サバイバル

2022年11月18日

家族システムの起源~Ⅰユーラシア下巻~

奇跡的に!!!前回記事からの続き・・・

PB081799

「家族システムの起源~Ⅰユーラシア~下巻」の読書メモであります
ええ、上巻よりさらに読み飛ばしが多くなっております・・・

著者・出版社・発行年月日などは前回の上巻メモ記事をご覧くださいね


下巻の目次

PB081801



PB081802

下巻はユーラシア周縁部のヨーロッパと、中央部中東の家族システムについて・・・
(てきとーメモなので正しくは本書の熟読をお願いします)

第7章「ヨーロッパ~序論~」より

・ヨーロッパは(ユーラシアの)一つの周縁地域の実例
→シベリア北東部や東南アジアと同様の後進地域が農業・文字・国家観念を外部から授かり
科学技術と経済の面でテイクオフを遂げ、しばらくは旧世界の中心部を追い越した
(やがて家族システムにも父系原則の侵入が及ぶことになる)
→直系家族の歴史は中国から2000年遅れで日本と似通っているが規模が大きく多様性が大きい

・ヨーロッパ48の集団サンプルの中で起源的な家族・親族形態はラップ人のみで、
→ユーラシア周縁の反対側フィリピンのシステムそのまま
→ただし、それ以外にも核家族形態が多い
→起源的形態である双方的親族集団に統合された核家族からの分岐過程を見ることは可能

・ヨーロッパの地理は狭い範囲だが複雑、農業など外部文明の影響は直線的ではない
・中東の新石器革命は二つの軸でヨーロッパに伝播、その一つは、
→BC6800~6100にクレタ島とギリシャ半島に、
→BC6100~5800にバルカン半島を北上、ドナウ川を進んだ
→BC5500~5300にライン川とヴィスワ川の間の平原に到達
・もう一つの軸は横方向で、BC5800~5500までに東から地中海沿岸を西部へ伝播
・この二つの軸が大陸西部、特にフランスで合流し、イングランドにはBC4000頃に、
→BC3500頃にはアイルランドとおそらくブルターニュ、少しあとにスカンディナヴィアへ
→BC2000頃に新石器革命はヨーロッパ征服を完了した

・初期の農業は粗放・移動型で安定化には数千年を要した
→西ヨーロッパで安定化が完成するのは10世紀~13世紀

・この二つの浸透軸は文字についても同じ
→フェニキア文字→ギリシャ文字→ローマ文字(ヨーロッパの西部と中央部)
→東部ではギリシャ文字→キリル文字・・・
→文字伝播の過程に2000年を要しているので北東ヨーロッパの歴史は短い(以下略)

・父系性は四つの軸で伝播
→中東の父系性は地中海を東から西へ、ギリシャ、ローマへ
→フン人(ステップの遊牧民)の父系原則(おそらく中国起源)の侵入(5世紀)は北方で東から
→アラブの父系性も中東由来だが、7世紀から南経由でスペイン、地中海西部諸島へ
→トルコ人の侵入は15世紀からで南東から北西へ、これが4番目の父系性伝播
→東南からなので北西部に核家族的・女性尊重的な家族システムが存在するのは理の当然

・都市化直前の家族システムがどのようなものであったのか、地図を検討し歴史を検討する
・48の類型サンプルは東部では同質的で西部では錯綜している・・・
・父方居住(共同体家族、一時的同居、近接居住を伴う核家族)が東部を覆い、バルカン諸国から
北部中部イタリアまで伸びている
・フランス中央山塊、ギリシャ島嶼部の少数・特殊なケースなど・・・(略)

・古代ギリシャ・ローマの読み直し情報が大量にあり、ヨーロッパだけ三章になった
→8章はロシアから中部イタリアまで広がる父方居住と、少し南の古代ギリシャ・ローマの
父系制時代について
→9章は西・中央ヨーロッパの最終局面における家族類型の地理的分布
→10章はその歴史の記述


第8章「父系制ヨーロッパ」より

・フィンランドからバルカン半島、アドリア海からイタリア北部・中部までの広大な空間
→父方居住・父系制の家族システムが優位
→直系家族の空間はこの地帯より西に位置し、双処居住と混じり合っている
→父系制の伝播メカニズムとは無関係でヨーロッパの直系家族は内因的生産物

・ロシアの農民→父方居住・共同体家族→バルト諸国に近づくにつれ明瞭になる
・フィンランド内陸部・バルト諸国→共同体家族が支配的
・ウクライナとルーマニア→共同体家族が徐々に消えて一時的
父方同居を伴う核家族へ
・バルカン半島、ハンガリー(略)
・イタリア中部は父方居住共同体家族が支配的
→北部ヴェネト州は不完全な直系家族で・・・(以下略)
・エーゲ海の母方居住と長子相続
(略)

・アジアの父系制の影
→ヨーロッパ東部に分布しているのでアジアからの伝播は明らか
→東から南西へ、イタリアを到達点としているが、古代ヨーロッパの父系制とは全く別
古代ヨーロッパの父系制はギリシャ・ローマの都市国家から・・・(略)

・古典ギリシャ・古典期ローマの家族・・・(略)
→圏外(ケルト、ゲルマン、スラヴ)では未分化

・ローマの進化の重要性、帝国期の変動、核家族の新たな類型、晩期・・・
(略)

・古代父系制から近年の父系制へ
→未分化状態→地中海への最初の到来→極みの自己破壊→ステップから来た新しい父系制の波
→古代は南、近年は北

・父方居住・外婚制・共同体家族は自然ではなく特別な条件による拘束的システム
→都市、小作制、交易、戦争・・・
(略)

・母系制、父系制の幻想(略)
→インド・ヨーロッパ語族の父系制は、セム人さらに遡ればシュメール人が起源


第9章「中央および西ヨーロッパ~1記述~」より

(家族上の西欧にゲルマン世界と南イタリアは含むが共同体の北部中部イタリアは含まない)
1直系家族はゲルマン系集団が中心でスラヴ、スカンディナヴィアを周縁部として含む
→第二の集団はカタルーニャ、バスクからポルトガル北部まで延びる
→第三のケルト・グループはアイルランド、スコットランド西部、ブルターニュ海岸部、
ノルマンディー、ピカルディ、バルト海の海岸部、フィンランドのスウェーデン影響部分

2平等主義核家族はアンダルシアに至るカスティーリャ語圏スペイン、中部ポルトガル、
南イタリア、フランス中心部のパリ盆地→これらは完全にラテン圏に収まる

3絶対核家族はイングランド、デンマーク、ノルウェーのオスロ地方、オランダの沿岸部
(他の地域、各類型の詳細記述などは略)


第10章「中央および西ヨーロッパ~2歴史的解釈~」より

・中世の歴史的データから類型分化した原因を解釈(略)
・中世初期→未分化親族集団の中の近接居住、同居を伴う核家族
・純粋な核家族の出現
→貨幣経済が戻りカロリング期の荘園は大規模農業経営に
→農民は庭を持つ農業労働者に
→小さな家と庭では分割不可能性のみが必要で直系家族による不分割の規則は不要
→子供たちは早い時期に召使(労働者)として外に出ることができ一時的同居も不要
→最終的に平等主義核家族が北フランス、南イタリア、中部南部スペインを支配し、
→絶対核家族がイングランド、デンマーク、オランダを支配したのはなぜか・・・

平等主義核家族の空間は、かつてのローマ帝国の空間に収まる
→貨幣経済への回帰、都市の再生、大規模農業経営、労働者の再確立
・財産が大してないイングランドの農民にノルマンの長子相続の仕組みは無用の長物
→貴族や中農層には深い影響があったが中農層が消滅、長子相続の弱体化と遺言の浮上
→イングランド核家族の個人主義急進性は世帯分離に固執するが貴族の直系家族への反動?
(以下略)


第11章「中東~近年~」より

・歴史(文字による記録)は中東で始まった
(略)
・中東の定義
(略)
→現在はほぼ全面的にイスラム教で1250年続いているが5300年の歴史の23%に過ぎない
・遊牧民の核家族性と共同体主義、定住民の穏健な共同体主義
(略)
・長子相続、末子相続の痕跡、内婚、シーア派、スンニ派、キリスト教徒・・・
(民族や宗教の変遷など、じつに詳細でしたが以下略)


