沙漠緑化・熱帯雨林再生

2022年10月22日

市民と行政の協働・・・

とーとつですが・・・

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市民と行政の協働~ごみ紛争から考える地域創造への視座~
濱 真理著 社会評論社 2022年8月25日初版第1刷発行・・・とゆー本のご紹介であります

行政の関係者だけでなく、ボランティアなど様々な市民活動をしておられる方々にも、
参考になると思いましたので紹介させていただきます




表紙下部にある惹句の拡大

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奥付にあった著者紹介

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例によって目次のみのご紹介

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参考文献や索引も含めると250頁を超える、著者の博士論文をベースにした専門書ですが、
国内外の様々な事例から市民と行政の対立と変容、格差と葛藤などを分かりやすく紹介、
その協働を促進するうえでの第三者(機関)の役割、対立を超えた地域社会創造への提案まで、
豊富な実務経験と多岐にわたる
文献資料だけでなく、各地での聞き取り調査も行い、長年の
研究成果をまとめられた、新たな公共政策論であります

とても全ては紹介できませんが、以下はわたくしが興味を持った部分の読後メモです
当サイト恒例の「思いつくままメモ」なので、わたくしの思い違いも多々あるはずですし、
正しくは本書のご熟読をお願いしますね


第Ⅰ編~市民と行政の対立と変容、協働~

序章より
・東京都小金井市の市長辞任の例
(略)
→近隣に廃棄物処理施設が建設されると聞いたら、あなたはどうするか・・・
→その反応に行政はどう対応するか・・・

・フィリピン・スモーキーマウンテンのスカベンジャーの例
(略)
→ごみ問題は貧富の格差の問題、行政と住民の力の格差の問題でもある

・ディケンズの小説に現れる「第三者」の例
→弱者を支援する第三者、NGO、第三者機関・・・

・コロナ禍でのマスク着用という公共政策の例
→日本では啓発活動という政策手法のみで、合意形成の手続きは(必要?)なかった
→欧米では(個人の自由の侵害で)議会討論を経た立法など合意形成の手続きが必要だろう
→日本での政策参加は、それに関わる市民や、その分野に得意な市民だけでいい?
→対立しない政策でも市民と行政が協働で形成する方が望ましい政策もあるはず・・・


第1章より
・大阪市住之江工場の事例

→完全対立のままの例
→紛争勃発から最高裁上告棄却まで、歴代3人の市長リーダーシップによるものではなく、
ずっと行政主導型の政策形成だった
→議会も(共産以外)全て与党で、行政が政治アクターと調整し政策を形成・推進していた
→これらが反対住民を「かたくな」にさせたが、住民側の学習による変容が進展した

東京都杉並清掃工場の事例
→和解成立と住民の運営参加の例
→都知事と住民の対話→混乱の激化→ごみ戦争→地裁からの和解勧告→和解条項の監視へ
→運営協議会設立→34年間の行政との協働での学習と運営→現場公務員との信頼関係の醸成
→短期間での現地建て替え合意へ


第2章より
・第1章の住民の学習による変容は特殊な現象ではなく一般的なもの

・武蔵野クリーンセンターの住民の学習と変容の例
→煙突から排出される水蒸気は冷えると白い煙に見える→再加熱して透明にしていた
→再加熱には石油を大量消費する→住民委員から
無駄な(毎年億単位の)税金支出との意見
→学習・議論して再加熱をやめることに決定
→有害な煙ではないことの地域住民への説明は住民委員が自ら実施した

・ジョン・ロールズの反省的均衡から
→学習による反省→変容→葛藤から均衡→合意形成→やがて市民文化をも変容させる

・個人の意思形成過程
→アダム・スミスの道徳感情論・国富論から→公平な観察者になると他者の利益に理解を示す
→行動経済学の「良き市民」から→学習を重ねると同感し向き合う方向に変容する

・個人の意思決定と集団の意思決定
→タルコット・パーソンズのLIGAモデルから考える
→住民共有の情報→学習による共同幻想的な(潜在的な文化システム)の醸成=Latency
→具体的な地域の共通認識→疑似地域計画の形成=Integlation
→個々の住民レベルまで消化・内面化された明確な地域目標=Goal
→個々人が目標に適合的な行動を開始=Adaptation

・市民文化の変容
→市民文化には地域差が存在する(米英独伊墨の意識調査の例)
→市民の政策参加意識は変化してきている(ドイツの地方自治活動などの例)
→変化して定着した市民文化が集合的記憶になる(戦後日本の民主主義の例)
→日本の情報公開・行政手続など制度の変遷からは市民参加を重視する方向にある
→日本の市民文化は徐々に公共政策参加志向に変容していくと期待される

・共同行動するコミュニティ(第1章の例など)
・意思決定できるコミュニティ(他の多くの地域)
・機能しないコミュニティ(トレーラーハウス街やスラム街、ワンルーム街などの一部)

・地域コミュニティの変容
→すべての政策がすべてのステークホルダーにとってウィンウィンとはならない
→社会的弱者を含む
すべてのステークホルダーが納得する条件下で、
→便益とコストがフェアに配分されるのが理想的な政策の形成・履行の姿
→これが社会的ジレンマ現象の根本的解決になる
→反対運動が起こらずアンフェアが定着するより反対運動が起こるほうが望ましい

・町内会
→地域の反対意見とは誰の反対意見なのか、行政はどう判断するのか?
→個人?→町内会長?→町内の複数人の署名?→町内会の決議?
→町内では賛成意見が多くても有力な町内会長のよる町内会の決議が反対ならどうか?
→異質な者を統合するのが町内会の機能で、最大公約数的な価値に基づく合意が形成される
→それは往々にして実利を優先する価値観による価値
→ふだん行政の手先でも保守系議員の選挙基盤でも、大損すると感じたら鮮明に反対する


第3章より
・行政の変容
→社会に有用な公共政策とは、歩み寄りによる均衡点を持つ政策
(各ステークホルダーが合理的に行動・変容すれば均衡点への経路のある政策)
→行政も市民と同様に学習・変容できれば、
社会に有用な公共政策は実現できるはず
→住民の変容事例は確認できたが行政の変容事例は、まだエビデンスを得るほどは・・・
→ただし長期的・制度的には、海外の影響もあり変容しているのは確か
→行政は政治家の政策を実行するだけでなく政策を企画し実行する政治機能を有している

・行政の政治機能
→日本の国家官僚は、60年代までは使命感を持ち政策を立案・遂行する「国士型」
→70年代には団体活動や政党環境の変化からステークホルダーを調整する「調整型」
→80年代の中頃以降から政治家や社会の圧力が強まり必要最小限だけする「官吏型」
→地方政府職員も
政策を立案・遂行するのは同様だが、国の省庁による「官僚内閣制」が
近年の政治主導の制度改革で弱まるのとは異なり、もともと首長が政策決定することが可能
→ただし縦割りを廃した場合でも個々の政策案は担当部局の行政職員が立案することが多い
→議員は地元の不利益になる政策提案者にはなりたがらず、職員や首長が嫌われ役になる
→制度変更には専門性も必要なので行政は政治過程である政策形成に大きな位置を占める

・地方の首長と議会、行政の政治機能
首長・議員は政治問題化していない政策の初動対応には意見を述べてから職員に委ねる
→政治問題化しているときや関心が強いときは政策形成を主導することがある

・行政の意思形成過程
→地方行政の政策形成では枠組み(福祉・環境・教育など)ごとの、前例による価値基準や
実施手順、共通する行政姿勢や価値観といった慣行と、それと表裏一体である発想枠がある
→これが明文化されていない職員の「共通枠組み」で、いわば行政文化を形成している
→これがメタ政策形成レベルの判断規範になっている
→廃棄物処理施設を立地する場合、住民に押し付けるか、意見を聴く「カタチ」にするか、
真に協働して決定するかは、この判断規範に属し個別の政策形成で検討されることはない

・この「メ
タ政策形成レベルの共通枠組み」を簡単に「しがらみ」と呼べば・・・
→行政への反対抵抗運動の多くは、この「しがらみ」の変更を求める行動
→住民は学習(情報の論理的・客観的・科学的処理)により短期間で変容する
→住民は「しがらみ」に縛られないので「事実がそうならこうあるべき」という思考も生まれる
→住民交渉窓口職員が「しがらみ」の矛盾に気づいても行政組織として変えることは容易ではない
→行政組織は学習では変容しないが、職員個人は学習により変容することがある
→その職員は新たな行政規範(あるいは良心)と「しがらみ」の間で悩むことになる
→行政組織は「しがらみ」を変えることによって変容する
→これに大きく作用するのは市民応答での長期的調整と社会の常識・規範・価値観の変化
→「しがらみ」のうち慣行や単なる発想枠は外部からの作用で一転してしまうことがある
→政策形成や政治的言動を左右する発想枠は固着的でコアな行政組織文化で、時間を要する

・官僚制の
合理性と批判(略)
(ポピュリスト首相・首長の合理的でない政策の強要に、抵抗する官僚と追従に走る官僚)

・ロバート・パットナムの実証的な分析(
北イタリアと南イタリアの違いから→略)
→統治機構のパフォーマンスと市民文化との関係→ゲームの理論

・廃棄物政策の例
・前世紀末の廃棄物処理問題の原因は分断型社会(植田和弘)
→戦後しばらくの生ごみから、プラ・大型家電なども→高度成長期・バブル期など急増期も
→ステークホルダーは行政だけでなく製造者・販売者・消費者も重要なアクターなのだが、
→これらが分断され、市町村のみが汲々としていた
分断型社会だった
→焼却・埋め立てでは追いつかずリサイクルへ→消費者による分別が必要になった(協働)
→根本的解決には製造者・販売者が主軸のリユース・リデュースも必要になった(協働)
→やがて市町村が共同して
製造者・販売者・消費者への対処や国への規制を要請
→国も動き減量リサイクル優先の国家施策に転換が図られ、分断型社会は改善方向へ

・市民と協働する行政
廃棄物政策の例はステークホルダー全てが関わって生じている
→単に市民の意見を尊重するだけで事足りる問題ではなかった
→このような事象には政策立案・履行にステークホルダー各々が情報を共有し意思形成に
参加して取り組むほうが効果的
→行政には、潜在するステークホルダーも巻き込み、協働して解決のための政策を進める
積極性が求められる
→これが「受け身の市民参加」を超えたレベルの「協働を目指す行政」
(パットナムの分析例では北イタリアの行政)

・市民の類型と行政の類型の関係
→意思決定・行動できない市民には、押し付け型行政(意見を聴くのは無駄だから)
→意思決定できる市民には、住民意思優先型行政(対応しないと履行できないか低下するから)
→行動する市民には、協働型行政
→これらは市民に応答して行政が変容することを示している
→市民との協働が最も効果的な政策推進をもたらすという共通認識が行政組織に共有されると
行政は協働による政策推進を積極的に選ぶようになり、
協働型行政が定着する
→市民の類型に応答した行政のコスト(略)

