モンゴル植林
2020年05月09日
いのちの木を植える

岡田卓也・谷川俊太郎著 マガジンハウス 2007年12月20日 第1刷発行
そう、イオンの岡田卓也氏と詩人の谷川俊太郎氏の対談集であります。

つーことなんですね・・・
例によって目次のみ・・・

イオン環境財団からは、わたくしの所属していた海外植林ボランティア団体N.GKSでも、
国土緑化機構などからの助成金とあわせて、何度か植林費用の助成を受けてきましたし、
現在も植林ボランティア・ツアーの主催や各団体への助成をずっと継続されてます。
あらためて敬意を表する次第です。

以下、岡田卓也氏の言葉からいくつかを要約・・・
・昭和30年代、住んでいた四日市にコンビナートができて庭の南天の木に実がならなくなった。
続いて木犀の花が咲かなくなり、杉の木も枯れはじめた。この小さい頃の体験が原点。
・日本海側の店舗を廻っていると80年代後半ぐらいから沿岸の松が枯れるようになった。
亜硫酸ガスを含んだ酸性雨で弱ったところに松くい虫にやられたと考えられる。
最初は山陰の大陸に近いあたりから、現在(2007年)では秋田と青森の県境あたりまで北上している。
・20世紀は東西問題だったが21世紀は南北問題、そのキーワードは環境と考えて、1991年に
財団を設立、国内やタイなど各地の植林事業に助成、支援するようになった。
・イオンとして、はじめての植樹は海外で1995年マレーシアボルネオ・サバ州の荒廃地だった。
・当時は現地のボランティアを頼むのも難しく、日本からスタッフを連れて行って植えたが、
今(2007年)では海外でも多くの現地の方々に参加していただけるようになった。
・海外での最大の植樹活動は万里の長城で1998年から。
ボランティア参加の方々には一人10万円の旅行費を負担いただいたが、3年間で4000人が参加、
中国側からも学生や多くのボランティアに参加いただいた。
・店舗でお客様にツアー参加を呼びかけられるのが小売業の強み。
・新店舗がオープンするときには、必ずお客様と一緒に店舗周辺に木を植える。
・今の子どもさんは土に触れることが少ないので喜ぶし、自分が植えた木の成長に関心を持つことは
木や自然や環境に関心を持つ心を育むきっかけになるので、活動は小さくても効果は大きい。
・中国の沙漠では故・遠山正瑛先生の日本沙漠緑化実践協会などが熱心に取り組んでおられる。
・熱帯雨林では日本の製紙会社などの企業が積極的に支援しているがイオンはツアーでも行く。
・これまで(2007年現在)で760万本の木を植えたが、一人10本として76万人が植えた計算。
つまり76万人の「木を植えた男」がいることになり、考えてみると、これはすごいこと・・・
云々・・・わたくし、このような背景は知りませんでした。
そういえば、わたくしが初めてボルネオ島・サバ州のキナル森林保護区でサバ州の森林公社や
JICA派遣スタッフとともに植林した際も、イオン財団の看板があちこちにありましたねえ・・・
岡田氏も言っておられるように、現地の子どもたちと一緒に植林すると、木の成長に関心を持ち、
木や自然や環境に関心を持つ心を育むきっかけになるので、活動は小さくても効果は大きいですし、
彼らが大きくなった時に木も大きくなって恩恵を受け(我々はすでにこの世にはいませんが・・・

その際には、きっと彼らの子々孫々にも伝えて行ってくれるはず、と信じてやってきました。
さらに現地の子どもたちと一緒に植林すれば、現地の父兄や先生方も巻き込むことになるので、
その影響も大きいはずです。
ま、イオン環境財団はあくまで企業活動の一環ですから、我々が受けた助成金についても、
帰国後すぐの結果報告が求められてて、植林ボランティアつーのは植えた本数とかではなく、
(ご本人も書いておられましたが)10年先100年先にようやく結果が現れる事業なのに・・・
と思いながら報告書作成を手伝ったこともありましたが、財団でもツアーを実践されてるので、
使途不明金とかが出ないよう植えた苗木の本数や写真を報告させることも必要だったんですね。
そう、助成金が現地での飲み代とかに化けたりしないようにと・・・ふむふむ

