わからないもの
2025年11月10日
日本文化の核心
とーとつですが・・・

日本文化の核心~「ジャパン・スタイル」を読み解く~であります
著者紹介

奥付

例によって目次のみの紹介




目次の項目と小見出しからもわかるとおり、これらの視点になるほどと納得しました
こんな観点から日本文化、ジャパン・スタイルを考える、という本ははじめてでしたし、
日本文化に限らず、この著者の観点から各国の文化を学ぶのも面白そうだとも思いました
以下とても全てはメモできなかったので、「はじめに」だけの概要メモです
(著作物からの個人メモなので公開に問題があれば非公開設定にします)
はじめにより
・1970年代の終わりころ、渋谷の壁の穴で「たらこスパゲティ」をはじめて食べて感動し、
これで日本は何とかなる、と確信した
⇒そのうち各地の小さなラーメン屋が独特のラーメンを作り、コム・デ・ギャルソンやイッセイらが
世界にないモードを提供し、井上陽水・忌野清志郎・桑田佳祐らの独特の曲と日本語のポップスや、
大友克洋の「AKIRA」連載も頼もしく、日本は何とかなると感じた
(著者が横須賀功光や十文字美信に国宝級の美術品を撮ってもらい講談社「アート・ジャパネスク」
全18巻を編集制作していた頃)
・その10年後、日本は低迷し民営化とグローバル資本主義が金科玉条になり、お笑い芸人が
テレビを占めて選挙にも立候補し、何でも「かわいい」の時代に・・・
⇒司馬遼太郎は文芸春秋「この国のかたち」連載で「日本はダメになるかも」と呟いていた
・さらに10年後、ベルリンの壁がなくなった反面、湾岸戦争が新たな大矛盾をもたらし、
日本はバブルが崩壊したまま「かわいい」文化を蔓延させ、そこにインターネットが登場
⇒これで日本は再び文化力を発揮すると期待したがアメリカン・テクノロジーの追随ばかり
・たらこスパゲティや独特ラーメン、アニメ、日本語ラップなどが語ろうとしていたものを、
小泉・竹中劇場の新自由主義やグローバル資本主義に席巻されるマネー主義が軽々と蹂躙した
・Jポップや日本アニメや日本現代アートに何がひそんでいるのか
⇒それをあきらかにするための日本文化や哲学は殆ど解説されなかった
・本書は日本文化の真骨頂・正体・核心・ディープな特色がどこにあったのかについて、
新しい切り口で解説してみようと試みたもの(目次参照)
・断言するが日本文化は一見わかりにくい文脈や表現に真骨頂がある
⇒定家の和歌、道元の禅(中略)芭蕉の俳諧、鴎外の小説(後略)などに何かを感じるなら、
わかりやすくしようと思わず、彼らの放ったコンセプトそのままに日本文化を会得すべき
・プラトンのイデア、カントの理性批判(中略)コルトレーンのジャズ、ウォーホルのポップ
アート(後略)などは何によって「わかった」と言えたのか
⇒それらがわかるのなら日本の哲学や美もわかるはず
・手がかりは「ジャパン・フィルター」(目次参照)
・日本文化の正体は必ず「変化するもの」にある
⇒神や仏、和歌や国学、常磐津や歌舞伎、日本画や昭和歌謡、セーラー服やアニメではなく、
それが「変化するところ」に日本文化の正体があらわれる
⇒それはたいてい「おもかげ」や「うつろい」を通じてで、これがジャパン・スタイル
・いったんは日本神話や昭和歌謡や劇画に浸って「変化の境目」に詳しくなることが必要
⇒白村江の戦いや承久の乱や日清戦争は「変化の境目」を雄弁に語っている
⇒スペイン継承戦争がわからなければバロックが見えてこないのと同じこと
・ところが日本文化はいつのまにか「わび・さび・フジヤマ・巨人の星・スーパーマリオ」に
寄りかかってしまった
⇒それなら村田珠光・九鬼周造・柳宗悦・岡潔は必読で、せめて山本兼一「利休にたずねよ」、
岩上尚史「芸者論」、中村昇「落語哲学」はちゃんと読んだほうがいい
・日本は一途で多様な文化をつくってきたが、何が一途なのか、どこが多様なのかを見極める
必要があるのに、日本人はディープな日本に降りないで日本を語れると思いすぎた
・安易な日本論ほど日本をミスリードしていく
⇒本書がその歯止めの一助になればと思っている・・・
・・・
本文各講では特に「日本文化を理解するために最低限は知っておくべき」と紹介されていた
本などの概要になるほどと納得しましたが、とてもメモする気力はなく一文だけ・・・
「きらきらとぎらぎら、さらさらとざらざら、こんこんとごんごん、くらくらとぐらぐら、
これらのちがいがわかるのは日本人だけ」で「おもかげ」と「うつろい」の文化・・・
以下略

日本文化の核心~「ジャパン・スタイル」を読み解く~であります
著者紹介

奥付

例によって目次のみの紹介




目次の項目と小見出しからもわかるとおり、これらの視点になるほどと納得しました
こんな観点から日本文化、ジャパン・スタイルを考える、という本ははじめてでしたし、
日本文化に限らず、この著者の観点から各国の文化を学ぶのも面白そうだとも思いました
以下とても全てはメモできなかったので、「はじめに」だけの概要メモです
(著作物からの個人メモなので公開に問題があれば非公開設定にします)
はじめにより
・1970年代の終わりころ、渋谷の壁の穴で「たらこスパゲティ」をはじめて食べて感動し、
これで日本は何とかなる、と確信した
⇒そのうち各地の小さなラーメン屋が独特のラーメンを作り、コム・デ・ギャルソンやイッセイらが
世界にないモードを提供し、井上陽水・忌野清志郎・桑田佳祐らの独特の曲と日本語のポップスや、
大友克洋の「AKIRA」連載も頼もしく、日本は何とかなると感じた
(著者が横須賀功光や十文字美信に国宝級の美術品を撮ってもらい講談社「アート・ジャパネスク」
全18巻を編集制作していた頃)
・その10年後、日本は低迷し民営化とグローバル資本主義が金科玉条になり、お笑い芸人が
テレビを占めて選挙にも立候補し、何でも「かわいい」の時代に・・・
⇒司馬遼太郎は文芸春秋「この国のかたち」連載で「日本はダメになるかも」と呟いていた
・さらに10年後、ベルリンの壁がなくなった反面、湾岸戦争が新たな大矛盾をもたらし、
日本はバブルが崩壊したまま「かわいい」文化を蔓延させ、そこにインターネットが登場
⇒これで日本は再び文化力を発揮すると期待したがアメリカン・テクノロジーの追随ばかり
・たらこスパゲティや独特ラーメン、アニメ、日本語ラップなどが語ろうとしていたものを、
小泉・竹中劇場の新自由主義やグローバル資本主義に席巻されるマネー主義が軽々と蹂躙した
・Jポップや日本アニメや日本現代アートに何がひそんでいるのか
⇒それをあきらかにするための日本文化や哲学は殆ど解説されなかった
・本書は日本文化の真骨頂・正体・核心・ディープな特色がどこにあったのかについて、
新しい切り口で解説してみようと試みたもの(目次参照)
・断言するが日本文化は一見わかりにくい文脈や表現に真骨頂がある
⇒定家の和歌、道元の禅(中略)芭蕉の俳諧、鴎外の小説(後略)などに何かを感じるなら、
わかりやすくしようと思わず、彼らの放ったコンセプトそのままに日本文化を会得すべき
・プラトンのイデア、カントの理性批判(中略)コルトレーンのジャズ、ウォーホルのポップ
アート(後略)などは何によって「わかった」と言えたのか
⇒それらがわかるのなら日本の哲学や美もわかるはず
・手がかりは「ジャパン・フィルター」(目次参照)
・日本文化の正体は必ず「変化するもの」にある
⇒神や仏、和歌や国学、常磐津や歌舞伎、日本画や昭和歌謡、セーラー服やアニメではなく、
それが「変化するところ」に日本文化の正体があらわれる
⇒それはたいてい「おもかげ」や「うつろい」を通じてで、これがジャパン・スタイル
・いったんは日本神話や昭和歌謡や劇画に浸って「変化の境目」に詳しくなることが必要
⇒白村江の戦いや承久の乱や日清戦争は「変化の境目」を雄弁に語っている
⇒スペイン継承戦争がわからなければバロックが見えてこないのと同じこと
・ところが日本文化はいつのまにか「わび・さび・フジヤマ・巨人の星・スーパーマリオ」に
寄りかかってしまった
⇒それなら村田珠光・九鬼周造・柳宗悦・岡潔は必読で、せめて山本兼一「利休にたずねよ」、
岩上尚史「芸者論」、中村昇「落語哲学」はちゃんと読んだほうがいい
・日本は一途で多様な文化をつくってきたが、何が一途なのか、どこが多様なのかを見極める
必要があるのに、日本人はディープな日本に降りないで日本を語れると思いすぎた
・安易な日本論ほど日本をミスリードしていく
⇒本書がその歯止めの一助になればと思っている・・・
・・・
本文各講では特に「日本文化を理解するために最低限は知っておくべき」と紹介されていた
本などの概要になるほどと納得しましたが、とてもメモする気力はなく一文だけ・・・
「きらきらとぎらぎら、さらさらとざらざら、こんこんとごんごん、くらくらとぐらぐら、
これらのちがいがわかるのは日本人だけ」で「おもかげ」と「うつろい」の文化・・・
以下略

2025年09月20日
三島由紀夫論
2週間のご無沙汰で、とーとつですが・・・

三島由紀夫論であります
今年は三島由紀夫の生誕100年にあたるそうですが、それとは関係なく・・・
以前紹介したこちらの小説を薦めてくれた知人が、この著者の小説も薦めてくれたのですが、
わたくし純文学の世界は苦手、小説なら芥川賞作家のより直木賞作家のほうが・・・
つーことで、昔から不思議な読後感が残っている三島作品について、その再来とも言われる
この著者の作品論・作家論を選んでみた次第
裏表紙カバーにあった惹句