第12章「中東~古代~メソポタミアとエジプト~」より

・シュメール文明→セム系集団アッカド帝国による権力奪取→シュメール復興→ウル第三王朝
→ウルの崩壊→セム人の支配→アムル遊牧民の支配→ハンムラビ王バビロニアによる
メソポタミアの統一→政治構造の分解→ヒッタイト帝国の侵入→国際化→各国との複雑な関係
→アッシリア帝国がバビロニアからエジプトまで広がる→崩壊→新バビロニアの短い時代
→ペルシャ人、ギリシャ人、パルティア人の征服によりメソポタミアの歴史消滅・・・

・このメソポタミアの歴史の長さと複雑さから、安定的な家族形態の発見などは論外
→しかし中国の家族システムとの類似点がある
(略)

・明白な核家族性、共同体家族とする仮説(略)

・周縁部の周縁部イスラエル
→ヘブライ民族の聖書にある長子相続制→カインとアベル、エサウとヤコブ・・・
→エジプトの伝統、アッシリア法から・・・
(略)

・女性、古代の親族集団・・・(略)

・メソポタミアの家族の発展三段階は中国と同一?
1出発は夫婦家族の優勢と男女の平等→双処居住核家族類型で未分化な親族集団の中に
→シュメール・ルネサンスにかけて衰退
2シュメールに長子相続の規則が台頭→三世代を含む直系家族世帯は検出されていない
3兄弟間の平等と家族集団の共同化が明確に→縦型構造化は不明確
→家族は稠密化し女性のステータスは低下、共同体家族の出現後も続く
・中国の段階では侵入した遊牧民の父系原則が関わるがメソポタミアでの侵入は後・・・

・エジプト
→第1巻の最後をエジプトで終えるのは皮肉だが・・・
→第一サイクル(統一以前から王国の解体まで)BC3400~2475
→第二サイクル(王政の再建から解体、封建制まで)BC2475~663
→第三サイクル(王政の再建→プトレマイオス王国→ローマによる征服まで)BC663~325

・古王国第三王朝の核家族、Z型継承、長子相続制、女性・・・
(略)
・ギリシャ人のエジプト幻想→ヘロドトスの物語から(略)
→ギリシャ人には奇異な社会であったことは事実

・エジプトはメソポタミアより早く完全統一され、戦争による男性原則から免れていた
→父系原則発達の戦争と軍事的機能での重要性がわかる→これは不可避的なものではない
→エジプトがイスラムに征服されたのは640年だがキリスト教徒が多数派でなくなったのは
9世紀ごろになってから→1970年でも10%はコプト教徒→親族の未分化性、母方居住

・父系制はメソポタミアに出現し広がったが退行もあった
(略)
・内婚、未分化の持続、ナバテアの痕跡・・・(略)


「第Ⅱ巻に向けて~差し当たりの結論~」より(一部)
・内婚は女性を生まれ育ったところから暴力的に引き抜くことを廃止し父系性を緩和する装置
・穏健外婚はイトコ婚を受け入れる余地のある外婚制
・キリスト教圏の体系化された外婚を、アラブないし南インドの強力な内婚革新と対称をなす
絶対的外婚への進化と思い描くことも可能?
・アメリカ、アフリカ、オセアニアのデータがなければ、このモデルは国家と文字を持つ
定住農民社会とその周縁部との検討にとってしか、役に立ちそうにない・・・


云々・・・


ええ、わたくしには末尾の「差し当たりの結論」さえ、よくわかりませんでしたが・・・

まあ「
起源的家族は夫婦を基本的要素とする核家族型で、国家と労働による社会的分化までは、
複数の核家族からなる親族現地バンドに包含されていた」
つーのには納得しましたし、各地の歴史や地理、民族分布のおさらいもできました

ともかく40年かけてユーラシア大陸とその周縁部の住民集団を民族サンプルとして214に分類、
その家族システムを15の類型にまとめる能力と作業量に、まずは感服しました

わたくし文明史を読み漁るのも好きなんですが、家族システムという観点からははじめてで、
文明の栄枯盛衰やその伝播、異民族の侵入なども家族変化の根拠として詳しく調べて解説、
分かりやすく地図上にまとめた図版もいっぱいでした

ただまあ、上下巻の本編だけで800頁ある大著で、わたくしには読みづらい部分も多く、
かなりの部分を読み飛ばしてしまいましたが・・・ひいひい


(参考)

本書の著者による「現在の国際紛争は消費大国と産業大国の争いで、根底は経済構造と
家族構造の
一致にある」といった内容の記事が文春オンラインで公開されています

家族構造から見れば「双系制(核家族)社会」と「父系制(共同体家族)社会」の対立で、
一方は「消費」に特化、他方は「生産」に特化というかたちで2つの陣営に分かれている、
しかもグローバリゼーションのなかで、2つの陣営が極度に相互依存関係にある、
これがわれわれが生きている世界の構造・・・
とゆー観点はじつに興味深いです



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2022年11月15日

家族システムの起源~Ⅰユーラシア上巻~

とーとつですが・・・

「家族システムの起源~Ⅰユーラシア上巻~」とゆー本のご紹介であります

PB081791




表紙カバー裏にあった惹句

PB081795

わたくし以前、日本の農村とゆー本や、東アジアの農村とゆー本を読んでて、家族の仕組み
についても、いつかはまとまった本を読んでみたいと思ってました

で、TV番組「欲望の資本主義」にも登場されてたエマニュエル・トッド氏の本書を知り、
上下巻をあわせて借りてみた次第・・・

ただし上下巻あわせると本編だけで800頁以上ある大著で内容も濃く、門外漢のわたくしが
(図書館の返却期限までに)下巻の最終章まで辿り着けるのか・・・おろおろ



つーことで、とりあえず・・・

PB081790

上下巻の表紙と、


PB081796

上下巻通しの目次も(念のため)アップしておきます

ちなみに左端に(未完の)「第Ⅱ巻に向けて」とゆー項がありますが、執筆予定の
第Ⅱ巻では
第Ⅰ巻以外の地域も全て網羅して人類の再統一(再単一化)を促進する本にする・・・
とありました


で、裏表紙カバー裏にあった著者紹介

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監訳者、訳者、発行所、発行年月日などは奥付のとおり

PB081794
(左親指の爪が黒ずんでますが先月はじめに爪の根元をクルマのドアに挟んだもの、生え変わるのに時間がかかるのね)



とりあえず上巻の目次であります


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PB081798


以下、難解な部分は読み飛ばしつつ、目についた部分のみの読書メモ・・・


序説「人類の分裂から統一へ、もしくは核家族の謎」より

・以下は40年に及ぶ家族構造の研究成果と20年以上に及ぶ調査結果
→近代化の軌道の多様性は伝統的家族構造の多様性によるという仮説の証明

(例)
・共産主義イデオロギーの地理的分布
→伝統的農民層の「共同体家族」分布と重なる

・イングランドの「絶対核家族」(親子関係は自由で平等には無関心)
→アングロ・サクソンの個人主義と政治的自由主義へ
・パリ盆地の「平等主義核家族」(子供たちは自由で兄弟間は平等)
→1789年フランス革命の承認→普遍的人間の観念へ
・ドイツと日本で支配的な「直系家族」(父親の権威と兄弟間の不平等)
→近代化移行期での民族中心主義・権威主義的イデオロギーと運動の促進へ

・ただし過去の諸価値はイデオロギーの混乱で一時的に具現化されるに過ぎない
→イスラム圏(共同体型)は家族の解体から原理主義という別のイデオロギーを生み出した

・人類共通の起源的家族形態は、定義して、離脱過程を復元することができる
→ヨーロッパが短期であれ発展トップになれたのは家族システムの変遷を経験しなかったから
→だがルソン島アグタ人、フエゴ島ヤーガン人、ロッキー山脈ショショニ人なども同じ核家族型
→この事実は構造主義的思考では説明できない
→周辺地域の保守性原則(PCZP)、木骨造家屋の分布、アメリカ大陸文化の間歇的分布から

・核家族を包含するバンド(ホルド・現地集団)→双方核家族
→大家族制・直系家族制・一夫多妻制・一妻多夫制などは後の発明物
→親族集団(バンド)の役目が、やがて国家に変わったのか?

