ホノルルの休日
2026年03月03日
ブログ開設21周年とホノルル家庭訪問その1
本日2026年3月3日、
当ブログサイト「趣味の物置小屋98k」は、
おかげさまで開設21周年を迎えました!!!
ぱちぱちぱちぱち
まあ、21年目ともなると決意表明もなく、お祝いの品を期待する
ぐらいで、
ブログ記事の更新も、ほぼ2週間ぶりとなりましたが、じつはわたくし・・・
2月21日からイラン攻撃前々日の26日まで、インド太平洋艦隊の総司令部に!!!
ほど近いホノルル市内に滞在してました
24日には総司令部のあるパールハーバーの見学ツアーに参加してたのですが、日系4世の
ガイドさんが「基地への軍人の出入りがいつになく激しくなっており、近いうちに要人が来るか
軍に大きな動きがあるかもです」と言っておられましたが、まさか実戦になるとは・・・
わたくしは2月27日の夜に無事帰国してたのですが、片付けなどに時間を要してた次第で、
これからぼちぼちと備忘を兼ねて記事にアップしていきます
ちなみに今回ツアーは短期留学つーか英語圏の生活に触れるため1月から3月までホノルルの
小学校と幼稚園に通っている孫娘たちと現地の家庭を訪問したりして一緒に楽しむイベントが
メインだったので、家族や関係者や関係先を含む画像は殆どをカットしています
なので記事は飲食物の画像が中心に・・・ま、いつものことでしゅが・・・
まずは21日の夜、家内と二人で・・・


すっかりリニューアルされ・・・



さらにお高い店が並ぶようになった関西空港から・・・
20:45発ホノルル行きのハワイアン航空850便に搭乗・・・

例によって客室乗務員さんたちの説明を(モニターで)受けて・・・
エアバスA330が水平飛行に移るとナッツ類と飲み物のすぐ後に軽食が出てきました


ハワイ航路の往路らしく2本目まではキリン、3本目からはマウイにして・・・
機内では「ムーラン」ほかネット配信のみで?わたくしの知らなかったアクション映画を
何本か観ましたが、どれもアクション映画の要素すべてを適当に盛り込んでるとゆーか、
よくできてるとは思ったものの、いかにも「グローバル資本主義の勝ち組が作った作品」
とゆー感じがして、さらさらと観て殆ど記憶に残りませんでした
ま、マウイおかわりのせいかもでしゅが・・・ひっく

と、少しウトウトしてると、早朝には、

大阪名物「岩おこし」入りの軽食が出て・・・

ジュースとコーヒーのおかわりで目を覚ましました
ほぼ定刻の9時過ぎにアメリカ合衆国ハワイ州ホノルル市ダニエル・K・イノウエ国際空港に
着陸したのですが、豪雨のため到着ゲートが混み合ってて30分ほど機内で待機しました
ちなみに夜の9時前に大阪を出て約7時間半のフライトで当日!!!朝の9時過ぎにホノルルに着く、
つーのは「夜行列車で朝を迎えたら前日の朝だった」つー感じで得した気分でしたが、
帰りはホノルルを昼過ぎに出て10時間ちょいのフライトなのに大阪に着くのは翌日の夜、
つーことになりますね・・・
ちなみに日本とハワイとの時差は19時間で今回は5泊7日の旅とゆーことになります

星条旗とハワイ州旗に迎えられ国土安全保障省・税関国境警備局(CBP)による入国審査へ
国土安全保障省は9/11同時多発テロの翌年に設置された巨大組織ですが最近のトランプ政策で
同省の市民権移民局(CIS)、移民関税執行局(CBT)と並んでCBPも厳しく・・・びくびく
事前にESTA登録してるので審査といっても顔の確認ぐらいと思ってたのですが、実際には
酒は?その分量は?食べ物の種類は?ドラッグは?からはじまって、観光以外に何か予定は?
ホテル以外の滞在先は?などなど、けっこう入念な質問がありましたが何とか無事に通過、
わたくしにとっては生まれて初めてのアメリカ合衆国への入国となりました
そう、わたくし海外といえばモンゴルやボルネオなどアジアが殆どでヨーロッパは1回だけ、
南北アメリカ大陸には行ったことがなく(アマゾン植林ツアーは仕事でドタキャンだったし
)
特にアメリカ合衆国にはテレビや映画で昔から憧れてたので楽しみです
で、空港から家内が予約してたHANAタクシーに乗ったのですが・・・

ホノルルでは雨季でも稀とゆー大雨洪水警報が発令中でした
本来ならホテルに荷物を置いて孫たちと合流、庭にプールやBBQ設備のあるコンドミニアムの、
孫たちと同世代の娘さんを持つご家庭を訪問して、子どもたちはプールや芝生で一緒に遊び、
大人たちはBBQなんぞで夜まで飲んで食べて過ごす予定だったのですが・・・
この豪雨でどうするか、市内の移動は一応安全とのことですが・・・


今回もバンコクの休日と同様、現地関係者と連絡する家内が「au海外放題」、わたくしは
ホテルや空港などの無料Wi-Fiのパターン、今回は家内と孫たちの母親(長男の嫁)が事前に
相談して日程を決めてたので、訪問先とコーディネーターと4人でLINEで相談してました
離れてても移動中でもリアルタイムで相談できる時代なんですね・・・
相談の結果、プールは寒くて遊べないだろうし屋根付きBBQサイトは利用時間制限があるので
昼のBBQだけご一緒しましょう、とゆーことになったようで、ホテルで孫たちと合流して
予約していた大型タクシーでMさん宅へ・・・

