2026年07月25日
居酒屋ほろ酔い考現学
ええ、前回記事の続きつーか、同じ著者による・・・

居酒屋ほろ酔い考現学とゆー本であります
表表紙カバー裏にあった惹句

裏表紙カバー裏にあった著者紹介

そう、前回記事で取り上げた「新しい階級社会」の著者の別の本で、
わたくしこちらを読んで、この人は信頼できる社会学者だと確信しました
奥付


2008年に刊行された内容に2014年に加筆修正して文庫化した本だそうです
なので飲食物の値段は2008年当時、統計データなど文庫化時点での加筆修正もありますが、
いずれにしても10年以上前の社会状況や数値になります
その後に酒税の見直しをはじめインバウンド客の激増やコロナ禍など、居酒屋をとりまく
環境の変化もありましたが、全体として社会状況が好転しているとはとても言えないので、
現在でも充分示唆に富む内容で、特に著者の「居酒屋愛」がひしひしと伝わってくるのが、
前回記事の本との大きな違いでした
裏表紙カバーにあった目次

さらに詳細な目次



(以下てきとーメモですが著作物からなので公開に問題があれば非公開設定にします)
序より
・私は週に2~3日は居酒屋に行く
⇒行くと決まって梯子酒になるから居酒屋の数は週に6~7軒にもなる
⇒ぼーっとしていることもあれば、店の人やほかの客と話すこともある
⇒推敲したり校正したりすることもあれば、美酒と料理をじっくり味わうこともある
・いくつかの店を紹介しているが本書は居酒屋ガイドでもグルメガイドでもない
⇒居酒屋について考え、居酒屋を通じて東京を、そして現代日本を考えようとするものである
(以下の98kメモでは店の紹介などは(東京を知らないので)全て省略しています)
第1章より
・居酒屋通いを始めたのは大学院に入学して20代も半ばになった頃から
⇒年代でいえば1980年代の前半から
⇒当時は地酒ブームが始まってまもない頃だった
⇒私も美味い酒が飲みたくて(自分で買う方が安いが種類が限られるので)全国の地酒を
揃えた店へ(そんな店は貧乏学生には安くはなく、そうそう行けなかった)
⇒しばらくすると普通の値段の居酒屋でも数種類程度の地酒をおくことがおおくなった
⇒こうなれば安い店に限るので、ますます足繁く通うようになった
・美味い酒が飲みたくて行ってたのが、そのうち居酒屋に行きたくて行くようになった
⇒居酒屋で時間を過ごすことが自己目的になったのである
⇒こうなれば居心地の良さが最重要であって、それと酒と料理の最低条件に地の利があれば
「行きつけの店」の条件は整う⇒その日の気分などで使い分けることもある
(98kさんの場合は、学生時代にはまだ酒を殆ど飲まず、就職後も付き合い酒だけでしたが、
家族持ちになってから仕事帰りの短時間だけ立ち飲み屋に自主的に通うようになりました
たいてい職場の同僚と一緒でしたが、店の人やほかの客と話すことも多く、やはり家庭と職場
(と地域と趣味の世界)以外の居場所も必要だったのでしょうか・・・
居酒屋に限らず立ち飲み屋でも確かに居心地の良さが最重要でした
帰宅してからの夕食でも家内と飲むようになってたので(それで体重が激増してましたが)、
酒と料理といっても、せいぜいビールにポテサラと何か一品ぐらいだったし
)
(閑話休題)
・大学は特殊な世界で同僚たちは研究と教育と大学内部の雑務しか頭にない
⇒こんな世界に身を置いてると、この世のことがわからなくなってしまう
⇒数学者や哲学者ならともかく、社会学者としては死活問題である
⇒だが大衆酒場で酔いが回ってくると、私の社会に対する感覚の歪みが修正されていくのだ
・スーツ姿のサラリーマン(新中間階級)が集まる都心の大衆酒場と、工員など(労働者階級)が
集まる周辺部の大衆酒場では格差があり階級の区別があったが、大きな違いはなかった
⇒たとえばビール大瓶なら600円と500円、高い店と安い店でも680円と420円の差ぐらい
⇒どちらも「中流の暮らしをしている」といえなくもなかった
・世紀の変わり目あたりから客層が変わりはじめた
⇒周辺部の大衆酒場もサラリーマンやOLだけになった(都心の高級居酒屋は閉店していた)
⇒製造業が衰退し低賃金の派遣労働者になり、多くの自営業者が廃業して僅かな年金だけに
⇒その空白をサラリーマンとOLが埋め始めたのである
⇒多くの人が「普通の暮らし」からこぼれ落ち始めたことを意味する
・居酒屋で飲みたい男性が何日かに一度ぐらい居酒屋に行くのは「普通の暮らし」の一部
⇒「普通の暮らし」からこぼれ落ちることを貧困という
⇒憲法の「健康で文化的な生活」とは「普通の暮らし」であり「飢え死にしない生活」ではない
⇒正月ぐらいはおせちで朝酒、春には花見酒、自分の誕生日にはちょっといい酒を飲み、
友人の披露宴には祝儀を持って、親しかった人の弔いの酒席には喪服を着て顔を出すような、
貧しいなら貧しいなりの当たり前の習慣が維持できること
