作例

2025年10月22日

10月の堺浜と大和川

とーとつですが・・・
今年わたくしが自転車でポタリングしたのは4月・・・しかも数回だけでした

そう、それまでは寒さを口実に、それ以降は猛暑を口実に、もちろんウォーキングにも行かず、
ひたすら食べて吞むだけの日々が続き、
10月も中旬になり、ようやく涼しくなってきて、
ふと
気づけば体重が春から較べて5kg以上も増えてました

昨年は運動不足による筋肉量減少と過食による脂肪量増加のバランス?で体重が安定してたのに、
今年の夏には筋肉量が5kg減って脂肪量が10kg増えたのかっ???

これではいかん!!!とポタリングを再開しようとしたのですが・・・


腹が邪魔してハンドルに手が届かねえ!!! うぐぐぐ


とてもロードバイクには乗れそうもなく、恒例によりミニベロのサドルを下げて・・・

10月10日「体育の日」(今は10月の第二月曜でスポーツの日になったけど)にあわせて、
なんと半年ぶりに漕いできました・・・

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ええ、サドルがハンドルより、かなり低くなっております うぐぐぐ


ま、この日は・・・

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スマホによる記念撮影だけで早々に退散、



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いつもの公園でサギさんと戯れて帰りましたが、散策してた欧米系のカップルが、
さかんに写真を撮ってました
おそらく奈良のシカさんと同じで、人馴れしているサギさんが珍しいのでしょうね



で、10月13日には愛用のミラーレスカメラに14-150(28-300)レンズを付けて・・・

まずは大和川で・・・

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カモさんたちを撮り・・・




堺浜では毎回恒例の記念写真・・・

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もちろん突端の東屋ではたっぷりと休憩・・・

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天候は晴れたり曇ったりでした・・・

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この日はちょうど大阪・関西万博の最終日だったので、

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開催期間中だけの万博会場への巡行船、おそらく最終日の最終便で満席でした・・・



で、大和川まで戻ってきたら・・・

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けっこうカモメさんたちがいたので・・・



翌14日には75-300(150-600)ズームも持って出かけました

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まだサドルは低いままであります



この日も突端の東屋でたっぷりと休憩・・・

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人工砂浜のある海岸まで戻ると、

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めずらしく船が侵入してきました

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検索すると大阪府港湾局の旅客船兼監督船「はまでら」でした・・・



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人工砂浜の視察のようですね 誰を乗せてたんだろ・・・



で、15日は六甲連山と神戸の街並みがきれいに見えたので1枚だけ・・・

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つーことで、ほぼ一週間の休憩を経て、昨日21日に重い腰を上げ・・・

大和川では、

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ま、堺浜では

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カラスさんとサギさんしか撮れませんでしたが、いろんなトリさんが飛んでました


って、今がちょうど・・・

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繁殖時期だったのね




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2025年06月19日

奈良・橿原神宮~飛鳥編

前回記事からの続きであります
当麻寺の次に古い知人と二人で向かったのは橿原神宮でした


この右手にある駐車場にスバルレックスを停めて歩きはじめました

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令和22年(西暦2040年)が紀元2700年なんですね・・・





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ひいひい


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ふうふう



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ぜいぜい




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今年は紀元2685年(西暦2025年)、知人は
紀元2600年(西暦1940年)生まれなので今年で85歳、
わたくしより元気でしっかりしておられますが、さすがにクルマの所有や運転は自重されてて、
バスやタクシーが激減した郊外ニュータウンでの老夫婦の仮住まいが本当に不便だそうです



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こちらが拝殿で背景の山が畝傍山・・・




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参拝しました



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神武天皇の皇居とされる畝傍橿原宮の推定地に明治天皇によって1890年(明治23年)に創建された
(以上ウィキより)橿原神宮なんですが・・・

神武天皇の
畝傍橿原宮での即位が今から2685年前であれば、西暦では紀元前7世紀の初頭になり、
これは従来の年代区分では縄文時代の晩期、放射性炭素年代測定結果による年代区分でも
(2400年問題はあっても)弥生時代の前期にあたります
(今は縄文時代と弥生時代の定義も年代もころころ変化してるようでしゅが・・・)

確かに紀元前9世紀の福岡市板付遺跡(環壕集落)では既に水田や階層差が存在していたことが
確認されてますが、
奈良盆地など近畿では紀元前6世紀中頃になって弥生稲作が始まっていたことが
確認されており、それ以前の
奈良に水田や階層差(王権)が存在していたのか・・・
(九州北部を出発点とする弥生稲作は
鳥取平野では紀元前7世紀に始まっていた可能性はある)

さらにヤマト王権が奈良を支配したのは早くても弥生晩期~3世紀の卑弥呼の?邪馬台国?以降と
されているけど、その1000年も前に奈良に
ヤマト王権の皇居があった???
しかも奈良の宮殿では最古とされる纏向や鍵・唐古ではなく橿原に???