リゾートホテルなみの庭でした

温かいジャグジーもあるので数名はプールにいましたが、さすがに寒そうでした

こちらが屋根付きBBQサイトでタープ下のキャンプBBQと同じですが広いです
子どもたちの自己紹介や遊ぶ様子や大人が楽しむ様子などは一切カットして、

MさんがプロパンガスのBBQグリルでチキンなんぞを焼いてくれました
で、焼き終われば素敵なドレスに着替え大人の飲み物を持って現れ・・・



「ハイネケンならライトより新発売のこちらがオススメですよ」

これはホノルル滞在2ヶ月の嫁も知らなかったそうです
「わたしが現在ハマってるのはこちらです」

つーことで、大人3人はハイネケンのシルバーで、彼女はKANOSUKEをハイボールで、
子どもたちはジュースで、まずは乾杯!!!
子どもたちは雨が止めば芝生を走り回り、また降ってきたらテーブルでお絵描きなど、
母親たちは子育て事情の違いや苦労話で盛り上がってましたが、わたくしは例によって
ひたすらばくばくごくごくと・・・

子どもたちは庭で集めてきた貝殻を洗ったりして楽しんでました
やがて上の娘さんも学校から帰ってきて挨拶に来てくれてましたが、この3人は、

帰る頃にはすっかり仲良くなってて別れを惜しんでました
せっかくなので最寄りのバス停までのスナップ




他にもあの独特のサイレン音があちこちで鳴ってましたが、やはり稀な豪雨の影響???

これぞアメリカ!!!とゆー感じの消火栓
せっかくなのでバス停で記念写真も一枚

つーことでザ・バスでホテルに戻り、すぐ近くにある孫たちのコンドミニアムへ・・・


小さな1DKですが家賃はけっこうお高いとか・・・
で、孫たちとお留守番しながら、

スナックでハイネケンのライトをいただいてると・・・

二人で近所の人気店「マグロスポット」の海鮮丼を買ってきてくれました
けっこう行列ができてたそうですが、味付けは日本離れしてて独特でした
で、あらためて3人で乾杯、みんなで楽しく飲めるのが何よりですね
さらに帰りには「お義父さんはビール党なので」と大量のビールにビーフジャーキーまで
持たせてくれました ありがとね!!!
で、ホテルの自室まで戻って・・・

(左端は自分で淹れて冷やしてくれてた麦茶)
「わははは、これだけあればしあわせじゃあ
」と、いったんは冷蔵庫に入れたものの、
家内が爆睡してから、まずは1缶・・・

ぷしゅ、ごきゅごきゅごきゅ、くはあ・・・わははは、しあわせじゃあ
(と、次回に続きます)
(ホノルル連載記事のみをご覧になるにはこちらのカテゴリへ)
当ブログサイト「趣味の物置小屋98k」は、
おかげさまで開設21周年を迎えました!!!
まあ、21年目ともなると決意表明もなく、お祝いの品を期待する
ぐらいで、ブログ記事の更新も、ほぼ2週間ぶりとなりましたが、じつはわたくし・・・
2月21日からイラン攻撃前々日の26日まで、インド太平洋艦隊の総司令部に!!!
ほど近いホノルル市内に滞在してました

24日には総司令部のあるパールハーバーの見学ツアーに参加してたのですが、日系4世の
ガイドさんが「基地への軍人の出入りがいつになく激しくなっており、近いうちに要人が来るか
軍に大きな動きがあるかもです」と言っておられましたが、まさか実戦になるとは・・・

わたくしは2月27日の夜に無事帰国してたのですが、片付けなどに時間を要してた次第で、
これからぼちぼちと備忘を兼ねて記事にアップしていきます
ちなみに今回ツアーは短期留学つーか英語圏の生活に触れるため1月から3月までホノルルの
小学校と幼稚園に通っている孫娘たちと現地の家庭を訪問したりして一緒に楽しむイベントが
メインだったので、家族や関係者や関係先を含む画像は殆どをカットしています
なので記事は飲食物の画像が中心に・・・ま、いつものことでしゅが・・・

まずは21日の夜、家内と二人で・・・


すっかりリニューアルされ・・・



さらにお高い店が並ぶようになった関西空港から・・・
20:45発ホノルル行きのハワイアン航空850便に搭乗・・・

例によって客室乗務員さんたちの説明を(モニターで)受けて・・・
エアバスA330が水平飛行に移るとナッツ類と飲み物のすぐ後に軽食が出てきました


ハワイ航路の往路らしく2本目まではキリン、3本目からはマウイにして・・・

機内では「ムーラン」ほかネット配信のみで?わたくしの知らなかったアクション映画を
何本か観ましたが、どれもアクション映画の要素すべてを適当に盛り込んでるとゆーか、
よくできてるとは思ったものの、いかにも「グローバル資本主義の勝ち組が作った作品」
とゆー感じがして、さらさらと観て殆ど記憶に残りませんでした
ま、マウイおかわりのせいかもでしゅが・・・ひっく

と、少しウトウトしてると、早朝には、

大阪名物「岩おこし」入りの軽食が出て・・・

ジュースとコーヒーのおかわりで目を覚ましました
ほぼ定刻の9時過ぎにアメリカ合衆国ハワイ州ホノルル市ダニエル・K・イノウエ国際空港に
着陸したのですが、豪雨のため到着ゲートが混み合ってて30分ほど機内で待機しました
ちなみに夜の9時前に大阪を出て約7時間半のフライトで当日!!!朝の9時過ぎにホノルルに着く、
つーのは「夜行列車で朝を迎えたら前日の朝だった」つー感じで得した気分でしたが、
帰りはホノルルを昼過ぎに出て10時間ちょいのフライトなのに大阪に着くのは翌日の夜、
つーことになりますね・・・

ちなみに日本とハワイとの時差は19時間で今回は5泊7日の旅とゆーことになります

星条旗とハワイ州旗に迎えられ国土安全保障省・税関国境警備局(CBP)による入国審査へ
国土安全保障省は9/11同時多発テロの翌年に設置された巨大組織ですが最近のトランプ政策で
同省の市民権移民局(CIS)、移民関税執行局(CBT)と並んでCBPも厳しく・・・びくびく
事前にESTA登録してるので審査といっても顔の確認ぐらいと思ってたのですが、実際には
酒は?その分量は?食べ物の種類は?ドラッグは?からはじまって、観光以外に何か予定は?
ホテル以外の滞在先は?などなど、けっこう入念な質問がありましたが何とか無事に通過、
わたくしにとっては生まれて初めてのアメリカ合衆国への入国となりました
そう、わたくし海外といえばモンゴルやボルネオなどアジアが殆どでヨーロッパは1回だけ、
南北アメリカ大陸には行ったことがなく(アマゾン植林ツアーは仕事でドタキャンだったし
)特にアメリカ合衆国にはテレビや映画で昔から憧れてたので楽しみです
で、空港から家内が予約してたHANAタクシーに乗ったのですが・・・

