書斎

2024年09月17日

世界の終わり防衛マニュアル図鑑

ええ、防災週間は9月5日で終わりましたが・・・


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世界の終わり防衛マニュアル図鑑 APOCALYPSE READY
~自然災害・核戦争・宇宙人侵略に備えた各国の啓発資料集~であります




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惹句には「プロパガンダ・アートとしての防災・防衛資料の変遷」とありますが、
まえがきによれば「
第一次情報化時代に政府が発した様々なアドバイスの記録」・・・

ま、戦前から冷戦時代を中心にした各国政府の防災・防衛に関するポスターや図解マニュアル
などの紹介とその解説です


著者紹介

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奥付

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例によって目次のみ

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各国の①パンデミック②自然災害③核戦争④宇宙人の侵略に備えるための啓発ポスター、
パンフレット、ハンドブックなどの図版とその解説で、国や政権や時代による違いなど、
今では稀少な(きわめてマニアックな)資料の集大成で、なかなか興味深く眺めました

さすがに本編紹介はできませんので「はじめに」と自然災害に関する解説の一部のみメモ・・・

(はじめにより)

・本書は第一次情報化時代に政府が発した様々なアドバイスの記録
→この記録は情報媒体を駆使して、思いもよらぬ事態に直面する社会を助けようと、
人類が全力を尽くした証しでもある

・生命や財産を脅かす危険性について人々に周知させる方法(英国の洪水警報研究結果より)
→はっきりと断定的な主張や声明ではなく、むしろ不確かな雰囲気を醸成する資料を配布して、
人々の疑問に対してシンプルな答えを提供すること
→不安が醸成されると自分たちでリスクについて学び、家族や友人、近隣の人と話し合う
ようになり、それが社会全体としての危機への備えや意識の向上、情報の周知につながる

・起こりうる結果を踏まえたメッセージを発信する
→竜巻の可能性メッセージだけでなく先の結果(地下室に入らないと死ぬ確率とか)も示すと、
命を守る行動をとる可能性が高まることが研究で明らかになっている

・政府が作る広報はすべてプロパガンダとも見なせ、防災ガイド作成自体が政治行動になる
→危機の際にも政府がコントロールできるという、国家としての強さの証明
(現時点で、そんな強い国民国家が(我が国も含め)どれだけ存在するのか・・・)

・ピンポイントに絞ったガイドは関係者の考えが反映されるが社会全体の対応能力が低下する
→20世紀の防災ガイドは英語を話し郊外に住む白人中流階級家庭に焦点をあてたもの
→庭に核シェルターを作れ→高層マンションやトレーラーハウスの住人は?


②自然災害の「大地が動くとき」では、日本のパンフレットが詳しく紹介されてましたが、
「自然の中で生き残る」の解説より一部をメモ・・・

・サバイバル好きといってもベア・グリルスの視聴者からボーイスカウト、大災害に備える
「クレッパー」まで様々なレベルがあるが、少しの技術や知識が生死を分けることがある
→サバイバル技術を学び始める最高のタイミングは「事が起こる前」

・1953年の英軍サバイバルガイドから
→極限状態に生き残るために不可欠な要素は、自己保存本能と適切なレベルの訓練

・他の近代軍隊も大半は野外生活技術と応急処置の履修が基礎訓練の必須科目になっている
→その後に派遣先(北極圏やジャングルなど)に応じた専門的な知識と技術訓練が必要となる


・・・


そう、災害時のサバイバルには、備えはもちろん知識と技術と訓練も大切なんですね
なので今後もわたくし、キャンプ宴会を繰り返して訓練を続けることにします

氷が切れても、いかにして冷たいビールを飲み続け、冷たい素麺を食べ続けるかとか、
はたまた燃料が切れても、いかにして美味しい焼き肉や鍋料理を・・・ぷつん




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2024年09月07日

アーマード 生還不能

ま、前回記事からの銃器つながりつーか・・・

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アーマード 生還不能(上下巻)であります

そう、グレイマンなどの
マーク・グリーニーによる新シリーズ第一作!!!



下巻の奥付

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昨年6月の発行で12月発行のゲレイマン最新作(最終作?)より以前なんですね
わたくしは発行順ではなく図書館の予約順で読んでるので前後してます


で、物語は裏表紙カバーにある惹句のとおり・・・

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・・・と展開していくのですが、このミッションのウラに大きな策謀があって事態は二転三転、
やがてとんでもない展開に・・・わくわく、はらはら、どきどき

と、ハードなアクションシーンは大好きな
グレイマンシリーズと同じように楽しめましたし、
グレイマンは基本一匹狼でしたが、新主人公は家族持ちで経歴や個性もグレイマンとは異なり、
さらにリーダーとしてチームをまとめた経験がなく最初は苦労するのですが、その人間性から
徐々に信頼されていく過程も面白く、現地の麻薬栽培や貧困や搾取の実情もリアルで迫力があって、
最後まで一気に読んでしまいました

小説なので迫力あるシーンやストーリーは紹介できませんが、上巻の惹句の末尾にある、
「ひとくせあるメンバーばかりのチームを率いて出発する」際に、銃器を選択するシーンのみ

登場人物の
一番上ジョシュ・ダフィーが主人公で、以下の5人が彼のメンバーになります

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で、下巻の表紙絵にある装甲人員輸送車(インターナショナル・アーマード・グループIAG製
ガーディアン・モデル)
車列5台中、最後尾車両を担当するCチームのリーダー(チャーリー1)
になった
主人公が現地の武器庫で、今回の作戦(移動警護の最中に麻薬カルテルに襲撃される
可能性が極めて高い)に応じて、メンバーに指示した銃器とメンバーたちの選択・・・

・狙撃手ウルフソンにはサブマシンガンとスナイパーライフルを指示
ライフルは10倍可変倍率スコープ付きHK417、サブマシンガンはスコーピオンを選択

・衛生担当フレンチーにはスコープ付きのカービンを指示
→(フランス海軍コマンドと外人部隊の将校だったので)扱いなれたFA-MASを選択

・後部銃手クルーズはベルト給弾式のMk48軽機関銃を要求
→銃塔を後方に旋回するまでの時間稼ぎをするよう指示して
Mk48軽機関銃承認

・運転手ナスカーには銃身の短いライフル(サブマシンガンではなくカービン)を指示
(運転しながら
銃眼から突き出して遠くを撃てるもの)
→10.5インチ銃身のAR-15を選択

・上部銃手スクイーズには銃塔へのMk48軽機関銃の取付けとルーフハッチ下部へのM32
グレネネードランチャーのセット、折りたたみ銃床サブマシンガンの所持を指示


・全員の拳銃にはサブマシンガンと同じ9mm弾を使うグロックかS&WかHK製を指定

・助手席に座る自分は最も信頼できる
AK-47(折りたたみ銃床・短銃身タイプ)と、移動中は
股に挟んで所持するポンプアクションのショットガンを選択

で、出発前夜に医療品や予備の水や弾薬など、あらゆる装備の車内での置き場を工夫して、
「ひとくせあるメンバー」のチームリーダーとして少しは認められるようになるのですが・・・