やはり
畝傍橿原宮の存在やその年代については神話の解釈の世界とみるべきでしょうが、
畝傍山の付近に多数の陵墓が存在するのも事実なので、ここも何らかの王権との繋がりの
あった地域であったことは間違いないでしょう
そう、800年前のチンギス・ハーンの陵墓と同じで何らかの関係はあるはず・・・

ちなみに神武天皇が即位したとされる
紀元前660年といえばですね・・・

紀元前722年のアッシリア捕囚から紀元前586年のバビロン捕囚で失われたユダヤ10支族の一支族が、
王やアークとともに「東の果ての海沿いの国へ逃れた」(イザヤ書)時期とぴったり重なりますし
神武天皇像や武人埴輪や秦の始皇帝像の「みずら」もユダヤの「もみあげ」とぴったりと・・・



閑話休題


ま、わたくしは宝物館で開催中の・・・

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鉄分補給できそうな特別展も観たかったのですが、次の予定もあったので・・・



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歌碑やさざれ石を観ただけで神宮をあとにして・・・



明日香村の
埋蔵文化財展示室へ・・・

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以下、展示物をさくさくっと・・・

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そして飛鳥を翔けた女性たち・・・

と外に出ると、お昼のキッチンカー営業が全て終了してました



仕方なくキッチンカーの先まで駐車場を抜けて・・・

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飛鳥水落遺跡の背景に見えるのが甘樫丘・・・
丘陵や古墳や遺跡と民家が水田の間に点在する
典型的な飛鳥の風景ですね

と、展示室の次は岡寺へ行きました

この急坂の下にある駐車場にスバルレックスを停めて登りはじめたのですが・・・

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坂の途中で脚が痛くなり、紀元2600年生まれ85歳の知人に先導してもらいました




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ひいひい



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ぜいぜい 待ってくれい



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何とか山門は潜ったものの本堂までは上がれず、左の日陰で待つことに・・・



ここでもアジサイが見事で・・・

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ちょうど「華手水舎」になってたので涼しげでした・・・



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ま、わたくしの脚は萎えたままでしたが・・・うぐぐぐ

30分ほどで日本最古・最大の塑像とされる本尊の観音座像などを拝んできた知人と合流、
彼はすたすたと、わたくしはよたよたと急坂を駐車場まで戻り、次の石舞台古墳へ・・・





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殆ど歩けなくなってたわたくしは、ここから駐車場に引き返してクルマで待機




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知人は「昔よりずいぶんきれいに整備されてて見違えた」と驚いてました


で、竹内街道へ帰る道すがら、かなり遅めの昼食をご馳走になり・・・

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各所でわたくしへのお土産も買っていただいてたようで有難く頂戴しました
で、こちらは
奈良県の産品を扱う「あすか夢の楽市」で買ってくれた西瓜なんですが・・・

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インボイス対象??? ふるさと仕入品??? 熊本県???
で、和歌山県産??? 小玉西瓜「ひとりじめ」??? JA紀州???

ええ、奈良産で有名な「大和西瓜」がなかったそうです どっとはらい




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2025年06月15日

奈良・当麻寺編

とーとつですが・・・6月13日の金曜日、仏滅の日に・・・

当麻寺⇒橿原神宮⇒明日香村の埋蔵文化財展示室⇒岡寺⇒石舞台古墳と巡ってきました
たまたま梅雨の中休みだったので、東京から来阪中の知人のアッシー君(古語)として・・・

わたくしが中高大生の頃の隣人で、テレビの黎明期から東京でテレビマンをされてたのが、
体調を崩されて退職、帰阪されてた時期で、よく名所旧跡や発掘現場などの取材に
当時の愛車
スバル360で連れて行ってもらってたので、今回わたくしも愛車スバル・レックスで・・・

まずは現在所用のため仮住まいされてる河南町のニュータウンへ立ち寄りました
昔からの歴史好きで、あちこち行きたいけど今はバスやタクシーの便が極端に悪くなり、
クルマがないと殆ど動けないそうで、これは郊外ニュータウン共通の悩みかもですね