ホノルルでは雨季でも稀とゆー大雨洪水警報が発令中でした

本来ならホテルに荷物を置いて孫たちと合流、庭にプールやBBQ設備のあるコンドミニアムの、
孫たちと同世代の娘さんを持つご家庭を訪問して、子どもたちはプールや芝生で一緒に遊び、
大人たちはBBQなんぞで夜まで飲んで食べて過ごす予定だったのですが・・・
この豪雨でどうするか、市内の移動は一応安全とのことですが・・・


今回もバンコクの休日と同様、現地関係者と連絡する家内が「au海外放題」、わたくしは
ホテルや空港などの無料Wi-Fiのパターン、今回は家内と孫たちの母親(長男の嫁)が事前に
相談して日程を決めてたので、訪問先とコーディネーターと4人でLINEで相談してました
離れてても移動中でもリアルタイムで相談できる時代なんですね・・・

相談の結果、プールは寒くて遊べないだろうし屋根付きBBQサイトは利用時間制限があるので
昼のBBQだけご一緒しましょう、とゆーことになったようで、ホテルで孫たちと合流して
予約していた大型タクシーでMさん宅へ・・・

リゾートホテルなみの庭でした

温かいジャグジーもあるので数名はプールにいましたが、さすがに寒そうでした


こちらが屋根付きBBQサイトでタープ下のキャンプBBQと同じですが広いです

子どもたちの自己紹介や遊ぶ様子や大人が楽しむ様子などは一切カットして、

MさんがプロパンガスのBBQグリルでチキンなんぞを焼いてくれました
で、焼き終われば素敵なドレスに着替え大人の飲み物を持って現れ・・・



「ハイネケンならライトより新発売のこちらがオススメですよ」

これはホノルル滞在2ヶ月の嫁も知らなかったそうです
「わたしが現在ハマってるのはこちらです」

つーことで、大人3人はハイネケンのシルバーで、彼女はKANOSUKEをハイボールで、
子どもたちはジュースで、まずは乾杯!!!
子どもたちは雨が止めば芝生を走り回り、また降ってきたらテーブルでお絵描きなど、
母親たちは子育て事情の違いや苦労話で盛り上がってましたが、わたくしは例によって
ひたすらばくばくごくごくと・・・


子どもたちは庭で集めてきた貝殻を洗ったりして楽しんでました
やがて上の娘さんも学校から帰ってきて挨拶に来てくれてましたが、この3人は、

帰る頃にはすっかり仲良くなってて別れを惜しんでました
せっかくなので最寄りのバス停までのスナップ




他にもあの独特のサイレン音があちこちで鳴ってましたが、やはり稀な豪雨の影響???

これぞアメリカ!!!とゆー感じの消火栓
せっかくなのでバス停で記念写真も一枚

つーことでザ・バスでホテルに戻り、すぐ近くにある孫たちのコンドミニアムへ・・・


小さな1DKですが家賃はけっこうお高いとか・・・
で、孫たちとお留守番しながら、

スナックでハイネケンのライトをいただいてると・・・

二人で近所の人気店「マグロスポット」の海鮮丼を買ってきてくれました

けっこう行列ができてたそうですが、味付けは日本離れしてて独特でした
で、あらためて3人で乾杯、みんなで楽しく飲めるのが何よりですね

さらに帰りには「お義父さんはビール党なので」と大量のビールにビーフジャーキーまで
持たせてくれました ありがとね!!!
で、ホテルの自室まで戻って・・・

(左端は自分で淹れて冷やしてくれてた麦茶)
「わははは、これだけあればしあわせじゃあ
」と、いったんは冷蔵庫に入れたものの、家内が爆睡してから、まずは1缶・・・

ぷしゅ、ごきゅごきゅごきゅ、くはあ・・・わははは、しあわせじゃあ

(と、次回に続きます)
(ホノルル連載記事のみをご覧になるにはこちらのカテゴリへ)
2026年03月05日
ホノルル家庭訪問その2
(前回記事からの続きです ホノルル連載をはじめからご覧になるにはこちらのカテゴリから)
ホノルル2日目も孫たちと一緒に別のご家庭を訪問しました
ま、その前にビュッフェ形式のホテルの朝食をば

美味しい味噌汁があったのは嬉しかったです

朝食1日目なのでおかわりも軽いものです


と、この日の海側は、前日とはうってかわってスコーンと晴れてました

UFO(UAP)に見えるのは屋内照明の窓ガラスへの映り込みですが面白い構図でしょ
ただし山側には厚い雲がかかってて、

今にも降り出しそうで、この後も天候はころころと変わりました
ただし滞在中に豪雨はなく、現地でシャワーと呼ばれる短時間で優しいスコールと快晴と曇り空の
繰り返しが続きましたが、雨の少ないハワイではこのシャワーが好きな人も多いとか
そう、2月3月のハワイは雨季で季節としては冬、Tシャツ1枚では朝夕など寒さを感じることもあり、
ガイドブックにも何か羽織るものは必携とありました
で、10時半にはこの日の訪問先のDさんがクルマ2台でホテルまで迎えに来て下さり、
それぞれに分乗して、まずは娘さんたちが一輪車の練習をしているグラウンドへ・・・