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2024年09月03日

世界映画・拳銃大図鑑

とーとつですが・・・

過日、Bullittさんが某SNSでバイブルとして紹介されてて、まだ読んでなかったもので、
いそいそと図書館で借りてきた・・・

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世界映画・拳銃大図鑑~小林弘隆ベストワーク集~であります

イラストレーターの故・小林弘隆(イラコバ)さんの作品集で、作品の本人コメントをはじめ、
他のガンフリークや映画フリークの方々が、思い出やウンチクを書き綴られた本でした

で、表紙イラストはテレビドラマ拳銃無宿のスティーブ・マックイーンとウィンM73ランダル
イラストにあった本人コメントには「(ドラマの設定時代には存在しない)M92だし、しかも
ベルトのカートはウィンチェスター弾ではなくスプリングフィールド弾だし、ここまでくれば
嘘も完璧」とか・・・他の映画やテレビドラマの嘘紹介もいっぱいでした

(ちなみにわたくしが当時の西部劇番組で僅かでも覚えてるのはローハイドと
ララミー牧場で、
なぜか
拳銃無宿を観た記憶がないのですが・・・)


で、
裏表紙のイラストはハンフリー・ボガート

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カサブランカのリックでしょうか・・・ポケットにはM1903だったか・・・


奥付

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著者が1994年に亡くなられてから故人と繋がりのあった有志らが3年がかりで資料を集めて
1997年に発行された本であります


で、その企画・編集が当時の「映画秘宝」編集部にいた町山智浩さんだったんですね・・・

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例によって目次のみの紹介

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名作、名優、名銃からマイナーな作品、俳優、珍銃まで、まさにマニアックな世界でした

イラスト作品にある本人の手書きコメントも、他の執筆者による思い出話やウンチク話も、
どれもが懐かしくて嬉しくて、隅々までじっくりと楽しめました

で、末尾にあった本書で紹介されてた映画ドラマ作品(もちろん1997年まで)
の索引
(著作物なので公開に問題があるようなら非公開設定にします)

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ええ、これら全作品に出てくる拳銃すべてのウンチクがたっぷりと・・・
まさにバイブルですね・・・うるうるうる


思い出のP.S
わたくしがはじめて買ったモデルガンはMGCのワルサーP38アンクル・タイプでした
中学生の頃はテレビドラマ「0011ナポレオン・ソロ」に夢中で(コンバットにも夢中でしたが)
タカラモノにしてたのですが、友人に貸したら夜中に屋外で発火させて遊んでたようで、
警察に補導されて翌日にはわたくしも職員室に呼ばれ、結局モデルガンもそれっきり・・・

で、社会人になってはじめて(初任給で)買ったのがMGCのM16で、こちらは当ブログサイトの
記念すべき第1号記事になってます 
記事にしてからでも、もうすぐ20年か・・・うるうるうる




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2024年08月30日

戦争と交渉の経済学

とーとつに前回記事までとは真逆の世界・・・じつは同じ世界でもあるわけですが・・・

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Why We Fight  ~The Roots of War and the Paths to Peace~

戦争と交渉の経済学~人はなぜ戦うのか~とゆー本の(部分)紹介であります



表紙カバー裏にあった惹句

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そう、この数十年間の経済学・政治学・心理学の研究結果は、これまでの直感とは異なり、
「人々はめったに戦わない」、「戦争の原因は少なくたった5つしかない」ということだった、
で、この5つの原因に取り組むことで暴力の動機を減らし取引に向かう動機を増やせることを
実例とともに明らかにする・・・という内容の本でした


裏表紙カバー裏にあった著者・翻訳者紹介

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奥付

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例によって目次のみ

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本文だけでも450頁、原注や参考文献も含めると550頁ちかい大著でした

理屈だけでなく実際に現地で取材した事例が各章に出てくるので説得力がありましたが、
古今東西の戦争理論や経済理論の嚙み砕いた解説もあって、ともかく膨大な情報量・・・

つーことで・・・図書館への返却期限もあることだし・・・

第1部メインの2章から6章は飛ばし読み、第2部はキーワードのみ拾い読みしましたので、
以下はごく一部の読後メモになります
例によって読み違いも多いので、興味を持たれた方は本書の熟読をお願いしますね
(著作物からの自分用メモなので公開に問題があれば非公開設定にします)


第1部の序章より

・シカゴの若者グループ同士の殺し合い、北部ウガンダの暴力で学んだこと
→社会の成功とは、単なる富の拡大ではなく、
→自分の11歳の娘が反政府組織によって奴隷にされないこと
→通り過ぎる車からの銃撃や流れ弾に怯えず家の前に座っていられること
→警察や裁判所や市役所に行けば曲がりなりにも正義を求められること
→政府に住んでいる場所から追い出されて強制収容所に押し込められないこと
→これが「自由としての開発」(アマルティア・セン)→暴力からの自由は重要

・武力紛争は人々を貧困に追い込み社会の発展を損なう
→これは国にも都市にも当てはまる
→「国家を最も野蛮な段階から最も豊かな段階に引き上げるのに必要なのは、
平和と安い税金と反発を招かない司法の運営だけである」アダム・スミス1755年
→繁栄と平等な権利と正義の実現には必然的に戦争について考えなければならない

・本書における戦争の意義(定義)
→「集団の間での、長期にわたる、あらゆる種類の暴力的な争い」
(集団には村、氏族、ギャング、民族、宗派、政治的党派、国家などを含む)
(個人の争い、短期間の小競り合い、暴力的ではない熾烈な競争などは含まない)

・具体的に考察するのは、
①北アイルランドの過激派
②コロンビアの麻薬カルテル
③ヨーロッパの専制君主
④リベリアの反乱軍
⑤古代ギリシャの寡頭政治家
⑥シカゴのギャング
⑦インドの暴徒
⑧ルワンダの大量虐殺者
⑨イギリスのサッカーのフーリガン
⑩侵略者としてのアメリカ

・戦争は例外であり通常は選択されない
→現実には最も激しく対立する敵同士でも非暴力的に争う方を選ぶ
→この事実は忘れられがちで回避された無数の衝突について書かれた本は少ない

・近接して対立する2つの集団で、実際に武力衝突が起きた組み合わせの数
→アフリカの民族抗争では2000組で年間1組
→インドの宗派衝突では年間1000万人あたり1件未満で死亡率はせいぜい16人
(アメリカ大都市の殺人発生率は少なくとも10万人あたり16人でインドの100倍)

・国家間レベルでも同じ
→アメリカとソ連、パキスタンとインド、南北朝鮮、南シナ海、アフリカ植民地・・・
→回避された武力衝突は無数にあるのに失敗だけに注目する選択バイアス
→この
選択バイアスでは戦争の原因と平和への道筋を誤解してしまうことになる
→成功例にも失敗例にも見られる要素はおそらく戦争の原因ではない