・農耕民族は文明(農耕・都市・冶金・文字)の犠牲者なのか?
→1960年代半ばから食物と健康に優れ余暇が多い狩猟採集民が称揚されているが、
→文明は拡大の潜在力を秘めており、技術的・軍事的に強力になる
→父系原則は組織編制力を持ち軍事化を容易にする(尊属への帰属)

・中東での農耕の発明はBC9000年頃でほぼ確定している
→父系原則は農耕より後で、さらに文字よりも後→歴史時代以降

(本書で証明する仮説)
1起源的家族は夫婦を基本的要素とする核家族型で、
2国家と労働による社会的分化までは複数の核家族からなる親族現地バンドに包含されていた
3この親族集団は男系女系いずれを介するかは未分化であり双方的で、
4女性のステータスは高かったが男性と同じ職務を持つわけではない
5直系家族、共同体家族、複合的な家族構造はこれより後に出現した

(イトコ婚の研究等・・・以下略)


第1章「類型体系を求めて」より

・核家族→直系家族→共同体家族へと移行したのか?
→国王(父親)権力の正当性のための説?→聖三位一体説
・父系、母系、直系、一時的同居、末子相続、長子相続、近接居住、囲い地内集住・・・(略)

(家族の類型体系)

・父方居住・母方居住・双処居住
×
・共同体家族・直系家族・結合核家族
=9

・一時的同居もしくは近接居住を伴う核家族
×
・父方・母方・双居
=3
+
・平等主義核家族
・絶対的核家族
・追加的な一時的同居を伴う直系家族

→合計15の類型に分類できる
(説明は略)


第2章「概観」~ユーラシアにおける双処居住、父方居住、母方居住~より

・ユーラシアの民族サンプル214
(興味ある膨大な地図と説明でしたが略)から
→双処居住システム、核家族システム、母方居住は周縁部に存在する
→父方居住の中央部性と複合性

・中国、日本、インド、東南アジア、ヨーロッパ、アラブ・ペルシャと各圏ごとに検討する
(
アラブ・ペルシャ圏は古くはメソポタミアとエジプトの領域)


第3章「中国とその周縁部」~中央アジアおよび北アジア~より

・中国文化が出現・確定化した中枢部は父方居住共同体家族地帯

・一番目の同心円上には直系家族形態がチベット、北部ベトナム、中国南部、台湾、朝鮮を通って
日本へ至る地理的な弧を描いており、一時的父方同居を伴う核家族ケースを含んでいる
→この核家族ケースは北東側ではウクライナ、ルーマニアにまで達している

・二番目の同心円上では母方居住・核家族類型が南から東への弧を描いている
→西側部分では
一時的父方同居を伴う核家族が支配的

・三番目の同心円上では双処居住核家族システムがフィリピン諸島からベーリング海峡まで
東の弧を描き、西側は遊牧民の一時的父方同居を伴う核家族形態
(各地域形態の詳細、歴史などは略)

・拡張農業文明の中心部では土地は希少になり移住が困難になって集約化へ
→土地相続の問題→直系家族の仕組みを発明(後のヨーロッパでは王による長子相続)
・末子相続と長子相続の前後(略)
・遊牧民の家族・親族類型、父方居住共同体・・・(以下略)


第4章「日本」より

・日本の歴史時代は短く古事記が712年で、ゲルマン圏(ザクセンに文字が785年)に近い
→文字からは1400年で農業からは2500年しかない(中国では3300年と8500年)
→ただし稲作以前の独自の狩猟採集時代が1万年以上続いていた
→狩猟採集で支えられる人口としては相対的に密度が高かった
→豊富な狩猟採集(特に他の地域に類を見ない魚介海産物)は安定的な共同体の出現をもたらし、
その稠密性により一定程度の複合性を持つ技術と社会形態の形成が可能だった

・縄文末期の婚姻後夫婦の居住は(遺伝子分析により)
双処居住
→これは双方的親族システムで、我々が近代的と信じているもの

・日本は侵略されずに歴史が続いた稀なケース
→家族形態の伝播と普及は軍事的征服ではなく自発的に模倣した結果

・北東部と南西部に分類できる
(残留末子相続と絶対長子相続の類型では北東部をさらに3分類できる)
→北東部では直系家族より複合的な家族形態が存在する(隠居など?)
→南西部より貧弱な農業と低い人口密度から巨大労働集団に?

・日本の直系家族(イエ・分家?)についての近年の論争
→男性長子相続と直系家族の制度化は19世紀末から
→普遍的ではなく(妻の親族を含む)養子を相続人とすることも頻繁に行われていた
→多様性・複合性はあるが古典的直系家族モデルが君臨

・(文字資料では社会構造の高い層しか見えないが・・・)
→中国的父系原則と日本的双方基底の二元性文化→平安時代まで
→長子相続の台頭→鎌倉時代から→父方居住と女性ステータスの低下へ

・日本型直系家族の発明
→日本の直系家族・封建時代は中国で消滅してから1000年後
→両国の最初の緊密接触時には、中国ではすでに共同体家族化されていた
→直系家族への移行は漸進的であり北東部では(必要なかった社会に)輸入された結果?

・沖縄の家族類型
(略)
・アイヌ人の家族類型
(略)
・日本南西部、沖縄、済州島を包括する古い文化圏(略)
・イトコ婚
(略)
・朝鮮に関するメモ(略)


第5章「
インド亜大陸」より
・農耕も文字も極めて早いが歴史の長さが同一ではなく不連続
・現在のパキスタン中心部ではインダス文明が出現し(BC2800)消滅した(BC1700)
→豊かな農耕とメソポタミアに繋がる通商で繁栄していた
→文字が解読不可能なことから完全に独立した文明だった?
→ペルシャ湾奥のメソポタミアには海路で近いので影響はあったはず
→アーリア人の侵略だけでなく灌漑により衰退した

・インド亜大陸は地理・言語・ヒンズーのカースト・部族・民族により分断される
→サンプルではインドを代表する住民集団は38としたが、この章では11追加して49に
(略)
→北部と西部は世帯の複合性が最大の地帯
→南部と東部は最小の地帯
→中央部はその中間地帯
→革新と侵略の大部分は北西部からで、複合性の伝播と一致する
→オリッサの地図上では共同体家族空間と核家族空間の切れ目が明瞭で、共同体家族が
陸路でも海路でも交通が単純な地帯を経由して伝播したことがわかる

・49のサンプルは多様でインドで主張されている「合同家族」優位というわけではない
→周辺地域の保守性はあり核家族と共同体家族の中間局面である直系家族

・ヒマラヤの直系家族、その南部での痕跡、末子相続の周縁性・・・
(略)
・直系家族登場の原因は稠密性か伝播か(略)
・古代の直系家族と初期のカースト(略)
・遊牧民の侵略と共同体家族への移行→スキタイ人の侵略(略)
・空間的分化の起源、性行為礼賛、女性のステータス、中世の移行・・・(略)
・イトコ婚、ヒンズーの外婚制とイスラムの内婚制、周縁部の婚姻・・・(略)


第6章「東南アジア」より

・広大な半島と島々はユーラシアの周縁部だがユーラシアの農業・文字・家族の起源に重要
→ただしチモール島とマラッカ諸島から向こうは家族も農業もニューギニア世界に入る
→ニューギニアは独自の菜園耕作と森林管理で人口密度が高くユーラシアとは別世界→別項で

・東南アジアの農業はBC3000年から段階的に到来
→ベトナムだけが中国から、それ以外の文化的影響はインドから→農業革新の第二波
→高地ではいまだ中国で栽培化されたジャポニカ米だが平野部ではインディカ米

・文字、宗教、言語、国家・・・(略)
→集約農業と粗放空間の共存→帝国は固定化(奴隷化)に努めたが移動耕作を放棄していない
→1800年頃の人口→中国3億3千万人、日本3千万人、東南アジアは全体で2800万人だった
→2005年の人口→中国は4倍、日本は4.2倍になったが東南アジア9ヶ国では20倍に
→なので家族システムは、この間に大きく変化した可能性もある

・サンプル分布、類型分布・・・
(略)
→家族類型総計の82%は核家族の変種→核家族は周縁部で古代的という仮説に完全に一致する
→中央部では母方居住で一時的居住を伴う核家族と結びつく→国家を持つ民族との一致

・ボルネオ島の四つの住民集団
・イバン人
→長大なアパルトマン(分割不可能)に三世代を連合させる規則的発展サイクル
→焼畑に加え米・漁労・狩猟・採集で生活し世代の単線的な継承
→これらから土地の実際の所有権は長大な家屋に住む集団にあり各世帯は使用権のみ
→直系的世帯は双方的な親族の絆で互いに繋がっている
→同居する既婚の子どもは息子でも娘でもいいが大抵は長子→双処居住直系家族
・陸ダヤク人、マロー人、プナン人も
双処居住直系家族に分類されるがデータ不足
(ボルネオ島はあまり民俗誌化されていない)

