ブログ日誌

2024年02月19日

10ヶ月ぶりのポタリング

昨日の大阪は暖かくて好天だったので・・・

なんと10ヶ月ぶりに!!!ポタリングを再開してみました!!!
まあ、ミニベロで軽く堺浜を一周してきただけなんでしゅが・・・

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大和川を越えたところでさっそく休憩 ぜいぜい はあはあ




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ユリカモメさんが群れてましたが望遠レンズなんて持ってなかったし・・・




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何とか堺浜の突端に到着 ひいひい



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ヨットかあ・・・あっちのほうがラクそうやな・・・


と、自宅からの往復と堺浜一周で20km弱、以前は3周して30km、5周して40km程度は
週に何回か漕いでたのですが、まあ10ヶ月ぶりとゆーことで・・・

平均時速も20km/h程度だったのが今回は15km/hだったけど、
まあ10ヶ月ぶりだし・・・

そう、わたくし昨年4月に奈良ポタリングで落車骨折してからロードバイクもミニベロも、
まったく漕いでなかったので(自分の備忘用に)この間の経過をメモしておきます

・4月下旬に大和西大寺の直前で落車し左大腿骨頸部を骨折、5月6月7月は完全に自宅療養
・7月下旬からリハビリ歩行(2~3km)を始めるも暑さにより僅か数日で断念
・8月下旬から、ようやく
リハビリ歩行を再開、9月と10月は毎日ほぼ4kmを歩いたが、
休憩も含み2時間近くを要していた
・10月下旬のボルネオツアーではメンバーの半分程度の距離・速度でしか歩けなかった
・11月上旬に帰国後はせいぜい週1回程度のリハビリ歩行、12月上旬のコロナ陽性判明での
外出自粛期間もあって、またもや中断
・12月中旬から再開するも寒さにより週1~2回程度しか歩かない日々が2月まで続く


といった状況で、暑さと寒さとコロナ陽性を言い訳にしてましゅが・・・
もともと歩くよりも自転車を漕ぐ方が好きなので、これから暖かくなれば、ぼちぼちと
ポタリングも再開しようかと思っている次第です

ま、せっかくなので・・・

リハビリ歩行中に撮ってた住吉公園のカワセミさんもご紹介・・・

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そう、立ち止まって頻繁に休憩する日々がリハビリ歩行だったのでありますね





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2024年01月01日

2024新年ご挨拶



みなさん、新年あけましておめでとうございます


                2024年 元旦

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ええ、当サイトではおなじみの・・・

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大阪・住吉大社から新年のご挨拶を・・・
ま、撮影したのは昨年末でしゅが・・・
元旦だと人混みしか撮れないし・




で、今年は辰年なので、こちらからも・・・


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なんとドラゴンボートに招き猫が乗った宝船!!!



そう、

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初辰さんの招き猫で知られる楠珺社であります



ちなみに拝殿の奥にある・・・

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こちらのクスノキの巨木が
楠珺社のご神体 中にはトトロたちが・・・



せっかくなので我が家の正月飾りもご紹介

2024正月飾り

奥様が飾ってくれてました


わたくし4年ぶりのボルネオツアーから帰国後は、寒さでリハビリ歩行が遅々として進まず、
たまに住吉大社まで散歩するぐらいで、お茶を濁す日々が続いています
かといって、ボルネオの暑さの中でも遅々として歩けなかったし・・・
さらに昨年春の落車骨折以来、ロードバイクやミニベロは一度も漕いでないし・・・

このまま朽ち果てていくのではと危惧してるのですが、ま、今年こそ(やや)気合を入れて、
歩行距離を
(やや)伸ばして歩行速度も(やや)早め、ロードバイクやミニベロも(やや)再開して、
(キャンプ宴会が楽しめる程度には)体力をつけるよう努力します!!!
と、年頭に際し改めて決意表明するのでありますね 
ややきっぱりと

当ブログサイトも記事更新が遅れがちで、メインのアウトドア記事がめっきり減りました
ま、宴会メモや飲食メモ、読書メモのストックはいっぱい溜まってるのでしゅが


とまあ、こんなサイトですが今年も見捨てずにご覧いただき、コメントも下さいますよう、
何卒よろしくお願い申し上げます ぺこぺこ


                      趣味の物置小屋98kスタッフ一同
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ええ、今年は辰年なので初辰さんの猫の手も借りようかと・・・




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2023年10月04日

ぽたじぇdeばーすでー!!!