3月に開催される大イベントに向けて練習中とのことでしたが、じつに見事なものでした
しばらく見学して再び分乗したのですが、我々夫婦はDさんのお父さんが運転するクルマで、
Dさんのお母さんが後部座席に同乗されてたので家内が隣へ、わたくしは助手席へ
訊けば二人とも我々夫婦とほぼ同い年でたちまち意気投合、隣同士で話が弾みました
お父さんは日系4世でコンピュータ関係の小さな会社を経営してたけど今はリタイアしている、
日本語は話せないけど日本には何度も行ってて大好き、趣味はずっとサーフィンだったけど、
さすがに最近はやってない、でもサーファー仲間との付き合いは続いている、などなど・・・
この後もクルマやバイクから先祖の話まで話題は夜になっても全く尽きませんでした
ちなみにこちらは英単語を羅列するだけ、向こうはたまに日本語名詞の混じる英語でしたが、
お互いに何とか理解しようという気持ちがあるので、思いはけっこう通じました
で、

昨日までの豪雨で濁った運河沿いにクルマを停めて・・・

あいかわらず天候がころころと変わる中・・・

チャイナタウンに隣接する出雲大社布哇分院でいったん下車、お参りしました
Dさんらが買い出しする間の時間を無駄にしないための気遣いだったんですね
「出雲大社は二礼二拍手一礼ではなく二礼四拍手一礼、やってみなさい」

「よくできました、ホノルルで出雲大社の参拝作法を孫に教えるとは嬉しい限り」
「じいじ、こっちの説明に書いてあるよ」

「お姉ちゃんは漢字も英語も読めようになったのね、うぐぐぐ」
と、Dさんが買い出しから戻ってこられ・・・


再び降り出したスコールの中、郊外の丘の中腹にあるDさん宅へ
着いた頃にはまたまた晴れて虹が出てました

ほんとに天候がころころ変わります
Dさんの娘さんたちは孫たちより年長でしたが、じつによく一緒に遊んでくれました


楽しいシーンがいっぱいでしたが当サイトでは昼食画像のみ



ハワイの伝統料理と中華や和食などのミックスでDさんのお母さんの手作り料理もあり、
どれもおいしかったです
午後からは晴れてきたのでみんなで公園に行くことになりましたが、わたくしは
夕食作りや片付けで家に残るDさんのお母さんと奥様とともにお留守番・・・

「それでバックレストとフットレストをコントロールできます、リラックスしてください」
「おおっ、これはじつに快適です しばらく寝ることにします むにゃむにゃむにゃ」
で、公園から戻ってからもDさんは、


バルーンアートで孫たちを楽しませてくれてました
他にも様々な特技をお持ちで、この後もウクレレを教えているという近所の少年を呼んできて
二人で演奏したりしてくれましたが、本来の趣味はお父さんと同じくサーフィンだそうです
で、あっとゆーまに時間は過ぎて遅めの夕食・・・





夕食は殆どがハワイの伝統料理でDさんのお母さんが午後に作られてた料理もありました
奥様が少しずつ取り分けてくださいました

左の黒っぽいペースト状のがタロイモを蒸した「ポイ」で昔のハワイ諸島などの主食、
Dさんによると低カロリーで栄養豊富なスーパーフードだそうです
昼食と同じくどれもおいしかったので何度もおかわりしました ばくばくばく
と、夕食後もじつによく遊んでくれてて・・・

お暇する頃には・・・

帰りたくない、もっと一緒に居たい、と泣き出してしまいました
MちゃんKちゃん、孫たちといっぱい遊んでくれてありがとう!!!
Dさんファミリーにあらためて感謝です
と、すっかり遅くまでお邪魔して、

帰りもわざわざ郊外のご自宅から都心のホテルまで送ってくださいました


ほんとに最後までお世話になりました、じつに楽しかったです
と、この夜は嫁から差し入れてもらったビール1缶だけで就寝・・・
するはずもなく、持参した安ウィスキーを水割りで
そう、数階に一ヶ所ずつ無料のキューブアイス・マシンがあるのでありますね
(ウォータークーラーは1階だけどホノルルの水道水はそのままでも飲めるので
ひっく)
(と、次回に続きます)
ホノルル2日目も孫たちと一緒に別のご家庭を訪問しました
ま、その前にビュッフェ形式のホテルの朝食をば


美味しい味噌汁があったのは嬉しかったです

朝食1日目なのでおかわりも軽いものです


と、この日の海側は、前日とはうってかわってスコーンと晴れてました

UFO(UAP)に見えるのは屋内照明の窓ガラスへの映り込みですが面白い構図でしょ

ただし山側には厚い雲がかかってて、

今にも降り出しそうで、この後も天候はころころと変わりました
ただし滞在中に豪雨はなく、現地でシャワーと呼ばれる短時間で優しいスコールと快晴と曇り空の
繰り返しが続きましたが、雨の少ないハワイではこのシャワーが好きな人も多いとか
そう、2月3月のハワイは雨季で季節としては冬、Tシャツ1枚では朝夕など寒さを感じることもあり、
ガイドブックにも何か羽織るものは必携とありました
で、10時半にはこの日の訪問先のDさんがクルマ2台でホテルまで迎えに来て下さり、
それぞれに分乗して、まずは娘さんたちが一輪車の練習をしているグラウンドへ・・・



3月に開催される大イベントに向けて練習中とのことでしたが、じつに見事なものでした
しばらく見学して再び分乗したのですが、我々夫婦はDさんのお父さんが運転するクルマで、
Dさんのお母さんが後部座席に同乗されてたので家内が隣へ、わたくしは助手席へ
訊けば二人とも我々夫婦とほぼ同い年でたちまち意気投合、隣同士で話が弾みました
お父さんは日系4世でコンピュータ関係の小さな会社を経営してたけど今はリタイアしている、
日本語は話せないけど日本には何度も行ってて大好き、趣味はずっとサーフィンだったけど、
さすがに最近はやってない、でもサーファー仲間との付き合いは続いている、などなど・・・
この後もクルマやバイクから先祖の話まで話題は夜になっても全く尽きませんでした

ちなみにこちらは英単語を羅列するだけ、向こうはたまに日本語名詞の混じる英語でしたが、
お互いに何とか理解しようという気持ちがあるので、思いはけっこう通じました

で、

昨日までの豪雨で濁った運河沿いにクルマを停めて・・・

あいかわらず天候がころころと変わる中・・・

チャイナタウンに隣接する出雲大社布哇分院でいったん下車、お参りしました
Dさんらが買い出しする間の時間を無駄にしないための気遣いだったんですね
「出雲大社は二礼二拍手一礼ではなく二礼四拍手一礼、やってみなさい」