・行政を変容させる他の環境、引き金など・・・
→大災害を経験すると新防災計画の策定や設備投資へ
→学校でのいじめ、廃棄物の増量、かつての公害問題なども引き金になるが・・・
→社会問題に即した行政の変容は(政策ニーズへの対応としては遅いが)制度変更はされる
→ただし職員の「しがらみ」に変容がなければカタチだけで実が伴わない場合もある

・地方自治体の制度変更は国に先行することが多い
→その要因として(特に都道府県・政令市・大都市に多い)相互参照(情報交換)がある
→先行したモデルケースの成功情報が拡散され、実施されていく

・変容のトリガー候補は職員・首長・議員(上部構造)だが、緊急事態や外部の大きな要請など、
客観的に確認しうる政策ニーズ(下部構造)が存在しているときにアクションを起こせば動く
→予兆を最初に察知できるのは行政職員の場合が多いが「しがらみ」の変容につながるか・・・

・市民のあり様に直接影響されての行政の変容
・これとは別に社会の常識・規範・価値観に合わせた行政の変容がある
→この
社会の常識・規範・価値観の変容は市民文化から

・協働のパートナーは対等でなければならない
→自治度の高いコミュニティ(行動する市民)は行政と対等に渡り合える可能性があるが、
その他のコミュニティには難しい→行政との力量の差異があるから
→この格差への対処を第Ⅱ編で・・・



第Ⅱ編~市民に関わる格差と葛藤~

第4章より
・行政は統治権力の執行機関であり、地域住民とは圧倒的な力の差異がある
→民主制の統治システムでは国民が主権者で上位のはずだが現実は逆・・・
→どうすれば対等に議論・交渉できるのか、政策や計画の合意が形成されるのか
→情報格差の解消と行政裁量の統制から・・・

・政府組織に知識・情報が集中する社会は問題(ハイエク)

・弁護士など行政情報提供業の担い手が市民対行政関係調整業になることが理想(足立忠夫)
→情報の非対称性の解消には当初からの住民参加だが、その場合でも基礎的な常識は必要
→なので足立の説く第三者の存在は重要

・ハイエクの情報・知識論から(略)
・地方自治に住民が参画して初めて情報は市民にとって意味を持つ(ドイツ・武蔵野の例→略)

・権力としての行政の統制
(行政法・財政学・福祉国家論など、めんどーなハナシなので略)


第5章より
・ごみ処理施設に関わった住民への聴き取りでは当初からの市民参加に全員が疑問を呈した
→利害が絡む地元の話し合いは難しく、不利益分配の行司役は行えないから・・・
→参加すれば、自分たちでは決められない、では済まないから・・・
→しかし行政が決めるしかないと考えている訳ではなく、押し付けへの反発が運動の原点
→自分たちが決定すると確信しているが、行政が用意した合意形成の場への参加には懐疑的

・武蔵野クリーンセンターの市民参加による合意形成の事例
→複数候補地の住民参加による委員会で理性的な熟議により用地が選定された
→建設後も運営協議会が常設され住民が施設の運営に参加した
→20年後の建て替えでも市民参加の委員会で準備を進め短期間で稼働した
→これは典型的な成功例で、参加実態への異議を呈する研究も見当たらない
(成功の要因)
→市民が情報蓄積により、ごみ問題の重要性・緊急性を認識していた
→市長が早くから市民参加を推進した
→市民参加による政策課題の解決という市民文化が定着していた
→市役所職員が市民をパートナーとする市役所文化が定着していた

・猪名川上流広域ごみ処理施設組合「国崎クリーンセンター」の紛争と合意形成の事例
→反対運動が二つに集約され、一方は訴訟(最高裁上告不受理)、もう一方は会議参加から
施設運営を継続して監視していく立場を選択した
→行政側は当初は押し付け、その後は一貫して住民参加推進の姿勢で竣工後も継続している
→多くの地域住民が旧施設のダイオキシン排出報道で新施設の必要性を認識していた
→行政の方向転換に加え、住民が情報を蓄え認識を深めていたことで参加による合意形成に

・長野県中信地区の産業廃棄物処理施設の合意形成の事例
→複数候補地の住民参加による市民委員会方式で建設用地選定方法を確定したのが特徴
→当時の田中康夫知事が全面バックアップしていた
→その後、アセスメント→用地決定→建設のスケジュールだったが知事の指示で中断した
(廃棄物発生を抑制し処理施設を作らない趣旨の条例を検討していて議論が拡大したから)
→それでもアセスメントへ→候補地2か所選定となったが住民説明会で反発された
→処理施設整備の議論へ、新たに廃棄物減量の議論が展開され合意形成できなかった

・観察した社会学者は予定地の住民が納得して賛同した経緯になっていないと指摘している
→市民参加の委員会形式では多様な実情をノイズとして均質化してしまい正義の強者が現れる
→行政は市民参加を振りかざし現れたが、行政との格差を実感していた住民にとっては、
行政自身が「正義の強者」だったのである

・なぜ住民たちは行政が主宰する市民参加の場に躊躇するのか
→意識的あるいは無意識に行政との格差を感じていたからではないか
(その要因)
→行政は情報量において圧倒的に優位
→市民参加の委員会でも情報は行政から提供される
→勉強してもわからないことは対峙する行政に教えられ、選択肢まで暗示される

・これでは議論しても到底勝ち目はないと感じる
→偏らない科学的な情報を提供し、自発的な学習を支え、結論が客観的に見えてくるよう
議論の進行を流れに委ねていなければ、住民は参加を危ういと直感する
(成功例は市民と行政の情報量の格差、問題認識や理解の差異、方向性の差異が小さかった)

・行政とのケンカなら、やり方は住民が選べるが、行政の仕組みに嵌れば自由はほぼない
→「正しい手続き」に異は唱えられず、分別ある大人の話し合いで決まってしまう
→このような市民参加なら嫌がるのは当然

・行政には世論を形成する力もありメディアへの影響力も大きい
→弱い立場の住民が市民からも悪者にされ、地域エゴだという世論に苦しめられる

・行政にとっての合意形成の意味
→今は押し付けでなく市民参加により合意形成を図るべきという手続的規範
→合意形成で政策の実現可能性が一気に高まるという意味で望ましい価値を帯び規範的
(決めるから参加せよといわれた住民にとっての意味とは全く異なる)

・合意形成のステップ

→住民にとっての合意形成の場への参加は、合意形成に合意したことを意味する

・地方行政に求められるもの
→ステークホルダー間の経常的に良好な関係
(情報公開、公平な対応、透明性、誠実さなどによる)
→信頼関係が構築されていない場合に溝を埋めるのが第三者

・廃棄物の増量トレンドは収まり、処理施設は新設よりリプレイスの時代に
→めいわく施設は建設後も「喉元過ぎれば」がなく住民との関係が続くのでむしろメリット
→焼却施設は30年前後は稼働するので住民との対等な関係、情報共有、意見反映が続けば、
信頼関係が築かれて施設更新も円滑に進むだろう・・・

第6章より
・カナダ・アルバータ州の総合廃棄物処理施設と地域格差の例
→アルバータ州スワンヒルズでは施設立地の住民投票で79%が賛成し立地が確定した
→市民参加による合意形成が喧伝されたが、研究者から以下のような批判があった
①予定地の外縁隣接住民はトレーラーハウスに住み非定住で生活に精一杯、建設反対運動を
展開できるようなコミュニティではなかった
②ステークホルダーのうち反対するであろう①の住民には投票権が付与されなかった

・ステークホルダーの認識・確定
→行政が認定の範囲を歪めてしまうという問題
→悪意なら行政内部の「しがらみ」を変えねばならない
→裁量の濫用の問題でもある→コントロールの役割は第三者・・・
→ステークホルダーであっても自ら認識できない、社会に関心を向ける余裕がない、
共同して行動を展開できる自治力がない、といったことで自己申告しないで把握洩れに
→合意形成の合意の前に
ステークホルダーの認識・確定を行政手順に組み込んでおくこと

・ケイパビリティに欠ける住民と地域
→ハーシュマンの組織と構成員の関係論考では構成員・関係者は組織の変化や衰退に対して
離脱か発言か忠誠か、いずれかの行動をとると論じている
→これは個人が自立して行動する架空社会のハナシ
→現実にはその選択をするケイパビリティに欠ける住民が存在する→忍従しかない
→新自由主義で福祉国家論には翳りが見えたが貧困や格差はますます拡大している
→社会的弱者を支える政策が公的部門から消えることはないだろう
→住民と地域のケイパビリティを引き上げて助け合うコミュニティを築くこと
→引き上げるアクターは行政かNPOか営利団体か・・・

・行政の住民学習支援ケアサービスの実例(アメリカ)から
→埋め立て処分場の汚染が発覚し、環境保護庁EPAは環境対策の実施に周辺コミュニティの
市民参加による政策形成方式を導入、地域住民で構成する組織を設立して金銭支援
→住民たちには汚染の知識がないのでEPAが情報提供し住民が専門家を雇う費用を全額支出
→EPAは知恵と金は出すが口は出さない
→専門の第三者が参加して意見形成環境を醸成した
→政策形成には望ましい結果をもたらし、住民のケイパビリティも育ち高まった
→やがてその居住区が自治能力の高い地域に変貌することも期待できる

・市民・地域間に格差が定着し再生産される理由
(社会学・
教育社会学・都市社会地理学のハナシなので→略)

市民・地域間の格差に対する対処への思想
→アマルティア・センの思想(略)
→ジョン・ロールズの正義論
(略)

・政策の失敗への対応(福島原発事故の教訓から一般的対処策を考察)
→事故と被害について
(略)

・教訓からの予防ルール
①巨大な悪影響がある政策、実施することにより大変な危険・危機を招く政策、あるいは
正義にもとる政策は実施すべきでない。してはいけない政策は実施しない
②実施しても便益がほとんどない無意味な政策は実施されるべきではない
③政策を実施するにあたっては政策の効果や影響および政策遂行の進め方の適切さを充分に
事前評価しなければならない

・教訓からの地域復興ルール
①政策失敗の被害対応にあたる行政などの復興推進主体は「人間の復興」を目的として
復興を進めて行かなければならない
復興推進主体は(復興対象が生活してきた)「地域そのものの復興」を念頭に置いて
取り組みを進めて行かなければならない
③復興政策はその対象である地域の人々の参画のもとに進められる必要がある

・廃棄物処理施設立地・建設政策の失敗への対処策
(略)