いつか世の中が落ち着いたら、植林ツアーでも大いに宴会しましょう!!!
ボルネオとか内モンゴルとかモンゴルとかアマゾンとか・・・じゅるじゅる

2018年10月16日
モンゴル・ゲルで大宴会!!!
先週末、モンゴル・ゲルで大宴会してきました!!!
モンゴル・ゲル(テント・中国語ではパオ)・・・
モンゴル族の遊牧民が使ってきた移動式の住居で、わたくしモンゴル国で遊牧民のゲルを訪問したり、
ツーリスト向けゲルに泊まったりしたことはあるのですが、内モンゴル自治区には何度も行ってるものの、
モンゴル国には数回しか行ってませんし、ゲルに泊ったのも毎回一泊ずつでした。
それでも、宴会しつつ星空を眺めるには最高!!!とゆー記憶は、きっぱりと残っておりました。
で、今回は植林ボランティア仲間に教えてもらった「オータニ・モンゴルの里」へ行ってみました。
今年5月に行った内モンゴル植林ボランティアツアーの報告会を兼ねて、つーことで当初は7月の
予約だったのですが、当日は記録的な豪雨で高速道路が閉鎖され、結局10月まで延期していた次第。
メンバーはわたくし98kと、植林ツアーでは宴会担当のY原さん、同じく酒類調達担当のH田さん、
昨年3月のボルネオ植林ボランティアツアーに初参加されたライト仲間のwingさん、
同じくライト仲間の川端さん、red-bicycle(赤チャリ)さん、そしてHiguさんの計7名・・・
で、土曜日の午後2時に丹波・篠山市内にある食品スーパー駐車場に計3台のクルマが集合・・・
ええ、わたくしは例によって川端さんにピックアップしてもらいました。いつもありがとね!!!
と、ゲル宴会用のつまみやお夜食、飲み物なんぞを全員で買い出しして篠山市内を抜け・・・
峠を越えると・・・
3時半には草山温泉にある「モンゴルの里」に到着しました。
ちなみに・・・
山頂には巨大な観音様?が・・・
みなさん10人用の大型ゲルに案内してもらい、まずはまったり・・・
エアコンも寝具もテーブルも電源も完備されてて、
「ここで宴会して酔いつぶれても、ばったりと後ろに倒れるだけで眠れますねえ。タープから出て
自分のテントまで行ってから倒れるとゆー、いつものキャンプ宴会より便利そうですね!」
とはwingさんの感想でしたが、実際、この夜のゲル宴会では、wingさん以下次々と、そのままばったり
後ろに倒れて、そのまま眠り込んでました。
ま、わたくしは、みなさんがまったりしている間に・・・
「モンゴルの里」のちづかさんとツーショット・・・
内モンゴル・フフホト出身の旦那様スーチンドロンさんと、この「モンゴルの里」をやっておられます。
ちなみにこちらが、さらに大きなカフェ・レストラン棟のゲル・・・
いろんなモンゴルの楽器や絵画・食料品・飲料などが置いてありました。懐かしいなあ・・・
さらにちなみに大型ゲル以外に小型ゲルも何棟かあって、すべて現地から取り寄せた実物だそうで、
大人数から家族・少人数のゲル宿泊だけでなく、様々なモンゴル体験もオプションで楽しめるようで、
とても温かい雰囲気でしたので、きっぱりとオススメしておきます。
と、そんなことは呑兵衛たちには関係なく、さっそく酒類調達担当が注文した・・・
生ビールを中央広場のテラスでぐびぐびと・・・(wingさん提供画像)
・・・って、すでに赤い顔をしている98kさんも写ってるな・・・ひっく
呑まない赤チャリさんと川端さんは甘い飲み物やお茶でしたが、突き出しの新鮮な塩茹で落花生と
モンゴル式の牛肉燻製がとても美味しく・・・
ついつい生ビールのおかわりを繰り返しましたとさ。ひっく
で、みなさん興が乗ってきて・・・
呑まない赤チャリさんまで「グリコ」のポーズ(wingさん提供画像)・・・って???
そう・・・
じつは赤チャリさん、前週に備中松山城をヒルクライム中???に骨折され右足をギプス固定中・・・
ま、wingさんにギプスを歩きやすいようMOD(改造)してもらったようだし、超人的な体力があるし、
すでに7回目の骨折で慣れてるようで、片足でぴょんぴょん飛び回っておられましたが・・・
と、松葉杖の赤チャリさんを含む全員で吊り橋を渡って温泉へ・・・
かなり塩分の強い、いかにも効能のありそうな温泉でした。ひっく
と、温泉で少しだけ酔いを醒ましてから・・・
モンゴル料理とシシケバブなどのバーベキューで夕食宴会!!!
「モンゴルの里」以前は、大阪でモンゴル料理店をやっておられたとのことで、どれも本格的でした。
と、生ビールやワイン、モンゴル・ティーなんぞで盛り上がり、その勢いのままゲルに戻って・・・