「よくできました、ホノルルで出雲大社の参拝作法を孫に教えるとは嬉しい限り」
「じいじ、こっちの説明に書いてあるよ」

「お姉ちゃんは漢字も英語も読めようになったのね、うぐぐぐ」
と、Dさんが買い出しから戻ってこられ・・・


再び降り出したスコールの中、郊外の丘の中腹にあるDさん宅へ
着いた頃にはまたまた晴れて虹が出てました

ほんとに天候がころころ変わります
Dさんの娘さんたちは孫たちより年長でしたが、じつによく一緒に遊んでくれました


楽しいシーンがいっぱいでしたが当サイトでは昼食画像のみ



ハワイの伝統料理と中華や和食などのミックスでDさんのお母さんの手作り料理もあり、
どれもおいしかったです
午後からは晴れてきたのでみんなで公園に行くことになりましたが、わたくしは
夕食作りや片付けで家に残るDさんのお母さんと奥様とともにお留守番・・・

「それでバックレストとフットレストをコントロールできます、リラックスしてください」
「おおっ、これはじつに快適です しばらく寝ることにします むにゃむにゃむにゃ」
で、公園から戻ってからもDさんは、


バルーンアートで孫たちを楽しませてくれてました
他にも様々な特技をお持ちで、この後もウクレレを教えているという近所の少年を呼んできて
二人で演奏したりしてくれましたが、本来の趣味はお父さんと同じくサーフィンだそうです
で、あっとゆーまに時間は過ぎて遅めの夕食・・・





夕食は殆どがハワイの伝統料理でDさんのお母さんが午後に作られてた料理もありました
奥様が少しずつ取り分けてくださいました

左の黒っぽいペースト状のがタロイモを蒸した「ポイ」で昔のハワイ諸島などの主食、
Dさんによると低カロリーで栄養豊富なスーパーフードだそうです
昼食と同じくどれもおいしかったので何度もおかわりしました ばくばくばく
と、夕食後もじつによく遊んでくれてて・・・

お暇する頃には・・・

帰りたくない、もっと一緒に居たい、と泣き出してしまいました

MちゃんKちゃん、孫たちといっぱい遊んでくれてありがとう!!!
Dさんファミリーにあらためて感謝です
と、すっかり遅くまでお邪魔して、

帰りもわざわざ郊外のご自宅から都心のホテルまで送ってくださいました


ほんとに最後までお世話になりました、じつに楽しかったです
と、この夜は嫁から差し入れてもらったビール1缶だけで就寝・・・
するはずもなく、持参した安ウィスキーを水割りで

そう、数階に一ヶ所ずつ無料のキューブアイス・マシンがあるのでありますね
(ウォータークーラーは1階だけどホノルルの水道水はそのままでも飲めるので
ひっく)(と、次回に続きます)
2026年03月07日
ホワイト・サブマリン!!!
(前回記事からの続きです ホノルル連載をはじめからご覧になるにはこちらのカテゴリから)
ホノルルでの3日目は潜水艦アトランティス号での海底探索から!!!
と、その前に、まずは朝食であります

この日はカリカリ焼きたてのベーコンがありました

食後のデザートは軽く済ませて・・・フルーツは別腹で・・・

孫たちと合流して予約していた大型タクシーに乗車

ワイキキ・エリア西端にあるヒルトン・ハワイアン・ビレッジを目指します
我々のホテルやコンドミニアムはエリアのほぼ東端ですが約2km15分ほどで到着

広いビレッジ内を延々と歩いて・・・




受付で予約確認を済ませて桟橋へ・・・


まさにワイキキビーチですね
ま、せっかくなので・・・

記念写真も・・・
東側にはダイアモンドヘッドが・・・


こちらもまさにワイキキビーチ・・・
桟橋の連絡船に向かいます

桟橋ではお茶目な船長さん?が・・・

「こっちにお魚さんがいるよ」と孫たちを案内してくれました

出航を待つ間も至れり尽くせりのサービスで、さすが世界に冠たる観光地ですね
と、沖合に出ると、



潜水艦アトランティス号が見えてきました

そう、イエロー・サブマリンではなくホワイト・サブマリンでした!!!
We all live in a White submarine,White submarine, White submarine,潜水艦



グラスボート程度の半潜水式を想像してたのですが、この後、水深30mの海底まで潜航して
海底付近を45分ほど周遊してました
第一次大戦時のドイツUボートの潜水限界が30~50m(第二次大戦時には100~150m)でしたから、
少なくとも第一次大戦時と同程度までは潜れる「本物の潜水艦」だったのでありますね
艦内はこんな感じで、

操縦席はこんな感じ

いかにも潜水艦らしい機器がずらりと並んでました
ハッチが閉まりメインタンクに海水を注入して空気を排出し、いよいよ潜航・・・

ごぼごぼごぼ わくわくわく
海底付近に到達しました

とーぜん海面からの光は少なくなってます
以下さくさくっと・・・



こちらは人工漁礁ですね



こちらは双発機の残骸???

ピンボケだけどサメさんです



漁礁として沈めたフネもあるとか・・・
と、メインタンクに圧縮空気を注入して海水を排出する「メインタンクブロー!!!」浮上です

徐々にゴムボートの船底が見えてきました
司令塔のハッチが開かれ退艦です

艦長さんも浮上すれば、すっかりお茶目でした

再び連絡船に乗ってビーチに戻ります







ビーチの桟橋まで戻ってきました

孫たちはけっこう長時間、ビーチでお砂遊びをしてましたが・・・

わたくしは木陰でぐったりまったりしてました
で、この後は楽しみにしていた本場のハンバーガーを・・・
(次回に続きます)
ホノルルでの3日目は潜水艦アトランティス号での海底探索から!!!