第Ⅲ編~協働を促進する第三者の役割と課題~

第7章より
・第三者の機能としての公平な主体による交渉や介入(メディエーション)の事例
「社会的弱者への支援介入」例
→アイルランドの地域組織による弱者支援
→米国のアドヴォカシー・プランニングによる住民の都市計画参画
「大学によるもの」例
→ワシントンの地域交通問題の解決
→米国たばこ農業振興と健康増進の対立解決
「国際NGOによるもの」例
→ガーナの鳥獣保護区の事例
(保護担当政府職員と部族民のトラブル多発に現地での支援活動で両者から信頼を得ていた
NGOが介入して解決)

・紛争を伴わない公共的取り組みに第三者が関わる事例
→ソーシャル・イノベーションにおけるチェンジ・エージェント
→芸術(映画など)・文化(著作物など)における仲介エージェント

・現代の米国における(公共)メディエーション定着の例
→公共政策でメディエーションを実施する機関がすでに存在している
→民間会社、非営利団体、連邦政府組織、州政府機関、大学と、これらの提携もある

・他国の例(カナダ、英国西欧など、中国)→略

・NGOの例(前述のガーナやボリヴィアの森林開発)

・日本におけるメディエーションのための社会的基盤創設の展望
→アメリカでは市場で提供されているが、品質や供給不足が懸念される
→ユーザーには選択肢が多い方が望ましいので供給者の量と質の確保が条件になる
→日本ではADR(裁判外紛争解決手続)制度があるが行政との仲介は荷が重いのでは
→対行政での顕在需要がないのでアメリカのような自然発生は期待しがたい
→法律や地方の条例による義務化、免許制度なども考えられるが、まずは実証実験から
→資金、質、中立・公正・公平性の確保が必要(
略)

・第三者機関が機能を発揮するための条件
(略)
・市民・住民の変容を促す第三者の役割
(略)
・行政の裁量行為・処分の適正化に果たす
第三者の役割(略)

第8章より
・アダム・スミスの公平な観察者としての第三者
・ボイラー事故から石谷清幹が着目した第三者の役割

・公務員(と町内会・PTA・ボランティア活動などにミッションを感じる市民)への提言
→自分の心中の「公平な観察者」の声に耳を貸して第三者意識を抱きながら公共的活動に
取り組んでほしい、ということに尽きる・・・

・主体的な生き方から地域協働社会の構築へ
→メディエーションはステークホルダーが主体的に考え行動して、あるいはメディエーターが
そのようにステークホルダーを変容させて、はじめて成功裡に終わる
→それぞれが主体性を確立したとき、協働による地域社会構築の歩みが着実に始まる

・リサイクル・循環・想像力・第三者・・・
→近年の廃棄物政策は、自然の物質循環にできるだけ沿って取り扱う、という考え方
→自然循環を守る取り組みが人々の生活を持続可能にする(森里海連環学)
→原発は自然循環に沿った技術とはみなしがたく、社会の循環、関係の輪に納まっていない

終章より
・各アクターの変容と特徴
→市民は学習で短期に変容し、その方向の大きな要素は情報
→行政は市民の変容が社会に定着することで変容するが短期ではない
→行政を有効に機能させるのは第三者も含む市民の力

・第三者の登場と新たな役割
→市民に信頼される公平な第三者(機関)が一般的になれば、行政にとってもメリットが大きい

・市民と行政が一定の変容を遂げ第三者が活躍する将来の社会(略)

・序章での問いかけ(
近隣に廃棄物処理施設が建設されると聞いたら、あなたはどうするか)
→その答えの選択肢の中に、公平な第三者機関があったとすれば・・・

・市民との協働を行政の「しがらみ」の中に取り入れた地方政府は現に存在するので、
その中から第三者機関の創出を主導したり、地域で生まれた第三者機関を利用したりする
行政機関が現れる可能性はある
・公共の衆議の場を24年間も提供し続けている市民もいるので、市民主体で第三者機関が
芽生える可能性もある

・なのでモデルケースとして第三者機関が設立されることは非現実的な想定ではない
→モデルケースは地方政府
の相互参照(情報交換)で全国に広がり、やがて国も動く
→それで新たな社会のステージが開ける・・・(これは強い願望を込めて・・・)


・・・


いやあ、実例や
古今東西の文献が網羅されてて、じつに濃い内容でした
惹句にもあったとおり、特に第三者(機関)の役割という観点は目からウロコでした

わたくしも著者とは別の「枠組み」で公共政策を実施していた際に、市民との対立や市民同士の
対立を経験し、当時の都市問題の研究者や比較的冷静だった支援ボランティアの方などと
議論していて、なるほどそういう考え方もあるのかと納得したことは何度かあり、その一部は
政策にも反映できましたが、やはりその件に関係する「行政のしがらみ」や「市民文化」を
変容させるまでには至りませんでした。
あの場に、お互いが信頼できる公平な第三者機関があれば、どうなっていたか・・・

すでに何度か書いてますが、わたくし文明史にも興味があり最近はこんな本を読んだりしてて、
国家・農耕・文字・
市民・奴隷(今なら旧植民地の労働者や非正規?)の誕生と、それらと同時に
生まれた専業の行政官との関係については、(やはり同時に生まれた)専業の神官(学者)との
関係とは異なり、イマイチよくわからなかったのですが・・・

行政の権力行使と市民との対立は都市国家の成立から現在まで続いており、個人の確立と
自由意志を前提とした国家(権力)→(社会契約説の理想社会?)などあり得ないと思ってたのが、
本著に何度も出てくる「市民の学習と変容による行政の変容」や、それに重要な役割を果たす
「公平な第三者機関」とゆーキーワードから、少しはその存在が見えてきました

国家や都市に束縛されない野蛮人(今ならグローバル企業のエリートとか?)と行政の関係も、
揺れ動く世界経済の仕組みのなかで、今後どう展開していくのか・・・
さらに新自由主義以降の行政の福祉政策や、ポピュリズムと行政の関係などなど・・・
まだまだ興味は尽きませんが、ともかく読み終えたので、まずは一杯・・・ぷしゅ



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2022年09月30日

虫を食べる植物展と・・・

1週間ぶりの記事更新となりましたが・・・

先週の土曜日、大阪・鶴見緑地にある「咲くやこの花館」で「虫を食べる植物展」を見学、
ひさしぶりに緑地内を散策し、じつにひさしぶりに京橋駅前で外呑みしてきました



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最終日の前日で混雑も予想されましたが、金曜日は台風接近で雨模様だったし・・・



と、台風一過の朝10時に大阪メトロ・鶴見緑地駅でwingさんと待ち合わせ、緑地へ・・・

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ミニベロ輪行したかったけど、wingさんが本格カメラ機材の際は乗らない主義なので・・・


緑地内をけっこう歩いて・・・

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ようやく「咲くやこの花館」に到着であります。ひいひい


まずは・・・

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熱帯雨林室へ・・・




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そう・・・

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特にウツボカズラはボルネオ島を中心に多くの種類が見られるのでありますね



サバ州のキナバル山には・・・

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巨大なネベンデス・ラジャも・・・まだ現地で見たことはないけど・・・



ちなみに展示されてたウツボカズラさんは・・・

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どれもかわゆいのばかりでした



で、洞窟っぽい展示コーナーに入ると・・・

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ラフレシアの標本とか・・・わたくしも咲いてるのを見たことはないけど・・・





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板根の標本とか・・・これ、カットして運んできたんですね・・・
ま、板根のデカいのは現地でいっぱい見ましたが・・・


以下、さくさくっと・・・

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熱帯雨林植物室以外にも乾燥地植物室や高山植物室、外部庭園なども廻りましたが、
何せ台風一過の晴天でけっこうな暑さだったし、熱帯雨林に長居し過ぎたので・・・


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南極大陸と




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北極圏へ・・・さすがに涼しかったです


天井もとい夜空を見上げれば見事なオーロラが・・・

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なんか、グヌン・ムル洞窟のツチボタルのようにも見えますが・・・


ちなみに中央ホール?では週替わりで販売会が開催されてて・・・

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ちょうどこの日は、蜜林堂さんが出店されてました・・・

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ハリナシバチの蜂蜜以外にも、ラフレシア・(アクリル)タワシとかヒヨケザル・マスクとか、
様々なボルネオ・グッズも販売されてました。

コロナ禍で大変でしょうとお訊きすると、イベントは減ったけど逆に自宅での飲食が増え、
通販で試してみて愛飲される方も増えてますとのことで、なによりでした。



さらにちなみに、今回の展示には・・・

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ボルネオ保全トラスト・ジャパンさんも協力されてるんですね・・・



と、あちこちふらふらしてるとお昼を過ぎてしまったので、とりあえず・・・

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館内のレストランで・・・




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軽く慎ましく昼食宴会・・・げふっ


と、まったりと食事後に外に出てみると・・・

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湿気こそ少ないものの熱帯雨林室以上の暑さになってました・・・ひいひい


ま、芝生広場では、こんなイベントをやってたので・・・

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ひいひい言いながら覗いてみると・・・

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なかなかよさげな展示もあったのですが・・・




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直射日光下を端まで歩く気力はなく途中から引き返しました


で、大池の木陰でソフトクリームなんぞを舐めつつ、wingさんは・・・

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カワセミを狙っておられました

わたくし「望遠やないと・・・」と、某テレビドラマでは言えなかったセリフを呟きましたが、
彼のレンズは800mmの超望遠でした・・・うぐぐぐ



せっかくなので、わたくしも新機軸の600mmレンズでカワセミをば・・・

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ハシブト・カワセミとか・・・





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クビナガ・カワセミとか・・・




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ヨチヨチ・カワセミとか・・・




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コスプレ・カワセミとか・・・



そう、

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鶴見緑地の国際庭園・山のエリアはコスプレ撮影ポイントのひとつなのでありますね


と、カワセミ撮影はあきらめ、市内最高峰・鶴見新山への初登頂を目指したのですが・・・

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こちらも風車の丘あたりで息切れしてきて・・・ひいひい



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噴水広場から鶴見緑地駅まで戻り、大阪メトロに乗って一気に・・・



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ニューヨーク?もとい京橋駅前へ・・・じゅるじゅる


まだ陽は高かったのですが、駅前の飲み屋街を徘徊して・・・

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はじめての居酒屋へ・・・


で・・・

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軽く生ビールセットだけ・・・にするつもりが・・・



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誰かさんが次々と追加してたようですね・・・どっとはらい


じつにひさしぶりの鶴見緑地と咲くやこの花館で、じつに楽しかったのですが、やはり
ウツボカズラやラフレシアはボルネオ島の現地で見たいですし、カワセミもボルネオで
きちんと撮りたいものです。
リンク記事の
カワセミはナイトクルーズでの安物コンデジ撮影だったし・・・

そう、来年こそはコロナ禍が収まって気軽に行けますように・・・



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2022年09月22日

反穀物の人類史(本章メモ)

ようやく前回記事からの続き・・・

そう「反穀物の人類史~国家誕生のディープヒストリー~」

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の本章(1章~7章)からの読後メモであります
やっと全章を読み終えましたが、じつに濃い内容でした

