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2022年11月18日

家族システムの起源~Ⅰユーラシア下巻~

奇跡的に!!!前回記事からの続き・・・

PB081799

「家族システムの起源~Ⅰユーラシア~下巻」の読書メモであります
ええ、上巻よりさらに読み飛ばしが多くなっております・・・

著者・出版社・発行年月日などは前回の上巻メモ記事をご覧くださいね


下巻の目次

PB081801



PB081802

下巻はユーラシア周縁部のヨーロッパと、中央部中東の家族システムについて・・・
(てきとーメモなので正しくは本書の熟読をお願いします)

第7章「ヨーロッパ~序論~」より

・ヨーロッパは(ユーラシアの)一つの周縁地域の実例
→シベリア北東部や東南アジアと同様の後進地域が農業・文字・国家観念を外部から授かり
科学技術と経済の面でテイクオフを遂げ、しばらくは旧世界の中心部を追い越した
(やがて家族システムにも父系原則の侵入が及ぶことになる)
→直系家族の歴史は中国から2000年遅れで日本と似通っているが規模が大きく多様性が大きい

・ヨーロッパ48の集団サンプルの中で起源的な家族・親族形態はラップ人のみで、
→ユーラシア周縁の反対側フィリピンのシステムそのまま
→ただし、それ以外にも核家族形態が多い
→起源的形態である双方的親族集団に統合された核家族からの分岐過程を見ることは可能

・ヨーロッパの地理は狭い範囲だが複雑、農業など外部文明の影響は直線的ではない
・中東の新石器革命は二つの軸でヨーロッパに伝播、その一つは、
→BC6800~6100にクレタ島とギリシャ半島に、
→BC6100~5800にバルカン半島を北上、ドナウ川を進んだ
→BC5500~5300にライン川とヴィスワ川の間の平原に到達
・もう一つの軸は横方向で、BC5800~5500までに東から地中海沿岸を西部へ伝播
・この二つの軸が大陸西部、特にフランスで合流し、イングランドにはBC4000頃に、
→BC3500頃にはアイルランドとおそらくブルターニュ、少しあとにスカンディナヴィアへ
→BC2000頃に新石器革命はヨーロッパ征服を完了した

・初期の農業は粗放・移動型で安定化には数千年を要した
→西ヨーロッパで安定化が完成するのは10世紀~13世紀

・この二つの浸透軸は文字についても同じ
→フェニキア文字→ギリシャ文字→ローマ文字(ヨーロッパの西部と中央部)
→東部ではギリシャ文字→キリル文字・・・
→文字伝播の過程に2000年を要しているので北東ヨーロッパの歴史は短い(以下略)

・父系性は四つの軸で伝播
→中東の父系性は地中海を東から西へ、ギリシャ、ローマへ
→フン人(ステップの遊牧民)の父系原則(おそらく中国起源)の侵入(5世紀)は北方で東から
→アラブの父系性も中東由来だが、7世紀から南経由でスペイン、地中海西部諸島へ
→トルコ人の侵入は15世紀からで南東から北西へ、これが4番目の父系性伝播
→東南からなので北西部に核家族的・女性尊重的な家族システムが存在するのは理の当然

・都市化直前の家族システムがどのようなものであったのか、地図を検討し歴史を検討する
・48の類型サンプルは東部では同質的で西部では錯綜している・・・
・父方居住(共同体家族、一時的同居、近接居住を伴う核家族)が東部を覆い、バルカン諸国から
北部中部イタリアまで伸びている
・フランス中央山塊、ギリシャ島嶼部の少数・特殊なケースなど・・・(略)

・古代ギリシャ・ローマの読み直し情報が大量にあり、ヨーロッパだけ三章になった
→8章はロシアから中部イタリアまで広がる父方居住と、少し南の古代ギリシャ・ローマの
父系制時代について
→9章は西・中央ヨーロッパの最終局面における家族類型の地理的分布
→10章はその歴史の記述


第8章「父系制ヨーロッパ」より

・フィンランドからバルカン半島、アドリア海からイタリア北部・中部までの広大な空間
→父方居住・父系制の家族システムが優位
→直系家族の空間はこの地帯より西に位置し、双処居住と混じり合っている
→父系制の伝播メカニズムとは無関係でヨーロッパの直系家族は内因的生産物

・ロシアの農民→父方居住・共同体家族→バルト諸国に近づくにつれ明瞭になる
・フィンランド内陸部・バルト諸国→共同体家族が支配的
・ウクライナとルーマニア→共同体家族が徐々に消えて一時的
父方同居を伴う核家族へ
・バルカン半島、ハンガリー(略)
・イタリア中部は父方居住共同体家族が支配的
→北部ヴェネト州は不完全な直系家族で・・・(以下略)
・エーゲ海の母方居住と長子相続
(略)

・アジアの父系制の影
→ヨーロッパ東部に分布しているのでアジアからの伝播は明らか
→東から南西へ、イタリアを到達点としているが、古代ヨーロッパの父系制とは全く別
古代ヨーロッパの父系制はギリシャ・ローマの都市国家から・・・(略)

・古典ギリシャ・古典期ローマの家族・・・(略)
→圏外(ケルト、ゲルマン、スラヴ)では未分化

・ローマの進化の重要性、帝国期の変動、核家族の新たな類型、晩期・・・
(略)

・古代父系制から近年の父系制へ
→未分化状態→地中海への最初の到来→極みの自己破壊→ステップから来た新しい父系制の波
→古代は南、近年は北

・父方居住・外婚制・共同体家族は自然ではなく特別な条件による拘束的システム
→都市、小作制、交易、戦争・・・
(略)

・母系制、父系制の幻想(略)
→インド・ヨーロッパ語族の父系制は、セム人さらに遡ればシュメール人が起源


第9章「中央および西ヨーロッパ~1記述~」より

(家族上の西欧にゲルマン世界と南イタリアは含むが共同体の北部中部イタリアは含まない)
1直系家族はゲルマン系集団が中心でスラヴ、スカンディナヴィアを周縁部として含む
→第二の集団はカタルーニャ、バスクからポルトガル北部まで延びる
→第三のケルト・グループはアイルランド、スコットランド西部、ブルターニュ海岸部、
ノルマンディー、ピカルディ、バルト海の海岸部、フィンランドのスウェーデン影響部分

2平等主義核家族はアンダルシアに至るカスティーリャ語圏スペイン、中部ポルトガル、
南イタリア、フランス中心部のパリ盆地→これらは完全にラテン圏に収まる

3絶対核家族はイングランド、デンマーク、ノルウェーのオスロ地方、オランダの沿岸部
(他の地域、各類型の詳細記述などは略)


第10章「中央および西ヨーロッパ~2歴史的解釈~」より

・中世の歴史的データから類型分化した原因を解釈(略)
・中世初期→未分化親族集団の中の近接居住、同居を伴う核家族
・純粋な核家族の出現
→貨幣経済が戻りカロリング期の荘園は大規模農業経営に
→農民は庭を持つ農業労働者に
→小さな家と庭では分割不可能性のみが必要で直系家族による不分割の規則は不要
→子供たちは早い時期に召使(労働者)として外に出ることができ一時的同居も不要
→最終的に平等主義核家族が北フランス、南イタリア、中部南部スペインを支配し、
→絶対核家族がイングランド、デンマーク、オランダを支配したのはなぜか・・・

平等主義核家族の空間は、かつてのローマ帝国の空間に収まる
→貨幣経済への回帰、都市の再生、大規模農業経営、労働者の再確立
・財産が大してないイングランドの農民にノルマンの長子相続の仕組みは無用の長物
→貴族や中農層には深い影響があったが中農層が消滅、長子相続の弱体化と遺言の浮上
→イングランド核家族の個人主義急進性は世帯分離に固執するが貴族の直系家族への反動?
(以下略)


第11章「中東~近年~」より

・歴史(文字による記録)は中東で始まった
(略)
・中東の定義
(略)
→現在はほぼ全面的にイスラム教で1250年続いているが5300年の歴史の23%に過ぎない
・遊牧民の核家族性と共同体主義、定住民の穏健な共同体主義
(略)
・長子相続、末子相続の痕跡、内婚、シーア派、スンニ派、キリスト教徒・・・
(民族や宗教の変遷など、じつに詳細でしたが以下略)