⇒それが「普通の暮らし」であり、たまに居酒屋に行くのもその一部である
・収入階級別1ヶ月あたり飲酒代支出の推移(1989~2009)
(収入階級を20%ずつ5段階に分け、外食費のうち飲酒代に使った支出の折れ線グラフ)
⇒20年間で最裕福階級5に大きな変化はないが、それ以外の階級では1/2以下に減少している
⇒決定的な変化は最貧階級1では1994年、階級2では1999年、そして階級3と4では2004年に
大幅な減少が起こっている
⇒減り方は収入の少ない階級ほど激しい
⇒収入に対する飲酒代の比率も同様で日本人の飲酒行動が激変している
⇒貧乏人は酒を飲むな⇒これが今の日本である
・立ち飲み屋の復活
⇒大阪や北九州ではずっと健在だったが見栄っ張りの東京では一時期、衰退していた
⇒経済成長そしてバブル景気でサラリーマンが寄りつかなくなったから
⇒ところが世紀の変わり目あたりから東京でも増殖し始めた
⇒小料理屋で飲んでたサラリーマンもカフェバーで飲んでた若者もレストラン巡りしていた
女性たちも立ち飲みに集まってくる
⇒不景気でも富裕層の所得が大幅に増えている反面、大多数の人々の所得が減っているから
⇒この格差拡大が立ち飲み復活の最大の要因
・居酒屋は社会を映し出す鏡であり行けば社会がわかる社会学者のフィールドなのだ
第2章より
・今和次郎の考現学(略)
⇒当時の社会主義思想の階級イメージとは一線を画するものだった
・松崎天民の銀座(略)
⇒震災後に様々な階級が集まるようになった⇒象徴するのがビヤホール
・草柳大蔵の大衆酒場論(略)
⇒朝鮮特需後の一時的なデフレに社用族は高級料亭からビヤホールへ⇒まるで現代の日本
・私の居酒屋観察記録フォーマット(略)
⇒小型のデジタルカメラと黒い目立たない手帳への書き込み
第3章より
・加太こうじの浅草物語
⇒震災後に学生、知識人、サラリーマンの多くは浅草から銀座、新宿へ
⇒銀座は上流階級の盛り場から少し大衆化して中流以上の街に
・映画に描かれる銀座
⇒小津安二郎の秋日和、秋刀魚の味、山田洋二の下町の太陽、市川準の会社物語(ガード下)、
山崎貴のALWAYS三丁目の夕日・・・
・銀座ライオン、ホッピーetc(以下略)
第4章より
・新宿駅東口の駅前にできた新宿マーケットが戦後ヤミ市の発祥
⇒敗戦の5日後に関東小津組の親分が多数の店を組織的に出店させた
(生産者から適正価格で買い取り2割の利益で売ることで警察や関係官庁に容認させていた)
(公定価格よりは高いが闇価格よりは安い「ヤミ市」は次第に正当化されていった)
⇒空襲で破壊された駅前商店街跡にはテキ屋以外に復員軍人や遺族や戦災者の素人も流れ込んだ
・ヤミ市の存続の仕方(店の紹介は略)
①戦災復興土地区画整理事業により新宿駅東口から代替地に早期移転した新宿ゴールデン街など
②1960年代以降も存続し駅の地下街や駅前ビルの地下飲食店街になった新橋駅前など
③建て替えられ現在も残っている新宿駅西口横の思い出横丁や吉祥寺駅北口のハモニカ横丁など
第5章より
・豚の臓物を串焼きにした「焼鳥」は戦前から一般的だった(鶏肉は高級品だった)
⇒1931年に草野心平が新宿の紀伊国屋書店裏に移転した「やきとり屋台」も豚の臓物
⇒ホルモン料理の名称も1920年代から存在しており俗説と異なり医学用語のホルモンから
(1937年には大阪の飲食店業者がホルモンを使った商標を登録している)
・ヤミ市の「やきとり=モツ焼き」文化が全ての階級へ⇒今日の大衆的な居酒屋へ
(98kさんの私見ですが・・・大阪では「串カツ」文化の影響も大きいでしょう
おそらく昭和30年代の小学生だった頃に(酒を飲まない)父親に連れられ市電やチン電に乗って、
新世界ジャンジャン横町の串カツ屋で食べたことが何度かあり、いつも大盛況だったことを
はっきりと覚えてますし、今も大阪の居酒屋や立ち飲み屋の定番メニューといえば、まずは
関東煮に串カツにどて焼ですし・・・
)
(閑話休題)
第6章より
・小林信彦「私説東京放浪記」
⇒山の手と下町の国境⇒今も格差は拡大している
・慶應義塾幼稚舎で寄宿舎生活をした獅子文六のエッセイ「山の手の子」と「町ッ子」
⇒山の手には田舎から出てきた下級武士の出身者が多く野暮なノテ気質と軽蔑されてたが、
二代目ともなると都会人になり下町のイキに対するハイカラになっていく
第7章より
・小林信彦「私説東京繁盛記」
⇒1980年以降に下町は素晴らしいところとして描かれるが、
⇒1960年代には「笑うべきアナクロニズム」の土地であり公害と悪臭の町とされていた
・1969年に始まる寅さん映画が柴又を舞台にしたのは、すでに旧下町が消滅し下町人情物語が
千葉との県境あたりまで行かないと成立しなくなったから
⇒1963年の「下町の太陽」も決して積極的なプラスイメージではない
・下町イメージの変化は1970年代後半から
⇒この時期から雑誌が下町を特集している