と、その前に、まずは朝食であります

この日はカリカリ焼きたてのベーコンがありました

食後のデザートは軽く済ませて・・・フルーツは別腹で・・・

孫たちと合流して予約していた大型タクシーに乗車

ワイキキ・エリア西端にあるヒルトン・ハワイアン・ビレッジを目指します
我々のホテルやコンドミニアムはエリアのほぼ東端ですが約2km15分ほどで到着

広いビレッジ内を延々と歩いて・・・




受付で予約確認を済ませて桟橋へ・・・


まさにワイキキビーチですね

ま、せっかくなので・・・

記念写真も・・・
東側にはダイアモンドヘッドが・・・


こちらもまさにワイキキビーチ・・・

桟橋の連絡船に向かいます

桟橋ではお茶目な船長さん?が・・・

「こっちにお魚さんがいるよ」と孫たちを案内してくれました

出航を待つ間も至れり尽くせりのサービスで、さすが世界に冠たる観光地ですね
と、沖合に出ると、



潜水艦アトランティス号が見えてきました

そう、イエロー・サブマリンではなくホワイト・サブマリンでした!!!



グラスボート程度の半潜水式を想像してたのですが、この後、水深30mの海底まで潜航して
海底付近を45分ほど周遊してました
第一次大戦時のドイツUボートの潜水限界が30~50m(第二次大戦時には100~150m)でしたから、
少なくとも第一次大戦時と同程度までは潜れる「本物の潜水艦」だったのでありますね

艦内はこんな感じで、

操縦席はこんな感じ

いかにも潜水艦らしい機器がずらりと並んでました
ハッチが閉まりメインタンクに海水を注入して空気を排出し、いよいよ潜航・・・


ごぼごぼごぼ わくわくわく

海底付近に到達しました

とーぜん海面からの光は少なくなってます
以下さくさくっと・・・



こちらは人工漁礁ですね



こちらは双発機の残骸???

ピンボケだけどサメさんです



漁礁として沈めたフネもあるとか・・・
と、メインタンクに圧縮空気を注入して海水を排出する「メインタンクブロー!!!」浮上です

徐々にゴムボートの船底が見えてきました
司令塔のハッチが開かれ退艦です

艦長さんも浮上すれば、すっかりお茶目でした

再び連絡船に乗ってビーチに戻ります







ビーチの桟橋まで戻ってきました

孫たちはけっこう長時間、ビーチでお砂遊びをしてましたが・・・

わたくしは木陰で
で、この後は楽しみにしていた本場のハンバーガーを・・・

(次回に続きます)
2026年03月09日
憧れのハンバーガーと・・・
(前回記事からの続きです ホノルル連載をはじめからご覧になるにはこちらのカテゴリから)
潜水艦での海底探索とワイキキビーチでのお砂遊びを楽しんだ後、
「子どもたちのお腹が空いてるようなら、ちょうどお昼だし、ここで食べる?」
「子どもたちは大丈夫ですが、お義父さんが孤独のグルメの井之頭五郎になってます」
「それにしても・・・腹が減った・・・(茫然)」
つーことで・・・

ビレッジ内のビーチに面したテラス席へ・・・
で、

まずはビールであります
(ハワイ州ではビーチや公園での飲酒は禁止ですが、ここは店のテラス席なのでOK)
で、わたくしは長年の憧れだった本場アメリカの・・・

ビーフパテ150gハンバーガーを
ちなみに家内はチキンサンドを

って、こっちの方がポテトが多いな・・・
孫たちと嫁は豆腐焼きそば?とハンバーガーを3人でシェア

で、こちらが2杯目による乾杯!!!

そう、1杯目は画像を撮る暇もなく空けてしまってたのでありますね
で、長年の憧れだった本場のハンバーガーでしたが・・・
確かにボリュームはあったものの、パテもバンズも冷たい生野菜で?すっかり冷めてたし、
お味も同価格なら日本の専門店のほうが・・・つー感じでしたね
でも、このロケーションで楽しく食べて飲めたのは素晴らしい体験でした
と、食後は記念撮影とか・・・

ビレッジ内のショップでお買い物とか・・・



ま、わたくしは噴水に腰かけてぐったりまったりしてました

それにしても、ここは相当の歴史があるんですね





と、ようやく広大なビレッジともお別れして


ザ・バスに乗ってホテルとコンドミニアムのあるワイキキ・エリア東端まで戻ります


ザ・バスは大型荷物もガバも持ち込み不可なのね・・・




で、いったん自室でのんびりしてから・・・

ホテルのプールへ・・・




ここにはパットゴルフのミニコースもあって



孫たちは大いに楽しんでました
で、身体が冷えてきたら

温かいジャグジーへ
ちなみにわたくしも滞在中に時間があれば、このジャグジーに浸かってました
プールもジャグジーも塩辛く表示もSPAになってましたから、まさに温泉湯治ですね
で、孫たちと別れたのち、嫁が新しいマウイ6缶パックと手作りした熱々のスパム握り、
ポテトサラダやスナックやケーキなどをわざわざ届けてくれました
明朝はホテルの朝食ビュッフェ開始前に出かけるのでありがたい限り・・・
とはいいつつ、手作りしてくれたスパム握りだけは熱々のうちに・・・
つーことで夫婦の意見が一致したことを記念して・・・

マウイで乾杯!!!

わははは、しあわせじゃあ!!!
(次回に続きます)
潜水艦での海底探索とワイキキビーチでのお砂遊びを楽しんだ後、
「子どもたちのお腹が空いてるようなら、ちょうどお昼だし、ここで食べる?」
「子どもたちは大丈夫ですが、お義父さんが孤独のグルメの井之頭五郎になってます」
「それにしても・・・腹が減った・・・(茫然)」
つーことで・・・

ビレッジ内のビーチに面したテラス席へ・・・

で、

まずはビールであります

(ハワイ州ではビーチや公園での飲酒は禁止ですが、ここは店のテラス席なのでOK)
で、わたくしは長年の憧れだった本場アメリカの・・・

ビーフパテ150gハンバーガーを

ちなみに家内はチキンサンドを

って、こっちの方がポテトが多いな・・・

孫たちと嫁は豆腐焼きそば?とハンバーガーを3人でシェア

で、こちらが2杯目による乾杯!!!