第12章「中東~古代~メソポタミアとエジプト~」より

・シュメール文明→セム系集団アッカド帝国による権力奪取→シュメール復興→ウル第三王朝
→ウルの崩壊→セム人の支配→アムル遊牧民の支配→ハンムラビ王バビロニアによる
メソポタミアの統一→政治構造の分解→ヒッタイト帝国の侵入→国際化→各国との複雑な関係
→アッシリア帝国がバビロニアからエジプトまで広がる→崩壊→新バビロニアの短い時代
→ペルシャ人、ギリシャ人、パルティア人の征服によりメソポタミアの歴史消滅・・・

・このメソポタミアの歴史の長さと複雑さから、安定的な家族形態の発見などは論外
→しかし中国の家族システムとの類似点がある
(略)

・明白な核家族性、共同体家族とする仮説(略)

・周縁部の周縁部イスラエル
→ヘブライ民族の聖書にある長子相続制→カインとアベル、エサウとヤコブ・・・
→エジプトの伝統、アッシリア法から・・・
(略)

・女性、古代の親族集団・・・(略)

・メソポタミアの家族の発展三段階は中国と同一?
1出発は夫婦家族の優勢と男女の平等→双処居住核家族類型で未分化な親族集団の中に
→シュメール・ルネサンスにかけて衰退
2シュメールに長子相続の規則が台頭→三世代を含む直系家族世帯は検出されていない
3兄弟間の平等と家族集団の共同化が明確に→縦型構造化は不明確
→家族は稠密化し女性のステータスは低下、共同体家族の出現後も続く
・中国の段階では侵入した遊牧民の父系原則が関わるがメソポタミアでの侵入は後・・・

・エジプト
→第1巻の最後をエジプトで終えるのは皮肉だが・・・
→第一サイクル(統一以前から王国の解体まで)BC3400~2475
→第二サイクル(王政の再建から解体、封建制まで)BC2475~663
→第三サイクル(王政の再建→プトレマイオス王国→ローマによる征服まで)BC663~325

・古王国第三王朝の核家族、Z型継承、長子相続制、女性・・・
(略)
・ギリシャ人のエジプト幻想→ヘロドトスの物語から(略)
→ギリシャ人には奇異な社会であったことは事実

・エジプトはメソポタミアより早く完全統一され、戦争による男性原則から免れていた
→父系原則発達の戦争と軍事的機能での重要性がわかる→これは不可避的なものではない
→エジプトがイスラムに征服されたのは640年だがキリスト教徒が多数派でなくなったのは
9世紀ごろになってから→1970年でも10%はコプト教徒→親族の未分化性、母方居住

・父系制はメソポタミアに出現し広がったが退行もあった
(略)
・内婚、未分化の持続、ナバテアの痕跡・・・(略)


「第Ⅱ巻に向けて~差し当たりの結論~」より(一部)
・内婚は女性を生まれ育ったところから暴力的に引き抜くことを廃止し父系性を緩和する装置
・穏健外婚はイトコ婚を受け入れる余地のある外婚制
・キリスト教圏の体系化された外婚を、アラブないし南インドの強力な内婚革新と対称をなす
絶対的外婚への進化と思い描くことも可能?
・アメリカ、アフリカ、オセアニアのデータがなければ、このモデルは国家と文字を持つ
定住農民社会とその周縁部との検討にとってしか、役に立ちそうにない・・・


云々・・・


ええ、わたくしには末尾の「差し当たりの結論」さえ、よくわかりませんでしたが・・・

まあ「
起源的家族は夫婦を基本的要素とする核家族型で、国家と労働による社会的分化までは、
複数の核家族からなる親族現地バンドに包含されていた」
つーのには納得しましたし、各地の歴史や地理、民族分布のおさらいもできました

ともかく40年かけてユーラシア大陸とその周縁部の住民集団を民族サンプルとして214に分類、
その家族システムを15の類型にまとめる能力と作業量に、まずは感服しました

わたくし文明史を読み漁るのも好きなんですが、家族システムという観点からははじめてで、
文明の栄枯盛衰やその伝播、異民族の侵入なども家族変化の根拠として詳しく調べて解説、
分かりやすく地図上にまとめた図版もいっぱいでした

ただまあ、上下巻の本編だけで800頁ある大著で、わたくしには読みづらい部分も多く、
かなりの部分を読み飛ばしてしまいましたが・・・ひいひい


(参考)

本書の著者による「現在の国際紛争は消費大国と産業大国の争いで、根底は経済構造と
家族構造の
一致にある」といった内容の記事が文春オンラインで公開されています

家族構造から見れば「双系制(核家族)社会」と「父系制(共同体家族)社会」の対立で、
一方は「消費」に特化、他方は「生産」に特化というかたちで2つの陣営に分かれている、
しかもグローバリゼーションのなかで、2つの陣営が極度に相互依存関係にある、
これがわれわれが生きている世界の構造・・・
とゆー観点はじつに興味深いです



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2022年11月15日

家族システムの起源~Ⅰユーラシア上巻~

とーとつですが・・・

「家族システムの起源~Ⅰユーラシア上巻~」とゆー本のご紹介であります

PB081791




表紙カバー裏にあった惹句

PB081795

わたくし以前、日本の農村とゆー本や、東アジアの農村とゆー本を読んでて、家族の仕組み
についても、いつかはまとまった本を読んでみたいと思ってました

で、TV番組「欲望の資本主義」にも登場されてたエマニュエル・トッド氏の本書を知り、
上下巻をあわせて借りてみた次第・・・

ただし上下巻あわせると本編だけで800頁以上ある大著で内容も濃く、門外漢のわたくしが
(図書館の返却期限までに)下巻の最終章まで辿り着けるのか・・・おろおろ



つーことで、とりあえず・・・

PB081790

上下巻の表紙と、


PB081796

上下巻通しの目次も(念のため)アップしておきます

ちなみに左端に(未完の)「第Ⅱ巻に向けて」とゆー項がありますが、執筆予定の
第Ⅱ巻では
第Ⅰ巻以外の地域も全て網羅して人類の再統一(再単一化)を促進する本にする・・・
とありました


で、裏表紙カバー裏にあった著者紹介

PB081792



監訳者、訳者、発行所、発行年月日などは奥付のとおり

PB081794
(左親指の爪が黒ずんでますが先月はじめに爪の根元をクルマのドアに挟んだもの、生え変わるのに時間がかかるのね)



とりあえず上巻の目次であります


PB081797



PB081798


以下、難解な部分は読み飛ばしつつ、目についた部分のみの読書メモ・・・


序説「人類の分裂から統一へ、もしくは核家族の謎」より

・以下は40年に及ぶ家族構造の研究成果と20年以上に及ぶ調査結果
→近代化の軌道の多様性は伝統的家族構造の多様性によるという仮説の証明

(例)
・共産主義イデオロギーの地理的分布
→伝統的農民層の「共同体家族」分布と重なる

・イングランドの「絶対核家族」(親子関係は自由で平等には無関心)
→アングロ・サクソンの個人主義と政治的自由主義へ
・パリ盆地の「平等主義核家族」(子供たちは自由で兄弟間は平等)
→1789年フランス革命の承認→普遍的人間の観念へ
・ドイツと日本で支配的な「直系家族」(父親の権威と兄弟間の不平等)
→近代化移行期での民族中心主義・権威主義的イデオロギーと運動の促進へ

・ただし過去の諸価値はイデオロギーの混乱で一時的に具現化されるに過ぎない
→イスラム圏(共同体型)は家族の解体から原理主義という別のイデオロギーを生み出した

・人類共通の起源的家族形態は、定義して、離脱過程を復元することができる
→ヨーロッパが短期であれ発展トップになれたのは家族システムの変遷を経験しなかったから
→だがルソン島アグタ人、フエゴ島ヤーガン人、ロッキー山脈ショショニ人なども同じ核家族型
→この事実は構造主義的思考では説明できない
→周辺地域の保守性原則(PCZP)、木骨造家屋の分布、アメリカ大陸文化の間歇的分布から

・核家族を包含するバンド(ホルド・現地集団)→双方核家族
→大家族制・直系家族制・一夫多妻制・一妻多夫制などは後の発明物
→親族集団(バンド)の役目が、やがて国家に変わったのか?

