史跡・戦跡・名勝
2026年03月25日
フラと憧れのステーキと
(前回記事からの続きです ホノルル連載をはじめからご覧になるにはこちらのカテゴリから)
孫たちをピックアップしたワイキキ・エリアの東端から、エリアの西端にある巨大モール、
アラモアナ・センターまでやってきました

アラモアナ・センターのセンターにある
アラモアナ・センターステージでは、

毎日5時から無料
で・・・

フラ・ショーが鑑賞できるのでありますね
案内には日本語表示もありましたが、

さすがに本番に日本語はなく英語とハワイ語だけでした
ちなみにこのセンターでも

軍人・退役軍人への割引サービスがありました
なにせハワイ総人口の23%が軍人ですからね・・・
と、30分ほど前から最前列席で孫と遊んでたら開演直前には立ち見客までいっぱいでした
以下、さくさくっと・・・














ハマロ(ありがとう)!!! そしてアロハ(さよなら)!!!
と、フラ・ショーを堪能した後は・・・
巨大フードコートに移動して・・・じゅる

わたくしの憧れのひとつだった・・・じゅるじゅる



ニューヨーク・ステーキであります・・・じゅるじゅるじゅる



ちなみに家内はリブアイ・ステーキを選択

で、その違いがよく分からなかったので帰国後に調べてみると・・・
リブアイは肋骨の首に近い位置の肉で、脂肪分の霜降りが多く非常にジューシーで柔かく、
とろけるような味わい、いっぽうニューヨーク・ストリップは腰の背骨下あたりの肉で、
赤身が多く歯ごたえがあり、肉のうま味が強くショートロインとも呼ばれる・・・とありました
そんなことは知らずに「アメリカといえばデカくて赤身のニューヨーク・ステーキ!!!」と、
昔から憧れてたのですが、まさにイメージどおりで大満足でした
さらにちなみに、このフードコートでも・・・

長女はピザ

次女はパスタと決まっているそうです・・・ピザもパスタも、いかにもアメリカ!!!つー感じでしたが
嫁はひさしぶりに食べたかったとゆー正統派ラーメン!!!

その気持ち、わかるなあ・・・
さらに孫たちは、ばあばと3人で(ママの特別許可を得て)ひさしぶりのハーゲンダッツ!!!


ま、じいじもばあばのラムレーズン味を分けてもらいましたが・・・
と、帰りはすっかり馴染んだワイキキトロリー・ピンクラインの2階席へ

せっかくなのでワイキキの夜景も何枚か・・・





さすがにビーチには・・・

人影はまばらでしたが・・・
と、孫たちとはホテルのロビーでお別れ、したのですが・・・
ホテルからコンドミニアムに帰宅後「明日じいじとばあばは大阪に帰るので、もう会えない」
とママから聞いた二人がギャン泣き!!!している動画を帰国後に送ってきてくれて・・・
その無邪気さがあまりにも愛おしくて、こっちが泣けてきました
そーいや映画「崖の上のポニョ」の公開時に宮崎駿監督が、
「5歳はまだ神に属している最後の年で、笑えば世界は祝福される」
閑話休題
ホノルル最後の夜なので、気になってたホテルから山側の夜景も1枚・・・

そう、山の輪郭が家々の灯りでくっきりと浮かび上がってました
さらに最後の夜なので冷蔵庫に残ってたマウイも一気に・・・

ええ、持参していた柿ピーとかで・・・
わははは、ホノルル最後の夜もしあわせじゃったあ!!! ひっく
(と、まだ次回に続きます)
孫たちをピックアップしたワイキキ・エリアの東端から、エリアの西端にある巨大モール、
アラモアナ・センターまでやってきました

アラモアナ・センターのセンターにある
アラモアナ・センターステージでは、
毎日5時から無料
で・・・
フラ・ショーが鑑賞できるのでありますね

案内には日本語表示もありましたが、

さすがに本番に日本語はなく英語とハワイ語だけでした
ちなみにこのセンターでも

軍人・退役軍人への割引サービスがありました
なにせハワイ総人口の23%が軍人ですからね・・・
と、30分ほど前から最前列席で孫と遊んでたら開演直前には立ち見客までいっぱいでした
以下、さくさくっと・・・