買い出したり持ち寄ったりした酒や肴でゲル大宴会であります!!! わははは
ええ、これ以後は画像も記憶もありませんが、星空観察に出たり、持ち寄ったライトで照射比較したり、
各ライトのルーメン測定したり、ライト談義に花を咲かせたり・・・してたようです。
って、今回は植林ツアー報告会のはずではなかったのか・・・
ま、報告者が植林ツアーの宴会担当と酒類調達担当ですから予定調和だったのですが・・・
ちなみに、まったく異なる業種・職種・環境の7人が集まり初対面の方も何人かおられたのですが、
みなさん知らない世界に興味がある常識人で、アウトドアや工作など共通する話題もあったりして、
じつに楽しい一夜となった・・・ようです。ええ、殆ど覚えてませんが・・・
ま、最終的には前述のとおり、宴会中に次々とばったりと後ろに倒れて、そのまま寝たようですが、
中には星空一人宴会に出たまま外でばったりと倒れてた人もいたようです。ええ、覚えてませんが・・・
で、とーとつに翌朝であります。
ま、ゲルの中では・・・
(wingさん提供画像)
モーニングコーヒーでまったりする者、丹波ワインなんぞで「朝から宴会」する者、惰眠を貪る者、
コーヒーとワインで残り物をがつがつ食べる者など様々でしたが・・・
と、いちおー全員が(半覚醒を含み)起床して、8時にカフェ・レストラン棟で朝食・・・
おかずはシンプルでしたがモンゴル式の熱いお粥とパンがとてもおいしかったです。
ええ、画像はありませんが・・・
と、朝食後もまったりとゲル内でダベったり、近くを散策したりしてたのですが・・・
ライトマニアとはふだん接触のないY原さんとH田さん(そりゃあ周りにそんなのまずいないでしょう。)
「懐中電灯好きの集まりとゆーのは、夜はわかりますが昼は一体何をするんですか?」
「まあ名所旧跡に行ったりもしますが、夜が明けてからは殆ど抜け殻みたいなもんですね。
ただし坑道遺構や天然洞窟など暗い所へ行くと、昼でも活発に動き始めます。」
「あははは、やはり夜行生物の集まりだったんですね!!!」
と、わたくしは篠山城址を見学したかったのですが、この土日はお城を中心にイベントがあったようで、
お城付近は大混雑と予測、とりあえずお土産を買うことにして10時半過ぎに「モンゴルの里」を出発。
丹波名物を販売している「黒豆の館」へ・・・
お目当ての黒大豆枝豆は連続上陸した台風で近年にない不作とのことで売り切れてましたが、
怪しいリカちゃんとかを見たり・・・
(wingさん提供画像)
二日酔い連中はぐったりしたり、川端さんはお土産+黒豆ソフトを買ったりしてから出発・・・
柏原(かいばら)にある蕎麦屋さん「和さび」へ・・・
昼時で予約客でいっぱいでしたが、次の予約までの僅かな時間に何とか入れました。
なかなか雰囲気のあるお店で・・・
前菜9種盛りに胡麻豆腐に蕎麦茶・・・
肉厚の鯖ずしに稲荷・・・ま、わたくしは稲荷だけに変更してもらいましたが・・・
メインの新そば・・・
ま、わたくしは少食の川端さんのを半分いただき1.5人前になりましたが・・・
デザートの蕎麦ぼうろと蕎麦アイス・・・
わたくしのはいつもどおり、食べてから気づいたので、お向かいのY原さんのでしゅが・・・
と、お値段の割にはボリュームがあり満足したのですが、特に最後に出てきた蕎麦湯が濃厚で、
とても味わいがありました。ちなみにこの日の蕎麦は富山産で、日によって変わるようでした。
とまあ、昼食後にはてきとーに解散、JR柏原駅から特急「はしだて」にハイボールを持ち込んで
車内宴会したり、途中の酒蔵で試飲してから新幹線で本格宴会したり、ともかく全員無事に帰宅、
わたくしは復路も川端さんに自宅まで送ってもらいました。
みなさん、お土産品や持ち寄り品、貴重なライトなんぞを持参されてて、わたくしもまたまた、
色々といただいてしまいました。ありがとうございました!!!
ちづかさん、スーチンドロンさん、今回は大変お世話になりました。バイルラー!!!
とても居心地がよかったので、また行きたいですね。いつかご一緒しましょう!!!
(10月17日追記です)
red-bicycle(赤チャリ)さんがブログサイトに記事をアップされました。
(酩酊して撮れなかった)ゲル宴会の様子など、こちらにはない画像がいっぱいです!!!
2017年12月11日
京都環境フェスティバル2017報告
昨日の日曜日、京都環境フェスティバル2017つーのに行ってきました。
京都駅からREX(らくなんエクスプレス)とゆーバスに乗り・・・