・格差が拡大するから富裕な地域はますます富裕になり貧しい地域はますます貧しくなる
⇒企業の低賃金パート労働や派遣労働、グローバル化による中小零細企業の経営悪化、これらを
国が規制緩和で後押ししていることによるもので、足立区など自治体の範囲を超えた問題
・永井荷風は山の手の小石川に士族の息子として生まれたが、新しい下町まで終生愛した
⇒川本三郎「荷風と東京~断腸亭日乗~私註」
⇒都心や西東京では急速に消えつつある昭和20~30年代の風景が残っている新しい下町
⇒その全域を丹念に追い続け、そして居酒屋に入ってビールを飲む
・下町の居酒屋では常連客を中心にゆるいコミュニティを感じる
⇒ビジネスでもプライベートでもないパブリックな空間
⇒サイデンステッカーは東京はアイルランドのダブリンに似ていると言っていた
⇒パブでみんなが仲間になるから⇒そんな居酒屋が多いのが下町
⇒日本がエリートやホワイトカラーだけの社会ではないこと、東京でもまだまだコミュニティと
いえるような人の繋がりがあることを知ることができるのである
第8章より
・東京山の手の内部は多様で格差は非常に大きい(略)
⇒下町の居酒屋には共通の良さ(略)があるが、山の手の居酒屋に共通の「らしさ」はない
⇒高級住宅地イメージが不動産業者やディベロッパーによる虚構であることを実感できる
・山の手の住宅地は職住分離で飲むなら会社近くの繁華街という前提
⇒一昔前なら夫は外で仕事、妻は自宅で家事と育児だったが、今の標準的な家庭ではない
⇒そもそも、この前提では引退した高齢者の行く場所がない
⇒多くの主婦たちも料理や片付けの手間を考えず夫婦でくつろげる場所を求めている
・下町は職住近接で地域社会に根ざした居酒屋文化が花開いた
⇒郊外の住宅地も成熟するにつれ下町的な商店街を周囲に形成する
⇒そこに不可欠な基礎インフラが居酒屋
・大ヒットした「ALWAYS三丁目の夕日」の舞台は古い下町の港区・芝
⇒寅さん映画が東京の東のはずれまで行かなければ成り立たなかったのと同様に、
時代を昭和30年代に設定することによって初めて成立した虚構の物語だが、
⇒人々がそれを求めること自体、現代の山の手に飽き足らなくなっていることの現れ
⇒下町が劣り山の手が優れるという価値序列のインチキさに気づき始めている
・地元の商店街と居酒屋を核とした下町的な共有空間が求められているのである
第9章より
・近年のビール消費の低迷(1990~2012)
⇒戦後日本では「とりあえずビール」が酒宴の始まりだった
⇒焼酎・酎ハイなどアルコールあたり単価の安い酒へシフトしている
・経済格差が一番小さかった1974年の収入階級別酒類消費額
(収入階級を20%ずつ5段階に分け、ウィスキー・特級1級・2級・焼酎・ビールで比較)
⇒最富裕階級と最貧階級ではウィスキーと焼酎がそれぞれ2倍の差で逆転しているが、
(当時ウィスキーはまだ高級品で焼酎は安酒だったので当然か)
⇒特級1級ではやや格差はあるが日本酒全体では階級差は大きくはなく大部分に飲まれていた
⇒ビールも同様で特に中間3階級が分厚いが最富裕階級も最貧階級もある程度は飲んでいた
⇒ビールと2級酒が飲酒のナショナルスタンダードあるいはナショナルミニマムだった
・収入階級別ビール消費額の推移(1969~2009)
⇒ビール消費額の格差は1969~1974で大幅に縮小したが1984年には豊かな2階級では消費量が
増加したのに対し、最貧階級では大幅に減少する
⇒2004年には最貧と最富裕の格差が1.72倍に、2009年には中間3階級がビール消費を減らし、
ビールはあたかも最富裕階級の酒に・・・
・2009年の収入階級別酒類消費額ではウィスキー・日本酒(等級が廃止された)・焼酎・
ワイン(消費量が増え追加された)・発泡酒(新設)で、各階級特有のパターンが現れる
(1974年ではウィスキーと焼酎の逆転以外に階級による違いはほぼなかった)
⇒最貧階級1ではどの酒の消費量も平均より少ない
⇒ひとつ上の階級2では発泡酒が突出しており焼酎がやや多い
⇒真ん中の階級3では発泡酒が平均よりやや多く、日本酒・焼酎・ビールは平均レベルで、
ウィスキーとワインは少ない
⇒収入がやや多い階級4ではどの酒も平均を僅かに上回る水準でバランスのとれた飲酒生活
⇒最富裕階級5ではワインとウィスキーが平均の2倍、日本酒とビールも平均を大きく上回る
・1974年には全ての階級で日本酒とビールが飲まれてたが2009年には階級で分化している
⇒最貧階級1では安い焼酎すら他の階級なみには飲めず、最富裕階級5ではビールと日本酒を
飲み続け、好みでウィスキーとワインを組み合わせる多彩で豊かな飲酒生活
⇒他の中間3階級もそれぞれ収入に見合った飲酒パターンを形成している
・昔のホワイトカラーサラリーマンにはサントリー・オールド(ダルマ)階級社会があった
⇒ダルマをキープできるのは課長以上(それまではホワイトあたり)、部長になればスコッチ
