであれば改善する必要がある
第2章より
・行革で各省の利権が消滅しつつあり政治家も官僚も組織のためには働かなくなった
⇒天下りも出世もなくなれば出身省庁に忠誠を尽くす必要もない
・政治主導システムと小選挙区制度で首相官邸に権力が集中するようになった
⇒かつての族議員も姿を消した
・その結果、官邸に近い者が力を持つようになった
(戦前は内務省と大蔵省、戦後は大蔵省がトップといった序列の意味がなくなった)
・権力志向で有力政治家に近づくなどの官邸官僚(スーパーキャリア官僚)の誕生
(いっぽう受験秀才で真面目だけが取り柄の普通官僚にとってはブラック霞が関に)
・かつての横並び昇進、平等処遇といったキャリア官僚制度は崩壊し官僚の個人化が進む
⇒首相や官房長官との近さ、政策分野の重要度などから重用される官僚と普通官僚の格差が拡大
・軍と警察は政治から切り離すべきだが、今は警察庁が官邸で重きをなしている
⇒「首相、官房長官といった政治家を官邸官僚が補佐する政官融合体」を警察庁が守護する体制
⇒そんな官邸主導体制が日本をどういう方向に導くのか・・・
第3章より
・各省の再就職斡旋禁止が制定されたのが2007年
⇒一部の真面目な官僚にとっては厳しい老後が待ち受けている
⇒ところがごく一部の官僚は以前よりはるかに恵まれた再就職を享受している
・キャリア官僚の局長・審議官ポスト数などは法令で縛られている
⇒定年まで居座られると若手にポストが空かない
⇒辞める側にも生活があり関連企業や団体への再就職=天下り慣行が昭和初期にはあった
(今の年金制度は戦前の恩給制度ほどではなく退職後も働くことが前提となっている)
・天下りには組織影響力の拡大意図もあった
⇒許認可権のある民間企業や不要な外郭団体など
・2007年以降、キャリア官僚の天下りは壊滅しつつあり生活基盤が不安定化している
⇒キャリアで本省課長になれないまま60歳で定年退職して再就職先がないという状況
⇒ポストを空けるため外郭団体等に出向させ退職直前に呼び戻す手法が現在も続いている
・民間企業や経済界との接触が多い経産省や財務省は再就職の勝ち組
⇒許認可や利権と絡んだ国土交通省、旧郵政省も・・・
・能力やコネクションを利用して再就職する者とそうでない者との二分化
・生命保険・損害保険への再就職が多いのは何故か
⇒金融と同じく業界の垣根がなく、役立つかどうかわからなくとも余裕があるからでは
・大学教員への再就職も多い
⇒文献を読みデータで仮説を実証し、論文(企画書)を書く仕事は官僚と親和性がある
・現在の事後規制・斡旋禁止で、個人の再就職・転職は自由というのがいいと思う
⇒厳しい天下り規制より職業として官僚の魅力を高める方がよい
⇒ただし人材流動化によるロビイスト、機密漏洩などへの法整備が必要
第4章より
・バブル崩壊以降の不況⇒社会保障も公共事業も削れない⇒役所を減らせ
⇒行政改革⇒政治主導で痛みを伴う改革⇒反対する官僚は抵抗勢力
⇒内閣人事局の創設で官邸主導体制(首相や官房長官の圧倒的優位)が確立された
⇒各大臣・各省官僚・各族議員の三角関係の上に官邸が来た(それまではほぼ同列だった)
・安倍政権では官邸・内閣官房・内閣府の官僚が各省大臣よりも存在感があった
⇒彼らは政権と一体化した政治家と見なすべきではないのかという議論も
・行政改革の目的は行政のスリム化だが官僚の力を削ぐことが隠れた目的
⇒人事権を握った影響は絶大だった
⇒首相や官房長官や官邸官僚の影に怯える忖度官僚が続出した
・内閣人事局の創設までは(名目の人事権は各大臣だが)実質は各省の官僚案が承認されていた
・上級公務員(事務次官・局長・部長・審議官)を育成管理するのが内閣人事局の目的
⇒上級公務員は各省の都合ではなく日本全体の利益を考える「日の丸官僚」であるべき
⇒それは首相官邸の意向を受ける官僚ということになる
⇒なぜなら各省の政策を選ぶのは国家全体を俯瞰する首相であり官邸だから(という理屈)