前回来阪時には日本最古の国道とされる竹内街道から近つ飛鳥博物館などを巡りましたが、
今回は竹内峠を越え、まずは過日の新日本風土記でも紹介されてた当麻寺へ・・・

そう、確か半世紀前に彼のスバル360で「お練り」の取材に行ったはず?の名刹であります
ええ、今回行っても(二人とも)記憶が一切残ってませんでしたが・・・

まずは門前右側にあった駐車場にスバル・レックスを停めました

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参道からして旧道の風情がありますね





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仁王門を潜り・・・




以下さくさくっと・・・

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正面が本堂、左にあるのが日本最古、
白鳳時代の梵鐘・・・





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・・・だそうですが、正面の本堂から年に一度だけ、ご本尊らが橋を渡って・・・





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突き当りに見える娑婆堂まで中将姫を迎えに往復するのが「お練り」行列であります




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で、この日だけ本堂と娑婆堂の間に橋が架けられます





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                    (お土産にいただいた絵葉書より)






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中将姫もおられましたが・・・詳しくはネット検索して下さいね



さくさくっと・・・

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奈良時代の東塔と西塔が揃って現存するのは日本唯一だそうです・・・





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せっかくなので奥院の浄土庭園を目指します





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ひいひい





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こちらが奥院の絵地図・・・二上山への登山口でもあるんですね





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ちなみにここまで上れば・・・





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東塔と西塔が見事に眺められます



さらにさくさくっと・・・

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石組とアジサイが見事な庭でした





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ま、こちらはアジサイを積んだ軽トラ越しの撮影ですが・・・





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まさに浄土庭園・・・




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奥院を出る頃にはすっかり青空になってました・・・




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まんだらを ぬけきしぼたん ぼさつかな 青二郎



せっかくなのでシルエットで記念写真

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浄土の荘厳 みるぞうれしき・・・





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と、当麻寺をあとに
橿原神宮を目指しました

(次号に続きます)



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2024年12月25日

忘れられた日本史の現場を歩く

ええ、クリスマスから年末に向けて世間が慌ただしい中、わたくしはひっそりと、
忘れられた日本史の現場を歩いて・・・

・・・おられた方の写真エッセイ集を紹介しておきます


表紙

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表紙カバー裏にあった惹句

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著者(撮影者)紹介と奥付

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恒例により目次のみご紹介

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そう、日本史の表舞台にはまず登場しない「歴史の現場」を訪れた写真エッセイ集で、
わたくしが名前だけでも知ってたのは「大阪七墓」ぐらいでした

以下、わたくしの興味からのランダムな読書メモです
(紹介できないのが残念ですが
写真作品も興味津々でした)

・遊女、からゆきさん、あめゆきさん・・・
→船泊(港)や宿場、都市の墓地周辺には色街が形成され、今もその名残をとどめている

・1920年(大正9年)に初めて国勢調査が行われ、無国籍者の存在が公のものとなった
→サンカ、木地師など100年前の日本では、今よりはるかに多様な生き方が存在していた

・戦国時代末期から近代にかけての色街の痕跡については、ある程度の記録が残ってるが、
古代から中世にかけての色街や遊女に触れている書物は少ない(鎌倉時代の吾妻鏡など)
→古代の官道沿いの宿場遊女たちは傀儡女、白拍子と呼ばれていた

・平安時代後期の傀儡子記より
→男は狩猟・操り人形・幻術など、女は淫らな歌や踊りで・・・
→今様、田楽、神歌、辻歌、催馬楽など・・・
→彼らは土地を持たずに流離う
→芸能に秀でており天幕と敷物の家に住み北方の騎馬民族のような異貌
(インドを発祥とし中東、ヨーロッパ、南米にも広がったロマとする研究もある)

・後白河法皇が撰した梁塵秘抄(今様)
→法皇の今様の師匠が傀儡女の乙前で岐阜県大垣市青墓町(東山道の宿場)の出身

・大阪七墓(江戸時代初期の再開発で大坂三郷の外縁部にまとめられた墓地)
→梅田・飛田・千日前・(最古の)南浜・(天神橋)葭原・小橋・蒲生の7ヶ所
→2020年、うめきた2期の開発区域から1500体以上の人骨や副葬品が見つかった
→1887年(明治20年)に有縁墓は移転してるので、この全ては遊女などの無縁仏
→梅田兎我野には今もラブホテルが立ち並び、飛田遊郭は今や外国人の観光スポットに