⇒今はウィスキー特に輸入ウィスキーが劇的に安くなってるのに売れなくなっている
⇒みんなが中流といえた時代の終わりと関係する可能性がある
(先日、NHKテレビ番組「探検ファクトリー」でウィスキー樽の製造工場をやってましたが、
ウィスキーの課税数量は2007年の最低時から3倍に回復しているとありました
2008年から回復を続けている背景には何があるのか???
あらためて棒グラフを見てみると2019年からのコロナ禍による外出自粛のせいなのか、
2020年と2021年はやや落ち込んでますが、その後は右肩上がりのまま・・・
さらに2019年を100とした家庭での実質購入量の別の折れ線グラフを見ると、コロナ禍で
2020年には家庭での酒類購入が急増、中でもウィスキーだけが突出しており、しかも
ウィスキーだけが高止まりで、ほぼ横ばいのまま推移しています・・・
酎ハイブームと同じくハイボールブームが続いているのか、興味津々の98kです)
(閑話休題)
・ビールのシェアは発泡酒と缶入り酎ハイへ
⇒飲食店で発泡酒などを出すことは少ないので家で飲む酒の内訳がよほど大きく変化している
・収入階級別酒税負担率は逆進的(税率はワインが安くビールや焼酎が高いから)
⇒年収450万までは35%を超え年収1500万を超えると30%まで下がる
(さらに年収2000万を超えるとワイン支出が跳ね上がるが税負担は少ないまま)
・居酒屋・ビヤホール等の売り上げの推移(1980~2013)
⇒1992年をピークに2013年には7割まで減った
⇒業界でのシェアもピーク1988年の5.4%から2013年には4.2%に
⇒高めの店と安価な立ち飲みに両極化している
・ワーキングプアでは居酒屋にも行けないが居酒屋で働いているのはワーキングプア
・日本の居酒屋文化・酒文化は崩壊の淵にある
⇒居酒屋で飲むのはささやかな贅沢
⇒なので分厚い中間階級が存在するときに豊かな居酒屋文化・酒文化が生まれるが、
⇒格差が拡大しビールから発泡酒・酎ハイへ(上級財から下級財へのシフト)、居酒屋離れに
・居酒屋には様々な社会的機能があり、安らぎを得る場所であり、人とのつながりを作り出す場所
⇒これが失われる損失は大きい
・酒税体系と酒販免許制度の抜本的な改革を
⇒従量税ではなく従価税に
(現状ではビール大瓶の酒税が139円で100万円のロマネコンティの酒税が60円)
⇒酒販免許が厳しく飲食店は卸売業者から直接買えないので酒の値段は高くなる
⇒酒の小売店も保護すべきなので、せめて庶民が飲む普通のビールや甲類焼酎ぐらいは
飲食店用の制限付き酒販免許制度の新設を
・居酒屋の経営が安定すれば非正規従業員の賃金引き上げや正規雇用にもなる
(最賃引き上げは零細圧迫だとストップをかけてるのは零細下請けから搾取している大企業)
・酒税体系と酒販免許制度の改善で下がった分の半分は経営の安定化と店員の待遇改善に
⇒居酒屋好きなら値下げは半分でも我慢し文句は言わないはずだ
⇒格差拡大への対策とともに居酒屋文化を守るための制度改革が必要
⇒多くの居酒屋経営者は高齢化しており後継者がおらず事態は急を要する・・・
あとがきにかえてより
・居酒屋以外では絶対に出会うはずのない数知れない人々に出会った
⇒バブル経済で大儲けした経営者、隣り合わせになった一週間後に逮捕された風俗業者、
出入り業者に飲食費を払わせている医学部教授、セクハラ建築家、窓際族、工務店主・・・
・公式の場より先に大学近くの居酒屋で知り合った同僚も多い
⇒会議で初めて会った人より親しくなる傾向があるが酒飲み同士だからというだけではない
⇒最初に作った人間関係が権力や利害とは無縁な対等な関係だから後まで続くのである
・居酒屋は人を平等にする
⇒大衆酒場では金も権力も全く意味を持たず、それが嫌な人は来ない
⇒人と人とが水平につながり、水平なのでさらに広がっていくこともある
⇒居酒屋はインターネットなのである
・16世紀の英国パブは身分を超えてたが18世紀には多様化し分裂しはじめる(海野弘)
⇒背景にあったのは階級的対立の激化
⇒現代日本の居酒屋にもその傾向がある
⇒格差の拡大で階級に沿って分化しはじめる
・インターネットが利用者の経済力で分断されたらインターネットではない
⇒人と人をつなぐ機能は極端に低下する
⇒居酒屋もそうなろうとしている
・すべての階級の人々が集まる大衆酒場は相互理解を生む
⇒大衆酒場こそ目指すべき社会のモデルなのだ
⇒それぞれが違う仕事をし地位や収入が多少は違っていても、極端な格差にはならず、
大衆酒場の同じカウンターを囲む者同士の関係を結べる社会でありたい
・そんな大衆酒場で私が飲んでる可能性は決して低くはないので、声をかけて下さい
⇒そこからまた、ネットワークが広がるだろうから・・・
・・・・・
いやあ、あらためて著者が信頼できる社会学者だと確信しました