はっぴばーでえ、つうゆう、はっぴばーでえ、つうゆう、

はっぴばーでえ、みすたあ98k、はっぴばーでえ、
つうゆう



つーことで、今年も奥様と二人で「びすとろ・ぽたじぇ」へ・・・


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ふだんなら黒板にあるランチセットを(たまの贅沢な昼食として)いただくのですが、



今回は、もう少し贅沢して・・・
こちらはディナーコースですが、それよりお得なお昼のコースで、

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左の魚料理か肉料理を選択するコースをお願いしました・・・


さらに、ふだんならグラスでお願いするワインも・・・

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贅沢してフルボトルで・・・


以下、さくさくっと・・・

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スープ



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前菜 これだけでもワイン1本ぐらいは・・・かぱかぱ





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肉料理




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魚料理




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デザート

いつもながら、どの料理もソースも含めて素材の旨さが感じられる逸品でした


せっかくなので肥田シェフにお願いしてのツーショット!!!

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わたくしはワイン1本で完全に出来上がってましゅが・・・

ありがたいことに肥田シェフも当ブログサイトを見ていただいてるとのことで、
今回は昔の材木川の話で盛り上がりました

粉浜商店街の南端を流れていたドブ川と架かっていた石橋の記憶は残っているとのことで、
「大領池の跡地に大領小学校ができたことも覚えてるけど、さすがに万代池と繋がってて、
さらに昔は、あのドブ川とも繋がってたことまでは知らなかった」とも・・・

そう、材木川が開削されたのは1802年のようですが、どこをいつまで流れてたのかについては
依然として謎のままなんですね・・・



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2023年04月25日

ならクルでナラクの底に・・・

(期間限定のお知らせ)
フラッシュ光2023ボルネオツアーのご案内はこちらの記事です


とーとつですがわたくし、ならクルでナラクの底に落ちました・・・

先週の土曜日、ならクル(奈良まほろばサイク∞リング)コースをポタリングしてて落車骨折、
絶好のアウトドアシーズンが全くの白紙状態になり奈落の底に・・・とほほほ

ま、約3ヶ月の安静で自然癒着する可能性もあるそうですが、ようやくコロナ禍も収束に向かい、
本格的にアウトドアを楽しもうと思ってた矢先の出来事でしたので・・・とほほほ


と、今回も脳の外部記憶として記事にしておきます
(その後の経過は記事の末尾に追記しています)


4月22日の朝、いつものポタ仲間と近鉄大阪阿部野橋駅の西改札で待ち合わせ

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お二人は電車でしたが、わたくしは自宅から5kmほど自走してきたミューSP9をたたんで、
三人で7:50発の吉野行急行に乗車、尺土駅で各停に乗り換え、橿原神宮前駅から3駅手前の
浮孔駅に着いたのが8:30、駅前で三人揃って
折りたたみミニベロを組み立てました



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そう、ルーベSL4とシルヴァF8F乗りだった友人がF8FのリコールでダホンK3に買い替えたので、
今回は彼の輪行での試走を兼ねたポタリング・・・
これで
ミューSP9、ダッシュP18、K3と、三人めでたくダホン製になったのですが・・・



トイレ休憩(無人駅の簡素なブロック積みトイレなのに温水洗浄付き便座でした!!!)を挟み、
9時前には駅前を出発、葛城川沿いの京奈和自転車道へ・・・

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ここまで駅から1kmほど、古い「ならクル」表示がありました・・・

京奈和自転車道の北側の起点
である京都の嵐山まで80kmとありますが、我々はここから
27km先にある平城宮跡を目指してのんびりと・・・
(ちなみに南側の起点は和歌山の紀の川河口で、自転車道の総延長は180km!!!)