ハマロ(ありがとう)!!! そしてアロハ(さよなら)!!!
と、フラ・ショーを堪能した後は・・・
巨大フードコートに移動して・・・じゅる


わたくしの憧れのひとつだった・・・じゅるじゅる




ニューヨーク・ステーキであります・・・じゅるじゅるじゅる




ちなみに家内はリブアイ・ステーキを選択

で、その違いがよく分からなかったので帰国後に調べてみると・・・
リブアイは肋骨の首に近い位置の肉で、脂肪分の霜降りが多く非常にジューシーで柔かく、
とろけるような味わい、いっぽうニューヨーク・ストリップは腰の背骨下あたりの肉で、
赤身が多く歯ごたえがあり、肉のうま味が強くショートロインとも呼ばれる・・・とありました
そんなことは知らずに「アメリカといえばデカくて赤身のニューヨーク・ステーキ!!!」と、
昔から憧れてたのですが、まさにイメージどおりで大満足でした
さらにちなみに、このフードコートでも・・・

長女はピザ

次女はパスタと決まっているそうです・・・ピザもパスタも、いかにもアメリカ!!!つー感じでしたが

嫁はひさしぶりに食べたかったとゆー正統派ラーメン!!!

その気持ち、わかるなあ・・・

さらに孫たちは、ばあばと3人で(ママの特別許可を得て)ひさしぶりのハーゲンダッツ!!!



ま、じいじもばあばのラムレーズン味を分けてもらいましたが・・・

と、帰りはすっかり馴染んだワイキキトロリー・ピンクラインの2階席へ

せっかくなのでワイキキの夜景も何枚か・・・





さすがにビーチには・・・

人影はまばらでしたが・・・
と、孫たちとはホテルのロビーでお別れ、したのですが・・・
ホテルからコンドミニアムに帰宅後「明日じいじとばあばは大阪に帰るので、もう会えない」
とママから聞いた二人がギャン泣き!!!している動画を帰国後に送ってきてくれて・・・
その無邪気さがあまりにも愛おしくて、こっちが泣けてきました

そーいや映画「崖の上のポニョ」の公開時に宮崎駿監督が、
「5歳はまだ神に属している最後の年で、笑えば世界は祝福される」
「友人の娘がチョコチョコ歩いてきたら、生まれてきたことを肯定せざるを得ない」
「エライときに生まれてきた」と真顔で言うか「生まれてきてよかった」と言えるか
「どんな状態になっても世界を肯定したいという気持ちがあるから映画を作る」
と、言ってたそうですが、ほんとこの年頃の無邪気さつーのは別次元かもですね
と、言ってたそうですが、ほんとこの年頃の無邪気さつーのは別次元かもですね
閑話休題
ホノルル最後の夜なので、気になってたホテルから山側の夜景も1枚・・・

そう、山の輪郭が家々の灯りでくっきりと浮かび上がってました
さらに最後の夜なので冷蔵庫に残ってたマウイも一気に・・・


ええ、持参していた柿ピーとかで・・・

わははは、ホノルル最後の夜もしあわせじゃったあ!!! ひっく
(と、まだ次回に続きます)
2026年03月24日
ワイキキの小学校と幼稚園
(前回記事からの続きです ホノルル連載をはじめからご覧になるにはこちらのカテゴリから)
2月25日、朝10時半に入った陸軍博物館を1時過ぎに出て・・・
ふたたびワイキキトロリーのピンクラインに乗車しました
めずらしくダブルデッカー2階の最前列席が空いてたので、
めずらしく朝からの晴天が続いてる
ワイキキの街並みを何枚か・・・






と、ツインフィン・ホテル前のバス停で下車・・

語学スクールを終え歩いてきた嫁と合流、まずは長女をお迎えに小学校へ・・・

その校庭の広さに圧倒されました!!! ひいひい
ダイアモンドヘッドが眼前に迫ってきます


放課後の子どもたちは友だちとの遊びに夢中



親たちはママ友とのおしゃべりに夢中

つーことで、じいじは校庭の野鳥観察・・・(画像をクリックすると拡大します)






嫁の話によると・・・
猫の糞が海水に混ざると野生アザラシに重大な健康被害が出るとかで、飼い猫を屋外に出す
ことを禁止して野良猫を徹底的に保護した結果、野生化した鶏を含む鳥たちが大繁殖して
今はそっちが問題になっているとか・・・
そーいや街のあちこちに鶏はじめ鳥たちがやたら多かったような・・・
と、次女の通う幼稚園へお迎えに行く時間になったので・・・