居酒屋ほろ酔い考現学とゆー本であります
表表紙カバー裏にあった惹句

裏表紙カバー裏にあった著者紹介

そう、前回記事で取り上げた「新しい階級社会」の著者の別の本で、
わたくしこちらを読んで、この人は信頼できる社会学者だと確信しました

奥付


2008年に刊行された内容に2014年に加筆修正して文庫化した本だそうです
なので飲食物の値段は2008年当時、統計データなど文庫化時点での加筆修正もありますが、
いずれにしても10年以上前の社会状況や数値になります
その後に酒税の見直しをはじめインバウンド客の激増やコロナ禍など、居酒屋をとりまく
環境の変化もありましたが、全体として社会状況が好転しているとはとても言えないので、
現在でも充分示唆に富む内容で、特に著者の「居酒屋愛」がひしひしと伝わってくるのが、
前回記事の本との大きな違いでした

裏表紙カバーにあった目次

さらに詳細な目次



(以下てきとーメモですが著作物からなので公開に問題があれば非公開設定にします)
序より
・私は週に2~3日は居酒屋に行く
⇒行くと決まって梯子酒になるから居酒屋の数は週に6~7軒にもなる
⇒ぼーっとしていることもあれば、店の人やほかの客と話すこともある
⇒推敲したり校正したりすることもあれば、美酒と料理をじっくり味わうこともある
・いくつかの店を紹介しているが本書は居酒屋ガイドでもグルメガイドでもない
⇒居酒屋について考え、居酒屋を通じて東京を、そして現代日本を考えようとするものである
(以下の98kメモでは店の紹介などは(東京を知らないので)全て省略しています)
第1章より
・居酒屋通いを始めたのは大学院に入学して20代も半ばになった頃から
⇒年代でいえば1980年代の前半から
⇒当時は地酒ブームが始まってまもない頃だった
⇒私も美味い酒が飲みたくて(自分で買う方が安いが種類が限られるので)全国の地酒を
揃えた店へ(そんな店は貧乏学生には安くはなく、そうそう行けなかった)
⇒しばらくすると普通の値段の居酒屋でも数種類程度の地酒をおくことがおおくなった
⇒こうなれば安い店に限るので、ますます足繁く通うようになった
・美味い酒が飲みたくて行ってたのが、そのうち居酒屋に行きたくて行くようになった
⇒居酒屋で時間を過ごすことが自己目的になったのである
⇒こうなれば居心地の良さが最重要であって、それと酒と料理の最低条件に地の利があれば
「行きつけの店」の条件は整う⇒その日の気分などで使い分けることもある
(98kさんの場合は、学生時代にはまだ酒を殆ど飲まず、就職後も付き合い酒だけでしたが、
家族持ちになってから仕事帰りの短時間だけ立ち飲み屋に自主的に通うようになりました
たいてい職場の同僚と一緒でしたが、店の人やほかの客と話すことも多く、やはり家庭と職場
(と地域と趣味の世界)以外の居場所も必要だったのでしょうか・・・
居酒屋に限らず立ち飲み屋でも確かに居心地の良さが最重要でした
帰宅してからの夕食でも家内と飲むようになってたので(それで体重が激増してましたが)、
酒と料理といっても、せいぜいビールにポテサラと何か一品ぐらいだったし
)(閑話休題)
・大学は特殊な世界で同僚たちは研究と教育と大学内部の雑務しか頭にない
⇒こんな世界に身を置いてると、この世のことがわからなくなってしまう
⇒数学者や哲学者ならともかく、社会学者としては死活問題である
⇒だが大衆酒場で酔いが回ってくると、私の社会に対する感覚の歪みが修正されていくのだ