・農耕民族は文明(農耕・都市・冶金・文字)の犠牲者なのか?
→1960年代半ばから食物と健康に優れ余暇が多い狩猟採集民が称揚されているが、
→文明は拡大の潜在力を秘めており、技術的・軍事的に強力になる
→父系原則は組織編制力を持ち軍事化を容易にする(尊属への帰属)

・中東での農耕の発明はBC9000年頃でほぼ確定している
→父系原則は農耕より後で、さらに文字よりも後→歴史時代以降

(本書で証明する仮説)
1起源的家族は夫婦を基本的要素とする核家族型で、
2国家と労働による社会的分化までは複数の核家族からなる親族現地バンドに包含されていた
3この親族集団は男系女系いずれを介するかは未分化であり双方的で、
4女性のステータスは高かったが男性と同じ職務を持つわけではない
5直系家族、共同体家族、複合的な家族構造はこれより後に出現した

(イトコ婚の研究等・・・以下略)


第1章「類型体系を求めて」より

・核家族→直系家族→共同体家族へと移行したのか?
→国王(父親)権力の正当性のための説?→聖三位一体説
・父系、母系、直系、一時的同居、末子相続、長子相続、近接居住、囲い地内集住・・・(略)

(家族の類型体系)

・父方居住・母方居住・双処居住
×
・共同体家族・直系家族・結合核家族
=9

・一時的同居もしくは近接居住を伴う核家族
×
・父方・母方・双居
=3
+
・平等主義核家族
・絶対的核家族
・追加的な一時的同居を伴う直系家族

→合計15の類型に分類できる
(説明は略)


第2章「概観」~ユーラシアにおける双処居住、父方居住、母方居住~より

・ユーラシアの民族サンプル214
(興味ある膨大な地図と説明でしたが略)から
→双処居住システム、核家族システム、母方居住は周縁部に存在する
→父方居住の中央部性と複合性

・中国、日本、インド、東南アジア、ヨーロッパ、アラブ・ペルシャと各圏ごとに検討する
(
アラブ・ペルシャ圏は古くはメソポタミアとエジプトの領域)


第3章「中国とその周縁部」~中央アジアおよび北アジア~より

・中国文化が出現・確定化した中枢部は父方居住共同体家族地帯

・一番目の同心円上には直系家族形態がチベット、北部ベトナム、中国南部、台湾、朝鮮を通って
日本へ至る地理的な弧を描いており、一時的父方同居を伴う核家族ケースを含んでいる
→この核家族ケースは北東側ではウクライナ、ルーマニアにまで達している

・二番目の同心円上では母方居住・核家族類型が南から東への弧を描いている
→西側部分では
一時的父方同居を伴う核家族が支配的

・三番目の同心円上では双処居住核家族システムがフィリピン諸島からベーリング海峡まで
東の弧を描き、西側は遊牧民の一時的父方同居を伴う核家族形態
(各地域形態の詳細、歴史などは略)

・拡張農業文明の中心部では土地は希少になり移住が困難になって集約化へ
→土地相続の問題→直系家族の仕組みを発明(後のヨーロッパでは王による長子相続)
・末子相続と長子相続の前後(略)
・遊牧民の家族・親族類型、父方居住共同体・・・(以下略)


第4章「日本」より

・日本の歴史時代は短く古事記が712年で、ゲルマン圏(ザクセンに文字が785年)に近い
→文字からは1400年で農業からは2500年しかない(中国では3300年と8500年)
→ただし稲作以前の独自の狩猟採集時代が1万年以上続いていた
→狩猟採集で支えられる人口としては相対的に密度が高かった
→豊富な狩猟採集(特に他の地域に類を見ない魚介海産物)は安定的な共同体の出現をもたらし、
その稠密性により一定程度の複合性を持つ技術と社会形態の形成が可能だった

・縄文末期の婚姻後夫婦の居住は(遺伝子分析により)
双処居住
→これは双方的親族システムで、我々が近代的と信じているもの

・日本は侵略されずに歴史が続いた稀なケース
→家族形態の伝播と普及は軍事的征服ではなく自発的に模倣した結果

・北東部と南西部に分類できる
(残留末子相続と絶対長子相続の類型では北東部をさらに3分類できる)
→北東部では直系家族より複合的な家族形態が存在する(隠居など?)
→南西部より貧弱な農業と低い人口密度から巨大労働集団に?

・日本の直系家族(イエ・分家?)についての近年の論争
→男性長子相続と直系家族の制度化は19世紀末から
→普遍的ではなく(妻の親族を含む)養子を相続人とすることも頻繁に行われていた
→多様性・複合性はあるが古典的直系家族モデルが君臨

・(文字資料では社会構造の高い層しか見えないが・・・)
→中国的父系原則と日本的双方基底の二元性文化→平安時代まで
→長子相続の台頭→鎌倉時代から→父方居住と女性ステータスの低下へ

・日本型直系家族の発明
→日本の直系家族・封建時代は中国で消滅してから1000年後
→両国の最初の緊密接触時には、中国ではすでに共同体家族化されていた
→直系家族への移行は漸進的であり北東部では(必要なかった社会に)輸入された結果?

・沖縄の家族類型
(略)
・アイヌ人の家族類型
(略)
・日本南西部、沖縄、済州島を包括する古い文化圏(略)
・イトコ婚
(略)
・朝鮮に関するメモ(略)


第5章「
インド亜大陸」より
・農耕も文字も極めて早いが歴史の長さが同一ではなく不連続
・現在のパキスタン中心部ではインダス文明が出現し(BC2800)消滅した(BC1700)
→豊かな農耕とメソポタミアに繋がる通商で繁栄していた
→文字が解読不可能なことから完全に独立した文明だった?
→ペルシャ湾奥のメソポタミアには海路で近いので影響はあったはず
→アーリア人の侵略だけでなく灌漑により衰退した

・インド亜大陸は地理・言語・ヒンズーのカースト・部族・民族により分断される
→サンプルではインドを代表する住民集団は38としたが、この章では11追加して49に
(略)
→北部と西部は世帯の複合性が最大の地帯
→南部と東部は最小の地帯
→中央部はその中間地帯
→革新と侵略の大部分は北西部からで、複合性の伝播と一致する
→オリッサの地図上では共同体家族空間と核家族空間の切れ目が明瞭で、共同体家族が
陸路でも海路でも交通が単純な地帯を経由して伝播したことがわかる

・49のサンプルは多様でインドで主張されている「合同家族」優位というわけではない
→周辺地域の保守性はあり核家族と共同体家族の中間局面である直系家族

・ヒマラヤの直系家族、その南部での痕跡、末子相続の周縁性・・・
(略)
・直系家族登場の原因は稠密性か伝播か(略)
・古代の直系家族と初期のカースト(略)
・遊牧民の侵略と共同体家族への移行→スキタイ人の侵略(略)
・空間的分化の起源、性行為礼賛、女性のステータス、中世の移行・・・(略)
・イトコ婚、ヒンズーの外婚制とイスラムの内婚制、周縁部の婚姻・・・(略)


第6章「東南アジア」より

・広大な半島と島々はユーラシアの周縁部だがユーラシアの農業・文字・家族の起源に重要
→ただしチモール島とマラッカ諸島から向こうは家族も農業もニューギニア世界に入る
→ニューギニアは独自の菜園耕作と森林管理で人口密度が高くユーラシアとは別世界→別項で

・東南アジアの農業はBC3000年から段階的に到来
→ベトナムだけが中国から、それ以外の文化的影響はインドから→農業革新の第二波
→高地ではいまだ中国で栽培化されたジャポニカ米だが平野部ではインディカ米

・文字、宗教、言語、国家・・・(略)
→集約農業と粗放空間の共存→帝国は固定化(奴隷化)に努めたが移動耕作を放棄していない
→1800年頃の人口→中国3億3千万人、日本3千万人、東南アジアは全体で2800万人だった
→2005年の人口→中国は4倍、日本は4.2倍になったが東南アジア9ヶ国では20倍に
→なので家族システムは、この間に大きく変化した可能性もある

