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2026年08月13日

「荷風と東京」と「荷風の昭和」

この間ずっと(上方大阪から江戸東京へ)
くだらないようなことで悩んでおり、記事更新ができてませんが・・・

とりあえずは荷風本を2冊

まずは前回記事の本でもオススメとして紹介されてた、

P7301267

川本三郎著「荷風と東京「断腸亭日乗」私註」であります



裏表紙カバーにあった惹句

P7301268

そう、永井荷風の40年に及ぶ毎日の日記
「断腸亭日乗」を中心に東京を舞台にした作品から、
彼が愛した東京の細部を浮かび上がらせるとゆー大著であります



上巻の奥付

P7301278

30年前の1996年に刊行され、文庫化されたのが2009年



上巻の目次(眺めるだけでも全体の構成がわかります)

P7301270



P7301271


下巻の目次

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明治・大正・昭和の「東京」を歩き回った都市散策者・永井荷風の足跡をたどるつーか、
東京文学散歩のガイドブックにもなってます

わたくしは東京も荷風作品も殆ど知らないのですが前回記事の本と同様に楽しめました

とても全章はメモできないので荷風とカメラに関する26章と、わたくしの大好きな滝田ゆうと
荷風に関する32章からのてきとーメモです
(以下てきとーですが著作物からなので公開に問題があれば非公開設定にします)


26「見る人」の写真道楽 より

・萩原朔太郎の写真が芸術写真だったのに比べ永井荷風の写真は写実写真だった
⇒朔太郎が強烈に自己主張しているのに対し荷風は風景が主で自分は風景から退いている
⇒朔太郎が幻視者だったとすれば荷風は観察者だったといえるかも・・・

・第一次世界大戦後のマルク安でドイツ製高級カメラやレンズが相対的に安くなり、さらに
コダックなどのアメリカ製やイギリス製が大量に輸入されて、写真熱がアマチュアにも
広がっていったのは1920年代から30年代(大正後期から昭和前期)
⇒エノケンの最新型ライカや寺田寅彦の随筆「カメラを提げて」もこの頃・・・

・荷風は大正3~4年にはカメラを持っていた
(はじめは友人市川左団次の明治40年アメリカ土産の手札型12枚巻きフィルム暗箱写真機)

・写真機についてはっきり書かれるのは
昭和11年10月26日で、中古のローライコードⅠ型を
104円で買ったとある(⇒エリート会社員の月給が60〜90円だった頃)
⇒墨東奇譚の草稿完成の翌日であり、その昂揚感が新しいカメラを購入させたのだろう
⇒さらに昭和12年2月1日には室内撮影にも適したローライフレックスを310円で購入
(翌日にはさっそく玉の井に持参している)

・自分で現像もやったのは現像所に出せないような猥褻写真もあったから
⇒澁澤龍彦は荷風のカメラ好きを「スコプトフィリア」(のぞく人)と呼んだ
⇒カメラは現実をレンズ越しに(遮蔽物から)見る内密的な道具だったから愛した
⇒人は愛せなかったが町や人の生活を距離を置いて見るのは好きだった
⇒孤独癖の強い「見る人」にとってカメラは絶好の同行者だった・・・


32「墨東奇譚」と「寺島町奇譚」 より
・漫画家の滝田ゆうが向島区寺島町(玉の井)に生まれたのは昭和7年
⇒荷風が玉の井に足繁く通い「墨東奇譚」を書いたのは昭和11年頃

・滝田ゆうは「
寺島町奇譚」を幼少期の記憶だけを頼りに描いたので時代設定に無理がある、
と作品集の
あとがきに書いているが、細部まで描き込まれ「墨東奇譚」と合わせ読むと面白い
⇒荷風が玉の井を外側から見たのに対し滝田ゆうは内側から見た

・玉の井は東京大空襲で殆どが焼失し「
寺島町奇譚」は焼け野原の絵で終わっている
⇒荷風が「墨東奇譚」で描いた玉の井だけが残り一編の誌的散文として屹立している

・現在の玉の井には無論、どぶも銘酒屋もないし京成白髭線跡の土手もない
⇒残っているのは京成本線の線路脇に10mほど壁のようになっている向島駅ホーム跡のみ

・・・・・

解説にも「荷風はむずかしいから川本さんのを読む」という人もあり、荷風を読んだこともない
読者にも東京という大都市の強烈なイメージを与える、だから多くの人に読まれ続ける、
とありましたが、まさに大正昭和の都市探索者としての荷風と、その時代の東京と人とを、
部外者にもわかりやすく現代に蘇らせた本でした



で、さらにこちらが・・・

P8071386

同著者による最新刊「荷風の昭和」であります


裏表紙カバーにあった惹句

P8071388

前書から30年を経て昨年刊行され、こちらは東京という都市に限らず、昭和という時代と
断腸亭日乗に記された荷風の行動や意見との関係を多岐にわたり、しかもじつに綿密に
たどっていて、さらに読みごたえがありました

荷風が生きた「昭和」(本書では大正12年の関東大震災後から荷風の没する昭和34年まで)の
文学、映画、飲食、風俗、街並み、政治体制、空襲、疎開先、闇市など、荷風を軸にあらゆる
事象と関係者を網羅してあり、惹句にあった「昭和をまるごと描き出した文芸評論の到達点」や
「荷風論にして昭和論の金字塔」つーのも決して過言ではないと感動しました


あらためて著者紹介

P8071403

惹句にも著者自ら「これを書き上げたらいつ死んでもいい」と筆を振るったとありますが、
まさに決定版ですね



前篇の奥付

P8071402




後編の奥付

P8071400





前篇の目次(各章の
小見出しを追うだけでも多岐にわたる内容が窺い知れます)

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P8071393



P8071394




後編の目次

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P8071398

全75章で前作よりさらに大著になっており、荷風以外に関係する数多くの人物についても、
詳しく書かれており、わたくしがはじめて知ったことも多かったです
(戦前の「いわゆる文化人たち」同士の関連は、けっこう濃厚だったんですね)

漢文調の断腸亭日乗を日々ごとにわかりやすく解説、当日の食事、会った人物、観た映画や
演劇などの詳細、散歩したルートや車窓から見えていたはずの風景から思想の背景まで、
ともかくもの凄い情報量で、その根拠となる資料の量も実地踏査の量も凄かったのですが、
著者の荷風や昭和への思いの「さりげない記述」がとても素敵でした

濃い内容でじっくりと読むことに専念、今回はメモしませんでしたが荷風に興味がなくても、
昭和の暮らしぶりが生々しく伝わってきて生活史・文化史としても興味深い本でした

(ちなみに「奇行」とされる戦後の荷風の行動について著者は、戦時中に東京や岡山で4度も
空襲に遭い、
命からがら逃げ延びた経験からのPTSDによるものではないかと推測、荷風は
世情に背を向け泰然としている一方で生への執着が強く、特に高齢になってから連続した
空襲体験が大きなトラウマになり戦後の奇行として現れたのではないかと・・・)

ともかく(荷風を知らなくとも)昭和に興味がある方には必読の書だと思いました



m98k at 19:00│Comments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 書斎 

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