・スーツ姿のサラリーマン(新中間階級)が集まる都心の大衆酒場と、工員など(労働者階級)が
集まる周辺部の大衆酒場では格差があり階級の区別があったが、大きな違いはなかった
⇒たとえばビール大瓶なら600円と500円、高い店と安い店でも680円と420円の差ぐらい
⇒どちらも「中流の暮らしをしている」といえなくもなかった
・世紀の変わり目あたりから客層が変わりはじめた
⇒周辺部の大衆酒場もサラリーマンやOLだけになった(都心の高級居酒屋は閉店していた)
⇒製造業が衰退し低賃金の派遣労働者になり、多くの自営業者が廃業して僅かな年金だけに
⇒その空白をサラリーマンとOLが埋め始めたのである
⇒多くの人が「普通の暮らし」からこぼれ落ち始めたことを意味する
・居酒屋で飲みたい男性が何日かに一度ぐらい居酒屋に行くのは「普通の暮らし」の一部
⇒「普通の暮らし」からこぼれ落ちることを貧困という
⇒憲法の「健康で文化的な生活」とは「普通の暮らし」であり「飢え死にしない生活」ではない
⇒正月ぐらいはおせちで朝酒、春には花見酒、自分の誕生日にはちょっといい酒を飲み、
友人の披露宴には祝儀を持って、親しかった人の弔いの酒席には喪服を着て顔を出すような、
貧しいなら貧しいなりの当たり前の習慣が維持できること
⇒それが「普通の暮らし」であり、たまに居酒屋に行くのもその一部である
・収入階級別1ヶ月あたり飲酒代支出の推移(1989~2009)
(収入階級を20%ずつ5段階に分け、外食費のうち飲酒代に使った支出の折れ線グラフ)
⇒20年間で最裕福階級5に大きな変化はないが、それ以外の階級では1/2以下に減少している
⇒決定的な変化は最貧階級1では1994年、階級2では1999年、そして階級3と4では2004年に
大幅な減少が起こっている
⇒減り方は収入の少ない階級ほど激しい
⇒収入に対する飲酒代の比率も同様で日本人の飲酒行動が激変している
⇒貧乏人は酒を飲むな⇒これが今の日本である
・立ち飲み屋の復活
⇒大阪や北九州ではずっと健在だったが見栄っ張りの東京では一時期、衰退していた
⇒経済成長そしてバブル景気でサラリーマンが寄りつかなくなったから
⇒ところが世紀の変わり目あたりから東京でも増殖し始めた
⇒小料理屋で飲んでたサラリーマンもカフェバーで飲んでた若者もレストラン巡りしていた
女性たちも立ち飲みに集まってくる
⇒不景気でも富裕層の所得が大幅に増えている反面、大多数の人々の所得が減っているから
⇒この格差拡大が立ち飲み復活の最大の要因
・居酒屋は社会を映し出す鏡であり行けば社会がわかる社会学者のフィールドなのだ
第2章より
・今和次郎の考現学(略)
⇒当時の社会主義思想の階級イメージとは一線を画するものだった
・松崎天民の銀座(略)
⇒震災後に様々な階級が集まるようになった⇒象徴するのがビヤホール
・草柳大蔵の大衆酒場論(略)
⇒朝鮮特需後の一時的なデフレに社用族は高級料亭からビヤホールへ⇒まるで現代の日本
・私の居酒屋観察記録フォーマット(略)
⇒小型のデジタルカメラと黒い目立たない手帳への書き込み
第3章より
・加太こうじの浅草物語
⇒震災後に学生、知識人、サラリーマンの多くは浅草から銀座、新宿へ
⇒銀座は上流階級の盛り場から少し大衆化して中流以上の街に
・映画に描かれる銀座
⇒小津安二郎の秋日和、秋刀魚の味、山田洋二の下町の太陽、市川準の会社物語(ガード下)、
山崎貴のALWAYS三丁目の夕日・・・
・銀座ライオン、ホッピーetc(以下略)
第4章より
・新宿駅東口の駅前にできた新宿マーケットが戦後ヤミ市の発祥
⇒敗戦の5日後に関東小津組の親分が多数の店を組織的に出店させた
(生産者から適正価格で買い取り2割の利益で売ることで警察や関係官庁に容認させていた)
(公定価格よりは高いが闇価格よりは安い「ヤミ市」は次第に正当化されていった)
⇒空襲で破壊された駅前商店街跡にはテキ屋以外に復員軍人や遺族や戦災者の素人も流れ込んだ
・ヤミ市の存続の仕方(店の紹介は略)
①戦災復興土地区画整理事業により新宿駅東口から代替地に早期移転した新宿ゴールデン街など
②1960年代以降も存続し駅の地下街や駅前ビルの地下飲食店街になった新橋駅前など
③建て替えられ現在も残っている新宿駅西口横の思い出横丁や吉祥寺駅北口のハモニカ横丁など
第5章より
・豚の臓物を串焼きにした「焼鳥」は戦前から一般的だった(鶏肉は高級品だった)
⇒1931年に草野心平が新宿の紀伊国屋書店裏に移転した「やきとり屋台」も豚の臓物
⇒ホルモン料理の名称も1920年代から存在しており俗説と異なり医学用語のホルモンから
(1937年には大阪の飲食店業者がホルモンを使った商標を登録している)
・ヤミ市の「やきとり=モツ焼き」文化が全ての階級へ⇒今日の大衆的な居酒屋へ
(98kさんの私見ですが・・・大阪では「串カツ」文化の影響も大きいでしょう
おそらく昭和30年代の小学生だった頃に(酒を飲まない)父親に連れられ市電やチン電に乗って、
新世界ジャンジャン横町の串カツ屋で食べたことが何度かあり、いつも大盛況だったことを
はっきりと覚えてますし、今も大阪の居酒屋や立ち飲み屋の定番メニューといえば、まずは
関東煮に串カツにどて焼ですし・・・
)(閑話休題)
第6章より
・小林信彦「私説東京放浪記」
⇒山の手と下町の国境⇒今も格差は拡大している
・慶應義塾幼稚舎で寄宿舎生活をした獅子文六のエッセイ「山の手の子」と「町ッ子」
⇒山の手には田舎から出てきた下級武士の出身者が多く野暮なノテ気質と軽蔑されてたが、
二代目ともなると都会人になり下町のイキに対するハイカラになっていく
第7章より