序章メモと重なる内容
は省略してますし、わたくしが興味を持った部分だけのメモなので、
少しでも興味を持たれた方には本書の熟読をオススメします


1章「火と植物と動物と」より

・南アフリカの古い洞窟遺跡
→古い層には大型ネコ科動物の全身骨格と歯形が残されたホモ・エレクトスを含む動物の骨片が、
→新しい層には炭素堆積物(焚火跡)がありホモ・エレクトスの全身骨格と(
大型ネコ科動物を含む)
様々な動物の(齧った跡のある)骨片が・・・
→これは火の使用により関係が逆転したことの証拠

・火を使い獲物(動物・植物)を得やすい環境に作り変えた(景観修正)
→アマゾンやオーストラリアの環境も人類の火が影響してるが
北アメリカでは大規模だった
→その後ヨーロッパ人がもたらした疫病により先住狩猟採集焼畑民が壊滅して森林が広まった
→1500~1850の小氷期は、この森林化により大気中のCO2が減ったことが原因との説もある
→ニッチ構築で狩猟採集しやすいよう作り変えられたところでは極相林がなくなっている

・調理
→火を使った調理で消化が外化され消費カロリーは減り、多様な食物を食べられるように
→大地溝帯の23000年前の遺跡からは20種類の動物、16種類の鳥類、140種類のフルーツ、
ナッツ、豆類のほか、医療や工芸用の植物も見つかっている
→火で柔らかく調理することで離乳が容易になり、老人も食べられるように
→脳の拡大と炉床・食事の残骸とは適合し、このような変化は他の動物でも知られている
→食習慣と生態的地位の劇的な変化があれば僅か2万年ほどで変化する

・集中と定住→「湿地仮説」
→降水量の少ない土地で収穫するには灌漑しかなかった説→大規模労働力→国家形成???
→ところが最初の大規模定住地は湿地帯で、穀物ではなく狩猟採集、灌漑より排水だった
→自生植物や海洋資源だけでも人口は増え定住している
→ユーフラテス下流は氾濫原
→毎年、自然に種子が拡がり畑になり野生草食動物の餌も茂る
→なので生業資源は多様で量も豊富、安定していて回復力もあった
→狩猟採集民や遊牧民にとっては理想的だった

→大型の獲物を狙う狩猟採集民より、植物・貝・フルーツ・ナッツ・小型魚など栄養下位の
食物を摂取する狩猟採集民は移動が少なくてすむ
→メソポタミアの湿地帯には栄養下位の食物が豊富で、早い時期に多くが定住した
→農業するリスクより安定的で回復力があり、毎年ほとんど労働なしに再生可能だった
→ただし移動性の獲物を狩る短期間だけは労働力不足になり、その間は24時間働く
→毎日働く農耕民とのリズムの違い
→湿地帯は水上輸送、交易にも有利(陸路は輸送が高価で困難だった)

・なぜ(湿地帯への集中と定住については)無視されてきたか
→歴史的な主要穀物と文明(国家)の消しがたい結びつきから
→文書記録が一切ないから
→環境面での中央集権化、階級構造に抵抗し続けた歴史だから?
(メソポタミアだけでなくイエリコ川、ナイル川下流、杭州湾、インダス川、東南アジア各地、
メキシコやペルーの高地遺跡も、当時は豊かな湿地帯だった)

・ギャップに注目する
→作物化・家畜化から農耕・牧畜社会まで4000年のギャップがあるのは何故か
→遊牧も農耕も狩猟も採集もハイブリッドにおこなっていたから
→リスクを冒してまで労働集約的な農耕や家畜の世話だけに依存する理由がなかったから
→単一の技術や食料源に特化することを避けることが、安全と相対的な豊かさを保障する
最善の方法だったから

・そもそもなぜ植えたのか
→氾濫農法は狩猟採集や焼畑での火の利用と同じで、
最も労働力を節約できたから
→これなら「知的だが作業嫌いな狩猟採集民」でも採用するだろう


2章「世界の景観修正」より

・狩猟採集と農耕を隔てる、歴史以前と以後を隔てる、野蛮と文明を隔てる一線は存在しない
→ホモ・エレクトスが種子やイモを土壌に埋めた瞬間のほうが大事なイベント
→景観(環境)を修正する種はほぼすべての哺乳類や社会的昆虫などにも見られる
→ホモ・サピエンスの低強度の園耕は火のおかげで数万年かけて景観(環境)に影響した
→特に大きく変わったのはアマゾン氾濫原で、人為的な森林になった
→野生の植物や動物の生産性などを向上させるテクニックは昔から何百とある(略)
→ホモ・サピエンスは環境全体を(産業革命までは火により)飼い馴らしてきた

・完全栽培は他の選択肢がなくなり始まった説
→人口増加、野生植物・動物の減少、圧制などで仕方なく作業量を増やして農耕に・・・
→エデンの園からの追放物語・・・
→経済的な説だが、少なくともメソポタミアや肥沃な三角地帯での証拠とは整合しない
→耕作が始まったのは限界に達した地域ではなく最も豊かだった地域
→初期の農耕が狩猟採集の消失を伴ったという証拠もないが、満足できる代替説はまだない

・飼い馴らし(ドムス)の語源は「住居」だが、他に類をみないもの
→初期定住コミュニティでは数あるテクニックのひとつだったが穀物と動物の飼い馴らしへの
依存が高くなったことで、景観(環境)修正が量的変化した
→耕地、種子や穀物の蓄え、家畜動物が密集し、他の(片利共生も含む)生物も集まった
→ホモ・サピエンスも含み全てが形質転換された
→家畜化されると早く成熟するが幼形成熟になり脳が小さくなる(養殖魚も)
→脳で特に影響を受けるのは辺縁系(危険反応など)で、他にも多くの影響が・・・(略)

・ホモ・サピエンスも定住化により自己家畜化した→動物と相似プロセス

・狩猟採集民は短期間で集中的な活動で自然のリズムに合わせたもの
→どの活動にも多様なツールキットと技術と知識が必要(集合的記憶と口承で保存される)

・植物の作物化は義務的な年々のルーチンと一定パターンの協力協働を要求する
→ホモ・サピエンスが農業へ踏み出したことで、我々は「禁欲的な修道院」に入った
→そこでは植物に組み込まれた注文の多い遺伝子時計が常に我々の勤業を監視している
→特定種の耕作植物(と家畜動物)の繁栄のために重労働させられている

・初期の中東で穀類が主食として確立されると農事暦が儀式生活の大半を決定するようになり、
喩えにも穀物や家畜に関するものが急速に増えた→旧約聖書など
→多種多様な野生植物を一握りの穀草と交換し、僅かな種の家畜のために広範な野生動物を
手放したという強力な証拠・・・

・飼い馴らしは文明へのブレイクスルーとされるが、自然界への注意力と実践的知識を縮小
させたこと、食餌の多様性が乏しくなったこと、空間が小さくなったこと、そしておそらく
儀式生活の幅が狭まったことを意味している・・・


3章「動物原性感染症」より

・苦役とその歴史
→半農半牧は国家登場のはるか前にメソポタミアと肥沃な三日月地帯の大半に広がっていた
→氾濫農法の適地を除き、なぜ狩猟採集民は苦役を選択したのか
→野生植物が少なくなり、近隣との敵対もあって移動も制限されたからとする説
→証拠からも論理からも異論がある
→6000年かけて生業が強化されたという知的に満足のいく物語
→栄養価の高い大型獣が乱獲によって減り人口圧もあり他の資源を活用せざるを得なくなった説
→ところが農業革命は人口圧の少ない環境で起きている
→人口圧が高まったのは3000~4000年後で農業の発達と一致する
→後回しにされたのは作業の手間と農地は労働集約的なだけでなく脆く壊れやすかったから

・後期新石器時代の複数種定住キャンプ
→人口は紀元前1万年で推定400万、紀元前5000年でも500万、その後の5000年で1億に
→紀元前1万~5000年の間に技術進歩したのに滞ったのは、この間の致死率が最も高いから
→定住農耕で慢性急性の感染症が集中し繰り返し壊滅的な打撃を与えた
→伝染病は新石器農業革命の群集状態で初めて可能になったもの
→伝染病は密集するキャンプの家畜や作物も同じ→全滅すれば人口も激減する
→作物栽培が拡がる以前の定住だけでも群集状態はあり伝染病には理想的・・・
(中略)
→疾患をさらに悪化させたのは農業化による必須栄養素の不足
→同時代の農民と近隣の狩猟採集民を比較すると身長で5cmの差があった
→狩猟採集時代の地層で特定可能な142種の植物のうち118種を狩猟採集民が消費していた
→農民は炭水化物に偏り必須ビタミンもタンパク質(特に脂肪酸)も少なく・・・
(中略)
→新石器時代の農業は集中で格段に生産力が上がったが狩猟採集と比べると、はるかに脆弱で、
移動耕作(移動性と多様な食料依存の組み合わせ)にすら劣っていた
→それが覇権を握り世界の大半を作り変えたのは、ほとんど奇跡だったのである

・農耕生活が生き残り発展した端的な答えは定住それ自体にある
→定住農民は前例がないほど繁殖率が高く死亡率の高さを補って余りあるほどだった
→狩猟採集民が定期的に野営地を動かすことを考えると子どもを作るのはおよそ4年ごと
→激しい運動とタンパク質豊富な食事は思春期を遅らせ閉経を早める
→定住農民は定住で初潮が早まり排卵が促進され生殖寿命も延び、短期間に子どもを多く作れ
穀物食で子どもの離乳が早まり、子どもの労働力としての価値が高くなる
→これらの5000年間の差、免疫を持った農民との差、やむを得ずの農業選択・・・
→新石器時代の農業コミュニティは洪積層低地に(非定住民を犠牲にして)広がっていった


4章「初期国家の農業生態系」より

・萌芽的な国家は、後期新石器時代の「穀物とマンパワーのモジュール」を活用して、
支配と収奪の基盤とすることによって生まれた
→新石器時代の農業複合体は国家形成の必要条件であっても充分条件ではない
→定住農民が国家を作らず灌漑することは珍しい事でもなかった
→しかし国家らしきもので洪積層の穀物農民に依存していないものはなかった

・この本では国家を「税の査定と徴収を専門とし単数もしくは複数の支配者に対して責任を負う
役人階層を有する制度」として、
「明確な分業があって高度に複合的かつ階層的な階級社会での行政権力の行使」として考える
→バビロニア、シュメール、ギルガメシュ・・・ウルクが先駆けで20の都市国家・・・
(ウルクの詳細は略)
→自立していた耕作民が国家に集められた説明で説得力があるのは気候変動説
→急激な乾燥による水路周辺への集中=都市化、灌漑、運河へのアクセス・・・
→水不足は水の豊かな場所に人口を押し込め、狩猟採集などの代替存在を減少消滅させた
→気候変動により都市化が強要され、国家形成に理想的な「
穀物とマンパワーのモジュール」
が強化された
→結果として乾燥が人を集め穀物を集中させて国家空間に送り込んだ
→これには豊かな土壌と水、人口増を可能にする収容力が必須
→最適な環境下で紙一重で国家が生まれても、洪水・害虫・病気など何が起きても一掃され、
初期国家はきわめて短命だった