統計学者エイブラハム・ウォルドによる大戦中のB17爆撃機の補強への指摘
→帰還したB17の胴体と翼への弾痕が多かったので軍はその部分の補強を命じた
→ウォルドは逆に弾痕の少なかった操縦席やエンジンへの補強を主張した
操縦席やエンジンへの被弾で撃墜されているのに軍が生存者バイアスで選択していたから

・戦争に関しては逆の失敗バイアスで選択しがち
→武力衝突の回避に失敗した(撃墜された)弾痕(貧困・不満・銃など)だけに注目している
→実際には虐げられた者が蜂起することはめったになく、若く貧しい民衆煽動家のほとんどは
反乱を起こさず、重武装した集団でも武力衝突より冷戦を選んでいることに注目すべきなのに
失敗バイアスで選択している→回避に成功した要因にも注目すべき

・重武装している集団が非難し合い、脅し合い、武器をひけらかすのは普通のことだが、
流血や破壊は普通のことではない

・私が望むのは、読者があらゆる場面でこの事実に注目することで、(それにより)
→多くの大言壮語や好戦的な言説の中に講和を主張する政治家の意見があることに気づくかも
→敵対する集団同士が短期間ミサイルを撃ち合ってから攻撃を止めた事例に目がとまるかも
→「陛下、和平です」と耳元でささやく顧問官、老練な将軍が若く血気はやる将校にどんな
悲惨な事態が待ってるかを気付かせるシーンにハッとするかも・・・
→一番わかりやすいのは「戦費が賄えません」と冷静に指摘する財務担当者や金庫番の姿かも
→こうした葛藤やコストが敵対し合う集団を妥協へと向かわせる

・殆どの状況で講和を求める声が勝るのは戦争が破滅を招くから
→互いにヒートアップして小競り合いが起きても殆どは冷静な判断が優勢になる
(1つの戦争の裏では1000の戦争が話し合いと譲歩で回避されてきた)
→戦争を長引かせて国の利益になったことはない(孫子)
→長い議論の方が
長い戦争よりまし(戦前のウィンストン・チャーチル)
→政治は流血のない戦争で戦争は流血を伴う政治(毛沢東)
→戦争は他の手段による政治の継続(毛沢東が読んでいたカール・フォン・クラウゼヴィッツ)

・7000年前の都市文明では戦う騎馬遊牧民を常に金で追い払い略奪から都市を守っていた
→多くの帝国は戦うか服従して貢物を差し出すかの選択肢をまず小国に示した
→町や村で殺人を犯した者の一族は被害者の遺族に賠償金を払い報復の連鎖を避けた

・ヨーロッパの平民と貴族の何世紀にもわたる闘争
→歴史家は農民の反乱に注目しがちだが、それは貴族が譲歩を拒んだ僅かな事例にすぎない
→ヨーロッパのゆっくりした民主化は、反乱を伴わない長期にわたる革命の連続と言える

・各国は戦争より相手を懐柔することを選んだ
→しばしば強い国は弱い国の領土を銃を撃たずに奪ったが弱い国は不本意ながらも従った
→ヨーロッパでは植民地を巡る戦争を避けるため会議で穏便に分割した
→アメリカはロシアからアラスカ、フランスから中西部を買収して、スペインからキューバも
買収しようとしたけど・・・

・現代の領土問題はさらに微妙→埋蔵資源、水資源、海洋など・・・
→アメリカ・ロシア・中国などの覇権国家が弱小国に様々な圧力をかけている
→不公正だが弱小国の選択が武力行使であることは殆どない
→国内では政治的党派が巧妙な手段で
不公正に再分配しているがこれも平和的な取引

・残念なことだが平和は必ずしも平等や公正を意味しない
→世界は残酷だが平和な不公平にあふれている
→軍と政府を掌握する少数民族による多数民族の支配、上流階級による生産設備などの独占、
軍事的超大国による他国への自国世界秩序の押し付け・・・
→それでも革命の犠牲とリスクは大きすぎるので反乱より妥協を選択している

・殆どの場合に妥協が選択されるのは双方の集団が戦略的に行動するから
→先を読み、相手を見極め、予測して行動を決める→ゲーム理論→
完全ではない
(特殊な状況においては戦うことが最善の戦略になる→後述)
→本書の枠組みは基本的にシンプルな戦略ゲーム
→どんな事例にも根本には自分たちの利益を追求する人間の衝動があるから

・政治的解決が失敗する理由は5つに限られる(第1部の2章~6章で証明→略)

第1の理由 抑制されていない利益
→和平へのインセンティブは戦争による犠牲だが、それを決定する人々が集団の他の人々に対して
責任を負わない場合は、犠牲や苦難をある程度は無視できる
→彼らが武力衝突で利益を得ようとしている可能性もある
→このような
抑制されていない支配者(の利益)が武力紛争の最大原因の1つ

第2の理由 無形のインセンティブ
→暴力により、復讐・地位の獲得・支配など「無形の目的」を達成できる場合がある
→神の栄光・自由・不正との戦いなど「
無形の目的」を達成する手段が暴力の場合もある
→一部の集団にとって無形の報酬は戦いから苦しみや損失を取り除くものになる
→この
無形の報酬を最優先する集団は戦争の犠牲をいとわず妥協を拒否する

第3の原因 不確実性
→敵の戦力や戦意の程度が分からない場合や、自分が相手と同じ情報を持っていない場合は
不利益であっても攻撃が最善の戦略になる場合がある(ポーカーのブラフで降りないのと同じ)

第4の原因 コミットメント(確約や公約)の問題
→双方が戦争による破滅を避けるための政治的取引を望んでいるが、その取引がまったく
信用できない状況
(こちらが攻撃しなければ敵は何を約束するか、敵とは約束できないし、たとえ約束しても、
それが信用できないことを、双方がわかっている場合)

第5の原因 誤認識が妥協の邪魔をする
→人間は自信過剰な生き物で、他の人々も自分と同じ考え、価値、世界だと決めつける
→大きな集団でも様々な誤った信念を持ってるので合意を見いだす能力を誤認識に奪われる
→敵を悪魔のように捉え邪悪な動機を持っていると決めつける
→競争や対立はこうした誤った判断をさらに悪化させる

・戦争に対する説明の殆どは、これら5つが姿を変えたもので、5つの分類は類型論
→すでに存在する膨大な理論や学説を整理したもの
→これら5つのいくつかが重なることで、平和の維持がますます困難になる
→脆弱なコミュニティや都市や国家で暮らすというのはそういうことなのだ

・原因ではないものを見分ける能力も必要
→貧困、資源、気候変動、民族分断、分極化、為政者の不正、武器拡散などは、少なくとも
それだけで平和インセンティブを阻害することはなく、武力衝突の火種はおそらく別にある
→戦争の回避に成功した例と失敗した例の両方に注目して戦略的思考を少し働かせる
(どの弾痕が生還した飛行機にあったもので、どの弾痕が撃墜された
飛行機にあったものか)
→5つの基本原因に焦点を絞ること