・サンプル分布、類型分布・・・
(略)
→家族類型総計の82%は核家族の変種→核家族は周縁部で古代的という仮説に完全に一致する
→中央部では母方居住で一時的居住を伴う核家族と結びつく→国家を持つ民族との一致

・ボルネオ島の四つの住民集団
・イバン人
→長大なアパルトマン(分割不可能)に三世代を連合させる規則的発展サイクル
→焼畑に加え米・漁労・狩猟・採集で生活し世代の単線的な継承
→これらから土地の実際の所有権は長大な家屋に住む集団にあり各世帯は使用権のみ
→直系的世帯は双方的な親族の絆で互いに繋がっている
→同居する既婚の子どもは息子でも娘でもいいが大抵は長子→双処居住直系家族
・陸ダヤク人、マロー人、プナン人も
双処居住直系家族に分類されるがデータ不足
(ボルネオ島はあまり民俗誌化されていない)

・歴史
→フィリピン、ボルネオ北部、セレベス(スラウェシ)の核家族システムと双処居住直系家族の
システムは明快な組織編制原則を持たないことからも、人類の起源的な類型に近い残存システム
→フィリピン諸島やボルネオ島の男女系統を区別することのない用語体系の絶対的な優位性
双処居住性と親族用語体系の未分化性は古代的であり、いまだに調和を保っている

・父方居住、母方居住、家族と人口密度、長子相続、外婚制・・・(略)



云々・・・



と、いつかは下巻メモに続く・・・のだろうか・・・ひいひい




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2022年11月09日

ヒトコブラクダ層ぜっと!!!

とーとつですが・・・

「ヒトコブラクダ層ぜっと」とゆー小説のご紹介

ま、メソポタミアつながりとゆーか、ひさしぶりに読んだ万城目学作品であります

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著者紹介・発行所・発行年月日などは奥付のとおりですが、
こちらの著者や原案者
ほぼ同時期に京都で学生時代を過ごされてたんですね・・・


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惹句にもありましたが、まさにローラーコースター小説で、
舞台は日本からイラクへ、
現代からメソポタミア期へと、時空を超えて行ったり来たりで大いに楽しめました。
ちなみにわたくし、
著者の大阪、京都、奈良が舞台の作品は殆ど読みましたが、
海外が舞台の
作品を読むのは今回がはじめてでした。


で、オハナシは・・・
幼い頃、自宅を謎の隕石が直撃して両親が亡くなった、三つ子の兄弟の物語で、三人が別々の
超能力を持ってたものの、ずっと隠して暮らしてきたのが20歳の誕生日に偶然火災に出会い、
三人がそれぞれの超能力を使って他人を無事に救出したことから、それ以降は困っている人を
こっそり・ひっそりと助けるため、協力して超能力を使うようになり・・・
ただし超能力といっても大きな力ではなく「3秒ルール」という限界もあって・・・
(と、この辺りはミュータントSFのパターンですね)

やがて謎の女性が現れ三人に「ヒトコブラクダ層を見つけて欲しい」という謎の依頼をして、
「成功すれば三人の夢を叶えてあげます」と約束します
で、謎の女性の強大な権限で三人は自衛隊に入隊、PKOでイラクへ派遣されることになり・・・
(この辺りは英雄冒険譚SFの召命・旅立ち・越境ですね)

・・・と、オハナシは中東の砂漠へと展開して行きます

ちなみに長男の夢は巨大肉食恐竜の化石を日本で発見すること、
中兄の夢はメソポタミアで未発見の都市遺跡を発掘すること、
末弟の夢はズルしない本物の戦いを体験すること、

とゆー設定なので、
三兄弟それぞれが恐竜・メソポタミア・戦いの面白さを語るシーンが
たっぷりとあり、さらにイラク情勢や世界情勢のシビアな現状も、民族史や文明史に関する、
仮説も含む持論展開もあって、広い分野の最新情報を分かりやすく紹介されてること
からも、
著者は正統派のSF作家でもあると、あらためて感じました

と、イラクでは自衛隊、米軍、政府軍から古代戦士まで入り乱れての戦いに・・・
(こうなるとタイムスリップモノつーかアクションモノつーか戦場モノつーか・・・)

舞台が沙漠なので、砂漠と礫漠の違いも水やレーションの重要性もきちんと描いてあって、
戦闘シーンではスナイパーとスポッターの連携や大口径ライフルの扱い方とかも・・・

さらに異次元空間からフォン・デニケン以来の「古代の神々は宇宙から」説まで出てきて、
わたくしの好きな分野を総ナメしてくれるような展開になってですね・・・


ま、これ以上書くと物語のネタバレになるので我慢しますが、ともかく・・・

恐竜とメソポタミアと戦闘に興味をお持ちの方!!!にはオススメの作品です きっぱりと



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2022年11月04日

視聴メモ「欲望の資本主義・メタバースの衝撃」

NHKの「欲望の資本主義2022夏・メタバースの衝撃・デジタル経済のパラドックス」とゆー番組が、
少し前に再放送されてたので視聴、わからないまま一部をメモしました


1章 まだ見ぬ10兆ドルの夢
・ニール・スティーブンスン「スノウ・クラッシュ」1992年の作品
(ゴーグル内だけで活躍する→現実とは異なる超宇宙=メタバースでの物語)
・今はメタバース内での経済活動も可能になっている→大企業が次々と参入している
・現実世界はウクライナ侵攻、コロナ感染、インフレなどで深刻だが、デジタル世界は活況を呈している
・キャシー・ハックル
→メタバース内ではゲームのバーチャルアイテムだけでも1年間に1000億ドルが使われた
→何世紀も続いた物理的なモノの商取引は電子取引になったが、
→ゲーム世界の経済活動はバーチャルとバーチャルの取引になった
→そこに大企業が新たな市場を見出し投資している
・現実世界+仮想空間=新たなリアリティの誕生?
→乱立するプラットフォーム
・加藤直人
→誰もがクリエーターになれるプラットフォームの提供が目的
→コークとペプシでは市場シェアの少ないペプシのほうが熱狂的ユーザーが多いと思われがちだが、
マーケティングでは市場シェアの多い方が熱狂的ユーザー(の割合?)も多い
→プラットフォームでも1位が9割、2位が1割の市場構造になる
→このプラットフォームのこの機能はいいね、ではなく全てで勝たないと生き残れない
→パソコン、インターネット、モバイルではもうチャンスはないのでメタバースで勝ち残る

2章 幻想の資本主義
・ニーアル・ファーガソン
→今は資本(貯蓄)には不足はないので動かす良いアイデアさえあれば進む
・成田悠輔「22世紀の民主主義」
→過去・未来・便利さ・価値のタテヨコ軸を包括するのがメタバース

3章 すべてがバーチャルになる時
・タレントアバター→バーチャル大阪FANY(吉本興業の子会社)
→兵庫県養父町の鉱山空間「バーチャルやぶ」→行けない人も楽しめる
・三越伊勢丹のバーチャル店舗→全年代がメリットの百貨店でモノ→コト→トキ→体験へ
・三井住友海上で開発中のメタバース保険→保険会社がメタバース内での活動を担保する
・プラットフォーム乱立の中で一番うまくいった3Dコンテンツをメタバースと呼ぶようになるだろう

4章 デジタル経済は計測可能?
・森健「デジタル増価革命」
→サブスクリプションは物価か?→少なくとも需要と供給の関係ではない 
→見えない資本が経済を動かす→GDPの説得力がなくなっている
→消費者余剰はGDPに計測されていないが、SNS4社の消費者余剰は日本だけで年間20兆円とも
・ごく一部の人や企業を潤しているだけ(ダイアン・コイル)
・デジタル革命が引き起こす不確実性
・全ての経済価値は本当はバーチャルで実体がないもの
→ドルや円の価値も単なる社会の構築物
→ブランド品の価値の例→原価10ドルでもブランド品なら1000ドルの価値
→ブランドもバーチャルだがGDPと同じく人にとっては価値のあるもの