そう、実証性に裏づけられた透徹した分析と考察、実作者ならではの理解によって解明する、
「決定的三島論」であります
表表紙カバー裏にあった著者紹介

1999年に当時史上最年少で芥川賞を受賞されてたんですね
奥付

目次



ちなみに、
「仮面の告白」論は新潮2015年2月号、
「金閣寺」論は群像2005年12月号、
「英霊の声」論は文學界2000年11月号、
「豊饒の海」論は新潮2020年12月号~2021年11月号に、
それぞれ初出とあり23年間を要して書き上げた、本文だけでも600頁を超える大作で、
その後半300頁以上が「豊饒の海」論になってました
わたくし上記作品の中では「金閣寺」の文庫本と「豊饒の海」の単行本(全巻箱入初版本!!!)が
実家にあるので読んでるはずですが、読んだのは半世紀以上前で記憶は殆ど消え去ってます
(「金閣寺」の映画化作品「炎上」(1958)は最近テレビで視聴したけど記憶が・・・
)
ただし「午後の曳航」など他の作品も含め、なぜか物語のワンシーンだけが画像として
脳裏に焼き付いているようなのでありますね
実際の風景や人物、風景写真や人物写真、風景画や人物画を眺めてて、ふと小説の中の
ワンシーンが蘇ってくることもあり、これが三島作品の文章表現のなせる技なのかと・・・
例えば水に浮かぶ寺院とか宮殿とか、高台から望む港とか残照とか、はたまた人物でいえば、
庭に遊ぶお姫様とか窓辺に佇む美貌の未亡人とか焚火に映える少女とか彷徨う老紳士とかで、
小説のワンシーンが、映像作品を観たわけでもないのに浮かぶことがあります
(「金閣寺」も映画作品とは異なる寺や炎上シーンが何となく脳裏に残ってます)
画像と文章では記憶・認識する脳の領域も異なるはずなんですが不思議な話です
いっぽう本書は最低でも上記4作品の内容をしっかりと記憶している前提で書かれており、
著者の文章構成も文体も三島作品の影響なのか相当に高度なので、その論考をある程度でも
理解するには、まず作品を再読した上で本書を丹念に読み解いていく必要があります
とーぜん、今のわたくしにそんな気力はないので、全てを読み解くのはあきらめて・・・
本論では「豊饒の海」論だけを飛ばし読みしましたが、それでもその全60項目を理解し、
メモしていくなんて、とても不可能であり・・・くどくどくど・・・
閑話休題
以下は目次にある「序論」と「豊饒の海」論(全60項目)のうち2項目だけと「結論」と
「あとがき」からだけの、じつにてきとーな読後メモです
「結論」にもありましたが本著の真骨頂は本文各論にある詳細に分析された作品内容と
その背景にある思想追及なので、少しでも興味を持たれた方は本書をご熟読くださいね
(いちおー著作物からのメモなので公開に問題があれば非公開設定にします)
序論(9頁分)より
・4作品の各論で他の作品全般を論じ対談等での発言にも言及し伝記的事実も参照しており、
全体としては作家論となっているので「三島由紀夫論」とした
・三島の創作活動はおおよそ4期に区分できる
①「花ざかりの森」を発表した16歳から20歳の敗戦まで(1941~45)
⇒日本浪漫派界隈で天才少年としてデビュー、思春期、現人神、戦時中の死の緊張感、
②「仮面の告白」で再デビューした24歳から「鏡子の家」の34歳まで(1949~59)
⇒生きよう、戦後社会に適応しようと努めていた時期で結婚し生還を期さない特攻を否定、
③「宴のあと」からはじまる35歳から40歳まで(1960~65)
⇒文壇内外のトラブルで居場所を喪失し新たな主題にも取り組んだが深刻なスランプを自覚、
④「豊饒の海」執筆開始の41歳から「英霊の声」、自決に至る45歳まで(1966~70)
⇒「英霊の声」の反響に後押しされて急激に①の10代へ回帰、楯の会結成から死へ・・・
・この4つの作品論で描くのは①から④にかけての三島の生と死、思想の軌跡
・三島文学の愛読者は天皇主義者としての彼の行動には目を瞑り、その行動に賛同する三島の
賛美者は文学には目を向けず、メディアの寵児イメージは軽薄な姿と受け止められる
⇒しかし三島の思想がそれら個々に分裂し、排他的に完結していたわけではない
⇒言語によって生と死の全体を思想化しようとし、その思想と一致するよう行動したのが三島
・本書は著作を精読して作者の意図を考えるという反動的な方法だが(中略)三島由紀夫論
・本書の構成
①対の作品としての「仮面の告白」と「金閣寺」の論考
「仮面の告白」⇒「禁色」、「金閣寺」⇒「鏡子の家」という二系統で三島の戦後思想の基礎とし、
②第二期、第三期にあたる彼の30代を検討した後、
③第四期への転機のきっかけとなった「英霊の声」を論じる
④第一期から第三期までの仕事の集大成という観がある「豊饒の海」について、論考では
生と死を巡る三島の思想の限界と可能性を検討した
・「英霊の声」で第一期の少年時代(戦中)に回帰し政治思想運動を開始するが、この活動が
第四期の文武両道の「武」を担うとするなら「文」を担うのが「豊饒の海」
⇒「鏡子の家」の挫折後、三島は存在論への関心を深め、小説構成の野心としては「転生」を
物語の中心に据えつつ「唯識」を全編にわたる主題に定めた
・本書の構想から実現まで20年余を要し、この間に三島の生涯について多くの事実が知られる
こととなったが、それらが参照可能なので本書では生涯を仔細に辿ることはしない
・・・
で、膨大な資料から詳細に分析された各論(600頁分)を殆ど省略して
「豊饒の海」論・目次項目の4「日本文学小史と豊饒の海との構造的類似点」5頁分からのメモ
・ジャレド・ダイアモンドの「銃・病原菌・鉄」やユヴァル・ノア・ハラリの「サピエンス全史」が
世界的ベストセラーになり数万年単位の歴史認識が教養化した今日、遺伝子研究による個人
の同一性、グローバル化、国際交流、資本主義とセットとなった音楽、映画、ファッションなどの
文化の世界的な流行などで、ナショナル・ヒストリーは相対化・脱中心化され、ナショナリズムの
足許は(反動的な高揚とは裏腹に)危うくなっている
⇒同じ人間という視点は双方向から私たちを人類というカテゴリーに還元しようとする
⇒こうした考え方に三島は当時から徹底して否定的だった
・三島は「人類共有の暗い巨大な岩層」を認め、その先に「底辺の国際主義」があると説明
⇒なるほど今日「底辺の国際主義」に積極的な価値を与えるとしても「日本文学」や「韓国文学」
といったカテゴリー自体が、ただちに無効になるわけではない
・「大衆社会は全てを呑み尽くす怪物で一国の民族の問題ではなく全世界的普遍的現象」とも批判
⇒「文化」と「文化意志以前」という積層型の構造を前提に下層を実体化し歴史的な持続に
委ねてしまっている
⇒上層は相対的に移ろいゆく文化であり、下層は「人類共有の暗い巨大な岩層」
⇒文化は各時代を特徴付ける文化意志でブロック化されるが、それは一貫した日本・日本人の
イメージからは乖離した多様性で提示され、その文化意志の特徴はしばしば輸入思想
・この時点では後の日本回帰は全く準備されてなかったはずで「文化的国家日本のアプローチ」
の限界に突き当たっていた(福田恆存や大島渚との対談より)
⇒殊に「豊饒の海」のために唯識の勉強に取りかかってからは、西洋思想と仏教思想を
取り除いて日本に何が残るのか、という焦燥が看て取れる
・言語活動は文化意志や日常的なおしゃべりの更に下層に設定されていて、それが解体されると
何も「ありはしない」非存在の最底辺の領域
⇒時間的に持続しているのは、その非存在と考えざるを得ない
⇒この構造は終戦を挟んで戦中・戦後を生きてきた三島という個人の生の持続に直結するもの
・・・
「豊饒の海」論・目次項目の40「10.21国際反戦デー以降の急進化」8頁分からのメモ
・三島は明治維新を担ったのが「不正規軍」であったことに共感している
⇒しかし明治政府が士族の反乱を恐れ鎮台を設置して「不正規軍」を徹底的に弾圧した結果、
排他的な正規軍思想になり中国の八路軍に対処する術がなく苦戦した、というのが彼の認識
・戦後、徴兵制がなくなり正規軍思想だけが残ったので国民と自衛隊(軍)との関係は絶たれ、
安保闘争での「非正規軍」としての全学連に手を焼くこととなった、
⇒そこで「非正規軍」に対処し国民と自衛隊を接合する祖国防衛隊の必要性を訴えた
⇒しかしそれは後の「戦士共同体」の夢想(略)とは著しくトーンが異なる
⇒この真の急進化は1968年後半以降で、それはまさしく「奔馬」の連載終盤から、
「暁の寺」の連載序盤にかけての時期だった
・祖国防衛隊から楯の会にかけて三島に共感し支援した自衛隊関係者もいた(略)
⇒1961年の閣僚暗殺計画(三無事件)とも接点があった一派が存在し、安保闘争が長期化すれば
治安出動に乗じたクーデター計画も燻っており、利用されたのが三島とする関係者も(略)
・祖国防衛隊は資金も隊員集めも叶わず、中核要員だけ、学生中心の楯の会へと変貌してゆく
⇒もともと三島が大規模な組織のマネージメントをできたとは思えないが・・・
・1968年「10.21国際反戦デー」新宿騒乱の渦中で情報収集訓練を行い刺激を受けている
⇒翌年に向けた行動が計画されたが、圧倒的に力を増した機動隊によって新左翼は一網打尽、
三島は深い失意を味わう
⇒65年不況から時代の雰囲気は70年万博景気により決定的に好転、三島が敵と見定めた
「共産主義が間接侵略で日本を乗っ取る」可能性はなくなり、自民党による統治は盤石となり、
彼は死の機会を逸してしまった
⇒これが三島の「実に実に実に不快だった」という言葉の真意とされてきた
・森田必勝は「奔馬」の飯沼勲さながらの要人暗殺質問を関係者にしており、楯の会は
自衛隊での実射訓練やボウガン訓練も画策していた
⇒自衛隊にも三島のシンパや批判者がいて「奔馬」の飯沼勲にも心境が反映されている
・70年11月25日の蹶起には「豊饒の海」完結や事件後に届く遺書など周到な計画が練られていたが、
69年10月21日の国際反戦デーに関しては事前準備の形跡がまるで見えない
⇒何より「豊饒の海」は「暁の寺」の途中で未完のまま残されることになっており、三島は
治安出動からクーデターへ持っていく計画をあきらめなかったが、楯の会の会員の殆どが
クーデターの実感を得られなかったとの証言もある
(三島裁判での古賀正義の証言⇒国際反戦デー後の会議では憲法改正意見には消極的だった)
・そもそも自衛隊治安出動の捨て石となってクーデター、憲法改正実現というのは、三島が
したかったことだろうか、それは彼の理想的な死たり得たのか・・・
・「檄」より
⇒国体を守るのは軍隊であり政体を守るのは警察である
⇒政体を警察力で守り切れない段階で軍隊の出動によって国体が明らかになり、軍は建軍の
本義を回復するであろう
⇒建軍の本義とは「天皇を中心とする日本の歴史・文化・伝統を守る」ことにしか存在しない
・69年10月21日に治安出動の必要がなかったことは事実であり、自衛隊にとって決定的に
改憲の希望が断たれたこの日以降、自衛隊は自ら蹶起すべきだったと叱咤する
⇒「話が違う」と咎めているようにも聞こえる
・三島が新左翼を過大評価していたとの見方もあるが、彼が強調したのは「間接侵略」の
脅威であり、彼らの背後に巨大な共産主義国が控えるからこそ「身を挺して」向かうべき
敵に値するはずだった
・三島はなぜ「暁の寺」脱稿時に「実に実に実に不快だった」のか
⇒自衛隊内部にあったクーデター計画を実現可能とは考えていなかったのではないか
⇒凡そ実現可能性がないからこそ「身を挺する」に値したのだろう
⇒彼自身が覚悟を決めているのに肝心の自衛隊に裏切られ、憤ったのではあるまいか
・飯沼勲が急進化するのは、彼が軍人ではなく「一般の民草」で軍人のコピーだから
⇒この本物に憧れ過剰反応しようとする人間という主題は、三島のセクシュアリティを通じた
「男らしさ」への憧れ、徴兵されずに生き残った人間としての大義への憧れと一貫している
⇒清顕と勲、「たおやめぶり」と「ますらおぶり」
⇒自衛隊に楯の会を認めてもらえないという経験は、三島にとって二度目の徴兵検査落第で
あったかもしれない
・三島は単にクーデター計画が頓挫したから「実に実に実に不快だった」のではあるまい
⇒こうした状況下で奔走し、結局、半ば見放されたような格好で行動に移れず、その事実を
「小説執筆のための主体的選択」と自らに言い聞かせ続けていた状況に終わりが来たことを
そう表現したのではなかったか・・・
・・・
たまたま項目4は、わたくしが興味のある文化のグローバル化とナショナリズムについての
三島の見方が分析されてましたし(彼がダイアモンドやハラリ、アセモグルを知っていたら、
あるいは最新の文明研究の成果を知っていたら、どんな作品を書いたかと夢想しました)、
たまたま項目40は、事実からの論考が多くて分かりやすく、わたくしと同時代的な感覚も
あったので、てきとーにメモした次第です
他の項目でも三島の思想の背景にある思想、例えば仏教の唯識や転生などについての彼の誤解や
理解不足、あるいは当時の翻訳の精度など資料限界による間違った経典解釈などへの指摘、
アジアでの加害者としての意識欠落への指摘などもあり、読み込めばさらに深い内容なので
しょうが、わたくしの読解能力の限界と図書館の貸出期限もあり・・・
とーとつに・・・
結論(7頁分)より
・三島由紀夫の実存の根底には幾重にも折り重なった疎外感があった
⇒自分がいるはずの場所で自分が不在である現実を想像したであろう
⇒二層化された世界像は、その後の三島の一生を貫き「覗き」への拘りは屈折した現れ
・20世紀前半のヨーロッパの思想的潮流の影響(略)
・戦後の「生きたい」は孤立した生ではなく他者と生きることが前提で詩小説戯曲を書いた
⇒行動と創作は、自分が不在の場所(現実)への出現の欲望
⇒しかし30代後半から現実への幻滅を深め、理想の日本を追い求めてゆく
⇒世界の階層的構造を分析する一方で精神的には10代の戦争体験へ回帰していった
⇒政治化したが文学の多様性は最後まで失わなかった
・戦争から排除され生き残った者の苦悩と死の美化と小説執筆(略)
⇒戦後社会の「生命尊重」は資本主義への隷属であることを高度経済成長で痛感した
⇒共産主義を否定する彼にとって荷担せざるを得ないシステムであり対する批評は死のみ
⇒それを文化として実体化する存在が一度は決別したはずの天皇だった
⇒天皇に生の原理として期待したのは彼のセクシュアリティから(以下略)
・彼の社会への適応努力は民主主義への政治的適応でもなければ、資本主義への経済的適応
でもなく、創作活動か、マスメディアを介した大衆文化への適応
⇒両者は対極的だが、どちらも彼が求める他者からの承認を可能とする場所
・学生運動の激化を通じ戦後社会への適応ではなく批判による共同性に可能性を見いだそうとした
⇒しかし拠るところは共産主義ではなく、死と癒着した天皇主義だった
・三島は強さと弱さという単純に序列化された価値観に固執した
⇒現実への幻滅が強まるほど弱さから強さへ、少数の被圧迫者から少数の圧迫者へ
・創作を通じた言語による現実の価値化は「文武両道」で並行的に継続された
⇒「金閣寺」から「鏡子の家」でニヒリズムを極め、社会批判への不信から存在論的な不信へ
⇒「空」を言語で実体化した大乗仏教であり、唯識思想を「豊饒の海」の構造に適用した
⇒唯識思想に同意しなかったのは、それが言語による世界認識を徹底的に否定するため
⇒三島にとって言葉はどれほど虚無に浸食されようと、その極限で実在を保ち続けている何か
⇒それが最後まで小説家を断念しなかった理由
・三島が興味を寄せたのは唯識の教義より「空」を目指す自己否定の言語化というあり方で
その意味で「豊饒の海」のあり方は相似形を成している
⇒しかし放火前の金閣寺がそうであったように、最後の崩壊の瞬間には言語の構築物として
その存在が疑うべくもなく価値化され、輝きを放つべきであった
・死は虚無に呑み込まれそうになりながら運動し続ける彼に生の絶頂を約束するもの
⇒最後に叫んだ「天皇陛下万歳」は政治的主張であり彼が20歳の時に大義による死とともに
叫びそこなった言葉
⇒一人の人間の存在の全体性が託された言葉で、表向きの大義のみならず彼が生涯、抑圧
されつつ生きてきたエロティシズムをも同時に顕現させようとするものだった
⇒一生を象徴するためには不十分で不適当とさえ思われる言葉
⇒しかしそれしか口にされようがない言葉であり、その歴史的事実もまた、三島が死によって
体現したことの一つだった
・結論は作家論的に要約されたが本書の意義は作品論としての各ページの細部にこそある
と信じたい
あとがき(12頁分)より
・10代の頃に読んだ「金閣寺」ほど衝撃を受けた本はない
⇒三島作品に夢中になって以後、読書で知る三島像と人から聞く三島像の違いに気づいた
⇒日記や読書録で三島を「カッコいい」と思うようになった
⇒三島作品と三島が影響を受けた作品を読み続け、小説とは相互に有機的に結び合った、
広大な「文学の森(ボルヘス)」の一部ということを実感とともに理解した
・三島への最も強い共感は、彼が戦後社会に抱いていたニヒリズムの感覚であり、それを
表現する思想的で美的な文体だった
⇒境遇も時代も違うのに、痛切に「わかる」と読者が感じるのが文学
⇒自己と世界、両方の実在の不確かさに苦しみ、世界崩壊を信じ社会から孤立する人物たち
⇒いよいよ自分に近しい存在と感じられていった
・「日蝕」で文壇デビューして以来、三島由紀夫の再来とか三島と比較されることがよくある
⇒三島好きで強いシンパシーを感じていることは公言している
・本書は三島と私との長い長い対話の産物
⇒作者の意図の追求という、ほとんど反動的な態度は「到達不可能なもの」への運動という
意味で三島的ともいえるが、到達可能な他者ネットワーク「文学の森」が存在する
・私自身は三島に圧倒的な影響を受けつつ、その思想を批判的に克服する上で、やはり
アイデンティティの捉え方を梃子にした
⇒個人と対応する一なる存在(日本/天皇)への帰属を本質主義的に求めるのか、対人関係毎に
分化した主体(分人)と他者との相互依存関係を重視するのかが、その最大の相違点
・分人主義の構想に於ける三島の死に方への問い(略)
(本書を自己の思想の展開の場にはしたくなかった)
・最後の行動に至る軌跡(略)
・三島の楯の会会員への遺書
「あれほど左翼学生の行動責任のなさを弾劾してきた小生としては、とるべき道は一つでした」
⇒(あえて無体なことを言うなら)
⇒私は、もし本書を三島が読んだなら、自殺を踏み止まったかもしれないという一念で
これを書いたのである
⇒私はやはり三島という人に会って話をしてみたかった
・・・
結論の末尾にもありましたが、確かに本書の意義は作品論としての各ページの細部にあり、
目次を見ても明らかなように、まさに全作品を精読熟読し、その背景をじつに念入りに
探っていくという作家論で、序論や結論だけ読み飛ばしても理解できないのですが、
不思議な感動の記憶が残っている「豊饒の海」について、少しは納得できたかもです
三島作品や彼の作品に影響を受けた作品に興味のある方には必読の書ですね

三島由紀夫論であります
今年は三島由紀夫の生誕100年にあたるそうですが、それとは関係なく・・・
以前紹介したこちらの小説を薦めてくれた知人が、この著者の小説も薦めてくれたのですが、
わたくし純文学の世界は苦手、小説なら芥川賞作家のより直木賞作家のほうが・・・

つーことで、昔から不思議な読後感が残っている三島作品について、その再来とも言われる
この著者の作品論・作家論を選んでみた次第
裏表紙カバーにあった惹句

そう、実証性に裏づけられた透徹した分析と考察、実作者ならではの理解によって解明する、
「決定的三島論」であります
表表紙カバー裏にあった著者紹介

1999年に当時史上最年少で芥川賞を受賞されてたんですね
奥付

目次



ちなみに、
「仮面の告白」論は新潮2015年2月号、
「金閣寺」論は群像2005年12月号、
「英霊の声」論は文學界2000年11月号、
「豊饒の海」論は新潮2020年12月号~2021年11月号に、
それぞれ初出とあり23年間を要して書き上げた、本文だけでも600頁を超える大作で、
その後半300頁以上が「豊饒の海」論になってました
わたくし上記作品の中では「金閣寺」の文庫本と「豊饒の海」の単行本(全巻箱入初版本!!!)が
実家にあるので読んでるはずですが、読んだのは半世紀以上前で記憶は殆ど消え去ってます
(「金閣寺」の映画化作品「炎上」(1958)は最近テレビで視聴したけど記憶が・・・
)ただし「午後の曳航」など他の作品も含め、なぜか物語のワンシーンだけが画像として
脳裏に焼き付いているようなのでありますね
実際の風景や人物、風景写真や人物写真、風景画や人物画を眺めてて、ふと小説の中の
ワンシーンが蘇ってくることもあり、これが三島作品の文章表現のなせる技なのかと・・・
例えば水に浮かぶ寺院とか宮殿とか、高台から望む港とか残照とか、はたまた人物でいえば、
庭に遊ぶお姫様とか窓辺に佇む美貌の未亡人とか焚火に映える少女とか彷徨う老紳士とかで、
小説のワンシーンが、映像作品を観たわけでもないのに浮かぶことがあります
(「金閣寺」も映画作品とは異なる寺や炎上シーンが何となく脳裏に残ってます)
画像と文章では記憶・認識する脳の領域も異なるはずなんですが不思議な話です
いっぽう本書は最低でも上記4作品の内容をしっかりと記憶している前提で書かれており、
著者の文章構成も文体も三島作品の影響なのか相当に高度なので、その論考をある程度でも
理解するには、まず作品を再読した上で本書を丹念に読み解いていく必要があります
とーぜん、今のわたくしにそんな気力はないので、全てを読み解くのはあきらめて・・・
本論では「豊饒の海」論だけを飛ばし読みしましたが、それでもその全60項目を理解し、
メモしていくなんて、とても不可能であり・・・くどくどくど・・・
閑話休題
以下は目次にある「序論」と「豊饒の海」論(全60項目)のうち2項目だけと「結論」と
「あとがき」からだけの、じつにてきとーな読後メモです

「結論」にもありましたが本著の真骨頂は本文各論にある詳細に分析された作品内容と
その背景にある思想追及なので、少しでも興味を持たれた方は本書をご熟読くださいね
(いちおー著作物からのメモなので公開に問題があれば非公開設定にします)
序論(9頁分)より
・4作品の各論で他の作品全般を論じ対談等での発言にも言及し伝記的事実も参照しており、
全体としては作家論となっているので「三島由紀夫論」とした
・三島の創作活動はおおよそ4期に区分できる
①「花ざかりの森」を発表した16歳から20歳の敗戦まで(1941~45)
⇒日本浪漫派界隈で天才少年としてデビュー、思春期、現人神、戦時中の死の緊張感、
②「仮面の告白」で再デビューした24歳から「鏡子の家」の34歳まで(1949~59)
⇒生きよう、戦後社会に適応しようと努めていた時期で結婚し生還を期さない特攻を否定、
③「宴のあと」からはじまる35歳から40歳まで(1960~65)
⇒文壇内外のトラブルで居場所を喪失し新たな主題にも取り組んだが深刻なスランプを自覚、
④「豊饒の海」執筆開始の41歳から「英霊の声」、自決に至る45歳まで(1966~70)
⇒「英霊の声」の反響に後押しされて急激に①の10代へ回帰、楯の会結成から死へ・・・
・この4つの作品論で描くのは①から④にかけての三島の生と死、思想の軌跡
・三島文学の愛読者は天皇主義者としての彼の行動には目を瞑り、その行動に賛同する三島の
賛美者は文学には目を向けず、メディアの寵児イメージは軽薄な姿と受け止められる
⇒しかし三島の思想がそれら個々に分裂し、排他的に完結していたわけではない
⇒言語によって生と死の全体を思想化しようとし、その思想と一致するよう行動したのが三島
・本書は著作を精読して作者の意図を考えるという反動的な方法だが(中略)三島由紀夫論
・本書の構成
①対の作品としての「仮面の告白」と「金閣寺」の論考
「仮面の告白」⇒「禁色」、「金閣寺」⇒「鏡子の家」という二系統で三島の戦後思想の基礎とし、
②第二期、第三期にあたる彼の30代を検討した後、
③第四期への転機のきっかけとなった「英霊の声」を論じる
④第一期から第三期までの仕事の集大成という観がある「豊饒の海」について、論考では
生と死を巡る三島の思想の限界と可能性を検討した
・「英霊の声」で第一期の少年時代(戦中)に回帰し政治思想運動を開始するが、この活動が
第四期の文武両道の「武」を担うとするなら「文」を担うのが「豊饒の海」
⇒「鏡子の家」の挫折後、三島は存在論への関心を深め、小説構成の野心としては「転生」を
物語の中心に据えつつ「唯識」を全編にわたる主題に定めた
・本書の構想から実現まで20年余を要し、この間に三島の生涯について多くの事実が知られる
こととなったが、それらが参照可能なので本書では生涯を仔細に辿ることはしない
・・・
で、膨大な資料から詳細に分析された各論(600頁分)を殆ど省略して