そう、1杯目は画像を撮る暇もなく空けてしまってたのでありますね

で、長年の憧れだった本場のハンバーガーでしたが・・・
確かにボリュームはあったものの、パテもバンズも冷たい生野菜で?すっかり冷めてたし、
お味も同価格なら日本の専門店のほうが・・・つー感じでしたね

でも、このロケーションで楽しく食べて飲めたのは素晴らしい体験でした

と、食後は記念撮影とか・・・

ビレッジ内のショップでお買い物とか・・・



ま、わたくしは噴水に腰かけて

それにしても、ここは相当の歴史があるんですね





と、ようやく広大なビレッジともお別れして


ザ・バスに乗ってホテルとコンドミニアムのあるワイキキ・エリア東端まで戻ります


ザ・バスは大型荷物もガバも持ち込み不可なのね・・・





で、いったん自室でのんびりしてから・・・

ホテルのプールへ・・・




ここにはパットゴルフのミニコースもあって



孫たちは大いに楽しんでました
で、身体が冷えてきたら

温かいジャグジーへ
ちなみにわたくしも滞在中に時間があれば、このジャグジーに浸かってました
プールもジャグジーも塩辛く表示もSPAになってましたから、まさに温泉湯治ですね

で、孫たちと別れたのち、嫁が新しいマウイ6缶パックと手作りした熱々のスパム握り、
ポテトサラダやスナックやケーキなどをわざわざ届けてくれました
明朝はホテルの朝食ビュッフェ開始前に出かけるのでありがたい限り・・・
とはいいつつ、手作りしてくれたスパム握りだけは熱々のうちに・・・
つーことで夫婦の意見が一致したことを記念して・・・

マウイで乾杯!!!

わははは、しあわせじゃあ!!!
(次回に続きます)
2026年03月10日
パールハーバー1ビジターセンター
(前回記事からの続きです ホノルル連載をはじめからご覧になるにはこちらのカテゴリから)
ホノルル4日目の朝は、なんと4時半の起床でした
ホテルのビュッフェ朝食は6時からなので・・・



日本から持参した「かもめコーヒー」のドリップパックと昨夜嫁が持参してくれたサラダや
ケーキ・スナック類で軽く朝食・・・手作りスパム握りは昨夜食べたのでありません
5時50分に近くのホテル前に数名が集合して大型バンに乗車、他の予約客とで合計8名ほどが、
ガイド兼ドライバーで日系4世のフカダさんからお話をうかがいます
そう、この日は日本語ガイド付きパールハーバーツアーを夫婦で予約してたのでありますね
「本日は全員がスムースに集合できて時間に少し余裕があるので真珠湾攻撃にゆかりのある
日本領事館を廻ってからパールハーバーに行きます」
なんとなく日本側からは真珠湾、アメリカ側からはパールハーバーと使い分けてたような
気もしましたが、この時のオハナシは・・・
・当時の領事館駐在武官(海軍少尉)が情報収集活動での出入りをアメリカ側に気づかれないよう
正面からではなく横を流れる川から密かに行っていた
(と明るい懐中電灯
でその辺りをスポット照射してくれました
)
・12月7日には空母が訓練航海で不在という最新情報も報告していたが大使館経由で伝達が遅れ
攻撃前には海軍軍令部まで伝わっていなかった
・第1派攻撃ではじめて空母の不在を知った南雲中将は、これを奇襲情報を事前に掴んでいた
アメリカ側の罠と判断し、沖合で待ち構える空母から反撃される前にと、予定していた
第3派攻撃を行わずに急きょ引き上げた
・もし予定どおり第3派攻撃が行われドックなどの港湾施設が徹底的に破壊されていたら、
太平洋艦隊は6~7年は使い物にならなかったといわれている
・その前提なら早期に石油禁輸の緩和など有利な和平交渉ができていたかもしれない
といった、わたくしの知らなかった興味深い内容でした
他にも・・・
・今もハワイでは軍人が多く人口140万人の23%を占め観光に次ぐ第2の産業が軍事で第3が農業
・最近東西を結ぶ鉄道ができたけど西側の殆どは軍用地なので軍人以外は乗らない
などなど、他の車中のオハナシも興味深かったです
当カテゴリの第1回記事にも書きましたが、当日2月24日もパールハーバーへの出入りが
いつになく激しくなっており近々に軍の大きな動きがあるかも、ともおっしゃってました
2月28日のイラン攻撃開始でさらに臨戦態勢になってるでしょうし、基地への出入り制限も
さらに厳しくなってるかもですね
で、パールハーバー・ナショナル・メモリアルであります

訳せば「真珠湾国立記念施設」でしょうか、このビジターセンターは国立公園局の管理施設で、
メモリアル施設には画像にある戦艦アリゾナ・戦艦オクラホマ・戦艦ユタの追悼施設のほかにも、
戦艦ミズーリや潜水艦ボーフィンの記念館、当時フォード島にあった海軍航空隊(ヒッカムは
陸軍航空隊)のハンガー(格納庫)を利用した航空博物館など多くの施設があり、わたくし一度は
訪れてみたかったのであります
ちなみにパールハーバー自体は今も重要な軍事施設ですから、入るには厳しい検問もあり、
手荷物は透明バッグに入れるとかパスポート必携とかの制限もありました
上の画像の撮影時刻が朝の6時37分になってますが、早朝なのは戦艦アリゾナ記念館には
一隻のボートでしか渡れず、遅い時間に行くと数時間待ちになり渡れないこともあるので
朝一番に並ぶためだそうです
で、7時にメインゲートが開門、受付で多国語対応の音声ガイド端末(有料)を借りると、
今だけ特典!!!として・・・