じいじとばあばの重い荷物は長女がしっかりと・・・で、長女の重いリュックはママが・・・
ふだん天気がよければ幼稚園まで歩いてるそうですが、今回はお義父さんも一緒なので
ザ・バスに乗りましょうと、バス停まで歩いてると・・・

先ほどのママ友さんから連絡があり、このあたりからクルマで送ってもらいました
嫁も日本ではクルマ生活でホノルルでも送迎や買い物にクルマは必需品とレンタルしたけど、
右側通行に違和感を感じたことがあり万一を考えバスとタクシーにしたとのこと
嫁のドラテクは完璧ですが左側通行が前提でしたから賢明な判断だと思いました
で、次女の通う幼稚園へ・・・



クラスだけでなく遊具スペースも年齢ごとに異なってるようでした
で、4人で次女をお迎えし、幼稚園を出て・・・

バス停まで少し歩くので、とタクシーを手配してくれました

今どこまで来てるか何分で着くかなど、リアルタイムで表示されるんですね
で、僅か数分待ちで乗車、一行はアラモアナ・センターへ向かいます
(次号に続きます)
2月25日、朝10時半に入った陸軍博物館を1時過ぎに出て・・・
ふたたびワイキキトロリーのピンクラインに乗車しました
めずらしくダブルデッカー2階の最前列席が空いてたので、
めずらしく朝からの晴天が続いてる
ワイキキの街並みを何枚か・・・





と、ツインフィン・ホテル前のバス停で下車・・

語学スクールを終え歩いてきた嫁と合流、まずは長女をお迎えに小学校へ・・・

その校庭の広さに圧倒されました!!! ひいひい
ダイアモンドヘッドが眼前に迫ってきます


放課後の子どもたちは友だちとの遊びに夢中




親たちはママ友とのおしゃべりに夢中


つーことで、じいじは校庭の野鳥観察・・・(画像をクリックすると拡大します)






嫁の話によると・・・
猫の糞が海水に混ざると野生アザラシに重大な健康被害が出るとかで、飼い猫を屋外に出す
ことを禁止して野良猫を徹底的に保護した結果、野生化した鶏を含む鳥たちが大繁殖して
今はそっちが問題になっているとか・・・

そーいや街のあちこちに鶏はじめ鳥たちがやたら多かったような・・・
と、次女の通う幼稚園へお迎えに行く時間になったので・・・

じいじとばあばの重い荷物は長女がしっかりと・・・で、長女の重いリュックはママが・・・
ふだん天気がよければ幼稚園まで歩いてるそうですが、今回はお義父さんも一緒なので

ザ・バスに乗りましょうと、バス停まで歩いてると・・・

先ほどのママ友さんから連絡があり、このあたりからクルマで送ってもらいました
嫁も日本ではクルマ生活でホノルルでも送迎や買い物にクルマは必需品とレンタルしたけど、
右側通行に違和感を感じたことがあり万一を考えバスとタクシーにしたとのこと
嫁のドラテクは完璧ですが左側通行が前提でしたから賢明な判断だと思いました
で、次女の通う幼稚園へ・・・



クラスだけでなく遊具スペースも年齢ごとに異なってるようでした
で、4人で次女をお迎えし、幼稚園を出て・・・

バス停まで少し歩くので、とタクシーを手配してくれました

今どこまで来てるか何分で着くかなど、リアルタイムで表示されるんですね
で、僅か数分待ちで乗車、一行はアラモアナ・センターへ向かいます
(次号に続きます)
2026年03月22日
ハワイ陸軍博物館その2
(前回記事からの続きです ホノルル連載をはじめからご覧になるにはこちらのカテゴリから)
引き続きハワイ陸軍博物館の展示を、さくさくっと・・・
陸軍航空隊の部隊マーク

と、ノーズアート

このあたりはヨーロッパ戦線での鹵獲品???