・内閣人事局は官僚人事の「政治的応答性」を「中立性専門性」より重視した制度だったが、
当時は文科省の幼稚園と厚労省の保育園など各省のセクショナリズムと官僚の特権が大問題
となっており、ごく自然な流れであった
・内閣人事局制度運用の特徴(2018年4月23日付け日本経済新聞から)
①順送り人事をしない
②政権の政策目標を実現するための布陣
③政権の姿勢をアピールするノンキャリアや技官や制服組の抜擢
④情報が洩れれば人事を差し替える
⑤女性の活躍など
⇒批判されているのは、そのプロセスが曖昧で不透明な点
⇒水面下で様々な注文がついて決まっており、任命権者である大臣より官邸が優位に
・上位政策に人事が絡むことは本来は正常
⇒例えば安全保障に関し官邸の方針に従わない幹部官僚はすぐに更迭すべきだが、
⇒下位政策(個別案件)に官邸主導の人事が絡むと行政は歪んでしまう
⇒歪みの原因は総理の取り巻き政治家や官僚
⇒その取り巻き集団が官邸主導体制になってから跳梁跋扈している
⇒官邸、内閣官房、内閣府の幹部官僚で一部は政治任用だが虎の威を借る資格任用が問題
⇒官邸官僚とは首相秘書官、官房副長官、3人の副長官補、内閣審議官、内閣参事官(課長級)など
・政治任用でも使えるのは元官僚だから資格任用の一般職国家公務員とは明確に区別すべき
⇒政治との調整は政治任用と事務次官から局長まで、審議官以下は政策立案に専念するべき
⇒有名無実化している政官接触記録制度を厳格運用すべき
①公正中立な内閣人事局制度
②政治任用の拡充
③政官の完全分離
・・・だけでは済まない
⇒英国のような「政治家と官僚が守るべき規範」と「国会の監視機能」が必要
第5章より
①官僚の労働環境の悪化⇒長時間労働
②仕事の中身と質の変化
⇒官邸主導システム以降は政策の企画立案が官邸に独占され、根回しや調整だけが各省に
③未知の仕事に官僚が対応できなくなっている⇒デジタル化など
⇒外郭団体が少なくなり民間企業に頼らざるを得ない構造も影響
・この①②③の相乗効果で官僚がやる気を失い各省が制御不能になり政府が機能不全に?
⇒これが本書の提示する仮説
・これまでのキャリア官僚の人事慣行
(これが給料が安く長時間労働でもモチベーションが下がらなかった理由その1)
①同期横並びで本省課長クラスまではスピード昇進できる
②そこまでは後輩が先輩を追い抜くことはない
③それ以上もある程度は規則性のある予測可能な昇進レース
④降格などの不利益処分はない
⑤斡旋による天下りが保証される(本省課長以上)
⇒本省課長での勧奨退職と天下りがなくなり定年退職まで働くようになった
⇒ポストは増えないので管理職の年齢が上昇する⇒昇任までの年数が上昇する
⇒短期間スピード出世というエリートの証しが消えモチベーションも消える
・(公共心もあるが)自分主体で世の中に影響力を与える仕事をしたいのが官僚の本音
(これが給料が安く長時間労働でもモチベーションが下がらなかった理由その2)
⇒政策形成プロセスは①政策の企画立案②政策形成過程の調整③政策の執行の3段階だが、
③は出先や地方自治体なので、やりがいを感じる圧倒的比重は①政策の企画立案
⇒自分の考えた政策が法律や予算になり世の中に大きな影響を与えているという実感
⇒これで給料が安く長時間労働でパワハラ横行の霞が関で生きていこうと思えた(実体験から)
・政策決定についての各省割拠システム・小泉政権・第二次安倍政権の違い(略)
⇒第二次安倍政権の政策決定は官邸官僚
⇒それ以外の普通官僚は望みもしない政策の是非で人事評価された
・官邸主導体制の功罪
⇒トップダウンは政策決定スピードだけでなく各省の協力体制にも有利なのは事実
⇒ただし官邸案件だけが各省折衝の苦労もなく通ることへの不安もあった
⇒政策決定した官邸官僚は国会答弁に立つことなく吊るしあげられるのは各省の普通官僚だけ
⇒その前でふんぞり返る閣僚の多くは世襲議員で実力で勝ち取った地位ではない
⇒そんな哀れな姿を見て、それでも官僚になりたいと思う若者がいるだろうか?