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そう、わざわざ・・・

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「横断時 左右確認!」と書いてくれてるのに、無視して骨折するやつが・・・



とか、てきとーに漕いでたら・・・

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あれ、こんなの案内にあったかな・・・




当初の予定では曽我川や飛鳥川を渡り佐保川沿いの京奈和自転車道を行くつもりでしたが、

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高田川から大和川を渡り富雄川沿いの飛鳥葛城自転車道に入ったようです・・・



まあ、このコースでも・・・

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平城宮跡には行けそうだし、ま、いいかと・・・

それにしても自転車道の名称が整備した自治体ごとに異なってて、ややこしかったです
その総合表示が奈良県の「ならクル」なんでしょうが、どの自転車道を経由するのかまでは
一部しか表示されてなかったし・・・
まあ県内に自転車専用道が何本かあって、それらが繋がってるのは有難いのですが・・・



とか、ぶつぶついいながら漕いでると・・・

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平城京跡まで10kmの地点に着きました
ならクル表示で「C7せんとの道ルート」を忠実に辿ってるようです



で、大和郡山城の北側を過ぎ「ならクルC7」表示を探しつつ・・・

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塔の九輪に五色の幟がはためく薬師寺なんぞを眺めつつ・・・
(西大寺で合流した奈良ソムリエの友人によると、東塔の修理が終わって先日落慶法要があり、
そのお祝いの吹き流しだそうです)




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秋篠川沿いを気持ちよく北上してたのですが・・・


写真撮影などで二人からやや遅れていたわたくし、
平城宮跡の手前の交差点で、ついつい
「横断時 左右確認!」が遅れ、渡りはじめてから左のクルマに気づいたので、あわてて
急ブレーキをかけバランスを崩して
落車、左臀部を路面に打ちつけてしまった次第・・・

クルマは先にこちらに気づいて停まってくれてたので、わたくしの不注意でした
ドライバーに会釈して通り過ぎればよかったものを、視認が遅れてパニクったようです
咄嗟の判断力やバランス感覚も「引き籠り飲んだくれ」が続いて鈍ってたかもですが・・・


と、ともかくサドルを目いっぱい下げ、右脚だけで何とか大和西大寺駅前まで自走・・・

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「あの事件」以降、すっかり模様替えした北口で奈良ソムリエの友人と合流し・・・



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皆さんにミューSP9をたたんでもらったり運んでもらったりして、



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皆さんは天ぷら寿司定食でビールをお替わり、わたくしは一杯だけでEDCしてるロキソニンをば


と、昼食後は空いている各停に乗車して、乗換駅では少し歩いては何度もベンチに座り込み、
何とか自宅の最寄駅まで、たたんだミューSP9を担いで辿り着きました
このままタクシー乗り場まで行けたとしても、とても積み下ろしまではできないだろうし、
と、何とかミューSP9を組み立て、無事な右脚だけで自宅まで帰った次第・・・
ま、駅のホームや乗り換えで担いで歩いてた際よりは、はるかにラクでしたが・・・


で、その夜は明け方まで痛みが酷く一時は救急搬送してもらおうと思ったぐらいでしたが、
内服・経皮の鎮痛消炎剤が効いたのか、日曜日の午後には痛みも治まり、伝い歩きぐらいなら
できるようになりました


月曜日にはさらにラクになったのですが念のためにと、朝からママチャリを片足で漕いで
近所の整形外科病院へ行きました

レントゲン検査では異常は見つからなかったのですが、念のためCT検査もしましょうと、
検査してもらい、待合室で待ってると、いきなり車椅子が運ばれてきて、それに乗せられ、

「これからは絶対に左脚に体重をかけてはいけません、折れてました」と・・・

ええ、CT検査の結果は、なんと「左大腿骨頸部骨折」でした・・・

「ボルト固定の手術をすれば安心確実ですが、骨折部位がズレていないので、このままで
左脚に体重をかけなければ自然治癒する可能性もあります。どうされますか?」

「以前の左足外踝骨折の際はボルト固定の手術をしたのですが、全身麻酔とか大層だったし、
今は自宅でごろごろしてるだけなので、自然治癒に賭けてみます・・・」

「それなら少なくとも1ヶ月は左脚に体重をかけないように、骨折部位がズレてしまうと、
後は人工関節への手術しかありません」

「ううっ、ギブス固定とかはできないんですか?」

「股関節なので不可能です、ボルト固定しかないですね」
「今後は1週間おきに検査をしてズレていないかを確認します」

「今日は体重をかけない松葉杖の使い方を訓練します」とテキパキと指示されました

つーことで、訓練を受けて松葉杖を借り、家内に迎えに来てもらって帰宅した次第・・・

まあクルマに轢かれなかったのも、ズレずに折れて自然治癒の可能性があるのも幸いでしたが
ともかく複数の意見に従って「念のために」受診したことが何よりでした
知らずに無理して歩いてたら、間違いなく人工関節への大手術でしたから・・・