5章 ビッグテックへの反乱
・GAFAが大きくなり過ぎたので逆の流れにする
→Web3で(Web1は見るだけWeb2は交流だけ)
→ブロックチェーンとNFT化によってデジタルや実物の売買が仮想空間内で可能になった
→GAFAのように市場支配することもデータや手数料を取ることもないので対等で民主的?
→中央集権国家にとっては脅威で国家通貨に対する初の競争相手になる→新たな経済圏になる?
→セカンドライフ→VR技術→現実と虚構が混ざり合うアメリカの政治と文化(Qアノンなど)へ

6章 超宇宙の外 今そこにある危機
・エマニュエル・トッド
→今こそバーチャルではなく現実に目を向けるべき
→フランスでも若者はスマホで動画を見てるがクルマを買うカネはなく家賃さえ払えない
→メタバースや仮想通貨は時代遅れ、今はこの冬のヨーロッパがどうなるかもわからない時代
・フェリックス・マーティン「21世紀の貨幣論」
→アメリカやヨーロッパのインフレ→中央銀行が市場を意識する異常な時代
→これまで20年ほどの安定は中央銀行の政策のおかげなのか、運によるものなのか・・・
・ダイアン・コイル
→中央銀行も仮想通貨を発行するようになると、人々のお金への執着や使い方がどう変わるか
・通貨が不安定になれば膨らむ仮想通貨への夢、国家通貨からの逃走
→これが社会と経済のさらなる不安定化を呼ぶのか・・・
→経済の安定とは、成長とは・・・
→70年間、GDPの成長率を基準にしてきた→そこに問題があることも知っていた
→クズネッツによる1934年の大恐慌分析時点から
→1942年のアメリカ初のGNP統計発表に対するクズネッツの不満
→経済成長の数字だけで(それが)人々の豊かさを向上させるかどうかが考慮されていない

7章 いくつもの月が幻惑する
・仮想通貨、暗号資産
→人々は貨幣という空に浮かぶ月を欲しがる(ケインズ)
→今や月を自分で作ることもできる→多くの月の中でどの月が残るのか
→パンドラの箱が開いてしまったようなもの
→資源や経済的幸福を買うための貨幣を作るという夢は、かつてないほど強力になっている
・成田悠輔
→自分の持ってる1万円札は自分が何か価値のあることをしたというデータを紙でもらったもの
→なので、いっぱい持ってる人は尊敬されたり嫉妬されたりする
→貨幣は経済活動の貧しい世界でデータの足りなさを補うために作り出したもの
→小さなローカル社会では、ほぼデータに記録できていた(経済実態とデータとの乖離が少なかった)ので、
貨幣はそれほど重要ではなかった
→近代の急激な経済成長でデータが実態に追いつかなくなり、その乖離が大きくなった
→この実体とデータとのズレが「貨幣の価値」で、近代からその重要性が急激に増していった
→今後は(成長が鈍化し?)乖離が再び縮まる(貨幣があまり重要でなくなる)世界が来るかも知れない
→それを後押しする一つがメタバース経済・・・
→いっぽうで貨幣に頼らない分散型システムには危険性もある
→さらに国家もシステムに取り込もうとするので貨幣とのせめぎ合いは続く・・・
・岩井克人
→貨幣以前の社会は共同体の顔見知りの中でしか生活できなかった
→貨幣さえ持てば小さな共同体から離れて(個人として自由な)生活ができる
→それが結果的に1人が1票を持つという(市民の間だけの)民主主義を実現させた
→全てがブロックチェーンに記録され(貨幣のような)匿名性が奪われる社会はディストピア
→貨幣は共同体の束縛から人々を解放する(アリストテレス/岩井克人)

8章 人類と個人の間に
・ブレッド・キング「テクノソーシャリズムの世紀」
→過去20年で経済の不確実性が増し不平等は広がるばかり
→資本主義に基づく今日の経済制度では解決策は存在しない
→AIも気候変動も人類の生存を揺さぶる
→対処には4つのモデルが考えられるがテクノソーシャリズムがベスト
(2030~2040には大企業だけが残り、そこでは雇用を殆ど要さなくなるから?)
・モノ→サービス→デジタルと、産業構造は急速に変化している
・エマニュエル・トッド
→メタバースにはフリードリッヒ・リスト(国家が同じ段階になれば自由貿易は有益には作用しない)を
→保護政策による製造業の再構築→国民国家→経済の本質はGDPではなく人
(デジタルは国家を超える?人間の集団の秩序のあり方(国民という存在)まで見えなくなれば・・・)

最終章 リアルVSバーチャルを超えて
・メタバースに象徴されるデジタル経済
→技術と人間、社会と個人、その関係性を複眼で思考し続けないと豊かな成長は見えてこない
→シンギュラリティのような未来を選び取るべき?
→選んだ考えに捉われ、それが群れになると社会を分断するので危険?
→テクノロジーは人類が種として団結できる手段になるかも知れないが、資本主義経済が偏重され
(テクノロジーにより)不平等が拡大するなら人類は絶滅しかねない

・人は想像力なしには生きて行けず、想像力だけでも生きていけない・・・



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2022年10月22日

市民と行政の協働・・・

とーとつですが・・・

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市民と行政の協働~ごみ紛争から考える地域創造への視座~
濱 真理著 社会評論社 2022年8月25日初版第1刷発行・・・とゆー本のご紹介であります

行政の関係者だけでなく、ボランティアなど様々な市民活動をしておられる方々にも、
参考になると思いましたので紹介させていただきます




表紙下部にある惹句の拡大

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奥付にあった著者紹介

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例によって目次のみのご紹介

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参考文献や索引も含めると250頁を超える、著者の博士論文をベースにした専門書ですが、
国内外の様々な事例から市民と行政の対立と変容、格差と葛藤などを分かりやすく紹介、
その協働を促進するうえでの第三者(機関)の役割、対立を超えた地域社会創造への提案まで、
豊富な実務経験と多岐にわたる
文献資料だけでなく、各地での聞き取り調査も行い、長年の
研究成果をまとめられた、新たな公共政策論であります

とても全ては紹介できませんが、以下はわたくしが興味を持った部分の読後メモです
当サイト恒例の「思いつくままメモ」なので、わたくしの思い違いも多々あるはずですし、
正しくは本書のご熟読をお願いしますね


第Ⅰ編~市民と行政の対立と変容、協働~

序章より
・東京都小金井市の市長辞任の例
(略)
→近隣に廃棄物処理施設が建設されると聞いたら、あなたはどうするか・・・
→その反応に行政はどう対応するか・・・

・フィリピン・スモーキーマウンテンのスカベンジャーの例
(略)
→ごみ問題は貧富の格差の問題、行政と住民の力の格差の問題でもある

・ディケンズの小説に現れる「第三者」の例
→弱者を支援する第三者、NGO、第三者機関・・・

・コロナ禍でのマスク着用という公共政策の例
→日本では啓発活動という政策手法のみで、合意形成の手続きは(必要?)なかった
→欧米では(個人の自由の侵害で)議会討論を経た立法など合意形成の手続きが必要だろう
→日本での政策参加は、それに関わる市民や、その分野に得意な市民だけでいい?
→対立しない政策でも市民と行政が協働で形成する方が望ましい政策もあるはず・・・


第1章より
・大阪市住之江工場の事例

→完全対立のままの例
→紛争勃発から最高裁上告棄却まで、歴代3人の市長リーダーシップによるものではなく、
ずっと行政主導型の政策形成だった
→議会も(共産以外)全て与党で、行政が政治アクターと調整し政策を形成・推進していた
→これらが反対住民を「かたくな」にさせたが、住民側の学習による変容が進展した

東京都杉並清掃工場の事例
→和解成立と住民の運営参加の例
→都知事と住民の対話→混乱の激化→ごみ戦争→地裁からの和解勧告→和解条項の監視へ
→運営協議会設立→34年間の行政との協働での学習と運営→現場公務員との信頼関係の醸成
→短期間での現地建て替え合意へ


