2026年03月10日
パールハーバー1ビジターセンター
(前回記事からの続きです ホノルル連載をはじめからご覧になるにはこちらのカテゴリから)
ホノルル4日目の朝は、なんと4時半の起床でした
ホテルのビュッフェ朝食は6時からなので・・・



日本から持参した「かもめコーヒー」のドリップパックと昨夜嫁が持参してくれたサラダや
ケーキ・スナック類で軽く朝食・・・手作りスパム握りは昨夜食べたのでありません
5時50分に近くのホテル前に数名が集合して大型バンに乗車、他の予約客とで合計8名ほどが、
ガイド兼ドライバーで日系4世のフカダさんからお話をうかがいます
そう、この日は日本語ガイド付きパールハーバーツアーを夫婦で予約してたのでありますね
「本日は全員がスムースに集合できて時間に少し余裕があるので真珠湾攻撃にゆかりのある
日本領事館を廻ってからパールハーバーに行きます」
なんとなく日本側からは真珠湾、アメリカ側からはパールハーバーと使い分けてたような
気もしましたが、この時のオハナシは・・・
・当時の領事館駐在武官(海軍少尉)が情報収集活動での出入りをアメリカ側に気づかれないよう
正面からではなく横を流れる川から密かに行っていた
(と明るい懐中電灯
でその辺りをスポット照射してくれました
)
・12月7日には空母が訓練航海で不在という最新情報も報告していたが大使館経由で伝達が遅れ
攻撃前には海軍軍令部まで伝わっていなかった
・第1派攻撃ではじめて空母の不在を知った南雲中将は、これを奇襲情報を事前に掴んでいた
アメリカ側の罠と判断し、沖合で待ち構える空母から反撃される前にと、予定していた
第3派攻撃を行わずに急きょ引き上げた
・もし予定どおり第3派攻撃が行われドックなどの港湾施設が徹底的に破壊されていたら、
太平洋艦隊は6~7年は使い物にならなかったといわれている
・その前提なら早期に石油禁輸の緩和など有利な和平交渉ができていたかもしれない
といった、わたくしの知らなかった興味深い内容でした
他にも・・・
・今もハワイでは軍人が多く人口140万人の23%を占め観光に次ぐ第2の産業が軍事で第3が農業
・最近東西を結ぶ鉄道ができたけど西側の殆どは軍用地なので軍人以外は乗らない
などなど、他の車中のオハナシも興味深かったです
当カテゴリの第1回記事にも書きましたが、当日2月24日もパールハーバーへの出入りが
いつになく激しくなっており近々に軍の大きな動きがあるかも、ともおっしゃってました
2月28日のイラン攻撃開始でさらに臨戦態勢になってるでしょうし、基地への出入り制限も
さらに厳しくなってるかもですね
で、パールハーバー・ナショナル・メモリアルであります

訳せば「真珠湾国立記念施設」でしょうか、このビジターセンターは国立公園局の管理施設で、
メモリアル施設には画像にある戦艦アリゾナ・戦艦オクラホマ・戦艦ユタの追悼施設のほかにも、
戦艦ミズーリや潜水艦ボーフィンの記念館、当時フォード島にあった海軍航空隊(ヒッカムは
陸軍航空隊)のハンガー(格納庫)を利用した航空博物館など多くの施設があり、わたくし一度は
訪れてみたかったのであります
ちなみにパールハーバー自体は今も重要な軍事施設ですから、入るには厳しい検問もあり、
手荷物は透明バッグに入れるとかパスポート必携とかの制限もありました
上の画像の撮影時刻が朝の6時37分になってますが、早朝なのは戦艦アリゾナ記念館には
一隻のボートでしか渡れず、遅い時間に行くと数時間待ちになり渡れないこともあるので
朝一番に並ぶためだそうです
で、7時にメインゲートが開門、受付で多国語対応の音声ガイド端末(有料)を借りると、
今だけ特典!!!として・・・


こんな限定オリジナル・エコバッグがもらえます!!! これは確かに稀少かもです
と、ようやく明るくなってきたエントランスからは・・・

最初に訪れる追悼施設の戦艦アリゾナ記念館

後方にはその次に訪れる戦艦ミズーリ記念館

他にも見学可能な潜水艦ボーフィンとその付属博物館はじめ、



アリゾナの錨やピーコートでダッフルバッグ(海軍ではシーバッグ)を持ったローン・セイラーなど、

様々な屋外展示もあり、説明板に音声ガイド端末をかざすと日本語で説明してくれます
アリゾナ記念館へのボート始発が8時なので・・・



まずはミュージアムショップを皮切りに・・・
・・・したため、センターのメイン展示は駆け足になりましたが・・・
以下さくさくっと・・・


戦艦の時代から

空母の時代へ






スケールモデルも(誰かさんの作品より???)よくできてました



もちろんスケールモデルやパネル展示だけでなく・・・






実物展示も数多くありましたが・・・

赤色表示されてるAttack Gallery付近だけでこれだけあり、とても全ては回れませんでした
(ミュージアムショップ
でついつい時間を費やしたし・・・)
つーことで、8時には図右端の桟橋からボートでアリゾナ記念館に向かいました
そう、