烏丸通りを南下していくと・・・


どどーんと、ニンテンドー本社・・・は尻目に殺して・・・

どどーんと、京セラ本社・・・
・・・の隣にある・・・


京都ブランドの発信拠点!!!京都パルスプラザ(京都府総合見本市会館)に到着。
さっそく一階にある大展示場へ・・・



植林ボランティア団体N.GKS(エヌ・ジクス)の前身である「NGO緑の協力隊・関西澤井隊」の
過去の活動を紹介するブースを、N.GKSのボルネオ植林ツアーなどで何度も隊長を務められた、
切り絵作家のT富さんが個人出展されてたので、わたくしもお手伝いに行ってきた次第・・・
こちらが出展されてた16番ブースであります。


各ブースには〇✖式のクイズがあって、全ブースを廻って回答するとプレゼントがもらえる!!!
とゆー面白い企画になってて、T富さんが出された16番ブースの問題は・・・

けっこう難しかったようで、「正解を教えて下さい!!!」と話しかけてくる来場者も多かったです。
難問をきっかけに来場者に説明できるというのは、なかなかうまい設問方法ですね。
ちなみに「ビールス」とあるのは「微生物」の意味ですが、正解がわからない方はコメント下さいね。

N.GKS代表の講演時には、ブースに誰もいなくなるので留守番をしてほしいと頼まれてたのですが、
それ以外の時間には特にやることもないので、各ブースをふらふらと見学しました。
会場内のミニ・ステージでは・・・

自然系アイドルグループ!!!「ぽぽっぽくらぶ」のミニ・コンサート!!!