皆さん、たとえ自転車専用道であっても交差点では絶対に・・・


横断前の左右確認を!!!




以下、その後の経過を追記しています

4.24
初診(記事本文末尾のとおり)

5.1
1回目の経過観察
レントゲン検査で「今のところはセーフ」との診断
(レントゲン検査で骨がズレている兆候があればCT検査→手術)
引き続き左脚に体重をかけない松葉杖生活をするよう指示があった
(大腿骨に殆ど痛みはないので、これがけっこう面倒)

5.8
2回目の経過観察
今回の検査でも骨はズレておらず次回の検査で順調なら松葉杖かストックかを判断するとのこと
(念のため、5月中の外出予定は全てキャンセルした)

5.15
3回目の経過観察
経過はイマイチ
レントゲン画像を右脚と較べると確かにぐちゃぐちゃになってた
注意していたつもりだったが何かの拍子に左脚に負担がかかったのかも知れない
まあ、このまま治癒する可能性も残っているので25kgの体重をかけて様子をみるとのこと
ダメだった場合は人工関節手術に移行

5.22
4回目の経過観察とリハビリ
(ぐちゃぐちゃながらも)まだズレてはいないとの診断でひと安心
本日から週1回のリハビリを開始することになった
以下、理学療法士の話
まだ折れた部分がレントゲンではっきり判るので骨は癒着していない状態
痛みはなくとも、ひねったり何かの拍子にズレてしまうので、まだまだ注意が必要
レントゲン画像で骨折部分が判らなくなれば、ようやく骨が癒着しはじめたということになる
次回で異常がなければ右の松葉杖だけにして50㎏荷重で様子を見ることになるだろうとのこと
(京奈和自転車道の話からビンディング骨折の話になり、左足首のチタンプレートは年齢に関係なく、
運動に支障が出るようになれば外せばいいとのことだった)

5.29
5回目の経過観察とリハビリ
何とか順調、このまま指示を守って療養すれば、いずれ通常歩行も可能になるとのことでひと安心
ただレントゲン画像は骨折部分に、まだ細い線が判別できる状態・・・
以下、理学療法士の話
今週から松葉杖を右だけにして50kg荷重で訓練、順調なら来週にはストックに変える
ただし左脚に荷重がかかっているときに足首をひねったりするとズレてしまうので、まだまだ注意が必要
さらに脚への荷重は筋肉の回復だけでなく骨の回復にも重要とのことだった
(またビンディング骨折の話になり、知人の競輪選手が落車骨折後に復帰する際は必ず山歩きをしている、
それで骨を回復しつつ競輪のトレーニングをするとのこと、なるほど理にかなってますね)
(そういえばイギリスの若いロードレーサーが自転車用の筋トレだけで歩いたり走ったりしなかったため、
骨粗しょう症で引退したことにより、脚への衝撃が骨を成長させることが判明したとの記事がありました)

6.5
6回目の経過観察とリハビリ
まあまあ順調に推移している、ここまで頑張ったのだから最後まで慎重に療養して下さいとのことで、
片松葉杖から愛用のトレッキングポール(もともと奥様用のT型グリップ)に変えてもよいとの許可が出た
やはり松葉杖は大層だったので、これでかなり身軽になるはず
以下、理学療法士の話
骨折部を補うため周りの筋肉に負担がかかり緊張しているのでマッサージとストレッチのリハビリ、
歩いていないので特に足を蹴り出す筋肉が衰えている、週単位ぐらいで少しずつ歩行距離を伸ばせばいいが、
痛みが生じない程度に抑えて決して無理をしないこと