・小林信彦「私説東京繁盛記」
⇒1980年以降に下町は素晴らしいところとして描かれるが、
⇒1960年代には「笑うべきアナクロニズム」の土地であり公害と悪臭の町とされていた
・1969年に始まる寅さん映画が柴又を舞台にしたのは、すでに旧下町が消滅し下町人情物語が
千葉との県境あたりまで行かないと成立しなくなったから
⇒1963年の「下町の太陽」も決して積極的なプラスイメージではない
・下町イメージの変化は1970年代後半から
⇒この時期から雑誌が下町を特集している
・格差が拡大するから富裕な地域はますます富裕になり貧しい地域はますます貧しくなる
⇒企業の低賃金パート労働や派遣労働、グローバル化による中小零細企業の経営悪化、これらを
国が規制緩和で後押ししていることによるもので、足立区など自治体の範囲を超えた問題
・永井荷風は山の手の小石川に士族の息子として生まれたが、新しい下町まで終生愛した
⇒川本三郎「荷風と東京~断腸亭日乗~私註」
⇒都心や西東京では急速に消えつつある昭和20~30年代の風景が残っている新しい下町
⇒その全域を丹念に追い続け、そして居酒屋に入ってビールを飲む
・下町の居酒屋では常連客を中心にゆるいコミュニティを感じる
⇒ビジネスでもプライベートでもないパブリックな空間
⇒サイデンステッカーは東京はアイルランドのダブリンに似ていると言っていた
⇒パブでみんなが仲間になるから⇒そんな居酒屋が多いのが下町
⇒日本がエリートやホワイトカラーだけの社会ではないこと、東京でもまだまだコミュニティと
いえるような人の繋がりがあることを知ることができるのである
第8章より
・東京山の手の内部は多様で格差は非常に大きい(略)
⇒下町の居酒屋には共通の良さ(略)があるが、山の手の居酒屋に共通の「らしさ」はない
⇒高級住宅地イメージが不動産業者やディベロッパーによる虚構であることを実感できる
・山の手の住宅地は職住分離で飲むなら会社近くの繁華街という前提
⇒一昔前なら夫は外で仕事、妻は自宅で家事と育児だったが、今の標準的な家庭ではない
⇒そもそも、この前提では引退した高齢者の行く場所がない
⇒多くの主婦たちも料理や片付けの手間を考えず夫婦でくつろげる場所を求めている
・下町は職住近接で地域社会に根ざした居酒屋文化が花開いた
⇒郊外の住宅地も成熟するにつれ下町的な商店街を周囲に形成する
⇒そこに不可欠な基礎インフラが居酒屋
・大ヒットした「ALWAYS三丁目の夕日」の舞台は古い下町の港区・芝
⇒寅さん映画が東京の東のはずれまで行かなければ成り立たなかったのと同様に、
時代を昭和30年代に設定することによって初めて成立した虚構の物語だが、
⇒人々がそれを求めること自体、現代の山の手に飽き足らなくなっていることの現れ
⇒下町が劣り山の手が優れるという価値序列のインチキさに気づき始めている
・地元の商店街と居酒屋を核とした下町的な共有空間が求められているのである
第9章より
・近年のビール消費の低迷(1990~2012)
⇒戦後日本では「とりあえずビール」が酒宴の始まりだった
⇒焼酎・酎ハイなどアルコールあたり単価の安い酒へシフトしている
・経済格差が一番小さかった1974年の収入階級別酒類消費額
(収入階級を20%ずつ5段階に分け、ウィスキー・特級1級・2級・焼酎・ビールで比較)
⇒最富裕階級と最貧階級ではウィスキーと焼酎がそれぞれ2倍の差で逆転しているが、
(当時ウィスキーはまだ高級品で焼酎は安酒だったので当然か)
⇒特級1級ではやや格差はあるが日本酒全体では階級差は大きくはなく大部分に飲まれていた
⇒ビールも同様で特に中間3階級が分厚いが最富裕階級も最貧階級もある程度は飲んでいた
⇒ビールと2級酒が飲酒のナショナルスタンダードあるいはナショナルミニマムだった
・収入階級別ビール消費額の推移(1969~2009)
⇒ビール消費額の格差は1969~1974で大幅に縮小したが1984年には豊かな2階級では消費量が
増加したのに対し、最貧階級では大幅に減少する
⇒2004年には最貧と最富裕の格差が1.72倍に、2009年には中間3階級がビール消費を減らし、
ビールはあたかも最富裕階級の酒に・・・
・2009年の収入階級別酒類消費額ではウィスキー・日本酒(等級が廃止された)・焼酎・
ワイン(消費量が増え追加された)・発泡酒(新設)で、各階級特有のパターンが現れる
(1974年ではウィスキーと焼酎の逆転以外に階級による違いはほぼなかった)
⇒最貧階級1ではどの酒の消費量も平均より少ない
⇒ひとつ上の階級2では発泡酒が突出しており焼酎がやや多い
⇒真ん中の階級3では発泡酒が平均よりやや多く、日本酒・焼酎・ビールは平均レベルで、
ウィスキーとワインは少ない
⇒収入がやや多い階級4ではどの酒も平均を僅かに上回る水準でバランスのとれた飲酒生活
⇒最富裕階級5ではワインとウィスキーが平均の2倍、日本酒とビールも平均を大きく上回る
・1974年には全ての階級で日本酒とビールが飲まれてたが2009年には階級で分化している
⇒最貧階級1では安い焼酎すら他の階級なみには飲めず、最富裕階級5ではビールと日本酒を
飲み続け、好みでウィスキーとワインを組み合わせる多彩で豊かな飲酒生活
⇒他の中間3階級もそれぞれ収入に見合った飲酒パターンを形成している
・昔のホワイトカラーサラリーマンにはサントリー・オールド(ダルマ)階級社会があった
⇒ダルマをキープできるのは課長以上(それまではホワイトあたり)、部長になればスコッチ
⇒今はウィスキー特に輸入ウィスキーが劇的に安くなってるのに売れなくなっている
⇒みんなが中流といえた時代の終わりと関係する可能性がある