・歴史
→フィリピン、ボルネオ北部、セレベス(スラウェシ)の核家族システムと双処居住直系家族の
システムは明快な組織編制原則を持たないことからも、人類の起源的な類型に近い残存システム
→フィリピン諸島やボルネオ島の男女系統を区別することのない用語体系の絶対的な優位性
双処居住性と親族用語体系の未分化性は古代的であり、いまだに調和を保っている

・父方居住、母方居住、家族と人口密度、長子相続、外婚制・・・(略)



云々・・・



と、いつかは下巻メモに続く・・・のだろうか・・・ひいひい




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2022年11月04日

視聴メモ「欲望の資本主義・メタバースの衝撃」

NHKの「欲望の資本主義2022夏・メタバースの衝撃・デジタル経済のパラドックス」とゆー番組が、
少し前に再放送されてたので視聴、わからないまま一部をメモしました


1章 まだ見ぬ10兆ドルの夢
・ニール・スティーブンスン「スノウ・クラッシュ」1992年の作品
(ゴーグル内だけで活躍する→現実とは異なる超宇宙=メタバースでの物語)
・今はメタバース内での経済活動も可能になっている→大企業が次々と参入している
・現実世界はウクライナ侵攻、コロナ感染、インフレなどで深刻だが、デジタル世界は活況を呈している
・キャシー・ハックル
→メタバース内ではゲームのバーチャルアイテムだけでも1年間に1000億ドルが使われた
→何世紀も続いた物理的なモノの商取引は電子取引になったが、
→ゲーム世界の経済活動はバーチャルとバーチャルの取引になった
→そこに大企業が新たな市場を見出し投資している
・現実世界+仮想空間=新たなリアリティの誕生?
→乱立するプラットフォーム
・加藤直人
→誰もがクリエーターになれるプラットフォームの提供が目的
→コークとペプシでは市場シェアの少ないペプシのほうが熱狂的ユーザーが多いと思われがちだが、
マーケティングでは市場シェアの多い方が熱狂的ユーザー(の割合?)も多い
→プラットフォームでも1位が9割、2位が1割の市場構造になる
→このプラットフォームのこの機能はいいね、ではなく全てで勝たないと生き残れない
→パソコン、インターネット、モバイルではもうチャンスはないのでメタバースで勝ち残る

2章 幻想の資本主義
・ニーアル・ファーガソン
→今は資本(貯蓄)には不足はないので動かす良いアイデアさえあれば進む
・成田悠輔「22世紀の民主主義」
→過去・未来・便利さ・価値のタテヨコ軸を包括するのがメタバース

3章 すべてがバーチャルになる時
・タレントアバター→バーチャル大阪FANY(吉本興業の子会社)
→兵庫県養父町の鉱山空間「バーチャルやぶ」→行けない人も楽しめる
・三越伊勢丹のバーチャル店舗→全年代がメリットの百貨店でモノ→コト→トキ→体験へ
・三井住友海上で開発中のメタバース保険→保険会社がメタバース内での活動を担保する
・プラットフォーム乱立の中で一番うまくいった3Dコンテンツをメタバースと呼ぶようになるだろう

4章 デジタル経済は計測可能?
・森健「デジタル増価革命」
→サブスクリプションは物価か?→少なくとも需要と供給の関係ではない 
→見えない資本が経済を動かす→GDPの説得力がなくなっている
→消費者余剰はGDPに計測されていないが、SNS4社の消費者余剰は日本だけで年間20兆円とも
・ごく一部の人や企業を潤しているだけ(ダイアン・コイル)
・デジタル革命が引き起こす不確実性
・全ての経済価値は本当はバーチャルで実体がないもの
→ドルや円の価値も単なる社会の構築物
→ブランド品の価値の例→原価10ドルでもブランド品なら1000ドルの価値
→ブランドもバーチャルだがGDPと同じく人にとっては価値のあるもの

5章 ビッグテックへの反乱
・GAFAが大きくなり過ぎたので逆の流れにする
→Web3で(Web1は見るだけWeb2は交流だけ)
→ブロックチェーンとNFT化によってデジタルや実物の売買が仮想空間内で可能になった
→GAFAのように市場支配することもデータや手数料を取ることもないので対等で民主的?
→中央集権国家にとっては脅威で国家通貨に対する初の競争相手になる→新たな経済圏になる?
→セカンドライフ→VR技術→現実と虚構が混ざり合うアメリカの政治と文化(Qアノンなど)へ

6章 超宇宙の外 今そこにある危機
・エマニュエル・トッド
→今こそバーチャルではなく現実に目を向けるべき
→フランスでも若者はスマホで動画を見てるがクルマを買うカネはなく家賃さえ払えない
→メタバースや仮想通貨は時代遅れ、今はこの冬のヨーロッパがどうなるかもわからない時代
・フェリックス・マーティン「21世紀の貨幣論」
→アメリカやヨーロッパのインフレ→中央銀行が市場を意識する異常な時代
→これまで20年ほどの安定は中央銀行の政策のおかげなのか、運によるものなのか・・・
・ダイアン・コイル
→中央銀行も仮想通貨を発行するようになると、人々のお金への執着や使い方がどう変わるか
・通貨が不安定になれば膨らむ仮想通貨への夢、国家通貨からの逃走
→これが社会と経済のさらなる不安定化を呼ぶのか・・・
→経済の安定とは、成長とは・・・
→70年間、GDPの成長率を基準にしてきた→そこに問題があることも知っていた
→クズネッツによる1934年の大恐慌分析時点から
→1942年のアメリカ初のGNP統計発表に対するクズネッツの不満
→経済成長の数字だけで(それが)人々の豊かさを向上させるかどうかが考慮されていない

7章 いくつもの月が幻惑する
・仮想通貨、暗号資産
→人々は貨幣という空に浮かぶ月を欲しがる(ケインズ)
→今や月を自分で作ることもできる→多くの月の中でどの月が残るのか
→パンドラの箱が開いてしまったようなもの
→資源や経済的幸福を買うための貨幣を作るという夢は、かつてないほど強力になっている
・成田悠輔
→自分の持ってる1万円札は自分が何か価値のあることをしたというデータを紙でもらったもの
→なので、いっぱい持ってる人は尊敬されたり嫉妬されたりする
→貨幣は経済活動の貧しい世界でデータの足りなさを補うために作り出したもの
→小さなローカル社会では、ほぼデータに記録できていた(経済実態とデータとの乖離が少なかった)ので、
貨幣はそれほど重要ではなかった
→近代の急激な経済成長でデータが実態に追いつかなくなり、その乖離が大きくなった
→この実体とデータとのズレが「貨幣の価値」で、近代からその重要性が急激に増していった
→今後は(成長が鈍化し?)乖離が再び縮まる(貨幣があまり重要でなくなる)世界が来るかも知れない
→それを後押しする一つがメタバース経済・・・
→いっぽうで貨幣に頼らない分散型システムには危険性もある
→さらに国家もシステムに取り込もうとするので貨幣とのせめぎ合いは続く・・・
・岩井克人
→貨幣以前の社会は共同体の顔見知りの中でしか生活できなかった
→貨幣さえ持てば小さな共同体から離れて(個人として自由な)生活ができる
→それが結果的に1人が1票を持つという(市民の間だけの)民主主義を実現させた
→全てがブロックチェーンに記録され(貨幣のような)匿名性が奪われる社会はディストピア
→貨幣は共同体の束縛から人々を解放する(アリストテレス/岩井克人)

8章 人類と個人の間に
・ブレッド・キング「テクノソーシャリズムの世紀」
→過去20年で経済の不確実性が増し不平等は広がるばかり
→資本主義に基づく今日の経済制度では解決策は存在しない
→AIも気候変動も人類の生存を揺さぶる
→対処には4つのモデルが考えられるがテクノソーシャリズムがベスト
(2030~2040には大企業だけが残り、そこでは雇用を殆ど要さなくなるから?)
・モノ→サービス→デジタルと、産業構造は急速に変化している
・エマニュエル・トッド
→メタバースにはフリードリッヒ・リスト(国家が同じ段階になれば自由貿易は有益には作用しない)を
→保護政策による製造業の再構築→国民国家→経済の本質はGDPではなく人
(デジタルは国家を超える?人間の集団の秩序のあり方(国民という存在)まで見えなくなれば・・・)

最終章 リアルVSバーチャルを超えて
・メタバースに象徴されるデジタル経済
→技術と人間、社会と個人、その関係性を複眼で思考し続けないと豊かな成長は見えてこない
→シンギュラリティのような未来を選び取るべき?
→選んだ考えに捉われ、それが群れになると社会を分断するので危険?
→テクノロジーは人類が種として団結できる手段になるかも知れないが、資本主義経済が偏重され
(テクノロジーにより)不平等が拡大するなら人類は絶滅しかねない