・5つの論理について検討する最大の目的は、なぜ安定して平和で繁栄した社会が存在するのか
を理解し、どうすれば暴力的な社会をそうした社会に変えられるかを考えだすこと
→それが第2部のテーマで
第2部のメッセージはシンプル
→「安定した社会の集団は激しく敵対していても武力衝突を起こさない」ということ
→村、ギャング、民族集団、都市、国家、世界は、武力衝突インセンティブを無効にする方法を
数えきれないほど編み出してきた・・・


第1部の第1章より(ガイダンス部分のみのメモ)

・コロンビア・メデジンの例(略)
→普通の本ならギャング抗争の流血の実態と原因を描くだろう
→公民権なき若者、銃、政治腐敗、秩序崩壊・・・
→実際には小競り合いが戦争にはならず99.9%をグループ間の交渉と取引で回避している
(殺人事件の発生率は多くのアメリカ大都市より低い)

・戦争より
交渉と取引、長期ストライキより譲歩、訴訟より和解→これがゲーム理論だが、
→「戦争の5つの原因」がそれぞれ別の形で平和的なパイの分割を阻害している

・第2章から第6章は「戦争の5つの原因」の解説(略)回避の失敗例を見ていくが、
①戦争は例外であって通常は選択されないこと
②悲惨な出来事ばかりが語られるが世界は意外に頑丈にできていること
③私たちの手には頼もしいツールがあり常に平和への引力が働いていること
→常にこれらを覚えていてほしい・・・


第2部からはキーワードのみランダムにメモ

・成功した社会が競争を平和裏に処理するために用いた方法
→①相互依存 ②抑制と均衡 ③規則の制定と執行 ④介入

①経済的、社会的、文化的に絡み合った「相互依存」(略)

②制度による「抑制と均衡」を通じた権力の分散
→選挙・多数決の民主主義国家でも権力集中の可能性はあり、非民主主義国家でも党組織、
地域の政治家、独立した軍部、大物資産家、巨大な官僚組織などによる権力分散もある
→制度による
抑制と均衡が重要
→事実上の権力の源泉は軍事力・動員力・物資力→この
抑制と均衡

③法、国家、社会規範といった「規則の制定と執行」のための制度
・メデジンの各ギャングは協定を制定して破った者に介入した→マシンガン協定
・人類最初の政府は、秩序を維持することで経済的利益を得る犯罪者の組織だった
→いずれも不平等で抑圧的だが有効性があり、秩序がないよりはましだった

・国連の安保理も
不平等で一貫性がなく偏向しているが、あるからより平和になっている
(国連の人権に関する法と規範、妥協成立に向けての支援、制裁、調停、平和維持・・・)

・「国連が作られたのは人類を天国に連れていくためではなく、地獄から救うためだ」
(国連事務総長だったダグ・ハマーショルドの好んだ言い方)

・階層的な同盟の集合である世界の国際システムはメデジンのギャング組織と同じ
→無政府状態ではなく地域的に平和と協力が実現されていると考えるべき

④5つの原因を無効にする「介入」のためのツールセット(暴力が発生しても止められる準備)
・戦争に介入する5つの手段(懲罰、執行、調整、インセンティブ、社会化)→略
→効果は期待より小さいが一つ一つの動きが少しずつ平和へ近づけていく

・内戦の鎮静化は大量殺戮の阻止・クーデターの封殺・独裁政権の転覆などとは目的が異なる
内戦の鎮静化に限れば、多くの場合は大規模な平和維持部隊が状況を改善する

・信頼とは裏切っても利益にならないと互いにわかること→信頼の醸成が調停者の役割

・腐敗した権力を取り込み新たな武力蜂起を防ぐ介入→平和の負の側面だが、
→腐敗の撲滅や民主化を急いで追求すれば、戦争に逆戻りする可能性もある
→短期的には武力抗争の終結を金で買うことができるが、それが安定して持続するかは不明
→レアルポリティークと理想主義のバランスが必要で、教育や小さな規則変更と並行して、
漸進的に改善していくことも・・・

・なぜ戦うのかを考える際に失敗に注目してはいけない(具体例は略)
→「○○が戦争を起こす」→それが妥協へのインセンティブになり得るかを考える
→貧しい人々が戦争を起こすのではなく、起きている戦争に加わって死傷者が増加する
→平和なときは飢えた人々を喜んで軍事組織に入れるが、行うのは戦闘ではなく訓練
→貧困の根絶などは戦争の終結には有効だが平和構築への効果は薄い→目的は暴力の回避

・武装勢力同士を戦わせて解決させる「決定的勝利説」には重要な視点が抜け落ちている
→解決までに果実を享受できず死んでいく人を無視している→生存者バイアスの一例
→戦争が平等社会、強い国家、技術革新を実現した時代だけに焦点をあてており、
それらに失敗した戦争は見過ごされている

・「戦争が国家を作る」説の対象は1400年代から1814年までの西ヨーロッパのみ
→それ以外の地域でも戦乱から、より適した政府やより平等な社会が生まれることもあったが、
殆どの長期間の戦争は、破壊により社会を脆弱にして没落や侵略を招き、一体性を崩壊させ
経済発展を遅らせただけ

・技術の進歩や強い国家など殆どの利益は実際の戦争ではなく(冷戦のような)激しい競争から
・戦争とは関係なく実現した安定性、平等、国家建設は膨大にある(特に戦後の平和な時代)


「結論」→すべての人のための原則として・・・私の「十戒」

①容易な問題と厄介な問題を見分けなさい
→天然痘の大規模予防接種は手順・成否・測定・追跡が容易だったが平和の創造は厄介な問題
→それをすぐに解決すると言う候補者には投票しない、性急な解決を求めない

②壮大な構想やベストプラクティスを崇拝してはならない
大規模予防接種など定型的手法が功を奏するので、それらのベストプラクティスに幻惑され
あらゆる状況に適合するスキームがあると思ってしまいがち
→カスタマイズせずコピーしただけの憲法・法規・制度は身の丈に合わず機能しない

③すべての政策決定が政治的であることを忘れてはならない
→官僚が賞賛され正当性を保つのは中立的に規則に従うときだが、政治に無縁な計画はない
→どんな政策でも必ず利害が生じ、新しい規則や介入はパワーバランスを変化させる
→多くの計画立案者がそのことを忘れ技術的な側面だけで最適な解決策を見つけようとしている

④限界を重視しなさい
→単に徐々に進めるのではなく「限界主義者」になること(老子・道徳経)
→投入リソース全体と得られる成果全体を比べるのではなく、リソースを僅かに投入した際に
どれだけの成果が得られるかに注目する人に
→小規模であまり効果がなければ大規模に、小規模でも何も変わらないよりはまし・・・

⑤目指す道を見つけるためには、多くの道を探索しなければならない
→探索し実験すること
→ミズーリ州セントルイスからオレゴン州ポートランドに行くのに必要なものは?
→今なら答えは簡単だが1804年に大統領トマス・ジェファーソンが探検家に命令した時点では
試行錯誤を伴ういくつかのチーム・ルート・装備・スキル・計画の検討が必要だった
→これが厄介な問題に取り組むときのアプローチ