6.12
7回目の経過観察とリハビリ
ズレずに順調に推移しているが癒着には時間がかかるので引き続き慎重に、とのこと
以下、理学療法士の話
癒着は個人差もあるが通常3ヶ月と言われてるので、本格的な筋トレなどはそれ以降にすること
それまでは少しずつ左に体重をかけること、スクワットは左右に体重分散するのでしてもよい

6.19
8回目の経過観察とリハビリ
ズレずに推移しているので異変がない限り今後は2週間おきの経過観察でいいとのこと
リハビリ室でも相談、今後は筋トレ主体になるのでリハビリ室も2週間おきでいいとのこと
以下、理学療法士の話
ずっと松葉杖やストックを使い前荷重で歩いていたので左脚前部の筋肉が緊張している
(押し脚と引き脚だけの自転車の漕ぎ過ぎと同じ状態)
今後は前に蹴り出す(左脚後部の)筋肉を鍛えれば左脚前部の緊張も消えていく
大股、後ろ荷重で蹴り出すウォーキングエクササイズのような歩き方を意識すること
ただし、まだ骨が癒着していないので弾みをつけるような運動は控えること

7.7
9回目の経過観察とリハビリ
ズレずに推移しているが完全に癒着しているわけではないので無理な動きはしないこと、
特に転倒しないように注意すること、通常の動きであれば問題はない
癒着まで3ヶ月はかかるので引き続き2週間後に再検査する
以下、理学療法士の話
骨も筋肉も回復には刺激が必要だが飛んだり走ったりの衝撃はまだ無理
短距離でいいので毎日姿勢を意識して歩くこと

7.21
10回目の経過観察とリハビリ
ほぼズレずに癒着している まだ跳んだり走ったりせず今後リハビリすること
盆明け(8.18)に最終の確認をする
以下、理学療法士の話
レントゲン画像を確認したが、ボルト固定しないでここまで治癒できたのは素晴らしいこと
変な動きをしても骨そのものが感じることはないので、その際にビクンとするのは周辺の筋肉
可動域を回復するリハビリには脱力した動きを、筋力を回復するリハビリには注力した動きを、
どちらも息を吐きながら行うこと
3ヶ月でほぼ治癒したので今後3ヶ月リハビリすれば元に戻るはず
リハビリには歩行とペダリングが最適だが転倒しないよう注意すること
今回で治療リハビリは一応終了、腰痛などが再発した場合は次回を待たず再診察で対応する

8.18
11回目の経過観察
一応癒着しているのでレントゲンによる経過観察は今回で終了する
Qもう普通に走ったり跳んだり跳ねたり筋トレしてもいいのか?
A無理のない範囲ならいいが、歩行が一番のリハビリになる
Q散歩を始めたが少し歩くと左脚の筋肉や腰が痛くなる、脊柱管狭窄の再発なのか?
A痛みが続くようなら再診・検査する
筋肉の緊張をほぐし筋トレの指示を受けるために1ヶ月に1度ぐらいリハビリに来るように
つーことで次回9月11日のリハビリ予約をして終了
治癒まで4ヶ月かかりましたが、これからの歩行や筋トレのリハビリでどうなることやら・・・

9.11
8回目のリハビリ
まず理学療法士に報告
8月下旬から毎日歩行(2km→2.5km→3kmで停滞中)しているが、少し歩くと前かがみ姿勢になる
最初は腰の痛みが出たが、少しずつ改善している 自宅での軽いスクワットは続けている
・観察したが短時間なら、ほぼ正しい姿勢で歩けている
・少しずつ距離を伸ばし毎日6kmは歩きアップダウンも入れること
・左の大臀筋と中臀筋が骨折療養で衰えバランスも崩れやすくなり長時間歩けなくなっている
(確かに左脚での片足立ちが殆どできなくなってたので自分でも驚いた)
・大臀筋のみ鍛えるには俯せになり足首に枕などを入れ押しつけるように膝の曲げ伸ばし運動
・中臀筋のみ鍛えるには右側を下にして横向きになり左脚を斜め後方に上げ下げする運動→きつい
・どちらも鍛えるにはスクワットがいいが負担が大きい 軽くてもいいので続けること
・可動域を拡げるには脱力、筋力を鍛えるには注力して運動すること
→やはり専門家のアドバイスは的確で納得できるのでありがたい 次回は10月12日