・第二次安倍政権では自分たちが主体的に進めた政策でもないのに責任を追及され苦悩した
⇒ただし自分たちが消極的に加担したのも事実なので、さらに苦悩した
⇒各省の政策立案では(硬直的だったが)各省に責任感はあった
⇒官邸の政策立案では(変化とスピード感はあるが)責任は曖昧になる
・高市総務大臣(当時)と総務省の放送法に関する流出文書の問題
⇒本書では放送法解釈の変更そのものではなく首相補佐官が加わった政策形成に巻き込まれ、
与野党政争の狭間で立ち尽くさざるを得ない官僚の悲哀を問題にする
①これまで正義(秩序)とされてきたもの(放送法の解釈)を変更することの苦痛
⇒継続が正しいとは限らないが過去から続く解釈に一定の正義と合理性があるのも事実
⇒放送の中立については過去の情勢に影響を受けつつ困難の中で維持されてた経緯がある
⇒それを権力者の命令であっさり変えられてしまうと今までの先輩の仕事は何だったのかと
②政策形成プロセスの複雑さ
⇒官僚主導の政策であれば主体的に立案・根回しして総務大臣の了解を得れば終わりだった
⇒放送法解釈の変更は総務省への磯崎首相補佐官の指示で官僚が総務大臣にも納得してもらい、
最終的に国会で答弁を変更した
⇒放送法解釈の変更は総務大臣の権限だが本当に首相補佐官の背後に首相がいるのか不明
⇒菅官房長官や副長官、政務秘書官への説明がいるのかも不明
(首相補佐官から総務大臣らに話してもらえばいいのだが官僚は政治家に言えないので悩む)
(実際に流出文書でも局長が提案したが「それは俺と総理が決めることだ」と一蹴されている)
・本来の官邸主導システムであれば官邸が大方針を公にしたうえで政策を変えていくべき
⇒ところが総理本人でも公でもないところから大方針もない個別案件に近い政策変更を要求される
(各省割拠システムであれば業界や議員への根回し⇒研究会⇒審議会ではじめて解釈変更になる)
・霞が関では省内で「梯子を外される」ことはあるが官邸案件では国会に証人喚問される
⇒こんな状況がネット情報で流れる中、年収800万で長時間労働の官僚を選ぶ若者がいるか?
⇒どろどろ世界での権力者を目指さない限り民間企業に行くだろうし、不安定でも夢のある
起業家を選ぶだろう
⇒このことを良識ある政治家は、よくよく考えたほうがいい

・官邸主導システムにはネガティブな側面があるが各省割拠システムはそれ以上に時代に合わない
⇒官邸主導でもうまくいかないのは官僚の能力自体が劣化している、もしくは経済社会や
時代に追い付いていないからではないか
⇒人材不足・デジタルなどへの対応能力不足
⇒コンサルと広告代理店への委託料は総額の21%で独立行政法人と肩を並べる(2020)
⇒霞が関とコンサル・広告代理店の学歴も逆転しており、やがて官僚志望者はゼロに近づく
⇒その時に国会議員が自分でどこまで事務や調整ができるか、見てみたいものだ

第6章より
・霞が関の長時間労働
⇒規制緩和・小さな政府でも業務量は増え続けており総定員法で人員は増えないから当然
・働き方改革の厚労省自体、長時間労働が前提でブラックの筆頭だと思っている
⇒コロナ禍では2階大講堂の対策本部は24時間体制で体調を崩す職員が続出した
⇒緊急入院する妊娠中の女子職員もいたが、それで子育て支援策が作れるのか?