第2章より
・第1章の住民の学習による変容は特殊な現象ではなく一般的なもの

・武蔵野クリーンセンターの住民の学習と変容の例
→煙突から排出される水蒸気は冷えると白い煙に見える→再加熱して透明にしていた
→再加熱には石油を大量消費する→住民委員から
無駄な(毎年億単位の)税金支出との意見
→学習・議論して再加熱をやめることに決定
→有害な煙ではないことの地域住民への説明は住民委員が自ら実施した

・ジョン・ロールズの反省的均衡から
→学習による反省→変容→葛藤から均衡→合意形成→やがて市民文化をも変容させる

・個人の意思形成過程
→アダム・スミスの道徳感情論・国富論から→公平な観察者になると他者の利益に理解を示す
→行動経済学の「良き市民」から→学習を重ねると同感し向き合う方向に変容する

・個人の意思決定と集団の意思決定
→タルコット・パーソンズのLIGAモデルから考える
→住民共有の情報→学習による共同幻想的な(潜在的な文化システム)の醸成=Latency
→具体的な地域の共通認識→疑似地域計画の形成=Integlation
→個々の住民レベルまで消化・内面化された明確な地域目標=Goal
→個々人が目標に適合的な行動を開始=Adaptation

・市民文化の変容
→市民文化には地域差が存在する(米英独伊墨の意識調査の例)
→市民の政策参加意識は変化してきている(ドイツの地方自治活動などの例)
→変化して定着した市民文化が集合的記憶になる(戦後日本の民主主義の例)
→日本の情報公開・行政手続など制度の変遷からは市民参加を重視する方向にある
→日本の市民文化は徐々に公共政策参加志向に変容していくと期待される

・共同行動するコミュニティ(第1章の例など)
・意思決定できるコミュニティ(他の多くの地域)
・機能しないコミュニティ(トレーラーハウス街やスラム街、ワンルーム街などの一部)

・地域コミュニティの変容
→すべての政策がすべてのステークホルダーにとってウィンウィンとはならない
→社会的弱者を含む
すべてのステークホルダーが納得する条件下で、
→便益とコストがフェアに配分されるのが理想的な政策の形成・履行の姿
→これが社会的ジレンマ現象の根本的解決になる
→反対運動が起こらずアンフェアが定着するより反対運動が起こるほうが望ましい

・町内会
→地域の反対意見とは誰の反対意見なのか、行政はどう判断するのか?
→個人?→町内会長?→町内の複数人の署名?→町内会の決議?
→町内では賛成意見が多くても有力な町内会長のよる町内会の決議が反対ならどうか?
→異質な者を統合するのが町内会の機能で、最大公約数的な価値に基づく合意が形成される
→それは往々にして実利を優先する価値観による価値
→ふだん行政の手先でも保守系議員の選挙基盤でも、大損すると感じたら鮮明に反対する


第3章より
・行政の変容
→社会に有用な公共政策とは、歩み寄りによる均衡点を持つ政策
(各ステークホルダーが合理的に行動・変容すれば均衡点への経路のある政策)
→行政も市民と同様に学習・変容できれば、
社会に有用な公共政策は実現できるはず
→住民の変容事例は確認できたが行政の変容事例は、まだエビデンスを得るほどは・・・
→ただし長期的・制度的には、海外の影響もあり変容しているのは確か
→行政は政治家の政策を実行するだけでなく政策を企画し実行する政治機能を有している

・行政の政治機能
→日本の国家官僚は、60年代までは使命感を持ち政策を立案・遂行する「国士型」
→70年代には団体活動や政党環境の変化からステークホルダーを調整する「調整型」
→80年代の中頃以降から政治家や社会の圧力が強まり必要最小限だけする「官吏型」
→地方政府職員も
政策を立案・遂行するのは同様だが、国の省庁による「官僚内閣制」が
近年の政治主導の制度改革で弱まるのとは異なり、もともと首長が政策決定することが可能
→ただし縦割りを廃した場合でも個々の政策案は担当部局の行政職員が立案することが多い
→議員は地元の不利益になる政策提案者にはなりたがらず、職員や首長が嫌われ役になる
→制度変更には専門性も必要なので行政は政治過程である政策形成に大きな位置を占める

・地方の首長と議会、行政の政治機能
首長・議員は政治問題化していない政策の初動対応には意見を述べてから職員に委ねる
→政治問題化しているときや関心が強いときは政策形成を主導することがある

・行政の意思形成過程
→地方行政の政策形成では枠組み(福祉・環境・教育など)ごとの、前例による価値基準や
実施手順、共通する行政姿勢や価値観といった慣行と、それと表裏一体である発想枠がある
→これが明文化されていない職員の「共通枠組み」で、いわば行政文化を形成している
→これがメタ政策形成レベルの判断規範になっている
→廃棄物処理施設を立地する場合、住民に押し付けるか、意見を聴く「カタチ」にするか、
真に協働して決定するかは、この判断規範に属し個別の政策形成で検討されることはない

・この「メ
タ政策形成レベルの共通枠組み」を簡単に「しがらみ」と呼べば・・・
→行政への反対抵抗運動の多くは、この「しがらみ」の変更を求める行動
→住民は学習(情報の論理的・客観的・科学的処理)により短期間で変容する
→住民は「しがらみ」に縛られないので「事実がそうならこうあるべき」という思考も生まれる
→住民交渉窓口職員が「しがらみ」の矛盾に気づいても行政組織として変えることは容易ではない
→行政組織は学習では変容しないが、職員個人は学習により変容することがある
→その職員は新たな行政規範(あるいは良心)と「しがらみ」の間で悩むことになる
→行政組織は「しがらみ」を変えることによって変容する
→これに大きく作用するのは市民応答での長期的調整と社会の常識・規範・価値観の変化
→「しがらみ」のうち慣行や単なる発想枠は外部からの作用で一転してしまうことがある
→政策形成や政治的言動を左右する発想枠は固着的でコアな行政組織文化で、時間を要する

・官僚制の
合理性と批判(略)
(ポピュリスト首相・首長の合理的でない政策の強要に、抵抗する官僚と追従に走る官僚)

・ロバート・パットナムの実証的な分析(
北イタリアと南イタリアの違いから→略)
→統治機構のパフォーマンスと市民文化との関係→ゲームの理論

・廃棄物政策の例
・前世紀末の廃棄物処理問題の原因は分断型社会(植田和弘)
→戦後しばらくの生ごみから、プラ・大型家電なども→高度成長期・バブル期など急増期も
→ステークホルダーは行政だけでなく製造者・販売者・消費者も重要なアクターなのだが、
→これらが分断され、市町村のみが汲々としていた
分断型社会だった
→焼却・埋め立てでは追いつかずリサイクルへ→消費者による分別が必要になった(協働)
→根本的解決には製造者・販売者が主軸のリユース・リデュースも必要になった(協働)
→やがて市町村が共同して
製造者・販売者・消費者への対処や国への規制を要請
→国も動き減量リサイクル優先の国家施策に転換が図られ、分断型社会は改善方向へ

・市民と協働する行政
廃棄物政策の例はステークホルダー全てが関わって生じている
→単に市民の意見を尊重するだけで事足りる問題ではなかった
→このような事象には政策立案・履行にステークホルダー各々が情報を共有し意思形成に
参加して取り組むほうが効果的
→行政には、潜在するステークホルダーも巻き込み、協働して解決のための政策を進める
積極性が求められる
→これが「受け身の市民参加」を超えたレベルの「協働を目指す行政」
(パットナムの分析例では北イタリアの行政)

・市民の類型と行政の類型の関係
→意思決定・行動できない市民には、押し付け型行政(意見を聴くのは無駄だから)
→意思決定できる市民には、住民意思優先型行政(対応しないと履行できないか低下するから)
→行動する市民には、協働型行政
→これらは市民に応答して行政が変容することを示している
→市民との協働が最も効果的な政策推進をもたらすという共通認識が行政組織に共有されると
行政は協働による政策推進を積極的に選ぶようになり、
協働型行政が定着する
→市民の類型に応答した行政のコスト(略)

・行政を変容させる他の環境、引き金など・・・
→大災害を経験すると新防災計画の策定や設備投資へ
→学校でのいじめ、廃棄物の増量、かつての公害問題なども引き金になるが・・・
→社会問題に即した行政の変容は(政策ニーズへの対応としては遅いが)制度変更はされる
→ただし職員の「しがらみ」に変容がなければカタチだけで実が伴わない場合もある