「豊饒の海」論・目次項目の4「日本文学小史と豊饒の海との構造的類似点」5頁分からのメモ
・ジャレド・ダイアモンドの「銃・病原菌・鉄」やユヴァル・ノア・ハラリの「サピエンス全史」が
世界的ベストセラーになり数万年単位の歴史認識が教養化した今日、遺伝子研究による個人
の同一性、グローバル化、国際交流、資本主義とセットとなった音楽、映画、ファッションなどの
文化の世界的な流行などで、ナショナル・ヒストリーは相対化・脱中心化され、ナショナリズムの
足許は(反動的な高揚とは裏腹に)危うくなっている
⇒同じ人間という視点は双方向から私たちを人類というカテゴリーに還元しようとする
⇒こうした考え方に三島は当時から徹底して否定的だった
・三島は「人類共有の暗い巨大な岩層」を認め、その先に「底辺の国際主義」があると説明
⇒なるほど今日「底辺の国際主義」に積極的な価値を与えるとしても「日本文学」や「韓国文学」
といったカテゴリー自体が、ただちに無効になるわけではない
・「大衆社会は全てを呑み尽くす怪物で一国の民族の問題ではなく全世界的普遍的現象」とも批判
⇒「文化」と「文化意志以前」という積層型の構造を前提に下層を実体化し歴史的な持続に
委ねてしまっている
⇒上層は相対的に移ろいゆく文化であり、下層は「人類共有の暗い巨大な岩層」
⇒文化は各時代を特徴付ける文化意志でブロック化されるが、それは一貫した日本・日本人の
イメージからは乖離した多様性で提示され、その文化意志の特徴はしばしば輸入思想
・この時点では後の日本回帰は全く準備されてなかったはずで「文化的国家日本のアプローチ」
の限界に突き当たっていた(福田恆存や大島渚との対談より)
⇒殊に「豊饒の海」のために唯識の勉強に取りかかってからは、西洋思想と仏教思想を
取り除いて日本に何が残るのか、という焦燥が看て取れる
・言語活動は文化意志や日常的なおしゃべりの更に下層に設定されていて、それが解体されると
何も「ありはしない」非存在の最底辺の領域
⇒時間的に持続しているのは、その非存在と考えざるを得ない
⇒この構造は終戦を挟んで戦中・戦後を生きてきた三島という個人の生の持続に直結するもの
・・・
「豊饒の海」論・目次項目の40「10.21国際反戦デー以降の急進化」8頁分からのメモ
・三島は明治維新を担ったのが「不正規軍」であったことに共感している
⇒しかし明治政府が士族の反乱を恐れ鎮台を設置して「不正規軍」を徹底的に弾圧した結果、
排他的な正規軍思想になり中国の八路軍に対処する術がなく苦戦した、というのが彼の認識
・戦後、徴兵制がなくなり正規軍思想だけが残ったので国民と自衛隊(軍)との関係は絶たれ、
安保闘争での「非正規軍」としての全学連に手を焼くこととなった、
⇒そこで「非正規軍」に対処し国民と自衛隊を接合する祖国防衛隊の必要性を訴えた
⇒しかしそれは後の「戦士共同体」の夢想(略)とは著しくトーンが異なる
⇒この真の急進化は1968年後半以降で、それはまさしく「奔馬」の連載終盤から、
「暁の寺」の連載序盤にかけての時期だった
・祖国防衛隊から楯の会にかけて三島に共感し支援した自衛隊関係者もいた(略)
⇒1961年の閣僚暗殺計画(三無事件)とも接点があった一派が存在し、安保闘争が長期化すれば
治安出動に乗じたクーデター計画も燻っており、利用されたのが三島とする関係者も(略)
・祖国防衛隊は資金も隊員集めも叶わず、中核要員だけ、学生中心の楯の会へと変貌してゆく
⇒もともと三島が大規模な組織のマネージメントをできたとは思えないが・・・
・1968年「10.21国際反戦デー」新宿騒乱の渦中で情報収集訓練を行い刺激を受けている
⇒翌年に向けた行動が計画されたが、圧倒的に力を増した機動隊によって新左翼は一網打尽、
三島は深い失意を味わう
⇒65年不況から時代の雰囲気は70年万博景気により決定的に好転、三島が敵と見定めた
「共産主義が間接侵略で日本を乗っ取る」可能性はなくなり、自民党による統治は盤石となり、
彼は死の機会を逸してしまった
⇒これが三島の「実に実に実に不快だった」という言葉の真意とされてきた
・森田必勝は「奔馬」の飯沼勲さながらの要人暗殺質問を関係者にしており、楯の会は
自衛隊での実射訓練やボウガン訓練も画策していた
⇒自衛隊にも三島のシンパや批判者がいて「奔馬」の飯沼勲にも心境が反映されている
・70年11月25日の蹶起には「豊饒の海」完結や事件後に届く遺書など周到な計画が練られていたが、
69年10月21日の国際反戦デーに関しては事前準備の形跡がまるで見えない
⇒何より「豊饒の海」は「暁の寺」の途中で未完のまま残されることになっており、三島は
治安出動からクーデターへ持っていく計画をあきらめなかったが、楯の会の会員の殆どが
クーデターの実感を得られなかったとの証言もある
(三島裁判での古賀正義の証言⇒国際反戦デー後の会議では憲法改正意見には消極的だった)
・そもそも自衛隊治安出動の捨て石となってクーデター、憲法改正実現というのは、三島が
したかったことだろうか、それは彼の理想的な死たり得たのか・・・
・「檄」より
⇒国体を守るのは軍隊であり政体を守るのは警察である
⇒政体を警察力で守り切れない段階で軍隊の出動によって国体が明らかになり、軍は建軍の
本義を回復するであろう
⇒建軍の本義とは「天皇を中心とする日本の歴史・文化・伝統を守る」ことにしか存在しない
・69年10月21日に治安出動の必要がなかったことは事実であり、自衛隊にとって決定的に
改憲の希望が断たれたこの日以降、自衛隊は自ら蹶起すべきだったと叱咤する
⇒「話が違う」と咎めているようにも聞こえる
・三島が新左翼を過大評価していたとの見方もあるが、彼が強調したのは「間接侵略」の
脅威であり、彼らの背後に巨大な共産主義国が控えるからこそ「身を挺して」向かうべき
敵に値するはずだった
・三島はなぜ「暁の寺」脱稿時に「実に実に実に不快だった」のか
⇒自衛隊内部にあったクーデター計画を実現可能とは考えていなかったのではないか
⇒凡そ実現可能性がないからこそ「身を挺する」に値したのだろう
⇒彼自身が覚悟を決めているのに肝心の自衛隊に裏切られ、憤ったのではあるまいか
・飯沼勲が急進化するのは、彼が軍人ではなく「一般の民草」で軍人のコピーだから
⇒この本物に憧れ過剰反応しようとする人間という主題は、三島のセクシュアリティを通じた
「男らしさ」への憧れ、徴兵されずに生き残った人間としての大義への憧れと一貫している
⇒清顕と勲、「たおやめぶり」と「ますらおぶり」
⇒自衛隊に楯の会を認めてもらえないという経験は、三島にとって二度目の徴兵検査落第で
あったかもしれない
・三島は単にクーデター計画が頓挫したから「実に実に実に不快だった」のではあるまい
⇒こうした状況下で奔走し、結局、半ば見放されたような格好で行動に移れず、その事実を
「小説執筆のための主体的選択」と自らに言い聞かせ続けていた状況に終わりが来たことを
そう表現したのではなかったか・・・
・・・
たまたま項目4は、わたくしが興味のある文化のグローバル化とナショナリズムについての
三島の見方が分析されてましたし(彼がダイアモンドやハラリ、アセモグルを知っていたら、
あるいは最新の文明研究の成果を知っていたら、どんな作品を書いたかと夢想しました)、
たまたま項目40は、事実からの論考が多くて分かりやすく、わたくしと同時代的な感覚も
あったので、てきとーにメモした次第です
他の項目でも三島の思想の背景にある思想、例えば仏教の唯識や転生などについての彼の誤解や
理解不足、あるいは当時の翻訳の精度など資料限界による間違った経典解釈などへの指摘、
アジアでの加害者としての意識欠落への指摘などもあり、読み込めばさらに深い内容なので
しょうが、わたくしの読解能力の限界と図書館の貸出期限もあり・・・
とーとつに・・・

結論(7頁分)より
・三島由紀夫の実存の根底には幾重にも折り重なった疎外感があった
⇒自分がいるはずの場所で自分が不在である現実を想像したであろう
⇒二層化された世界像は、その後の三島の一生を貫き「覗き」への拘りは屈折した現れ
・20世紀前半のヨーロッパの思想的潮流の影響(略)
・戦後の「生きたい」は孤立した生ではなく他者と生きることが前提で詩小説戯曲を書いた
⇒行動と創作は、自分が不在の場所(現実)への出現の欲望
⇒しかし30代後半から現実への幻滅を深め、理想の日本を追い求めてゆく
⇒世界の階層的構造を分析する一方で精神的には10代の戦争体験へ回帰していった
⇒政治化したが文学の多様性は最後まで失わなかった
・戦争から排除され生き残った者の苦悩と死の美化と小説執筆(略)
⇒戦後社会の「生命尊重」は資本主義への隷属であることを高度経済成長で痛感した
⇒共産主義を否定する彼にとって荷担せざるを得ないシステムであり対する批評は死のみ
⇒それを文化として実体化する存在が一度は決別したはずの天皇だった
⇒天皇に生の原理として期待したのは彼のセクシュアリティから(以下略)
・彼の社会への適応努力は民主主義への政治的適応でもなければ、資本主義への経済的適応
でもなく、創作活動か、マスメディアを介した大衆文化への適応
⇒両者は対極的だが、どちらも彼が求める他者からの承認を可能とする場所
・学生運動の激化を通じ戦後社会への適応ではなく批判による共同性に可能性を見いだそうとした
⇒しかし拠るところは共産主義ではなく、死と癒着した天皇主義だった
・三島は強さと弱さという単純に序列化された価値観に固執した
⇒現実への幻滅が強まるほど弱さから強さへ、少数の被圧迫者から少数の圧迫者へ
・創作を通じた言語による現実の価値化は「文武両道」で並行的に継続された
⇒「金閣寺」から「鏡子の家」でニヒリズムを極め、社会批判への不信から存在論的な不信へ
⇒「空」を言語で実体化した大乗仏教であり、唯識思想を「豊饒の海」の構造に適用した
⇒唯識思想に同意しなかったのは、それが言語による世界認識を徹底的に否定するため
⇒三島にとって言葉はどれほど虚無に浸食されようと、その極限で実在を保ち続けている何か
⇒それが最後まで小説家を断念しなかった理由
・三島が興味を寄せたのは唯識の教義より「空」を目指す自己否定の言語化というあり方で
その意味で「豊饒の海」のあり方は相似形を成している
⇒しかし放火前の金閣寺がそうであったように、最後の崩壊の瞬間には言語の構築物として
その存在が疑うべくもなく価値化され、輝きを放つべきであった
・死は虚無に呑み込まれそうになりながら運動し続ける彼に生の絶頂を約束するもの
⇒最後に叫んだ「天皇陛下万歳」は政治的主張であり彼が20歳の時に大義による死とともに
叫びそこなった言葉
⇒一人の人間の存在の全体性が託された言葉で、表向きの大義のみならず彼が生涯、抑圧
されつつ生きてきたエロティシズムをも同時に顕現させようとするものだった
⇒一生を象徴するためには不十分で不適当とさえ思われる言葉
⇒しかしそれしか口にされようがない言葉であり、その歴史的事実もまた、三島が死によって
体現したことの一つだった
・結論は作家論的に要約されたが本書の意義は作品論としての各ページの細部にこそある
と信じたい
あとがき(12頁分)より
・10代の頃に読んだ「金閣寺」ほど衝撃を受けた本はない
⇒三島作品に夢中になって以後、読書で知る三島像と人から聞く三島像の違いに気づいた
⇒日記や読書録で三島を「カッコいい」と思うようになった
⇒三島作品と三島が影響を受けた作品を読み続け、小説とは相互に有機的に結び合った、
広大な「文学の森(ボルヘス)」の一部ということを実感とともに理解した
・三島への最も強い共感は、彼が戦後社会に抱いていたニヒリズムの感覚であり、それを
表現する思想的で美的な文体だった
⇒境遇も時代も違うのに、痛切に「わかる」と読者が感じるのが文学
⇒自己と世界、両方の実在の不確かさに苦しみ、世界崩壊を信じ社会から孤立する人物たち
⇒いよいよ自分に近しい存在と感じられていった
・「日蝕」で文壇デビューして以来、三島由紀夫の再来とか三島と比較されることがよくある
⇒三島好きで強いシンパシーを感じていることは公言している
・本書は三島と私との長い長い対話の産物
⇒作者の意図の追求という、ほとんど反動的な態度は「到達不可能なもの」への運動という
意味で三島的ともいえるが、到達可能な他者ネットワーク「文学の森」が存在する
・私自身は三島に圧倒的な影響を受けつつ、その思想を批判的に克服する上で、やはり
アイデンティティの捉え方を梃子にした
⇒個人と対応する一なる存在(日本/天皇)への帰属を本質主義的に求めるのか、対人関係毎に
分化した主体(分人)と他者との相互依存関係を重視するのかが、その最大の相違点
・分人主義の構想に於ける三島の死に方への問い(略)
(本書を自己の思想の展開の場にはしたくなかった)
・最後の行動に至る軌跡(略)
・三島の楯の会会員への遺書
「あれほど左翼学生の行動責任のなさを弾劾してきた小生としては、とるべき道は一つでした」
⇒(あえて無体なことを言うなら)
⇒私は、もし本書を三島が読んだなら、自殺を踏み止まったかもしれないという一念で
これを書いたのである
⇒私はやはり三島という人に会って話をしてみたかった
・・・
結論の末尾にもありましたが、確かに本書の意義は作品論としての各ページの細部にあり、
目次を見ても明らかなように、まさに全作品を精読熟読し、その背景をじつに念入りに
探っていくという作家論で、序論や結論だけ読み飛ばしても理解できないのですが、
不思議な感動の記憶が残っている「豊饒の海」について、少しは納得できたかもです
三島作品や彼の作品に影響を受けた作品に興味のある方には必読の書ですね
2025年08月10日
技術革新と不平等の1000年史(下巻)
とーとつ・・・でもありませんが・・・
「技術革新と不平等の1000年史」(下巻)の読書メモであります
ま、上巻記事と同じく、じつにてきとーなメモでしゅが・・・
下巻の表紙