・群集状態の新石器時代複合体はそれだけでも危険だったが、国家が重なり脆弱性と不安定性に
新たな層が加わった
→税と戦争で農民は飢え、初期の国家は恩恵より生存への脅威を追加するものだった

・古代国家はすべて農耕国家で非生産者が収奪可能な余剰が必要になる
→輸送力を考えると耕作可能地と人間を可能な限り小さな半径に集めること

・農業地理
→メソポタミア、エジプト、インダス川流域、黄河流域・・・
→国家は豊かで多様な湿地帯の下流域ではなく耕作農業の上流域で発生した
→狩猟採集民とその収穫物は支配できなかったから

・穀物が国家を作る
→穀物だけが課税の基礎となり得るから(序章メモ参照)

・壁が国家を作る
→防御と閉じ込め
(序章メモ参照)

・文字が国家を作る
→小農にとっては国家の(理解を超えた)文書こそが抑圧の源だった
→なので反乱の最初に行うのは文書記録事務所への焼き討ち

→紀元前3300~2350にメソポタミア南部の権力者集団が権力構造の規模を拡大し制度化した
→多くの耕作者や労働者が数えられ、課税され、徴兵され、従属させられた
→文字が初めて登場したのはこの頃

→数値的な記録管理の体系的な技術がなければ、最初期の国家すら想像できない
→収奪の第一条件は利用可能な資源(人口、土地、作物収穫、家畜など)の一覧表
→収奪が進展すれば継続的な記録管理が必要になる
→記憶や口承を越えた、何らかの表記法と情報管理

→メソポタミアではほぼ簿記目的だけで文字が使われていた
→500年以上も経ってから、ようやく文章など「文明の栄光」としての文字に
→ギルガメシュ叙事詩は紀元前2100年まで遡るが、これは楔形文字が国家と商業の目的で
最初に使われてから1000年後・・・
→紀元前3300~3100頃の粘土板の解読からは頻度の高い順に、配給・税としてのオオムギ、
戦争捕虜、男女の奴隷・・・
→労働、穀物、土地など各単位を扱うのに必要な標準化、抽象化には標準となる術語体系の
発明が不可欠で、文字ですべてのカテゴリーを表し、文字で規範が創造され全土で強制され、
文字それ自体が距離を破壊するテクノロジーとなり、小さな領土全域を支配した
→中国でもメソポタミアでも文字は話を書き記すものではなかった(略)
→文字は税との結びつきが強く国家以外では抵抗されたのでは・・・
→文字に備わった抑圧的な指令構造を少なくとも500年は回避できたのだ・・・


5章「人口の管理」より

・初期国家では人口の獲得と管理が中心的関心事
→肥沃で水の充分ある沖積層を支配しても生産させ収奪しなければ意味がないから
→国家が生まれる前は、その資源を管理する集団の成員の誰もに開かれていた
→強制も資本主義的蓄積の機会もないので、重労働を増やす理由はなかった
→家族に働く者が増え被扶養者が減ると、必要量が確保された時点で作業量を減らす
→農民はわざわざ余剰を生産しないので生産させるには強制が必要
→初期国家が形成されたときには生産手段がまだ豊富にあり独占されておらず、
強制労働でしか余剰はもたらされなかった
→強制労働で余剰を最大化したいが逃避リスクとのバランスをとる必要があった
→生産手段(土地)の管理だけで余剰が引き出せるようになるのは世界が完全に占領され、
生産手段が私的所有されるか国家エリートが支配するようになってから
→自主耕作や採集などの選択肢があれば強制労働だが、それを取り上げれば働くしかない

・(特別な条件を除けば)農業も戦争もマンパワーに依存したものだった
→最も人口の多い国家が一般的には最も豊かなのが普通だった
→戦争の勝利品は領土ではなく捕虜で、人口を国家以外から得ることが戦争目的
→逃亡や死亡が多く、それまで課税も規制もされなかった人たちを囲い込んでいった

・国家と奴隷制
→奴隷制は国家の発明ではなく様々な形で存在していたが初期国家がスケールアップした
→軍事遠征では奴隷の略奪が主目的

・メソポタミアの奴隷制と束縛
(略)
・エジプトと中国
(略)
・「人的資源」戦略としての奴隷制
(略)

・略奪的資本主義と国家建設

→成功した遠征の勝利の記述で勇猛さを述べた後は戦利品の量と価値、とりわけ家畜と捕虜
→こうした戦争の大多数はマックス・ウエーバーの
略奪的資本主義の概念が適応できる
→利益を目的とした軍事遠征は、ある種の共同出資事業で事業内容が略奪
→初期の国家にとって略奪品とりわけ捕虜を手に入れることは重要な目的だった
→奴隷が(スキルを持った少数を除き)最も劣悪で危険な労働に集中していた事実
→国家が自国民から抽出すれば逃亡や反乱が起こるから

・メソポタミアの
奴隷制および束縛の特殊性(略)
・飼い馴らしと重労働と奴隷制に関する推測的覚書(略)


6章「初期国家の脆弱さ」より

・国家の前に5000年(日本やウクライナでの農耕以前の定住を含めれば7000年)におよぶ、
散発的な定住があったし、定住と放棄が繰り返された場所も多い
→その理由(略)

・初期国家の罹患率→急性疾患と慢性疾患
→病気→過度の定住、移動、国家(略)
→国家は同じ危険に加え特有の脆弱性も持っていた・・・
(序章メモ参照)

・政体の消滅→戦争とコアの搾取
→戦争も奴隷制と同じく国家の発明ではないが、やはりスケールアップしたのは国家
→獲物は壁に囲まれ人と家畜と備蓄を備え、余剰を生み出す「穀物コア」
→敗戦国はほぼ文字どおり「消滅」した→「崩壊」

・崩壊万歳
→様々な理由による国家の崩壊→巨大建築や宮廷記録がなくなり分散しただけ
→国家崩壊後は暗黒時代と呼ばれるが、分散は国家支配下での集中定住負担(課税、伝染病、
凶作、徴兵など)の軽減だけでなく平等主義の先駆けにもなり、暗黒時代ではない
→真の暗黒時代は国家を持たない狩猟採集民が穀物コアでの密集から生まれた病気と接触し
壊滅的な打撃を受けた時代、19世紀まで続いた無国家民を奴隷としてかき集める時代


第7章「野蛮人の黄金時代」より(全体の概要は
序章メモ参照)

・初期国家は権力基盤である労働力と穀物の密集を支えるのに充分な水と豊かな土壌のある
「スイートスポット」のみに存在し、世界の大部分は国家から見た「野蛮人」や「未開人」が
治めるゾーンだった→野蛮人とは単に国家を持たない人びと

・文明とその野蛮な周辺部(略)

・野蛮人の地理、野蛮人の生態系
→国家の
課税、伝染病、凶作、徴兵などから脱出した多くは野蛮人になった
→国家が存続すればするほど辺境への難民も多くなる→特に機能停止、空白期
→脱出により安全・栄養・社会秩序の大幅な改善があった→自発的な遊牧民化も多い
→国家周辺の野蛮人の大多数は政治難民、経済難民
→脱出は反乱よりは危険性の少ない救済への道だった

・部族
→部族とは国家による行政上のフィクションであり、反意語は小農(国家の臣民)
→国家への脅威として匈奴、モンゴル、フン、ゴートなどの部族が歴史書に登場するが、
ローマ帝国や唐王朝にとって部族は地域的な行政単位であり、人の特徴とは無関係
→部族名の多くは地名で行政目的は首長か指導者を見つけるか指名して責任を負わせること
→カエサルの進化論のように部族が国家に進歩したのではなく、国家が部族を発明した

・略奪(狩猟採集の一形態)
→略奪を繰り返せば定住地や交易路が消滅してしまう
→みかじめ料へ→見返りに他の略奪者から守る
→定住地から余剰物を抽出し攻撃から基盤を守るのは古代国家の収奪プロセスと同じ

・交易ルートと課税可能な穀物コア
→穀物コア以外の商品(鉱物資源や野生資源など)は国家では価値が高い
→周縁地域が高価値商品の産地となり交易が儲けの大きい商業活動に
(例→紀元9世紀に中国と東南アジアの交易が大きくなると、ボルネオの森林での狩猟採集が
爆発的に増え、交易を願う森林狩猟採集民であふれかえった)
→交易の拡大により野蛮人政体は各穀物国家を結合する細胞組織となった

・闇の双生児
→国家民と無国家民、農耕民と狩猟採集民、文明人と野蛮人は、実態でも記号としても双生児
→自分たちは進化した側だと認識してきたのは国家・農耕・文明人だが、じつはペア
→騎馬民族と定住国家も農業余剰物をめぐる最強のライバル同士だが、じつはペア
→略奪の変わりに協定で利益の一部を受け取る合同主権形態(匈奴・ウイグル・フンなど)
→遊牧民が征服して支配する形態(元・清・オスマンなど)
→野蛮人が傭兵となり他の野蛮人から守る形態(拡大する国家の軍事部門の一部に)
(カエサルのガリア兵、ロシアのコサック兵、ネパールのグルカ兵など)
→野蛮人の同盟は宿主である国家が崩壊するとたいてい消滅する
(匈奴と漢、チュルク系と唐、フンとローマ、海の民とエジプトなど)
→国家の歴史書は公平ではないので、それぞれのペアの歴史はわからない
→遊牧民の中央集権化の度合いは近隣の農耕文明の広がりと正比例する

・黄金時代だったか?
→国家の覇権が明確に見られるようになるのは紀元1600年頃から
→8~11世紀のバイキング、14世紀後半のティムール、オスマンの後継者による征服が終わった時期
→それまでの世界人口の大部分は国家から見れば「野蛮人」
→定住農業に伴う階層的な社会秩序や国家に従属することも飼い馴らされることもなかった
→生業の幅は広く特に女性は健康で長生きし、有利な条件での交易で余暇も増え、農民との
余暇⇔苦役比率では、さらに大きな差がついていた
→ただし国家への交易品の多くは他の「野蛮人」で、捕食の連鎖のようなものだった
→同じ野蛮人を犠牲にして国家の中枢部を強化することになった
→さらに自分たちの軍事技術を傭兵として国家に売った
→野蛮人の軍隊は国家を略奪するのと同じぐらい国家建設にも関わっていた
→奴隷狩りによって国家のマンパワー基盤を補充し、軍事面で国家を守り拡大させることで、
野蛮人は自ら自分たちの墓穴を掘っていったのである・・・