10.12
9回目のリハビリ
まず理学療法士に報告
ほぼ毎日4kmを歩いて階段も8階まで上がりスクワットもしてるがロードバイクは漕いでいない
・左右の脚の筋肉がほぼ同じ感じになってきている
・ボルネオに行く前と帰国後に診察を受けて異常がなければ12月で全て終了するだろう
・次回リハビリ予約は帰国後の11月13日

10.23
12回目の診察
(右足の踵が痛むことを受付に伝えたら左大腿骨頸部と合わせたレントゲン撮影に)
・左脚大腿骨頸部については特になし
・右足の踵については経年劣化とのこと(確かに踵の後部分がぐちゃぐちゃになってた)
・歩行を控える必要はない
・痛み止めと経皮鎮痛消炎剤を処方しておくが、それで治まらないようなら注射などで治療する
(ロキソプロフェンNa6mgを14日分、ロキソプロフェンNaテープ100mg28日分を処方)
「帰国後の11月13日に再診のつもりですが来れなかったらボルネオで遭難してるかもです」
「あははは、では無事のご帰還をお待ちしています」

11.6
13回目の診察と10回目のリハビリ
・左脚大腿骨頸部については異常なし、右足の踵については痛みがあれば電気治療
・歩くほうがいいか歩かないほうがいいか→普通でいい
・電気治療は電子レンジと同じ仕組みで筋肉を温めて痛みを和らげるもので10分間試した
・以下理学療法士の話
→踵は骨と筋肉で支えてるので筋力の強化と筋のストレッチが有効
→筋力強化にはつま先立ち、ストレッチには風呂での脹脛外側・内側の筋のマッサージ
→スクワットは太腿後部や大臀筋を鍛えるならお尻を突き出す形で上半身を丸めずにやること
(これまでは太腿前部を鍛える姿勢でやってた)
・今回で診察もリハビリも終了、右踵の痛みがあれば予約なしの電気治療後に予約してリハビリ






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2023年03月11日

ロシアのダーチャから備蓄について考える

今日で東日本大震災から12年が経ちました
あらためて震災の犠牲になられた方々のご冥福をお祈りいたします
あわせて、今も地域の復興に尽力されておられる方々に心からの敬意を表します 

で、今回はロシアのダーチャから備蓄について、思いつくまま・・・


「ロシア人は窮乏に耐えられる我慢強い民族なので経済制裁は効かない」との記事をネットで見ましたが、
民族として我慢強いとかではなく、過去から学び個人個人が対策しているから耐えられるのではないか?
と思った次第です

帝政ロシアの圧制、革命の混乱、ドイツ軍の侵攻、スターリンの粛清、冷戦下の窮乏、ソ連崩壊後の混乱・・・
多くの餓死者や凍死者を出してきた過去の歴史があるから、富裕層はもちろん備蓄しているだろうし、
一般市民も多くが都市近郊のダーチャ(別荘)とかで備蓄しているはず・・・

以下はソ連崩壊以前に知人のダーチャに招待された、本人から直接聞いた話です

・当時、日本のマスコミではモスクワの商店に並ぶ長蛇の列が紹介され、市民の窮乏を伝えていた
・招待してくれたのはモスクワの簡素なアパートに住む一般市民の技師だったが、立派なダーチャだった
・庭には菜園もありウォッカなど大量の備蓄品・高級家具・美術品が置いてあり歓待してくれた
・モスクワで市民が並んでいたのは政府系の商店で、配給品が入れば特別に安く買えるから並んでいただけで、
他の店に行けば同じ商品が(やや割高だが)豊富にあって並ぶこともなく、市民が窮乏している事実もなかった
(以上、報道や他人の話を鵜呑みにせず現地を確認すべきという話の中で)


で、この例から考えたのは、今も多くの市民がダーチャなどで備蓄したり自給自足できるようにしたりして、
いつ襲ってくるとも限らない窮乏時に備えているのではないかということ