下巻の惹句

下巻の奥付

下巻の目次

著者の略歴については上巻記事をご覧いただくとして、お二人は2023年の本書刊行後、
2024年にノーベル経済学賞を受賞されてますね
以下は思いつくままの個人メモなので正しくは本書をお読みください
(著作物からのメモなので公開に問題があれば非公開設定にします)
第7章「争い多き道」より
・20世紀が始まってからの70年間は、戦争や大恐慌など大きな逆転はあったものの、
新テクノロジーと労働者による対抗勢力と政府の規制を支える制度的構造により、
急成長の恩恵をほぼあらゆる階層が被った
⇒電力など新テクノロジーによる低コスト大量生産が新しい需要と仕事を生んだ
⇒労働者としては給与が上がり、消費者としては同じ金額で多くが買えるようになった
⇒これが生産性バンドワゴン
・アメリカ製造業における経営者とエンジニアを含むホワイトカラーの割合
⇒1860年で3%、1910年で13%、1940年で労働者の21%に
・フォードT型の例(略)⇒様々な職種・業種で新たな仕事を生んだ
・1938年以降のスウェーデンの例⇒世界有数の平等国家に(略)
・アメリカ・ニューディール政策の例(略)
・オートメーション化が進んでも1970年代初頭までは、どのスキルの労働者の需要も増加した
⇒自動交換になったベル電話会社の交換手は拡大するサービスや事業所で失業しなかった
・1960年のGMと組合との数値制御機械オペレーター裁判の例
⇒新機械のオペレーターには追加トレーニングを受け高い賃金を受け取る権利があるとの裁定
・西海岸のコンテナ導入と港湾労働組合の例
⇒東海岸では多くの港湾労働者が失業したが西海岸の組合はコンテナやクレーン導入を推進、
輸送量の増加に伴う新しい労働機会を要求し獲得していった
⇒肉体労働からクレーン操作などへ⇒中等教育があったから可能だった
・1970年までは生産性向上が平均賃金の上昇、様々なスキルグループの収入増につながっていた
(新しい業界では生産性の向上に伴いスキルの低い労働者の需要も増えた)
・戦後ヨーロッパのテクノロジーの方向性も同じだったので繁栄した
・第二次世界大戦後の数十年ほど急速に繁栄し、その繁栄が共有された時代はない
⇒女性、マイノリティ(特にアメリカ黒人)、移民は排除されていたが、排除された最大の集団は
ヨーロッパと北米の外側だった
(長期雇用・高賃金の日本や、民主化後・労働組合の韓国などは例外的に繁栄を共有できた)
・アメリカの戦後の繁栄を共有する経済モデルが攻撃されはじめ、テクノロジーの方向性が
さらなる自動化に向かうと、勢力が労働者と政府規制から離れ繁栄の共有が瓦解していく
⇒第8章「デジタル・ダメージ」へ
第8章「デジタル・ダメージ」より
・1960年頃からのハッカー倫理
⇒情報を支配し官僚化するIBMや権力に対抗した「分散化と自由」
⇒コンピューターへのアクセスは完全に自由で無制限であるべき
・彼らのテクノロジーなら大企業への対抗勢力が強化され、繁栄が共有されるはず、
と予測するのが合理的だが、結果は全く逆だった
⇒デジタル・テクノロジーにより賃金・国民所得の労働分配率は低下、賃金格差は拡大した
(グローバリゼーションや労働運動の弱体化などの要因もあるが、デジタル・テクノロジーが
仕事を自動化したせいで労働は資本に対して、低スキル者は大卒以上者に対して、不利になった)
・利益と株主価値の最大化こそが公益につながるとする新しいビジョン
⇒これが社会の大半の組織化原理となった
⇒このビジョンがもたらす膨大な富がテクノロジー・コミュニティを違う方向へ押しやった
⇒新しいビジョンはデジタル・ユートピアのビジョンであり、それを支えていたのは労働を
自動化して支配するソフトウェアのトップダウン設計だった
⇒結果は格差を生み出し生産性の向上も果たせなかった
⇒1980年以降、格差は労働者間だけでなく、不公平はあらゆる方面で増大した
・20世紀の殆どは国民所得の67~70%が労働者に渡ったが1980年代以降は資本側に改善、
2019年の労働分配率は60%を割った
⇒人件費の削減が最優先となり、組合のない工場へ、海外へ、アウトソーシングへ
⇒多くの低技能業務を安い外部業者にアウトソーシングしてコストを削減
⇒大企業の低技能労働者は賃金上昇のチャンネルを断ち切られた
・この方向性によりデジタルメニューがさらに自動化に移行し労働者から離れていった
⇒アメリカ経済の生産力(労働者一人あたり生産量)は増加しても、労働者の限界生産力
(追加の労働時間によって増加する生産量)は追随しなかった
・繁栄の共有は自動化で破壊されたのではなく、それを最優先にして労働者の新しい仕事創出を
蔑ろにした、バランスの悪いテクノロジー・ポートフォリオによって破壊された
⇒戦後数十年も自動化は加速したが労働需要を高めるテクノロジー変化でバランスがとれていた
⇒1980年以降、新しい仕事とテクノロジーが減っていった
⇒製造業の労働分配率は1985年の65%から2010年には46%に下落した
⇒アメリカ労働者の中流階級職(工場ブルーカラーやオフィス事務)の割合は1970年代に52%、
2018年には33%に下がり、彼らは建設清掃調理などの低賃金職へ、それらも自動化で消滅した
・低賃金国との競争は雇用を減らして賃金を抑えたが、格差の要因はテクノロジー変化の方向性
・「テクノロジー格差は避けがたいがグローバリゼーションは調整できる」という二分法
⇒これは誤りで切り離せないもの⇒デジタル・ツールでしかグローバル化できないから
⇒相乗効果で人件費を削減、1980年以降は職場も政治も対抗勢力が欠如しており助長した
⇒ほぼすべての先進国でブルーカラーと事務職の仕事が減った
⇒原因は西側諸国の制度的変化と新たなユートピア的デジタル・ビジョン
・1965年ラルフ・ネーダーの消費者保護運動
⇒様々な安全衛生機関の設置、独占企業の規制、雇用差別撤廃へ
⇒殆どが共和党ニクソン政権で実施された⇒ニューディール政策を維持した
・1953年のGM社長の(大量の株式を保有したままの)国防長官就任時の格言
⇒「国によいことはGMにもよいことで、その逆も同じ」
⇒これが1980年代にはありふれたものになった⇒1930年代からの180度転換
⇒「企業に有利になるようにルールを変えることは全ての人を助ける最善の方法」
⇒「富裕層の税金を減らせば投資が増えて生産性が向上し社会に貢献する」
⇒トリクルダウン経済⇒レーガンの経済政策に
⇒政府が規制しなくても消費者はより優れた製品を選ぶはず⇒これは理想化された市場が前提
・ケインズから反転⇒ハイエク⇒スティグラーとフリードマン⇒ジェンセンの修正案へ
⇒1970年の「フリードマン・ドクトリン」
⇒企業の社会的責任は利益を出し株主に高い配当を生み出すこと
⇒企業の株価を上げさせるため経営陣に巨額のボーナスとストックオプションを与える
⇒CEOは株主にのみ社会的責任を負う⇒労働者に高い賃金を払う義務はない
・経営者のプロ化のはじまりは1970年代のビジネススクール修了者から
⇒上場企業CEOに占める修了者の割合は1980年で25%、2020年で43%を超えた
⇒彼らはフリードマン・ドクトリンを実践し賃金を削減したが当初は主流ではなかった
⇒1973年のオイルショックとスタグフレーションで一変して主流になった
⇒1964年にゴールドウォーターが提唱した規制撤廃などを1979年にレーガンが肯定した
・1976年に設立されたマン経済研究所
⇒多くの裁判官への経済学研修はフリードマン・スティグラー・ボークの特殊な思想によった
⇒研修を修了した裁判官らは一貫して規制当局や独占禁止法に反対する判決を出しはじめた
・1982年に設立されたフェデラリスト協会
⇒反規制企業幹部からの献金で反規制派の法学生・裁判官・最高裁判事を育成した
⇒現在の最高裁判事のうち6人が修了生
・大企業の市場支配力はライバル出現を阻止し経営幹部と株主を富ませる
⇒超巨大企業による独占は豊かな株主をさらに豊かにして格差を増幅する
⇒利益を従業員と分け合うこともあったが制度的変化で労働者の力が衰退した
・アメリカとドイツの労働組合の違い(企業単位と業界単位)
・1981年レーガンの航空管制組合への介入・スト職員解雇⇒これに民間企業が続いた
・アメリカ労働組合の低下理由は、
⇒企業と政治家の反組合姿勢が強硬になったこと
⇒組合がしっかりしていた製造セクターでの雇用が減少したこと
・1979年サッチャーの規制緩和優先・企業支持によりイギリスの組合も大半を失った
・人件費の削減にはデジタル・テクノロジーが不可欠だった
⇒効率的なソフトウェアにより熟練を要しない多くの仕事を自動化または削減できる
⇒1980年代からバックオフィスの仕事が急速に自動化され低スキル事務職が減少していく
⇒1990年代には製造業でロボットが急速に普及しブルーカラーが激減していく
(1980年代に遅れたのは日本やドイツのような人口減少圧力がなかったから)
・ドイツや日本などのソフトウェアツール・ロボット化は当初はアメリカと全く異なった
⇒ドイツでは組合交渉による再訓練・再配置と、そのためのソフトウェア開発
⇒ソフトウェアによる問題検出などで労働者による限界生産性は着実に上昇した
(ドイツは戦後の労働者不足が続きスキルへの投資で労働者の能力を活用した)
⇒日本は柔軟な生産を重視し完全自動化せず、従業員のための複雑で高賃金の仕事を作った
(日本は労働人口の減少に直面していた)
⇒北欧でも団体交渉により労働者に有利なテクノロジーとの組み合わせを導入した
・その後フリードマン・ドクトリンとコスト削減のためのデジタル・ツール利用の考え方は、
ビジネススクール出身の経営者・経営コンサルティングによって世界中の企業に広まり、
基本的にすべての先進国でブルーカラーや事務職の割合を低下させた
⇒このアメリカの進歩の方向性が世界中に重大な影響を及ぼした
・1980年代に登場した新しいデジタル・ビジョン
⇒フリードマン・ドクトリンに根ざした人件費削減とハッカー倫理を結びつけたもの
⇒エリート主義的なアプローチが業界を支配し経済格差を正当化する
・生産性バンドワゴンが機能しにくくなるのは、
①雇用主の力が従業員の力より強すぎるとき
②テクノロジーが労働者に不利な方向に進んでいるとき
③生産性向上が他のセクターの雇用拡大につながらないとき
・過去数十年、毎日新製品やアプリが提供されているのに共有すべき生産性は鈍化している
⇒1960年代70年代の電話やテレビは壊れるまで何十年と使っていた
⇒今は数年ごとに電子機器を買い替えるのに投資に対する利益はごく少ない
・トヨタGMのカリフォルニア州フリーモント工場の成功例(略)
(つい最近、イーロン・マスクもテスラの全自動化工場で同じ教訓を学んだ)
・業界リーダーから押しつけられたデジタル・ソリューションは、公共の利益にかなうと
されたが、大半の労働者は仕事と生活手段を失ってしまった
⇒デジタル・テクノロジーを発展させる方法はほかにもあった
⇒初期のハッカーたちは異なるビジョンに導かれ大企業からフロンティアを奪い取った
・テクノロジーの偏向は間違いなく選択されたもので、しかも社会的に構築された選択だった
⇒その後の新しいツールにより事態がはるかに悪くなりはじめた⇒人工知能AI
第9章「人工闘争」より
・「起業家が主導する(知能機械を含む)新しいテクノロジーから必然的に恩恵が得られる」
⇒本章ではこのビジョンがレセップスの運河理念と同じ幻想であることを論じる
・テクノロジーの方向性を考える際に重要なのは、そのテクノロジーが人間の目的にとって
どれだけ役立つかということであり、これを「MU(機械有用性)」とする
⇒これまでの歴史は高い機械有用性を備えた画期的イノベーションを生んできた
⇒機械知能への心酔は大規模データ収集と労働者や市民の無力化、仕事の自動化競争になるだけ
・コンピュータもジャガード織機と同じでプログラマーに指定されたとおり実行するもの
⇒対する人工知能の合意された定義はないが、現在あらゆる領域に適用されている
・ソフトウェアと機械はさまざまなルーチン業務を自動化してきた
⇒人間の業務のうちルーチンは一握りで大半は問題解決を必要とする
⇒AIはルーチン業務以外でも予測可能な業務ならできるようになった
⇒さらに医師・弁護士・銀行員の仕事の一部など高度な業務を学習している
・なので「AIが有益な変革をもたらし、その恩恵は万人に届く」
⇒とGAFAの現CEO全員が主張しているが、そんな証拠はない
⇒これまでAIはもっぱらオートメーション化に使われ、その弊害は低スキル労働者に
⇒彼らがAIから恩恵を受けている証拠もなく、GAFAの経営陣と株主が利益を得ている
⇒「誰も働かなくていい未来」どころか賃金が下がり労働者の需要が減る未来
・チューリングテストとAI
⇒評価者が機械と人と会話して、どちらが人か見破られなければその機械は知能を持っている
⇒この定義での知能機械はまだないが人並みに実行できるタスクが多いほど知能は高い
⇒チューリングも機械意識は留保していたが、現代のAI分野は人工知能に向かっている
・新しいAIアプローチ
①大量のデータ使用⇒多くのデータから深層学習し画像を「猫」と認識する
②拡張性と転移性⇒ひとたび「猫」と認識すれば翻訳など無関係な問題にも移れる
③このアプローチがオートメーション拡大の方向に向かっている
⇒トップダウン式テクノロジーは人件費削減の企業に馴染む
・現在のAIは、キャッサバの先住民の調理法を原始的・非科学的伝統だとして理解できず、
シアン化合物中毒になったヨーロッパ人と同じ
・信号機の撤去実験の結果⇒交通の流れは大幅に改善され事故も怪我も増えなかった
⇒テクノロジーが人間から主体性と判断力を奪っていた
・チューリング直系の現在の対AIアプローチでは人間の知能にすぐ迫れるとは考えにくく、
人間の判断業務の多くで高度な生産性をあげられるとも思えない
⇒統計的アプローチには人間の社会的な知能や臨機応変な知能に相当する要素がない
・過学習・過剰適合の問題
⇒オオカミとハスキー犬を区別するタスク(AIは無関係な背景など過学習から区別)
⇒現在AI資金が使われているのは大量データ収集と限定的タスクの自動化
⇒人間を機械に置き換えておきながら生産性は向上していない
・デジタル・テクノロジー、特にAIは専ら自動化と監視に使われている
⇒デジタル・テクノロジーが人間を助け補完する方向はあった
⇒ウィーナー、リックライダー、エンゲルバート、デミングが持っていた別のビジョン
⇒AIよりMU(機械有用性)⇒人間の目的にかなった使い方ができること
①日本の製造業におけるデミングの功績⇒デミング賞
②MUによる新しいタスクの創出⇒個別教育、医療現場など
③人間の創造力への有益な情報の供給⇒インターネットwwwアクセス
④新しい市場や顧客の創出⇒南インド・ケララ州の漁業の携帯電話、ケニアのモバイル通貨・
送金システム(Mペサ)、エアビーアンドビー(宿泊施設の貸し借り)、AI翻訳より高品質な
マルチリンガルの人を集めた言語サービスのプラットフォーム・・・
・ただし、このような有望な応用例が搾取・監視に使われるか否かは、市場インセンティブと
既存ビジョンの優先事項への対抗勢力のいかんに左右される
・デジタル・テクノロジーと大企業の合体は2000年代半ばまでに億万長者を生んできた
⇒2010年代にAIツールが広まりだすと富は何倍にも増えた
⇒AIベースのオートメーションはたいして生産性を向上しない
⇒それでもAI業界の大物や一流経営者を富ませるのは、これが労働者から力を奪うからで、
人々の情報をお金に変えるから
⇒今後10年で各種機器がクラウドに常時接続され、より大規模なデータ収集が可能になる
・現在はH.G.ウェルズのタイムマシンに描かれたディストピア未来に近づきつつある
⇒社会は二層構造になっており、実業界の大物たち、テクノロジー界のリーダーたちから、
普通の人々はミスの元で取り替えるべきものと思われている
⇒この状態は必然ではなく、デジタル・テクノロジーが自動化だけに使われる理由もなく、
AIが無差別に適応され、機械有用性の追求の代わりに機械知能に魅入られる必然もなかった
・この難局から抜け出るには社会的な力の分布図を変えテクノロジーを別の方向に向ければよい
⇒変化にはボトムアップ式の民主的プロセスが必須になるが、AIはその民主主義も壊しつつある
第10章「民主主義の崩壊」より
・2021年、中国の女子テニス選手のウェイボー投稿の20分以内削除の例(略)
・2014年以降に強化されてきた新彊ウィグル自治区住民の体系的データ収集の例(略)
(世界屈指のAI企業などが中国政府に協力、他の地域にも広がっている)
・中国の社会信用システムの例(略)
⇒インターネットとソーシャルメディアが民主主義に果たすと思われてきた効果とは正反対
・初期のフィリピン大統領弾劾でのテキストメッセージ利用、アラブの春でのフェイスブックと
ツイッターの活用が、なぜ独裁政府・過激派・誤情報の強力な武器になったのか
⇒有害な影響は不可避ではなく開発の仕方のせい
⇒大量データの収集で操作をもくろむ政府や企業の強力なツールとなった
・中国のデジタル検閲の歴史(略)
・スパイウェア「ペガサス」の濫用(略)
・ハラリの「テクノロジーは専制を贔屓する」と「テクノロジーは民主化を進める」
⇒いずれも間違いでデジタル技術は親民主的でも反民主的でもない
⇒すべてはテクノロジーが向かう方向の選択次第
・デジタル技術の暗号化は通信傍受を阻止でき、VPNは検閲を回避でき、トーアのような
検索エンジンは(現時点では)政府による解読が不可能なのでプライバシーと安全を提供する
⇒それなのにデジタルによる民主化という初期の希望が潰えたのは、テクノロジー界の取り組みが
金銭と権力のある政府の検閲に集中したから
・AIはさらに本格的な監視技術の方向へ進んでいる
(中国では監視需要が技術革新の方向にも影響し、顔認識などの技術が世界トップに)
(ファーウェイは監視抑圧のAIツールを50ヶ国に輸出した)
・ミャンマーの(ジェノサイドの媒体になった)フェイスブックの例(略)
⇒スリランカでもインドでも扇動者を排除しなかった
⇒ヘイトスピーチも過激主義も誤情報もサイトのエンゲージメントと閲覧時間を増加させ、
より多くの個人向けデジタル広告を得ることができるから
・2016年アメリカ大統領選挙でのフェイスブックの誤情報増殖も、2021年の暴動扇動も、
ユーチューブもツイッターも他のプラットフォームも、アルゴリズムで提供される誤情報と
情報操作にユーザーを引き込み共有され続けた
・ソーシャルメディアがこの残念な事態に至ったのは必然ではなく大手テクノロジー企業が
下した決定のせい
⇒それは「個人向けデジタル広告から収益を得る」という決定
⇒その価値は注目の度合い(エンゲージメントと閲覧時間)に左右され、その最も効果的な
方法が怒りや憤りといった強い感情を培うことだと判明したから
・グーグルの誕生と誤情報の根源(略)
・2020年のアメリカ大統領選挙後にフェイスブックが誤解を招く記事や信頼できないサイトに
加担しないアルゴリズムに変更すると、悪意のコンテンツや誤情報などは拡散しなくなった
⇒しばらくして、この変更は取り消された
⇒元に戻した主な理由は怒りや感情を掻き立てる度合いが減れば、そのプラットフォームの
閲覧時間が減ると判明したから
(ザッカーバーグらは言論の自由を理由に取り消しを擁護している)
・利潤動機がエンゲージメントや怒りの最大化を優先するがテクノロジー企業の創業理念も重要
⇒当初オンライン・コミュニケーションにはハーバーマスの「公共圏」概念が期待されたが、
大手テクノロジー企業のビジネスモデル・AI幻想と民主主義は相容れない
⇒大衆は操作と収集の対象として扱われるが、幹部の多くは自らを民主主義者とみなしている
⇒監視とデータ収集がテクノロジー発展の唯一の道ではない
⇒利潤動機とAI幻想に導かれた反民主的軌道に独裁的政府とテクノロジー企業が関わっている
・前例としてのラジオ・プロパガンダと戦後のドイツ基本法(略)
・ターゲティング広告に代わるビジネスモデル
⇒定額制モデルのネットフリックスでも情報収集やAI投資はしているが誤情報や政治的暴言は
殆ど存在しない⇒その目的がエンゲージメントの最大化ではないから
⇒ソーシャルメディアでも定額制は可能でエコーチェンバーや誤情報の危険性はあるが、
エンゲージメントを追求する手法からは脱却できる
⇒フェイスブックの新たな多言語サービスによって、関連する国々の中にはリアルタイムの
情報が得られるようになり利益を上げた小規模企業もあり、その種のサービスでフェイスブックが
利益を上げることも不可能ではない
・悪影響が阻止できればソーシャルメディアはプラス効果を発揮できる
・民主主義を最も必要としているときにAIがそれを蝕んでいる
⇒デジタル技術の方向が変わらない限り不平等を増大させAI監視で賃金は低下する
⇒対抗勢力の復活は中国でもアメリカでも西側諸国でも難しくなっている
⇒AIは民主主義を窒息させ独裁政府にも民主政府にも抑圧と操作のツールを提供している
・テクノロジー企業のエンゲージメントの最大化を追求する現行ビジネスモデルのままで、
ソーシャルメディアに吞み込まれていると、コミュニティとも民主的言説とも無縁になり、
別の現実がオンライン上に作り出される
⇒そこでは過激な意見が叫ばれ、エコーチェンバーが乱立し、情報は疑わしいか偏っており、
譲歩は忘れ去られるか非難される
・ウェブ3.0やメタバースのような新しいテクノロジーは違うという楽観もあるが、
⇒テクノロジー企業の現行のビジネスモデルと、政府の監視への拘りが続く限り、これらも
その傾向に加勢して強力なフィルターバブルを作り出し現実との乖離を広げるだろう
第11章「テクノロジーの方向転換」より
・19世紀後半のアメリカのテクノロジー変化と不平等(略)
⇒ジャーナリストによる暴露、市民活動家の業績、政治組織の結成による進歩主義運動へ
・1962年レイチェル・カーソン「沈黙の春」からの環境運動(略)
⇒組織化された政治運動が生まれ企業部門に圧力をかけ政策立案者を促した
(注目すべきは中国もテクノロジーの方向転換に乗り出したこと)
⇒語り方の修正、対抗勢力の構築、最重要課題に対処する具体的政策の立案と実施
⇒これらはデジタル技術の方向転換にも有効
・デジタル技術は以下のやり方で人間を補完できる
①労働者の現在の仕事の生産性を高める
②人間の能力を増す人工知能の助けによって新たなタスクを作り出す
③人間の意思決定のためにより優れた有用な情報を提供する
④異なるスキルとニーズを持つ人々を結びつける新たなプラットフォームを構築する
⇒例えば教育でデジタルとAIのテクノロジーは、教師にツールと情報を提供し個々の生徒の
弱点や強みをリアルタイムで把握、個人に合わせた教育を可能にし、教師向けに新しい生産的な
タスクを生み出し、教師が効率よく教育資源に出会えるプラットフォームも構築できる
⇒医療、娯楽、生産作業でも同様の道が開ける
⇒市民社会からの圧力と政府の規制と助成が不可欠だが必要なのは制度的枠組みと誘因
・労働者組織の新しい形態
⇒アマゾンやスターバックスの組合、ドイツ式の労働者協議会と業界組合の二層形式
・消費者の嗜好と行動は企業とテクノロジーに影響を与えるが、市民が行動する際の負担は
企業や政府の圧力で何倍にもなるので「ただ乗り(フリーライダー)」問題になる
⇒市民としての行動を促す市民社会組織が必要不可欠
⇒市民社会組織は議論と信頼できる情報のためのフォーラム(公共の場)の提供だけでなく、
活動への参加を互いに促すアメになり、ただ乗りする人を恥じ入らせるムチになる
・民主的制度のオンライン・コミュニティも可能
⇒K・ル・グウィンの「学べばできる」、オードリー・タンの新しい民主主義構想・・・
⇒今のソーシャルメディアと同じ過ち(過激化・煽動・誤情報・罵倒など)を避ける最善の方法は
親民主的なオンラインツールを新たな難題が出るたび更新が必要な発展途上ツールと見なし、
伝統的な対面による市民参加に代わるものではなく、それを補完するものと見なすこと
①監督と監視のためのツールを規制し、プライバシーのためのツールに助成する
②労働分配率を上げるテクノロジーの利用と開発への助成
(賃上げの幅が大きくなれば労働分配率も上がり企業はさらに助成金を受けられる)
③現場作業の質を向上させるイノヴェーション路線に先行助成する
・大手テクノロジー企業の解体
⇒一握りの企業が優れた他者を潰してデジタル技術、特にAIの方向を支配している
⇒それら企業のビジネスモデルと優先事項はオートメーションとデータ収集
⇒巨大テクノロジー企業を解体し多様なイノヴェーションが生まれる余地を作ることが、
テクノロジーの方向転換の重要な部分
⇒ただし解体だけではビジネスモデルは変わらないので規制か世論圧力による制限が必要
・税制改革(労働者より優遇されているオートメーション設備や資本への課税⇒略)
・労働者への投資
(アメリカやイギリスの離職率はドイツよりはるかに高く組合も役割を果たせないので、
ドイツ型実習制度は難しいが訓練投資への税控除などの政府助成が大きな役割を果たす)
・政府のリーダーシップ
政府が戦略的重要性を強調したペニシリン、防空、センサー、衛星、コンピュータ・・・
⇒一流科学者が集まり課題に取り組み、結果的に大きな需要が生まれ民間部門の参入を促した
⇒グリーンテクノロジー全般を支援するのと同じように労働者を補完し市民に力を与える
テクノロジーの開発を支援する
・プライバシー保護とデータ所有、デジタル広告税、富裕税、再分配とセーフティネットの強化、
教育、最低賃金、学術界の改革・・・(略)
・エイズの例
⇒1980年代後半からジャーナリストやメディア業界の著名人などの努力で語り方が変わり、
活動家が連携しはじめ、HIVの研究に多額の資金が投じられはじめ、世論の圧力が高まると
医学研究の方向が変わった
⇒1990年代後半には進行を遅らせる新薬が登場し、それとともに様々な画期的治療法ができ、
2010年代前半にはウィルスを抑え、大半の感染者が普通に近い生活をすることが可能になった
・HIV/エイズとの戦いでも再生可能エネルギーでも不可能と思われたことが急速に達成された
⇒語り方がひとたび変わり、人々が連携しはじめると、世論の圧力と金銭的誘因によって、
テクノロジーの変化は方向を転換する
⇒同じことが今後のデジタル技術の方向においても実現可能なのだ
・・・
「解説」(稲葉振一郎)より
(こちらも著作物からのメモなので公開に問題があれば非公開設定にします)
・本書は「生産力(その核心の技術)が経済の在り方を決め、下部構造としての経済が政治や
文化の在り方を決める」というマルクス主義や近代経済論の発想を批判する
⇒そしてテクノロジーの道筋は制度やビジョン、文化的規範で形作られることを歴史から示す
・技術革新がどのような状況下でエリート層にしか利益をもたらさなかったのか、あるいは
どのような状況下で共有され人々の暮らしが改善されたのかを、歴史から丹念に調査している
⇒技術革新の在り方が包括的で労働者に優しいか排他的で搾取的であるかが重要と何度も強調する
・とりわけ2010年代後半からの人工知能AIとその脅威論を意識して、機械化と労働と雇用の
関係についての経済学の議論を考察している
⇒そしてAI化もこれまでの機械化と同様に、その波及効果があって初めて賃金が上昇し、
生産性の向上の恩恵が及ぶ「生産性バンドワゴン」効果が生ずるとする
・新石器時代の農業革命による健康状態の悪化、西欧中世の技術革新の成果が大多数の農民には
寄与しなかった事実、近代産業革命の工場労働者の悲惨な状況などを実証的研究から説明する
・とりわけ19世紀後半から20世紀にかけての先進諸国の高度成長での豊かな生活の実現は、
「見えざる手」に導かれたのではなく、労働運動の発展に伴う社会保障・福祉国家体制による
⇒技術革新の成果がどのように配分されるか、どのような技術が採用されるかは「見えざる手」
というより、関係者の政治的取引や社会・技術についてのビジョンに大きく左右される
・20世紀末からのIT革命、金融革新、グローバル化は金融エリート、ビッグデータ起業家の
影響力を強め、ローカルな労働者や農民の組合運動などを通じた対抗力を弱めた
⇒民主政治そのものが不平等化やエリート・イデオロギー支配により崩されているとする
・前2作より「技術革新と成長の成果はどのように配分されるか、公平な配分を実現するには
どうすればよいか」に論点がさらに深められている
⇒技術革新と人工知能は世界的な関心事であり、今、問われているのはアメリカのハイテク
産業によって、中産階級にどの程度の押し下げ圧力がかかっているかということである
(以下、解説者の感想より)
・前作「国家はなぜ衰退するのか」から10年、著者らの理論の正しさは中露の改革の成功に
よってではなく停滞の持続によって証明されたことになる
・本書での巨大企業の独占解体、民衆の連帯による公正分配要求は、20世紀前半のアメリカ
進歩主義(革新主義とも)の再興の呼びかけともいえる
⇒ただしGAFAなどに独禁法で対抗しようという提言はわかりやすいが、民衆連帯の復興に
ついては、いまひとつわかりにくい
⇒都市に集中した工場労働者が農民より団結対抗で有利になり得た(資本家も妥協しやすかった)
のに対し、IT革命とグローバル化以降、雇用が柔軟化した世界で、このよう条件は失われつつ
あることは著者たちも気づいているはず
・公平なデジタル技術を目指す政策的介入では、アメリカ合衆国のような大規模な枠組みには
適応的ではなく、ドイツや北欧で相対的に成功しているように見える政策は、もう少し小さな
コミュニティを必要としているのかも知れない
⇒注目すべきはデータ所有権で、著者たちはEUのGDPRには点が辛いが、彼らが肯定的に
紹介するデータ所有権を保護するデータ・ユニオンの考え方はGDPR的な発想の徹底で、
「情報銀行」の考え方にも通じると思われる
・・・
うーむ、はてさてどうなんでしょう?
特に「ターゲティング広告に代わるビジネスモデル」として定額制のネットフリックスが
挙げられ、情報収集やAI投資はしているものの誤情報や政治的暴言が殆ど存在しないのは、
その目的がエンゲージメントの最大化ではないから、つーのには納得しました
またソーシャルメディアでも定額制は可能で、エコーチェンバーや誤情報の危険性はあるが、
エンゲージメントを追求する手法からは脱却できる、つーのも確かにそのとおりなんですが、
定額制で加入するソーシャルメディアとゆーイメージがイマイチ分かりませんでした
あと解説者も感想で書いておられるように、労働者・市民の連帯に関する部分がイマイチ
具体性に欠けるとゆーか実現可能性に欠けるとゆーか、そんな感じでしたね
ま、データ所有権とかは、そもそもわたくしの理解の範疇を超えてましゅが
「技術革新と不平等の1000年史」(下巻)の読書メモであります
ま、上巻記事と同じく、じつにてきとーなメモでしゅが・・・
下巻の表紙