・福島県浪江町津島は天明の飢饉で地区が全滅した
→浄土真宗の信者が北陸から入植し、美しい里山風景の原型を作り上げた
→戦後には満洲からの引揚者も入植した→電気が通ったのは1959年(昭和34年)
→2011年の原発事故で無人となり水田は荒れ地に戻っている・・・

おわりにより
・(著者は)20代から30代は世界中を流離っていた
→東南アジア(特にタイがお気に入り)では女性だけでなく時が止まった雰囲気に居心地の
良さを感じ、長く滞在はしていたものの暮らすことはなかった
→年を重ね、生まれ育った日本を巡りたいと思ったのも本にまとめた理由の一つ

・今回は40代から50代にかけての自分探しの旅でもあった
→歴史に埋もれた事象を辿りながら日本の素晴らしさを感じずにはいられなかった

・・・

特に平安時代の
傀儡女や白拍子、大正時代に公になったサンカや木地師などの生き方
について
の記述には興味津々でした
もちろん専門家による研究もあるのでしょうが、前回記事の狩猟採集民の文明と同様に、
ほんの100年前まで日本でも多様な生き方があったんですね

そーいや世界が国家(国民)中心になったのも僅か400年前からで、それまで人類の殆どは
国家や国境とは関係なく自由に生きてたんですよね

なので国家→国家同盟→同盟同士の対立という、今の道筋だけではないはずなのに・・・

と人類の迷走は来年も続きそうですが、殆どの時代、殆どの問題は戦争なしに解決してきた
のですから希望を持って、個人でできることから手を付けていきましょう!!!

来年が少しでも平和で良い年になりますように・・・



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2024年05月17日

第二無鄰菴から東福寺へ

毎年恒例・・・といっても・・・

わたくし昨年はポタリング中の落車骨折事故で参加できなかったし、それまでの3年間は
コロナ禍で開催中止になってたのですが・・・

昨日、18回目になる学生時代の史跡サークルの同期会を楽しんできました


まずは大阪淀屋橋から京阪三条へ

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この記念碑は今回(おそらく)はじめて見ました
(追記。やはり過去に何度か撮ってました)



御池大橋を西へ・・・

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あちこちで納涼川床が設置されてました
水路の上に張り出してるので涼しいのだとか・・・


で、高瀬川沿いに木屋町通りを・・・

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一之船入まで遡上すれば、


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がんこ二条苑であります

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そう

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角倉了以の別邸から山縣有朋の別荘「第二無鄰菴」となった高瀬川の源流であります



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ここでも5月1日から川床をやってるんですね


いつもの下駄箱に新調した高級なを入れて・・・

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舞妓はんのお出迎えを受けます

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どうぞよろしゅうに・・・




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今回は、お店に飾ってあったパネルだけでしゅが・・・



恒例のお安い飲み放題コース・・・さすがに値上がりしてましたが

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今回はジン・ソーダなんぞで・・・



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恒例により、すっかり出来上がったところで、

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七代目小川治兵衛の改修による源流名庭園へ・・・





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ツツジが見頃でした

現役じょしだいせーの店員さんとも記念写真を撮ったのですが・・・
半世紀前のじょしだいせーと一緒に撮ったので、記事にアップするのはパスして・・・



伏見に住む大富豪のご厚意でタクシーに分乗し東福寺へ・・・

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ずいぶんお高くなってる拝観料までご厚意に甘えました・・・H井くん、ありがとね!!!



以下、昨日の京都は午後から見事に晴れたので、今回は「光と影」をテーマに・・・



光と影その1

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光と影その2

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光と影その3

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光と影その4

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光と影その5

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光と影その6

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光と影その7

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光と影その8

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光と影その9

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とまあ、きちんと編集すればいいものを・・・



それにしても青紅葉が見事でした

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まさに風薫る五月、新緑の季節ですねえ・・・

(5/18追記です)

同期のメンバーが稀少な画像をSNSで共有してくれたので追加しておきます
なんと、半世紀前のわたくしの写真パネル作品!!!

学園祭のオークションで落札して大事に保管されてたとのことです
K治さん、ありがとね!!!

まったく記憶になかったのですが、今回のテーマ「光と影」にぴったりの作品!!!
つーか、わたくし半世紀前から進化してなかったのかっ!!!



光と影その10

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みんなで海に向かって「バカヤロー」とか叫んでたのかな・・・




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