気象予報士・蓬莱大介さんと、お天気キャスター・斎藤雪乃さん

テーマゾーンでは・・・






エコカーの展示とか・・・
こちらは・・・

T富さんの主催する切り絵サークルの展示・体験ブース

同じくT富さんの所属する自治会環境部のブース
こちらでは・・・

電気を人力で生じさせるのは、いかに大変な労力かを体験するコーナーとか・・・

火打石の体験コーナーとかをやっておられました。
ちなみに・・・

「火打金」を関東の方言では「火打鎌」とゆーそうです。これまで知りませんでした。
まあ、わたくしが留守番しているときには、「こんなのより非常用にはファイアースターターですが、
むしろ使い切りライターを持つのが一番確実です。」と説明しておきましたが・・・げひげひ

以下、さくさくっと一部のブースをご紹介・・・















官公庁やその外郭団体、企業やその関連団体の出展も多かったですが、ちまちまと活動している、
我々のような小さなボランティア団体の出展もけっこうありました。
みなさん、それぞれの分野で楽しく実践しておられる雰囲気が伝わってきて素晴らしかったです。
そう、自分が楽しめる範囲だけでも、何もしないよりはるかにマシなんですよね、地球環境には・・・
で、第一展示場のワークショップで行われた、


N.GKS代表による「世界の植林事情」と題した講演。

ええ、わたくしはこの時、ブースの留守番でしたので、別の会員に撮ってもらった画像ですが・・・

と、今回はブースの留守番をしている間だけでも、多くの来場者や出展者とお話ができました。
環境問題については関心と知識をお持ちの方が多かったのですが、沙漠や熱帯雨林の現状や、
現地での植林活動については、けっこう誤解されておられた方も多かったです。
やはり実際に体験してみて、その経験を踏まえて情報を発信し続けることも大事ですね。
2011年06月29日
2011モンゴル紀行・番外DMZ編
2011モンゴル紀行の最終回は、番外DMZ編!であります。
ウランバートルから朝7時にソウルのホテルに着き、三時間弱の仮眠だけで夜まで市内を観光したわたくし、
ほんとは一人で夜の街に出て、せめてコンビニでカップ麺とビールぐらいは買いたかったのですが、
さすがにこの夜は、自室で残り酒を飲んだだけで、日付が変わる前に寝てしまいました。
で、翌日のホテルでの朝食後は一路、烏頭山統一展望台へ・・・
そう、この日は午前中だけですが、いちおー「DMZツアー」の予定だったのであります。
DMZ・・・DeMilitarized Zone、いわゆる「非武装中立地帯」であります。
東西ドイツが統一された今、残っているのは韓半島の38度線だけで、最近の韓国映画でもいくつか取り上げられ、
ご承知の方も多いと思いますが、背景をざっと整理しておくと・・・
現在でも北朝鮮(朝鮮人民民主主義共和国)と韓国(大韓民国)との間には、正確には国境というものはなく、
1953年7月27日に休戦協定が発効したときの、陸上で両軍が対峙していた最前線をそのまま繋いだだけの、
軍事境界線(MDL・・・Military Demarcation Line)が事実上の国境となっているのであります。
ですから、一般に38度線とはいっても、西部では軍事境界線は北緯38度より南側ですし、東部では逆に北側になっています。
で、このMDLでの武力衝突を避けるため、そこから南北双方に原則幅2kmにわたって定められたのが非武装中立地帯DMZ、
韓国側ではさらにその南側の一部に、民間人統制線(CCL・・・Civilian Control Line)が定められているのであります。
今回訪問した烏頭山統一展望台は、北から流れてくる臨津江(イムジンガン)と、南から流れてくる漢江(ハンガン)が、
一つに合流してやがて黄海に注ぐ、まさにその合流点を眼下に望む位置にあるのですが、このあたりでは、
川の真ん中が軍事境界線MDLになっており、その南北の川幅そのものがDMZになっているのであります。
ま、ソウルもちょうどこの日から梅雨入り、とゆーことで、DMZツアーにはあいにくのお天気だったのですが・・・
ソウルから北に向けて、漢江沿いの「自由路」をひた走ると、やがて・・・