下巻の惹句

下巻の奥付

下巻の目次

著者の略歴については上巻記事をご覧いただくとして、お二人は2023年の本書刊行後、
2024年にノーベル経済学賞を受賞されてますね
以下は思いつくままの個人メモなので正しくは本書をお読みください
(著作物からのメモなので公開に問題があれば非公開設定にします)
第7章「争い多き道」より
・20世紀が始まってからの70年間は、戦争や大恐慌など大きな逆転はあったものの、
新テクノロジーと労働者による対抗勢力と政府の規制を支える制度的構造により、
急成長の恩恵をほぼあらゆる階層が被った
⇒電力など新テクノロジーによる低コスト大量生産が新しい需要と仕事を生んだ
⇒労働者としては給与が上がり、消費者としては同じ金額で多くが買えるようになった
⇒これが生産性バンドワゴン
・アメリカ製造業における経営者とエンジニアを含むホワイトカラーの割合
⇒1860年で3%、1910年で13%、1940年で労働者の21%に
・フォードT型の例(略)⇒様々な職種・業種で新たな仕事を生んだ
・1938年以降のスウェーデンの例⇒世界有数の平等国家に(略)
・アメリカ・ニューディール政策の例(略)
・オートメーション化が進んでも1970年代初頭までは、どのスキルの労働者の需要も増加した
⇒自動交換になったベル電話会社の交換手は拡大するサービスや事業所で失業しなかった
・1960年のGMと組合との数値制御機械オペレーター裁判の例
⇒新機械のオペレーターには追加トレーニングを受け高い賃金を受け取る権利があるとの裁定
・西海岸のコンテナ導入と港湾労働組合の例
⇒東海岸では多くの港湾労働者が失業したが西海岸の組合はコンテナやクレーン導入を推進、
輸送量の増加に伴う新しい労働機会を要求し獲得していった
⇒肉体労働からクレーン操作などへ⇒中等教育があったから可能だった
・1970年までは生産性向上が平均賃金の上昇、様々なスキルグループの収入増につながっていた
(新しい業界では生産性の向上に伴いスキルの低い労働者の需要も増えた)
・戦後ヨーロッパのテクノロジーの方向性も同じだったので繁栄した
・第二次世界大戦後の数十年ほど急速に繁栄し、その繁栄が共有された時代はない
⇒女性、マイノリティ(特にアメリカ黒人)、移民は排除されていたが、排除された最大の集団は
ヨーロッパと北米の外側だった
(長期雇用・高賃金の日本や、民主化後・労働組合の韓国などは例外的に繁栄を共有できた)
・アメリカの戦後の繁栄を共有する経済モデルが攻撃されはじめ、テクノロジーの方向性が
さらなる自動化に向かうと、勢力が労働者と政府規制から離れ繁栄の共有が瓦解していく
⇒第8章「デジタル・ダメージ」へ
第8章「デジタル・ダメージ」より
・1960年頃からのハッカー倫理
⇒情報を支配し官僚化するIBMや権力に対抗した「分散化と自由」
⇒コンピューターへのアクセスは完全に自由で無制限であるべき
・彼らのテクノロジーなら大企業への対抗勢力が強化され、繁栄が共有されるはず、
と予測するのが合理的だが、結果は全く逆だった
⇒デジタル・テクノロジーにより賃金・国民所得の労働分配率は低下、賃金格差は拡大した
(グローバリゼーションや労働運動の弱体化などの要因もあるが、デジタル・テクノロジーが
仕事を自動化したせいで労働は資本に対して、低スキル者は大卒以上者に対して、不利になった)
・利益と株主価値の最大化こそが公益につながるとする新しいビジョン
⇒これが社会の大半の組織化原理となった
⇒このビジョンがもたらす膨大な富がテクノロジー・コミュニティを違う方向へ押しやった
⇒新しいビジョンはデジタル・ユートピアのビジョンであり、それを支えていたのは労働を
自動化して支配するソフトウェアのトップダウン設計だった
⇒結果は格差を生み出し生産性の向上も果たせなかった
⇒1980年以降、格差は労働者間だけでなく、不公平はあらゆる方面で増大した
・20世紀の殆どは国民所得の67~70%が労働者に渡ったが1980年代以降は資本側に改善、
2019年の労働分配率は60%を割った
⇒人件費の削減が最優先となり、組合のない工場へ、海外へ、アウトソーシングへ
⇒多くの低技能業務を安い外部業者にアウトソーシングしてコストを削減
⇒大企業の低技能労働者は賃金上昇のチャンネルを断ち切られた
・この方向性によりデジタルメニューがさらに自動化に移行し労働者から離れていった
⇒アメリカ経済の生産力(労働者一人あたり生産量)は増加しても、労働者の限界生産力
(追加の労働時間によって増加する生産量)は追随しなかった
・繁栄の共有は自動化で破壊されたのではなく、それを最優先にして労働者の新しい仕事創出を
蔑ろにした、バランスの悪いテクノロジー・ポートフォリオによって破壊された
⇒戦後数十年も自動化は加速したが労働需要を高めるテクノロジー変化でバランスがとれていた
⇒1980年以降、新しい仕事とテクノロジーが減っていった
⇒製造業の労働分配率は1985年の65%から2010年には46%に下落した
⇒アメリカ労働者の中流階級職(工場ブルーカラーやオフィス事務)の割合は1970年代に52%、
2018年には33%に下がり、彼らは建設清掃調理などの低賃金職へ、それらも自動化で消滅した
・低賃金国との競争は雇用を減らして賃金を抑えたが、格差の要因はテクノロジー変化の方向性
・「テクノロジー格差は避けがたいがグローバリゼーションは調整できる」という二分法
⇒これは誤りで切り離せないもの⇒デジタル・ツールでしかグローバル化できないから
⇒相乗効果で人件費を削減、1980年以降は職場も政治も対抗勢力が欠如しており助長した
⇒ほぼすべての先進国でブルーカラーと事務職の仕事が減った
⇒原因は西側諸国の制度的変化と新たなユートピア的デジタル・ビジョン
・1965年ラルフ・ネーダーの消費者保護運動
⇒様々な安全衛生機関の設置、独占企業の規制、雇用差別撤廃へ
⇒殆どが共和党ニクソン政権で実施された⇒ニューディール政策を維持した
・1953年のGM社長の(大量の株式を保有したままの)国防長官就任時の格言
⇒「国によいことはGMにもよいことで、その逆も同じ」
⇒これが1980年代にはありふれたものになった⇒1930年代からの180度転換
⇒「企業に有利になるようにルールを変えることは全ての人を助ける最善の方法」
⇒「富裕層の税金を減らせば投資が増えて生産性が向上し社会に貢献する」
⇒トリクルダウン経済⇒レーガンの経済政策に
⇒政府が規制しなくても消費者はより優れた製品を選ぶはず⇒これは理想化された市場が前提
・ケインズから反転⇒ハイエク⇒スティグラーとフリードマン⇒ジェンセンの修正案へ
⇒1970年の「フリードマン・ドクトリン」
⇒企業の社会的責任は利益を出し株主に高い配当を生み出すこと
⇒企業の株価を上げさせるため経営陣に巨額のボーナスとストックオプションを与える
⇒CEOは株主にのみ社会的責任を負う⇒労働者に高い賃金を払う義務はない
・経営者のプロ化のはじまりは1970年代のビジネススクール修了者から
⇒上場企業CEOに占める修了者の割合は1980年で25%、2020年で43%を超えた
⇒彼らはフリードマン・ドクトリンを実践し賃金を削減したが当初は主流ではなかった
⇒1973年のオイルショックとスタグフレーションで一変して主流になった
⇒1964年にゴールドウォーターが提唱した規制撤廃などを1979年にレーガンが肯定した
・1976年に設立されたマン経済研究所
⇒多くの裁判官への経済学研修はフリードマン・スティグラー・ボークの特殊な思想によった
⇒研修を修了した裁判官らは一貫して規制当局や独占禁止法に反対する判決を出しはじめた
・1982年に設立されたフェデラリスト協会
⇒反規制企業幹部からの献金で反規制派の法学生・裁判官・最高裁判事を育成した
⇒現在の最高裁判事のうち6人が修了生
・大企業の市場支配力はライバル出現を阻止し経営幹部と株主を富ませる
⇒超巨大企業による独占は豊かな株主をさらに豊かにして格差を増幅する
⇒利益を従業員と分け合うこともあったが制度的変化で労働者の力が衰退した
・アメリカとドイツの労働組合の違い(企業単位と業界単位)
・1981年レーガンの航空管制組合への介入・スト職員解雇⇒これに民間企業が続いた
・アメリカ労働組合の低下理由は、
⇒企業と政治家の反組合姿勢が強硬になったこと
⇒組合がしっかりしていた製造セクターでの雇用が減少したこと
・1979年サッチャーの規制緩和優先・企業支持によりイギリスの組合も大半を失った
・人件費の削減にはデジタル・テクノロジーが不可欠だった
⇒効率的なソフトウェアにより熟練を要しない多くの仕事を自動化または削減できる
⇒1980年代からバックオフィスの仕事が急速に自動化され低スキル事務職が減少していく
⇒1990年代には製造業でロボットが急速に普及しブルーカラーが激減していく
(1980年代に遅れたのは日本やドイツのような人口減少圧力がなかったから)
・ドイツや日本などのソフトウェアツール・ロボット化は当初はアメリカと全く異なった
⇒ドイツでは組合交渉による再訓練・再配置と、そのためのソフトウェア開発
⇒ソフトウェアによる問題検出などで労働者による限界生産性は着実に上昇した
(ドイツは戦後の労働者不足が続きスキルへの投資で労働者の能力を活用した)
⇒日本は柔軟な生産を重視し完全自動化せず、従業員のための複雑で高賃金の仕事を作った
(日本は労働人口の減少に直面していた)
⇒北欧でも団体交渉により労働者に有利なテクノロジーとの組み合わせを導入した
・その後フリードマン・ドクトリンとコスト削減のためのデジタル・ツール利用の考え方は、
ビジネススクール出身の経営者・経営コンサルティングによって世界中の企業に広まり、
基本的にすべての先進国でブルーカラーや事務職の割合を低下させた
⇒このアメリカの進歩の方向性が世界中に重大な影響を及ぼした
・1980年代に登場した新しいデジタル・ビジョン
⇒フリードマン・ドクトリンに根ざした人件費削減とハッカー倫理を結びつけたもの
⇒エリート主義的なアプローチが業界を支配し経済格差を正当化する
・生産性バンドワゴンが機能しにくくなるのは、
①雇用主の力が従業員の力より強すぎるとき
②テクノロジーが労働者に不利な方向に進んでいるとき
③生産性向上が他のセクターの雇用拡大につながらないとき
・過去数十年、毎日新製品やアプリが提供されているのに共有すべき生産性は鈍化している
⇒1960年代70年代の電話やテレビは壊れるまで何十年と使っていた
⇒今は数年ごとに電子機器を買い替えるのに投資に対する利益はごく少ない
・トヨタGMのカリフォルニア州フリーモント工場の成功例(略)
(つい最近、イーロン・マスクもテスラの全自動化工場で同じ教訓を学んだ)
・業界リーダーから押しつけられたデジタル・ソリューションは、公共の利益にかなうと
されたが、大半の労働者は仕事と生活手段を失ってしまった
⇒デジタル・テクノロジーを発展させる方法はほかにもあった
⇒初期のハッカーたちは異なるビジョンに導かれ大企業からフロンティアを奪い取った
・テクノロジーの偏向は間違いなく選択されたもので、しかも社会的に構築された選択だった
⇒その後の新しいツールにより事態がはるかに悪くなりはじめた⇒人工知能AI
第9章「人工闘争」より
・「起業家が主導する(知能機械を含む)新しいテクノロジーから必然的に恩恵が得られる」
⇒本章ではこのビジョンがレセップスの運河理念と同じ幻想であることを論じる
・テクノロジーの方向性を考える際に重要なのは、そのテクノロジーが人間の目的にとって
どれだけ役立つかということであり、これを「MU(機械有用性)」とする
⇒これまでの歴史は高い機械有用性を備えた画期的イノベーションを生んできた
⇒機械知能への心酔は大規模データ収集と労働者や市民の無力化、仕事の自動化競争になるだけ
・コンピュータもジャガード織機と同じでプログラマーに指定されたとおり実行するもの
⇒対する人工知能の合意された定義はないが、現在あらゆる領域に適用されている
・ソフトウェアと機械はさまざまなルーチン業務を自動化してきた
⇒人間の業務のうちルーチンは一握りで大半は問題解決を必要とする
⇒AIはルーチン業務以外でも予測可能な業務ならできるようになった
⇒さらに医師・弁護士・銀行員の仕事の一部など高度な業務を学習している
・なので「AIが有益な変革をもたらし、その恩恵は万人に届く」
⇒とGAFAの現CEO全員が主張しているが、そんな証拠はない
⇒これまでAIはもっぱらオートメーション化に使われ、その弊害は低スキル労働者に
⇒彼らがAIから恩恵を受けている証拠もなく、GAFAの経営陣と株主が利益を得ている
⇒「誰も働かなくていい未来」どころか賃金が下がり労働者の需要が減る未来
・チューリングテストとAI
⇒評価者が機械と人と会話して、どちらが人か見破られなければその機械は知能を持っている
⇒この定義での知能機械はまだないが人並みに実行できるタスクが多いほど知能は高い
⇒チューリングも機械意識は留保していたが、現代のAI分野は人工知能に向かっている
・新しいAIアプローチ
①大量のデータ使用⇒多くのデータから深層学習し画像を「猫」と認識する
②拡張性と転移性⇒ひとたび「猫」と認識すれば翻訳など無関係な問題にも移れる
③このアプローチがオートメーション拡大の方向に向かっている
⇒トップダウン式テクノロジーは人件費削減の企業に馴染む
・現在のAIは、キャッサバの先住民の調理法を原始的・非科学的伝統だとして理解できず、
シアン化合物中毒になったヨーロッパ人と同じ
・信号機の撤去実験の結果⇒交通の流れは大幅に改善され事故も怪我も増えなかった
⇒テクノロジーが人間から主体性と判断力を奪っていた
・チューリング直系の現在の対AIアプローチでは人間の知能にすぐ迫れるとは考えにくく、
人間の判断業務の多くで高度な生産性をあげられるとも思えない
⇒統計的アプローチには人間の社会的な知能や臨機応変な知能に相当する要素がない
・過学習・過剰適合の問題
⇒オオカミとハスキー犬を区別するタスク(AIは無関係な背景など過学習から区別)
⇒現在AI資金が使われているのは大量データ収集と限定的タスクの自動化
⇒人間を機械に置き換えておきながら生産性は向上していない
・デジタル・テクノロジー、特にAIは専ら自動化と監視に使われている
⇒デジタル・テクノロジーが人間を助け補完する方向はあった
⇒ウィーナー、リックライダー、エンゲルバート、デミングが持っていた別のビジョン
⇒AIよりMU(機械有用性)⇒人間の目的にかなった使い方ができること
①日本の製造業におけるデミングの功績⇒デミング賞
②MUによる新しいタスクの創出⇒個別教育、医療現場など
③人間の創造力への有益な情報の供給⇒インターネットwwwアクセス
④新しい市場や顧客の創出⇒南インド・ケララ州の漁業の携帯電話、ケニアのモバイル通貨・
送金システム(Mペサ)、エアビーアンドビー(宿泊施設の貸し借り)、AI翻訳より高品質な
マルチリンガルの人を集めた言語サービスのプラットフォーム・・・
・ただし、このような有望な応用例が搾取・監視に使われるか否かは、市場インセンティブと
既存ビジョンの優先事項への対抗勢力のいかんに左右される
・デジタル・テクノロジーと大企業の合体は2000年代半ばまでに億万長者を生んできた
⇒2010年代にAIツールが広まりだすと富は何倍にも増えた
⇒AIベースのオートメーションはたいして生産性を向上しない
⇒それでもAI業界の大物や一流経営者を富ませるのは、これが労働者から力を奪うからで、
人々の情報をお金に変えるから
⇒今後10年で各種機器がクラウドに常時接続され、より大規模なデータ収集が可能になる
・現在はH.G.ウェルズのタイムマシンに描かれたディストピア未来に近づきつつある
⇒社会は二層構造になっており、実業界の大物たち、テクノロジー界のリーダーたちから、
普通の人々はミスの元で取り替えるべきものと思われている