と、なるべくパネル展示などはカットしてきましたが、やはり・・

第100歩兵大隊と第442連隊戦闘団については何枚かアップしておきます





GO FOR BROKE・・・
そう、陸軍で最も死傷者の割合が高かった日系人を中心とする部隊で、銃剣突撃までやった
「Go for broke!!!」のスローガンでその勇名をはせ、フランス戦線でのテキサス大隊の救出、
イタリア戦線でのゴシックライン突破など、部隊規模と従軍期間に比し最も多くの勲章を受けた
部隊としても知られ、同時に偏見とも戦い、戦後の日系人の地位向上に大きく貢献した部隊で、
ホノルルの空港名となったダニエル・K・イノウエ議員もそのお一人ですね
(以下、9年前の当ブログ記事からの抜粋です 詳しくは上記リンクをクリック願います)

ま、たまに・・・

おねいさんジオラマは挟んで・・・



ようやくM1ガーランド・ライフルまできましたね
こちらは当時の鹵獲品コレクション?





フレーム・ガン(火炎放射器)M2A1

GOTTA MATCH?
こちらも向きを変えて

このあたりでライフルもM1カービンから



M14まできて・・・
ベトナム戦へ・・・









ま、このあたりまでにして・・・
少しはお楽しみも・・・







と、ミュージアムショップもさくさくっと・・・

厚木基地にもおられたという親切で陽気なベテランがやっておられました



じゅる

じゅるじゅる


じゅるじゅるじゅる



じゅるじゅるじゅるじゅる


特に中段左奥のL型ライトは悩みましたが・・・

こんなモノポリーがあるのね


さらに、


こんなのまであるんですね・・・
とか、ついつい時間を忘れてしまいました
で、陸軍の初期装備兵士と最新装備兵士に迎えられる・・・

ミュージアムショップのあるこちら側が・・・

正しいエントランスだったんですね
わたくしは砲台の二重壁から潜り込んで、このエントランスから出ることに・・・
(ホノルル記事は次回に続きます)
引き続きハワイ陸軍博物館の展示を、さくさくっと・・・
陸軍航空隊の部隊マーク

と、ノーズアート


このあたりはヨーロッパ戦線での鹵獲品???






と、なるべくパネル展示などはカットしてきましたが、やはり・・

第100歩兵大隊と第442連隊戦闘団については何枚かアップしておきます





GO FOR BROKE・・・
そう、陸軍で最も死傷者の割合が高かった日系人を中心とする部隊で、銃剣突撃までやった
「Go for broke!!!」のスローガンでその勇名をはせ、フランス戦線でのテキサス大隊の救出、
イタリア戦線でのゴシックライン突破など、部隊規模と従軍期間に比し最も多くの勲章を受けた
部隊としても知られ、同時に偏見とも戦い、戦後の日系人の地位向上に大きく貢献した部隊で、
ホノルルの空港名となったダニエル・K・イノウエ議員もそのお一人ですね
(以下、9年前の当ブログ記事からの抜粋です 詳しくは上記リンクをクリック願います)
ここカステルヌォーボ・ディ・ガルファニャーナはゴシック・ラインの北西に位置しています
リボルノ記事でもちらっと書きましたが、米軍の日系人部隊・第442連隊がリボルノに再上陸して、
1945年4月5日からゴシック・ライン突破作戦に参加し、5ヶ月間膠着したままだった戦線を、
僅か32分で突破したのはけっこう有名な話で、その後4月25日にはマッサのドイツ軍を制圧して、
以後はリグリア海沿いにジェノバまで進撃しています(中略)
72年前にアメリカ国籍の日本人の若者たちが、まさにこのあたりでドイツ軍と戦っていた、
と思うと感慨深いものがあります・・・(中略)
閑話休題
と思うと感慨深いものがあります・・・(中略)
(たまたま)スペシャライズドのMTBに乗ったサイクリストがいたので・・・
「はーい、わたくしもスペシャライズドなんですよ、ロードだけど・・・」
「はーい、わたくしもスペシャライズドなんですよ、ロードだけど・・・」
とか声をかけると、なんとドイツから来てるとのこと・・・(中略)
同じ米国ブランドのバイクに乗るドイツ人と日本人が、72年前には互いに激戦を繰り広げていた
イタリアの小さな村で記念写真・・・

やはり平和な時代がいいですね・・・(後略) わたくし9年前とサイクルジャージは同じでも体形が・・・
イタリアの小さな村で記念写真・・・

やはり平和な時代がいいですね・・・(後略) わたくし9年前とサイクルジャージは同じでも体形が・・・
閑話休題

ま、たまに・・・

おねいさんジオラマは挟んで・・・




ようやくM1ガーランド・ライフルまできましたね
こちらは当時の鹵獲品コレクション?