あちこちに監視所が目立ち始めます。
ちなみにこの「自由路」、戦車の走行にも耐え、航空機が離着陸できるだけの直線距離と幅を確保しているはず・・・

監視所の窓に映る、銃を持った兵士のシルエットがお分かりでしょうか・・・
この鉄条網は民間人統制線(CCL)境界で、内部へは厳しくチェックされた地元の農民と漁民しか下りることができません。
このあたりの対岸はまだ韓国なんですが、夜陰に乗じて川から潜入される可能性があるため、CCLが設定されているとのこと。
ですから、このあたりの河原でキャンプ宴会したり、川下り宴会したりするのは・・・おそらく無理なんでしょうね・・・

で、漢江沿いから臨津江沿いへ曲がる手前で自由路からはずれ、つづら折れになった坂を烏頭山の頂上まで登りつめると・・・

緑の山の中に、どどーんと立派な展望台が現れます。
晴れた日には対岸(北朝鮮側)の様子がくっきりと見える山頂の広場にはこんなものが・・・

先祖のお墓が北にあり墓参ができない方々は、お盆などにはここで供養されるそうであります。
で、周囲にはそれらしいポストも・・・

「わっ、わたくし、けっして川を渡ってきたわけでは・・・いっ、いや、濡れているのはただの汗でして・・・
そりゃあ、たしかに目立ちにくい服装はしてますが、これはまあ、好みとゆーやつで・・・へらへらへら・・・」
と、なんとかセキュリティチェックをすり抜け・・・って、今は誰でも自由に中に入れるのですが、少し前までは、
民間人統制線のないこの展望台でも、ほんとに軍による厳しい入山チェックがあったそうです。
で、中に入ったわたくしを、まず出迎えてくれたのは・・・


おお、あのJSAの主人公たちが・・・
とーぜん、記念撮影はこちらの方と・・・でへへへ


ちなみに、この展望台からイムジン川の上流を渡ってクルマで20分ほど走れば、軍事境界線上に唯一存在する、
あの共同警備区域JSA・・・Joint Security Areaの「板門店」なのですが、さすがにJSAへは事前の申し込みから、
「撃たれても文句は言いません。」という誓約書や、徹底した身体検査、さらには軍服に類似した服装の着用禁止!

などの厳しいルールや事前審査があり、今回は残念ながら行けませんでした。
で入館すると最初に、外国人は4階、韓国人は3階にある、全く同じ造りの円形展望ホールに上がり・・・

対岸を眺めながら(って、この日は殆ど見えませんでしたが・・・)ビデオで歴史や現状についての説明を受けます。
で、ホールの前方に置いてあるのが、この展望台周辺のジオラマ・・・

ご覧のとおり、右上(北側)から流れてきた臨津江(イムジン河)と、左下(南側)から流れてきた漢江(ハンガン)がここで合流、
左上へ流れて黄海に注ぐのですが、赤と青のテープが示すとおり、川の中央が軍事境界線、で中央からの川幅自体が、
それぞれの非武装中立地帯DMZになっているのであります。
ちなみに画像左上のあたりから上(北)に曲がって黄海になるのですが、前述のように合意された軍事境界線は陸上のみ、
黄海上では南の主張する北方限界線(NLL・・・Northern Limit Line)と、北の主張する海上の軍事境界線が交錯しており、
こちらの河口の沖合に、昨年秋に大規模な砲撃事件のあった延坪島があるのであります。
で、画像手前の山頂にあるのが・・・

今まさにわたくしがいる烏頭山統一展望台、この青い円形部分の最上階なのであります。
ちなみにここでの川幅はテープが示すように3200mですから、南北1600mずつのDMZ、とゆーことになります。
ジオラマをよくみると、南北両岸ともに、厳重な川岸のフェンスが再現されていますね。
さらにちなみに、ここから下流は干満の差も激しく、黄海が入りこんでますから、合意された陸上の軍事境界線は、
ちょうどこのテープのあたりが西の起点、ということだと思うんですが、わたくし詳しくは調べられませんでした。
で、実際の展望台からの様子・・・