⇒この状態は必然ではなく、デジタル・テクノロジーが自動化だけに使われる理由もなく、
AIが無差別に適応され、機械有用性の追求の代わりに機械知能に魅入られる必然もなかった
・この難局から抜け出るには社会的な力の分布図を変えテクノロジーを別の方向に向ければよい
⇒変化にはボトムアップ式の民主的プロセスが必須になるが、AIはその民主主義も壊しつつある
第10章「民主主義の崩壊」より
・2021年、中国の女子テニス選手のウェイボー投稿の20分以内削除の例(略)
・2014年以降に強化されてきた新彊ウィグル自治区住民の体系的データ収集の例(略)
(世界屈指のAI企業などが中国政府に協力、他の地域にも広がっている)
・中国の社会信用システムの例(略)
⇒インターネットとソーシャルメディアが民主主義に果たすと思われてきた効果とは正反対
・初期のフィリピン大統領弾劾でのテキストメッセージ利用、アラブの春でのフェイスブックと
ツイッターの活用が、なぜ独裁政府・過激派・誤情報の強力な武器になったのか
⇒有害な影響は不可避ではなく開発の仕方のせい
⇒大量データの収集で操作をもくろむ政府や企業の強力なツールとなった
・中国のデジタル検閲の歴史(略)
・スパイウェア「ペガサス」の濫用(略)
・ハラリの「テクノロジーは専制を贔屓する」と「テクノロジーは民主化を進める」
⇒いずれも間違いでデジタル技術は親民主的でも反民主的でもない
⇒すべてはテクノロジーが向かう方向の選択次第
・デジタル技術の暗号化は通信傍受を阻止でき、VPNは検閲を回避でき、トーアのような
検索エンジンは(現時点では)政府による解読が不可能なのでプライバシーと安全を提供する
⇒それなのにデジタルによる民主化という初期の希望が潰えたのは、テクノロジー界の取り組みが
金銭と権力のある政府の検閲に集中したから
・AIはさらに本格的な監視技術の方向へ進んでいる
(中国では監視需要が技術革新の方向にも影響し、顔認識などの技術が世界トップに)
(ファーウェイは監視抑圧のAIツールを50ヶ国に輸出した)
・ミャンマーの(ジェノサイドの媒体になった)フェイスブックの例(略)
⇒スリランカでもインドでも扇動者を排除しなかった
⇒ヘイトスピーチも過激主義も誤情報もサイトのエンゲージメントと閲覧時間を増加させ、
より多くの個人向けデジタル広告を得ることができるから
・2016年アメリカ大統領選挙でのフェイスブックの誤情報増殖も、2021年の暴動扇動も、
ユーチューブもツイッターも他のプラットフォームも、アルゴリズムで提供される誤情報と
情報操作にユーザーを引き込み共有され続けた
・ソーシャルメディアがこの残念な事態に至ったのは必然ではなく大手テクノロジー企業が
下した決定のせい
⇒それは「個人向けデジタル広告から収益を得る」という決定
⇒その価値は注目の度合い(エンゲージメントと閲覧時間)に左右され、その最も効果的な
方法が怒りや憤りといった強い感情を培うことだと判明したから
・グーグルの誕生と誤情報の根源(略)
・2020年のアメリカ大統領選挙後にフェイスブックが誤解を招く記事や信頼できないサイトに
加担しないアルゴリズムに変更すると、悪意のコンテンツや誤情報などは拡散しなくなった
⇒しばらくして、この変更は取り消された
⇒元に戻した主な理由は怒りや感情を掻き立てる度合いが減れば、そのプラットフォームの
閲覧時間が減ると判明したから
(ザッカーバーグらは言論の自由を理由に取り消しを擁護している)
・利潤動機がエンゲージメントや怒りの最大化を優先するがテクノロジー企業の創業理念も重要
⇒当初オンライン・コミュニケーションにはハーバーマスの「公共圏」概念が期待されたが、
大手テクノロジー企業のビジネスモデル・AI幻想と民主主義は相容れない
⇒大衆は操作と収集の対象として扱われるが、幹部の多くは自らを民主主義者とみなしている
⇒監視とデータ収集がテクノロジー発展の唯一の道ではない
⇒利潤動機とAI幻想に導かれた反民主的軌道に独裁的政府とテクノロジー企業が関わっている
・前例としてのラジオ・プロパガンダと戦後のドイツ基本法(略)
・ターゲティング広告に代わるビジネスモデル
⇒定額制モデルのネットフリックスでも情報収集やAI投資はしているが誤情報や政治的暴言は
殆ど存在しない⇒その目的がエンゲージメントの最大化ではないから
⇒ソーシャルメディアでも定額制は可能でエコーチェンバーや誤情報の危険性はあるが、
エンゲージメントを追求する手法からは脱却できる
⇒フェイスブックの新たな多言語サービスによって、関連する国々の中にはリアルタイムの
情報が得られるようになり利益を上げた小規模企業もあり、その種のサービスでフェイスブックが
利益を上げることも不可能ではない
・悪影響が阻止できればソーシャルメディアはプラス効果を発揮できる
・民主主義を最も必要としているときにAIがそれを蝕んでいる
⇒デジタル技術の方向が変わらない限り不平等を増大させAI監視で賃金は低下する
⇒対抗勢力の復活は中国でもアメリカでも西側諸国でも難しくなっている
⇒AIは民主主義を窒息させ独裁政府にも民主政府にも抑圧と操作のツールを提供している
・テクノロジー企業のエンゲージメントの最大化を追求する現行ビジネスモデルのままで、
ソーシャルメディアに吞み込まれていると、コミュニティとも民主的言説とも無縁になり、
別の現実がオンライン上に作り出される
⇒そこでは過激な意見が叫ばれ、エコーチェンバーが乱立し、情報は疑わしいか偏っており、
譲歩は忘れ去られるか非難される
・ウェブ3.0やメタバースのような新しいテクノロジーは違うという楽観もあるが、
⇒テクノロジー企業の現行のビジネスモデルと、政府の監視への拘りが続く限り、これらも
その傾向に加勢して強力なフィルターバブルを作り出し現実との乖離を広げるだろう
第11章「テクノロジーの方向転換」より
・19世紀後半のアメリカのテクノロジー変化と不平等(略)
⇒ジャーナリストによる暴露、市民活動家の業績、政治組織の結成による進歩主義運動へ
・1962年レイチェル・カーソン「沈黙の春」からの環境運動(略)
⇒組織化された政治運動が生まれ企業部門に圧力をかけ政策立案者を促した
(注目すべきは中国もテクノロジーの方向転換に乗り出したこと)
⇒語り方の修正、対抗勢力の構築、最重要課題に対処する具体的政策の立案と実施
⇒これらはデジタル技術の方向転換にも有効
・デジタル技術は以下のやり方で人間を補完できる
①労働者の現在の仕事の生産性を高める
②人間の能力を増す人工知能の助けによって新たなタスクを作り出す
③人間の意思決定のためにより優れた有用な情報を提供する
④異なるスキルとニーズを持つ人々を結びつける新たなプラットフォームを構築する
⇒例えば教育でデジタルとAIのテクノロジーは、教師にツールと情報を提供し個々の生徒の
弱点や強みをリアルタイムで把握、個人に合わせた教育を可能にし、教師向けに新しい生産的な
タスクを生み出し、教師が効率よく教育資源に出会えるプラットフォームも構築できる
⇒医療、娯楽、生産作業でも同様の道が開ける
⇒市民社会からの圧力と政府の規制と助成が不可欠だが必要なのは制度的枠組みと誘因
・労働者組織の新しい形態
⇒アマゾンやスターバックスの組合、ドイツ式の労働者協議会と業界組合の二層形式
・消費者の嗜好と行動は企業とテクノロジーに影響を与えるが、市民が行動する際の負担は
企業や政府の圧力で何倍にもなるので「ただ乗り(フリーライダー)」問題になる
⇒市民としての行動を促す市民社会組織が必要不可欠
⇒市民社会組織は議論と信頼できる情報のためのフォーラム(公共の場)の提供だけでなく、
活動への参加を互いに促すアメになり、ただ乗りする人を恥じ入らせるムチになる
・民主的制度のオンライン・コミュニティも可能
⇒K・ル・グウィンの「学べばできる」、オードリー・タンの新しい民主主義構想・・・
⇒今のソーシャルメディアと同じ過ち(過激化・煽動・誤情報・罵倒など)を避ける最善の方法は
親民主的なオンラインツールを新たな難題が出るたび更新が必要な発展途上ツールと見なし、
伝統的な対面による市民参加に代わるものではなく、それを補完するものと見なすこと
①監督と監視のためのツールを規制し、プライバシーのためのツールに助成する
②労働分配率を上げるテクノロジーの利用と開発への助成
(賃上げの幅が大きくなれば労働分配率も上がり企業はさらに助成金を受けられる)
③現場作業の質を向上させるイノヴェーション路線に先行助成する
・大手テクノロジー企業の解体
⇒一握りの企業が優れた他者を潰してデジタル技術、特にAIの方向を支配している
⇒それら企業のビジネスモデルと優先事項はオートメーションとデータ収集
⇒巨大テクノロジー企業を解体し多様なイノヴェーションが生まれる余地を作ることが、
テクノロジーの方向転換の重要な部分
⇒ただし解体だけではビジネスモデルは変わらないので規制か世論圧力による制限が必要
・税制改革(労働者より優遇されているオートメーション設備や資本への課税⇒略)
・労働者への投資
(アメリカやイギリスの離職率はドイツよりはるかに高く組合も役割を果たせないので、
ドイツ型実習制度は難しいが訓練投資への税控除などの政府助成が大きな役割を果たす)
・政府のリーダーシップ
政府が戦略的重要性を強調したペニシリン、防空、センサー、衛星、コンピュータ・・・
⇒一流科学者が集まり課題に取り組み、結果的に大きな需要が生まれ民間部門の参入を促した
⇒グリーンテクノロジー全般を支援するのと同じように労働者を補完し市民に力を与える
テクノロジーの開発を支援する
・プライバシー保護とデータ所有、デジタル広告税、富裕税、再分配とセーフティネットの強化、
教育、最低賃金、学術界の改革・・・(略)
・エイズの例
⇒1980年代後半からジャーナリストやメディア業界の著名人などの努力で語り方が変わり、
活動家が連携しはじめ、HIVの研究に多額の資金が投じられはじめ、世論の圧力が高まると
医学研究の方向が変わった
⇒1990年代後半には進行を遅らせる新薬が登場し、それとともに様々な画期的治療法ができ、
2010年代前半にはウィルスを抑え、大半の感染者が普通に近い生活をすることが可能になった
・HIV/エイズとの戦いでも再生可能エネルギーでも不可能と思われたことが急速に達成された
⇒語り方がひとたび変わり、人々が連携しはじめると、世論の圧力と金銭的誘因によって、
テクノロジーの変化は方向を転換する
⇒同じことが今後のデジタル技術の方向においても実現可能なのだ
・・・
「解説」(稲葉振一郎)より
(こちらも著作物からのメモなので公開に問題があれば非公開設定にします)
・本書は「生産力(その核心の技術)が経済の在り方を決め、下部構造としての経済が政治や
文化の在り方を決める」というマルクス主義や近代経済論の発想を批判する
⇒そしてテクノロジーの道筋は制度やビジョン、文化的規範で形作られることを歴史から示す
・技術革新がどのような状況下でエリート層にしか利益をもたらさなかったのか、あるいは
どのような状況下で共有され人々の暮らしが改善されたのかを、歴史から丹念に調査している
⇒技術革新の在り方が包括的で労働者に優しいか排他的で搾取的であるかが重要と何度も強調する
・とりわけ2010年代後半からの人工知能AIとその脅威論を意識して、機械化と労働と雇用の
関係についての経済学の議論を考察している
⇒そしてAI化もこれまでの機械化と同様に、その波及効果があって初めて賃金が上昇し、
生産性の向上の恩恵が及ぶ「生産性バンドワゴン」効果が生ずるとする
・新石器時代の農業革命による健康状態の悪化、西欧中世の技術革新の成果が大多数の農民には
寄与しなかった事実、近代産業革命の工場労働者の悲惨な状況などを実証的研究から説明する
・とりわけ19世紀後半から20世紀にかけての先進諸国の高度成長での豊かな生活の実現は、
「見えざる手」に導かれたのではなく、労働運動の発展に伴う社会保障・福祉国家体制による
⇒技術革新の成果がどのように配分されるか、どのような技術が採用されるかは「見えざる手」
というより、関係者の政治的取引や社会・技術についてのビジョンに大きく左右される
・20世紀末からのIT革命、金融革新、グローバル化は金融エリート、ビッグデータ起業家の
影響力を強め、ローカルな労働者や農民の組合運動などを通じた対抗力を弱めた
⇒民主政治そのものが不平等化やエリート・イデオロギー支配により崩されているとする
・前2作より「技術革新と成長の成果はどのように配分されるか、公平な配分を実現するには
どうすればよいか」に論点がさらに深められている
⇒技術革新と人工知能は世界的な関心事であり、今、問われているのはアメリカのハイテク
産業によって、中産階級にどの程度の押し下げ圧力がかかっているかということである
(以下、解説者の感想より)
・前作「国家はなぜ衰退するのか」から10年、著者らの理論の正しさは中露の改革の成功に
よってではなく停滞の持続によって証明されたことになる
・本書での巨大企業の独占解体、民衆の連帯による公正分配要求は、20世紀前半のアメリカ
進歩主義(革新主義とも)の再興の呼びかけともいえる
⇒ただしGAFAなどに独禁法で対抗しようという提言はわかりやすいが、民衆連帯の復興に
ついては、いまひとつわかりにくい
⇒都市に集中した工場労働者が農民より団結対抗で有利になり得た(資本家も妥協しやすかった)
のに対し、IT革命とグローバル化以降、雇用が柔軟化した世界で、このよう条件は失われつつ
あることは著者たちも気づいているはず
・公平なデジタル技術を目指す政策的介入では、アメリカ合衆国のような大規模な枠組みには
適応的ではなく、ドイツや北欧で相対的に成功しているように見える政策は、もう少し小さな
コミュニティを必要としているのかも知れない
⇒注目すべきはデータ所有権で、著者たちはEUのGDPRには点が辛いが、彼らが肯定的に
紹介するデータ所有権を保護するデータ・ユニオンの考え方はGDPR的な発想の徹底で、
「情報銀行」の考え方にも通じると思われる
・・・
うーむ、はてさてどうなんでしょう?
特に「ターゲティング広告に代わるビジネスモデル」として定額制のネットフリックスが
挙げられ、情報収集やAI投資はしているものの誤情報や政治的暴言が殆ど存在しないのは、
その目的がエンゲージメントの最大化ではないから、つーのには納得しました
またソーシャルメディアでも定額制は可能で、エコーチェンバーや誤情報の危険性はあるが、
エンゲージメントを追求する手法からは脱却できる、つーのも確かにそのとおりなんですが、
定額制で加入するソーシャルメディアとゆーイメージがイマイチ分かりませんでした
あと解説者も感想で書いておられるように、労働者・市民の連帯に関する部分がイマイチ
具体性に欠けるとゆーか実現可能性に欠けるとゆーか、そんな感じでしたね
ま、データ所有権とかは、そもそもわたくしの理解の範疇を超えてましゅが

2025年07月22日
技術革新と不平等の1000年史(上巻第1章まで)
とーとつですが・・・

技術革新と不平等の1000年史であります
今回の参議院選挙でもSNSには様々な情報が溢れたようでマスメディアはフェイク情報への
注意喚起やファクトチェックの重要性を何度も呼びかけていましたね
最近ではSNSでしか情報の受信をせず、本を読む習慣がないので各党の綱領や歴史書はもちろん、
高校の教科書でさえ文脈を理解できない人たちが増えているとも聞きました
そんな人たちをターゲットにSNSなどで刺激的な誤情報を拡散して過激思想を増幅するような
身勝手な発信がますます溢れているのではないかと不安になっています
本書はデジタル・テクノロジー特にAIの今の方向性を変えないと民主主義が崩壊することを、
過去の歴史における技術革新と不平等の関係から解き明かそうとする本であります
表紙カバー裏にあった惹句