・2020年に民間企業と同様のパワハラ禁止規定が人事院規則に設けられた
⇒ところが大臣や国会議員などの政治家には適用されない
(官僚より選挙で苦労している政治家のほうが人間的にまともと思ってるがひどいのもいた
)・厚労省若手改革チームの緊急提言(略)
⇒霞が関から続々と若者と女性が去っていく現状
⇒人手不足はより深刻になり、やがて無定限・無定量の文化も死に絶える
⇒報道は官僚のミスだけでなく、なぜミスが生じているのかを詳細に報じてほしい
終章より
・90年代半ばから本格化した行政改革で官僚は見事に没落した
⇒東大生の多くは外資系コンサルに流れ、早慶上智MARCH関関同立が大躍進する
⇒霞が関=最高学歴という図式は完全に消える
⇒日本では大学受験時の偏差値が優秀さを計る絶対的な基準になっているので、
⇒公務員試験は難関のままでもキャリア官僚はエリートではなくなる
・政治家と官僚は合わせ鏡で官僚が没落した分だけ権力を手中にしたのが政治家
⇒この30年で政治主導システムに改革したが、それは成功したのか?
・官僚は試験で選ばれ政治家は選挙で選ばれる
⇒民意を反映した政治家が政策の方向性を決定すべきというのが、この30年間のロジック
・目立ったのは国会議員の偉さより民意や世論の絶対化であり、それを体現するポピュリズム
⇒世論を煽り世論に迎合するポピュリストが政治の前面に出るようになった
⇒インターネットの勢いもあり4年に1度の選挙で選ばれる政治家に権力を集中させた結果、
政治家を抑えることができる対抗勢力はいなくなった
・いっぽう国民は政治家が最も信用できない人間で民意を体現した存在だとは思っていない
⇒政治家は信用できず直接民主主義も実現できないので「くじ引き民主主義」論が出る
⇒日本では欧米とは逆にボイコットやデモへの参加率は低下している
・政治主導体制に変えた根拠のひとつは政権交代だったはず
⇒二大政党の権力交代があるので官邸に権力を集中しても腐敗はないという前提
⇒その前提が崩れるどころか半永久的に実現しないのだから政治主導も見直すべき
⇒世間ウケのいいバラマキばかりの政治家に権限を集中させる必要はない
⇒財務省感覚ではなく日常生活感覚でみても、そろそろ限界ではないか
・政治主導を見直すといっても、文句を言わない国民や世論には期待できない
⇒吠えない犬となったマスコミにも期待はできない
⇒ならば政治家を縛る規範や制度を作るしかない
⇒内閣人事局制度と同様の権力抑止システムを作れば物事は動く
・政治家を縛る制度と合わせて政治家を評価する制度も必要
⇒民主党政権と一緒に追い払われた「マニフェスト」の復活
・官僚が復権することはないが特定政策分野に興味がある学生や官邸官僚を目指す学生は残る
⇒それでも東大生が減り官僚の権威は失墜する
(東大生が優秀とかのロジカルな理由ではなく権威の図式が壊れるだけ)
⇒やがて早慶上智MARCH関関同立も激減していくだろう
・90年代半ばから公務員制度を改革してきたが結果をみると明治以来の芸術作品を破壊した
にすぎなかったのかもしれない
⇒公務員制度の研究者として、制度を作り替える怖さを実感している・・・
・・・
ホントにそうなのとの部分もありましたが、なるほどと納得する部分が多かったです
前述のとおり岸田政権の終わりごろに書かれた本で、その後の国政は目まぐるしく動いてますね
さてさて今度の衆院選後に、この状況が改善されるのか、はたまた・・・