この日はなにせ梅雨入り、中央に僅かに黒く浮かび上がっているのが対岸(北朝鮮側)であります。
ま、画像がこれだけ、とゆーのもなんなので、わたくしあちこちに潜入して、決死の撮影をば・・・

で、軍事境界線まで行った時の様子・・・

なぜかモノクロ撮影、兵士の制服や小銃も、どーゆーわけか旧式ですが・・・
凛々しいセーラー服の水兵さんもいました。うふっ


で、JSA板門店の様子・・・

って、こちらも制服や建物が古いですが・・・手前は野戦用テントだし・・・
付近に展開していた、最新装備の米軍・・・

ま、個人携行用の対戦車装備の形状は、大戦以来、あまり変わってませんね・・・
潜入してきた小型潜航艇・・・

で、決死の撮影を終えて、DMZ内の地雷原でお昼寝なんかしていると・・・

なにやら頭上を探るものが・・・
とまあ、以上の画像は展望台に展示されていたパネルからなんですが、それ以外にも・・・

北のファッションや、南北のミリタリーグッズなども展示されており、もっとゆっくりと見学したかったのですが、
この日の午後の便で帰国するため、時間がありませんでした・・・次回はぜひJSAにも・・・完全装備で・・・
で、この後、インチョン空港への途上でビビンパとビールの昼食を食べ、夕方には関西空港に帰り着き、
約一週間のモンゴル植林ツアーの全行程を無事に終えた、とゆー次第なのであります。
今回のモンゴル植林ツアーについては、東日本大震災の影響により、一時は延期や目的地変更も検討したのですが、
最終的には、震災支援へのお礼のメッセージを書いたTシャツを作製し子どもたちに着てもらい実施することにしましたが、
当初の予定どおりモンゴルの子どもたちと一緒に木を植えることができて、本当によかったと思っています。
また今回は、終戦後の2年間モンゴルで強制労働に従事させられ、故郷を見ることなく死んでいった将兵たちが眠っている、
ウランバートル近郊の日本人墓地や、東西冷戦の負の遺産ともいうべき、韓半島の非武装中立地帯DMZにも行きました。
DMZについては、南北1000人ずつの監視員のみに入域制限している上に地雷原もいっぱいで、殆ど人間が入らずに、
60年が経過したため、激戦地が今や韓国では貴重な自然の宝庫になっている、という皮肉な結果にもなっています。
人類の営みによる沙漠化や荒漠地化をくい止める本筋は、やはり環境を考えた持続性のある発展でしょう。
ただ、いったんその地域で紛争が起きればすべては「おじゃん」、ともかく紛争が起きないようにすることも重要です。
紛争がなく、環境への意識を持てば、人類がある程度豊かに暮らしていけるだけの恵みは地球が与えてくれるはず。
以前にも書きましたが、過去の紛争の原因は宗教や思想、民族の対立など、いろいろ云われてますが、
それぞれの当時の状況を見ると、その殆どの背景には、貧困や富の偏りの問題があります。
沙漠化、荒漠地化が進んでいる地域の多くは貧困や富の偏りの問題を抱えており、今後は紛争の火種にもなるでしょう。
その前に、沙漠化、荒漠地化をくい止め、本来の豊かさを取り戻すためには、やはり国際的な協力と意識の変革が不可欠・・・
現地の子どもたちと一緒に木を植えるという、わたくしたちの活動にも意義はある、と確信している次第なのであります。
なんか、えらそうなことを書きましたが、ま、お気楽にできる範囲で、今後もぼちぼちと続けていきたいと思っています。
来年はボルネオの熱帯雨林で、現地の子どもたちと一緒に木を植える予定ですので、機会があればご一緒しましょう。
(2011モンゴル紀行はおしまい、次回からいつもの記事に戻ります。ご愛読ありがとうございました。)
2011年06月27日
2011モンゴル紀行・番外ソウル編