フレーム・ガン(火炎放射器)M2A1

GOTTA MATCH?
こちらも向きを変えて

このあたりでライフルもM1カービンから



M14まできて・・・
ベトナム戦へ・・・









ま、このあたりまでにして・・・
少しはお楽しみも・・・








と、ミュージアムショップもさくさくっと・・・


厚木基地にもおられたという親切で陽気なベテランがやっておられました



じゅる


じゅるじゅる



じゅるじゅるじゅる




じゅるじゅるじゅるじゅる



特に中段左奥のL型ライトは悩みましたが・・・

こんなモノポリーがあるのね


さらに、


こんなのまであるんですね・・・

とか、ついつい時間を忘れてしまいました
で、陸軍の初期装備兵士と最新装備兵士に迎えられる・・・

ミュージアムショップのあるこちら側が・・・

正しいエントランスだったんですね
わたくしは砲台の二重壁から潜り込んで、このエントランスから出ることに・・・

(ホノルル記事は次回に続きます)
2026年03月21日
ハワイ陸軍博物館その1
(前回記事からの続きです ホノルル連載をはじめからご覧になるにはこちらのカテゴリから)
ホノルル5日目は朝からずっと快晴で、これは滞在中はじめてのことでした

この日はそれまでのイベントで疲れてたらのんびり過ごそうと、予定は一応フリー
ま、孫たちの通う小学校や幼稚園も一度は見ておきたいので、嫁と一緒にお迎えに行こうか、
それならそれまでどう過ごすか、わたくしはジャグジーでのんびり、家内はお土産ショッピング、
とゆー案もあったのですが、わたくし3日目の潜水艦ツアーの帰りにバスからちらっと見えた
陸軍博物館を思い出して提案したところ、家内も付き合ってくれることになった次第
で、まったりと朝食(さすがに5日目なので画像はなし
)の後にホテルを出たのは10時過ぎ、
ワイキキトロリー・ピンクラインのダブルデッカー2階に乗って・・・

座席にも別の優待案内がありますが、このピンクラインはJCB系カードを提示するだけで、
大人2人までなら何度乗っても無料、ワイキキ・エリアを一周約60分で周回し、15分おきに
来るのでエリア内の観光や買い物に便利、と長男と嫁がススメてくれてたのでありますね
で、ガイドマップで調べてた、


このホテル前のバス停で下車しました

ハワイで有名なギタリストの像を抜け・・・

角を曲がれば広大なフォート・デ・ルッシ公園で、名前のとおり陸軍の管理地・・・
その中にハワイ陸軍博物館があります

フォート・デ・ルッシ(デ・ルッシ要塞)にあったランドルフ砲台の構造物などを利用して博物館に、
ま、紀淡海峡でいえば由良要塞にあった友ヶ島砲台の一部を博物館にしたようなもので、
建物自体も軍事遺構なのでありますね わくわくわく
さっそく屋外展示から・・・









特に興味深かったのは、その隣にあったこちら・・・

なんと・・・

旋回銃座付きの鋼鉄製トーチカをごみ箱に!!!
真珠湾攻撃前にオアフ島の海岸などに大量に埋めて設置されてたそうです
と、そのまま隣の入口から建物に入ったのですが・・・

どうも博物館のエントランスではなかったようで・・・

とりあえずコブラ攻撃ヘリの展示があるとゆー2階へ・・




こちらも別の記念施設のようでした・・・
で、そのまま屋上???2階テラス???に出てみると・・・

眼の前にAH-1???コブラ攻撃ヘリが!!!
眼下には先ほどの地上展示が見えました

ま、せっかくなので・・・

記念写真を撮ってもらいました 長さのワリにめっちゃ薄っぺらなんですね
沿岸砲の砲台だった構造物なので・・・



立体構造が複雑になってるんですね
で、極厚コンクリートの二重構造になっている半地下へ・・・


こちらがランドルフ砲台の壁面コア・サンプルで、この厚さの壁が二重に
と二重壁の間を抜け、ようやく博物館施設内に入ったようです

これが砲台当時の全容???

左翼の砲台???