裏表紙カバー裏にあった著者・訳者紹介

(追記です)
著者のダロン・アセモグルとサイモン・ジョンソンは2024年にノーベル経済学賞を受賞されてます
奥付

目次


とりあえず上巻のプロローグから第1章まで、しかもその一部だけのメモです
(暑さと飲酒で遅読になり図書館への返却期限が迫っているため
)
ただしメモの後半ぐらい「次章以降の予定」を読めば第2章以降の概要が推測できますので、
以下のメモで興味を持たれた方は本書をご熟読下さいね
(著作物の個人メモなので公開に問題があれば非公開設定にします)
プロローグ~進歩とは何か~よりメモ
・ジェレミー・ベンサムの監視できる監獄⇒ミシェル・フーコーの産業社会の監視⇒ジョージ・
オーウェルの1984年⇒マーベル映画ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーへ・・・
・18世紀後半にイギリス全土に広まった工場というシステム
⇒多くの雇用主がベンサムの考えに従い労働を組織化し厳しく監視監督した
⇒新設の機械は労働者を単なる歯車に変え安い賃金と過酷な労働に
・アダム・スミス
「機械が進歩すれば労働量は大きく減少するが社会が繁栄するので賃金は大幅に上昇する」
⇒こうしたテクノロジーの進歩に抵抗するには?そもそも抵抗する必要があるのか?
・楽観論とは裏腹の過去1000年間の事例
①中世から近代の農業におけるテクノロジー発展の恩恵は人口の90%を占める農民にはなかった
②中世後期からのヨーロッパ船舶設計の進歩では、貿易で富を手にした一部ヨーロッパ人もいたが、
この進歩により数百万人の奴隷がアフリカから新大陸へ運ばれた
③イギリス産業革命初期から労働者の収入はほぼ100年間上がらず、工場でも都会でも
労働時間は延び、労働条件は劣悪なままだった
④綿繰り機は革命的でアメリカを世界最大の綿花輸出国に変えたが、この発明が南部では
奴隷制の残虐性を激化させることになった
⑤19世紀末のフリッツ・ハーバーによる人工肥料の開発は農業生産力を向上させたが、
その後に同じアイデアで化学兵器を設計し数十万人を殺傷した
⑥コンピューターの発達で起業家や大物はこの数十年で大金を手にしたが大学教育を受けていない
ほとんどのアメリカ人は取り残され、多くは実質所得が減少している・・・
・テクノロジーの進歩で繁栄の共有が実現したのは、その方向性と社会による利益分配の方法が
一部エリートに有利な仕組みから脱した場合に限られる
・地球上の大半の人々が先祖より豊かに暮らしているのは、初期の産業社会で組織化された
市民と労働者が、テクノロジーや労働条件についてエリートの支配する選択に異を唱え、
技術の進歩がもたらす利益をより公平に分けるよう強制したから
・現在の我々は同じことを再び行う必要がある
⇒MRI、mRNAワクチン、産業用ロボット、インターネット・・・
⇒これらが現実の問題を解決するのは人々を助ける方向性になった場合で今の方向ではない
⇒重大な決定を下す人々はテクノロジーに楽観的でエリート主義的
⇒現代の進歩は少数の起業家や投資家を裕福にしているが大半の人々は恩恵を受けていない
・テクノロジーの方向性を一部エリートから奪い取ることは19世紀のイギリスやアメリカより
難しくなっているが、それがきわめて重要になっている
第1章「テクノロジーを支配する」よりメモ
・技術的失業(ケインズ1930年)
⇒労働の新たな用途が見つかるより速いペースで労働の使用を節約する手段が発見されるために
生じる失業
・機械が労働需要を減少させることはない(リカード1819年)⇒1821年に見解が変わった
⇒「仕事を機械がこなせるなら労働需要はなくなる」
・これらの懸念はあったが戦後の工業国(アメリカ・ドイツ・日本)では生産性の急上昇により
賃金も上昇、消費財の価格低下、抗生物質による病気の克服などで労働者も豊かになった
⇒その半面で公害・環境破壊・核戦争の脅威もあったが、いずれテクノロジーが解決すると・・・
⇒これが1960年代の楽観論(タイム誌やケネディ)で、その後のテクノ・オプティミズムへ
・ところがアメリカ男性の長期失業率(25歳~54歳)は1960年代の6%が現在(2023年)は12%
⇒主な理由は非大卒男性が「いい仕事」に就くことが、ますます困難になっているから
⇒かつては大卒・非大卒を問わず適正賃金・雇用保障・キャリアが構築できる機会のある
「いい仕事」があったが、学位を持たない労働者の「いい仕事」は、ほとんどなくなった
・デジタル技術は起業家・経営者・一部投資家に富を与えたが大半の労働者の実質賃金は
増えておらず、非大卒者は減少、大卒者でも院卒以外は微増にとどまっている
⇒大半の労働者が就ける「いい仕事」が減り、コンピュータ科学・エンジニア・金融関係など
教育された一握りの労働者の収入が急速に増えて二層構造の格差社会へ
・これは新しいテクノロジーがもたらす不平等な帰結だった
⇒まさにH.G.ウェルズが「タイムマシン」で予見したディストピア
(政府の手厚い保護・団体交渉・適正な最低賃金などにより北欧・フランス・カナダでは
アメリカより賃金下落は少ないが格差は拡大しており非大卒者の仕事は足りていない)
・1000年にわたる証拠から新たなテクノロジーが広範な繁栄をもたらすか否かは自動的ではなく、
経済的・社会的・政治的な選択にかかっていることが明白になった
⇒本書では、
①この選択の本質
②テクノロジー・賃金・不平等の関係をめぐる歴史的・現代的証拠、
③繁栄の共有に資するイノベーションを機能させるためにできること
の3点を追求する
・第1章ではその下準備として次の基本的な三つの問いに取り組む
①新たな機械や生産技術が賃金を上昇させる時期は何によって決まるか?
②テクノロジーの方向性を変えるには何が必要か?
③現在とりわけ人工知能に関して気がかりな別方向に向かっているのはなぜか?
・生産性バンドワゴン(生産性の向上による増産で雇用は拡大して賃金も増加する)
⇒新型機械・効率的工場で20世紀前半のアメリカ自動車製造業は生産性が急上昇した
⇒雇用も増え正規教育のない労働者も含め経済界全体で賃金が上昇した
⇒アメリカでは戦後1970年代まで賃金上昇率は大卒も高卒も同じだった
⇒その後の出来事にバンドワゴンが合致しないのはなぜか?
⇒限界生産性(労働者一人あたり生産量ではなく需要増大や生産増大への寄与)の違い
・フォードやGMが優れたモデルを出せば需要は増え、労働者一人あたり収益と労働者の
限界生産性はともに上昇する
⇒会社は追加需要を満たすため労働者を増員し必要ならさらに賃金を払う
⇒ところが産業用ロボットを導入すれば平均生産性は向上するが労働者の必要性は低くなる
⇒労働者の限界生産性が向上することはなく低下の可能性さえある
・オートメーション、グローバリゼーションはコストを削減し利益を増やしたが、
先進国の国内では労働者は職を奪われて繁栄の共有をもたらさなかった
⇒これが経済効率を向上させる唯一の方法ではなく労働者一人あたりの生産量を増やす方法は
いくつもあり、これは歴史を通じていえることである(第5章から第9章で説明)
⇒イノベーションには自動化やオフショアリング以外に生産性への個人貢献度を高めるものもある
⇒例えば自動車整備士の作業を支援し、より精密な作業を可能にする新アプリの導入
⇒これは労働者の限界生産性を高めるイノベーションであり、
⇒労働者と置き換える産業用ロボットの導入とは全く異なるもの
・1910年代のフォード工場の自動化では設計・技術・機械操作・事務など新しい仕事が生まれた
⇒新しい機械で新たな労働用途が生まれると労働者の生産貢献が拡大し限界生産性が増す
⇒リカードやケインズの最悪の懸念が実現しなかったのは新たな仕事を伴っていたため
⇒自動車製造の急増で新たな雇用は関連業界だけでなく沿道サービス業の台頭まで可能にした
・ただし自動化による生産性の向上が小さい場合は新たな雇用を生まない
⇒食料品店のセルフレジ化は作業を従業員から顧客に移すだけで生産性への寄与は限られ、
新たな仕事は生まれず、大して安くもならず、生産も拡大せず、顧客の生活も変わらない
⇒テクノロジーを何のために使うかという「選択」が最重要
⇒テクノロジー開発によって労働者の限界生産性を高めるという選択
・労働者の限界生産性が向上しても労働者への需要が増加しなければ賃金は上昇しない
それが起こらないかもしれない三つの理由
①奴隷制のような強制的な関係
⇒アメリカ南部の綿繰り機の導入は強制力を高め奴隷も農民もさらに貧困になった(第4章)
②生産性が向上してもライバルとの競争がなければ賃金を上げないかもしれない
⇒他の仕事に就けない初期の農業社会や別の仕事探しを禁じていた18世紀のイギリス
⇒中世ヨーロッパでは風車・輪作の効率化・馬利用拡大で生産性が向上したが、その恩恵は
少数のエリートだけが享受し大規模建築へ、人口の90%を占めていた農民にはなかった
⇒1700年代のイギリスでは産業機械で労働者の生活水準は悪化し工場主だけが裕福に
③労働者の利益についての交渉能力
⇒1950年代から60年代のアメリカ野球ビジネスの例
(テレビ放送の巨額収益は全て球団オーナーへ⇒60年代後半から交渉により選手にも)
・科学的発見は光速で伝わるようになったが世界の生活改善にはテクノロジーの方向転換が
必要で、科学とイノベーションの新たな活用法を構築しなければならない
⇒ビジョンの選択⇒高圧が標準となった蒸気機関の例⇒炭鉱の過酷な労働条件になった
⇒選択が異なれば利益を享受する人も異なる
・共有されるビジョンが特定方向の例
⇒中国の社会信用システム(2009年から運用)
⇒決定したのは少数の党幹部でブラックリストの作成に
⇒フェイスブック(2018年にユーザー投稿優先にアルゴリズムを変更)
⇒決定したのは数名の幹部で、広告サービスとユーザーのエンゲージメントを高めることが
目的だったが、帰結は誤報や政治的分断の拡大に
⇒いずれもシステムの影響を受ける14億の国民や25億のユーザーの選択ではなかった
⇒個人のデータや社会的活動を支配するための利己的で偏狭なビジョンの選択になった
・南アフリカのスワートクランス洞窟
⇒100万年前の木炭層(火の使用痕跡)から以降は捕食関係が逆転している
⇒グーグルCEOサンダー・ビチャイ「AIは火や電気よりも深遠な何か」
⇒グーグル・チャイナ前社長カイフー・リー「AIは最も変革的なテクノロジー」
⇒今のAIは世界中で不平等を拡大させ企業や独裁政府のデータ収集を強化している
⇒ところが企業リーダーの大半はAIによる良い未来や問題解決を主張し続けている
⇒我々は火によって獲物から最強の捕食者になり、車輪によって距離を、電気によって暗闇を、
薬によって病気を征服してきたのだと・・・
・デジタル・テクノロジーというツールを人々のために活用するにはテクノロジー企業の
支配者にはびこる世界観を覆す必要がある
⇒こうした世界観を支えているのは特定の不正確な歴史解釈
⇒イノベーションによる人類への影響について示唆するもの⇒この歴史の見直しから
・次章以降の予定
⇒重大なテクノロジーの変化が生じた地域を中心に、まずは西欧と中国の農業、次にイギリスと
アメリカの産業革命、さらにアメリカと中国のデジタル・テクノロジーを取り上げる
⇒様々な国の様々な選択、テクノロジーが他の地域に自発的・強制的に広がった際の影響
・第2章「運河のビジョン」
⇒フランスのエンジニア、レセップスがスエズで成功した海面式運河建設と同じアイデアで
パナマで失敗して2万人が死んだ話
⇒大きな災害は過去の成功に基づく強力なビジョンに根差しており、あらゆるテクノロジーの
歴史にとって教訓となる話
・第3章「説得する力」
⇒テクノロジーや社会の重要な決定をなす際に説得が中心的役割を果たす
⇒説得する力は政治制度やアジェンダ設定能力に根差し、対抗勢力や幅広い意見で自信過剰や
利己的なビジョンが抑制される
・第4章「不幸の種を育てる」
⇒本書の構想の主要な考え方を農業テクノロジーの進歩に応用する
⇒新石器時代における定住農業の始まり、中世から近世初期にかけての土地と生産技術の
組織化をめぐる大変化
⇒いずれも生産性バンドワゴンが自動的に走り出した証拠は見つからない
⇒少数エリートの富と権力を増大させたが殆どの農業労働者に恩恵はもたらさなかった
⇒小作農は政治的・社会的権力を持たずテクノロジーの進路は一握りのエリートのビジョンに従う
・第5章「中流層の革命」
⇒産業革命の再解釈
⇒これまであまり強調されていなかった、新たに自信をつけた中産階級、起業家、実業家の
あいだに現れたビジョン
⇒彼らの考え方や願望は16世紀から17世紀以降にイングランド中流層に力を与えるようになった
制度的変化に根差し、彼らのビジョンは包括的ではなかった
⇒政治経済の仕組みの変化はどのように起きたのか、またそれが「自然は誰がどうコントロール
するのか」という新たな概念を生み出すうえで、なぜ重要だったのか
(蒸気機関車・鉄道のスチーブンソンなど技術を持った「成り上がり」を認める社会に)
第6章「進歩の犠牲者」
前章の新たなビジョンの帰結
⇒産業革命の第一段階で多くの人々がいかに貧しくなり無力化したか
⇒それがオートメーションへの強い偏向と、テクノロジーや賃金の決定に関し労働者の声が
欠如していたことの帰結だったのはなぜか
⇒工業化で経済生活、健康、自主性に悪影響が及んだが、状況が変わりはじめたのは19世紀後半、
普通の人々が団結し経済的・政治的改革を推進した社会的変化がテクノロジーの方向性を変え、
賃金を押し上げたが、これは繁栄の共有に向けた小さな勝利に過ぎなかった
⇒西欧諸国が繁栄の共有を達成するにはテクノロジーと制度をめぐる長く争いに満ちた道が・・・
・第7章「争い多き道」
⇒テクノロジーの方向性、賃金設定、より一般的には政治をめぐる闘争が経済成長期の土台を
いかにして築いたかの概観
⇒戦後の30年間、アメリカはじめ西側工業国は急速な経済成長を遂げ殆どの層に共有された
⇒教育や医療の普及、平均寿命の延伸など社会的改善は経済トレンドと軌を一にしていた
⇒テクノロジーの変化、仕事の自動化がなぜ、いかにして労働者に新たな機会を生み出したのか
⇒それが対抗勢力を勇気づける制度的環境にどう組み込まれていたのかについての説明
第8章「デジタル・ダメージ」
⇒現代に目を向け、われわれがいかにして繁栄の共有という戦後数十年間のモデルを手放して
しまったのかを振り返る
⇒この方向転換の中心にある変化は、テクノロジーの方向性が労働者に新たな仕事や機会を提供
することから、仕事の自動化や人件費削減を最優先することになったこと
⇒これは必然ではなく労働団体や政府規制の圧力が欠如した結果で繁栄の共有を損なう一因
第9章「人工闘争」
⇒1980年代以降のビジョンが規定するようになった次の2点についての説明
①デジタル・テクノロジーの次の段階、人工知能についてどう考えるかという問題
②AIが経済的不平等へのトレンドをいかに悪化させているかという問題
⇒多くのテック・リーダーの主張に反してAIテクノロジーは人間に限られた利益しかもたらして
おらず、職場監視に利用されて労働者の力を奪い、現在の方針ではオートメーションが世界中に
輸出されて、発展途上国における数十年分の経済的利益を台無しにしてしまう恐れがある
⇒AIはデジタル・テクノロジーの特殊な進路を反映しており深刻な分配効果を持つ
(少数に恩恵をもたらし残りを置き去りにする効果)
⇒機械的知能に注力するより機械の人間にとっての有用性を獲得する方が実りが多い
(かつて機械の有用性が求められた際には、それがデジタル・テクノロジーの生産的な応用に
つながったが、AIとオートメーションの追及につれ、顧みられなくなったことも説明する)
・第10章「民主主義の崩壊」
⇒AIを使った大量のデータ収集で政府や企業による監視が強化されている
⇒同時にAIを活用した広告ビジネスモデルは誤情報を拡散し過激思想を増幅している
⇒現在のAIが歩んでいる道は経済にも民主主義にも良いものではないし、残念ながら、
この二つの問題は相互に強化し合っている
・第11章「テクノロジーの方向転換」
⇒こうした有害なトレンドを反転させる方法の略述
⇒テクノロジーの変化の方向転換のテンプレート
⇒土台となるのはテクノロジーの社会的偏りに取り組むために、物語を変え、対抗勢力を築き、
技術、規制、政策に関する解決策を練り上げること
・・・つーことで、ここまでだけでも中世ヨーロッパの農業イノベーションや産業革命など
テクノロジーの進展(技術革新)と不平等の歴史から、AIなどデジタル・テクノロジーの現在の
方向性を変えないと民主主義が崩壊するつーのは、まさに目からウロコの本でしたが・・・
と、ここまでで図書館への返却期限まであと3日・・・はてさて・・・
(8月10日追記です)
下巻をようやく読破、現代については下巻がメインですね

技術革新と不平等の1000年史であります
今回の参議院選挙でもSNSには様々な情報が溢れたようでマスメディアはフェイク情報への
注意喚起やファクトチェックの重要性を何度も呼びかけていましたね
最近ではSNSでしか情報の受信をせず、本を読む習慣がないので各党の綱領や歴史書はもちろん、
高校の教科書でさえ文脈を理解できない人たちが増えているとも聞きました
そんな人たちをターゲットにSNSなどで刺激的な誤情報を拡散して過激思想を増幅するような
身勝手な発信がますます溢れているのではないかと不安になっています
本書はデジタル・テクノロジー特にAIの今の方向性を変えないと民主主義が崩壊することを、
過去の歴史における技術革新と不平等の関係から解き明かそうとする本であります
表紙カバー裏にあった惹句