結局チンギス・ハーン空港を予定より二時間半遅れで、午前2時20分に離陸した大韓航空機内では、

ビールをお願いすると、こんなのがでてきました。
いやあ、モンゴル・韓国間の便で、知らないフィジーのビールが飲めるなんて、ラッキーだなあ・・・
って、親善協会のレセプションからバス、空港のカフェから待合室・・・ずっと飲んだり、うたた寝したりの生活だなあ・・・
と、飲んだり、うたた寝していると、すぐに朝食の機内食がでてきて、3時間のフライトでソウル近郊インチョン空港に着陸・・・
韓国は日本と同じでモンゴルより1時間遅れになりますから、ソウル市内のホテルに着いたのは、すでに朝の7時を過ぎてました。
で、とりあえずシャワーを浴びて仮眠、昼前にホテルを出て、さすがに食欲のないみなさんのために用意されたのは・・・



韓一会館名物の、栄養満点で消化の良い牛スープ・・・
って、おいしいキムチや塩辛なんぞが食べ放題なもんで、韓国ビールやご飯も、ついついおかわりしてしまったわたくし・・・
ソウルでも、この日の午後と翌日の午前が観光という、変則的なスケジュールだったんですが、食事はすべて韓国料理、
どのお店でもキムチなどは食べ放題だったのが、わたくしにはうれしい限りでありました。うふっ
で、この日は、新羅免税店でのお買い物から青瓦台(大統領官邸)付近を通って景福宮見学、その後は現大統領が、
現代建設の社長からソウル市長になった際、公約どおり復活させ大統領への足がかりとなった清渓川(チョンゲチョン)を歩き、
明洞(ミョンドン)から南大門市場(ナンデモンシジャン)、焼肉店での夕食後は東大門市場(トンデモンシジャン)へと、
まさに「ソウルお買い物ツアー」の王道のようなコースを廻りました。
わたくしソウルでは、南大門市場にあるサープラスショップが並ぶ路地が今回のお目当て、様々なライト類やミリタリーグッズ、
強力なレーザーポインターなんかもあったのですが、さすがに写真を撮るような雰囲気ではありませんでした・・・
現地添乗員さんにおおまかな場所を訊いて、一人で探して行ったのですが、心配になって見に来てくれた添乗員さんに、
ミリタリーグッズやライト類の解説を延々としてたら、あっとゆー間に集合時間になり、殆ど買い物はできませんでした。あは

でまあ、今回は、ソウル市内で印象に残った画像なんぞを、てきとーにさくさくっとご紹介・・・
景福宮で、宮廷官吏に迎えられるのは・・・



チャングムの誓い!!!
・・・って、韓国宮廷ドラマ好きには聖地なんでしょうねえ・・・ここ
明洞(ミョンドン)にて・・・

うーむ、この回は見逃したなあ・・・トリビアの泉・・・
復活した清渓川のせせらぎと遊歩道・・・

ちなみに、この橋はとても古い石橋、せせらぎ復活前は、高速道路の下の道路のさらに下の下水道に埋もれていたそうで、
隊員には造園、土木、建築の関係者もいましたので、熱心に解説を聴きながら歩いてました。
こちらは南大門市場の表通り・・・

ここではミリタリーショップの並んだ路地だけでなく、他の路地にも入りたかったのですが・・・
添乗員さんへの商品説明に時間をとられましてですね・・・でへへへ

で、夕食は待ちに待った焼き肉店、その名も「えーやんか」・・・って、なんで大阪弁やねんっ!

例によって、メインの焼き肉が出たとたん、食べるのに夢中になり・・・

完食してからの画像しかありませんが・・・


ま、追加注文した冷麺は、なんとか食べてる途中で撮影する余裕ができました・・・あは

で、夕食後は東大門市場へ、わたくしは東大門デザインプラザの地下にあるアウトドアショップの集まったフロアに行ったのですが、
欧米一流ブランドのブースがずらりと並んでおり、お値段も日本で定価で買うよりちとお安い、とゆー感じでした。
ま、一流ブランドにはあまり興味のないわたくしは、ざっと見ただけでコーヒーショップで時間を潰して、バスでホテルへ向かいました。
(次回最終回、番外DMZ編に続きます。)