⑥失敗を喜んで受け入れなさい(漸進的な試行錯誤の繰り返し)
→公共政策の失敗プロジェクトは無数にあるが無難な政策がいいわけではない
→試行と失敗の繰り返しを定型化して実行し無効なアイデアをふるい落とす(イテレーション)

⑦忍耐強くありなさい
→プログラムが簡潔で結果が得られる災害救援や選挙監視は短期間でイテレーションができる
→統治能力の構築やギャング殺人の低減といった分野で短期間で実験を行うのは不可能
→現実にはあり得ない短期間を期待する集団妄想では平和への歩みは速まらない

⑧合理的な目標を立てなければいけない
・南スーダン自治政府の例(2008年)
→有権者が政府に望むのは小学校の運営、村の診療所、道路の修復だった
→政治家は電力事業の経営、港の再建など10以上の部門の整備を考えていた
→国際的な寄付団体は2年以内に貧困・栄養不良・汚職を半減させるよう求めていた

・非現実的な目標を設定すれば成功した改革にも失敗の烙印が押され、国家に対する集団的な
信頼は確実に削り取られる
→すべてを優先するのは何も優先しないのと同じ
→学校や診療所の運営は非営利団体でもできるが治安維持、裁判制度、財産保護、暴力制御は
政府にしかできない
→政府の守備範囲と能力を考慮し、試行錯誤に寛容になり軌道修正を非難せず称賛すること

⑨説明責任を負わなければならない
・なぜ官僚機構はベストプラクティスにはまるのか、なぜ実験やインテレーションが少ないのか、
なぜ月並みな成果で満足する組織が多いのか→説明責任が少なすぎるから
・説明責任は分散させることでも生じる→多中心主義(エリノア・オストロム)
→平和のような厄介な問題ほど、一番近くで実験している者の判断が重要になる
→成功している援助組織は意思決定をできるだけ中心から遠ざけている
→優れた組織は下部に権限を委譲し重要な説明責任は上部が負う
(国連やアメリカなどと援助を受ける側の中央政府との関係は逆で、
中央政府の説明責任を
低減しており、地方政府への直接援助もできない仕組みになっている)

⑩限界を見つけなさい
→自分が影響を与えられる領域を見つけ、そこで世界に少しずつ働きかける
→次にどんな本を読むか、誰に投票するか、何に寄付するか、どこでボランティア活動するか、
あるいは政府や援助組織で働いているのなら、この「十戒」を取り入れて改善するか・・・
→あなたが踏み出すのは試行錯誤に満ちた自己発見の旅である
→あなたは自分で限界を見つけなければならない
→旅の幸運を祈る。そして、漸進的に平和を目指すことを忘れないように・・・

さてさて、この本を飛ばし読みした今の自分に何ができるか・・・
次にどんな本を読むか、誰に投票するか、何に寄付するか、どこでボランティア活動するか、
まずはそのあたりでしょうが、この選択を誤らないようにするためには氾濫する情報の中から
自分の選択バイアスをできる限り排除して冷静に取捨選択していかないといけませんね
判断できない場合は、とりあえず当サイトの読書メモのように並列しておくとか・・・




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2024年08月25日

ムラブリ・・・

ええ、前々回記事からの続きとゆーか、前回記事からの続きとゆーか・・・

P8217135

ムラブリ~文字も暦も持たない狩猟採集民から言語学者が教わったこと~であります


著者紹介

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奥付

P8217135 - コピー




冒頭にあったムラブリの居住地(著作物なので問題があれば非公開にします)

P8217137




例によって目次の紹介

P8217140


P8217141


P8217142


山極寿一氏の若き日のフィールドワークを綴ったエッセイのように現地での滞在記や青春記の
世界もめっちゃ面白かったのですが、以下はムラブリや言語学といった全く知らない世界を
中心にした読後の部分メモであります

読み違いとかも多いので興味を持たれた方は本書の熟読をお願いしますね
(著作物からの自分用メモなので公開に問題があれば非公開設定にします)


はじめにより

・ムラブリはタイやラオスの山岳地帯を遊動狩猟採集していた少数民族
(今は僅か500名前後の集団でタイでは殆どが定住して農耕もしている)
→ムラは人、ブリは森なので「森の人」の意味になる
(マレー語では人はオラン、森はウータンで
「森の人」でしたね)

・ムラブリ語は危機言語に指定されていて、おそらく今世紀中には消える
→ぼくは
ムラブリ語を15年にわたって研究してきた世界で唯一のムラブリ語研究者だ
ムラブリ語には文字がないので現地で調査研究を行うフィールド言語学になる
(現在世界で話されている6000~7000言語のうち文字のない言語は2982と推定されている)

・ムラブリ語を話せるということはムラブリの身体性を獲得することでもある
→周りにも日本語では温和なのに英語で話すときだけ大胆になる人がいるのでは?
→異なる身体性には異なる人格が宿るのだ

・日本に帰ってから物を持たなくなり生活がシンプルになった
→これまでの常識が崩れて大学教員も2年で辞めてしまった

・この本は論文ではないが紛れもなくぼくの研究成果
→ニッチで何の役にも立たない研究と言われ、これまでは苦笑いで半分同意していたが、
→今は「あなたを含む世界のためにやってます、ぼくがその成果です」と答えられる
→そんな研究報告を楽しんでもらいたい・・・


第1章より

・言語と方言の区別には言語学だけでなく話す人の意識や政治も絡む
→なので言語の数の数え方は難しい(まえがきのとおり)

・ムラブリ語との出会いは人類学の講義で視聴した「世界ウルルン滞在記」
→はじめての美しい言葉に「一目惚れ」ならぬ「一耳惚れ」して・・・

(以下はじめての滞在に至るまでの顛末がめっちゃ面白くて一気読みしたけど省略して)


第2章より

・ムラブリはタイ語・ラオス語ではピートンルアン(黄色い葉の精霊)と呼ばれる
→蔑称でもありピーは「精霊」よりは「お化け」のニュアンス

・未知の文字のない言語の調査は音韻から
→音素目録つくりが出発点で、まずは最小対を探す
→日本語なら手teと毛keは最小対で母音は同じで
tとkが異なる
→日本語はtとkが語を区別する機能を持っている言語と判断する
(以下詳細な手法は略して)
→それを国際音声記号IPAで記録する
→最初は全ての単語や表現でこのプロセスを踏むので時間がかかる
→日本語の母音は5でタイ語は7だがムラブリ語は10あるので苦労した
→あ2い1う3え2お2の10種類
→何度も聞いて真似して確認してから記録するので最初は1時間に15~20だった

・貧しいムラブリの村への訪問者はタイ伝統の施しに来る人が殆ど
→お金を持たない日本人が来たと評判になったと数年後に聞いた

(卒論から院試、修士論文、結婚、博士論文も略して・・・)