右翼の砲台???



この地下構造物の各室が陸軍博物館のメイン展示室になっており、

ここから奥に行くにつれ、現代に近づく展示になってるようでした
説明パネルやスケールモデルもいっぱい撮ったのですが、紹介してるとキリがないので、
当記事では実物展示をメインに、以下さくさくっと・・・


フリントロックのマスケット銃


M1896(はじめてのマガジン式?)ライフル


こちらはランドルフ砲台当時の様子を再現してますね
その隣


装薬室や砲弾室は砲台の中央に配置してたんですね


こちらはエンフィールドM1917ですね
このあたりは真珠湾攻撃前後の展示




と、これまでスケールモデルやジオラマはカットしてきたけど、これはぜひ・・・

そう、

イ-19などの潜水艦と・・・

二式飛行艇(二式大艇)による1942年3月のパールハーバー攻撃!!!
たまたま損害はなかったようですが、まさに脅威だったんですね
で、日本軍の空襲や上陸に備え、記事冒頭のトーチカや機関銃や鉄条網を・・・

ワイキキ・ビーチにも大量に配備してたそうです
(次号に続きます)
ホノルル5日目は朝からずっと快晴で、これは滞在中はじめてのことでした

この日はそれまでのイベントで疲れてたらのんびり過ごそうと、予定は一応フリー
ま、孫たちの通う小学校や幼稚園も一度は見ておきたいので、嫁と一緒にお迎えに行こうか、
それならそれまでどう過ごすか、わたくしはジャグジーでのんびり、家内はお土産ショッピング、
とゆー案もあったのですが、わたくし3日目の潜水艦ツアーの帰りにバスからちらっと見えた
陸軍博物館を思い出して提案したところ、家内も付き合ってくれることになった次第
で、まったりと朝食(さすがに5日目なので画像はなし
)の後にホテルを出たのは10時過ぎ、ワイキキトロリー・ピンクラインのダブルデッカー2階に乗って・・・

座席にも別の優待案内がありますが、このピンクラインはJCB系カードを提示するだけで、
大人2人までなら何度乗っても無料、ワイキキ・エリアを一周約60分で周回し、15分おきに
来るのでエリア内の観光や買い物に便利、と長男と嫁がススメてくれてたのでありますね
で、ガイドマップで調べてた、


このホテル前のバス停で下車しました

ハワイで有名なギタリストの像を抜け・・・

角を曲がれば広大なフォート・デ・ルッシ公園で、名前のとおり陸軍の管理地・・・
その中にハワイ陸軍博物館があります

フォート・デ・ルッシ(デ・ルッシ要塞)にあったランドルフ砲台の構造物などを利用して博物館に、
ま、紀淡海峡でいえば由良要塞にあった友ヶ島砲台の一部を博物館にしたようなもので、
建物自体も軍事遺構なのでありますね わくわくわく

さっそく屋外展示から・・・









特に興味深かったのは、その隣にあったこちら・・・

なんと・・・

旋回銃座付きの鋼鉄製トーチカをごみ箱に!!!
真珠湾攻撃前にオアフ島の海岸などに大量に埋めて設置されてたそうです
と、そのまま隣の入口から建物に入ったのですが・・・

どうも博物館のエントランスではなかったようで・・・

とりあえずコブラ攻撃ヘリの展示があるとゆー2階へ・・




こちらも別の記念施設のようでした・・・
で、そのまま屋上???2階テラス???に出てみると・・・

眼の前にAH-1???コブラ攻撃ヘリが!!!

眼下には先ほどの地上展示が見えました

ま、せっかくなので・・・

記念写真を撮ってもらいました 長さのワリにめっちゃ薄っぺらなんですね
沿岸砲の砲台だった構造物なので・・・



立体構造が複雑になってるんですね
で、極厚コンクリートの二重構造になっている半地下へ・・・


こちらがランドルフ砲台の壁面コア・サンプルで、この厚さの壁が二重に

と二重壁の間を抜け、ようやく博物館施設内に入ったようです

これが砲台当時の全容???

左翼の砲台???

右翼の砲台???