・人は想像力なしには生きて行けず、想像力だけでも生きていけない・・・



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2022年09月22日

反穀物の人類史(本章メモ)

ようやく前回記事からの続き・・・

そう「反穀物の人類史~国家誕生のディープヒストリー~」

P9061172


の本章(1章~7章)からの読後メモであります
やっと全章を読み終えましたが、じつに濃い内容でした

序章メモと重なる内容
は省略してますし、わたくしが興味を持った部分だけのメモなので、
少しでも興味を持たれた方には本書の熟読をオススメします


1章「火と植物と動物と」より

・南アフリカの古い洞窟遺跡
→古い層には大型ネコ科動物の全身骨格と歯形が残されたホモ・エレクトスを含む動物の骨片が、
→新しい層には炭素堆積物(焚火跡)がありホモ・エレクトスの全身骨格と(
大型ネコ科動物を含む)
様々な動物の(齧った跡のある)骨片が・・・
→これは火の使用により関係が逆転したことの証拠

・火を使い獲物(動物・植物)を得やすい環境に作り変えた(景観修正)
→アマゾンやオーストラリアの環境も人類の火が影響してるが
北アメリカでは大規模だった
→その後ヨーロッパ人がもたらした疫病により先住狩猟採集焼畑民が壊滅して森林が広まった
→1500~1850の小氷期は、この森林化により大気中のCO2が減ったことが原因との説もある
→ニッチ構築で狩猟採集しやすいよう作り変えられたところでは極相林がなくなっている

・調理
→火を使った調理で消化が外化され消費カロリーは減り、多様な食物を食べられるように
→大地溝帯の23000年前の遺跡からは20種類の動物、16種類の鳥類、140種類のフルーツ、
ナッツ、豆類のほか、医療や工芸用の植物も見つかっている
→火で柔らかく調理することで離乳が容易になり、老人も食べられるように
→脳の拡大と炉床・食事の残骸とは適合し、このような変化は他の動物でも知られている
→食習慣と生態的地位の劇的な変化があれば僅か2万年ほどで変化する

・集中と定住→「湿地仮説」
→降水量の少ない土地で収穫するには灌漑しかなかった説→大規模労働力→国家形成???
→ところが最初の大規模定住地は湿地帯で、穀物ではなく狩猟採集、灌漑より排水だった
→自生植物や海洋資源だけでも人口は増え定住している
→ユーフラテス下流は氾濫原
→毎年、自然に種子が拡がり畑になり野生草食動物の餌も茂る
→なので生業資源は多様で量も豊富、安定していて回復力もあった
→狩猟採集民や遊牧民にとっては理想的だった

→大型の獲物を狙う狩猟採集民より、植物・貝・フルーツ・ナッツ・小型魚など栄養下位の
食物を摂取する狩猟採集民は移動が少なくてすむ
→メソポタミアの湿地帯には栄養下位の食物が豊富で、早い時期に多くが定住した
→農業するリスクより安定的で回復力があり、毎年ほとんど労働なしに再生可能だった
→ただし移動性の獲物を狩る短期間だけは労働力不足になり、その間は24時間働く
→毎日働く農耕民とのリズムの違い
→湿地帯は水上輸送、交易にも有利(陸路は輸送が高価で困難だった)

・なぜ(湿地帯への集中と定住については)無視されてきたか
→歴史的な主要穀物と文明(国家)の消しがたい結びつきから
→文書記録が一切ないから
→環境面での中央集権化、階級構造に抵抗し続けた歴史だから?
(メソポタミアだけでなくイエリコ川、ナイル川下流、杭州湾、インダス川、東南アジア各地、
メキシコやペルーの高地遺跡も、当時は豊かな湿地帯だった)

・ギャップに注目する
→作物化・家畜化から農耕・牧畜社会まで4000年のギャップがあるのは何故か
→遊牧も農耕も狩猟も採集もハイブリッドにおこなっていたから
→リスクを冒してまで労働集約的な農耕や家畜の世話だけに依存する理由がなかったから
→単一の技術や食料源に特化することを避けることが、安全と相対的な豊かさを保障する
最善の方法だったから

・そもそもなぜ植えたのか
→氾濫農法は狩猟採集や焼畑での火の利用と同じで、
最も労働力を節約できたから
→これなら「知的だが作業嫌いな狩猟採集民」でも採用するだろう


2章「世界の景観修正」より

・狩猟採集と農耕を隔てる、歴史以前と以後を隔てる、野蛮と文明を隔てる一線は存在しない
→ホモ・エレクトスが種子やイモを土壌に埋めた瞬間のほうが大事なイベント
→景観(環境)を修正する種はほぼすべての哺乳類や社会的昆虫などにも見られる
→ホモ・サピエンスの低強度の園耕は火のおかげで数万年かけて景観(環境)に影響した
→特に大きく変わったのはアマゾン氾濫原で、人為的な森林になった
→野生の植物や動物の生産性などを向上させるテクニックは昔から何百とある(略)
→ホモ・サピエンスは環境全体を(産業革命までは火により)飼い馴らしてきた

・完全栽培は他の選択肢がなくなり始まった説
→人口増加、野生植物・動物の減少、圧制などで仕方なく作業量を増やして農耕に・・・
→エデンの園からの追放物語・・・
→経済的な説だが、少なくともメソポタミアや肥沃な三角地帯での証拠とは整合しない
→耕作が始まったのは限界に達した地域ではなく最も豊かだった地域
→初期の農耕が狩猟採集の消失を伴ったという証拠もないが、満足できる代替説はまだない

・飼い馴らし(ドムス)の語源は「住居」だが、他に類をみないもの
→初期定住コミュニティでは数あるテクニックのひとつだったが穀物と動物の飼い馴らしへの
依存が高くなったことで、景観(環境)修正が量的変化した
→耕地、種子や穀物の蓄え、家畜動物が密集し、他の(片利共生も含む)生物も集まった
→ホモ・サピエンスも含み全てが形質転換された
→家畜化されると早く成熟するが幼形成熟になり脳が小さくなる(養殖魚も)
→脳で特に影響を受けるのは辺縁系(危険反応など)で、他にも多くの影響が・・・(略)

・ホモ・サピエンスも定住化により自己家畜化した→動物と相似プロセス

・狩猟採集民は短期間で集中的な活動で自然のリズムに合わせたもの
→どの活動にも多様なツールキットと技術と知識が必要(集合的記憶と口承で保存される)

・植物の作物化は義務的な年々のルーチンと一定パターンの協力協働を要求する
→ホモ・サピエンスが農業へ踏み出したことで、我々は「禁欲的な修道院」に入った
→そこでは植物に組み込まれた注文の多い遺伝子時計が常に我々の勤業を監視している
→特定種の耕作植物(と家畜動物)の繁栄のために重労働させられている

・初期の中東で穀類が主食として確立されると農事暦が儀式生活の大半を決定するようになり、
喩えにも穀物や家畜に関するものが急速に増えた→旧約聖書など
→多種多様な野生植物を一握りの穀草と交換し、僅かな種の家畜のために広範な野生動物を
手放したという強力な証拠・・・

・飼い馴らしは文明へのブレイクスルーとされるが、自然界への注意力と実践的知識を縮小
させたこと、食餌の多様性が乏しくなったこと、空間が小さくなったこと、そしておそらく
儀式生活の幅が狭まったことを意味している・・・


3章「動物原性感染症」より

・苦役とその歴史
→半農半牧は国家登場のはるか前にメソポタミアと肥沃な三日月地帯の大半に広がっていた
→氾濫農法の適地を除き、なぜ狩猟採集民は苦役を選択したのか
→野生植物が少なくなり、近隣との敵対もあって移動も制限されたからとする説
→証拠からも論理からも異論がある
→6000年かけて生業が強化されたという知的に満足のいく物語
→栄養価の高い大型獣が乱獲によって減り人口圧もあり他の資源を活用せざるを得なくなった説
→ところが農業革命は人口圧の少ない環境で起きている
→人口圧が高まったのは3000~4000年後で農業の発達と一致する
→後回しにされたのは作業の手間と農地は労働集約的なだけでなく脆く壊れやすかったから