学生時代に習った国家や文明の起源とは異なる新しい視点で、まさに「目からウロコ」でした
メソポタミアはじめ世界各地の遺跡の発掘調査とかが、わたくしの学生時代に比べたら、
はるかに進んで、今や多くの新事実が明らかになってきてるんですねえ・・・

ま、わたくしが習ってから半世紀ちかく経ってるので、当然といえば当然でしゅか・・・



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2022年09月19日

反穀物の人類史(序章メモ)

とーとつですが・・・
「反穀物の人類史~国家誕生のディープヒストリー~」のご紹介であります

文明史にも興味のあったわたくしには、じつに読みごたえのある本でした


表紙カバー

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裏表紙カバーにあった惹句

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そう、前々回記事「食べものから学ぶ世界史」の中で紹介されてて借りてきた本です




著者、発行所、発行年月日などは奥付のとおり

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著者と訳者の略歴

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目次

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前々回のジュニア新書とは異なりハードカバーの専門書で、読破やメモに時間を要しており、
とりあえず今回は序章のみのご紹介であります

ちなみに序章の後半に「本書の手短な行程表」というガイダンスみたいなのがあったので、
ここだけでも本の概要ぐらいは理解できるかも知れません・・・

以下、例によって思いつくままのメモですので、正しくは本書をお読みくださいね


序章より
・どんな経緯があって、ホモ・サピエンスはこんな暮らしをするようになったのか
→家畜や穀物と一緒に密集して定住するようになったのはごく最近
→この鋳型は増強されながら化石燃料の利用まで6000年かけて広がってきた

・メソポタミアに最初の農業社会・国家が誕生したのは種の歴史の最後の5%
→化石燃料の時代はさらに0.25%だが、
→その影響は大きく地質学上「人新世(アントロポセン)」という別の時代に分類されている
→いつから
人新世になったかは議論(産業革命・化石燃料・ダム・核使用など)があるが、
→火の使用とすると40万年以上前でホモ・サピエンス以前
→定住・農業・牧畜で変容させたとすれば12000年前
→いずれにしてもヒト科動物の絶対数が少なかった時代

・国家と文明の物語のパラドックス
→ホモ・サピエンスの登場は20万年前でティグリス・ユーフラテスには早くても6万年前から、
植物栽培と定住の最初の証拠は12000年前から
→その4000年もあとになって小規模な国家(階層化・税・壁)が生まれている
→作物栽培と定住が確立すれば国家・帝国が生ずるというのが今までの通説
→農業・定住を拒絶した人々は無知だったか適応できなかった野蛮人という神話
→カエサルの「社会は家族⇒親族⇒氏族⇒民族⇒国家と進化する」という物語
→トマス・ホッブス⇒ジョン・ロック⇒フリードリヒ・エンゲルス・・・と展開する教義
→しかし永続的な定住(病気や国家支配)に抵抗した膨大な証拠がある
→少なくとも人類が定住を熱望していたと考える正当な理由はない
→狩猟採集民が食生活・健康・余暇の視点からは優秀で、農耕民が劣っているという事実
→農耕以前の環境でも生態学的に豊かで多様な場所には定住も町もあった
→現在でもアナトリアの野生小麦を3週間だけ石鎌で採集すれば家族が1年食べていける
→完全な野生でも作物でもない植物の栽培が3000年以上続けられて作物に→農耕
→近東の村々は植物を作物化して動物を家畜化、ウルの都市制度は人間を家畜化した

・国家の正しい位置づけ
→400年前まで地球の1/3は狩猟採集民・移動耕作民・遊牧民・独立園耕民が支配していた
→国家は本質的に農耕民で構成され、ごくわずかな耕作好適地に限られるので世界人口の大半は
農耕の発明から最近(400年前)まで6000年以上、税に関係なく国家の空間を出入りして、
生業様式を切り換えることができた
→国家は壊れやすく季節限定で定数ではなく変数だった
→初期国家の脆弱性の大きな要因は病気だったと考えている


(本書の手短な行程表)

第1章「火と植物と動物と・・・」のテーマ
・火の道具化・植物の作物化・動物の家畜化と、そうした飼い馴らしによって可能となった
食料と人口の集中
→国家形成には餓死しないという合理的な予測の人間が集まるか集められる必要がある
→この飼い馴らしによって自然界は再構成され食事の範囲は縮小した
→農耕は狩猟採集より重労働で健康にもよくないので、飢えや危険や抑圧で強制されない限り、
狩猟採集や遊牧を捨てて農耕に専念するものはいない

第2章「世界の景観修正」のテーマ
・植物と人間、動物それぞれにとっての「飼い馴らし」の意味を探っていく
→ホモ・サピエンスが望むように環境全体を形作っていこうとする現在進行中の努力
→濃い
人新世(アントロポセン)は原爆投下からと考えられているが、
→薄い
人新世(アントロポセン)はホモ・エレクトスが火を使い始めた50万年前に始まり、
→農業や放牧のための開墾や伐採で拡大し、結果として森林破壊とシルトの堆積をもたらした
→火と植物、草食動物の飼い馴らしによる地球環境への影響
→遺伝子構造と形態を変え、新しい適応が進んだ
→過密状態によって人類も飼い馴らされてきた道のり・・・
→主要穀類に縛り付けられた農耕民の生活世界と狩猟採集民の生活世界の比較
→農業生活は経験の幅が狭く文化的にも儀式的にも貧しい

第3章「動物原生感染症」のテーマ
・最初期の国家で非エリート層にのしかかった生活の負担
→第一は重労働
→氾濫農耕は別にして農業は狩猟採集より手間がかかる
→何かの圧がかかるか強制されない限り農業に移行する理由などない
→第二は密集による疫学的影響
→人間、家畜、作物のおなじみの感染症は初期国家で初めて現れたもので、
→最初期の国家の大半は流行病によって崩壊した
→もうひとつの疫病は「税」で、初期国家はどのように人口を集め維持し増やしたのか

第4章「初期国家の農業生態系」のテーマ
・「穀物仮説」
→ほぼすべての古典的国家が雑穀を含めた穀類を基礎としていた(イモ国家はない)
→集中生産・税額査定・収奪・地籍調査・保存・配給のすべてに適していたから
→イモは地中で育ち、隠せて、世話も要らず、腐らず2年は食べられるが、必要な際には
現地で掘り出し運ぶ必要があり重く、税からすれば最低ランクになるだろう

→国家形成が可能になるのは作物化された穀物が食生活を支配し、変わるものがない場合
→豆類は栄養価が高く乾燥保存可能だが無限成長し収穫期がなく税査定できない
→穀物適応地は人口集中適応地で国家適応地だが、灌漑を発明したのは国家ではない
→以前に確立されたものを拡大し環境を変え、課税対象とならない生業を禁止した

→コムギ・オオムギ・コメ・トウモロコシは今も世界カロリー消費の半分以上を占めるが、
→大半の初期国家の類似点としては課税可能な穀物を栽培する画一的環境を作り出すこと、
→その土地に大規模な人口を維持して穀物生産・賦役・兵役に当たらせること
→生態学上、疫学上、政治上の理由により達成されないことが多いが、国家の見果てぬ夢・・・

・それにしても国家とは何か・・・
→わたしが考えているのは初期メソポタミアの国家になりつつある政体群
→国家らしさ(王・行政スタッフ・階級・センター・城壁・税の徴収と分配)があればいい
→ウル第三王朝以前にも町の集合体のようなものはあったが、国家らしさの定義次第・・・
→国家が興るのは生態学的に豊かな地域というのは誤った理解を呼び、必要なのは富
→その富とは収奪と測定が可能な主要穀物と育てるための人口

→湿地など多様性に富んだ地域では移動性の人々に多様な生業を与えるが、判別が難しく
多様で一過性なので、国家を作ろうとしてもうまく行かない
(小規模にはラテンアメリカ植民地の居留地や単作プランテーションのバラックの例)

第5章「人口の管理」のテーマ
・古代国家の樹立と維持にあたっての強制の役割に影響するので重要
→最初期の国家形成が主として強制による事業だったとすれば・・・
→ホッブスやロックのような社会契約論者の国家観(市民平和・社会秩序・恐怖からの自由)
の見直しが必要になる

→初期の国家は人口維持に失敗したところが多い
→しかし強制力を振るっていた(非自由労働・奴隷・強制移住など)圧倒的な証拠がある
→富の一形態(労働力)として繁殖も含め管理していた
→古代世界で奴隷制が頂点に達したのは古代ギリシャと初期ローマ帝国で完全な奴隷制国家
→(南北戦争前のアメリカ南部もこれに当たる)
→メソポタミアや初期エジプトではそれほどではなく別形態の非自由労働で、逃亡や失踪に
言及されており、万里の長城も蛮族を入れないためと納税者を出さないためとも・・・
→初期の国家が奴隷制を法制化し組織したことは間違いない

第6章「初期国家の脆弱さ」のテーマ
・脆弱さの理由とその大きな意味をどう理解するか
→原因は複数あり滅亡すれば記録も書けないから文書記録は助けにならない
→強調するのは農業生態自体が持っている内生的な原因
→旱魃や気候変動などの外生的な原因は明らかだが、内生的な原因として、
1.作物と人と家畜(と付随する寄生虫や病原菌)の集中による作物も含めた伝染病
2.都市化→
河川流域国家の上流部での森林破壊と洪水
3.集中的な灌漑農業→土壌の塩類化による耕作放棄
→「国家の崩壊」はもとの構成要素に戻っただけで文明は続くのだから混同してはいけない
→政治秩序の単位は大きい方がいいと決めつけるのもよくない

第7章「野蛮人の黄金時代」のテーマ
・初期国家の時代には国家の臣民よりも野蛮人の数が多く、地球の居住可能な地域の大半を
占有していた
→英語のバーバリアンはギリシャ語が語源、捕えた奴隷以外にも文明化されたエジプト人など
隣人にも用いられ、自分たちと国家の外にいる者を区別するために使っていた
→国家の脆弱な時代は野蛮人にとってはいい時代
→野蛮人ゾーンは国家の農業形態の鏡像となる
→狩猟・焼畑農業・貝類の採集・採食・遊牧・イモ類・自生していれば僅かな穀類のゾーン
→物理的な移動ゾーンで、混合的で移動性の生業戦略ゾーン→判読不能な生産
→野蛮人は文化上のカテゴリーではなく政治上のカテゴリー
→国家によって管理されていない人びとを指し、フロンティアは税と穀物の領域が終わるライン

→最初期の国家は無国家民に比べて脆弱で獲物になったが、略奪より交易が大きかった
→金属鉱石、材木、皮革、黒曜石、蜂蜜、薬草や香草などを提供できたのは多様性に富んだ
環境に広く暮らす野蛮人
→沿岸海運が発達すると長距離の交易が可能になり、狩猟や採集も生業から交易目的に
→交易で利益をあげ、貢納品と必要なら略奪で利益を増やし、税と農作業の煩わしさは回避、
栄養価が高く多様性のある食事と大きな物理的移動性を謳歌した