この地下構造物の各室が陸軍博物館のメイン展示室になっており、

ここから奥に行くにつれ、現代に近づく展示になってるようでした
説明パネルやスケールモデルもいっぱい撮ったのですが、紹介してるとキリがないので、
当記事では実物展示をメインに、以下さくさくっと・・・


フリントロックのマスケット銃


M1896(はじめてのマガジン式?)ライフル


こちらはランドルフ砲台当時の様子を再現してますね
その隣


装薬室や砲弾室は砲台の中央に配置してたんですね


こちらはエンフィールドM1917ですね
このあたりは真珠湾攻撃前後の展示




と、これまでスケールモデルやジオラマはカットしてきたけど、これはぜひ・・・

そう、

イ-19などの潜水艦と・・・

二式飛行艇(二式大艇)による1942年3月のパールハーバー攻撃!!!
たまたま損害はなかったようですが、まさに脅威だったんですね
で、日本軍の空襲や上陸に備え、記事冒頭のトーチカや機関銃や鉄条網を・・・

ワイキキ・ビーチにも大量に配備してたそうです
(次号に続きます)
2026年03月19日
パールハーバー5航空博物館ハンガー79
(前回記事からの続きです ホノルル連載をはじめからご覧になるにはこちらのカテゴリから)
航空博物館のハンガー37(第1展示場)から管制塔の前に出て・・・

ハンガー79(第2展示場)に向かいます

この間にも数々の屋外展示機があるのですが・・・



ヘリやジェット戦闘機はさりげに通過して(帰りに時間があれば)・・・
特に名機ダグラスC-47(民間型がDC-3)は機内も見学できたかもですが・・・

時間を気にして先を急ぎます(帰りに時間があれば)・・・

このあたりもゆっくり見たいところですが通過・・・

???

機銃掃射や爆風で割れたガラス窓は敢えて当時のままで残してあるのだとか
で、ハンガー79であります

外見は当時のままですがハンガー37と同様、内部は補強されてます
そりゃあ格納庫とはいえ100年ほど前の歴史的建造物ですからね
で、まずは・・・


ブッシュ元大統領も搭乗していたTBMアベンジャー雷撃機・・・
と、


(パールハーバーの万能機!!)ノースアメリカンAT-6テキサンがお出迎え
で、こちらはB-17Eフライング・フォートレス



ラバウル爆撃任務中にニューギニアのジャングル湿地に不時着、搭乗員は無事だったものの
以後70年以上も忘れ去られてた機体だったので、ディズニーのアーティストが「スワンプ・
ゴースト(湿地の幽霊)」のノーズアートを作成したそうです
(下の画像をクリックすると拡大します)
今後の修復計画もあるようで、いつか機体にこのノーズアートが描かれるかもですね

ま、こちらのパネルも気になりましたが・・・

こちらスチンソンL-5Eセンチネルだそうです



音声ガイドを聴いてる時間がないので日本語の説明板がありがたいです
で、こちらが前回記事でも触れた九九式艦上爆撃機

(AIによると)2022年9月に博物館に到着した機体だそうです
で、最奥部からの眺め

窓ガラスがモザイク状になってますね
奥の作業スペースでは、

もう一機のB-17Eでしょうか???
(だとすると、日本軍の真珠湾攻撃の際に本土からの移送飛行中で非武装だったため、
ふらふら(スワーリン)飛行して逃げ回り無事だったとゆースワーリン・ベティー???)
と、こちらはAIによれば・・・

英国空軍の複葉機ホーカー・ハインド爆撃機と出ましたが、どうでしょう???
(どちらも詳しい情報をいただければ追記修正します)
以下、ジェット戦闘機なんぞはさらにさくさくっと・・・




さすがに間近で見ると凄い迫力です


こちらは飛行服を着て操縦席に乗れるコスプレ無料サービス
でしたが・・・

やはり時間がなくパスして・・・
帰り道の屋外展示はさらに駆け足で・・・





他にも当時の対空陣地の再現やパイロット装備品の展示などもあったようですが廻りきれず、
足早に音声ガイドを返却、集合時間には何とか間に合いました
送迎ガイド付きツアーは確かにお気楽でしたが、もう少し時間に余裕があれば・・・
と、帰路の車中からも何枚か・・・往路はまだ夜明け前だったし・・・
最近できたオアフ島で唯一の鉄道