こんな限定オリジナル・エコバッグがもらえます!!! これは確かに稀少かもです
と、ようやく明るくなってきたエントランスからは・・・

最初に訪れる追悼施設の戦艦アリゾナ記念館

後方にはその次に訪れる戦艦ミズーリ記念館

他にも見学可能な潜水艦ボーフィンとその付属博物館はじめ、



アリゾナの錨やピーコートでダッフルバッグ(海軍ではシーバッグ)を持ったローン・セイラーなど、

様々な屋外展示もあり、説明板に音声ガイド端末をかざすと日本語で説明してくれます
アリゾナ記念館へのボート始発が8時なので・・・



まずはミュージアムショップを皮切りに・・・
・・・したため、センターのメイン展示は駆け足になりましたが・・・
以下さくさくっと・・・


戦艦の時代から

空母の時代へ






スケールモデルも(誰かさんの作品より???)よくできてました



もちろんスケールモデルやパネル展示だけでなく・・・






実物展示も数多くありましたが・・・

赤色表示されてるAttack Gallery付近だけでこれだけあり、とても全ては回れませんでした
(ミュージアムショップ
でついつい時間を費やしたし・・・)
つーことで、8時には図右端の桟橋からボートでアリゾナ記念館に向かいました
そう、



この記念館の下に戦艦アリゾナと乗員のうち約900名が今も眠っているのであります
(次号に続きます)
ホノルル4日目の朝は、なんと4時半の起床でした
ホテルのビュッフェ朝食は6時からなので・・・



日本から持参した「かもめコーヒー」のドリップパックと昨夜嫁が持参してくれたサラダや
ケーキ・スナック類で軽く朝食・・・手作りスパム握りは昨夜食べたのでありません

5時50分に近くのホテル前に数名が集合して大型バンに乗車、他の予約客とで合計8名ほどが、
ガイド兼ドライバーで日系4世のフカダさんからお話をうかがいます
そう、この日は日本語ガイド付きパールハーバーツアーを夫婦で予約してたのでありますね
「本日は全員がスムースに集合できて時間に少し余裕があるので真珠湾攻撃にゆかりのある
日本領事館を廻ってからパールハーバーに行きます」
なんとなく日本側からは真珠湾、アメリカ側からはパールハーバーと使い分けてたような
気もしましたが、この時のオハナシは・・・
・当時の領事館駐在武官(海軍少尉)が情報収集活動での出入りをアメリカ側に気づかれないよう
正面からではなく横を流れる川から密かに行っていた
(と明るい懐中電灯
でその辺りをスポット照射してくれました
)・12月7日には空母が訓練航海で不在という最新情報も報告していたが大使館経由で伝達が遅れ
攻撃前には海軍軍令部まで伝わっていなかった
・第1派攻撃ではじめて空母の不在を知った南雲中将は、これを奇襲情報を事前に掴んでいた
アメリカ側の罠と判断し、沖合で待ち構える空母から反撃される前にと、予定していた
第3派攻撃を行わずに急きょ引き上げた
・もし予定どおり第3派攻撃が行われドックなどの港湾施設が徹底的に破壊されていたら、
太平洋艦隊は6~7年は使い物にならなかったといわれている
・その前提なら早期に石油禁輸の緩和など有利な和平交渉ができていたかもしれない
といった、わたくしの知らなかった興味深い内容でした
他にも・・・
・今もハワイでは軍人が多く人口140万人の23%を占め観光に次ぐ第2の産業が軍事で第3が農業
・最近東西を結ぶ鉄道ができたけど西側の殆どは軍用地なので軍人以外は乗らない
などなど、他の車中のオハナシも興味深かったです
当カテゴリの第1回記事にも書きましたが、当日2月24日もパールハーバーへの出入りが
いつになく激しくなっており近々に軍の大きな動きがあるかも、ともおっしゃってました
2月28日のイラン攻撃開始でさらに臨戦態勢になってるでしょうし、基地への出入り制限も
さらに厳しくなってるかもですね
で、パールハーバー・ナショナル・メモリアルであります

訳せば「真珠湾国立記念施設」でしょうか、このビジターセンターは国立公園局の管理施設で、
メモリアル施設には画像にある戦艦アリゾナ・戦艦オクラホマ・戦艦ユタの追悼施設のほかにも、
戦艦ミズーリや潜水艦ボーフィンの記念館、当時フォード島にあった海軍航空隊(ヒッカムは
陸軍航空隊)のハンガー(格納庫)を利用した航空博物館など多くの施設があり、わたくし一度は
訪れてみたかったのであります

ちなみにパールハーバー自体は今も重要な軍事施設ですから、入るには厳しい検問もあり、
手荷物は透明バッグに入れるとかパスポート必携とかの制限もありました
上の画像の撮影時刻が朝の6時37分になってますが、早朝なのは戦艦アリゾナ記念館には
一隻のボートでしか渡れず、遅い時間に行くと数時間待ちになり渡れないこともあるので
朝一番に並ぶためだそうです
で、7時にメインゲートが開門、受付で多国語対応の音声ガイド端末(有料)を借りると、
今だけ特典!!!として・・・


こんな限定オリジナル・エコバッグがもらえます!!! これは確かに稀少かもです

と、ようやく明るくなってきたエントランスからは・・・

最初に訪れる追悼施設の戦艦アリゾナ記念館

後方にはその次に訪れる戦艦ミズーリ記念館

他にも見学可能な潜水艦ボーフィンとその付属博物館はじめ、



アリゾナの錨やピーコートでダッフルバッグ(海軍ではシーバッグ)を持ったローン・セイラーなど、

様々な屋外展示もあり、説明板に音声ガイド端末をかざすと日本語で説明してくれます
アリゾナ記念館へのボート始発が8時なので・・・



まずはミュージアムショップを皮切りに・・・

・・・したため、センターのメイン展示は駆け足になりましたが・・・

以下さくさくっと・・・


戦艦の時代から

空母の時代へ






スケールモデルも(誰かさんの作品より???)よくできてました




もちろんスケールモデルやパネル展示だけでなく・・・






実物展示も数多くありましたが・・・

赤色表示されてるAttack Gallery付近だけでこれだけあり、とても全ては回れませんでした
(ミュージアムショップ
でついつい時間を費やしたし・・・)つーことで、8時には図右端の桟橋からボートでアリゾナ記念館に向かいました
そう、



この記念館の下に戦艦アリゾナと乗員のうち約900名が今も眠っているのであります
(次号に続きます)