・後期新石器時代の複数種定住キャンプ
→人口は紀元前1万年で推定400万、紀元前5000年でも500万、その後の5000年で1億に
→紀元前1万~5000年の間に技術進歩したのに滞ったのは、この間の致死率が最も高いから
→定住農耕で慢性急性の感染症が集中し繰り返し壊滅的な打撃を与えた
→伝染病は新石器農業革命の群集状態で初めて可能になったもの
→伝染病は密集するキャンプの家畜や作物も同じ→全滅すれば人口も激減する
→作物栽培が拡がる以前の定住だけでも群集状態はあり伝染病には理想的・・・
(中略)
→疾患をさらに悪化させたのは農業化による必須栄養素の不足
→同時代の農民と近隣の狩猟採集民を比較すると身長で5cmの差があった
→狩猟採集時代の地層で特定可能な142種の植物のうち118種を狩猟採集民が消費していた
→農民は炭水化物に偏り必須ビタミンもタンパク質(特に脂肪酸)も少なく・・・
(中略)
→新石器時代の農業は集中で格段に生産力が上がったが狩猟採集と比べると、はるかに脆弱で、
移動耕作(移動性と多様な食料依存の組み合わせ)にすら劣っていた
→それが覇権を握り世界の大半を作り変えたのは、ほとんど奇跡だったのである

・農耕生活が生き残り発展した端的な答えは定住それ自体にある
→定住農民は前例がないほど繁殖率が高く死亡率の高さを補って余りあるほどだった
→狩猟採集民が定期的に野営地を動かすことを考えると子どもを作るのはおよそ4年ごと
→激しい運動とタンパク質豊富な食事は思春期を遅らせ閉経を早める
→定住農民は定住で初潮が早まり排卵が促進され生殖寿命も延び、短期間に子どもを多く作れ
穀物食で子どもの離乳が早まり、子どもの労働力としての価値が高くなる
→これらの5000年間の差、免疫を持った農民との差、やむを得ずの農業選択・・・
→新石器時代の農業コミュニティは洪積層低地に(非定住民を犠牲にして)広がっていった


4章「初期国家の農業生態系」より

・萌芽的な国家は、後期新石器時代の「穀物とマンパワーのモジュール」を活用して、
支配と収奪の基盤とすることによって生まれた
→新石器時代の農業複合体は国家形成の必要条件であっても充分条件ではない
→定住農民が国家を作らず灌漑することは珍しい事でもなかった
→しかし国家らしきもので洪積層の穀物農民に依存していないものはなかった

・この本では国家を「税の査定と徴収を専門とし単数もしくは複数の支配者に対して責任を負う
役人階層を有する制度」として、
「明確な分業があって高度に複合的かつ階層的な階級社会での行政権力の行使」として考える
→バビロニア、シュメール、ギルガメシュ・・・ウルクが先駆けで20の都市国家・・・
(ウルクの詳細は略)
→自立していた耕作民が国家に集められた説明で説得力があるのは気候変動説
→急激な乾燥による水路周辺への集中=都市化、灌漑、運河へのアクセス・・・
→水不足は水の豊かな場所に人口を押し込め、狩猟採集などの代替存在を減少消滅させた
→気候変動により都市化が強要され、国家形成に理想的な「
穀物とマンパワーのモジュール」
が強化された
→結果として乾燥が人を集め穀物を集中させて国家空間に送り込んだ
→これには豊かな土壌と水、人口増を可能にする収容力が必須
→最適な環境下で紙一重で国家が生まれても、洪水・害虫・病気など何が起きても一掃され、
初期国家はきわめて短命だった

・群集状態の新石器時代複合体はそれだけでも危険だったが、国家が重なり脆弱性と不安定性に
新たな層が加わった
→税と戦争で農民は飢え、初期の国家は恩恵より生存への脅威を追加するものだった

・古代国家はすべて農耕国家で非生産者が収奪可能な余剰が必要になる
→輸送力を考えると耕作可能地と人間を可能な限り小さな半径に集めること

・農業地理
→メソポタミア、エジプト、インダス川流域、黄河流域・・・
→国家は豊かで多様な湿地帯の下流域ではなく耕作農業の上流域で発生した
→狩猟採集民とその収穫物は支配できなかったから

・穀物が国家を作る
→穀物だけが課税の基礎となり得るから(序章メモ参照)

・壁が国家を作る
→防御と閉じ込め
(序章メモ参照)

・文字が国家を作る
→小農にとっては国家の(理解を超えた)文書こそが抑圧の源だった
→なので反乱の最初に行うのは文書記録事務所への焼き討ち

→紀元前3300~2350にメソポタミア南部の権力者集団が権力構造の規模を拡大し制度化した
→多くの耕作者や労働者が数えられ、課税され、徴兵され、従属させられた
→文字が初めて登場したのはこの頃

→数値的な記録管理の体系的な技術がなければ、最初期の国家すら想像できない
→収奪の第一条件は利用可能な資源(人口、土地、作物収穫、家畜など)の一覧表
→収奪が進展すれば継続的な記録管理が必要になる
→記憶や口承を越えた、何らかの表記法と情報管理

→メソポタミアではほぼ簿記目的だけで文字が使われていた
→500年以上も経ってから、ようやく文章など「文明の栄光」としての文字に
→ギルガメシュ叙事詩は紀元前2100年まで遡るが、これは楔形文字が国家と商業の目的で
最初に使われてから1000年後・・・
→紀元前3300~3100頃の粘土板の解読からは頻度の高い順に、配給・税としてのオオムギ、
戦争捕虜、男女の奴隷・・・
→労働、穀物、土地など各単位を扱うのに必要な標準化、抽象化には標準となる術語体系の
発明が不可欠で、文字ですべてのカテゴリーを表し、文字で規範が創造され全土で強制され、
文字それ自体が距離を破壊するテクノロジーとなり、小さな領土全域を支配した
→中国でもメソポタミアでも文字は話を書き記すものではなかった(略)
→文字は税との結びつきが強く国家以外では抵抗されたのでは・・・
→文字に備わった抑圧的な指令構造を少なくとも500年は回避できたのだ・・・


5章「人口の管理」より

・初期国家では人口の獲得と管理が中心的関心事
→肥沃で水の充分ある沖積層を支配しても生産させ収奪しなければ意味がないから
→国家が生まれる前は、その資源を管理する集団の成員の誰もに開かれていた
→強制も資本主義的蓄積の機会もないので、重労働を増やす理由はなかった
→家族に働く者が増え被扶養者が減ると、必要量が確保された時点で作業量を減らす
→農民はわざわざ余剰を生産しないので生産させるには強制が必要
→初期国家が形成されたときには生産手段がまだ豊富にあり独占されておらず、
強制労働でしか余剰はもたらされなかった
→強制労働で余剰を最大化したいが逃避リスクとのバランスをとる必要があった
→生産手段(土地)の管理だけで余剰が引き出せるようになるのは世界が完全に占領され、
生産手段が私的所有されるか国家エリートが支配するようになってから
→自主耕作や採集などの選択肢があれば強制労働だが、それを取り上げれば働くしかない

・(特別な条件を除けば)農業も戦争もマンパワーに依存したものだった
→最も人口の多い国家が一般的には最も豊かなのが普通だった
→戦争の勝利品は領土ではなく捕虜で、人口を国家以外から得ることが戦争目的
→逃亡や死亡が多く、それまで課税も規制もされなかった人たちを囲い込んでいった

・国家と奴隷制
→奴隷制は国家の発明ではなく様々な形で存在していたが初期国家がスケールアップした
→軍事遠征では奴隷の略奪が主目的

・メソポタミアの奴隷制と束縛
(略)
・エジプトと中国
(略)
・「人的資源」戦略としての奴隷制
(略)

・略奪的資本主義と国家建設

→成功した遠征の勝利の記述で勇猛さを述べた後は戦利品の量と価値、とりわけ家畜と捕虜
→こうした戦争の大多数はマックス・ウエーバーの
略奪的資本主義の概念が適応できる
→利益を目的とした軍事遠征は、ある種の共同出資事業で事業内容が略奪
→初期の国家にとって略奪品とりわけ捕虜を手に入れることは重要な目的だった
→奴隷が(スキルを持った少数を除き)最も劣悪で危険な労働に集中していた事実
→国家が自国民から抽出すれば逃亡や反乱が起こるから

・メソポタミアの
奴隷制および束縛の特殊性(略)
・飼い馴らしと重労働と奴隷制に関する推測的覚書(略)


6章「初期国家の脆弱さ」より

・国家の前に5000年(日本やウクライナでの農耕以前の定住を含めれば7000年)におよぶ、
散発的な定住があったし、定住と放棄が繰り返された場所も多い
→その理由(略)