裏表紙カバー裏にあった著者・訳者紹介

(追記です)
著者のダロン・アセモグルとサイモン・ジョンソンは2024年にノーベル経済学賞を受賞されてます
奥付

目次


とりあえず上巻のプロローグから第1章まで、しかもその一部だけのメモです
(暑さと飲酒で遅読になり図書館への返却期限が迫っているため
)ただしメモの後半ぐらい「次章以降の予定」を読めば第2章以降の概要が推測できますので、
以下のメモで興味を持たれた方は本書をご熟読下さいね
(著作物の個人メモなので公開に問題があれば非公開設定にします)
プロローグ~進歩とは何か~よりメモ
・ジェレミー・ベンサムの監視できる監獄⇒ミシェル・フーコーの産業社会の監視⇒ジョージ・
オーウェルの1984年⇒マーベル映画ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーへ・・・
・18世紀後半にイギリス全土に広まった工場というシステム
⇒多くの雇用主がベンサムの考えに従い労働を組織化し厳しく監視監督した
⇒新設の機械は労働者を単なる歯車に変え安い賃金と過酷な労働に
・アダム・スミス
「機械が進歩すれば労働量は大きく減少するが社会が繁栄するので賃金は大幅に上昇する」
⇒こうしたテクノロジーの進歩に抵抗するには?そもそも抵抗する必要があるのか?
・楽観論とは裏腹の過去1000年間の事例
①中世から近代の農業におけるテクノロジー発展の恩恵は人口の90%を占める農民にはなかった
②中世後期からのヨーロッパ船舶設計の進歩では、貿易で富を手にした一部ヨーロッパ人もいたが、
この進歩により数百万人の奴隷がアフリカから新大陸へ運ばれた
③イギリス産業革命初期から労働者の収入はほぼ100年間上がらず、工場でも都会でも
労働時間は延び、労働条件は劣悪なままだった
④綿繰り機は革命的でアメリカを世界最大の綿花輸出国に変えたが、この発明が南部では
奴隷制の残虐性を激化させることになった
⑤19世紀末のフリッツ・ハーバーによる人工肥料の開発は農業生産力を向上させたが、
その後に同じアイデアで化学兵器を設計し数十万人を殺傷した
⑥コンピューターの発達で起業家や大物はこの数十年で大金を手にしたが大学教育を受けていない
ほとんどのアメリカ人は取り残され、多くは実質所得が減少している・・・
・テクノロジーの進歩で繁栄の共有が実現したのは、その方向性と社会による利益分配の方法が
一部エリートに有利な仕組みから脱した場合に限られる
・地球上の大半の人々が先祖より豊かに暮らしているのは、初期の産業社会で組織化された
市民と労働者が、テクノロジーや労働条件についてエリートの支配する選択に異を唱え、
技術の進歩がもたらす利益をより公平に分けるよう強制したから
・現在の我々は同じことを再び行う必要がある
⇒MRI、mRNAワクチン、産業用ロボット、インターネット・・・
⇒これらが現実の問題を解決するのは人々を助ける方向性になった場合で今の方向ではない
⇒重大な決定を下す人々はテクノロジーに楽観的でエリート主義的
⇒現代の進歩は少数の起業家や投資家を裕福にしているが大半の人々は恩恵を受けていない
・テクノロジーの方向性を一部エリートから奪い取ることは19世紀のイギリスやアメリカより
難しくなっているが、それがきわめて重要になっている
第1章「テクノロジーを支配する」よりメモ
・技術的失業(ケインズ1930年)
⇒労働の新たな用途が見つかるより速いペースで労働の使用を節約する手段が発見されるために
生じる失業
・機械が労働需要を減少させることはない(リカード1819年)⇒1821年に見解が変わった
⇒「仕事を機械がこなせるなら労働需要はなくなる」
・これらの懸念はあったが戦後の工業国(アメリカ・ドイツ・日本)では生産性の急上昇により
賃金も上昇、消費財の価格低下、抗生物質による病気の克服などで労働者も豊かになった
⇒その半面で公害・環境破壊・核戦争の脅威もあったが、いずれテクノロジーが解決すると・・・
⇒これが1960年代の楽観論(タイム誌やケネディ)で、その後のテクノ・オプティミズムへ
・ところがアメリカ男性の長期失業率(25歳~54歳)は1960年代の6%が現在(2023年)は12%
⇒主な理由は非大卒男性が「いい仕事」に就くことが、ますます困難になっているから
⇒かつては大卒・非大卒を問わず適正賃金・雇用保障・キャリアが構築できる機会のある
「いい仕事」があったが、学位を持たない労働者の「いい仕事」は、ほとんどなくなった
・デジタル技術は起業家・経営者・一部投資家に富を与えたが大半の労働者の実質賃金は
増えておらず、非大卒者は減少、大卒者でも院卒以外は微増にとどまっている
⇒大半の労働者が就ける「いい仕事」が減り、コンピュータ科学・エンジニア・金融関係など
教育された一握りの労働者の収入が急速に増えて二層構造の格差社会へ
・これは新しいテクノロジーがもたらす不平等な帰結だった
⇒まさにH.G.ウェルズが「タイムマシン」で予見したディストピア
(政府の手厚い保護・団体交渉・適正な最低賃金などにより北欧・フランス・カナダでは
アメリカより賃金下落は少ないが格差は拡大しており非大卒者の仕事は足りていない)
・1000年にわたる証拠から新たなテクノロジーが広範な繁栄をもたらすか否かは自動的ではなく、
経済的・社会的・政治的な選択にかかっていることが明白になった
⇒本書では、
①この選択の本質
②テクノロジー・賃金・不平等の関係をめぐる歴史的・現代的証拠、
③繁栄の共有に資するイノベーションを機能させるためにできること
の3点を追求する
・第1章ではその下準備として次の基本的な三つの問いに取り組む
①新たな機械や生産技術が賃金を上昇させる時期は何によって決まるか?
②テクノロジーの方向性を変えるには何が必要か?
③現在とりわけ人工知能に関して気がかりな別方向に向かっているのはなぜか?
・生産性バンドワゴン(生産性の向上による増産で雇用は拡大して賃金も増加する)
⇒新型機械・効率的工場で20世紀前半のアメリカ自動車製造業は生産性が急上昇した
⇒雇用も増え正規教育のない労働者も含め経済界全体で賃金が上昇した
⇒アメリカでは戦後1970年代まで賃金上昇率は大卒も高卒も同じだった
⇒その後の出来事にバンドワゴンが合致しないのはなぜか?
⇒限界生産性(労働者一人あたり生産量ではなく需要増大や生産増大への寄与)の違い
・フォードやGMが優れたモデルを出せば需要は増え、労働者一人あたり収益と労働者の
限界生産性はともに上昇する
⇒会社は追加需要を満たすため労働者を増員し必要ならさらに賃金を払う
⇒ところが産業用ロボットを導入すれば平均生産性は向上するが労働者の必要性は低くなる
⇒労働者の限界生産性が向上することはなく低下の可能性さえある
・オートメーション、グローバリゼーションはコストを削減し利益を増やしたが、
先進国の国内では労働者は職を奪われて繁栄の共有をもたらさなかった
⇒これが経済効率を向上させる唯一の方法ではなく労働者一人あたりの生産量を増やす方法は
いくつもあり、これは歴史を通じていえることである(第5章から第9章で説明)
⇒イノベーションには自動化やオフショアリング以外に生産性への個人貢献度を高めるものもある
⇒例えば自動車整備士の作業を支援し、より精密な作業を可能にする新アプリの導入
⇒これは労働者の限界生産性を高めるイノベーションであり、
⇒労働者と置き換える産業用ロボットの導入とは全く異なるもの
・1910年代のフォード工場の自動化では設計・技術・機械操作・事務など新しい仕事が生まれた
⇒新しい機械で新たな労働用途が生まれると労働者の生産貢献が拡大し限界生産性が増す
⇒リカードやケインズの最悪の懸念が実現しなかったのは新たな仕事を伴っていたため
⇒自動車製造の急増で新たな雇用は関連業界だけでなく沿道サービス業の台頭まで可能にした
・ただし自動化による生産性の向上が小さい場合は新たな雇用を生まない
⇒食料品店のセルフレジ化は作業を従業員から顧客に移すだけで生産性への寄与は限られ、
新たな仕事は生まれず、大して安くもならず、生産も拡大せず、顧客の生活も変わらない
⇒テクノロジーを何のために使うかという「選択」が最重要
⇒テクノロジー開発によって労働者の限界生産性を高めるという選択
・労働者の限界生産性が向上しても労働者への需要が増加しなければ賃金は上昇しない
それが起こらないかもしれない三つの理由
①奴隷制のような強制的な関係
⇒アメリカ南部の綿繰り機の導入は強制力を高め奴隷も農民もさらに貧困になった(第4章)
②生産性が向上してもライバルとの競争がなければ賃金を上げないかもしれない
⇒他の仕事に就けない初期の農業社会や別の仕事探しを禁じていた18世紀のイギリス
⇒中世ヨーロッパでは風車・輪作の効率化・馬利用拡大で生産性が向上したが、その恩恵は
少数のエリートだけが享受し大規模建築へ、人口の90%を占めていた農民にはなかった
⇒1700年代のイギリスでは産業機械で労働者の生活水準は悪化し工場主だけが裕福に
③労働者の利益についての交渉能力
⇒1950年代から60年代のアメリカ野球ビジネスの例
(テレビ放送の巨額収益は全て球団オーナーへ⇒60年代後半から交渉により選手にも)
・科学的発見は光速で伝わるようになったが世界の生活改善にはテクノロジーの方向転換が
必要で、科学とイノベーションの新たな活用法を構築しなければならない
⇒ビジョンの選択⇒高圧が標準となった蒸気機関の例⇒炭鉱の過酷な労働条件になった
⇒選択が異なれば利益を享受する人も異なる
・共有されるビジョンが特定方向の例
⇒中国の社会信用システム(2009年から運用)
⇒決定したのは少数の党幹部でブラックリストの作成に
⇒フェイスブック(2018年にユーザー投稿優先にアルゴリズムを変更)
⇒決定したのは数名の幹部で、広告サービスとユーザーのエンゲージメントを高めることが
目的だったが、帰結は誤報や政治的分断の拡大に
⇒いずれもシステムの影響を受ける14億の国民や25億のユーザーの選択ではなかった
⇒個人のデータや社会的活動を支配するための利己的で偏狭なビジョンの選択になった
・南アフリカのスワートクランス洞窟
⇒100万年前の木炭層(火の使用痕跡)から以降は捕食関係が逆転している
⇒グーグルCEOサンダー・ビチャイ「AIは火や電気よりも深遠な何か」
⇒グーグル・チャイナ前社長カイフー・リー「AIは最も変革的なテクノロジー」
⇒今のAIは世界中で不平等を拡大させ企業や独裁政府のデータ収集を強化している
⇒ところが企業リーダーの大半はAIによる良い未来や問題解決を主張し続けている
⇒我々は火によって獲物から最強の捕食者になり、車輪によって距離を、電気によって暗闇を、
薬によって病気を征服してきたのだと・・・
・デジタル・テクノロジーというツールを人々のために活用するにはテクノロジー企業の
支配者にはびこる世界観を覆す必要がある
⇒こうした世界観を支えているのは特定の不正確な歴史解釈
⇒イノベーションによる人類への影響について示唆するもの⇒この歴史の見直しから
・次章以降の予定
⇒重大なテクノロジーの変化が生じた地域を中心に、まずは西欧と中国の農業、次にイギリスと
アメリカの産業革命、さらにアメリカと中国のデジタル・テクノロジーを取り上げる
⇒様々な国の様々な選択、テクノロジーが他の地域に自発的・強制的に広がった際の影響
・第2章「運河のビジョン」
⇒フランスのエンジニア、レセップスがスエズで成功した海面式運河建設と同じアイデアで
パナマで失敗して2万人が死んだ話
⇒大きな災害は過去の成功に基づく強力なビジョンに根差しており、あらゆるテクノロジーの
歴史にとって教訓となる話
・第3章「説得する力」
⇒テクノロジーや社会の重要な決定をなす際に説得が中心的役割を果たす
⇒説得する力は政治制度やアジェンダ設定能力に根差し、対抗勢力や幅広い意見で自信過剰や
利己的なビジョンが抑制される
・第4章「不幸の種を育てる」
⇒本書の構想の主要な考え方を農業テクノロジーの進歩に応用する
⇒新石器時代における定住農業の始まり、中世から近世初期にかけての土地と生産技術の
組織化をめぐる大変化
⇒いずれも生産性バンドワゴンが自動的に走り出した証拠は見つからない
⇒少数エリートの富と権力を増大させたが殆どの農業労働者に恩恵はもたらさなかった
⇒小作農は政治的・社会的権力を持たずテクノロジーの進路は一握りのエリートのビジョンに従う
・第5章「中流層の革命」
⇒産業革命の再解釈
⇒これまであまり強調されていなかった、新たに自信をつけた中産階級、起業家、実業家の
あいだに現れたビジョン
⇒彼らの考え方や願望は16世紀から17世紀以降にイングランド中流層に力を与えるようになった
制度的変化に根差し、彼らのビジョンは包括的ではなかった
⇒政治経済の仕組みの変化はどのように起きたのか、またそれが「自然は誰がどうコントロール
するのか」という新たな概念を生み出すうえで、なぜ重要だったのか
(蒸気機関車・鉄道のスチーブンソンなど技術を持った「成り上がり」を認める社会に)
第6章「進歩の犠牲者」
前章の新たなビジョンの帰結
⇒産業革命の第一段階で多くの人々がいかに貧しくなり無力化したか
⇒それがオートメーションへの強い偏向と、テクノロジーや賃金の決定に関し労働者の声が
欠如していたことの帰結だったのはなぜか
⇒工業化で経済生活、健康、自主性に悪影響が及んだが、状況が変わりはじめたのは19世紀後半、
普通の人々が団結し経済的・政治的改革を推進した社会的変化がテクノロジーの方向性を変え、
賃金を押し上げたが、これは繁栄の共有に向けた小さな勝利に過ぎなかった
⇒西欧諸国が繁栄の共有を達成するにはテクノロジーと制度をめぐる長く争いに満ちた道が・・・
・第7章「争い多き道」
⇒テクノロジーの方向性、賃金設定、より一般的には政治をめぐる闘争が経済成長期の土台を
いかにして築いたかの概観
⇒戦後の30年間、アメリカはじめ西側工業国は急速な経済成長を遂げ殆どの層に共有された
⇒教育や医療の普及、平均寿命の延伸など社会的改善は経済トレンドと軌を一にしていた
⇒テクノロジーの変化、仕事の自動化がなぜ、いかにして労働者に新たな機会を生み出したのか
⇒それが対抗勢力を勇気づける制度的環境にどう組み込まれていたのかについての説明
第8章「デジタル・ダメージ」
⇒現代に目を向け、われわれがいかにして繁栄の共有という戦後数十年間のモデルを手放して
しまったのかを振り返る
⇒この方向転換の中心にある変化は、テクノロジーの方向性が労働者に新たな仕事や機会を提供
することから、仕事の自動化や人件費削減を最優先することになったこと
⇒これは必然ではなく労働団体や政府規制の圧力が欠如した結果で繁栄の共有を損なう一因
第9章「人工闘争」
⇒1980年代以降のビジョンが規定するようになった次の2点についての説明
①デジタル・テクノロジーの次の段階、人工知能についてどう考えるかという問題
②AIが経済的不平等へのトレンドをいかに悪化させているかという問題
⇒多くのテック・リーダーの主張に反してAIテクノロジーは人間に限られた利益しかもたらして
おらず、職場監視に利用されて労働者の力を奪い、現在の方針ではオートメーションが世界中に
輸出されて、発展途上国における数十年分の経済的利益を台無しにしてしまう恐れがある
⇒AIはデジタル・テクノロジーの特殊な進路を反映しており深刻な分配効果を持つ
(少数に恩恵をもたらし残りを置き去りにする効果)
⇒機械的知能に注力するより機械の人間にとっての有用性を獲得する方が実りが多い
(かつて機械の有用性が求められた際には、それがデジタル・テクノロジーの生産的な応用に
つながったが、AIとオートメーションの追及につれ、顧みられなくなったことも説明する)
・第10章「民主主義の崩壊」
⇒AIを使った大量のデータ収集で政府や企業による監視が強化されている
⇒同時にAIを活用した広告ビジネスモデルは誤情報を拡散し過激思想を増幅している
⇒現在のAIが歩んでいる道は経済にも民主主義にも良いものではないし、残念ながら、
この二つの問題は相互に強化し合っている
・第11章「テクノロジーの方向転換」
⇒こうした有害なトレンドを反転させる方法の略述
⇒テクノロジーの変化の方向転換のテンプレート
⇒土台となるのはテクノロジーの社会的偏りに取り組むために、物語を変え、対抗勢力を築き、
技術、規制、政策に関する解決策を練り上げること
・・・つーことで、ここまでだけでも中世ヨーロッパの農業イノベーションや産業革命など
テクノロジーの進展(技術革新)と不平等の歴史から、AIなどデジタル・テクノロジーの現在の
方向性を変えないと民主主義が崩壊するつーのは、まさに目からウロコの本でしたが・・・
と、ここまでで図書館への返却期限まであと3日・・・はてさて・・・

(8月10日追記です)
下巻をようやく読破、現代については下巻がメインですね
2025年05月21日
奇縁まんだら全4巻
とーとつですが・・・




瀬戸内寂聴著・横尾忠則画「奇縁まんだら」全4巻のご紹介であります
巻末にあった著者紹介

第1巻の奥付

第4巻の奥付

日本経済新聞の日曜朝刊に2007年1月6日から2011年10月2日まで連載されていたエッセイで、
当時の著者は85歳から89歳、それまでに「この世で出逢い、一度でも感銘を受けた縁者」
136人(すべて故人)についての思い出を綴られたもの・・・
著者は実際には2021年に99歳で亡くなっておられますが、第4巻の「終わりに」には、
「最後の章は、故人となった「瀬戸内寂聴」で締めくくればスマートだなと思っていた」
とありました
全4巻の目次であります








そう、この136人と(少なくとも一度は)実際に会っておられるんですね・・・
本文にも若い担当者から「歴史上の人物と実際に会っていること自体が凄い」と言われた
とかありましたが、読んでて確かに凄いことだと実感しました
テレビでもおなじみだった、よくしゃべり親しみやすく話し上手で聞き上手なタイプ、
酒好きで遊び好きでおしゃれ好き、対談でも対面取材でも多くの相手に信頼されてたようで、
親しく付き合ってた方も多かったのでしょうね
本人も不倫から夫と2歳の娘を残して家出、やがて作家のままで出家と自由奔放な(とんでもない)
人生でしたが、登場する人物の多くも、さらに自由奔放な(とんでもない)人生を送っており、
それらが(遺族の許しを得て)赤裸々に描かれてるので、発表当時から評判になったんでしょう
わたくし、私小説の世界は苦手で殆ど読まないのですが、明治・大正・昭和・平成の著名人の
男と女・男と男・女と女のドロドロした関係も本書で知ることができ、まさに著者を軸にした
「奇縁まんだら」とゆー感じでしたねえ
さらに著者しか知らないエピソードも紹介されてて、多くは慈愛に満ちて描かれてるのですが、
あくまでその観察眼は鋭く行動は素早く、あらためて凄い作家だと知りました
ま、わたくしが著者の私小説を読むことは今後もないでしょうが・・・




瀬戸内寂聴著・横尾忠則画「奇縁まんだら」全4巻のご紹介であります
巻末にあった著者紹介

第1巻の奥付

第4巻の奥付

日本経済新聞の日曜朝刊に2007年1月6日から2011年10月2日まで連載されていたエッセイで、
当時の著者は85歳から89歳、それまでに「この世で出逢い、一度でも感銘を受けた縁者」
136人(すべて故人)についての思い出を綴られたもの・・・
著者は実際には2021年に99歳で亡くなっておられますが、第4巻の「終わりに」には、
「最後の章は、故人となった「瀬戸内寂聴」で締めくくればスマートだなと思っていた」
とありました

全4巻の目次であります








そう、この136人と(少なくとも一度は)実際に会っておられるんですね・・・
本文にも若い担当者から「歴史上の人物と実際に会っていること自体が凄い」と言われた
とかありましたが、読んでて確かに凄いことだと実感しました

テレビでもおなじみだった、よくしゃべり親しみやすく話し上手で聞き上手なタイプ、
酒好きで遊び好きでおしゃれ好き、対談でも対面取材でも多くの相手に信頼されてたようで、
親しく付き合ってた方も多かったのでしょうね
本人も不倫から夫と2歳の娘を残して家出、やがて作家のままで出家と自由奔放な(とんでもない)
人生でしたが、登場する人物の多くも、さらに自由奔放な(とんでもない)人生を送っており、
それらが(遺族の許しを得て)赤裸々に描かれてるので、発表当時から評判になったんでしょう
わたくし、私小説の世界は苦手で殆ど読まないのですが、明治・大正・昭和・平成の著名人の
男と女・男と男・女と女のドロドロした関係も本書で知ることができ、まさに著者を軸にした
「奇縁まんだら」とゆー感じでしたねえ
さらに著者しか知らないエピソードも紹介されてて、多くは慈愛に満ちて描かれてるのですが、
あくまでその観察眼は鋭く行動は素早く、あらためて凄い作家だと知りました
ま、わたくしが著者の私小説を読むことは今後もないでしょうが・・・