・人類学専攻
ムラブリ研究者との現地での共同研究
→自分もムラブリ語ではなくムラブリ自身について知る機会を増やすと、ムラブリ語が自然に
話せるようになり、
聞き取りもできるようになった

・人類学者では彼のように「擬制家族」を持つことがあるが言語学者では少ない
→自分も擬制家族になってからは「
よそ者」から「お兄さん」など人格を持つ名前で呼ばれた


第3章より

・ムラブリに挨拶語はなく、たいていは顎を上げるだけ
→声をかける際は「ご飯食べた?」か「どこ行くの?」
→挨拶なので真剣に考えずテキトーに答える(おはようの交換と同じ)
(大阪弁は「おはようさん」の後に「今日はどちらまで?」「へえ、ちょっとそこまで」ですね)
→言語は情報交換のためのツールだが常に合理的で理想的な情報交換をしてるわけではない
→合理的ではないところにコミュニケーションの豊かさやおかしみがある

・言語は意味のある情報を交換をするためではなく他者と意思疎通を図るための道具
→言語は意味とは別の関係性メタメッセージを伝えている(グレゴリー・ベイトソン)
→一人称「ぼく」と「わたし」の意味は同じだがメタメッセージ(公私などの関係性)
は異なる
→一人称の選択などによって暗に関係性を示すのが日本語社会のしきたりで難しい
→メタメッセージは言葉以外の動作でも発信され無自覚に受信している
→人は「自分と相手の関係」をその都度つくりあげることなしに、言語によって意思疎通を
図ることができない生き物なのである

・どうでもいい情報が仲を深める
→合理的コミュニケーションだけでは一定距離以上は親しくなれない
→儀礼的コミュニケーションが欠かせない
→人間はどうでもいい情報を交換し合うことで仲間意識を育む→最たるものが挨拶
→仲間だから意味のない情報交換をするのではなく、
意味のない情報交換をすることで、
仲間になったと錯覚する(させる?)→儀礼的コミュニケーション
→ファミレスでの「このハンバーグ美味しいね」「美味しいね」「ね~」の会話例
→ビジネス会話には存在しない

・ムラブリとはじめて儀礼的コミュニケーションができた朝の会話は今も覚えている(略)
→殆ど意味はなかったが語学力指標では表せない何かが身についた手応えがあったから

・日本ではアイヌ語と琉球諸語が危機言語に認定されている
→母語を話し続けるかどうかは本人たちが決めることだが、言語の消滅はひとつの宇宙が
消えることで、すべての言語の歴史は地球の生命史に匹敵する
→生きることはコミュニケーションすることだから・・・

・最近の研究でムラブリ語が注目されている分野のひとつが感情表現
→トルコ語には感情に相当する語彙が3つありガーナのダバニ語やムラブリ語にはない
→感情表現には語彙と迂言的表現の2つがあり殆どの言語が両方を用いる
→日本語では「うれしい、悲しい」と「心が躍る、気分が沈む」など

・日本語の「幸せ」と英語の「happy」のニュアンスが異なるように感情表現の翻訳は難しい
→なので研究者は「好/悪」と「動/静」の二軸で平面上にマッピングする
(日本語の「幸せ」と英語の「happy」はポジティブなので、どちらも右側に入るが、
日本語の
「幸せ」のほうが英語の「happy」より静的なので少し下側になるとか)

・ムラブリ語には感情語彙がなく「心が上がる、下がる」で迂言的に感情表現する
→ところが
「心が上がる」は悲しいとか怒りでネガティブ、「心が下がる」はうれしいとか
楽しいでポジティブな意味になる
→認知言語学で世界の普遍的な特徴とされるUp is Good(
happy)概念メタファーの例外
→上下ではなく別の意味とも考えたが表現の際に手を胸の上下に動かすので誤りではない
→ムラブリの
概念メタファーにはDown is Goodがあるのかも・・・
→ムラブリ語には「興奮」もなく行為から感情を分離する感性がないのかもしれない
「心が上がる、下がる」も身体的な行為に近い感覚かも・・・
→ムラブリ語の体系を通して彼らの感じている世界を想像することができるかも・・・

・ムラブリは感情を表に出すことが殆どない
→まだ森で遊動生活しているラオスのムラブリは、さらに表情が乏しく見えた
→主張や感情を表に出すことは一大事で、そんな事態は避けるべき悪いことだと捉える感性かも
(連れて行った学生が夜遅くまで騒いでて、意見しに来たのに何を言ってるのか分からない
ような遠回しな言い方で、何度も「怒ってないよ本当だよ」を繰り返していた)
→なので
「心が下がる」ことがよいことなのかも
(会いたがってた遠くの親族と会わせてもハグなど身体接触はもちろん、一緒に食べることも
会話の盛り上がりもなく、顔も見ずに横に座っているだけだった)
→ぼく自身も変化しており、楽しく気分がいいと口数が少なくなり表情がぼーっとする
→日本でも最近は「チルい」という言葉が流行っており、その「脱力した心地よさ」は
ムラブリの
「心が下がる」に通じるところがあるように思える

・SNSへの情熱や仲間とはしゃいだときに感じる楽しさは知っているし理解している
→でも感情を出して誰かに知られて幸福を感じられるのは一時的な流行りに過ぎない
→誰かといる、他人に認めてもらう以外の幸福がムラブリには見えている
→ムラブリ語の
「心が下がる」瞬間は人類史的にはごくありふれた心の風景かも・・・

ムラブリ語には暦も年齢もない
→季節には雨が降る季節・乾く季節・日差しの季節があるが人により呼び方は異なる
→森での収穫物が変わるので季節は重要だが、季節を決めるのは暦ではなく森の様子
→不思議なことに一昨日から5日後までの単語は規則的に存在する→昔は必要だった?

・人の暦はある→年齢ではなく成長段階による区別
→生まれたばかりの子どもは「レーン赤い」(日本語の赤ちゃんと同じで面白い)
→首が座り歩けるまでの子どもは「チョロン幼い子」
→歩き回る時期の子どもは「アイタック小さい」
→その後は「ナル・フルアック大人」で第二次性徴以降なので10代前半ぐらいから
→老人は「白い」を変化させた語彙で、おそらくは白髪のことだろう

・数詞はあるが10まで正確に数えられる人は稀
→知的威信を示す手段で、男たちは酔っぱらうと数えたがるが10までは行かない
→数えることで何かを教えるというより、宴会芸の一種というのが正確な理解
→時計をつける(電池がないか時刻が合っていない)のも時計の入れ墨をするのも知的威信
→森の生活では大きな数も時計も要らないのに、余計なもの無駄なことに価値を見いだすのが
普遍的な人類の特徴なのかも知れない
→女性に数詞を数えたり時計を見せたりはしないので、モテるためでもない男社会のあるある

・ムラブリ語の過去・完了相と未来・起動相(時制やアスペクトのハナシなので省略)
→世界の見え方は話している言語の影響を受けている
(言語相対論、青を区別する語彙があるロシア語話者の色彩識別テストなど)