・初期国家の罹患率→急性疾患と慢性疾患
→病気→過度の定住、移動、国家(略)
→国家は同じ危険に加え特有の脆弱性も持っていた・・・
(序章メモ参照)

・政体の消滅→戦争とコアの搾取
→戦争も奴隷制と同じく国家の発明ではないが、やはりスケールアップしたのは国家
→獲物は壁に囲まれ人と家畜と備蓄を備え、余剰を生み出す「穀物コア」
→敗戦国はほぼ文字どおり「消滅」した→「崩壊」

・崩壊万歳
→様々な理由による国家の崩壊→巨大建築や宮廷記録がなくなり分散しただけ
→国家崩壊後は暗黒時代と呼ばれるが、分散は国家支配下での集中定住負担(課税、伝染病、
凶作、徴兵など)の軽減だけでなく平等主義の先駆けにもなり、暗黒時代ではない
→真の暗黒時代は国家を持たない狩猟採集民が穀物コアでの密集から生まれた病気と接触し
壊滅的な打撃を受けた時代、19世紀まで続いた無国家民を奴隷としてかき集める時代


第7章「野蛮人の黄金時代」より(全体の概要は
序章メモ参照)

・初期国家は権力基盤である労働力と穀物の密集を支えるのに充分な水と豊かな土壌のある
「スイートスポット」のみに存在し、世界の大部分は国家から見た「野蛮人」や「未開人」が
治めるゾーンだった→野蛮人とは単に国家を持たない人びと

・文明とその野蛮な周辺部(略)

・野蛮人の地理、野蛮人の生態系
→国家の
課税、伝染病、凶作、徴兵などから脱出した多くは野蛮人になった
→国家が存続すればするほど辺境への難民も多くなる→特に機能停止、空白期
→脱出により安全・栄養・社会秩序の大幅な改善があった→自発的な遊牧民化も多い
→国家周辺の野蛮人の大多数は政治難民、経済難民
→脱出は反乱よりは危険性の少ない救済への道だった

・部族
→部族とは国家による行政上のフィクションであり、反意語は小農(国家の臣民)
→国家への脅威として匈奴、モンゴル、フン、ゴートなどの部族が歴史書に登場するが、
ローマ帝国や唐王朝にとって部族は地域的な行政単位であり、人の特徴とは無関係
→部族名の多くは地名で行政目的は首長か指導者を見つけるか指名して責任を負わせること
→カエサルの進化論のように部族が国家に進歩したのではなく、国家が部族を発明した

・略奪(狩猟採集の一形態)
→略奪を繰り返せば定住地や交易路が消滅してしまう
→みかじめ料へ→見返りに他の略奪者から守る
→定住地から余剰物を抽出し攻撃から基盤を守るのは古代国家の収奪プロセスと同じ

・交易ルートと課税可能な穀物コア
→穀物コア以外の商品(鉱物資源や野生資源など)は国家では価値が高い
→周縁地域が高価値商品の産地となり交易が儲けの大きい商業活動に
(例→紀元9世紀に中国と東南アジアの交易が大きくなると、ボルネオの森林での狩猟採集が
爆発的に増え、交易を願う森林狩猟採集民であふれかえった)
→交易の拡大により野蛮人政体は各穀物国家を結合する細胞組織となった

・闇の双生児
→国家民と無国家民、農耕民と狩猟採集民、文明人と野蛮人は、実態でも記号としても双生児
→自分たちは進化した側だと認識してきたのは国家・農耕・文明人だが、じつはペア
→騎馬民族と定住国家も農業余剰物をめぐる最強のライバル同士だが、じつはペア
→略奪の変わりに協定で利益の一部を受け取る合同主権形態(匈奴・ウイグル・フンなど)
→遊牧民が征服して支配する形態(元・清・オスマンなど)
→野蛮人が傭兵となり他の野蛮人から守る形態(拡大する国家の軍事部門の一部に)
(カエサルのガリア兵、ロシアのコサック兵、ネパールのグルカ兵など)
→野蛮人の同盟は宿主である国家が崩壊するとたいてい消滅する
(匈奴と漢、チュルク系と唐、フンとローマ、海の民とエジプトなど)
→国家の歴史書は公平ではないので、それぞれのペアの歴史はわからない
→遊牧民の中央集権化の度合いは近隣の農耕文明の広がりと正比例する

・黄金時代だったか?
→国家の覇権が明確に見られるようになるのは紀元1600年頃から
→8~11世紀のバイキング、14世紀後半のティムール、オスマンの後継者による征服が終わった時期
→それまでの世界人口の大部分は国家から見れば「野蛮人」
→定住農業に伴う階層的な社会秩序や国家に従属することも飼い馴らされることもなかった
→生業の幅は広く特に女性は健康で長生きし、有利な条件での交易で余暇も増え、農民との
余暇⇔苦役比率では、さらに大きな差がついていた
→ただし国家への交易品の多くは他の「野蛮人」で、捕食の連鎖のようなものだった
→同じ野蛮人を犠牲にして国家の中枢部を強化することになった
→さらに自分たちの軍事技術を傭兵として国家に売った
→野蛮人の軍隊は国家を略奪するのと同じぐらい国家建設にも関わっていた
→奴隷狩りによって国家のマンパワー基盤を補充し、軍事面で国家を守り拡大させることで、
野蛮人は自ら自分たちの墓穴を掘っていったのである・・・





学生時代に習った国家や文明の起源とは異なる新しい視点で、まさに「目からウロコ」でした
メソポタミアはじめ世界各地の遺跡の発掘調査とかが、わたくしの学生時代に比べたら、
はるかに進んで、今や多くの新事実が明らかになってきてるんですねえ・・・

ま、わたくしが習ってから半世紀ちかく経ってるので、当然といえば当然でしゅか・・・



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2022年09月19日

反穀物の人類史(序章メモ)

とーとつですが・・・
「反穀物の人類史~国家誕生のディープヒストリー~」のご紹介であります

文明史にも興味のあったわたくしには、じつに読みごたえのある本でした


表紙カバー

P9061172



裏表紙カバーにあった惹句

P9061173

そう、前々回記事「食べものから学ぶ世界史」の中で紹介されてて借りてきた本です




著者、発行所、発行年月日などは奥付のとおり

P9061175




著者と訳者の略歴

P9061174



目次

P9061176


P9061177

前々回のジュニア新書とは異なりハードカバーの専門書で、読破やメモに時間を要しており、
とりあえず今回は序章のみのご紹介であります

ちなみに序章の後半に「本書の手短な行程表」というガイダンスみたいなのがあったので、
ここだけでも本の概要ぐらいは理解できるかも知れません・・・

以下、例によって思いつくままのメモですので、正しくは本書をお読みくださいね


序章より
・どんな経緯があって、ホモ・サピエンスはこんな暮らしをするようになったのか
→家畜や穀物と一緒に密集して定住するようになったのはごく最近
→この鋳型は増強されながら化石燃料の利用まで6000年かけて広がってきた

・メソポタミアに最初の農業社会・国家が誕生したのは種の歴史の最後の5%
→化石燃料の時代はさらに0.25%だが、
→その影響は大きく地質学上「人新世(アントロポセン)」という別の時代に分類されている
→いつから
人新世になったかは議論(産業革命・化石燃料・ダム・核使用など)があるが、
→火の使用とすると40万年以上前でホモ・サピエンス以前
→定住・農業・牧畜で変容させたとすれば12000年前
→いずれにしてもヒト科動物の絶対数が少なかった時代

・国家と文明の物語のパラドックス
→ホモ・サピエンスの登場は20万年前でティグリス・ユーフラテスには早くても6万年前から、
植物栽培と定住の最初の証拠は12000年前から
→その4000年もあとになって小規模な国家(階層化・税・壁)が生まれている
→作物栽培と定住が確立すれば国家・帝国が生ずるというのが今までの通説
→農業・定住を拒絶した人々は無知だったか適応できなかった野蛮人という神話
→カエサルの「社会は家族⇒親族⇒氏族⇒民族⇒国家と進化する」という物語
→トマス・ホッブス⇒ジョン・ロック⇒フリードリヒ・エンゲルス・・・と展開する教義
→しかし永続的な定住(病気や国家支配)に抵抗した膨大な証拠がある
→少なくとも人類が定住を熱望していたと考える正当な理由はない
→狩猟採集民が食生活・健康・余暇の視点からは優秀で、農耕民が劣っているという事実
→農耕以前の環境でも生態学的に豊かで多様な場所には定住も町もあった
→現在でもアナトリアの野生小麦を3週間だけ石鎌で採集すれば家族が1年食べていける
→完全な野生でも作物でもない植物の栽培が3000年以上続けられて作物に→農耕
→近東の村々は植物を作物化して動物を家畜化、ウルの都市制度は人間を家畜化した