厳冬期のロシアで燃料や食料の供給が途絶えれば、たちまち家族が死んでしまうのだから当然の備えでしょう
また高級家具や美術品などは(信頼できない)自国貨幣に替わる蓄えとして置いているのでしょう
さらに混乱期の政府からの支援などは、ハナから期待していないとも考えられます
これはイタリア・トスカーナの家庭を訪れた際も同じで、殆どが菜園と別の仕事を持ってました

国家規模での政治や経済の混乱を何度も経験していると、それに対応できるよう平時からできる範囲で
備えようとするのは当然とも思われますが、戦中戦後の窮乏や貨幣価値の混乱、ましてや自然災害などは
何度も経験しているはずの日本ではどうでしょう・・・

熊野キャンプで毎年訪れていた小集落では、未曽有の大水害時に1週間以上も完全に孤立していたけれど、
住民に備蓄と生活できる技術や知識があって困らなかったようですが、都会ではどうでしょう・・・

食料や燃料などの流通が途絶える大災害への備えについては、1週間程度からモノによっては1ヶ月程度の
備蓄が勧められていますが、それらを有効に使える知識や経験、技術などを都市に暮らす一般市民が、
いったいどれだけ持っているのか・・・

さらに戦争や国家規模での貨幣価値・貿易・経済などの破綻を前提とした備蓄となるとどうでしょう
まあ、そんなことにならないよう献身している優秀な政治家や役人ばかりだから国民は安心している???
って、その顔ブレを思い浮かべると、ますます不安になってくるのですが・・・

やはり郊外の安全な場所に、水と電力が独自に確保できて菜園もできる、強固で豪華な別荘を持って、
そこに食料や燃料だけでなく、円やドルの貨幣価値に左右されず換金や物々交換ができる金銀財宝や
稀少なライトなども大量に備蓄、ついでにスイスの秘密口座預金とか暗号通貨とかも大量に・・・

って、そんな余裕が一般市民にあるのかっ???

日本でそこまで想定して備えているのは、ごく一部の富裕層(とライトマニア)だけなのかも知れません
アメリカでも、廃棄されたミサイルの地下サイロをシェルターとして購入したり、安全なオセアニアの
高級別荘を購入したりして備蓄してるのは、やはり一部の超富裕層だそうですし・・・

でも、そろそろ・・・
日本の一般市民も一時的な自然災害に対する備蓄だけでなく、国家規模の破綻や混乱も想定したうえで、
できる範囲での対策を考えねばならない時期に来ているのかも知れません・・・

どんな自然災害でも、最初の1週間から1ヶ月程度さえ自給自足できるように備蓄しておけば、あとは
国を挙げての支援や国際的な支援が期待できるのは、東日本大震災の例からも明らかなのですが、
日本が国際的な紛争に巻き込まれた場合はどうでしょう

あるいはどこかで戦争が勃発すれば、食料はじめ燃料・飼料・肥料などの殆どを輸入に頼る日本では、
戦略的な物流停止による影響が大きいことは、ウクライナ侵攻の例からも明らかです
ましてや局地的であっても核兵器が使われると、核の冬による世界的な食糧の減産も想定されますが、
その場合、各国は自国の餓死者を少なくすることを最優先にするので輸入は完全にストップするでしょう

本来、そんな事態に備えるのは国としての役割で、まずは食糧自給率を上げる努力が必要なんでしょうが、
今はひたすら農業予算を削って防衛予算を増やす努力をしてるようだし・・・
食糧自給は国家の重要な防衛戦略だと思うのですが、まだ当面は期待できそうにもありませんから、
やはり個人として最低限の自給自足ができるような手段を考えておかないと・・・

まあ、とりあえずは・・・
窮乏生活(サバイバル)に備えた備蓄や経験を、個人ができる範囲で積み重ねるしかないようです


(追記です)
理想的には、自分か家族と繋がりのある(地理的にも人文的にも安全な)地方都市にある職場にふだんは通い、
その近郊にある安全な自宅(または別宅)には菜園や様々な備蓄があって、周りは里山で水や薪が豊富、
近くには農薬や化学肥料を使わない農家もあり彼らとの関係も良好で、山に入れば釣りや狩猟もできる・・・
そんな環境で暮らすことでしょうか・・・
もちろん、そこで暮らせる技術と知識とコミュニケーション能力が不可欠なんですが・・・



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