現在は空港からパールハーバー沿いだけで運行してるようですが・・・
パールハーバー沿いの殆どはフェンスに囲まれた軍用地なので、

軍人以外の利用者は殆どいないとか・・・
さらに、

ダニエル・K・イノウエ国際空港は隣接する空軍ヒッカム飛行場と滑走路を共用してるし、
さらさらにこちら、

ハワイ州で最大の病院で、陸軍病院だそうです・・・
やはり州の人口のうち23%を占める軍の影響は大きいようです
と、市街地に入って、ここが・・・

オバマ元大統領が生まれた病院だそうです
と、早朝からのツアーを終え、いったんホテルの自室に戻りました
(次回に続きます)
航空博物館のハンガー37(第1展示場)から管制塔の前に出て・・・

ハンガー79(第2展示場)に向かいます

この間にも数々の屋外展示機があるのですが・・・



ヘリやジェット戦闘機はさりげに通過して(帰りに時間があれば)・・・

特に名機ダグラスC-47(民間型がDC-3)は機内も見学できたかもですが・・・


時間を気にして先を急ぎます(帰りに時間があれば)・・・


このあたりもゆっくり見たいところですが通過・・・


???

機銃掃射や爆風で割れたガラス窓は敢えて当時のままで残してあるのだとか
で、ハンガー79であります

外見は当時のままですがハンガー37と同様、内部は補強されてます
そりゃあ格納庫とはいえ100年ほど前の歴史的建造物ですからね
で、まずは・・・


ブッシュ元大統領も搭乗していたTBMアベンジャー雷撃機・・・
と、


(パールハーバーの万能機!!)ノースアメリカンAT-6テキサンがお出迎え
で、こちらはB-17Eフライング・フォートレス



ラバウル爆撃任務中にニューギニアのジャングル湿地に不時着、搭乗員は無事だったものの
以後70年以上も忘れ去られてた機体だったので、ディズニーのアーティストが「スワンプ・
ゴースト(湿地の幽霊)」のノーズアートを作成したそうです
(下の画像をクリックすると拡大します)
今後の修復計画もあるようで、いつか機体にこのノーズアートが描かれるかもですね


ま、こちらのパネルも気になりましたが・・・

こちらスチンソンL-5Eセンチネルだそうです



音声ガイドを聴いてる時間がないので日本語の説明板がありがたいです

で、こちらが前回記事でも触れた九九式艦上爆撃機

(AIによると)2022年9月に博物館に到着した機体だそうです
で、最奥部からの眺め

窓ガラスがモザイク状になってますね
奥の作業スペースでは、

もう一機のB-17Eでしょうか???
(だとすると、日本軍の真珠湾攻撃の際に本土からの移送飛行中で非武装だったため、
ふらふら(スワーリン)飛行して逃げ回り無事だったとゆースワーリン・ベティー???)
と、こちらはAIによれば・・・

英国空軍の複葉機ホーカー・ハインド爆撃機と出ましたが、どうでしょう???
(どちらも詳しい情報をいただければ追記修正します)
以下、ジェット戦闘機なんぞはさらにさくさくっと・・・




さすがに間近で見ると凄い迫力です


こちらは飛行服を着て操縦席に乗れるコスプレ無料サービス
でしたが・・・
やはり時間がなくパスして・・・
帰り道の屋外展示はさらに駆け足で・・・





他にも当時の対空陣地の再現やパイロット装備品の展示などもあったようですが廻りきれず、
足早に音声ガイドを返却、集合時間には何とか間に合いました
送迎ガイド付きツアーは確かにお気楽でしたが、もう少し時間に余裕があれば・・・
と、帰路の車中からも何枚か・・・往路はまだ夜明け前だったし・・・
最近できたオアフ島で唯一の鉄道


現在は空港からパールハーバー沿いだけで運行してるようですが・・・
パールハーバー沿いの殆どはフェンスに囲まれた軍用地なので、

軍人以外の利用者は殆どいないとか・・・
さらに、

ダニエル・K・イノウエ国際空港は隣接する空軍ヒッカム飛行場と滑走路を共用してるし、
さらさらにこちら、

ハワイ州で最大の病院で、陸軍病院だそうです・・・
やはり州の人口のうち23%を占める軍の影響は大きいようです
と、市街地に入って、ここが・・・

オバマ元大統領が生まれた病院だそうです

と、早朝からのツアーを終え、いったんホテルの自室に戻りました
(次回に続きます)