・国家の正しい位置づけ
→400年前まで地球の1/3は狩猟採集民・移動耕作民・遊牧民・独立園耕民が支配していた
→国家は本質的に農耕民で構成され、ごくわずかな耕作好適地に限られるので世界人口の大半は
農耕の発明から最近(400年前)まで6000年以上、税に関係なく国家の空間を出入りして、
生業様式を切り換えることができた
→国家は壊れやすく季節限定で定数ではなく変数だった
→初期国家の脆弱性の大きな要因は病気だったと考えている


(本書の手短な行程表)

第1章「火と植物と動物と・・・」のテーマ
・火の道具化・植物の作物化・動物の家畜化と、そうした飼い馴らしによって可能となった
食料と人口の集中
→国家形成には餓死しないという合理的な予測の人間が集まるか集められる必要がある
→この飼い馴らしによって自然界は再構成され食事の範囲は縮小した
→農耕は狩猟採集より重労働で健康にもよくないので、飢えや危険や抑圧で強制されない限り、
狩猟採集や遊牧を捨てて農耕に専念するものはいない

第2章「世界の景観修正」のテーマ
・植物と人間、動物それぞれにとっての「飼い馴らし」の意味を探っていく
→ホモ・サピエンスが望むように環境全体を形作っていこうとする現在進行中の努力
→濃い
人新世(アントロポセン)は原爆投下からと考えられているが、
→薄い
人新世(アントロポセン)はホモ・エレクトスが火を使い始めた50万年前に始まり、
→農業や放牧のための開墾や伐採で拡大し、結果として森林破壊とシルトの堆積をもたらした
→火と植物、草食動物の飼い馴らしによる地球環境への影響
→遺伝子構造と形態を変え、新しい適応が進んだ
→過密状態によって人類も飼い馴らされてきた道のり・・・
→主要穀類に縛り付けられた農耕民の生活世界と狩猟採集民の生活世界の比較
→農業生活は経験の幅が狭く文化的にも儀式的にも貧しい

第3章「動物原生感染症」のテーマ
・最初期の国家で非エリート層にのしかかった生活の負担
→第一は重労働
→氾濫農耕は別にして農業は狩猟採集より手間がかかる
→何かの圧がかかるか強制されない限り農業に移行する理由などない
→第二は密集による疫学的影響
→人間、家畜、作物のおなじみの感染症は初期国家で初めて現れたもので、
→最初期の国家の大半は流行病によって崩壊した
→もうひとつの疫病は「税」で、初期国家はどのように人口を集め維持し増やしたのか

第4章「初期国家の農業生態系」のテーマ
・「穀物仮説」
→ほぼすべての古典的国家が雑穀を含めた穀類を基礎としていた(イモ国家はない)
→集中生産・税額査定・収奪・地籍調査・保存・配給のすべてに適していたから
→イモは地中で育ち、隠せて、世話も要らず、腐らず2年は食べられるが、必要な際には
現地で掘り出し運ぶ必要があり重く、税からすれば最低ランクになるだろう

→国家形成が可能になるのは作物化された穀物が食生活を支配し、変わるものがない場合
→豆類は栄養価が高く乾燥保存可能だが無限成長し収穫期がなく税査定できない
→穀物適応地は人口集中適応地で国家適応地だが、灌漑を発明したのは国家ではない
→以前に確立されたものを拡大し環境を変え、課税対象とならない生業を禁止した

→コムギ・オオムギ・コメ・トウモロコシは今も世界カロリー消費の半分以上を占めるが、
→大半の初期国家の類似点としては課税可能な穀物を栽培する画一的環境を作り出すこと、
→その土地に大規模な人口を維持して穀物生産・賦役・兵役に当たらせること
→生態学上、疫学上、政治上の理由により達成されないことが多いが、国家の見果てぬ夢・・・

・それにしても国家とは何か・・・
→わたしが考えているのは初期メソポタミアの国家になりつつある政体群
→国家らしさ(王・行政スタッフ・階級・センター・城壁・税の徴収と分配)があればいい
→ウル第三王朝以前にも町の集合体のようなものはあったが、国家らしさの定義次第・・・
→国家が興るのは生態学的に豊かな地域というのは誤った理解を呼び、必要なのは富
→その富とは収奪と測定が可能な主要穀物と育てるための人口

→湿地など多様性に富んだ地域では移動性の人々に多様な生業を与えるが、判別が難しく
多様で一過性なので、国家を作ろうとしてもうまく行かない
(小規模にはラテンアメリカ植民地の居留地や単作プランテーションのバラックの例)

第5章「人口の管理」のテーマ
・古代国家の樹立と維持にあたっての強制の役割に影響するので重要
→最初期の国家形成が主として強制による事業だったとすれば・・・
→ホッブスやロックのような社会契約論者の国家観(市民平和・社会秩序・恐怖からの自由)
の見直しが必要になる

→初期の国家は人口維持に失敗したところが多い
→しかし強制力を振るっていた(非自由労働・奴隷・強制移住など)圧倒的な証拠がある
→富の一形態(労働力)として繁殖も含め管理していた
→古代世界で奴隷制が頂点に達したのは古代ギリシャと初期ローマ帝国で完全な奴隷制国家
→(南北戦争前のアメリカ南部もこれに当たる)
→メソポタミアや初期エジプトではそれほどではなく別形態の非自由労働で、逃亡や失踪に
言及されており、万里の長城も蛮族を入れないためと納税者を出さないためとも・・・
→初期の国家が奴隷制を法制化し組織したことは間違いない

第6章「初期国家の脆弱さ」のテーマ
・脆弱さの理由とその大きな意味をどう理解するか
→原因は複数あり滅亡すれば記録も書けないから文書記録は助けにならない
→強調するのは農業生態自体が持っている内生的な原因
→旱魃や気候変動などの外生的な原因は明らかだが、内生的な原因として、
1.作物と人と家畜(と付随する寄生虫や病原菌)の集中による作物も含めた伝染病
2.都市化→
河川流域国家の上流部での森林破壊と洪水
3.集中的な灌漑農業→土壌の塩類化による耕作放棄
→「国家の崩壊」はもとの構成要素に戻っただけで文明は続くのだから混同してはいけない
→政治秩序の単位は大きい方がいいと決めつけるのもよくない

第7章「野蛮人の黄金時代」のテーマ
・初期国家の時代には国家の臣民よりも野蛮人の数が多く、地球の居住可能な地域の大半を
占有していた
→英語のバーバリアンはギリシャ語が語源、捕えた奴隷以外にも文明化されたエジプト人など
隣人にも用いられ、自分たちと国家の外にいる者を区別するために使っていた
→国家の脆弱な時代は野蛮人にとってはいい時代
→野蛮人ゾーンは国家の農業形態の鏡像となる
→狩猟・焼畑農業・貝類の採集・採食・遊牧・イモ類・自生していれば僅かな穀類のゾーン
→物理的な移動ゾーンで、混合的で移動性の生業戦略ゾーン→判読不能な生産
→野蛮人は文化上のカテゴリーではなく政治上のカテゴリー
→国家によって管理されていない人びとを指し、フロンティアは税と穀物の領域が終わるライン

→最初期の国家は無国家民に比べて脆弱で獲物になったが、略奪より交易が大きかった
→金属鉱石、材木、皮革、黒曜石、蜂蜜、薬草や香草などを提供できたのは多様性に富んだ
環境に広く暮らす野蛮人
→沿岸海運が発達すると長距離の交易が可能になり、狩猟や採集も生業から交易目的に
→交易で利益をあげ、貢納品と必要なら略奪で利益を増やし、税と農作業の煩わしさは回避、
栄養価が高く多様性のある食事と大きな物理的移動性を謳歌した

→初期国家と取引された最大商品はおそらく奴隷で、たいていは別の野蛮人
→古代国家は戦争捕虜と奴隷貿易に特化した野蛮人からの買い付けで人口を補充し、
殆どの初期国家が野蛮人を傭兵にして国防に当たらせた
→これにより野蛮人は自分たちの短い黄金時代の終焉に貢献した・・・



と、序章にあった「手短な行程表」だけでも、はじめて気づかされることばかりで興味深く、
わたくしのメモ(つーか脳のメモリー容量)がいっぱいになってしまったので・・・
本章(1章~7章)の読後メモと感想については、いずれまた・・・

(追記です)
次の記事で本章部分の読後メモを紹介しています





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