・言語の持つ超越性とムラブリ語や南米ピダハン語の現前性(いま、ここ)
→ムラブリも定住し換金作物栽培を手伝うようになって計画性を求められるようになった
→ムラブリの村に一時期、自殺が増えた時期があった
→その理由を訊くと「長く考えたから」と答えたムラブリがいた
→「いま、ここ」の現前性では未来はわからず過去はとりかえせない、あるようでないもの

・ムラブリ語に竹という総称はなく7種類それぞれに単語がある
→それぞれで用途が異なり森で少しずつ見分けられるようになった
→論文を書くには写真と単語だけでいいのだが、自分で覚えて使えないと気が済まない
→理由は分からないけど、その方がぼくにとって楽しいのは間違いない


第4章より

・ムラブリが森に入る時は腰の刃物だけ
→採集物を持ち帰るカゴ、ロープ、寝床、焚火、食べ物など、すべては現地調達
→ところが村の家には服や衣類が山積みなのだが、なぜか森と変わらず落ち着いている
(ぼくはムラブリから「物が多い」といわれるが断捨離してから片付かないと落ち着かない)

・この理由を(言語学者なので)言語から考えてみる
→物を指すムラブリ語は複数あるが、よく使われるのはグルアで主に衣類の意味
→グルアの下位カテゴリーが衣類で上位カテゴリーが物
→日本語のご飯と食事の関係に近い→シネクドキ提喩
→衣類が典型的な物であるという感性はどこから生まれるのか?

・所有と匂い
→匂いは所有という抽象的な概念の入口ではないか(マーキングとか借りた服の違和感とか)
→所有のあるところに物が生まれる
→ムラブリの村や家の匂いは極めて均質(焚火の煙の影響も大きい)
→服は誰かが愛着して匂いがつくとその人のグルアになる
→家に山積みの服や衣類があってもどれも同じ(煙の)匂いなのでグルアにならない
→匂いの共有は森の中と同じなので落ち着いていられるのではないか・・・

・ムラブリの所有観(他動詞と自動詞のハナシなので省略)
→「米を持っている」と「米がある」の区別がない(森に木がある、森が木を持っている)
→私の父、私の手など親族と身体部位には「の」を使うが、私の米という使い方はない
→所有関係を表したいときはタイ語の構文を借用している

・ムラブリの一夫一妻、宗教(精霊信仰)、暴力・・・すべては「そいつ次第だ」

・自助と共助の共同体
→一人暮らしの老人でも助けを求めない限り誰も助けない
→人類学でいうシェアリングで富の集中や権力の発生を避ける仕組みを持っている
→分業しないので専門家もいない(バイク修理の講習会の例)
→徹底した個人主義の一方で獲物は平等に共有し、求められればできる範囲で助ける
→個人を生命として信頼し生命が儚いと自覚しているからの振る舞いだと感じる

(コラムより、森の中で火打石や火種の綿を濡らさないことがどれだけ大事か・・・)


第5章より


・博士論文とムラブリ語の方言差調査と子どもの誕生と大学院休学と富山への引っ越しと
29歳での日本学術振興会の特別研究員(学振3年)採用と富山大学の客員研究員・・・
→あらためて書いてみて、運だけで何とかなっているような人生だ

・2017年の春休みに富山大学の先生・学生とムラブリの村を訪れた際に金子游監督と出会った
→東南アジアの少数民族の映像を撮っていると知り(
方言差調査で知った)分断されたムラブリを
消える前に引き合わせたいと考えていることや、その際の映像を残したいことを伝えた
→その日の夜にメールがきて映画のプロジェクトがはじまった・・・(略)


・ムラブリの歴史についての考察
→古くからの狩猟採集民のような高度な文化・精神世界とは異なり神話は散文的で儀礼も簡素
→いっぽうで玉鋼をつくる製鉄技術を持っている
→遺伝学や言語学の研究から農耕民が狩猟採集民になったと考えられている(略)
(遺伝的にも言語学的にも最も近い農耕民ティンの民話にも残っている)
→この逆行は人類史の中でも珍しく文化的言語的な特徴を説明する可能性がある

・ぼくのクレオール仮説
→日本語の「わたしの本」は英語では「my book」や「books of mine」
→日本語の語順は「わたしは本を持っている」主語→目的語→動でSOV言語
→英語の語順は「I have books」主語→動詞→目的語でSVO言語
→日本語のような
SOV言語の所有表現は(人→モノ)の語順が多い
→英語のような
SVO言語では所有表現に地域や語族で隔たりがある
(
英語もmy book(人→モノ)とbooks of mine(モノ→人)の両方がある)
→文の基本語順と所有表現の類型論的含意と呼ばれる傾向

→オーストロアジア語族SVO言語の所有表現は唯一の例外を除いて(モノ→人)の語順
→その唯一の例外がムラブリ語
→ムラブリ語はSVO基本語順の一方で所有表現については
(人→モノ)の語順を示す
(これはオーストロアジア語族の言語研究者には、そんなバカな!!!くらいの大事件だった)

→ムラブリ居住領域の周辺に(人→モノ)語順の言語はなく言語接触も殆どなかったはず
→他にも近親言語と共通する語彙が極端に少ないなど不思議な特徴がたくさんある
→中国語
(人→モノ語順)の影響とか消えた言語の影響とか、イマイチな仮説ばかり・・・

(ここからがムラブリ語好きの著者の仮説)
・アジア大陸山岳部はゾミアと呼ばれ様々な少数民族が点在している地域
→平野部に比べコメの生産が難しく大きな王朝は築かれず負け組とされてきた
→歴史学者ジョージ・C・スコットは中央集権支配から逃れるため文字を捨て所有を嫌い
自由を求めて主体的に山岳部に移住したのがゾミアの民とした(2013)
→ムラブリはゾミアの民の典型例ではないかとぼくは考えている

・最初は少数のティンが祖先で、その噂に共感した他の民族からも人々が合流した
(遺伝学的にもクム族やタイ族など様々な民族と混血した痕跡がある)
→様々な民族の集まりだから、その都度、その場で通じる言葉を作り上げていく
(その場限りの必要性から生まれる言語はピジンと呼ばれ世界中で報告されている)
→ピジンは不完全な文法で語彙も限定的
→ピジンを母語として学んだ子どもたちは、やがて完全な言語体系をつくり出す
ピジンを母語として生まれる言語をクレオールという
→つまりムラブリ語はクレオールではないか

・クレオールは元の言語や地域が違っても似たような特徴を持つ
→所有表現の語順が
(人→モノ)であること、疑問詞が2つの要素からなっていること、
重複などの仕組みの乏しいことなど(偶然かも知れないが)ムラブリ語の特徴と一致する
→もちろん証明できないことであり学者として追いかける理由はないが、
→農耕から逃れ森の中で遊動生活をしながらゆるいつながりで形成していった共同幻想
→それがムラブリという民族だった
可能性を想うと、なぜムラブリに出会い惹かれたのか
腑に落ちる
気がするのだ・・・