→初期国家と取引された最大商品はおそらく奴隷で、たいていは別の野蛮人
→古代国家は戦争捕虜と奴隷貿易に特化した野蛮人からの買い付けで人口を補充し、
殆どの初期国家が野蛮人を傭兵にして国防に当たらせた
→これにより野蛮人は自分たちの短い黄金時代の終焉に貢献した・・・



と、序章にあった「手短な行程表」だけでも、はじめて気づかされることばかりで興味深く、
わたくしのメモ(つーか脳のメモリー容量)がいっぱいになってしまったので・・・
本章(1章~7章)の読後メモと感想については、いずれまた・・・

(追記です)
次の記事で本章部分の読後メモを紹介しています





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2022年09月09日

食べ物から学ぶ世界史

前回記事の続きとゆーか、食べものと経済つーことで惹かれたとゆーか・・・

「食べものから学ぶ世界史」~人も自然も壊さない経済とは?~のご紹介であります

P9021165

著者は平賀 緑(表紙カバーイラストはふしはらにじこ)




裏表紙カバーにあった惹句

P9021167





著者略歴・発行所・発行年月日などについては奥付のとおり

P9021171

そう、岩波ジュニア新書シリーズで、ま、中高生向けレベルでしょうか・・・

奥様が借りられた本ですが、わたくし向けレベルでボリュームも新書版で160頁ほど、
前回記事の分厚いハードカバーと異なり、挫折せずに最後までスラスラと読めましたが、
食と経済と歴史の関係をジュニアにも分かるよう、まとめるのは大変だったでしょうね

著者は食料栄養学の修士号と経済学の博士号をお持ちのようで、この両方の分野を学ばれた方
とゆーのはけっこう稀少なのではと思ってます


例によって目次のみのご紹介

P9021168



P9021169



P9021170

目次を順番に眺めるだけでも食と経済の歴史が覗えます



以下、わたくしの読後メモから・・・
(分かりやすい本でしたが、てきとーメモなので興味を持たれた方は本書のご熟読を)


「はじめに」より

・命か経済か?
→経済の語源は「経世済民」→世を治めて民を救うこと

・世界には120億人を養うのに充分な食料がある
→現在78億人の世界人口のうち、慢性的な栄養不良(飢餓人口)は7~8億人
→充分な量と質の食料を得ることができない中~重度の食糧不安人口は約20億人
→同時に食べ過ぎによる不健康で寿命を縮めている人は十数億人

・農家は食べて行けず廃業し、膨大な資源を使って生産した食料の1/3が廃棄されている
・農業と食料システムで排出される温室効果ガスは全体の26%~34%ともいわれている

・人と社会と地球を壊しながら食料増産して経済成長することが生きるために必要?
→健康や自然環境を切り捨て、お金で測れる部分だけで効率性や成長を目指す仕組みだから当然
→この「資本主義経済」はせいぜい200~300年前からで日本では150年前から
→自然の法則でも不変のシステムでもない
資本主義経済の成り立ちを「食べもの」が「商品」に変わったところからまとめてみた


序章「食べものから資本主義を学ぶとは」より

・飢餓があるから、アジア・アフリカで肉や油の需要が増えるから、人口が90億人に増えるから、
農業生産は大規模に近代的に拡大していくことが必要?
・飢餓があるいっぽうで食べ過ぎや肥満があるのはなぜか?
「食べもの」が「商品」になり資本主義経済に組み込まれたから
→お金がないと食べられないから
→食べるために働くことの意味が変わったから
→食べるモノ=自分で栽培・育てるモノから買うモノ=商品=食品へ
→商品は売って利潤を得るモノで自分で使うモノではない
→自分で使うモノは使用価値が重要だが商品は交換価値が重要(商品作物)

・人と自然を破壊しても、それでお金が動けばGDPはプラスになる(肥満の惑星)
→必要以上に消費すれば(食べ過ぎれば)経済成長する
→それでメタボになってジムや医者に行けば経済成長する
→さらにトクホやダイエット食品を買い食いすれば経済成長する
→食品ロスを増やせば処理事業とかで経済成長する
→自家菜園とかで健康な食生活をしてもGDPには計上されず経済成長にはつながらない

・資本主義とは→やめられない止まらない(NHK欲望の資本主義)
→必要な食べ物だけを売って儲けられる時代は終わったが売り続けないと成長できない
→新商品、名産品、ご当地グルメ、キャラクター商品・・・
→塩や砂糖や油も人間の本能以上に食べさせる(商品を買わせる)創意工夫で売り続ける
→市場が成熟しモノがあふれていても競争し続けなくてはならないから
→フロンティアを海外や貧しい人たちにも広げてきたが、そろそろ飽和状態に

・1980年代から、さらに経済成長しようとする新自由主義やグローバリゼーションへ
→金融資産の実体経済サイズを超えた膨張により、新しいフロンティアが求められた
→必要以上に人を動かす過剰な観光業の推進、水道など公共事業の民営化、データの商品化、
経済の金融化、マネーゲーム・・・
→資本主義が好きな人も嫌いな人も現在はこのシステムで生きている
→気候危機とパンデミックで問題が表面化した今こそシステム・チェンジに取り組むべき


1章「農耕の始まりから近代世界システムの形成まで」より

・学校では狩猟採集⇒農耕・牧畜⇒文明⇒都市⇒国家と人類は発展したと教わったはず
・ところが「反穀物の人類史」(ジェームス・C・スコット著みすず書房2019)によれば、
→農耕・牧畜は支配する側の都合によるもので、人類は逆に不健康になった、
→小麦・大麦・コメ・トウモロコシを主食にした→世界消費カロリーの過半数になるほど
→食べ物は多様性に富むほうが人にも自然にも、健康のためには望ましいはず
→作物も動物も人間も、単一栽培や家畜化や都市化で密になり、病原体の繁殖と変異が増えた
→穀物は育てるのにも食べるのにも手間がかかるが長期保存や輸送ができる
→富・軍備の蓄積に都合がよく、収穫量を正確に査定でき課税も配分もしやすい
→主食として人民や奴隷に生産させた政治的作物
→都市や国家には興亡があったが近代までは大多数が身近な田畑や自然から食を得ていた
(貿易はごく一部の富裕層のための小型軽量な貴重品に限られていた)

・大航海時代と重商主義
→欧州の経済と金融の中心はイタリア半島の都市からオスマンの東方占拠などにより、
大西洋側にあるイベリア半島のポルトガルやスペインへ
→新世界から奪った金銀により、お金が増えて食料の物価が上昇し混乱した
→うまく活用したのはオランダと英国で経済と金融の中心も北上した
→大量に運べるハンザ同盟などの北海バルト海貿易(麦類や塩漬けニシンやタラなど食料も)
→重商主義とは植民地から奪った富が多い国が強い国になるという政策
→欧州の重商主義で地域経済社会が破壊された植民地が後進国・途上国といわれる地域に

・資本主義と産業革命の始まり
自給自足⇒家内制手工業⇒機械制大工業・・・(略)
→都市部の労働者は自分で食べものを作る土地も時間も台所もなく商品を買うしかない
→需要が生まれ商品の市場が形成される
→北米からの小麦パンと、カリブ海からの砂糖の入ったインドからの紅茶→世界商品に
→すべて植民地の奴隷労働によるもので莫大な利益に(三角貿易)
→パンと甘い紅茶は工場経営者が必要としていた労働者向けの簡便・低価格・高カロリー食
→大量生産された白い小麦パンと白い砂糖での長時間・低賃金労働→身体はボロボロに
→1845年の関税撤廃→地主と資本家の立場が逆転し、さらに・・・


2章「山積み小麦と失業者たち」より

・自由放任主義による競争と過剰生産→大量生産したものを大量消費させる
→労働者の購買力(賃金)をある程度維持しつつ国内に商品があふれたら海外へ
・19世紀末から過剰生産・価格暴落による倒産・失業の恐慌は始まっている

・第一次世界大戦後のアメリカ好景気からバブル崩壊、1929年の世界恐慌へ
→アメリカの戦争特需→農業バブル→戦争終結→欧州などの農業再開→農業バブル崩壊
→銀行から借金したまま農家が次々と廃業→ウォール街の株価大暴落→大不況
(食料が余って暴落していても、失業でお金がなければ買うことはできない)
→アメリカから借金して賠償金にしようとしていたドイツに感染→大不況
→ドイツからの賠償金で戦後復興しようとしていた英国・フランスに感染→大不況
→世界中に感染し世界恐慌に
→アメリカ政府はまず緊縮財政とデフレ政策による自然回復という伝統的手法
→1933年のニューディール政策・ケインズ理論→政府介入による経済回復
→実際には第二次世界大戦の戦争特需により立ち直った


3章「食べ過ぎの『デブの帝国』へ」より

・戦後の大きな政府・大量生産+大量消費による経済成長→資本主義の黄金時代
→農業・食料部門も工業化・大規模化→農薬・化学肥料・農業機械による大量生産へ
→農業は自立的な営みから、大規模生産した商品作物の(製品)原材料としての出荷に
→商品として大量生産すれば資本主義では市場拡大が必要(胃袋には限界があるので)
→海外へ拡大するか新商品にして消費拡大する
→アメリカは食料援助から海外市場の拡大へ、冷戦で戦略的な意味も持つようになる

・「デブの帝国」(グレッグ・クライツァー著パジリコ2003)より
→トウモロコシは家畜の飼料と油やスターチから高果糖コーンシロップにも(1970年代から)
→あらゆる加工食品と動物性食品に姿を変えて間接的に大量消費されている
→アメリカ人は「歩くトウモロコシ」に、日本人も身体の炭素の4割がトウモロコシ由来に
→大豆も多くは油と添加物の原材料に、大豆粕は家畜の飼料に大量消費されている
→どちらも大量生産・大量加工・大量流通・大量消費の構造が形成され、安くて豊富でおいしい、
高カロリー食品がいっぱいの時代が到来し「デブの帝国」が出来上がった
→この過程で利潤を得たのは農民や消費者ではなく、穀物商社・食品製造業・小売業・外食産業
→米国中心のモデルだが日本でも複製され、現在は中国・インド・アジア・アフリカにも・・・


4章「世界の半分が飢えるのはなぜ?」より

・国連世界食糧計画のハンガーマップ2020を見ると飢餓地域の殆どが昔の植民地の地域
→飢餓とは慢性的な栄養不足で生存や生活が困難になっている状態を指すが、
→最近では糖分や油でカロリーだけは足りるか過剰になっている「隠れた飢餓」も問題に
→世界には120億人が食べられる食料があるのに餓死しているのだから飢餓は殺人そのもの
→飢餓地域の75%が農村
→「商品作物を作る産業」としての農業で生活できなくなったから
→植民地に貧困と飢餓が作られてきた歴史に根本的な要因がある