・地方自治体の制度変更は国に先行することが多い
→その要因として(特に都道府県・政令市・大都市に多い)相互参照(情報交換)がある
→先行したモデルケースの成功情報が拡散され、実施されていく

・変容のトリガー候補は職員・首長・議員(上部構造)だが、緊急事態や外部の大きな要請など、
客観的に確認しうる政策ニーズ(下部構造)が存在しているときにアクションを起こせば動く
→予兆を最初に察知できるのは行政職員の場合が多いが「しがらみ」の変容につながるか・・・

・市民のあり様に直接影響されての行政の変容
・これとは別に社会の常識・規範・価値観に合わせた行政の変容がある
→この
社会の常識・規範・価値観の変容は市民文化から

・協働のパートナーは対等でなければならない
→自治度の高いコミュニティ(行動する市民)は行政と対等に渡り合える可能性があるが、
その他のコミュニティには難しい→行政との力量の差異があるから
→この格差への対処を第Ⅱ編で・・・



第Ⅱ編~市民に関わる格差と葛藤~

第4章より
・行政は統治権力の執行機関であり、地域住民とは圧倒的な力の差異がある
→民主制の統治システムでは国民が主権者で上位のはずだが現実は逆・・・
→どうすれば対等に議論・交渉できるのか、政策や計画の合意が形成されるのか
→情報格差の解消と行政裁量の統制から・・・

・政府組織に知識・情報が集中する社会は問題(ハイエク)

・弁護士など行政情報提供業の担い手が市民対行政関係調整業になることが理想(足立忠夫)
→情報の非対称性の解消には当初からの住民参加だが、その場合でも基礎的な常識は必要
→なので足立の説く第三者の存在は重要

・ハイエクの情報・知識論から(略)
・地方自治に住民が参画して初めて情報は市民にとって意味を持つ(ドイツ・武蔵野の例→略)

・権力としての行政の統制
(行政法・財政学・福祉国家論など、めんどーなハナシなので略)


第5章より
・ごみ処理施設に関わった住民への聴き取りでは当初からの市民参加に全員が疑問を呈した
→利害が絡む地元の話し合いは難しく、不利益分配の行司役は行えないから・・・
→参加すれば、自分たちでは決められない、では済まないから・・・
→しかし行政が決めるしかないと考えている訳ではなく、押し付けへの反発が運動の原点
→自分たちが決定すると確信しているが、行政が用意した合意形成の場への参加には懐疑的

・武蔵野クリーンセンターの市民参加による合意形成の事例
→複数候補地の住民参加による委員会で理性的な熟議により用地が選定された
→建設後も運営協議会が常設され住民が施設の運営に参加した
→20年後の建て替えでも市民参加の委員会で準備を進め短期間で稼働した
→これは典型的な成功例で、参加実態への異議を呈する研究も見当たらない
(成功の要因)
→市民が情報蓄積により、ごみ問題の重要性・緊急性を認識していた
→市長が早くから市民参加を推進した
→市民参加による政策課題の解決という市民文化が定着していた
→市役所職員が市民をパートナーとする市役所文化が定着していた

・猪名川上流広域ごみ処理施設組合「国崎クリーンセンター」の紛争と合意形成の事例
→反対運動が二つに集約され、一方は訴訟(最高裁上告不受理)、もう一方は会議参加から
施設運営を継続して監視していく立場を選択した
→行政側は当初は押し付け、その後は一貫して住民参加推進の姿勢で竣工後も継続している
→多くの地域住民が旧施設のダイオキシン排出報道で新施設の必要性を認識していた
→行政の方向転換に加え、住民が情報を蓄え認識を深めていたことで参加による合意形成に

・長野県中信地区の産業廃棄物処理施設の合意形成の事例
→複数候補地の住民参加による市民委員会方式で建設用地選定方法を確定したのが特徴
→当時の田中康夫知事が全面バックアップしていた
→その後、アセスメント→用地決定→建設のスケジュールだったが知事の指示で中断した
(廃棄物発生を抑制し処理施設を作らない趣旨の条例を検討していて議論が拡大したから)
→それでもアセスメントへ→候補地2か所選定となったが住民説明会で反発された
→処理施設整備の議論へ、新たに廃棄物減量の議論が展開され合意形成できなかった

・観察した社会学者は予定地の住民が納得して賛同した経緯になっていないと指摘している
→市民参加の委員会形式では多様な実情をノイズとして均質化してしまい正義の強者が現れる
→行政は市民参加を振りかざし現れたが、行政との格差を実感していた住民にとっては、
行政自身が「正義の強者」だったのである

・なぜ住民たちは行政が主宰する市民参加の場に躊躇するのか
→意識的あるいは無意識に行政との格差を感じていたからではないか
(その要因)
→行政は情報量において圧倒的に優位
→市民参加の委員会でも情報は行政から提供される
→勉強してもわからないことは対峙する行政に教えられ、選択肢まで暗示される

・これでは議論しても到底勝ち目はないと感じる
→偏らない科学的な情報を提供し、自発的な学習を支え、結論が客観的に見えてくるよう
議論の進行を流れに委ねていなければ、住民は参加を危ういと直感する
(成功例は市民と行政の情報量の格差、問題認識や理解の差異、方向性の差異が小さかった)

・行政とのケンカなら、やり方は住民が選べるが、行政の仕組みに嵌れば自由はほぼない
→「正しい手続き」に異は唱えられず、分別ある大人の話し合いで決まってしまう
→このような市民参加なら嫌がるのは当然

・行政には世論を形成する力もありメディアへの影響力も大きい
→弱い立場の住民が市民からも悪者にされ、地域エゴだという世論に苦しめられる

・行政にとっての合意形成の意味
→今は押し付けでなく市民参加により合意形成を図るべきという手続的規範
→合意形成で政策の実現可能性が一気に高まるという意味で望ましい価値を帯び規範的
(決めるから参加せよといわれた住民にとっての意味とは全く異なる)

・合意形成のステップ

→住民にとっての合意形成の場への参加は、合意形成に合意したことを意味する

・地方行政に求められるもの
→ステークホルダー間の経常的に良好な関係
(情報公開、公平な対応、透明性、誠実さなどによる)
→信頼関係が構築されていない場合に溝を埋めるのが第三者

・廃棄物の増量トレンドは収まり、処理施設は新設よりリプレイスの時代に
→めいわく施設は建設後も「喉元過ぎれば」がなく住民との関係が続くのでむしろメリット
→焼却施設は30年前後は稼働するので住民との対等な関係、情報共有、意見反映が続けば、
信頼関係が築かれて施設更新も円滑に進むだろう・・・

第6章より
・カナダ・アルバータ州の総合廃棄物処理施設と地域格差の例
→アルバータ州スワンヒルズでは施設立地の住民投票で79%が賛成し立地が確定した
→市民参加による合意形成が喧伝されたが、研究者から以下のような批判があった
①予定地の外縁隣接住民はトレーラーハウスに住み非定住で生活に精一杯、建設反対運動を
展開できるようなコミュニティではなかった
②ステークホルダーのうち反対するであろう①の住民には投票権が付与されなかった

・ステークホルダーの認識・確定
→行政が認定の範囲を歪めてしまうという問題
→悪意なら行政内部の「しがらみ」を変えねばならない
→裁量の濫用の問題でもある→コントロールの役割は第三者・・・
→ステークホルダーであっても自ら認識できない、社会に関心を向ける余裕がない、
共同して行動を展開できる自治力がない、といったことで自己申告しないで把握洩れに
→合意形成の合意の前に
ステークホルダーの認識・確定を行政手順に組み込んでおくこと

・ケイパビリティに欠ける住民と地域
→ハーシュマンの組織と構成員の関係論考では構成員・関係者は組織の変化や衰退に対して
離脱か発言か忠誠か、いずれかの行動をとると論じている
→これは個人が自立して行動する架空社会のハナシ
→現実にはその選択をするケイパビリティに欠ける住民が存在する→忍従しかない
→新自由主義で福祉国家論には翳りが見えたが貧困や格差はますます拡大している
→社会的弱者を支える政策が公的部門から消えることはないだろう
→住民と地域のケイパビリティを引き上げて助け合うコミュニティを築くこと
→引き上げるアクターは行政かNPOか営利団体か・・・