(映画の撮影、ラオスのムラブリ、100年越しの再会、ムラブリ語の方言(方言には○○方言と
地名が付くが、ムラブリは移動するのでA方言B方言C方言となる)、などは省略して・・・)

・バベル的言語観、コーラン的言語観
→人々が統一言語で協力して天まで届く塔を作ろうとしたので神が怒り、天罰として塔を崩し
人々の言語をバラバラにしたというのが聖書
→「グローバルには統一言語としての英語」という風潮には反論できないが納得もできない
→言語学者としての応答は聖書と並ぶコーラン
→神が民族をバラバラにしたのは聖書と同じだが、理由はお互いをよく理解するため
→同じ言語だと個別性に気づくのは難しい→日本語同士なら同じ「おいしい」だけ
→タイ語で「アロイ」ムラブリ語で「ジョシ」という人がいれば、感じていることが違うかも
知れないという発想が湧いてくるのではないか
→味覚だけでなく感情や価値観、思想も同じこと
→言語は
バベル的言語観もコーラン的言語観も同時に内包する
→同じだよね、違うよねというメタメッセージは言語を用いる限り常に存在する
→どっちも本当で同じだし、違う、そして、それは両立する


第6章より

・「ムラブリ語を話せるようになる過程で変化した自分自身」が何よりの研究成果
→2020年3月に大学教員を辞めて独立研究者になった
(プロ奢ラレヤーの「嫌なこと、全部やめても生きられる」を読んだ翌週に辞表を提出した)

・身体と言語
→武術の講座に通い稽古して、型を通じて身体性を養い、今は言語は型であると言える
→既存の言語を話すときは必ず誰かを引用している→その語も誰かがつくったもの
→ムラブリが雷の経験を誰かと共有したい、声にして表したいと思って出た音が「クルボッ」
→経験は認められ共有され、それまで意味のなかった音の配列が雷を意味するようになった

→現代言語学では単語の誕生に恣意性はないとされている
→日本語イヌ・英語ドッグ・ムラブリ語ブラン・・・
→この考え方はこれらが同じ意味であることを前提にしている→似ているが同じではない
「クルボッ」の音やリズムがムラブリの身体性で感じる雷をよく表し一体感があったから
いままで使われてきたのではないか
→どんな音でもよかったのではなく生まれる瞬間の強度が死んでなお経験を伝える(武術の型?)

→話し手と聞き手は、語のつくり手の経験とつながっているから互いに理解できる
→ムラブリ語を理解したということは経験のアーカイブ、つまりムラブリの身体性にアクセス
することに慣れた、ということでもある
→そのアクセスがスムースになるほどムラブリ的なセンスで生きることが可能になる
→ムラブリ語を話しているときは深くしゃがめる、遠くに話そうとしている自分に気づく
(ムラブリは村では寡黙だが森では饒舌で話す距離は20~30m=ぼくが
話そうとしている距離)

→給料、税金、モノやコトの値段、ご飯・・・ムラブリなら要るか要らないかだけ
→ムラブリは生きるのに必要なことを知ってて、すべて自分でできる
→ぼくは
生きるのに必要なことすべてをお金で外注していることに気づいた
→まずは衣食住を身ひとつで賄えることを目指した・・・

・現代日本でムラブリのように生きるには
→バックミンスター・フラー唯一の共同研究者シナジェティクス研究所の梶川泰司所長に出会った
梶川所長の目指す生き方
①無線→電線などを用いないオフグリッド
②無管→上下水道管を用いない
③無柱→住居に柱を用いない
④無軌道→道路などのインフラに左右されない移動
→これを達成するテクノロジーを発明することが、ぼくの理解する
梶川所長の目標
(ぼくは工場規格ではなく自分で作れる環境に応じたものが理想的と思った)

→自分で作ることができ、環境と調和してお互いを活性化し、地球の(宇宙でも)どこでも
一人で生きていけるテクノロジーが、ムラブリの身体性を日本に持ち込んだぼくが心地よく
生きていく方法なのだと今は考えている→自活器self-livingry

→2022年1月にフラー式ドームの簡単な施工法を発明した(略)
→プロ奢ラレヤーと話して空き家・空きスペースに寝るスキルも面白いと思った
→寝るスキル、食事のスキル、服装のスキル・・・
(略)

・友達のお父さんが急病になり二人で街の病院へ連れて行き病院の雑魚寝スペースに居たら
身なりのいいタイ人のおばさまが黙って菓子パンとアンマンの入ったコンビニ袋を渡してくれた
→泥まみれでタイ人らしくない顔つきでムラブリ語で話してたので貧しい少数民族に見えたのだ
→「ありがとうございます!!!儲かった!!!」という感情はなく、自然に二人で黙って食べた
→水が流れてきた、キノコが生えてきた、という感じで、とても自然だった

・ぼくの人生には不思議とタイミングよく身に余るオマケがついてくる
→以前ならムラブリを紹介しても「珍しい民族ですね」で終わっただろうが、映画が上映され
映画の感想が多いことに驚かされた。いまはこの本を執筆している
→おそらくこのタイミングで日本で紹介されたことに意味があったのだろう

・ムラブリはタイの少数民族の中でも地味で物質文化も乏しい
→視覚的に「これがムラブリです」と示せるものが極端に少ないが、
→若いムラブリは声を揃えて「自由が好き、強制は嫌い」と言う→これがムラブリなのだ
→この部分が現代日本でムラブリがウケている理由なのだろう

・この本に書かれていることはすべて偶然性や自由からの働きかけで起きたこと
→みんなももっと自由になれるんじゃないかと感じていたから書き上げることができたと思う
→あなたの心に小さなムラブリが芽生えることを祈っている


おわりにより

・2020年1月を最後にコロナ禍でムラブリを訪問できずにいた
→この「おわりに」を書くため3年ぶりに訪れる予定だったが出発2週間前にキャンセルした
→いまやりたいことがムラブリに会うことではないと気づいたから

・言語とは何かの本質的な問いに向かうため武術、詩、短歌、踊りをしてワークショップなどで
収入も得られるようになった
→富山での定住から車中泊生活を経て関東・関西を含む多拠点になり今は富山の山中が拠点
→ムラブリをof研究することからはじめ、ムラブリとともにwith、そしていまムラブリとしてas
研究することに挑戦している

・ぼくは孤独になり自由になったことで、なぜ専門を就職を所有やお金を嫌ったのかに気づいた
→専門ではなくそれが生む権威、働くことではなくそれの強制、所有やお金に絡む社会の
仕組みが気に入らず、身体に合わずうんざりしていたのだ

・いまは富山の山中で
自活器self-livingryの開発を行っている
→自分で家を建て食を担いエネルギーをつくることができれば人はやりたいことに邁進するはず
→それがぼくのムラブリ研究でありムラブリへの恩返し
→どうかみなさん、自活器の開発に力を貸して下さい!!!



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