・17世紀から1970年代までの歴史
→植民地の資源も人も奪い欧州に安く提供し植民地を工業製品の市場とした(三角貿易など)
→1960年代に多くが独立したが英国の新植民地主義で輸出向け農業が継続された
→第二次世界大戦後のアメリカは過剰生産した小麦や大豆などを食料援助名目で大量輸出した
(旧植民地(途上国)の農民は太刀打ちできず困窮していく)
→マーシャルプランでやがて欧州も過剰生産になり途上国へ(開発や技術援助名目で)
→1960年代の「緑の革命」
→一代雑種(ハイブリッド)・農薬・化学肥料・機械化・灌漑(大量の水)による高収穫
→維持するためにはこれらを先進国から買い続けなければならない
(現地の在来品種を駆逐し生物多様性も90%減少させた)
→収穫増で恩恵を受けたのは裕福な農家で貧しい農家は穀物価格の下落で破産
→市場が飽和すると自給自足していた小規模農家にも借金させて普及させた
→農家は借金まみれになり利潤は企業へ(メキシコ農民の例)
→緑の革命は穀物の収穫量を増やしたが多数の飢餓を作り出した

・1980年代から世界はさらにグローバル化し新自由主義によって、途上国でも食と農を
その中に組み込みながら経済成長を求め続けている・・・


5章「日本における食と資本主義の歴史」より

・「日本にはコメを中心にした素晴らしい和食があったのに戦後の経済成長により西洋化、
アメリカナイズされ、食料自給率の低下や食生活の乱れに・・・」というのが通説
→ところが米国の小麦や英国の砂糖が入ってきたのは19世紀半ばで世界商品となった時期
→明治期から政府・軍部・財界・大企業が食に関係してきた

・近代前の農民の糧飯(かてめし)は少量のコメに雑穀や野菜を混ぜた混ぜご飯が多かった
→当時大多数だった農民にとって、コメは年貢として収めるもので日常食ではなかった
→明治の産業革命以降に労働者や兵士のための新たな食料システムが形成された

・江戸時代に商品経済が発展していたので、明治になっても外国人の貿易を居留地に留め
欧米資本の侵入を食い止めて、日本での資本蓄積を可能にした
→この実力と環境が19世紀のアジアで唯一、産業革命を遂行できた要因の一つ
→産業革命の資金(外貨)を稼がせるため、既存の大商人を「政商」にし支援・保護した
→政商は貿易を担い海外へ、領事館・銀行と三位一体でアジアにも進出
(世界商品である小麦、砂糖、満州の大豆→日本版東インド会社)→今も続く大手食品産業へ

・1914~1945
→第一次世界大戦の戦争特需→大豆油脂などが拡大
→その後の世界恐慌→昭和恐慌→製糖・製油(当時世界の4割)などは大手企業の寡占状態へ
→第二次世界大戦の戦争遂行→さらに製油・製粉・製糖は拡大し今も続く大手企業に
→敗戦から10年で高度経済成長(資本主義の黄金期)へ・・・

・通説的には「経済成長すれば食生活が変化し、肉や油や乳製品を求めるようになる」が、
→これは人間の本能なのか、消費者の嗜好の変化だけが理由なのか・・・
→1910~2010の純食料供給量の変化をよく見ると、戦後には小麦の供給量も増えているが、
それよりも野菜、牛乳・乳製品、魚介類が急増している
→ご飯がパンに代わったというより、真っ白なご飯に野菜・魚介類のおかずを充実させた
→これが今「和食」でイメージされる日本型食生活で、戦後に確立されたもの
(農林水産省のすすめる
日本型食生活も昭和50年代(1975~)のバランスのとれた食事)

・戦後の飢餓脱出期(1945~1954)
→飢餓は財閥が移入していた食料の途絶、農村の担い手不足、帰国者の急増などから
→アメリカの食料援助(冷戦との関係、穀物商社・大手食品企業の思惑も)

・内食充実期(1955~1969)
→朝鮮戦争特需→産業・農業の復興→食料供給量の増加
→米国の農業機械・農薬・化学肥料による大量生産→過剰→市場拡大へ
→粉食(パンや麺類)、油食(マーガリンなど)の推奨→スナック・加工食品の発展
→スーパー誕生などの流通革命、テレビによる新商品の宣伝・・・
→食品の大量生産・大量流通・大量消費時代の到来
→戦中・戦後の食生活を恥じる親世代は、娘に料理番組や料理学校で学ぶことを勧めた
→日本の伝統や農業とはかけ離れた料理を教わり家族のために作る
「内食」が充実

・外食発展期(1970~1979)
→屋台やハレの食事から、低価格・大量販売・多店舗展開の大量消費社会へ
→大阪万博1970への飲食店出店、外国企業への規制緩和(資本の自由化)がきっかけ
→ハンバーガー、ドーナツ、フライドチキン、ピザ、アイスクリーム・・・
→小麦粉・油・動物性食品・砂糖を使った外食が広まり需要が増加

・飽食・グルメ期(1980~1990)
→肥満、飽食の時代、総グルメ、バブル経済・・・
→1980年代からの新自由主義とグローバリズム
→1985年のプラザ合意
→食料の開発輸入と食品産業の海外進出→食市場のグローバル化の加速

・中食興隆期(1991~1999)
→1991年のバブル崩壊によりコンビニ弁当などの低価格志向へ

・戦後の食料需給の変化は食の洋風化という消費者の嗜好の変化だけではない
→戦前の財閥時代から近代化に関わってきた総合商社が
製油・製粉・製糖にも介入していた
→戦後の穀物・油糧種子の輸入から食品加工、外食、加工型畜産、流通・小売りまで各段階の
食料システムの形成にも大きく関与している
→例えば日本ケンタッキーに投資した三菱商事は、エサとなる穀物の輸入から配合飼料の製造、
養鶏、鶏肉処理産業、畜産物販売業まで一連の各段階に関与している

・戦前から引き継がれた大手食品企業や総合商社に支えられながら、輸入原料に依存した
戦後の食料システムが構築され、食生活に影響してきた
→農業や食文化、消費者の嗜好を超えた、世界経済の中の政策決定と産業動向によるもの
→現在では、ここで成長した食品産業がグローバルに展開している


6章「中国のブタとグローバリゼーション」より

・戦後の大きな政府による「資本主義の黄金時代」の行き詰まり(1970年代頃から)
→新自由主義による小さな政府と規制の緩和、貿易の自由化へ
→企業の多国籍化、グローバル・サプライチェーン化→グローバル・バリューチェーン化
→農産物や食品の世界貿易量も急増、食料の生産から消費までの距離も離れた

・1970年代初めの三大ショック
→オイルショック→安い石油が前提の大量生産・大量消費による経済成長の行き詰まり
→ドルショック(ニクソンショック)→総資産に対する金融資産の膨張
→穀物価格の急騰→天候不順?「穀物の大強盗」?

・食と農のグローバル化
→途上国に対する構造調整計画(穀物輸入など)の押し付け
→日本ではプラザ合意と前川レポートによる食料輸入と開発輸入
→1986ガット・ウルグアイラウンドからの食料貿易の自由化・規制緩和

・「中国のブタが世界を動かす(柴田明夫著 毎日新聞社2014)」より
→中国の農業生産は1980年代半ばに過剰生産になるほど自給できるようになった
→その後に経済発展を目指し海外からの投資・規制緩和・付加価値の高い商品作物生産へ
→特に海外投資を受けた近代的大規模畜産システムの発展→エサ穀物の大量輸入へ
→世界一の大豆輸入国・豚肉生産国に(他の食料も輸入大国に)
(日本や台湾からの投資を受けたインスタントラーメン生産も世界一に)

・総合商社のグローバル戦略
→日本の食関係の企業は高齢化する日本市場では成長しない
→海外でも特に成長する中国やアジア諸国へ多国籍企業として進出させる
→それらの海外進出をリードしているのが総合商社
→すでに投資と商取引を融合させてるので総合商社というより総合投資会社
→北米と南米から小麦、大豆、トウモロコシなどの食材を輸出し、中国などに輸入する
→同時に中国などの加工食品産業や畜産業に投資して食材の需要を喚起する
→中国アジアで需要を増やし、北米南米で供給を増やして、日本の総合商社が成長する戦略

・日系企業のグローバル展開
→1980年代から海外進出へと方針転換してきたが、近年は「グローバルフードバリュー
チェーン戦略」と称し、産官学連携での
「Made WITH Japan」の推進へ
→「Made IN Japan」から「Made WITH Japan」へ切り替えて成長する戦略
→「和食」のユネスコ無形文化遺産への登録も「日本人の伝統的な食文化」をブランド化して
グローバル展開していくための戦略の一環→食材は外国産でも構わない
→これは「食産業の海外展開」を後押しするものの、日本の農業や進出先での農民たちの生活、
日本と進出先の人々の食生活にどのような影響を与えるか・・・
→人の健康と自然環境のための食と農が軽視され、企業のビジネスと経済成長が目的の、
資本主義的食料システムの発展が目指されてはいないか・・・
・今後どのように持続可能な経済の仕組みをつくり
人の健康と自然環境に望ましい食と農の
システムを築いていくか考える必要がある


「おわりに」より

・資本主義のすべてを悪と決めるのではなくシステムの成り立ちとカラクリを理解する
・商品としての価値ではなく使用価値(有用性)を重視する社会に移行する(斎藤幸平)
・自分で食事を用意できるスキルを持つ→自己防衛や環境負荷を減らすためにも必要
・地域に根ざした食と農のシステム(表紙カバー)に→自分が食べるものが見えてくる
・「命か経済か」より「命のための経済」を取り戻すことが大切→経世済民


「あとがき」より

・自然と人のつながりで育てられた「食べもの」と「商品(食品)」との違いを実体験したことが
食と資本主義の歴史を研究する今につながった
・食べものの世界には(じつは)ドロドロした政治経済の話が多い
→例えば大豆には伝統食・健康食のイメージより、ブラジルの森林火災やモザンビークの
追い詰められた小農たちの血と涙の話が聞こえてくる
・資本主義が好きでも嫌いでも、そのO.Sを理解しなければ食の問題を見誤ると思う
・命を食すことを教えてくれた鳥たち、一番多くを教えてくれた亡き夫に感謝を込めて・・・


冒頭にも書きましたが、食から経済や歴史をジュニアにも学んでもらおうとする本で、
とてもわかりやすく、参考文献や参考サイトも数多く紹介されてました
わたくしも何冊か図書館に予約しましたので、いずれまた・・・

それにしても食の変化というのは嗜好の変化というより、資本主義経済の世界戦略の変化に、
大きく影響されているという事実は、あらためて認識する必要がありますね
まあ、わたくしの「粉もん」嗜好は絶対に外せないけど、最近は小麦の価格が・・・



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