・行政の住民学習支援ケアサービスの実例(アメリカ)から
→埋め立て処分場の汚染が発覚し、環境保護庁EPAは環境対策の実施に周辺コミュニティの
市民参加による政策形成方式を導入、地域住民で構成する組織を設立して金銭支援
→住民たちには汚染の知識がないのでEPAが情報提供し住民が専門家を雇う費用を全額支出
→EPAは知恵と金は出すが口は出さない
→専門の第三者が参加して意見形成環境を醸成した
→政策形成には望ましい結果をもたらし、住民のケイパビリティも育ち高まった
→やがてその居住区が自治能力の高い地域に変貌することも期待できる

・市民・地域間に格差が定着し再生産される理由
(社会学・
教育社会学・都市社会地理学のハナシなので→略)

市民・地域間の格差に対する対処への思想
→アマルティア・センの思想(略)
→ジョン・ロールズの正義論
(略)

・政策の失敗への対応(福島原発事故の教訓から一般的対処策を考察)
→事故と被害について
(略)

・教訓からの予防ルール
①巨大な悪影響がある政策、実施することにより大変な危険・危機を招く政策、あるいは
正義にもとる政策は実施すべきでない。してはいけない政策は実施しない
②実施しても便益がほとんどない無意味な政策は実施されるべきではない
③政策を実施するにあたっては政策の効果や影響および政策遂行の進め方の適切さを充分に
事前評価しなければならない

・教訓からの地域復興ルール
①政策失敗の被害対応にあたる行政などの復興推進主体は「人間の復興」を目的として
復興を進めて行かなければならない
復興推進主体は(復興対象が生活してきた)「地域そのものの復興」を念頭に置いて
取り組みを進めて行かなければならない
③復興政策はその対象である地域の人々の参画のもとに進められる必要がある

・廃棄物処理施設立地・建設政策の失敗への対処策
(略)


第Ⅲ編~協働を促進する第三者の役割と課題~

第7章より
・第三者の機能としての公平な主体による交渉や介入(メディエーション)の事例
「社会的弱者への支援介入」例
→アイルランドの地域組織による弱者支援
→米国のアドヴォカシー・プランニングによる住民の都市計画参画
「大学によるもの」例
→ワシントンの地域交通問題の解決
→米国たばこ農業振興と健康増進の対立解決
「国際NGOによるもの」例
→ガーナの鳥獣保護区の事例
(保護担当政府職員と部族民のトラブル多発に現地での支援活動で両者から信頼を得ていた
NGOが介入して解決)

・紛争を伴わない公共的取り組みに第三者が関わる事例
→ソーシャル・イノベーションにおけるチェンジ・エージェント
→芸術(映画など)・文化(著作物など)における仲介エージェント

・現代の米国における(公共)メディエーション定着の例
→公共政策でメディエーションを実施する機関がすでに存在している
→民間会社、非営利団体、連邦政府組織、州政府機関、大学と、これらの提携もある

・他国の例(カナダ、英国西欧など、中国)→略

・NGOの例(前述のガーナやボリヴィアの森林開発)

・日本におけるメディエーションのための社会的基盤創設の展望
→アメリカでは市場で提供されているが、品質や供給不足が懸念される
→ユーザーには選択肢が多い方が望ましいので供給者の量と質の確保が条件になる
→日本ではADR(裁判外紛争解決手続)制度があるが行政との仲介は荷が重いのでは
→対行政での顕在需要がないのでアメリカのような自然発生は期待しがたい
→法律や地方の条例による義務化、免許制度なども考えられるが、まずは実証実験から
→資金、質、中立・公正・公平性の確保が必要(
略)

・第三者機関が機能を発揮するための条件
(略)
・市民・住民の変容を促す第三者の役割
(略)
・行政の裁量行為・処分の適正化に果たす
第三者の役割(略)

第8章より
・アダム・スミスの公平な観察者としての第三者
・ボイラー事故から石谷清幹が着目した第三者の役割

・公務員(と町内会・PTA・ボランティア活動などにミッションを感じる市民)への提言
→自分の心中の「公平な観察者」の声に耳を貸して第三者意識を抱きながら公共的活動に
取り組んでほしい、ということに尽きる・・・

・主体的な生き方から地域協働社会の構築へ
→メディエーションはステークホルダーが主体的に考え行動して、あるいはメディエーターが
そのようにステークホルダーを変容させて、はじめて成功裡に終わる
→それぞれが主体性を確立したとき、協働による地域社会構築の歩みが着実に始まる

・リサイクル・循環・想像力・第三者・・・
→近年の廃棄物政策は、自然の物質循環にできるだけ沿って取り扱う、という考え方
→自然循環を守る取り組みが人々の生活を持続可能にする(森里海連環学)
→原発は自然循環に沿った技術とはみなしがたく、社会の循環、関係の輪に納まっていない

終章より
・各アクターの変容と特徴
→市民は学習で短期に変容し、その方向の大きな要素は情報
→行政は市民の変容が社会に定着することで変容するが短期ではない
→行政を有効に機能させるのは第三者も含む市民の力

・第三者の登場と新たな役割
→市民に信頼される公平な第三者(機関)が一般的になれば、行政にとってもメリットが大きい

・市民と行政が一定の変容を遂げ第三者が活躍する将来の社会(略)

・序章での問いかけ(
近隣に廃棄物処理施設が建設されると聞いたら、あなたはどうするか)
→その答えの選択肢の中に、公平な第三者機関があったとすれば・・・

・市民との協働を行政の「しがらみ」の中に取り入れた地方政府は現に存在するので、
その中から第三者機関の創出を主導したり、地域で生まれた第三者機関を利用したりする
行政機関が現れる可能性はある
・公共の衆議の場を24年間も提供し続けている市民もいるので、市民主体で第三者機関が
芽生える可能性もある

・なのでモデルケースとして第三者機関が設立されることは非現実的な想定ではない
→モデルケースは地方政府
の相互参照(情報交換)で全国に広がり、やがて国も動く
→それで新たな社会のステージが開ける・・・(これは強い願望を込めて・・・)


・・・


いやあ、実例や
古今東西の文献が網羅されてて、じつに濃い内容でした
惹句にもあったとおり、特に第三者(機関)の役割という観点は目からウロコでした

わたくしも著者とは別の「枠組み」で公共政策を実施していた際に、市民との対立や市民同士の
対立を経験し、当時の都市問題の研究者や比較的冷静だった支援ボランティアの方などと
議論していて、なるほどそういう考え方もあるのかと納得したことは何度かあり、その一部は
政策にも反映できましたが、やはりその件に関係する「行政のしがらみ」や「市民文化」を
変容させるまでには至りませんでした。
あの場に、お互いが信頼できる公平な第三者機関があれば、どうなっていたか・・・

すでに何度か書いてますが、わたくし文明史にも興味があり最近はこんな本を読んだりしてて、
国家・農耕・文字・
市民・奴隷(今なら旧植民地の労働者や非正規?)の誕生と、それらと同時に
生まれた専業の行政官との関係については、(やはり同時に生まれた)専業の神官(学者)との
関係とは異なり、イマイチよくわからなかったのですが・・・

行政の権力行使と市民との対立は都市国家の成立から現在まで続いており、個人の確立と
自由意志を前提とした国家(権力)→(社会契約説の理想社会?)などあり得ないと思ってたのが、
本著に何度も出てくる「市民の学習と変容による行政の変容」や、それに重要な役割を果たす
「公平な第三者機関」とゆーキーワードから、少しはその存在が見えてきました

国家や都市に束縛されない野蛮人(今ならグローバル企業のエリートとか?)と行政の関係も、
揺れ動く世界経済の仕組みのなかで、今後どう展開していくのか・・・
さらに新自由主義以降の行政の福祉政策や、ポピュリズムと行政の関係などなど・・・
まだまだ興味は尽きませんが、ともかく読み終えたので、まずは一杯・・・ぷしゅ



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