この記念館の下に戦艦アリゾナと乗員のうち約900名が今も眠っているのであります
(次号に続きます)
ホノルル4日目の朝は、なんと4時半の起床でした
ホテルのビュッフェ朝食は6時からなので・・・



日本から持参した「かもめコーヒー」のドリップパックと昨夜嫁が持参してくれたサラダや
ケーキ・スナック類で軽く朝食・・・手作りスパム握りは昨夜食べたのでありません

5時50分に近くのホテル前に数名が集合して大型バンに乗車、他の予約客とで合計8名ほどが、
ガイド兼ドライバーで日系4世のフカダさんからお話をうかがいます
そう、この日は日本語ガイド付きパールハーバーツアーを夫婦で予約してたのでありますね
「本日は全員がスムースに集合できて時間に少し余裕があるので真珠湾攻撃にゆかりのある
日本領事館を廻ってからパールハーバーに行きます」
なんとなく日本側からは真珠湾、アメリカ側からはパールハーバーと使い分けてたような
気もしましたが、この時のオハナシは・・・
・当時の領事館駐在武官(海軍少尉)が情報収集活動での出入りをアメリカ側に気づかれないよう
正面からではなく横を流れる川から密かに行っていた
(と明るい懐中電灯
でその辺りをスポット照射してくれました
)・12月7日には空母が訓練航海で不在という最新情報も報告していたが大使館経由で伝達が遅れ
攻撃前には海軍軍令部まで伝わっていなかった
・第1派攻撃ではじめて空母の不在を知った南雲中将は、これを奇襲情報を事前に掴んでいた
アメリカ側の罠と判断し、沖合で待ち構える空母から反撃される前にと、予定していた
第3派攻撃を行わずに急きょ引き上げた
・もし予定どおり第3派攻撃が行われドックなどの港湾施設が徹底的に破壊されていたら、
太平洋艦隊は6~7年は使い物にならなかったといわれている
・その前提なら早期に石油禁輸の緩和など有利な和平交渉ができていたかもしれない
といった、わたくしの知らなかった興味深い内容でした
他にも・・・
・今もハワイでは軍人が多く人口140万人の23%を占め観光に次ぐ第2の産業が軍事で第3が農業
・最近東西を結ぶ鉄道ができたけど西側の殆どは軍用地なので軍人以外は乗らない
などなど、他の車中のオハナシも興味深かったです
当カテゴリの第1回記事にも書きましたが、当日2月24日もパールハーバーへの出入りが
いつになく激しくなっており近々に軍の大きな動きがあるかも、ともおっしゃってました
2月28日のイラン攻撃開始でさらに臨戦態勢になってるでしょうし、基地への出入り制限も
さらに厳しくなってるかもですね
で、パールハーバー・ナショナル・メモリアルであります

訳せば「真珠湾国立記念施設」でしょうか、このビジターセンターは国立公園局の管理施設で、
メモリアル施設には画像にある戦艦アリゾナ・戦艦オクラホマ・戦艦ユタの追悼施設のほかにも、
戦艦ミズーリや潜水艦ボーフィンの記念館、当時フォード島にあった海軍航空隊(ヒッカムは
陸軍航空隊)のハンガー(格納庫)を利用した航空博物館など多くの施設があり、わたくし一度は
訪れてみたかったのであります

ちなみにパールハーバー自体は今も重要な軍事施設ですから、入るには厳しい検問もあり、
手荷物は透明バッグに入れるとかパスポート必携とかの制限もありました
上の画像の撮影時刻が朝の6時37分になってますが、早朝なのは戦艦アリゾナ記念館には
一隻のボートでしか渡れず、遅い時間に行くと数時間待ちになり渡れないこともあるので
朝一番に並ぶためだそうです
で、7時にメインゲートが開門、受付で多国語対応の音声ガイド端末(有料)を借りると、
今だけ特典!!!として・・・


こんな限定オリジナル・エコバッグがもらえます!!! これは確かに稀少かもです

と、ようやく明るくなってきたエントランスからは・・・

最初に訪れる追悼施設の戦艦アリゾナ記念館

後方にはその次に訪れる戦艦ミズーリ記念館

他にも見学可能な潜水艦ボーフィンとその付属博物館はじめ、



アリゾナの錨やピーコートでダッフルバッグ(海軍ではシーバッグ)を持ったローン・セイラーなど、

様々な屋外展示もあり、説明板に音声ガイド端末をかざすと日本語で説明してくれます
アリゾナ記念館へのボート始発が8時なので・・・



まずはミュージアムショップを皮切りに・・・

・・・したため、センターのメイン展示は駆け足になりましたが・・・

以下さくさくっと・・・


戦艦の時代から

空母の時代へ






スケールモデルも(誰かさんの作品より???)よくできてました




もちろんスケールモデルやパネル展示だけでなく・・・






実物展示も数多くありましたが・・・

赤色表示されてるAttack Gallery付近だけでこれだけあり、とても全ては回れませんでした
(ミュージアムショップ
でついつい時間を費やしたし・・・)つーことで、8時には図右端の桟橋からボートでアリゾナ記念館に向かいました
そう、



この記念館の下に戦艦アリゾナと乗員のうち約900名が今も眠っているのであります
(次号に続きます)