(先日、NHKテレビ番組「探検ファクトリー」でウィスキー樽の製造工場をやってましたが、
ウィスキーの課税数量は2007年の最低時から3倍に回復しているとありました
2008年から回復を続けている背景には何があるのか???
あらためて棒グラフを見てみると2019年からのコロナ禍による外出自粛のせいなのか、
2020年と2021年はやや落ち込んでますが、その後は右肩上がりのまま・・・
さらに2019年を100とした家庭での実質購入量の別の折れ線グラフを見ると、コロナ禍で
2020年には家庭での酒類購入が急増、中でもウィスキーだけが突出しており、しかも
ウィスキーだけが高止まりで、ほぼ横ばいのまま推移しています・・・
酎ハイブームと同じくハイボールブームが続いているのか、興味津々の98kです)
(閑話休題)
・ビールのシェアは発泡酒と缶入り酎ハイへ
⇒飲食店で発泡酒などを出すことは少ないので家で飲む酒の内訳がよほど大きく変化している
・収入階級別酒税負担率は逆進的(税率はワインが安くビールや焼酎が高いから)
⇒年収450万までは35%を超え年収1500万を超えると30%まで下がる
(さらに年収2000万を超えるとワイン支出が跳ね上がるが税負担は少ないまま)
・居酒屋・ビヤホール等の売り上げの推移(1980~2013)
⇒1992年をピークに2013年には7割まで減った
⇒業界でのシェアもピーク1988年の5.4%から2013年には4.2%に
⇒高めの店と安価な立ち飲みに両極化している
・ワーキングプアでは居酒屋にも行けないが居酒屋で働いているのはワーキングプア
・日本の居酒屋文化・酒文化は崩壊の淵にある
⇒居酒屋で飲むのはささやかな贅沢
⇒なので分厚い中間階級が存在するときに豊かな居酒屋文化・酒文化が生まれるが、
⇒格差が拡大しビールから発泡酒・酎ハイへ(上級財から下級財へのシフト)、居酒屋離れに
・居酒屋には様々な社会的機能があり、安らぎを得る場所であり、人とのつながりを作り出す場所
⇒これが失われる損失は大きい
・酒税体系と酒販免許制度の抜本的な改革を
⇒従量税ではなく従価税に
(現状ではビール大瓶の酒税が139円で100万円のロマネコンティの酒税が60円)
⇒酒販免許が厳しく飲食店は卸売業者から直接買えないので酒の値段は高くなる
⇒酒の小売店も保護すべきなので、せめて庶民が飲む普通のビールや甲類焼酎ぐらいは
飲食店用の制限付き酒販免許制度の新設を
・居酒屋の経営が安定すれば非正規従業員の賃金引き上げや正規雇用にもなる
(最賃引き上げは零細圧迫だとストップをかけてるのは零細下請けから搾取している大企業)
・酒税体系と酒販免許制度の改善で下がった分の半分は経営の安定化と店員の待遇改善に
⇒居酒屋好きなら値下げは半分でも我慢し文句は言わないはずだ
⇒格差拡大への対策とともに居酒屋文化を守るための制度改革が必要
⇒多くの居酒屋経営者は高齢化しており後継者がおらず事態は急を要する・・・
あとがきにかえてより
・居酒屋以外では絶対に出会うはずのない数知れない人々に出会った
⇒バブル経済で大儲けした経営者、隣り合わせになった一週間後に逮捕された風俗業者、
出入り業者に飲食費を払わせている医学部教授、セクハラ建築家、窓際族、工務店主・・・
・公式の場より先に大学近くの居酒屋で知り合った同僚も多い
⇒会議で初めて会った人より親しくなる傾向があるが酒飲み同士だからというだけではない
⇒最初に作った人間関係が権力や利害とは無縁な対等な関係だから後まで続くのである
・居酒屋は人を平等にする
⇒大衆酒場では金も権力も全く意味を持たず、それが嫌な人は来ない
⇒人と人とが水平につながり、水平なのでさらに広がっていくこともある
⇒居酒屋はインターネットなのである
・16世紀の英国パブは身分を超えてたが18世紀には多様化し分裂しはじめる(海野弘)
⇒背景にあったのは階級的対立の激化
⇒現代日本の居酒屋にもその傾向がある
⇒格差の拡大で階級に沿って分化しはじめる
・インターネットが利用者の経済力で分断されたらインターネットではない
⇒人と人をつなぐ機能は極端に低下する
⇒居酒屋もそうなろうとしている
・すべての階級の人々が集まる大衆酒場は相互理解を生む
⇒大衆酒場こそ目指すべき社会のモデルなのだ
⇒それぞれが違う仕事をし地位や収入が多少は違っていても、極端な格差にはならず、
大衆酒場の同じカウンターを囲む者同士の関係を結べる社会でありたい
・そんな大衆酒場で私が飲んでる可能性は決して低くはないので、声をかけて下さい
⇒そこからまた、ネットワークが広がるだろうから・・・
・・・・・
いやあ、あらためて著者が信頼できる社会学者だと確信しました

この記事へのコメント
1. Posted by 二日酔いの猫 2026年07月30日 11:11
98kさん
お久しぶりです
こちらのコメントで失礼しますが、生存報告です
今回の地震で特に被害もケガもなく元気に(?)しております
お久しぶりです
こちらのコメントで失礼しますが、生存報告です
今回の地震で特に被害もケガもなく元気に(?)しております
2. Posted by 98k 2026年07月30日 14:32
>二日酔いの猫さん
ご無事で何よりでした!!!
心配してましたが緊急時なので連絡するのを躊躇してました
また当分は災害復旧作業で大変でしょうが、そろそろトシも考えて無理せず、どうかご安全に!!!
ご無事で何よりでした!!!
心配してましたが緊急時なので連絡するのを躊躇してました
また当分は災害復旧作業で大変でしょうが、そろそろトシも考えて無理せず、どうかご安全に!!!
